映画「キャピタリズム」
どうしてまじめに働いてきた人が家を失わなければならないのか?その一方で、どうしてお金持ちはもっとお金持ちになっていくのか?...素朴な疑問って大事だと思う。「シッコ」は現代アメリカの医療制度のおかしさについて、人々の感じている疑問を具体的に示してくれた作品だったが、マイケル・ムーア監督は今回の作品ではお金の配分の不公平さについて、そのおかしさをいろいろ示してくれている。ただ、見ながら思ったのは、お金の問題は複雑だということだ...どうしてこんなことになるのか、というのがよくわからない。つまり、普通の人にわかりにくくしておくことが特権階級にとって都合のいいことのようだ、ということがわかった、というか...
でも、この映画の中で見たのは、資本主義制度のおかしさだけではない。
解雇された労働者が工場を占拠して、正当な賃金の支払いを求める場面がある。あるいは、家の立ち退き執行をしに来た人に向かって、その行為をどう思うのか、と住民が団結して訴える場面がある。人々は団結することができる、団結することが力になる、と感じさせられる場面。
市民逮捕とか突撃取材とか、今やもう一種の権力(圧力)となったマイケル・ムーアがやる場合は、「一市民のささやかな抵抗」という感じではないし、彼の前にたちはだかる敵が小さく見えてしまう。「持てる側」にとってマイケル・ムーアは実にうっとうしい存在だろうけれど、そんな彼を投獄したり消してしまうことはできない。
団結したり、自由にものを言うことが保障されている、という点では、アメリカ社会は健全なのだろう。資本家があまりにも強欲になりすぎれば、人々は黙っていない。奴隷制度をつぶした国だもの。でも、時々、こうやって、マイケル・ムーアのような人が今の金融制度のおかしさを具体的に示さないと、そのおかしさに気付かない、ということもありそうだ。日本でも、「貧しいのは自分のせいだ」と考えてしまう人はたくさんいるのではないだろうか...
しばらく前に、友人から"Up The Yangtze" というDVDを貸してもらって見た。三峡ダムが建設されている長江沿いに住む人々の暮らしを描いたドキュメンタリー。見ていて思ったことのひとつが、「社会主義国なのにどうして貧富の差があるんだろうか」ということだ。社会主義なら富の配分は公平かというとそうでもない。また、もうひとつ思ったことは、「お金が必ずしも人を幸せにするわけでもない」ということだ。長江を下る豪華客船で働いて外国人観光客から多額のチップをもらうようになった青年は、自分自身は幸せだと感じていたかもしれないが、傲慢になり、まわりの反発を買い...
人間を幸せにするシステムってどんなものなんだろう。それは資本主義でも社会主義でもないのだろうか?
映画「キャピタリズム」は、かなり意図的な編集を感じた部分(たとえば、デリバティブの説明にしても、もっとわかりやすくできる人はいるだろう)や、他国を美化して言及している部分があった(ヨーロッパや日本では最低限の生活が保障されている、とか。確かに日本でも憲法で保障はされているが実態はどうかというと...)りしたけど、いろいろ考えさせられる。マイケル・ムーアという人は、本当に、自分に何ができるかを考えて、いつも実行している人なんだ、と思う。
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flickrについては、ずいぶん前にアップロードした写真は読み込んでくれないが、わりと最近アップロードした2003年のイタリア旅行の写真はしっかり読み込まれたのでびっくり。私の場合、しょっちゅう保育園の子どもたちの写真を撮っているので、「ああ、この日、こんな活動をしたんだったな」とか、「あ、この日がこの子がうちのクラスに入ってきた日だな」とかがわかって楽しい。欲を言えば、これらのテキストがみんな検索できると便利なんだけどな。検索は、タグをつけたものだけに対応しているので、自分でタグをつけなければならない。



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