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「パンダっておめでたくない動物なんだね、きっと」

これは、6歳の子どもの言葉。今日の放送大学「乳幼児心理学」で紹介されていた。この子がお葬式に行って、黒と白の幕を見て、母親にそっと言ったのだという。

「ゆうあけこあけのかたまりだ」-これは、夕焼けを見た後、家に帰ってお風呂に入り、その後、真っ赤な月を見つけた3歳の男の子の言葉。講師の先生は、「私たちは、子どもは詩人だ、と感じることがありますが、それは子どもの認識の仕方が私たちとちがうから」みたいなことを言っておられた。

今日の話は、子どもの認知機能の発達について。来週が言語機能の発達について、で、このあたりは私にとってとても興味のあるところ。私が1歳児クラスを好きなのは、ひとつには、子どもが言葉を話し始める時期だからだ。

ものには名前がある。ママやダディはひとりずつしかいないので、わかりやすいが、たとえば、犬には大きなものも小さなものも白いものも黒いものもいるが、たぶん「ワンワンと吠える四本足の動物」というような共通点を見つけて、それらはみんな「犬」とよばれる、ということを理解していくわけだ。

1歳児では、果物をなんでも(というのは言い過ぎだけど)"apple" と言ってしまう子がいたりする。みかんもいちごもバナナも apple で、でも、犬を apple と呼ぶことはない。そのうちバナナやいちごをそれぞれの名前で呼ぶことができるようになる。(もともとそんなに混同していなくて、バナナとりんごを別々の名前で呼ぶ子もいる。)ただ、これらをまとめて「果物」というカテゴリーでくくることができる、と理解するのは、もうちょっと大きくなってからかなぁ。2歳児にはわかるかな? りんごはりんごともいうけど、果物ということもできる。つまり、ひとつのものをふたつの名前で呼ぶことができる...って考えてみると、結構ややこしい話だ。バイリンガルの子どもになると、りんごは「りんご」だったり"apple"だったりするわけで、彼らの頭の中でどんなふうに処理されているのか興味深い。

「ボール」というのは、子どもが比較的早く覚える言葉だが、球形のものはすべてボールだと思っているわけでもない。グリンピースを食べない子どもに、「ほら、美味しいよ」って食べてみせた時、スプーンでグリンピースをすくって、「ボール、ボール」と言って笑う子がいた。粘土でボールを作って「ボール」と言って遊ぶのはよくやることだが、彼(19ヶ月)が、グリンピースを「ボール」と言って笑ったのは、「これはボールじゃないけど、ボールみたいだ」っていうことがわかっていたんだろうな、多分。

今日の講義で疑問に思ったのは、「4歳頃から子どもは人間についての”理論”をもちはじめ、他人の願望や欲求がわかるようになる」というところだ。この”理論”というのを私がよく理解していないせいかもしれないが、子どもが他人の願望や気持ちがわかるようになるのは、もっと早い段階だ。泣いている子や怒っている子の気持ちを1歳児は感じることができるし、泣いている子がいたら、トントンと背中を優しくたたいてあげたり、というようなこともできる。

「おかあさん、どこかな」というのはうちのクラスの1歳児たちが大好きな紙芝居だ。子どもが自分の作った積み木の塔を母親に見せようと思って家の中で母親を探しまわるのだが、見つからず、泣き出してしまう。1歳児達はこの話を実によく聞いている。紙芝居の中の子どもが「ママ、ママ」とさがしまわり、不安になり、泣き出してしまい、そして最後には母親を見つけて嬉しくなる、という気持ちを共感することができる。確かにそれを言葉でうまく説明できるほど言葉の能力は発達していないけど、人間の心についての理論を持ち始めるのが4歳頃、というのは私には腑に落ちない説だなぁ。

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コメント

ぴかです、おひさ!

私も4歳論は否定しますね。
私なら”心を持つのは胎児のときから”と考えるな。

ただ、世の中に対して、これってこういうものだなぁって
漠然とした概念的なものは乳児期の体験から育まれるので
それらを元に生活したり人間関係を作っていくのは
反抗期と言われる2,3歳の自己確立期を越して
心身ともに安定してくる3,4歳頃かなぁとは思う。

自分以外の世の中のルールや
自分以外の人の思いに気付くと言う意味では
もっと低年齢でもわかる子もいるけど、
果物の例と同じく概念的に認識してると言うのなら、
やっぱり幼児期かもしれないね。

心と限定するなら、
自分以外の物や人を認識して
それに対する思いを抱くと言う意味ならば、
妊娠中だって、お風呂に入るとご機嫌だったり
両親が喧嘩してると心配したりしてるし、
また7,8ヶ月になれば周囲の音を良く聞いて
反応してるのは医学的にも証明されてるから
私はやっぱり胎児期からと答えるなぁ。

20歳にも満たない学生時代なら
ふんふんそうなのかあで終わりかもしれないけど
今なら色々考えられるから面白いね。

投稿: ぴか | 2004.05.17 06:54

ぴかさん、どうも(^^)。

うん、確かに、学生時代とちがって「机上の学問」に終わらない
ところがおもしろい。

時々、大学の先生達っていうのは、現象とかにもっともらしい名前
をつけるだけで、なんか意味のないことやってるなぁ、って思うこ
ともあるけど、不思議を探求するのはやっぱりおもしろいよね。

それで、「心についての理論」(ウェルマン Wellman, 1988)
の話なんだけど、たとえば、人が泣いているのを見てどうして
泣いているのかがわかるか、っていうことじゃないかな、と私は
思うのです(確固たる自信なし(^^;)...だって4歳からって
いうんじゃねぇ??)

頭をぶつけて痛い、とか、おかあさんがいなくてさみしい、とか、
それがわかるのは、自分にそういう経験があるからだよね。自分の
経験が記憶として蓄積されている。そしてその経験を他の人に
あてはめて類推することができるわけで、それは1歳児にできる、
と私は思う。

3ヶ月の赤ちゃんにはわからない。泣いている人を見て、もしかす
ると悲しい気持ちを感じることはできるかもしれないけど、その人
が泣いている理由まではわからない。

「おかあさん、どこかな」のような簡単なストーリーのあるお話を
理解できるようになるのが目安かな、と私は思います。1歳児を
担任してみて、1歳児って、思っていたよりずっとストーリーの
あるお話とかを楽しめるんだ、ということがわかった。0歳児
だと言葉のリズムとかを楽しむことはできても、なかなかストー
リーを楽しむまではいかないでしょ。もちろん個人差はあるし、
親とかの働きかけの違いにもよるけど。

というわけで、私にとっては、ほんと「素晴らしき1歳」なのです(^^)。

投稿: じゃりんこ | 2004.05.17 21:11

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