« コーヒーの香り | トップページ | 思いがけないお休み »

本「極限の民族」 by 本多勝一

カナダエスキモー、ニューギニア高地人、アラビア遊牧民としばらく生活を共にして書かれたルポルタージュ。それぞれの実施時期は、1963年5月~6月、1964年1月~2月、1965年6月~7月、というから、かなり古い記録になるが、21世紀の今となっては、これらの人たちの生活もかなり変化しているらしく、この記録は貴重なものといえるようだ。

すごいのは、本当に寝食をともにしていることだ。カナダでは、カリブーの毛皮一枚をめくると地面、というようなエスキモーの雪洞式テントに住み、エスキモーと同じく、カリブーやアザラシなどの生肉を食べる。セイウチを解体して、その体内から出てきた貝まで食べてみているが、さすがにそのヒレの先についていたシラミは食べられなかったそうだ。ニューギニアでは主食はイモだが、こちらは下痢をしてしまって現地食主義は挫折してしまったらしい。それでも、「清潔云々」を言う人からは目をむかれるような調理法などで調理されたものをどんどん食べてみているのはすごい。また、エスキモーやニューギニアのモニ族の言葉など、少しでも勉強していっているのもすごい。実際、それでコミュニケーションしているのだから。

いろんな国の生活を経験してみたいと思うが、さすがにこの極限の民族の体験は自分ではできそうにないし、非常に興味深く読んだ。

おもしろかったエピソードは、ニューギニアの山越え。現地の人たちと一緒に行く時の信じられないようなスピードでの山登り、というのにもびっくりするが、彼らと別れてから道に迷ってしまった時の話は読んでいてドキドキした。ニューギニアというと暑い国、というイメージがあったが、高地はむしろ朝や夜などは寒いらしい。エスキモーの犬の扱い方、彼らに自殺が多い、というのも興味深い話だ。

アラビア遊牧民の話は、中国のシルクロードを旅した時のことを思い出し、他の2篇に比べると少しはイメージしやすかった。ただ、ベドウィンの人柄などは、やはり一緒に暮らしてみないとわからないものらしい。旅行者だったらずいぶん印象は違っていただろう、と書かれている。そして本多さんたちにとってベドウィンはかなりつきあいにくい人たちだったようだ。

エスキモーと共に生活したとき、私たちは「人間は、未開・文明を問わず、民族を問わず、結局同じものなんだ」という実感を強く覚えた。...(中略)...この実感は、ニューギニアのモニ族・ダニ族と生活したときも、強められこそすれ弱まりはしなかった。だが、ベドウィンはどうか。ここではエスキモーとは正反対に、「人間は、なんて違うものなんだろう」という実感を強く覚える。民族が違い、歴史が違うと、かくも相互理解が困難なのか。これこそ、本当に「異民族」なのだ。  私たちは、好むと好まざるとにかかわらず、このような「つきあいにくい隣人」と世界を共にしている。世界は「異民族」の寄り集まりなのである。地球上には、おたがいに理解しにくい異民族がたくさんいる。この事実を無視して、一方的考え方で他民族に接する「大国」は、憎まれる。...(後略)(「本多勝一集第9巻 極限の民族」p.501)

相互理解が困難なのは、他民族間だけとは限らないが、確かに風土に規定されるその民族の気質のようなものもある気がする。違った文化、考え方を「おもしろい」と言っているレベルはいいが、一緒に暮らすなど、「つきあう」レベルになると、どこに妥協点を見出すかで、相手によってはかなりしんどい思いをすることになるものだろう...

職場で毎日接しているアメリカ人との間に、大きな考え方の違いを感じたりすることはそれほどないが、慣習の違いを感じることはある。そのことはまたそのうち書いてみたい。

B000JA9BBA極限の民族―カナダ・エスキモー,ニューギニア高地人,アラビア遊牧民 (1967年)
本多 勝一
朝日新聞社 1967

by G-Tools

|

« コーヒーの香り | トップページ | 思いがけないお休み »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/17663/745961

この記事へのトラックバック一覧です: 本「極限の民族」 by 本多勝一:

« コーヒーの香り | トップページ | 思いがけないお休み »