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どっちが大事?

3週間の休暇が終わって今日から保育園に出勤。
早番なので、1歳の子ども達が私を覚えているかな、ってちょっと心配だったけれど、ほとんどの子どもは覚えてくれていたようだ。朝、いつも、親から離れる時にぐずぐず言う男の子が、今日もやっぱりぐずぐず言いだしたので、「(久しぶりに会ったんだから)ハグしてよ!」と言うとすんなりと私の腕に来てくれて嬉しかった(^^)。

そんな中、Kが3歳の姉と軍服姿の見知らぬ男性とともに登園。「え、Kのおとうさんってあんな感じじゃなかったよね」と思ったが、同僚のGは彼を知っている様子だったので、誰なのかはそこでは聞かず、その人が行ってから、Gに「あの人、誰?Kのおとうさんじゃないよね?」と尋ねた。「ああ、あれは、両親の友達よ。両親はバケーションに行ってるの。」

Kのおとうさんは6ヶ月ほどの長期出張に行っていたのだが、先週帰宅。で、今週は子ども達を友人に預けて夫婦でハワイに1週間のバケーションにでかけたのだという。久しぶりに帰ってきて、こんなに小さな子ども達をおいて?...ちょっと非難めいた気持ちが起きたのは事実だけど、まあ、そういうやり方もあるか、とすぐに思い直した。

その後、ランチタイムに、休憩室で0歳児クラスの担任の保母さんと話していて、子ども達のことになり、

私「ああ、そういえば、Kのママとパパはバケーションに行ったんだよね。」
N「ひどい話よね。」
私「そう思う?」
N「Kはパパとしばらく離れてたんだから。パパのことがわかるように、もっと一緒にいる必要があるわ。...ほんとにひどい話。でも、これがアメリカ人のやり方なのよね。」
私「アメリカ人がみんなそうだっていうわけじゃないでしょ。」
N「そうね。私だったらそんなことしないわ。」

Nはおそらく20代後半のアフリカ系アメリカ人だ。Nがそんな反応を示したことがちょっと意外で、部屋に帰った後、同室のC(20歳、白人)にどう思うか聞いてみたら、こちらは「普通のことだ」という反応。「夫婦は時にはふたりだけの時間を過ごす必要がある。特に、今回のような長期出張は、パパにとってもママにとっても大変だっただろうからね。」

ふたりの例を見てわかる通り、アメリカ人といってもみんな同じ考え方をするわけじゃない。でも、「半年間、子どもと離れた生活をしていて、もどってきてまもなく、子どもをおいて夫婦だけで1週間の休暇旅行にでかける」という日本人はかなり珍しいだろう。日本だと非難される可能性は高そうだ。

で、考えてみて...子どもと離れたくなければ、子どもと一緒にいればいいし、夫婦だけで少しの期間過ごしたいのであれば、それも悪いことじゃないと思う。信頼して子どもを預けることのできる友人や親などがいるのなら。すべて子どものためにガマンして、ストレスがたまってしまうようなら、夫婦だけの時間を持つ、という選択もありだと思う。子どもだって、幸せな両親を見ているほうがいい。両親が幸せでない状態で、本当の家庭の幸せなんてあるだろうか。誰が言っていたのか忘れたけど、「親子の縁は切っても切れないけど、夫婦の縁は切ろうと思えば切ることができる」。そのぶん気をつけて大切にしていかないといけないのかもしれない。もちろん、離れていても、子どもが親に愛されている、という実感が失われないようにしてほしいと思うけれど。

1歳の子どもをおいて夫婦ででかけるか、それよりも子どもと一緒にいるか。どういう方法がそのカップルにとって一番幸せと感じられるかは、人によって違うものだろうし、それぞれの選択を尊重すべきなんだと思う。

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ドキュメンタリーだからできること、フィクションにしかできないこと

図書館で見かけた雑誌「ぴあ」の表紙がマイケル・ムーアで、昨日「華氏911」を見てきたばかりなので、思わず手にとった。「華氏911」と「誰も知らない」を比較考察する、という特集記事で、副題が「ドキュメンタリーだからできること、フィクションにしかできないこと」。

「誰も知らない」は、実事件をもとにしたフィクションだというが、私はまだ見ていないので、そっちのほうについて書かれている記事はあまり読まないようにした。よい評判を聞くのでぜひ見たいけど、ビデオ待ちかなぁ、と思っている。

で、「華氏911」のほうはドキュメンタリーなわけだ。マイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン」を見に行った時、ドキュメンタリー映画、というのにあまりなじみのなかった私は、こういう映画作りというのもあるんだなぁ、と思ったものだ。私の場合、映画というとストーリー性のあるものを期待しがちなんだけど、事実を見せて自分の主張を展開していく、そういうやり方は、ストレートで説得力がある。「華氏911」でも映像という動かぬ証拠を具体的に提示して、「ね、おかしいだろ?変だよね?」と観客に問いかけ、観客を肯かせてしまう。事実の重みにもとづいてわかりやすいメッセージを伝えるーそれが「ドキュメンタリーだからできること」かな。

事実をもとにした映画作品、というのは、私はたいてい好きなものが多い。去年あたりビデオなどで見たもので思いつくのでは、「マイレフトフット」「オールドルーキー」「ゴーストオブミシシッピ」「ビューティフルマインド」など。どこまでが実話でどこからがフィクションなのかわかっていなかったりするけど。「フィクションにしかできないこと」については、また、「誰も知らない」を見てから考えてみたい。

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映画「華氏911」

おもしろかった。
マイケル・ムーアのメッセージは明快で気持ちがいい。
米軍基地で働きながら、アメリカのことをよく知らないものだなぁ、と思わせられた(^^;)。ブッシュの履歴や、大統領選のこと...
ちょうど今「自壊するアメリカ」(赤木昭夫他著 2001年12月発行)という本で、戦争で儲ける人たち、石油のこと、サウジアラビアのことなど、を読んで、そうなんだ...と思っていたところで、マイケル・ムーアが伝えているようなことを、もっと前から言っている人たちもいるわけだけど、彼がこうして映画という形にしたことはやっぱりすごいことだと思う。そして、それは確かに、ある意味で、アメリカという国の健全性を示しているとも言える。時の大統領を正面きって批判することができる国なのだから。

(以下ネタバレ)

もっともそれは、マイケル・ムーアが、今やある種の「権力」になっていて、当局も簡単には手が出せない、というところがあるのかもしれないけど。スポーツジムで政府に批判的なことを言ったら、FBI が家に来た、というエピソードを語る老人。平和を語る市民運動にスパイとして潜入していた人がいた、という事実。誰でも言いたいことが自由に言えるのか、というと、どうなんだろう。

戦場で、自分のしていることに疑問を感じている、と吐露する兵士。映画であんな発言をしたことで、彼は軍にはいられなくなるんじゃないかなぁ、と思ってしまった...

息子や家族を亡くした人達の様子は、見ていて胸がしめつけられた...

"Do Something" ...映画が終わってクレジットが流れた時、この言葉を見て、そうだ、マイケル・ムーアという人は、自分にできることをやっているんだなぁ、と思った...

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ボランティアって

娘達の通う中学では「夏休みふれあい巡回」というのがある。夏休みの夜、保護者が地区をまわって、夜遊びをしている子がいたら「早く家に帰りなさい」と促す、というものだ。今日はその当番で、夜8時から他のお母さん達と一緒に地区をまわってきた。担当地区にはゲームセンターがあり、高校生らしい男の子のグループが遊んでいたが、「高校生だよね」とお母さん達と言い合って、結局声をかけずに出てきてしまった(^^;)。「中学生?」と声をかけたとしても、「高校生だ」と答えられたらそれ以上は何もできないわけで、知っている子が子どもだけで遊んでいるのでもない限り、遊んでいる子に「帰りなさい」と促すのはむずかしい。

その当番を割り当てたりするのは、地区委員会の仕事。地区委員というのは保護者の誰かがやらなくちゃならないのだけど、毎年のことながら、おかあさん(おとうさん)たちのなり手はいない。結局くじ引きで決まったりする。私は小学校の地区委員長を引き受けたことがあるけれど、お祭りや球技大会などは土日にあり、仕事を持っている人でもできる、とはいうものの、休日がしょっちゅうそのためにつぶれてしまうのと、その前の打ち合わせの集まり、町内会その他との電話連絡、など、かなり忙しくて正直大変だった。

母親達の間で恐れられているのは「幼稚園の役員」だ。幼稚園によって違うとは思うけれど、娘達の通っていた幼稚園では、役員になると、毎日のように幼稚園に「出勤」状態という感じだった。ある人の話では、子どもをバスに乗せたら、朝食のかたづけもできぬまま、自分もお弁当を持って「出勤」、子どもの帰る時刻に合わせて帰宅。もちろん、役員をやって楽しいこともあるのだけど、ちょっとねぇ、とその人はこぼしていた。

その幼稚園から、中1の娘に、今日、「幼稚園運動会ボランティアのお誘い」というのが届いた。中1になってから「幼稚園同窓会」があったのだが、その時「運動会のボランティアに興味があるか」というアンケートに「ある」と答えていたらしい。彼女は「いろんなことをやってみたい」というタイプで、今も「図書館ボランティア」というのをやっている。そうやって自分から楽しんでやるボランティアというのは、おたがいにとっていいことだと思う。

地区の子ども達の野球チームやキックボールチームのコーチを引き受けてくれる人たち。毎週日曜の朝6時から練習で、小学校の地区委員のお母さん達は交替で(ブツブツ言いながら)その練習につきあったけど、役員というわけでもなく、無報酬で、毎週来てくださる人には頭のさがる思いだった。

養護学校に勤めていた頃、夏休みに何日か「サマースクール」というのを開いたけど、そういう時に、ボランティアに来てくれる人たちもいた。私にとっては「仕事」の一環だったけど、この人たちは無報酬で来てくれてるんだなぁ、と思ったものだ。

自主的にボランティアに参加する場合、それはやっぱり楽しいからやる、ということなのだと思う。でも、なり手がいない幼稚園の役員やPTAの本部役員などは、ボランティアに期待するのは無理があるのじゃないだろうか。自分からやってこそ、のボランティアなのに。幼稚園やPTA の役員などは、一定の報酬が支払われるような方式にしたっていいのじゃないかと思う。「ぜひやりたい」という人がいなくて、どうしても必要なポジションであるのなら。「どうしても必要かどうか」はかなり微妙なものだと思うけど。

うちの保育園では「保護者会」というのはない。保護者が保育園に注文をつける会、というのは年に何回か催されたりはしているけど、保護者会がなくて困る、ということは別にない。幼稚園に入る前のプリスクールに子どもを入れている場合、親は週何時間かのボランティアをすることが義務付けられていて、おもちゃのかたづけをしたり、シーツを家に持って帰って洗ったり、遠足につきあったり、などということをやっていたりする。それは全員一定の時間することになっているので、不公平感はない。小学校などでは、お手伝いをしたい親は自主的に学校に手伝いに行ったりすることはあるようだ。

「憂鬱なプログラマによるオブジェクト指向な日々」で「専業主婦ボランティアの害」 という記事があったが、これにもちょっと考えさせられた。ボランティアって「誰かのため」とか言うよりも、自分が楽しいからやる、それが本来の姿なんだろうな、と思う。

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ホームページの引越し

この夏休み中にやらなければ、と思っていたのが、ホームページの引越しだ。
ニフティのメンバーズホームページが今月いっぱいで閉鎖になってしまうので、@homepage に移転しなければならない。

初めてホームページを作ったのが、1998年3月。ニフティの沿革 を見ると、ニフティが個人ホームページ開設サービスを開始したのが、1997年12月となっている。メンバーズホームページのアドレスに自分の名前を入れたくて、とりあえず申し込みをし、めでたく希望のアドレスがとれて嬉しかった。

ホームページのアドレスをとったものの、何を書く?と考え、すぐに、ああそうだ、と思いつくことがあった。

でもとりあえず手始めに、ニフティのフォーラムに書き込んでいた旅行記を題材に、ページを作ってみた。雑誌の付録か何かについていたホームページビルダーの体験版を使ってそれなりの形にする。自分の旅行記をそんな形で残せるのも新鮮だった。

その後、いよいよやってみたかったことにとりかかった。
母乳育児をしたい、というおかあさんを応援するようなページが作りたいなぁ、と思ったのだ。当時、ヤフーなどを見ても、実際、母乳育児に悩む人が参考にできるようなページはあまり見当たらなかった。だったら、私の経験を書くのも意味があるかな、と思った。

ホームページビルダーの体験版の期間は過ぎてしまい、でも、ソフトは高いので、ワードを使ってこつこつと作った。めでたくできたページはたくさんの人に見てもらおうと、ヤフーに登録し、母乳育児に悩むお母さん達からメールをもらったりして、それなりにちょっとは役にたったかなぁ、と思っている。

でも、自分が仕事を始めてからは、メールに答えるのも大変になり、「いつでも相談をどうぞ」という姿勢ではいられなくなってしまった。仕事もおもしろく、その様子をホームページに書きたいなぁ、と思うようになり、私のページは、基地の保育園の様子や、あるいは旅行記などのほうに、自分的には重点が移るようになっていった。ページの作成にはやはりソフトがあったほうが便利なので、いつだったか、ついにホームページビルダーを購入し、やっぱりソフトは楽だなぁ、と思ったものだ。

ここ数年はほとんどページの更新もしていない状態で、本来の目的である母乳育児に関することも、今は他にずっと充実したページができてきているし、私のページを残しておく意味はあまりない。ニフティから「メンバーズホームページ閉鎖のお知らせ」が届いた時、いっそ、まったく新しいホームページを作りたいなぁ、と思ったりしたものの、結局、そこまでやる力はなくて、この2日間で、トップページなどをちょこちょこっと変えただけで、引越しを終わらせた。時間のある時に、もうちょっとちゃんと直さなきゃなぁ、と思っている。

インターネットの危険性とか問題点がクローズアップされるこの頃だけど、私にとって、仕事をやめて社会と切り離されてしまうように感じてしまいそうなところを救ってくれたのはパソコン通信だった。パソコン通信もインターネットも、人が人とつながっていたい、っていう思いから発展してきたのだと思う。...なんだか今日はいろいろなことを思い出して、メンバーズホームページを閉鎖するボタンを押す時、ちょっと感傷的になってしまった(^^;)。

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OpenOffice.org

きっと知っている人はたくさんいるのだと思うけど、私は知らなくて、へぇ、と思ったので書いてみたい。知って嬉しかったことはすぐ誰かに話したくなる(^^)。

ワードで書いた文書をネット上にアップしてもマックユーザーの人は読めない 。保育メーリングリストでのそのやりとりを読んでいた人が、「こんなソフトがあるよ」と教えてくれたのが、OpenOffice.org だった。

Linux が数年前に話題になったけど、それと同じくオープンソースで開発されたプログラムで、マイクロソフトのオフィスと高い互換性がある。マイクロソフトのオフィスはしばしばバージョンアップされ、そのたびに高いソフトを買わなければならないけど、これは無料で、しかもプログラムのソースコードは公開されている。

そういう開発思想には共感する。儲けを独り占めしようとするマイクロソフトに立ち向かい、情報はみんなで共有しよう、っていう姿勢には拍手を送りたくなる(^^)。

で、私の場合、このソフトがありがたいのは、PDF ファイルが作れること。これなら、マックユーザーの人でも読むことができる。PDF ファイルを読むためのソフトは無料で手に入るけど、作るのには高いソフトを買わなければいけない、と思っていたのだけど、無料のソフトで作ることができるなんて(^^)。(というわけで、しばらく前に書いたクラス便りを PDF ファイルでアップしてみた。)

もちろん、私のように、パソコンの知識がろくにない者がこういうフリーソフトを利用するのは簡単ではない。インストールしようとすると、やれ「なんたら.DLL がない」とか「JAVA なんたらが見つからない」などと言われ、OpenOffice.org 日本ユーザー会のFAQ はかなりいろいろ載っているとはいうものの、文字化けで読めないページがあったり、で、そんなにスムーズにはいかないのだ。有料ソフトのようなサポートを期待する、というわけにはいかない。

マイクロソフトに反発を感じることはあっても、基本的にはやはりお世話にならざるをえない私は、OpenOffice.org をメインで使おうとまでは思わないけど、ユーザーがそれぞれ助け合っていこう、という考え方はとても好きだし、こういうのを使うことで、自分自身、パソコンのことが勉強できる、という面はある。

コメントスパムとの闘い(--;)はまだ続いていて、今日もふたつやってきた。昨夜、ad-aware と同じく有名なスパイウェア駆除ソフトSpybot を入れて、またいくつか発見されたばかりで、ああやっぱり Spybot を使うのも意味があるのかな、なんて思っていたところなのに。コメントスパムが来たので、ad-aware で検索をかけてみてもスパイウェアは発見されなかったが、Spybot を使うとひとつ発見された。そこで、セーフモードでもう一度 Spybot を使って、発見されたふたつのファイルを削除。ニフティがコメントスパム対策を強化した、みたいなことを言ってたけど、それでこの状態なのだから...(x_x) でも、ここまでやったから、当分は大丈夫...だといいな(^^;)

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放送大学面接授業「臨床心理学実習I」

講師は北原知典先生。教育センターの教育相談員やスクールカウンセラーとしてプレイセラピーなどを実践されている方だということで、それを実際にやってみる、という感じの授業内容だった。

たとえば、スクリブル(まるっこい三角とか、まるっこいひし形などの単純な図形をもとに、それを見ているうちに見えたものを描いていく)とか、風景構成法 とか。スクリブルなどは、同じような形から、人によっていろんな絵が描けるものだなぁ、というのを見るのはおもしろいけど、スクリブルにしても風景構成法にしても、絵を描いた後、それをどういうふうに見ることができるのか、という話ではなく、あくまでもこういう療法がある、という体験なので、なんとなく物足りなさはある。

2日目は、コラージュ療法 の体験。生徒はひとりひとり雑誌などを持ってきて、4、5人でグループとなる。グループのメンバーがそれぞれ貼り付けたいものを雑誌の中からまずひとつ選び、自分はどうしてそれを選んだのか、ということを話して、そのうえで、次々と何かを切り抜いては、模造紙の半分の大きさの紙に貼り付けていき、最後にタイトルを決める。見ず知らずの人とグループになっていったいどんなものができるのか、と思ったが、なかなかどうして、みんなおもしろい作品になるのだ。

コラージュは、既にある絵や写真を切り抜けばいいので、絵のうまい下手に関係なく、それなりに「絵」になる。色彩の美しい作品。立体的な作品。文字が効果的に使われている作品。私の最初に選んだのが子どもの笑っている写真で、グループのメンバーがそれにあわせて他にも子どもの写真などを切り貼りしてくれて、他のグループより「人」がとても多い作品になった。そして、どのグループも自分達の作品に満足しているのだ、私たちも含めて。製作過程の話を各グループから聞くのは興味深かった。

事実、コラージュをしたり、絵を描いたり、粘土をしたり、というのは、確かに楽しい体験だ。粘土は用意されていたが、今回は時間の関係などでやらなかった。粘土遊びが楽しいことは、私は保育園で知っている。自由にいろいろなものが作れるし、こわれても、すぐにまた別のものが作れる。こういうことをやりだすと、結構はまってしまう、というのは私には日常的な体験だ。(グループでのコラージュをやったことはなかったけれど。)

そういう意味で、私は職業上、心理療法を日常的に経験しているのかもしれない。
でも、だから、私にとっては、今回の授業は今ひとつ物足りなさが残った。そういう療法を、どういう場面でどういうふうに利用していくのか、ということを知りたいと思う。なんでも物事に意味とか目的を求めるのは、まちがっているかしら...。楽しければいい、ということももちろんあるけど...

臨床心理士として仕事をしていて、クライエントに突然、2階の部屋から飛び降りられた、とか、「今までにクライエントが死んだ、ということがないのは、運がいいだけ」などという話を聞くと、大変な仕事だなぁと思う。私にはできそうにないな...

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ビデオ「ボーイズ’ン・ザ・フッド」

1991年のアメリカ映画。
先日、放送大学の「人種と民族」という講義を受講したばかりなので、つい、そういう見方をしてしまった。やっぱり人種差別はあるんだなぁって。

高校生のトレ(キューバ・グッディング・Jr)が住むロスの黒人居住地域は、犯罪の多発するところ。しかし、彼の父(ローレンス・フィッシュバーン)は、黒人の置かれている状況をしっかりと見つめ、息子に誇りを持った生き方をするようにと教えるような人で、トレはいわゆる悪事に関わるようなことはなかった。彼の友達には既に妻子のいる者や、麻薬の売買などに関わっているような者もいる。そんな中で、不良グループとの諍いが起こって...

見ていてつらくなるような話なのだけれど、現実はそうなのかもしれない。

トレの父が言う。「軍隊は黒人の行くところじゃない。」
入隊勧誘のテレビコマーシャル。「軍に入れば、忍耐力や指導力など、社会で必要ないろいろな素質を身につけることができる。軍に入った後は、そこで得た力を生かして、好きな仕事に就くことができるのだ。さあ、軍に入ろう!」
妻子のいるリッキーは入隊を考える...あんなふうにして、軍に入っていく人たちがいるのだ...

黒人をバカにする黒人警官。銃による殺人が日常的に起こる。そんな中で育った人と、犯罪のほとんどない地域で、差別を受けることなく育った白人とで世界観が違うのは当然だろうなぁ、と感じさせる映画だった。

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コメントスパムよ、さようなら

こんなタイトルで書いたらまた攻撃を受けないかなぁ、とちょっと心配しつつ(^^;)..

京都に行く前からあったコメントスパムだが、こちらにもどってきて、「覆水盆に返らず」のスパイウェア駆除ソフトを使う という記事を読み、私もスパイウェア駆除ソフト ad-aware を入れてみた。

で、私のノートをスキャンしたところ、なんと130ものファイルが検出された。ひとつを除いてすべて cookie なのだが、とりあえず削除。で、様子を見ていたのだけど、やっぱりコメントスパムはやってくる。「素晴らしいサイトだね。必ずまた来るから」なんていうコメントもあり、明らかないやがらせ。

で、パソコンをセーフモードで起動して、もう一度スキャンをかけると、更に4個のスパイウェアが発見されたので、これも削除。でもって、一応、主に子ども達の使っているデスクトップパソコンのほうにもソフトを入れて、スキャン、こちらも更にセーフモードにしてスキャン。こっちはそれ以上に大量のファイルが検出された(^^;)。

で、様子を見ていたのだけど、この2日間、コメントスパムはゼロ(^^)。覆水盆に返らずの塩野さん、それと、そこで紹介されていた Net侍 さんに感謝です。コメントスパムに悩むみなさん、試してみられてはどうでしょうか。

それにしても、ニフティの対応はお粗末だった。
コメントスパムが来始めた頃、IPアドレスもばらばらだし、なんとかならないのか、という問い合わせをサポート窓口のほうにしたのだけれど、数日後、

ココログにおけるコメントスパム対策についてですが、該当コメントの書き込みについて、何らかの調査・対応をご希望の場合には、下記手順で、コメントが書き込まれたIPアドレスを確認の上、IPアドレスを管理するネットワークの管理者様にご相談ください。

というメールが届いただけ。IP アドレスはアメリカのものだったりタイのものだったり。そこの管理者宛てにココログユーザーがひとつひとつ相談しなければいけない、というのだろうか。

エキサイトブログでは、報告のあったものに対して排除処理を実施したと言う

完全に排除するのはむずかしいにしても、多くの人が同じ業者に悩まされている実態があるのだから、ニフティとしても対応を考えてほしい。...と、パソコン通信時代からのニフティファンとして、あえて苦言を。

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ビデオ「一票のラブレター」 Secret Ballot

2001年のイラン映画。あるイスラム社会での選挙の一日を描いた作品で、イランが舞台、というわけではないらしい。だから、たとえば、実際にイランで、ああいう選挙が行われているのかどうかは知らないけれど、似たようなところはあるのかもしれない。

若い女性の選挙管理委員が島にやってきて、「今日は選挙の日だから、みんなの票を集めてまわらなければいけない」と言う。警備兵は今日一日、彼女と投票箱を護衛しなければならない。「委員は男であるべきだ」と主張する警備兵。しかし、彼女に説得されて、しぶしぶ一緒に出かける。日本なら、選挙権のある人が投票所にやってきて投票するわけだが、ここでは彼女が出向くのだ。待っていても誰も投票に来ない、と。

「地域を、社会をよくするために、投票を」と呼びかける彼女に、島の人たちの反応は様々だが、選挙の意義を理解し、積極的に投票しようという人たちはほとんどいない。日本だって投票率が50%を切ったりするし、実際、どのくらい選挙が有効に行われているのか疑問なところもあるわけだけれど。現代において、西洋的な民主主義は普遍的な価値だとされているようだが、はたしてイスラム社会でうまく機能するのか、と思ってしまう。

映画はゆったりとすすんでいき、私にはじれったく感じられるようなところもあったが、ここでの時間の流れはそんな感じなのだろう。選挙管理委員の女性のひたむきさは魅力的で、イスラムの人たちの考え方も興味深い。大きな事件が起きてハラハラする、というような映画じゃないけれど、ひとつひとつのエピソードにはっとさせられるような作品だ。ケーブルテレビの「ムービープラス」で録画したのだけど、このまま消さずにとっておこう、と思う。

(以下ネタバレ)

ひとつひとつのエピソードが本当に心に残る。

女性達は字が書けないから、代わりに自分が投票する、という男。人間には投票しない、神様に投票する、という人。「何も買ってくれないなら、投票もしない」という人。選挙委員をねぎらうために、料理を提供する村人。砂漠の真中の信号。自分の夫の墓参りでの儀式に参加できない女。そして、最後、選挙管理委員としての彼女の行動に意味があるのか、と言っていた兵士が投票する...

今まで見たイラン映画「カンダハル」「少女の髪どめ」、そしてこの作品は、どれも派手さはないけど、なんとなく心惹かれる、という感じのものだ。また機会があればイランの映画を見てみたい。

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放送大学面接授業「人種と民族」

講師は本多俊和(スチュアート・ヘンリ)先生。大変パワフルで楽しい方だった。自分の研究を本当に楽しんでやっておられることがわかるし、ユーモアのある話し方で、生徒をぐんぐん惹きつける。

放送大学の面接授業は、講師によって違うが、とにかく出席すればあとは簡単なレポート等で単位が認定されることが多いらしい。本多先生は「それでは授業じゃなく、カルチャーセンターだ」とおっしゃる。カルチャーセンターも悪くないが、久々の「授業」の雰囲気は楽しかった。先生が質問し、生徒側も疑問点はどんどん出していく。放送大学の面接授業は、基本は135分授業が5回分、という設定で、集中型だとほぼ丸二日かかる、というものなのだが、時間の長さを感じさせない。昨日、先生が「明日はこういうビデオを見せる」と話しておられたのだが、授業が盛り上がってビデオはすっかり忘れられていた。設定された終了時刻がきて、誰かがビデオのことを持ち出し、先生は「じゃあ時間のある人は見ていって」と延長講義。ほとんどの人が残っていた。よき研究者が必ずしもよき教育者であるとは限らないと思うが、本多先生が教育者として素晴らしい人であることはまちがいない。

おもしろいのは、もちろん、内容に興味があるからではある。「文化人類学」は後期の授業で登録を申請中だ。人種、民族、文化、というものについて、ふだん、わかったようなつもりでいるが、きちんと定義しようとすると、結構あいまいなものであることがわかる。

一般に、人種とは、生物学的、身体的特徴によって人間を分類したもので、黒色、白色、黄色、というふうに肌の色による分類が広く行われている。しかし、本多先生は、「人種というのは科学的な分類ではない」と言われる。ヨーロッパ人がアメリカ大陸へやってきて植民地支配を始めた時に、植民地経営をやりやすくするため、人種による役割を固定した。人種というのは差別に利用されてきたので、廃止すべきである、と。

一方、民族とは、共通の文化(宗教、慣習、伝統、生活様式、芸術など...)を持つ集団だが、こちらは尊重されなければならない。とはいえ、民族というのは固定されたものではなく、分裂したり、消滅したり、融合したり、出現したりするものである。

本多先生は、自説について、時間の関係で十分な根拠を示しておられない部分はあるので、自分でもう少し勉強してみたいと思う。いくつかおもしろそうな本も紹介されていたので読んでみるつもりだ。

民族の独自性は尊重すべきだ、と私も思うが、世界各国で起こっている紛争はほとんどが民族紛争であることを思うと、独自性を大切にしながら、どうやって共存していけるのか、というのが問題だと思う。

アメリカは移民の国で、英語以外の言葉を母国語とする人たちの数がどんどん増えてきた時に、その人たちをどう扱うのか、ということが問題となった、と「アメリカの歴史」で習った。移民は合衆国社会の主流と同じような文化や価値観をもつべきだとする同化論。多様な文化や価値観を持った人々が集まってくる合衆国では独特の「アメリカ人」が誕生するのだ、という坩堝論。移民のもちこんだ種々の文化や価値観と合衆国主流の文化とが共存していくべきだとする文化多元論。...現在のアメリカでは、それぞれのエスニックグループの独自性はなるべく尊重しよう、という姿勢はあると思う。しかし、公用語は英語、ということで、どのエスニックグループも「アメリカ人」としてのアイデンティティを持つことが期待されているのだろうか。独自性を主張するばかりでは、共存していくことはむずかしいのでは、という気がする...

いろいろ考えてみたいことがでてきて、本当に有意義な授業だった。

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本「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか」 by アレン・ネルソン

副題は”ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」”。「ほんとうの」というのは、この本を読んでみるとわかる。「戦争」と聞いても、多くの人は、そのほんとうの姿をイメージできないのではないだろうか。たとえば、今日の朝刊一面に「イラク交戦 172人死亡」と出ている。今までの私だったら、「なんてたくさんの人が...」とは思っただろうけど、今日は、そのひとりひとりのことが思われてしまった。

著者は、アフリカ系アメリカ人のベトナム帰還兵。知人に頼まれて、ベトナムでの経験を小学校で話した時に、ある女の子から、タイトルとなっている質問を受けた。その時の著者の思い、そして子どもたちの反応...読んでいて涙が出てきた。

涙が出てきたのはそこだけではない。これは「シリーズ 子どもたちの未来のために」の一冊で、子ども向けに易しい文で書かれているが、胸に響く話だ。ぜひ、多くの子ども達に、そして大人にも読んでほしい。

4062119048「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」―ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」 (シリーズ・子どもたちの未来のために)
Allen Nelson
講談社 2003-08

by G-Tools

(以下、内容の要約)

彼が何故、海兵隊に入ったのか。海兵隊での生活はどんなものだったか。沖縄でどんなことをしていたか。軍内部での白人と黒人の関係は。初めて人を殺した時のこと。「ベトコンは人間じゃない」と思っていたが、その考えを変えたできごと...PTSD...

戦争とは人を殺すことなのだ...

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放送大学面接授業「高齢者問題と医療・福祉・相談」

放送大学京都学習センターにて。講師は奈倉道隆先生。京大病院の老年科に長年勤務され、仏教大学で仏教を学ばれてお坊さんでもある、という方でお話もなかなかおもしろい。やっぱり放送だけじゃなく、直接授業が受けられるのはいいなぁ。でも、昨日は朝10時から、休憩はあるものの、夕方6時近くまででさすがにちょっと疲れた。

「老化は、衰える面もあるが発達する面もある」というのがちょっと希望のもてる話だったかな(^^)。
寝たきりの状態で施設に入所した人が、立ち上がって歩くようになり、笑顔で大声で歌っておられるようになるまでの様子を追ったビデオや、北欧の制度の紹介も興味深かった。
受講者の方たちも高齢者問題にやはり関心のある方たちのようで、質問を聞きながら、へぇ、そんなことが、と思ったり。

ではそろそろ今日の授業へ行ってきます。

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大文字

「大文字送り火」という電車内の吊り広告を見た娘が「おおもじおくりび」って読めてしまう、と言うので、そういえば同じ漢字を違う読み方することがあるねぇ、という話になった。

「日本にキリスト教を伝えたのは何人ですか」
「なにじん」を「なんにん」と読むとまぬけなことになる。

「それには一瞬で十分だった」
「じゅうぶん」が「じっぷん」だと???

「ちょっと人気のないところへ行こう」
「ひとけ」?「にんき」?

文脈でああそうか、とわかるけど、つい、違う読み方をして、え?となることがある。
日本語はややこしい(^^)。

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京都

京都駅前のネットカフェにて。

今日はなんと新幹線に乗り遅れてしまった(^^;)。ひかりの指定席を予約していたのだが、結局のぞみの自由席で行くことになり、座ることもできて、結果的には予定より早く着いたのだけど(^^)。私の隣が1歳の赤ちゃんを連れた女性で、赤ちゃんを見るとつい嬉しくなって声をかけてしまい(^^)、楽しい道中だった。

今日は錦市場をうろうろ。京都出身だと言うと、外国の人を連れて行くのにおすすめの観光ポイントはどこ、と訊かれたりすることがあるのだけど、ここは穴場じゃないかなぁ。って私が市場を好きなだけかもしれないけど。京野菜、京都のかわいらしいお菓子、京漬物、乾物屋さん..ハモも京都以外では見かけない。ほおずきなどお盆のお供え物...狭い道だが結構距離があってなかなか見ごたえがある。市場をぬけると.錦天満宮というのがあるのも絵になる。ネットカフェからでは写真をアップできないのが残念。

母、妹家族と京都駅前で6時に待ち合わせなのでそれまでネットカフェで休憩。自分のページを別のパソコンで見てみるとへぇ、こんな感じなんだ、とわかっておもしろかったりする。

明日は放送大学の面接授業をひとつ受講する予定だ。

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掲示板つけました

「覆水盆に返らず」の今日の記事「コメントスパムが来る」にも書かれているが、うちのサイトにも2、3日前からコメントスパムが来るようになった。昨夜は数件、それを削除すると、今朝は40件近く。

これにはまいった。 Google で 「コメントスパム 対処」ということで検索すると、たくさんの人が悩まされていることがわかった。でも、ココログで簡単に対処する方法というのはわからなかったので、私も、「コメントを受け付けない」という設定にしようかと考え、そのかわりに掲示板を設けることにした。残念ながらコメントをもらうことはそれほど多くないが、やはりコメントがつくのは嬉しいし、コメントを受け付けない設定にしてしまって、「コメントはメールで」っていうのもなんだかなぁ、と思ったのだ。(いざとなったらそれしかないのかなぁ。)また、最近、知人から、記事とは直接関係のないコメントをもらうことがあったりして、そういう書き込みができる掲示板があるのもやっぱりいいかな、と思った。

で、中1の娘が彼女のホームページで使っている「ロケットBBS」 というのを利用して、掲示板を設置。CGI の知識がなくてもいいので設置が簡単だし、「強力なセキュリティ機能を豊富に用意」というところに惹かれた。もしコメントスパマーに狙われるようなことがあれば、やはり有料版のほうが有効そうだけど。娘に「君の使ってる掲示板つけたよ」と話すと、「でも、あれ、設定の時、エラーが起こりやすいんだよね」だとか(^^;)。設置する前に訊くんだった。でも、私が今日やってみた限りでは問題ないし、カスタマイズもいろいろできそうで楽しそう。

明日から帰省で、バタバタしながら掲示板の設定とかをやっていると、ココログのひとつひとつの記事を開いて「コメントを受け付けない」設定にするのはさすがに面倒になり、とりあえず放置することに(^^;)。コメントスパムの攻撃が止まないようなら、やはりコメントを受け付けない設定に変えるかもしれないが、とりあえずは、この記事もコメントを受け付ける設定にしておきます。

というわけで、コメントはいつでも歓迎ですので(スパムは別だけど(--;))、記事にでも、掲示板にでもどうぞ(^^)。

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本「フフフの歩」 by 先崎学

しばらく前、毎日新聞に先崎学八段のコラムが連載されていて、おもしろいので、エッセー集を読んでみることにした。

「フフフの歩」は、アマゾンのカスタマーレビューで、「将棋のことをまったく知らない私ですが、楽しく感じる本を読みたいと思うと本書を手に取り、何度も読み返しています」という感想もあり、楽しみにしていたが、私はそこまでははまれなかった。でも、思わず笑ってしまったり、うまいなぁ、と思ったり。私は将棋をやらないが、夫の影響で棋士の顔は少し知っているので、へぇあの人がねぇ、とか、ああそんな感じだなぁ(神吉さんとか)、という感じで楽しめる部分もあった。

一番おもしろかったエピソードは、やはり、中村・郷田両氏による「点のある・ない論争」かな。この本の中では2度も登場してるけど、中村八段は気を悪くしていないのかしら。

楽しい文を書く人だけど、鬱になることもあるらしく、棋士という仕事も大変なんだろうなぁと思う。もっとも鬱になるのは、棋士という職業が原因というわけではないだろうけど。対局前の心境など、棋士ならではの文も、私には興味深かった。

ご存知の方も多いと思うが、「アフィリエイトは我が魂に及び!」というサイトに、「業種別blog百選」という記事がある。「13歳のハローワーク」もいいけど、実際にその職業に就いている人のブログというのはおもしろい。棋士にはまだブログを始めている人はいないのかな。先崎さんにブログを始めてほしいものだ(^^)。

先崎さんの毎日新聞のコラムは楽しみにしていたのに、あっというまに終わってしまって残念。不評だったとは思えないんだけど...著者側の都合なのかなぁ。

フフフの歩フフフの歩
先崎 学

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保育園のクラス便り

明日から夏休み(^^)!
というわけで、当分、保育園のことも書かないだろうから、今週初めに出した保育園のクラス便りをアップしておきます。英語をここにそのままアップすると、字が小さくて読みづらいので、ワードの文書をこちら にアップしました。News0804 というファイルです。ダウンロードするのにちょっと時間がかかりますが、興味のある方はどうぞ。(コメントに書いたような事情で、テキストファイルも追加しました。Txt0804 というファイルです。...8/7追記) 朝、親と離れる時に泣く子が結構いるので、子どもたちの最近の活動の様子を紹介し、朝、泣いていても大丈夫ですよ、ということを主に書いています。原稿は園長先生にチェックしてもらい、いくつか訂正されました(^^;)。

ここに書いているように、私が休暇をとっている間、Sが早番、Cが遅番をやってくれることになっているのですが、Sは8月27日でやめることが決まっています。Sは9月の初めに日本を発つので、本当ならもう少し早くやめたいのだと思いますが、私の休暇をカバーするためその日までやってくれる予定です。彼女とは、彼女が日本を発つ前にもう一度会うつもりですが、他のクラスのふたりの同僚も27日でやめてしまう予定だし、うちのクラスのCもやめる可能性があり、3週間後に職場にもどったら、また新しい顔が増えていて浦島太郎状態になりそう(^^;)...

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夏野菜のカレー

料理が趣味のひとつという中1の娘は、たまに、夕食を作ってくれることがある。しばらく前から夏野菜のカレーを作りたい、と言っていたのだが、この間の毎日新聞日曜版、塩田ノアさんの「ごはんSAIJIKI」というコラムで、夏野菜カレーのレシピが紹介されていたことを話すと、「じゃあ作ってみる」と今日、作ってくれた(^^)。

curry.jpg私も夏野菜カレーを作ることはあるが、単に具を夏野菜にして市販のルーを使うだけだ。今日、娘が作ってくれたのは、ラタトゥイユを基本にカレー粉としょうゆ少々を加えたもの。ラタトウィユは我が家の定番のひとつ。野菜をいためて煮こみ、調味料は塩と砂糖少々、というシンプルな料理だけど、野菜がとても美味しく食べられる。だからこのコラムを読んだ時、美味しそう、と思ったのだが、その通りだった(^^)。

肉というのは旨みの強いものだけど、肉なし、野菜だけで美味しい。肉なしなので、あとはアジの塩焼きでも、トリの唐揚げでも好みのおかずを添えて、と書かれていたが、カレーを作ってさらに唐揚げも作るのは手間なので、たんぱく質は目玉焼き(^^)、これに海草サラダと冷凍みかんで、「なんか給食みたいだなぁ」と子どもたち。目玉焼きはつかないけど、カレーにはわかめサラダとみかん、というのがよくあるパターンなんだそうだ。

毎日新聞のサイトではこのコラムを見つけられなかったので、レシピを知りたい方は、こちら へ。多分、塩田ノアさんが書かれているのだと思うが、毎日新聞のレシピとは若干違っている。毎日新聞ではバターライスをわざわざ作っていないし、ガラムマサラなどを加えることになっているが、基本は同じ。うちの娘達はスパイスが嫌いなので、スパイスは使われていないが、使えばまた違った美味しさが味わえることだろう。

野菜だけで本当にそんなに美味しいの?と思う方はぜひお試しを(^^)。

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ちょっと笑える...かな?

中3の娘がちょっと笑った、と言っていた話。

彼女の前を、茶髪のファッショナブルなおねえさんが歩いていた。と、そのおねえさんの携帯が鳴る。着メロは...「チューリップ」だった(^^)。

続いて中1の娘。携帯で思い出した、ということで。ある日電車に乗っていたら、40代くらいのくたびれた雰囲気の男性がいて、その携帯のストラップがピンキーだった(^^)。

私は、というと、せっかく作ったお弁当を忘れて、しかたないので、こういう時のために職場のロッカーに置いているレトルトのごはんを電子レンジであっため、お皿に移そうとしたところ、なんとそれを落としてしまい(x_x)...というしけた話しかない。

中1「泣きっ面に蜂?」
母 「そうそう。踏んだり蹴ったり、とも言うか。」
中3「それって、踏まれたり蹴られたりって言うべき?」

うーん、確かに(^^)。

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初めてのウィルス

Cos さんが、「ウイルスソフト」という記事で、「原則としてノートではメールの受信をしないからという理由で(受信しないのにもったいないからというのが本当のところだが)ウイルスソフトが入っていない。」と書いておられたのを読んで、おせっかいながら、私が初めてウィルスに感染した時のことを書いてみようと思った。

2年前の秋のこと。どうもデスクトップパソコンの調子がおかしいので、ウィルス感染を疑い、オンラインスキャンをしてみると、100以上ものファイルが REDLOF というウィルスに感染していた。ウィルスの恐ろしさは聞いていたものの、あやしいメールを開かなければいいんでしょ、変なサイトにいかなければいいんでしょ、くらいに思っていた私は、対策ソフトはインストールしていなかったのだ。システムファイルに感染しているものもあり、パソコンの知識がろくにない私は途方にくれてしまった。

義兄に相談し、とりあえず、失いたくないデータをCD-ROMにバックアップしてから、トレンドマイクロのホームページに書いてあるやり方にしたがって、ウィルスが作成したファイルをレジストリエディタを使って削除し、その後もう一度オンラインスキャンをして、感染していたファイルはすべて削除。ウィンドウズのシステムにあるファイルを削除して、はたしてパソコンが動くんだろうか?と思っていたが、結局のところ、それほど性質の悪いウィルスではなく、不要なファイルを作成する、というタイプのウィルスだったようで、パソコンが動かなくなる、ということはなかった。パソコンの初期化を覚悟していたけど、そこまではしなくてすんだ。

ハードディスクがきれいになったところで、お世話になったトレンドマイクロ(対処法が大変わかりやすく書かれていた)に感謝して、ウィルスバスターをインストール。それにしても感染源はまったくわからなかった。子どもたちに、わけのわからないメールは開かないように、とは話してあって、彼女らもそんなものを開いた覚えはないと言う。REDLOF は、感染したサイトを見ただけで感染する、という性質のウィルスらしいので、子どもたちが変なサイトに行ったのではないか、と思ったが、そんなことも断じてない、と言う。

とにかくなんとかなったし、今回のことでパソコンのことは勉強できたし、まあいいか、と感染源の追求はおいておいたところ、数日して、娘がネットにつないでいる時に同じウィルスが発見された。彼女の学校のクラブの先輩のホームページだった。最近、そこにつながなかったのか、と聞いたら、つないだら「エラーが発生しました」というようなメッセージが出て見られなかった、と言う。パソコンのエラーメッセージには慣れっこになっている娘達(^^;)はとりたてて不思議に思わなかったらしい。

つまり、怪しげなサイトに行ったわけでなく、メールのファイルを開いたわけでもなく、友人のサイトを見ただけで、ウィルスに感染してしまう、ということなのだ。で、その時はウィルスバスターをインストールしていたので大事にはいたらなかった。このことがあってから私は、ネットにつなぐならウィルス対策ソフトは必須、と思うようになった。

まあ、人によって、パソコンの初期化なんてそれほど負担に感じない人もいるようだし、そういう人にとっては、ウィルス対策ソフトは、結構システムリソースを使うのであまり入れたくないものかもしれない。また、めったに使わない2台目のためにソフトを入れるのもおっくうだったりするものだと思う。

だから人それぞれだとは思うが、私の場合は、これで懲りたので、子どもの使うデスクトップパソコンには有料ソフトを入れ、その他の常駐ソフトをできるだけはずした。子どもが使わないノートは、先日も書いた無料のソフト AVG を入れている。有料ソフトの体験版をいくつか試したけど、個人的に AVG は結構好きなので。もちろん、無料というところが大きな魅力なのだけど。結局、有料にせよ無料にせよ、どのソフトを選ぶかは好き嫌いの問題だと思うのだけど、「いつもバックアップはきちんととってあるし、初期化なんてなんでもない」という人でないなら、ネットにつなぐ以上は、なんらかのウィルス対策ソフトを入れておくほうがいいのでは...と、私にとっては大変な経験だったので、おせっかいかなぁ、と思いつつ、「入れてない」という話を聞くと、つい話したくなってしまうのだ(^^;)。

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ウィルス感染

来週9日から3週間の夏休みをとるので、今週中にいろいろやっておかなければ、と、今日は、今まで撮りためていた保育園の子どもたちの写真を整理したり、プリントアウトしたり、クラス便りを書いたり。我が家にはパソコンが3台あって、私は主にノートパソコンを使い、子どもたちがデスクトップを使っている。写真はデスクトップのほうに保存することにしているので、今日はそちらを使っていたら、そのうち、月に一度のウィルスチェックが始まった。デスクトップパソコンにはウィルスバスターを入れていて、月初めに全ファイルをチェックするような設定にしてある。画像ファイルを扱うと、すぐに「ディスク容量不足」なんて言われてしまう状態のパソコンは、ウィルスチェックが始まると他の仕事を受け付けなくなって、しかたないので、ウィルスチェックが終わるまで2階の部屋のかたづけをしていた。

しばらくすると、娘が階段をかけのぼってきて、「おかあさん、ウィルスに感染してる!」と言う。見に行くと、JS_SPAWN.A というウィルスが見つかって、隔離しました、となっている。ええ?ウィルスに感染してたの?...結局、ふたつのファイルにそのウィルスが感染していたことがわかり、隔離されたファイルを削除した。

調べてみると、ブラクラを起こすウィルスらしい。でも、そんな目にあった覚えはないし、子どもたちからも聞いてないけど...と思って、子どもたちに尋ねてみると、中1の娘が昨夜、そういう状態になったと言う。「ザ掲示板」というサイトで、「足が速くなるスレ」とかいうのを読んでいて、「ここが参考になりましたよ」と書いてあった URL をクリックしたら、ブラウザーが次々に開いて、結局パソコンの電源を切ることになったそうだ。そういうことがあったら、すぐ私に言うこと、それから、信用できるサイトでないと、むやみに URL をクリックしないように、と話した。

気になったので、私のノートパソコンのほうもウィルスチェック。こちらは、子どもたちが使わないので、AVG という無料のウィルス対策ソフトを入れている。無料だけど、まめに対策ファイルも更新されるし、いいと思う。で、チェックの結果、問題なし。デスクトップパソコンのウィルスバスターも、新しいファイルがあったらすぐにダウンロードするような設定にしてあるのだけど、ブラクラを防ぐことはできないわけで、感染してしまったということか。まあ、翌日にわかって大事にはいたらなかったし、子どもたちもひとつ学んだので、よしとするかな。

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