« どっちが大事? | トップページ | 映画「アマンドラ!希望の歌」 »

「お返し」という慣習

うちの保育園のお掃除に来てくださっている日本人の方が何人かおられるのだが、そのうちのひとりの方(Yさん)の身内に不幸があったということで、私たちはいくばくかのお金を集めてお渡しした。ちょうど私が休暇に入る前日のことだったのだけど、先日、Yさんから、みなさんに、とひとりひとりにお返しをいただいた。

で、Yさんから、「Bさんには、みんなと一緒ではなく、特別にいただいたので特別にお返しをしたい」という相談を受けた。「アメリカにはお返しという習慣はないようだから、何もしなくてもいいと思いますよ。みんなと同じものでいいのではないですか。」と言ったのだけど、それではYさんの気持ちがおさまらないようで、「何を贈っていいかわからないので、カタログから選んでもらうような形にしたい」と言われ、私が仲立ちをすることになった。

Bさんに事情を話したのだが、案の定、「そんなことしなくていいのに」という反応。怒っているわけではないが、せっかく好意で贈ったものなのに、そんな形で返されることは嬉しくないようだ。「日本人の場合、感謝の意をそういうふうに表すものなので、わかってあげてください。気持ちよく受け取ってもらった方が、Yさんも嬉しいのだから。」と説明して受け取ってもらったけど、どちらにも少し気まずさが残ってしまった。

誰かが亡くなったら、お金を集めてお花を贈ったり、結婚する人や赤ちゃんが生まれる人にプレゼントを贈ったり、というのは、アメリカでもよくあることだけど、それに対していちいちお返しをする、ということはない。ひとりひとりにサンキューカードを渡す人は多いけれど。

以前、うちの保育園で働いていた人で、週末には日本人の子どもに英語を教える仕事をしていた人がいる。彼女は時々、生徒とその親を自宅に招いたりしていたのだけど、「私は日本人が好きだけど、家に来る度にプレゼントを持ってくる、というのはやめてほしいわ。初めての時に何か持ってくる、っていうのはまあいいとして、何度も来ているのにその度に何か持ってくるの。そんなことしないで、って言っているのに。」と、心底いやそうだった。

贈り物に関しては、それぞれの文化で違った慣習がありそうだ。相手の意向を尊重して、といっても、日本人の場合、「そんな、お返しなんていいですよ。」と言ったとしても、何もなければ「無礼なやつ」と思う人もいそうだから、むずかしい。雑誌だか新聞だかで、「嫁に”何もいらない”、と言ったらほんとに何も贈ってこなかった」なんて不満を言っているお姑さんの声を読んだことがある。アメリカ人はその点、たいていの場合、言葉を額面どおりに受け取っていいと思うので、日本人よりつきあいが楽かもしれない。

|

« どっちが大事? | トップページ | 映画「アマンドラ!希望の歌」 »

米軍基地保育園」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/17663/1341337

この記事へのトラックバック一覧です: 「お返し」という慣習:

« どっちが大事? | トップページ | 映画「アマンドラ!希望の歌」 »