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フリーターって

以前にも少しここで書いたことがあるけれど、David Bull さんというカナダ人の木版画家がいる。彼がお客さんに送っている季刊のニュースレターに「ハリファックスから羽村へ」というコーナーがあって、イギリスのハリファックスで生まれた彼が、どういういきさつでカナダへ渡り、日本に来ることになったのか、という彼の半生を綴ったものだ。彼は日本に来てもう18年になり、木版画家として楽しく仕事をしている。しかしこの仕事にたどりつくまでには、紆余曲折があって、ストリートミュージシャンをしたり、音楽店で働いたり、と、全然関係ない仕事をしていた時代が長かった。今回のニュースレターで、10年間続いたこのコーナーが完結したのだけど、その最後のコメントが興味深い。
 

ついに「ハリファックスから羽村へ」は完結しました。このシリーズを始めるにあたって申し上げたように、ほとんどの欧米の読者の方々はこんなふうに思われるでしょう。「だからどうしたっていうんだ?この男は、こっちをかじりあっちをかじり、ようやく何かにたどりついたっていうわけだ。そんなのみんなやってることじゃないか!」 でも、多くの日本の読者が育ってきた社会はそうではありません。私がやってきたようなやり方で「自分探し」のためにあれこれやってみる、という自由が若い人に十分与えられている、とはいえない社会だったのです。今、日本では、少しずつ、そんな自由がきくようになってきています。そして多くの人が、「今日の若者は方向性を失っている」と心配しています。
 みなさんはもうおわかりでしょうが、私は彼らのことをそれほど心配する必要はないと思っています。確かに、今、日本の社会システムがずいぶん大きく変わりつつあります。そして私は「すべてうまくいくよ」などと言うつもりはありません。しかし、だいたいにおいて、私はこのところの社会の変化はいいことだと思っています。かつては厳格な年功序列方式のため、かなり若い時期に自分の進路を決めなければならず、途中でそれを変えることもできませんでしたが、現代では、人生の違った場面で、進路を変更し、自分にあうものを探すことがもう少し柔軟にできるようになってきています。
 もし私がそんな柔軟な選択をすることができなかったなら、今頃どうしていたでしょうか...想像がつきません。このシリーズの中で見てきたように、私にはやってみたいと思ってみたものをなんでもやってみる自由が必要でした。「学歴」とか「資格」にこだわらずに私の技術と能力を額面どおりに受け入れてくれるような社会が必要でした。なかでも一番必要だったのは、失敗しても非難されたり咎められたりしなくてすむ、という自由でした。

デービッドさんが木版画家としてやってみよう、と決意したのは、(確か)30代になってからのことだ。もともと美術を専攻していたわけでもなく木版画家として成功する、という保証もなかったけれど、やってみたいことをやらずにはおれなかった。

ここ日本では、高校や大学を卒業すると、何か就職しなければならない、という気持ちにとらわれている人が多いだろう。でも、そんなに若くして、自分の本当に好きなことに出会える人は少ないのではないだろうか。自分が何をしたいのかすらわからない、ということだってありえないことではないけれど、特に男性の場合、いったん就職した会社に定年まで勤める、というケースが多かったのだろう。

ところが、このところ、フリーターとかニートと呼ばれる人たちが増えている、と言われている。本当に自分の積極的な意志で、フリーターとかニートであることを選択した人がどれくらいいるのかはわからないし、そういう生き方が承認されてきている、とはいえない状況だとは思うけれど、デービッドさんの言うとおり、そんなに悪いことじゃないかもしれないなぁ、と思う。

アメリカ人を見ていると、高校を卒業して、すぐに大学に行く、という人ばかりではなく、しばらく仕事をする、という人が結構いる。うちの保育園にも高校を卒業したばかりの男女が働きにきていたりする。そういう人たちの中には、夜、大学の授業をとっている人もいるし、ある程度お金がたまったら大学に行くんだ、と言っている人もいる。大学も4年で卒業する必要はない。そういう生き方は悪くないなぁ、と思う。もし、若い人たちがいろんな仕事を経験するチャンスに恵まれていれば、そうするなかで自分の好きなことに出会う可能性がありそうな気がする。高校を卒業したら大学、とか、正社員として就職、というのじゃなく、フリーター的な生き方を選ぶ人が増えてきたら、企業も若い人材を正社員よりは安い賃金でお試し的に使ってみることができるわけで、若い人にとっても企業にとってもいいことのような気がする...

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コメント

はじめまして。なんだか励みになるような記事だったのでコメントさせていただきます。
私は、自分のしたいこと(職業)を5歳の時から決めていましたが現実的に厳しい状況になってしまって、19歳から24歳まで一時諦めてました。
24歳の時に会社でイラストを描く機会があり、周りやお客の反応がよく忘れたフリをしていた「絵描き」の夢を思い出し、思いきって会社を辞めました。芸大出てないので一人ぼっちの戦いです。頑張ります!(o^-^o)
ではでは。

投稿: NT | 2004.10.07 12:09

NTさん、コメントありがとうございます(^^)。

自分のやりたいこと、やってみたいことがあるっていうのは
素敵なことだと思います。
今まで会社勤めをされていたようですが、一直線に夢に進んだ
場合よりも、かえっていい面もあるのかもしれません。
デービッドさんの話を聞いていると、音楽店のマネージャーの
仕事をしたことが、自分の版画の宣伝活動をするのにずいぶん
役立ったりしたことがあったようです。

Good Luck(^^)!


投稿: じゃりんこ | 2004.10.07 20:24

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