« ゴールド免許への道は遠い | トップページ | 放送大学「心理臨床の世界」 »

放送大学「文化人類学」

放送大学後期の授業が10月から始まった。
後期に登録しているのは、放送授業が「文化人類学」と「心理臨床の世界」。あと、面接授業で「社会調査実習」を登録している。放送授業はふたつとも水曜日の午前中にあるので、同じビデオに録画することになる。放送授業のビデオより、ついつい映画のビデオを見てしまう私は、昨日ようやく「文化人類学」の1回分の放送およびテキストを読み終えた。

まず、文化人類学とはどういう学問か、なんのためにこういう学問をするのか、というような問題のたて方がされるわけだけど、結局「おもしろいから」なんだろうなぁ。学問は社会の役にたたないといけないように思われているところがあって、みんないろんな理由をつけるけど、ほとんどの学問はきっとおもしろいから探求されてきたのだろう。自分の属している社会と違う文化を知るのはおもしろい。

以下、私のための覚書。

他文化への興味が高まったのは、コロンブスによるアメリカ大陸の「発見」、マゼランによる世界就航など、ヨーロッパの人たちが世界へ航海を始めた時期に遡る。異文化との出会いが、ヨーロッパ人の「人間とは何か」という問いへの関心をかきたてた。しかし、ヨーロッパ人は自分達を「人間」の基準とし、自分達こそが最も優れた文明を持つものだと考えた。そして、文化人類学は、そうしたヨーロッパ中心主義的文化観、文明観を批判し、自己相対化をうながす「批判知」の学問として発展をとげてきた。

19世紀に学問として認められるようになったが、当時は、人類の文化は、蒙昧から野蛮へ、そして文明へ、と進化していく、というような単系文化進化説が主流だった。これらの学者達は、自分で現地に赴くことなく、探検家などから得た資料を整理するだけだったが、やがて、「あらゆる社会に共通する単一の価値尺度というのは存在しない」と主張する文化相対主義の立場から研究を行う人たちが登場してくる。その人たちはフィールドワークを重視し、とりわけ、西洋文明との接触によって消滅の危機にさらされている先住民の文化を記録することを重要だと考えた。しかし、彼らは、そういう文化を支える生活基盤の保障を支援するよりも、いずれ消滅する文化だからそれらを記録しようと考えていた、という点で後に批判されるようになる。

その後も文化人類学は、研究の視点や対象を拡大していくが、構造人類学、象徴人類学、解釈人類学などについてはここでは省略。構造主義の人類学者として高名なレヴィ=ストロースは、ブラジルで先住民社会の研究をし、大きな業績を残したが、彼は、現前に展開している資源開発による環境破壊の中で生存の危機にさらされている南米の先住民問題そのものにはほとんど関心をしめさなかった。これに対し、先住民を単に研究の対象とするのではなく、彼らが維持したいと望んでいる文化を保護するために文化人類学は何をすべきかを考え、支援を続けている人類学者もいる。

この講座の主任講師である江渕一公先生は、文化人類学が、単に文明批評をする「批判知」に終わるのではなく、他文化の人々が遭遇している様々な困難な問題の解決にとって意味のある「実践知」を探求することが大切だ、と言われる。学問は人間の知的好奇心から出発するもので、社会の役にたつとかたたないとかは二の次だとは思うけれど、「研究」というより、他の文化を「理解」しようという立場にたてば、当然、その社会に住む人たちの役にたちたい、と思うようになるものだろう。私も「研究」というより、とにかく、他の文化を、まず知りたい、と思う。

|

« ゴールド免許への道は遠い | トップページ | 放送大学「心理臨床の世界」 »

学問・資格」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/17663/1660968

この記事へのトラックバック一覧です: 放送大学「文化人類学」:

« ゴールド免許への道は遠い | トップページ | 放送大学「心理臨床の世界」 »