« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »

トルコ人の甘いもの好き

ぴよ♪さんのブログ記事「調味料バトン」の中に、-【Q2】周囲に意外だと驚かれる、好きな組み合わせはありますか?ーという質問があったのだけど、これを見て思い出したことをひとつ。

ワンでお世話になったタクシーの運転手さんの家で夕食をごちそうになったとき、そこの4歳の男の子が、なんとコーラに角砂糖を入れているのを見てびっくり。トルコの人たちはよくチャイを飲むけど、みんなたいていたっぷりお砂糖を入れる。メルシンのお宅でチャイをいただいたとき、場所を家の中からテラスに移したので誰のグラスかはっきりわからなくなり、「きっとこれがあなたのよ」と渡されたものを次女が飲んだところ、激甘だったそうだ。そんなわけで角砂糖は食卓で気軽に手にとれるように置いてあるものらしく、なんにでも砂糖を入れるようになったのかなぁ。

その一方で辛いものも好きらしいトルコの人たち。メルシンのお宅で生の唐辛子がでてきたのだけど、おかあさんはこれをかじるのが好きだと言っておられた。ケバップにも唐辛子がついてくる。

私自身は激甘も激辛も苦手で、調味料をあまり使わないほうかなぁ。お砂糖1キログラムは半年は持つし(娘がお菓子を作る場合は別)、マヨネーズなんてなかなかなくならないので(娘達はまず食べない)、時々「マヨネーズ消費委員会」なるものを形成して、無理やりマヨネーズを使った料理を作ったりする。それでもしばしば賞味期限切れになる。よく使うのは、塩、しょうゆ、みそ。青じそドレッシング、ポン酢、オイスターソースも結構多いかな。調味料とはいえないかもしれないけど、もみのり、かつおぶし、ゴマ、ゆかりなんかも多いかも。そういえば、しばらく前に「ゆかり」の姉妹編(?)「かおり」(青じそのふりかけ)というのを買って美味しかったのだけど、その後なかなか見かけない。通信販売ではあるようなんだけど、近くで買えるといいなぁ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

ビデオ「アトミック・カフェ」

マイケル・ムーアがお手本にした映画だということで興味をもって見たが、確かに「なるほど」という感じだった。

タイトルから予想されるとおり、原爆のことが扱われている。でも、フィクションではなく、ドキュメンタリーというのでもない(と思うけど、やっぱり一種のドキュメンタリーなのかな)。当時のニュースフィルムや陸軍製作映画、そういうのをつなぎあわせたもので、ナレーションが加えられているわけではない。それでも、原爆の恐ろしさを知っている私達が見ると、それが当時こんなふうに国民に伝えられていたというのは驚きだ。

原爆を実際に落とした人の「感想」...それを落とすことで人々がどんな苦しみを味わったのかまで思い至らない...ビキニ島での核実験...島の人たちは協力的だと伝えるテレビ...放射能の影響について「心配することはない」と軽く伝える軍でのレクチャー、その一方で、敵による核攻撃を本気で心配していた日々...

全編を通じて、どちらかというと軽い調子の音楽が流れ(当時流行ったらしい原爆ソングなど。もちろん、音楽のない部分もある)、重苦しさはないのに、明るく笑うことはできなくて、まさしくブラックユーモアというのはこういうのを言うのだろう。作り手が原爆の恐ろしさをとりたてて強調しているわけでもないのに、「アメリカはなんてひどいことをしていたんだ」と感じてしまう。

レンタルショップやテレビ放送のプログラムなどで見つけることがあったら見てみれば、と言いたくなる映画だ。マイケル・ムーアの作品は製作者の声がはっきりと聞こえてくるけど、あからさまに言わないのに伝わってくる、こんな映画もありなんだ、と思わせられる。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

映画「マザー・テレサ」

すごい人というのはいるのだなぁ、と思う。ヒンズー教徒とイスラム教徒が対立するインドで、カトリックの修道女が、宗派にこだわらず、ただ、貧しい人、苦しんでいる人たちを助けたいと思う。思うだけじゃなくて、行動する。自分の居るべき場所は修道院ではなく、貧しい人々の住むところだ、と、町へ出て行く姿に共感する。

この人に迷いはなかったのだろうか。信仰の力。神様と話したから、神様に言われたから、神の御心のままに動く。強い。

それでも、最初、「修道院の外で活動したいと言うのなら、修道女であることをやめなさい」と告げられたときには、迷ったのだろう...ただ、神が彼女に貧しい人のために働くことを望まれるのなら、それができるはずだ、と信じていた。

自分のことをふりかえってみると、日々、あれもこれもかたづかない、と言っている私は、結局、自分のことで精一杯だ。マザー・テレサは、「世界平和のために」とか「貧困撲滅のために」とか大上段にふりかぶったスローガンをかかげるわけでなく、自分の手の届く範囲で、子ども達のために、食べ物を集め、医者に子どもを診てくれ、と頼んだ。

映画で扱われていたエピソードがどのくらい事実に基づいたものなのかはわからないが、「組織化」や「作戦」を嫌い、ただ、目の前の人たちが少しでも笑顔になれるようなことをしたいと願っていた人なのだろう。ノーベル賞の受賞式での晩餐を断った、というのは本当のようだ。このお金があれば...と考えてしまう姿にも共感を覚える。

Imdb を見てみると、イタリアで上映されているバージョンは180分、アメリカで上映されているのは110分。監督はイタリア人だが、映画は英語で撮られている。イタリア版はどんなエピソードが加わっているのか、ちょっと興味がある。マザー・テレサはすごい人だと思うけど、あまりにもすごすぎて、本当に神様か天使のよう。イタリア版にはもう少し人間くさいエピソードがあるのだろうか、それとも、本当に、何から何まで天使のような人だったのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

古いパソコン

トルコから帰って1週間あれば、家のなかもすっきりかたづくはずだったのに、どうしてどうして(^^;)。トルコ旅行の終わりごろに、おなかがゆるくなって、帰宅後はどっと疲れがでた。しかも、旅行前には、なんでもかんでも「旅行帰ってから」と後回しにしてきたものだから(留守電にはPTA関係の連絡がどどっと...(--;))、要領の悪い私がそんなに簡単にかたづけられるものじゃない。

で、一番めんどくさかったのが古いパソコンの処理。一応、買取可能な機種、ということで、買い取ってもらえるように化粧直ししようと、「古いパソコン処分の際の注意」なんかを読み出したら、「ゴミ箱に捨てたものも復元ソフトで復元できる」とか「完全なデータ消去はユーザーの責任」とか...。

買取を行っているところでは、きちんとデータ消去をしてくれる、ということだが、それでも一応こちらで消すべきなんだろうなぁ、とフリーソフトを探す。で、それらしいソフトをふたつほどダウンロードして、USBメモリに落とし、2階に置いておいた古いパソコンをえっちらおっちら居間におろしてきて、モニタをつなぎなおし、いざ、データ消去にとりかかろうとしたら、「ハードディスクを認識できない」というような表示...!えーっ、じゃあ、もう消しようがないじゃん!

電源を入れなおすと、今度はハードディスクを認識したので、結局、初期化。初期化するとピカピカのパソコンになり(^^)、これなら、まだいけるかな、と。説明書、ケーブルの類をかき集め、プチプチを買ってきて梱包。これだけの労力を使ってはたして査定はどうなるのだろう?ケーブルは全部はそろっていないし(追記:結局全部そろった(^^))、側面に少し傷もあるし。お金を払ってでも捨ててしまえばラクかな、と途中で思ったけど、どっちにしても、データ消去などのことは考えなければいけないわけだから、とりあえず、買取に出すだけは出してみよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カッパドキアの洞窟ペンション

カッパドキアでは洞窟部屋に泊まってみたいと思っていたので、ここと、帰国前のイスタンブールの宿(今年はF1開催のため、混雑が予想された)だけは、日本から予約をしていった。

泊まったのは、Flintstones Cave Pension というところ。このあとトルコで泊まったのはすべてホテルだったけど、ここはユースホステルのような感じのところで、宿泊客は多分全員外国人。ホテルの人はトルコ人だけど、オーナーの奥さんが日本人だそうで(宿にはおられなかった)、オーナーは上手な日本語を話すし、もうひとり、日本語を上手に話すスタッフがいて、彼にいろいろと世話をやいてもらった。(でも、今のところ、日本人客が来ることはあまり多くないようだ。)他のスタッフもだいたい英語が通じる。

私達が泊まったのは洞窟を利用した3人用の部屋で、シャワー・トイレが部屋についていて、ひとり一泊11ドル。ビュッフェの朝食つきで、この値段はかなりお得(^^)。エアコンはないけど、ここは夜は暑くないから平気。ドミトリーなら、もっと安くなる。

場所はギョレメのオトガル(バス乗り場)から少し遠い(徒歩10分くらい)けど、まわりにギョレメの奇岩群が広がり、カッパドキアにいることを実感できる。朝、宿のまわりを散歩したときは、小鳥の鳴き声が聞こえ、空気はさわやかで、とても気持ちよかった。

私達は2泊だけだったので利用しなかったけど、きれいなプールもあった。朝食などにみんなが集まる部屋には、ビリヤードがあって、これにうちの娘達が結構はまってしまった。
pool夜、娘達が先にシャワーをあびて、私がシャワーをしている間、彼女達は部屋に鍵をかけてロビーに遊びに行っていた。私もシャワーをすませて部屋を出ようとしたら...なんと、鍵がないと、内側から開けられない!(内側から鍵をかけるときも、キーを使ってかける、というタイプだった)...そのうち12時近くになり、それでもまだ娘達は部屋にもどってこない。フロントへの直通電話なんてものは部屋にないし...けど、私は携帯電話を持っていたのだった(^^)。というわけで、部屋からペンションに電話(これって多分国際電話(--;))...「あのー、うちの娘達がまだそこで遊んでると思いますけど、明日の朝、気球ツアーで早起きしなくちゃいけない(5時にお迎え、と言われていた)ので、部屋にもどるように言ってください」...

娘達の話では、他の宿泊客の人がビリヤードを教えてくれていたのだという。(長女によると、次女のやり方を見てると、口をださずにはいられなくなるそうだ(^。^))そのあと、宿の人たちともビリヤードをやって、今度はビリヤードとは違うゲームをしようということで、宿の人がルール説明をはじめたところ、私から電話がかかってきたらしい。その間、日本語のできるおにいさんはいなかったようなので、彼女達だけでなんとかコミュニケーションしていたんだなぁ、とちょっと感心。

ホステルは、そんなふうに宿泊客や宿の人たちとも仲良くなりやすいところが楽しい(^^)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トルコ人とクルド人

私達にとっては「親切なトルコ人」だったけど、クルド人にとっては必ずしもそうではないらしい。シャンルウルファからワンに向かうバスの中で知り合ったクルド人の話によれば、クルド人とトルコ人は仲が良くないようだ。

彼は大学生で、現在はメルシンに住んでいるらしいが、近々エラスムスの交換留学プログラムを利用してオーストリアに行く予定だという。(エラスムスの交換留学の話は映画「スパニッシュアパートメント」で見たからうらやましい。トルコもその制度を利用できるのはEUの一員になりつつあるからかな?)その日は父親の住むビトリスという町に行く途中だった。

バスがシャンルウルファの町を出たのは夕方5時頃だったけど、8時を過ぎるとさすがに暗くなってきた。明るいうちは、時折、羊やらヤギやらのいる広大な草地の風景を眺めていたけど、暗くなってくると外の様子がよくわからない。山道を通っているとき、彼が、「この山にはPKK(クルド人の組織)のメンバーがひそんでいる。」と言う。トルコの東部でクルド人組織による反政府活動などがあることは聞いていた。「クルドの人たちは独立したいと思っているの?」と訊くと、「いや、平和がほしいだけだ。」と言う。

彼は、「クルド人はトルコの中で十分な自由が与えられていない」と言うけれど、そんなふうに大学にも行って、成績優秀な学生として留学プログラムも利用できるというのだから、クルド人が差別されているなんていうことはないんじゃないの?と重ねて訊いてみた。彼は「いや、同等には扱われていないんだ」と言う。クルド人の多い地域の道路は整備もされない(最近、少しずつされるようになってきたそうだが)。確かにガタガタ道も多かった。そして、クルド人は理由もなく殺される。彼のいとこは雑誌記者だったそうだが、警察に殺されたそうだ。理由もなく殺されるなんて信じられないので、「そんなことがあったら司法に訴えるとかできないの?」と訊いたら、無駄だと言う。だからPKKのような組織が必要なんだ、と。自分達を守るものがなければ、殺されてしまう。PKKは関係ない人を殺したりはしない。だから日本人のあなたが心配する必要はない。でも、トルコのマスコミは「PKKがテロを行っている」というふうに報道するんだ...

ひとりのクルド人の話を聞いただけだから、どの程度本当のことなのかはわからないけど、トルコ人とクルド人の間には簡単には解決できない問題がありそうだなぁ、とは思った。

その一方で。ワンで親切にしてくれたタクシーの運転手さんが、車のなかで、「クルドの音楽だ」と言ってカセットをかけたので、「あなたはクルド人なのですか」と尋ねると、父親はクルド人で母親はトルコ人なのだそうだ。ということは、クルド人とトルコ人で結婚する場合もある、ということだ(^^)。彼の奥さんはトルコ人なので、クルド語はあまりわからないのだと言う。トルコ人とクルド人はあまり仲良くないようだけど、結婚することもあるんですね、というような話をしたかったが、トルコ語が話せないので突っ込んだ話ができなくて残念。でも、ともかく、希望がないわけじゃなさそうだ(^^)。

| | コメント (15) | トラックバック (0)

トルコ旅行を終えて

「トルコ人は親切」だと聞いていたが、本当に旅人をもてなすことの好きな人が多いのだなぁ、という印象だった。私が行ったのが東部の田舎のほうだったので、いっそうそんな感じが強いのだと思う。

イスタンブール、カッパドキアは観光地で、ここでは英語もよく通じる。カッパドキアからバスでメルシンに向かったときから英語はほとんど通じなくなった。途中でバスを乗り換えなければいけなかったのだが、「ここで降りろ」といわれたものの、次、どのバスに乗ればいいのかわからない。でも、まわりの人がいろいろ世話をやいてくれ、次のバスが来ると教えてくれた。

バスで隣に座った人が英語を話す人だと、必ず「時間があったら家に来てほしい」と言われた。単なる社交辞令じゃなく、本当にそう思っている、という感じだった。私のトルコ語は本当に片言なので、英語を話さない人だとなかなか話が続かないのだが、それでも話をすることは多かった。今まで行ったどの国よりも、普通の人と話すことが多かったと思う。ワンで私達を自宅に招待してくれたタクシーの運転手さんは英語はほとんど話さない人だったけど、私の持っていた「旅の指さし会話帳」を貸してくれ、と言って、「夕食」という単語を見つけ、招待したい、と言ってくれた。

トルコの人たちは親日的だ、とも聞いていたが、日本人ということで親切にしてもらったこともあるのかもしれない。ただ、私達は日本人に見えないことも多かったようで、「中国人か、韓国人か」と聞かれることも多かったし、フィリピン人、マレーシア人、ウクライナ人、アフガニスタン人...?などと聞かれることもあった。もちろん、「日本人か」と聞かれることもよくあったが。親切にしてもらったのは、必ずしも、日本人であることを確認してから、というわけじゃないから、やっぱり旅人には親切なのだろう(10代の娘をふたり連れていたせいもあるかな?)。

バスのドライブインとか、スーパーの食堂、ロカンタなどで、注文していないのに、サラダやらフルーツやらが出てくる。「え、こんなの頼んでないよ」と言うと、「いいから、いいから」と言って、そのぶんの料金は請求されない。シャンルウルファからワンに向かうバスの途中、シルトという町に止まり、そこでアメを買おうかと値段を尋ねたところ、「もって行け」と渡してくれた。そのうえ、チャイまでごちそうになってしまった。

「チャイをどうぞ」と言われることはよくあった。最初は「ものを売りたいのだろう」とちょっと警戒していたけど、トルコ人の場合、本当にただ、めずらしい東洋人とおしゃべりがしたい、というだけのことが多い気がする。トルコ語がもっと話せたら、もっと楽しい旅行だっただろう。でも、言葉が通じなくても、相手が自分のことをもてなそうとしてくれていることはわかる。コミュニケーションの基本は、やっぱりおたがい笑顔(^^)かな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

成田到着

行きは関空に寄ってからタシケントだったので先に関空に行くのかと思っていたら帰りは成田が先でした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

クンピル

タシケントの空港で次の飛行機を待っています。
昨日はオルタキョイへ行きました。海沿いの気持ちいい町で、クンピル屋さんが軒を連ねています。
クンピルは、焼いたポテト(でかい(^O^))にバターを塗って、好みの具を載せてもらいます。私達はクスクス(オレンジ色のもの)、コーン、グリンピース、紫キャベツ、マッシュルーム、チーズを載せてもらいました。このほかポテトサラダやピクルス、ハム、オリーブなどの具があります。好みでケチャップ、チリソース、マスタードソース、ヨーグルトなどをかけるのですが、私達は何もかけませんでした。なかなか好みの味(^_^)。
大阪に着いたらこれを送信するつもりです。050819_0009.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ガラタ橋

イスタンブール名物サバサンド。パンに、焼いたサバとオニオンスライス、トマトを挟んで食べます。最初「サバはいらない」と言っていた娘達も、私の買ったのを味見して結局一人に一つずつ買うことになりました(^_^)。
ガラタ橋付近には他にもいろんなお店が出ていて賑やかです。簡易レモン絞り器を売っている人がいて、トルコ語なので何を言っているのかはわからないけど、滑らかな口上とレモン絞り器の威力に魅せられて一つ買ってしまいました(1リラー約90円)。050818_0443.jpg

| | コメント (2) | トラックバック (0)

トプカプ宮殿

イスタンブール観光のメインスポット、トプカプ宮殿。朝9時半の開館に合わせて行ったらチケット売り場はすでに長蛇の列。30分以上並んでようやく入場券を買い、さらにその後ハレムのチケットを買うのに並ぶこと1時間、ガイドツアーが30分毎(ガイドツアーしか入れない)で、私達のツアーは12時から。内部は確かにタイルやステンドグラスが美しいけど、夏の観光シーズンに行くなら早めの時間に行ったほうがよさそう。050817_18481.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トルコのマクドナルド

午前中アヤソフィア博物館と地下宮殿を見てお昼はマクドナルド。右上のがマックトルコで、これはちょっとスパイシーだけどおいしかった。マクドナルドはほかのロカンタなどと較べると安くはありませんがクレジットカードが使えるのが便利。トルコの人もいますが(スカーフを巻き、ロングコートを着たきれいな女性が携帯で話していたりするのはなんとなく違和感がある)、やっばり観光客が多いかな。
今日はこのあとグランドバザールをうろうろ。
ぴよさん、Pさん、コメントありがとうございます(^_^)。ええ、本当にトルコの人は親切な人が多いです。だからトルコ語がほとんどできない私でもなんとかワンまで行くことができたのだと思います。050816_1847.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

イスタンブルのネットカフェにて

昼11時の飛行機でワンからイスタンブルにやってきました。空港からメトロとトラムを乗り継いでホテルへ。ほとんど英語の通じなかった東部と違い、こちらはやはり観光地。シャンルウルファからしばらく携帯からのメ一ルが送信できませんでしたが、ようやく送信できました。
ブル一モスクへ行って美しいステンドグラスを見たのですが、デジカメの電池が切れてしまって写真はあまり撮れませんでした。で、子ども達も私もメ一ルが気になってネットカフェにやってきました。中毒状態だなぁ・
もう少しイスタンブルを観光して帰ります。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

トルコの家庭料理

ワン湖へ行くタクシーをお願いしたタクシーの運転手さんが夕食に招待してくれました。
メルシンでおじゃました家はマンションでしたが、こちらはトルコ風の家で、各部屋に絨毯が敷かれ、たくさんのソファがありました。
ワン湖から戻る途中で湖のほとりでたくさんの魚を買っていましたが、奥さんがそれを焼いてくれていました。運転手さんがサラダを作ってくれ、ほかに、赤レンズ豆のスープ、インゲン豆の煮物、バターライス、パン、果物。どれもみんなおいしかった(^_^)。
ドアを開けていると猫達がやってきます。魚の骨や食べ残しを集めて猫にやっていました。
4歳と7歳の男の子と紙飛行機などで遊んだ後、外のテラスに座ってチャイ。日中は暑いけど、夜は外はとても涼しくて気持ちがいいです。050815_1541.jpg

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ワン猫

8/14(日)。
ワンに来た目的の一つはワン猫を見ること。左右の目の色が違うのです。
ワン湖にあるアクダマル島へのフェリー乗り場の近くのロカンタ(食堂)で見ることができました(^_^)。050815_1535.jpg
追記:これは携帯で撮った写真を送ったもので右目と左目の色が違う、といってもわかりにくいと思うので、興味のある方はこちらの写真をごらんください。(2006.8.5)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

シャンルウルファの遊園地

8/13(土)。私達の泊まっているホテルはシャンルウルファ城跡の向かい側にあり、屋上からの眺めが素晴らしいのですが、そこから小さな遊園地が見えて、次女が行きたいと言うので行ってきました。
ほかにお客さんもなく貸し切り状態で(途中から近所の男の子がふたりやってきましたが)、私達のためだけに観覧車やら小さなジェットコースターを動かしてくれました。遊園地の人も一緒に乗って楽しんでいました。
「これは絶対にお勧め」というのに、どんな動き方をするのかもわからず乗ってみたら、垂直に近い状態で回転するもので、それもかなり長い時間回っていたので気持ちが悪くなり、しばらく宿で休憩しなければなりませんでした。一緒に乗った次女はおもしろがっていたのですが、この分の料金は請求されませんでした。
この日はこのあと町を少しぶらぶらして、夕方、バスで次の町ワンに向かいました。ワンまでは10時間。途中の停車場所で何分停車するのかわからず、トルコ語で悪戦苦闘している私を英語で助けてくれたのがクルド人の青年で、このあと彼がバスの隣の席に来ていろいろ話しました。内容についてはまたバソコンで書きたいと思います。050815_1212.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ハラン

8/12(金)。聖書ゆかりの地ハランを観光。シャンルウルファのオトガルからドルムシュ(乗り合いバス)に乗り、約1時間。ハラン村に着くと、英語でガイドを申し出る人がいて、10リラ(約900円)ということだったのでお願いしました。どこに何があるかわからないのでガイドさんがいてくれてよかったです。
遺跡の奥に、とんがり屋根の土壁の家の集落があり、そのうちの一軒に入らせてもらいました。台所をはじめいくつかの部屋があり、カーペットを敷いた部屋でお茶を飲みました。夏の夜は外のほうが涼しいので外で寝るそうです。ちなみに宿泊もできるということで、「みんな4つ星とか5つ星ホテルに泊まりたがるけど、ここなら100万星ホテルだ」と言っていました。
ハランの人はいわゆるトルコ人ではなく、アラビア語を話すそうです。シャンルウルファのオトガルに着いた時、私達に「うちのペンションに来ないか」と声をかけたのがクルド人の人で、トルコも多民族国家なんだなぁと感じます。050812_1923.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

送信できない

「シャンルウルファ」の記事、何度も送信を試みていますが、送信できません。次はワンに行きますが、そこまで使えないかもしれません。ワンでも使えなければイスタンブールまで無理かな。
送信できるようになったらまとめて送信するつもりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シャンルウルファ

ガジアンテッブからさらにバスで2時間あまり、シャンルウルファという町に来ました。ガジアンテッブもシャンルウルファもトルコ南東部の町で、ここまで来ると、トルコはイスラム教の国なんだなぁと感じます。ほとんどの女性は、この暑さにもかかわらず、長袖の服を着て髪にスカーフを巻いています。男性で頭にターバン(?アラファトさんのような感じ)をつけている人もいます。
昨日泊まったホテルにはお祈りをするための小さな部屋があり、朝、そこで、カーペットを敷いてお祈りしている人を見掛けました。お祈りの時に使う小さなカーペットのようなものは今泊まっているホテルの引き出しにも入っています。
ガジアンテッブは近代的な工業都市という感じで、オトガルはまるで空港のよう。ピカピカで広々していて発車予定のバスが電光掲示板で表示されています。シャンルウルファのオトガルはバザールのようなお店が並び、全然雰囲気が違います。シャンルウルファは聖書ゆかりの地で、宗教色が強い感じです。
ここの名物はラフマジュン。薄いピザのような生地に野菜を巻いて食べます。このピザのようなものに唐辛子(?)が入っているらしく、少し辛いのですが、おいしい。写真に写っているもう一つはウルファケバップで、これをナンのようなものに載せて巻いて食べます。
日本人は珍しいようで、あちこちで声をかけられ、みんな親切にしてくれます。
Jakeさん、コメントありがとうございます(^_^)。はい、やっぱり旅行は個人旅行がいいなぁと感じています。050812_1149.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ドンドゥルマの故郷

娘達の希望で、ドンドゥルマ(伸びるアイスクリーム)の故郷カフラマンマラシュへ。ガジアンテッブのオトガル(バス乗り場)で荷物を預け、バスに揺られること1時間半、ドンドゥルマのチェーン店MADOの本店までやってきましたが、それほど感激する味というわけではなかったなf^_^;。この上にかかっている緑の粉が、多分、この辺り特産のピスタチオで、これが他では食べられない味ということなのだと思います。
地球の歩き方を見ていると、従業員の人達が「自分達の店が載っている」ということでおもしろそうに覗きこみ、やがて、そのページの写真に写っている人がやってきて「これは自分だよ」と教えてくれました(^_^)。
写真はカダイフとドンドゥルマ。050811_1757.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バクラワ屋

写真を添付するのを忘れましたf^_^;050811_03051.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バクラワ屋

ガジアンテッブは、トルコの甘いお菓子バクラワで有名ということで、夕食の後、食べに行きました。食べる前に写真を撮っていたら、店のおじさんが「これも写真に撮れ」と持ってきてくれました(^O^)。バクラワの仲間かな?
それにしても、この時間、町を歩いているのはほとんどが男性で、女性がいても、たいていは男性と一緒です。そんなわけで、女性3人の私達は早々にホテルに戻ってきました。もう少しお店をうろうろしたかったのですが。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

トルコのバスにて

メルシンからガジアンテッブ行きのバスは満員でした。一人のおばあさんが4人の子供を連れていたのだけど、座席は二つ。おばあさんの膝に一人が座り、一人の子供の膝にもう一人が座り、その間にもう一人という状態。でもチャイなど飲みもののサービスはその全員にされていました(^_^)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メルシン

昨日はメルシン行きのバスで知りあった人の家におじゃまして夕食をごちそうになりました。写真で見えている白いスープのようなものはきゅうりのヨーグルトあえ、真ん中のものは松の実入りのビラフで、どちらもトルコの定番料理のようです。このあとでてきたナスとひき肉の炒めものも美味しかった(^_^)。
お母さんは全く英語が話せず、娘さんもそれほど得意ではなく、私のトルコ語もほとんど使いものにならないレベルなので、「旅の指差し会話帳」と小さな辞書を頼りの会話でしたが、楽しい時間を過ごしました。
メルシンは大きな町で、昔、日本の串本の人達がトルコの船を助けたことがあったそうで、それを記念した串本通りというところがあり、食事の後、そこまで散歩に行きました。途中、日本市場という店がありました。おもちゃやゲームなどが主に売られているようです。
すぐ近くにジャミイ(イスラム教寺院)がありました。彼女達もやはりイスラム教徒で、ジャミイに来るときは肌を出さない服装で、髪も覆って来るそうです。050810_1339.jpg

| | コメント (2) | トラックバック (0)

クズカレシィ

クズカレシィというところに来ています。ビーチから見えるところに古い城跡があり、そこまで足こぎボートを借りて行きました。そこまで行くと海の水がとても綺麗です。こちらの岸に戻ってくる時に次女がデジカメの入った袋を海に落とし、それは使えなくなってしまいました(>_<)。
カルロスさん、コメントありがとうございます。またATMを見つけたら試してみます。050809_21021.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

気球に乗った!(^^)!

昨日は気球に乗りました。カッバドキアの岩の間を岩すれすれに飛んだり、あんな気球をうまく操るパイロットの人に感心。
夕方、バスでメルシンという町に向かいました。バスで隣になった人は少し英語が話せて、彼女と彼女のお母さんが「ぜひ、うちに泊まりに来て」と言ってくれたのですが、とりあえず昨日は彼女達の奨めてくれたホテルに宿泊。トルコの人々は親切だと聞いていましたが、本当にそうだなあと感じます。050809_1302.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カッバドキアツアー

カッバドキア周辺で個人では行きにくいところへのツアーに参加。巨大な地下都市デリンクユ、グランドキャニオンほどではないけど壮観な眺めのウフララ渓谷をハイキングしたり、昔、人々が住んでいたという岩のなかの家に入ったり、と変化に富んだ楽しいツアーでした。
参加者は、アメリカ人、ニュージーランド人、スロベニア人、韓国人、と多彩。日本人は私達だけでしたが、韓国の人は多くて、昼食で二つのテーブルに分かれた時、一つのテーブルはガイドさんを除いてみんな韓国人でした。
ガイドさんは普段は英語の先生で、夏、学校が休みの間ツアーガイドをしているそうです。これからキノコ岩を見に行きます。
写真はウフララ渓谷です。050807_2313.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

たったの100万!?

トルコにいてとまどうのがお金のこと。インフレのすごいトルコでは「100万」という単位が日常的に使われていたのですが、今年、デノミが実施されて100万リラが1リラになりました。それでも古い紙幣もまだよく使われています。ウチヒサルへのバスがいくらかを尋ねると「たったの100万」というような答がかえってくる。新しい単位で「1リラ」と言われることもあるし、リラの下のクルシュという単位も使われるので、慣れない旅行者には大変。ちなみに新1リラは90円くらいです。
そういえば、シティバンクのカードでお金がおろせなくて困っています。昨日、バスターミナルで会った日本人の人も同じことを言っていました。なんでかなぁ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ウチヒサル

昨日はウチヒサルというところへ行きました。不思議な形の岩があちこちにあって素晴らしい眺めなのですが、携帯で撮った写真のサイズが大きすぎてここに載せられないのが残念です。岩を利用して作った家には今も住んでいる人達がいて、何軒かの家は売りだし中でした。
道を歩いていると、子供達からハローと声をかけられます。なかには商売熱心な子供もいるのですが、かわいいのでつい話を聞いてしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ベジタリアンプレート

今日のお昼はケバブ屋さんで。娘達の頼んだチキンケバブのサンドイッチもおいしかったけど、私の頼んだベジタリアンプレートがとても美味しかった。ナス、トマト、ピーマン、ポテト、玉葱、カリフラワーなどを小さく切って炒め、トマト味で味つけしたもの。野菜だけとは思えない濃厚な味。さすがトルコ料理は世界三大料理の一つ(^O^)。050806_2055.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ギョレメ到着

昨夜、無事イスタンブールに到着しました。帰りの便のリコンファームに手間取り、また、空港内にあると思っていたエアポートホテルがなくて空港の外にあるエアポートホテルを利用することになりました。セキュリティチェックがどこでも厳しいです。
飛行機でカイセリに着きました。タクシーでバス乗り場まで来て今ギョレメ行きのバスに乗っています。
とここまで書いたところで携帯を使わないようにと言われました。今ギョレメのペンションに到着。洞窟部屋です(^O^)。050806_1918.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ウズベキスタン航空

タシケント国際空港にてイスタンブール行きの便を待っています。
ウズベキスタン航空のスチュワーデスさんはさすが旧ソ連というか、今まで乗ったことのある航空会社のなかでは笑顔の少ない人が多いです(偏見?)。トイレットペーバーがありません、と言うと物も言わずに渡してくれました。優しそうな人もいましたが。
でも機内食はなかなかおいしかったです(^_^)。私はビーフにしましたが、醤油味で日本人向けという感じでした。
タシケントは午後5時現在37度。暑いです。イスタンブールに着いたらこれが送信できるかな。今は圏外表示になっています。050805_22151.jpg

| | コメント (2) | トラックバック (0)

トルコへ出発

ウズベキスタン航空にてトルコへ出発します。荷物検査でアーミーナイフがひっかかり、自宅へ送り返しました(^^;)。タシケントを経由して今夜イスタンブールに到着予定です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

遠足

今日は3~5歳児クラスの付き添いで、とある科学館へ遠足に。うちの基地にはふたつの保育園があり、ひとりの日本人が両方の園の遠足の企画や付き添いなどを担当している。でも、彼女が今日は行けなくなったので私が代わりに行くことになった。

ルームリーダーになってからは、他のクラスの応援に行くことがほとんどなくなってしまったけど、たまに大きい子のクラスに行くのも楽しい。ただ、科学館は他の子ども達もたくさん来ているし、制服とかおそろいのスモックを着ているわけじゃないうちの保育園の子ども達が迷子にならないようにするくらいで精一杯だけど。

遠足のときは保育園からお弁当を持っていく。ひとりにつきハムとチーズのサンドイッチ2切れ、牛乳1パック、これはまあ普通かな。それに洋ナシの小さな缶詰ひとつ。これは日本の保育園ではあんまりないと思うけど、まあそれほどびっくりでもない。でも、生のベビーキャロットがひとり一袋(20~30本くらい入っている)ずつ配られたのにはちょっとびっくり。一応、必ず野菜をとろうとしている、ということなんだなぁと納得。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »