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映画「マザー・テレサ」

すごい人というのはいるのだなぁ、と思う。ヒンズー教徒とイスラム教徒が対立するインドで、カトリックの修道女が、宗派にこだわらず、ただ、貧しい人、苦しんでいる人たちを助けたいと思う。思うだけじゃなくて、行動する。自分の居るべき場所は修道院ではなく、貧しい人々の住むところだ、と、町へ出て行く姿に共感する。

この人に迷いはなかったのだろうか。信仰の力。神様と話したから、神様に言われたから、神の御心のままに動く。強い。

それでも、最初、「修道院の外で活動したいと言うのなら、修道女であることをやめなさい」と告げられたときには、迷ったのだろう...ただ、神が彼女に貧しい人のために働くことを望まれるのなら、それができるはずだ、と信じていた。

自分のことをふりかえってみると、日々、あれもこれもかたづかない、と言っている私は、結局、自分のことで精一杯だ。マザー・テレサは、「世界平和のために」とか「貧困撲滅のために」とか大上段にふりかぶったスローガンをかかげるわけでなく、自分の手の届く範囲で、子ども達のために、食べ物を集め、医者に子どもを診てくれ、と頼んだ。

映画で扱われていたエピソードがどのくらい事実に基づいたものなのかはわからないが、「組織化」や「作戦」を嫌い、ただ、目の前の人たちが少しでも笑顔になれるようなことをしたいと願っていた人なのだろう。ノーベル賞の受賞式での晩餐を断った、というのは本当のようだ。このお金があれば...と考えてしまう姿にも共感を覚える。

Imdb を見てみると、イタリアで上映されているバージョンは180分、アメリカで上映されているのは110分。監督はイタリア人だが、映画は英語で撮られている。イタリア版はどんなエピソードが加わっているのか、ちょっと興味がある。マザー・テレサはすごい人だと思うけど、あまりにもすごすぎて、本当に神様か天使のよう。イタリア版にはもう少し人間くさいエピソードがあるのだろうか、それとも、本当に、何から何まで天使のような人だったのだろうか。

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