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ビデオ「スーパーサイズ・ミー」

マクドナルドのメニューを朝昼晩、1ヶ月食べ続けたらどうなるか?それを実際にやって撮影した映画...というのは見てみたくなる。結果はまあ予想されたとおりではあるけれど、予想外のこともあった。

実験を続けるうえでの決め事として、朝昼晩マクドナルドのメニューしか食べない、というのはまあいいとして(実際それに近い生活を送っている人もアメリカにいないわけではなさそうだし)、「スーパーサイズをすすめられたら断らない」というのはちょっとどうかな、と思った。普通の人間はおなかの具合と相談して、無理にスーパーサイズを食べないし、満腹しているのにさらに食べ続けている姿は不自然な感じがした。多分、そこまでやらなくても、つまり、おいしかった、満腹した、という状態を続けるだけでもほぼ同様の結果は出ただろうから(この映画のタイトルは「スーパーサイズ・ミー」だけど、”量”が一番の問題というわけではないと思う)、そのほうが警鐘としての意味があったのでは、と思える。「おいしく楽しく食べて、そしてこの結果ですよ」というほうが。

もともと、「太ったのはハンバーガーのせい」とマクドナルドを訴えたティーンエージャーのニュースがこの映画を作るきっかけになったということだが、ハンバーガーを食べてきたのは彼女達で、彼女達には他の選択肢だってあったわけだから(自由意志がないわけじゃないし、ハンバーガーしか食べることのできない状況におかれていたわけでもないだろう)、マクドナルドを訴えるのは筋違いだろう。では、企業にはなんの責任もないのかといえば、

(以下ネタバレ)

マクドナルドの宣伝のすごさ、巧さ。そしてマクドナルドへの肯定的なイメージが子どもの頃から刷り込まれていくことのこわさ。

学校のカフェテリアにもあふれるお手軽な食事。そういう食環境で育った子ども達は、自らの食事の質について考える習慣は身につかないかもしれない。「野菜をとらなきゃ」ということでフライドポテトを食べる。日本だと家庭科の授業で「バランスのとれた食事」をしっかり習うと思うけど、アメリカでは「とりあえず何か野菜をとりなさい」程度にしか教えられないのだろうか。うちの保育園の給食を見ていてもいつも思うことだけど、緑黄色野菜も淡色野菜もないランチメニューはめずらしくない。 それでも「バランスのとれた食事を提供する」ということはうたわれていて、一応「野菜」が何かひとつはつくのだけど、缶詰のコーンスープだったり、冷凍のさやいんげんだったりで、なんだかなぁと思ってしまう。

こわいと思ったのは(予想外だったのは)、中毒性があるのだ、ということ。実験を行った監督のモーガン・スパーロックは、この食事を始めてしばらくして気分の落ち込みがちな状態になり、しかしマクドナルドの食事をすると気分がよくなる、という状態を経験する。中毒症状を起こす物質が使われているとは知らなかった。

現代のアメリカ人にとっては何かを気づかせてくれるきっかけになる映画になっているのじゃないかな、と思うけど、はたして、この映画を見たせいで、自分の食生活を見直した、という人はどれくらいいたんだろう。しばしばファーストフード店で「ディナー」を食べている人は、簡単には生活を変えられないんじゃないかなぁ...

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足指のけがとデジカメの故障

今朝、家で、狭いところをぬけようとして、足を思い切り椅子にぶつけてしまった(どんな家(^^;)?)。たいしたことないだろうと思っていたけど、痛いので、10時前の休憩時間に見てみると、左足の薬指が少し腫れて紫色になってきていた。以前、足の小指を骨折したことがあり、また骨折したのかなぁと心配になって、今日は子ども達のお迎えが結構早かったので(最後の子どもが5時20分)、少し早く帰らせてもらい、お医者さんに行ってきた。幸い、骨折はしていなかったが、内出血しているのでとりあえず湿布をしてもらった。薬指とか小指とか、ふだん意識していないような小さな指でも、そこが痛くて力が入らないとなると、なかなか不便なものだ。爪先立ち、ジャンプ、ひざに子どもをすわらせる、そういう普段何気なくしている行動がとてもやりにくくなる。

今日はこのほか、先日買ったばかりのデジカメ EX-S500 の調子まで悪くなってしまった。恐れていたレンズエラー(--;)。やっぱりレンズエラーの心配のないソニーの T7 にすべきだったかなぁ...と今更言っても遅い(--;)。とにかく明日、電話で問い合わせしよう。

まあ、今日は保育園でひとつも事故報告書を書かなくてよかったし、お天気もよかったし、悪いことばかりでもないや(^^)。

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映画「亀も空を飛ぶ」Turtles can fly

2003年、アメリカがイラクに攻撃をしかける直前のイラク北部クルド人居住地域が舞台。そこで暮らす子ども達が主人公。サテライトという名前の少年が村の子ども達のリーダーで、地雷を掘り出してそれを仲買人に売ることで小金を稼いでいる。

これがイラクのクルド人の子ども達の現実にかなり近いものなんだろうなぁ、と思うと、やっぱりすごい現実だなぁと思わずにはいられない。子ども達に悲壮感がない(アグリンという少女を別にして)ところがいいけれど。子ども達の演技は自然で、ひとりひとり個性があり(リーダー風をふかすサテライト、寡黙で考え深いヘンゴウ、泣き虫のシルクー...)、そう、子どもっていろいろだよなぁ、と思う。

アグリンに笑顔がないのは、彼女が受けたあまりにもつらい体験を思えば、そうなるだろうなぁと思う。実際にそんな例もあったのだろうか...そう思うと胸がつぶれそうになる...

目の見えない小さい男の子リガーは3歳くらいかと思うけれど、彼の演技(?)が自然なのも驚きだった。というか、あの年齢ではなかなか演技はできないのじゃないかと思うけど...

過酷な現実を淡々と受け入れてたくましく生きる子ども達。映画は、現実を悲劇的に描くだけじゃなく、結構笑ってしまうような場面もあるのだけど、でも、こんな現実はやっぱりあるべきじゃない。

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本「彼女の「正しい」名前とは何か」by 岡真理

副題は「第三世界フェミニズムの思想」。放送大学の面接授業「現代の国際政治」を受講したときに「論文の書き方」という小冊子をもらったのだが、それを書いていたのが岡真理さんだった。明快でわかりやすい文に魅せられてこの人の書いたものを読んでみたいと思い、ネットで検索して見つけたのがこの本。

読んでみると、思っていたより哲学的で、今、私が考えてみたいことと重なる部分があまりなく、思いっきりななめ読みになってしまったが、ひとつ強くそうだなぁ、と思ったことがあったので書き留めておきたい。

主にアフリカで現在も行われている女性性器切除(FGM)という慣習について。私はこの制度のことを知ったとき、「そんなひどいことが行われているなんて」と思い、その廃絶のために何かしたいと思った。「それはその地の文化なのだから、外の者が口出しすべきじゃない」という意見に対しても、現実に、これによって身体的に苦しんでいる女性が大勢いるのだから、文化という名の下にこの制度の存続を許すのはおかしい、アフリカの女性達がなかなか自分達からは声をあげにくい状況にあるのなら、おせっかいでもまわりから廃絶を訴えていくべきだ、と思った。

私は、女子の割礼のような問題にばかり目をやり、それをアフリカやアラブの国々の女だけが異常で野蛮な抑圧を受けていることを示す証拠にする、欧米の女たちの意見には賛成しない。私は、そのような問題だけを孤立させて取り上げ、それらを、至る所で女たちにのしかかる経済的・社会的困難と、先進国および発展途上国の女性に日常的にかけられている抑圧から切り離そうという試みには、全て反対する。(サアダーウィー) p.101
抑圧を受けているのはアフリカやアラブの女たちだけなのか。そこの人たちは自分達の受けているひどい扱われ方に気づいていないから、先進国の女たちが「啓蒙」していかなければいけないのか。先進国の女たちはアフリカの何を知っているというのか。
そうした男性(女性を快楽の道具として扱うような男性)は、おそらくいるだろう。日本にもいるし、アメリカにもいるし、アフリカにだっているだろう。しかし、問題なのは、アメリカで女性が何分に一件という割合でレイプされ、FBIの統計によれば一年間に1400人もの女性が夫に殴り殺されている(ナラヤーン 1997:98)と知っても、私たちは、アメリカ人男性をそういった、たった一つの否定的なイメージだけで理解したりはしない。なぜなら、優しい父親や夫、理解ある恋人といったアメリカ人男性のさまざまなイメージを私たちはすでにもっており、また、アメリカ社会やその文化のすばらしい面についても多々、知っているからである。けれども、アフリカの文化について、それこそ植民地時代と大差ないイメージ以外ほとんど何も知らないで、妻の身体を自分の快楽の道具にして切り裂いたり、縫い合わせたりするアフリカ人男性というイメージが強調されたら、それは、私たちのアフリカ認識にどのような効果をもたらすだろうか。p.134
確かに私はアフリカのことを知らない。知らされる情報はごく限られたものだ。もし、アメリカの映画を見ることもなく、アメリカ文化に日常的にさらされているようなことがなくて、「アメリカでは女性が何分に一件の割合でレイプされている」と聞けば、アメリカに対してどんなイメージを持っただろうか。そんな状況をなんとかしなければ、と立ち上がったとして、そのこと自体は悪いことではないとしても、「なんてかわいそうな国」と言われたアメリカ人は「アメリカをそんな目だけで見るのはやめてちょうだい」と言いたくなるだろう。

多分、それと同じことがアフリカの女子割礼の問題に対しても言えるのだろう。著者もこの制度には基本的に反対している。ただ、先進国の人々がこの廃絶を訴えるやり方が、アフリカの文化を知りもせず、「遅れた」アフリカを先進国並みに、という態度であることに対して反発を覚えるアフリカの人たちがいること。その制度を守ろうとしているわけじゃない。でも、アフリカにあるのはそれだけじゃないのよ、と言いたくなる気持ち。

先進国の女性達がFGM廃絶を訴えるのは、もちろん善意から、ヒューマニズムから出てきた行動であるのだけど、その行動がアフリカの人々の誇りを傷つけている場合もある、ということに気づいていない。私自身、そういう無神経なところがありそうだ(--;)...

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放送大学ラジオ教材インターネット配信

昨日、放送大学の2学期のテキストが届いた。今学期登録したのは「教育社会学」「国際化と教育」「比較教育制度論」の3つ。このうち、あとのふたつはラジオ教材で、うちはFMの受信状態がどうにもよくないことがあり、何かいい方法はないかなぁと思っているのだけれど、テキストと一緒に「ラジオ教材のインターネット配信実験についてのお知らせ」というのが入っていた。それによると、20科目だけ、ラジオ教材をオンデマンドでストリーミング配信するという。残念ながら私の受講する科目が入っていないのだけど、インターネットで受講できるとありがたい。FMの受信状態が悪いときや、つい録音・録画を忘れてしまった、というときには大学まででかけていかなければならないのだが、それほど気軽に行ける、という距離ではないし。「実験」がうまくいって、ぜひ他の科目もインターネット配信してもらえるといいな、と思う。

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汚れた洗濯物?(英語)

昨日のルームリーダー会議のときに配られた「今日の議題」のひとつが "Air dirty laundry"(汚れた洗濯物をさらす) となっていて、私は洗濯室のトラブルのことかと思ったのだけど、実際その話題になって、全然違うことなんだとわかった(^^;)。

drity laundry (汚れた洗濯物)とは「内輪の恥」という意味になるらしい。職場ではいろいろなことがあるけれど、そういう問題を保護者に話したりしないようにしなさい、他の保育者の悪口を休憩室で言ったりしないようにしなさい、という話。まあ確かに保育園内部の問題を保護者に言うのは問題だと思うけど、言いたくなる気持ちはわからなくもない(^^;)。

dirty linen という言い方もするようで、air dirty laundry という言い方のほかに wash one's dirty linen in public (人前で汚れた洗濯物を洗う→内輪の恥をさらけだす)という言い方があるそうだ。

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気になる(^^)?

同室の保母さんKは、今週1週間休暇をとっている。週末にはどこかに出かける予定らしいが、それ以外は家でのんびり、というつもりのようだ。

で、月曜の夜、彼女から電話。
「ミスじゃりんこ。子ども達はどうだった?」
「それが大変だったのよ。Nがすごく噛むようになって...」とひとしきりその日の様子を話す。Nは以前にも友達を噛むことは時々あったのだが、月曜は何度も噛もうとし、実際2回は友達を噛んでしまった。それでNをマークするようにしていたら、今度は別の子が噛んだり、他にもおでこに傷を作ってしまう子がいたり、と、私は4つも事故報告書を書くはめになった(x_x)。Kは「えーそうなの!?」などと言いながら、子どもの様子を聞くのが楽しそうだ。

で、彼女は昨日の夜も電話してきた。Nのことは月曜のお迎え時におかあさんにも話し、私達もばっちりマークするようにしていたので、実際に噛んでしまうことはなかった(何度も試みていたけど)。でも、うちのクラスは今、1歳になったばかりくらいの子どもが多くて(2歳近い子どもが多いとだいぶん安定してくるのだけど)、しかも、保母ふたりのうちひとりは必ずNを見ていなくてはいけなくて、という状態でなかなか大変で、そんな様子をKはまた楽しそうに聞いていた。

と思ったら、今日の給食の時間に部屋にやってきた(^^)。人見知りの激しいJは、いつもはKのことが大好きなのに、彼女の様子がいつもと違うせいか泣き出してしまい、Kはあわててスモックを着てあやそうとしたけどJが泣き止まないので、Nに「噛んじゃだめよ」と話したり、他の子ども達にもちょっと声をかけて帰って行った。

で、今夜、また電話。「Jはあの後どうだった?」「Sがおでこにあざを作ってたけど、どうしたの?」...

Kは確か、結婚して2年目くらいで、まだ自分の子どもはいない。誰かが「子どもを産む予定はないの?」と尋ねたとき、「私には10人の子どもがいるから」なんて答えていたけど、本当にうちのクラスの子ども達が彼女の子ども達なんだなぁと思う。正直言って、今、うちのクラスはかなり大変なのだけど、そんなふうに子ども達のことを思ってくれる同僚に恵まれたことは嬉しい(^^)。

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ビデオ「誰も知らない」

見ているのがつらい映画だった。父親の違う4人の子ども達を連れた母親がアパートに引っ越してくるところから物語が始まる。母親は「夫は海外赴任中」「長男とふたりで住む」と嘘をつき、他の3人の子ども達の存在は近所の人には知らされない。こう書くと、母親がすごく悪い人のようだけど、母親役の YOU にはあっけらかんとした明るさがあって、物語の最初には悲惨な雰囲気はない。子ども達にとって外に出られないことはつらいことにちがいないだろうけれど、そんな生活のなかにも笑いがあって、家族は仲良く暮らしている。

ある日、母親は、「しばらく留守にする」というメモといくらかのお金を残して姿を消し、子ども達だけでの生活が始まる。

長男明は12歳。生活するには何をしなければいけないかがわかっていて、弟妹たちの面倒もよく見ている。とはいっても普通の男の子で、友達とも遊びたい。家事やら妹達の面倒ばかり見ているのに疲れることもある。長男はすごく心の優しい子で母親はすごく悪いヤツで...というような描き方になっていないところに現実感があり、胸にせまってくるものがある。

子ども達はみんな魅力的だ。カンヌで主演男優賞を取った明役の柳楽優弥君もいいけれど、他の子ども達の演技もとても自然で、ひとりひとりがいとおしくなる。おちゃらけ役の次男シゲル、おとなしくてなかなか感情を表にださない長女キョウコ、天真爛漫な次女ユキ。子ども達はそれぞれに性格が違う。

実際にあった事件をモチーフにした映画ということだが、ひどい母親を断罪するわけでもなく、こんな社会はおかしい、と声高に叫ぶわけでもない。子ども達の生活は悲惨な状態だけれど、まわりの人の善意に頼って淡々と生きていて、見かけほど悲惨ではない。「警察か福祉事務所の助けを借りれば?」とすすめるコンビニの店員に「そんなことしたら4人が一緒に暮らせなくなる」と答える明。そう、この子達はおたがいにささえあっていたのだ。主に明が弟妹の面倒を見る形になっているけれど、明もまた弟妹の存在にささえられていた。守るべきものがあると人は強くなる。

ただ、この母親のように、強くなれない人もいる...人間の弱さを責められないけれど、子ども達がお金のない状態でどうなっているのか考えられない想像力のなさは悲しい...

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イラクの今

NPO「パレスチナ子どものキャンペーン」の主催する講演会に行ってきた。講師はアジア経済研究所の酒井啓子さんで、「イラク戦後統治の失敗とアラブ世界」について。

アメリカは9・11以降「テロとの戦い」を行ってきたが、はたしてテロの恐怖はなくなったか。ロンドンでテロが起こったり、むしろテロは増えているのではないか。

イラン革命が起こったとき、アメリカはこれがイラクに波及するのを防ごうとした。しかし、現在の移行政府はシーア派イスラム政権の色合いが強くなってきている。これはアメリカの意図してきたことと違っているが、とにかく今アメリカはなんとか形だけは民主的な政府を作り上げて早くイラクから撤退したいと考えている...

会場は満員で、質疑応答も活発に行われ、この問題に関心を持っている人はたくさんいるのだなぁ、と思った。 何かできることをしたいと思っている人はたくさんいる。

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中学生のかばんは重い!

PTAの運営委員会は退屈なことが多いのだけど、今日は学区の町内会の人たちとの懇談会で先生の出席もいつもより多く、ちょっとおもしろかった。

その中で、自転車通学のマナーが悪い、という話が出て、生活指導の先生が、「自転車通学を完全に廃止する、という話も出ている」と話された。うちの家から中学までは徒歩で15分以内だし、それほど遠くはない(したがって自転車通学は許可されていない)が、歩くとゆうに30分以上はかかるという距離(3kmくらい)を通う子どももいるので、完全廃止というのはちょっと横暴だなぁ、と思っていたら、ひとりのおかあさんが、「自転車のマナー云々というのもわかるんですが、あの重いかばんを背負って長い距離を歩かせるのは親としてはちょっとしのびなくて」と発言され、ああほんとほんと、と思った。

中学生のかばんは、いったい何が入っているのかと思うほど重い。6時間の授業の教科書、ノート。副読本とかワークなどの教材。このほかにクラブで使う楽譜だとか体操服、習字道具などを持っていくこともある。子どもによっては全部で30kgくらいある場合もあるとか(ほんとかな?)。長女が中学に入ってしばらくして肩こりになったのは、ビオラをやっていたせいもあるけど、かばんのせいもあるのじゃないかと私は思っている。

基地では、小学生が、スーツケースのようなゴロゴロと転がすかばんを使っているのを見かける。長女に「そういうのにすれば?」と言ったけど、ひとりだけそういうのを使うのは抵抗があるのか、まあ、そういうかばんが好きじゃないのか、彼女はかばんを変えることはなかった。昔に比べると、今はちょっとした旅行でもゴロゴロ転がせるスーツケースを持っていく人が多いのではないかと思うけど、中学生がそんなかばんを持つようになることはないのかなぁ。「たとえば、国語や数学を2時間続きにして教科書を少なくするとかできないんですか」と聞いていたおかあさんがおられたけど、それはそれでむずかしそうだし、あの重さがどうにもならないのなら、かばんを変えるというのはありだと思うんだけどなぁ。

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デジカメ EX-S500

トルコでデジカメを海に落とし、使えなくなってしまったため、デジカメを買わなくちゃ、と思っていた。以前、一度、修理に出したことがあるが、思ったより高くつくうえ、しばらくすると同じ症状(レンズエラー)が時々出ていた。今回は水に濡れたことで修理代がどれくらいになるかわからないし、修理可能なのかどうかもわからない。私にとってデジカメは仕事の必需品(趣味ともいえるけど(^^;))。子ども達を見ているとカメラで撮りたくなることがしばしば。トルコから帰ったあとは、デジカメがないため、携帯電話のカメラを使っていたけど、シャッターを押してカチっと音がしたしばらく後にシャッターが下りるため、たいていブレた写真となる(--;)。携帯のカメラでも結構大きなサイズが撮れるし、風景などを写す場合にはシャッターを押してから実際に下りるまでのタイムラグもそれほど気にならないのだが、被写体が動き回る子どもである場合にはほとんど致命的。

というわけで、カメラを選ぶ際、私にとって一番大切なのは、シャッターを押したらすぐに写真が撮れること。そしていつでもカメラが取り出せるようにコンパクトであること。できればジーパンのポケットにいつも入れておきたい。この条件を満たすもので最後まで迷ったのが、ソニーのサイバーショットT7 と カシオの EX-S500

T7 はシンプルなデザインで薄いのが魅力。光学ズームがついているのに、レンズが飛び出さないので、これなら砂場で撮影してもレンズエラーになることがなさそう。大きなレンズカバーをぐいっと押し下げて電源が入る、というスタイルも、ちまちましたボタンを押し間違えることがなくていいし、電源が入るのもシャッターを押してからの反応も速い。

でも結局 EX-S500 に決めたのは、「手ブレ、被写体ブレに強い」といううたい文句。ブレ軽減モードというのがついているのだ。私が使っていたのは反応のいいデジカメ(EX-Z3)だったけど、それでも子どもの動きは速いのでどうしてもブレてしまうことはあり、そうなると後からの修正もなかなかきかないのが悩みだった。

カシオのエクシリムシリーズをEX-M2、EX-Z3 と使ってきて使い方になじんでいるし、記録媒体のSDカードも何枚か持っている。ベストショット機能というのがあって、たとえば「夜景」とか「食べ物」「文字」などというシーンを選ぶと、それに一番いいようにシャッター速度などが調整されるのでラク。そして S500 には「子供」というシーン設定も加わっていて、これって本当に私のほしい機能があるなぁ、という感じ。

ブレ軽減モードを使うと画質があらくなる、というようなレビューもあったけど、実際に印刷してみて、私は特に気にならない。子どもの笑顔がくっきり写れば満足(^^)。万能ではないけれど、ブレは少ないかな、という印象。EX-Z3 では動画が30秒しか撮れなかったけど、メモリーカードの容量だけ撮れるようになったし、音声だけ録音することもできるのが便利。いつでも持ち歩いて子どもの写真を気軽に撮りたい、という人にはおすすめの機種だと思う。私の使うのが過酷な環境(お砂場とか水遊びとか)なので、またレンズエラーを起こしたりしないかな、ということだけは心配だけど...(^^;)。

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地中海の思い出

次女の中学は二期制で、ただいま期末試験中。明日は社会のテストということで一応勉強している。

次女「地中海?どこ?それ?」
母 「(オイオイと思いつつ)トルコで行ったクズカレシィ は地中海だよ。」
次女「ああ、海、きれいだったなぁ...カメラ落とした...!」

次女にとって地中海は、何よりもカメラを落とした海として記憶されてしまうのか...(--;)

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ビデオ「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」

パリの裏通りに住む16歳のユダヤ人少年とその近くで食料品店を営むトルコ人のおじさんが親しくなっていく話。ストーリーは、強引というか都合のいい展開だなぁ、と思ってしまうところもあるけど、ユダヤ人の少年モモもイブラヒムおじさんも魅力的で、舞台となっているパリやトルコの映像も私には魅力だった。特にトルコは、先日訪れたばかりなので、なんというかなつかしかった。

長年帰っていなかったトルコに帰ってきて、ボスポラス海峡の海の上でイブラヒムおじさんが感極まって黙り込んでしまう場面がある。モスクが見え、アザーン(イスラム教における礼拝へのよびかけ。1日5回繰り返される。トルコにいるときはよく聞いた)が聞こえ、そして海のにおい。確かになんともいえない気持ちになるだろう。イスタンブールのサバサンド、ギリシャ正教会、カトリック教会、モスク、カッパドキア...トルコを感じる様々なもの。最後、イブラヒムおじさんが故郷にもどってくるが、あそこはどこなんだろう。シャンルウルファで見た風景に少し似ているが、やはり東部のどこかなのかな。

そういえば、モモとおじさんがハマムで話をする場面があるけど、パリにあんなハマムがある、というのは知らなかった。パリにもイスラム教徒の人たちは結構いるんだろうか。

おじさんの哲学「幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せになれる」というのはあたっているところがあると思う。保育の仕事をしているおかげで毎日何かしら笑うことがあって、それが私を元気にしてくれる。

昨日は「アイスクリームソーシャル」といって、親をおやつの時間に招待した。子ども10人のうち3人の親が来てくれて、いろいろおしゃべりしながらアイスクリームを食べた。約半分の子ども達が食べ終わりテーブルを離れて遊び始めたので私は子ども達の相手をしていると、同室の保母さんJが親と話す声が聞こえてきた。「毎日、朝、起きて、仕事に行くのが楽しみなの」と。

Jは決して「仕事熱心」というタイプではなく、「仕事をやめたい」と言っていたことも一度ならずあった。でも、昨日、子ども達とバカ笑いをしている私に「ミスじゃりんこ。私、本当にこの年齢の子ども達って好きだわ」と言っていた。職場で起こるのは楽しいことばかりじゃないけれど、子ども達と笑うことで元気になれることは本当で(もちろん、子どもはいつも笑っているわけじゃなく、どうしようもないくらい泣くこともあるのだけど)、Jがそんなふうに感じるようになってくれたことが嬉しかった。

トルコ旅行で思ったのも、笑顔が人を元気にしてくれる、ということ。笑顔で応対してもらうとほっとする。この映画の「ほら、人生はすばらしい」というようなキャッチコピーは好きじゃないけど、イブラヒムおじさん(オマー・シャリフ)がモモにいろいろな話をするのはイヤミじゃない。オマー・シャリフの貫禄のなせるわざかな。

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AAって?

「私、アシスタントディレクターだよ。」
「まだいいじゃん、私なんか、ドキュメンタリードラマだよ」
...って何の話かわかるでしょうか?

次女は右目が1.2(A)、左目が0.2(D) (!)で、AD...アシスタントディレクター、友達は両目ともDで、ドキュメンタリードラマなんだそうだ。次女の場合、右目が普通に見えるので日常生活には何の支障もないのだが、このままほうっておくとよくない、ということで夏休みにめがねを作った。できあがったのは8月の終わり頃だったのだが、彼女はクラブがずっと忙しくて取りにいけず(本人が来るように、と言われていたので)、月曜日にようやく取りに行った。それを授業中にかけているので友達と目の話になったらしい。

ちなみに両目ともBの長女はブラックベリー。次女の友達にはコンパクトディスク(CD)という子もいるそうだ。

両目とも1.0の私(^^)は「AA の場合は何て言うの?」とちょっとイヤミに(^^;)聞いてみたら、長女がしばし考えて "Alcoholic Anonymous" (アルコール依存症の人たちが依存症から脱却するための自助グループ)(@@)と! それにしてもいったいなんでそんなもの知ってるんだ(?_?)?

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日赤がカトリーナ被災地への募金受付を開始

今日、郵便局へ行ってきたが、カトリーナ被災地への募金受付というのはとりたてておこなわれていないようで、熊本の団体の振込先などもわからなかった。それで、日本赤十字社の海外救援金の振込口座に、北米支援(カトリーナ被災地へ)と書いて送ることにしたが、まだ受付が始まっていないということで、「手数料をいただきます」と郵便局の人が申し訳なさそうに言っておられた。

他の時と比べてなんだか対応が遅いような気がするなぁ、と、今、日本赤十字社のホームページを見てみたら、災害救援金の受付を開始した、という記事があった(^^)。明日から受付だそうだ。

夕刊で「ニューオーリンズで警官が自殺」という記事を読み、やりきれない気持ちになった。

厳しい状況下で救援、治安対策に追われる警察官や消防士には精神的な不調の訴えが増えている。ニューオーリンズでは警察官2人がすでに拳銃自殺し、数十人が無断欠勤、辞職者も出ているという。
どうしてそうなるんだろう...

世界の人がみんな心配しています、という声が届くことで、現地の人たちが少しでも元気になってくれればいいな、と思う。

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ハリケーン・カトリーナ被災地への支援

ハリケーン・カトリーナについてのニュース映像を見ていると、まるでアメリカではないようだ。大災害の前には先進国であってもどうしようもない部分があるものなんだなぁ、と感じていたが、毎日新聞で「被害者が黒人に集中」 という記事を読み、余禄(2005年9月4日)でも、避難命令がでても避難しなかった人たちの事情について述べられていて、「豊かな国」アメリカの実情について考えさせられた。

米国では逃げるといえば車しかない。しかし、車を持っているのはそれなりの所得階層以上だ。うまく車を調達できたにしても、いったいどこに泊まるのか。安いモテルがたくさんあるが、1泊で50ドル見当、最低でも20ドルはかかる▲それだけではない。ガソリン代も食事代も必要だ。あれこれ考えると、貧者は逃げ出すことをあきらめ、運を天にまかせるほかなかっただろう。災害はいつも貧者と弱者に過酷だ。世界一豊かな国アメリカの南北問題をハリケーンはあらわにした。

トラベルジャーナリスト寺田直子さんが、ブログ「ハッピー・トラベルディズ」の「ニューオリンズが今、必要なもの」 という記事で、現在の混沌とした状況についての疑問、感想を書いておられるが、私も同感だ。「政府が自分達を守って当然」という態度や略奪の起きる状況を見ていると、アメリカ社会の暗い面を感じさせられる。

寺田さんは、「本当にアメリカに必要なのは、お金では手に入れられないもの」と書いておられる。そのとおりかもしれない。ただ、復興にお金が必要なのも事実だ。寺田さん自身、「できる範囲での寄付をするつもりだ」と書かれている。

この記事にも書かれているように、今現在(9月4日午後1時)、日本語のサイトから簡単に募金できるようなところはなく(少なくとも簡単には見つからない)、日本赤十字社でも特にこれに関しての募金の受付を始めてはいない。海外救援金の受付は常に行われているようなので こちらのサイトに書かれている郵便振替の口座にお金を送り、通信欄に「北米救援」と書けば大丈夫かな、と思う。毎日新聞によれば、熊本民間防災ボランティアセンターというところが被災者への義援金募集を始めたそうで、郵便振替で送れるようだ。明日、郵便局に行く用事があるので調べてこよう。

英語を読むのが苦でなければ、amazon.com で、クレジットカードでオンライン募金ができる。ただし会員登録が必要なので、会員でない人は登録するのはめんどうと思うかもしれない。アメリカ赤十字のページで直接募金ができないか見てみたが、アメリカ国内に住所を持っていないとオンライン募金は無理なようだ。セブンイレブンの店頭でも募金をしているらしい。困ったときはおたがいさま。自分のできる範囲で何かできれば、と思う。

追記:ぴよ♪さんのサイトで、「日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)」の募金先が紹介されています。

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パソコンが売れた\(^^)/

古いパソコンの買取価格の連絡が昨日あった。VAIO のデスクトップ(Winodows Me)、本体のみで買取上限が8000円ということだったが、6000円という査定で、即買取依頼。減額ポイントは、本体純正の箱がないこと(新しいパソコンの箱に入れた)、付属品の不足(ケーブル類、説明書の類はすべてそろっていたのだけど、cyber code ラベルとかいうのがなかったせい?というより、モニタがないせいかも)、本体の黄ばみ(小)、本体のキズ(小)。私としては売れたということで満足(^^)。

でも、参考のために他のところではどのくらいの価格で買取してくれるのか見てみたら、なんとソフマップでは買取価格の上限が30000円。もっとも、本体のみだと減額されるのだろうけど、すべてそろって8000円が上限というところもあったから、ソフマップの買取価格は高い。でも、実際、査定に出せばぐんと低い価格になるのかなぁ。

私が買取依頼をしたところでは、私の使っていた富士通のノート(Windows 98)は買取対象外ということになっていたので、夏休みにパソコンの片づけをした際に、それについていたソフトの説明書などをどどっと捨ててしまったのだけど、なんとソフマップではその機種に買取上限価格12000円がついている。パソコン自体の説明書やソフトのCDなんかは念のため残しておいたので、今度都心に行く機会があったら買取依頼をしてみようかなぁ。でも、あれをみんな持っていくのはかなり重そうだけど(^^;)。

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