« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »

本「ダーリンの頭ン中」by 小栗左多里&トニー・ラズロ

おもしろかった。漫画家の小栗さんとそのご主人でハンガリー出身のトニーさんが、言語についての雑感をいろいろ話し合っていることを描いた漫画。

たとえば、日本語では動詞が最後に来るため、「これ、あなたにあげる」...「と思ったけどやめた」のように、いったん言ったことを簡単にひっくり返したりすることができる。こんなふうに「と」でつなげて、相手の様子をうかがいながらコミュニケーションするのは日本人の性質にあっているのではないか...とか、それとも、日本語がそういう特徴を持つ言葉だから日本人の性質がそうなっていったのか...とか、音(語感)と言葉の意味には関係があるのではないか、とか、私が言語について感じていることと同じように感じておられることがあったりして、興味深かった。

トニーさんは語学おたくだそうで、このダーリンシリーズ、最初から読みたくなった(^^)。

ダーリンの頭ン中
小栗 左多里著 / トニー・ラズロ著

| | コメント (2) | トラックバック (0)

米軍基地で働くこと

基地で働くのがどんなものなのか訊かれることがあるので少し書いてみようと思う。

基地で働く日本人にもいろんな職種があって、みんながみんな同じ勤務条件ではないけれど、基本的にはいわゆる「思いやり予算」から給与が支払われているので、準公務員というような位置づけになる。というわけで、給与は円で支払われている。有休休暇が年20日、夏季休暇が年3日、このほか必要に応じて病休など。

他の職場のことはよくわからないので、うちの職場について書くと、約30人の職員(園長先生、事務の人、キッチンの人を含む)のうち、日本人の保母はふたり。しばらく前から、キッチンのヘルプが日本人になったので、、日本人従業員は3人になった。アメリカ人(といっても、アジア系の人やヒスパニックの人も多い)の職員には2種類あって、アメリカ政府から給与が支払われている人(GS)と、親から徴収する保育料から支払われている人(NAF)。NAF にはレギュラーとフレックスがあり、レギュラーの人は週40時間の労働が基本だが、フレックスの場合は、パートタイム的になることもある。ところが、実際は、フレックスでも週40時間(あるいはそれ以上)働いている人がほとんどで、レギュラーもフレックスも仕事内容は変わらず、違うのは待遇だけ(休暇その他の待遇に関して、レギュラーのほうがいいらしい)ということだったりする。GS は、管理職的な役割を期待される部分もあるが、園長先生や副園長先生以外の GS は基本的な仕事は NAF の人たちと同じ。なのにやはり給与その他の待遇面で NAF よりも恵まれているようだ。さらにアメリカ人雇用の人と日本人従業員ではとれる休暇が違ったり(たとえば、アメリカ人には「産休」はなく、病休や有休を利用している)するし、みんな同じ仕事をしているのに待遇が違う、という不公平感は否めない。

アメリカ人は上司のこともファーストネームで呼ぶし、上下関係をあまり意識しないのでは、というイメージを持っている人もいるかもしれないが、上下関係はかなりはっきりしている。GS-5 より GS-7 はエラいし、軍人の場合は歴然とした階級がある。ただ、もちろん、そういう自分の立場を誇示する人とそうでない人はいて、NAF だった人が GS になったとたん、みんなに接する態度が高圧的になることもあるし、もっと高い立場でも気軽にヘルプに入ってくれてオムツがえなどをやってくれる人もいる。というわけで上司がどういう人になるかは結構重要な問題(^^;)。このあたりは日本もアメリカも変わらないのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ビデオ「サイドウェイ」

おもしろかった。結婚式を一週間後にひかえたジャックとその親友マイルスが独身最後の1週間を楽しく過ごそうとカリフォルニアのワイナリーをめぐる旅に出る。マイルスはワインに詳しく、ワイナリーめぐりを楽しんでいるが、ジャックのほうの目的はなんといっても独身最後の一週間を遊びまくること。結婚への迷いもあり、女性に積極的に声をかけ、ステファニーという東洋系の女性と親蜜な関係になる。離婚相手への未練を断ち切れないマイルスはそんなジャックを苦々しく思いつつも、自分自身、ワイン通の女性マヤと親しくなって...

マイルス役のポール・ジアマッティは、今まで私の見たことのある映画にもいくつか出演しているようだけど、あまり印象に残っていない。でも、この映画では、どことなくビリー・クリスタルに似た雰囲気があって、いい感じだった。ジャックのほうは、役柄が役柄なだけに(私の倫理観からは許せないキャラクターなので)あまり魅力を感じなかったけど、ふたりの性格がかなり違うのに、ふたりのやりとりは息が合っていて楽しい。コミカルな場面も多く、テンポよく話がすすんでいき、でも、このままハッピーエンドというのはありえないわけで一波乱起きる...

(以下ネタバレ)

印象的な場面をひとつ。
マイルスとマヤとの会話で、マイルスが年代物のいいワインを持っているという話をする。マイルスは「これは特別な日にあけるつもりで」と話す...そして、元妻が再婚して妊娠した、という話を本人から聞いたマイルスは、そのワインをとりだして...

私自身は全然味に鋭いほうではないけれど、見ているとワインを飲んでみたくなる映画だ(^^)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本「ラッシュライフ」by 伊坂幸太郎

ミステリーというのはつい一気に読んでしまう。泥棒とか殺人とか拳銃とか、おだやかでない話が次々に出てきて、登場人物に自分を重ねてのめりこんでしまう、というようなこともないのに、「え、どういうこと?」と続きが知りたくなってしまう。

いくつかの話が同時進行していき、これが最後につながるんだろうなぁ、と思っていたら、まあそのとおりではあるのだけど、うまいなぁと思う。殺伐とした出来事が続くわりに、結末はちょっとにっこりさせられてしまうようなもので、そこがよかった(^^)。

ラッシュライフ
伊坂 幸太郎著

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トルコのお菓子 ロクム

トルコ語を習っていたところから「イフタルの夕べ」をするのでどうぞ、というお知らせが届いたので行ってきた。トルコは現在ラマダン期間に入っている。イフタルは一日の断食が終わったあとの食事だ。「イランという国で」の記事で知ったのだが、ラマダン中は普段よりも食料の消費が増えるらしい。 トルコ人の先生達は結構みなさん断食をされているようだった。ひとりの先生に「つらくないですか?」と聞いてみたら、「いつもラマダンが終わると次のラマダンが楽しみ」と言っておられた。トルコでメアドを交換した大学生の女の子もやはり現在ラマダンをしている、と言っていた。

CIMG0102
炊き込みご飯(?)とキョフテ(ハンバーグ)、サラダ、スープ、そのほかいくつかの野菜料理。デザートにストラッチ(ライスプディング)など。特にイフタルで食べる、というものではないようだったけど、トルコ人の先生達の手作りの料理をおいしくいただき、旅行の思い出話などをして楽しい時を過ごした。

写真を撮りそびれてしまったので、おみやげにいただいたロクムの写真を。ロクムは食感がおもちに似ていて、他のトルコのお菓子に比べると甘すぎるということがなく、私達は好きだった。それで友人や職場のおみやげにロクムを買ってきたのだけど、職場での反応は「悪くないわね」「独特の味ね(unique)」という感じで、「おいしいわ!」というストレートな絶賛はなかった(^^;)。でも、「食べてみると案外いけるわ」という人もいて、結局アジア系の人を中心に売り切れた(^^)。wedcar

こんなふうにかわいいラッピングは結婚式のときなどにするらしい。そういえば、トルコでは何度か結婚式の車を見かけた。こんなふうに大きなリボンを車にかけ、前のプレートには「結婚しました」と書かれている。トルコ人の先生にその話をしたら、「あれを見ると笑っちゃうんだよ」と言うので「どうしてですか?」と尋ねると、「だって幸せなのは短い間だけでしょ」...(x_x)...まあ、そうでもないと思うので、お幸せに!と願う(^^)。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

本「アルジャジーラ 報道の戦争」by ヒュー・マイルズ

アルジャジーラについて私が持っていたイメージは、「中東にあって、オサマ・ビン・ラディンから渡されたテープを放送したり、人質殺害などの残虐な映像も流すテレビ局」というようなもの。しかし、この本を読んで、公正な報道者であろうとしている本物のジャーナリズム精神にあふれたテレビ局なんだ、という印象を持った。

アルジャジーラは、中東の小国カタールに本部をおく、アラビア語による、ニュース中心の24時間放送を行っている衛星テレビ局。その中心となる方針は「ひとつの意見があれば、また別の意見がある」というもの。オサマ・ビン・ラディンの映像も流すし、パウエルのインタビューも、サダム・フセインのインタビューも流す。「テロ組織の手先だ」という批判をアメリカから受けたり、「報道姿勢がアメリカ寄りだ」などの批判をアラブ諸国から受けたりしながらも、ニュース価値があると判断したものについては報道する。

イラク戦争に際して、アメリカは従軍記者制度というのを採用した。軍公認のジャーナリストを従軍させ、兵士たちとともに過ごさせる。ただし、軍の決めた規定には従わねばならず、従わない場合は従軍記者資格を剥奪される。これによって、米軍は軍に都合の悪い報道は行わないようにコントロールすることができる。

しかし、イラクに独自の拠点を持っていたアルジャジーラは、米軍の攻撃によってイラクの人々の生活がめちゃくちゃになってしまった様子や、民間人が多数死傷したことについて報道したし、米英兵の遺体の映像も放送した。爆弾は軍事施設だけをピンポイント攻撃できるし、アメリカ人に損害はない、というイメージを国民に持っていてほしいアメリカ政府としては(他のアメリカのメディアは基本的に米政府の方針に従った。米英軍に都合の悪い情報は伏せられ、民間人の被害を伝える映像が流れるとしても、米英軍の手で治療を受けているところしか放送されない。「イラク解放のための戦い」というイメージを作り上げるのに貢献している。)、アルジャジーラは実に厄介な存在だ。カタール政府に抗議したり、あらゆる手段を使ってアルジャジーラの報道姿勢を変えさせようと圧力をかけた。こうしたアメリカのやり方に対しては、アラブの国々での反応はたとえば次のようなものだった。

パウエルが中東の国に対して民主主義や言論の自由を求めてくるならまだわかる。まさか検閲を求めるとは思いもよらなかった。(p.169)

つまり、アメリカにとって、民主主義のルールが大切なのはアメリカ国内のことであって、第三世界では適用されないものなのだ。

この本では、アルジャジーラはあらゆるところからの圧力に屈せず、公平な報道者たらんとする姿勢を貫く素晴らしいメディア、という感じに書かれていて(いくつか小さな批判はあるものの)、そのままこの本に書かれていることを鵜呑みにしていいのかどうかはわからないが、それが真実であるなら(真実のようだ、という気はする)、ぜひ、その姿勢を貫いてほしい。

日本では、2005年10月現在、自分で巨大なパラボラアンテナを購入してオーストラリアの事業者と契約でもしないかぎり、アルジャジーラを見ることはできないらしいが、もうすぐ英語放送も始まるそうなので、気軽に見ることができるようになればいいなと思う。

アルジャジーラ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ビデオ「夢のチョコレート工場」

チャーリーとチョコレート工場」には旧作がある、ということでこのDVDを借りてきた。こちらのほうが、より子どもをターゲットにしている、という感じ。こちらのほうが原作に近いのかな。

ジーン・ワイルダーのウィリー・ウォンカのほうが、ジョニー・デップの演じるウォンカよりも好きだけど、新作のほうがストーリーにひねりがあって、子どもへのお説教的な意味合いも強いと思う。

ただ、私自身はチョコレート工場にそれほどの魅力を感じない(チョコレートは好きだけど(^^))ので、どちらの映画にものりきれなかった。チャーリー以外の子ども達のわがままぶりはこの旧版でも同じで、なんでもすぐに欲しがるお金持ちのイギリスの女の子は、ビデオながら見ていて不快になるほどだった(^^;)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本「イスラエル 兵役拒否者からの手紙」by ペレツ・キドロン(編)

イスラエルでは兵役が義務になっている。多くの国民は誇りを持って任務についているが、パレスチナの占領地で任務についた人のなかで、自分のしていること、イスラエル軍のしていることに疑問を感じ、兵役を拒否する人が出てくるようになった。兵役を拒否すれば罰せられ、投獄される。兵役を逃れようと思えば、仮病を使ったり、海外旅行にでかけたり、というような方法でできなくはないのだが、そのような方法をとらず、正面から占領に反対の立場を表明した人たち。その人たちが、どういう考えで兵役を拒否したのか、ということを軍や友達にあてた手紙で述べたものを集めた本。

ひとつひとつ胸に響く言葉が多いので、そのままいくつか引用したい。長くなるので、「...」を使って略している部分がある。

テロリズムは、絶望し踏みにじられた弱者の武器だ。現世への信頼を失い来世に望みを託す者たちの武器だ。占領はテロリズムを支え、やしない育て、血肉を与えている。(p.43)
(難民キャンプで外出禁止令が出ているときにひとりの子どもが道路を横切るのを見て) このような場合、私の良心はどうしようもなくなって叫び声をあげます。「子どもは子どもだ。たとえあの子が戦争挑発者であったとしても、まだ子どもじゃないか。」...私の良心は、その子を守ろうとします。...でも私は兵士です。命令には従います。そして私は棍棒を振り上げます。的確な打撃に合理的な力をこめ、私は自分の良心を粉砕します。...私は両手に棍棒とライフルを持っていますが、良心はなくしました。あの子はトラックに乗せられて病院に運ばれています。外出禁止令は執行されました。(p.71)
この国での基本的な道徳は律法に記されている。「あなたにとって痛みとなるようなことは、他人にしてはならない」。...私にとって自分の命がかけがえのないものであるのと同じように、他人にとってその人の命はかけがえのないものなのだ。...私たちはこの原則から逃れられない。これを犯せば、罪の意識にさいなまれる。だが、他人を虐げながらも罪の意識を感じない方法もある。道徳律は人間に適用されるわけだから、抑圧されているのは人間以下の存在なのだと思い込めば、罪悪感を感じないでもすむのだ。私たちのあいだでは、アラブ人は人間以下の存在だという教義が大手を振ってまかり通っている。...その一方で、私たちは、...報復に怯えている。相手の人間性を抑えこんで見えなくしてしまえば、抑圧されている側は...動物のごとき理に外れた行動をとるようになる。その結果、私たちはさらに大きな脅威を感じ、以前にもまして相手を痛めつけ、イスラエル人は罪の意識をますます避けるようになり、アラブ人の人間性をどんどん奪っていく。こうして邪悪のスパイラルが描かれていく。相手を動物扱いしているからこそ、他の民族を抑圧することができる。これは私のグリーンラインである。私はアラブ人を動物扱いすることを拒絶する。(p.140)
この他にも、衛生兵として軍で習ったこととイスラエル軍がしていることは相容れない、子どもを撃つのはいやだ、イスラエル軍の発表と実態の食い違いのおかしさに気づき、自分はそれに加担したくないと思った、など、悩みながら自分の行動を選び取って行った人たちの胸のうちが率直に語られて、胸をうつ。

兵役を拒否すると、刑務所に入れられるばかりか(その間の経済的な補償はない)、公務員としての仕事にはつけない、家のローンも受けられない、大学の奨学金もダメ、など、様々な不利益がある。それでも、人間としての良心に背くよりはいい、とこの行動を選び取る人たち。イスラエルにこういう人たちがいることはひとつの希望だと思う。

イスラエル兵役拒否者からの手紙
ペレツ・キドロン編著 / 田中 好子訳

| | コメント (2) | トラックバック (0)

放送大学面接授業「実験社会心理学実習」

講師は小林知博先生。知博と書いて「ちひろ」と読む、きれいな女の先生だ。

受講者は心理学に関するいくつかの実験の被験者となって、その実験データの分析を行う。今日やった実験のうちのひとつが「自尊心の強さ」を調べるような質問(ローゼンバーグの自尊心尺度 )に答えて、その回答と年齢に相関関係があるかを見る、というもの。

今日の受講者は34人。年齢は23歳から58歳まで。平均年齢は39.5歳。「だいたいにおいて、自分に満足している。」「自分は全くだめな人間だと思うことがある。 」などの10項目の質問に「大変そう思う」「そう思う」「そうは思わない」「まったくそう思わない」という4段階で答えて、それを点数化し、得点が高いほど自尊心が高いとする。自尊心の高さと年齢との関係なんてないんじゃないかと思ったが、グラフ化してみると、いくらか正の相関関係が見られた。つまり、年齢が高いほど自分に肯定的になるという傾向が認められる、というわけだ。

もちろん、若くて自己評価の高い人もいれば、年齢が高くて自己評価が低い、という人もいる。年齢をX軸、自尊心尺度の点数をY軸にとって、y=x で表せるようなきれいな正相関のグラフになるわけではないが、確かにそういう傾向は見える。先生の話によれば、アメリカなど他国においても、やはり青年期の人間は自己評価が低くなる傾向があるのだという。ただし、かなりの高齢になるとまた自己評価が低くなってはくるそうだ。

自分のことをふりかえってみても、確かに、中学生の頃とか、自分をつまらない人間だと思っていたし、自分のことが好きじゃない部分がたくさんあった。自分を肯定的に見られるようになったのは、特に子どもを持ってからだと思う。自分のことを絶対的に必要としてくれる子どものおかげで、自分をそんなに卑下する必要はないかな、と思えるようになった気がする。

年齢が高くなるほど自己評価が高くなる、ということは、肯定的な人生を送っている人が多い、ということかな。青年期は理想が高くて自分がそれに届いていないと感じるけど、それなりの年になると、そんな高い理想は掲げなくなって心の安定を求める、ということだろうか。たとえば、イスラエルなどで、自分の意思に反して兵役につかなければならなかった、という人たちの自己評価はまた違ってくるかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

離婚できない国

今日、同僚のひとりが離婚した。彼女はフィリピン人で、元ご主人はアメリカ人。昨日は「明日でカタがつくわ。」と嬉しそうだった。

彼女の話によると、フィリピンでは離婚はできないのだという。「どういうこと?」と聞いたら、「離婚は違法」なのだとか。「じゃあ、どうしてもうまくいかなくなったらどうするわけ?」と聞いたら、「さあ...」現実に別居してしまう、ということはあるけれど、書類上の離婚はできないとか。「カトリックの国だから?」と聞くと、「そうね、多分、だからかな。」

「フィリピン 離婚 違法」で検索すると、「チリの離婚合法化で、離婚が許されない国はマルタとフィリピンの2カ国だけとなりました。 」 という2ちゃんねるの記事が見つかった。

せっかく縁があって結婚したのだから、離婚なんてしなくてすめばそのほうがいいけれど、いろんな事情でうまくいかなくなってしまうこともあるだろう。それなのに離婚を法的に認めない国があるというのにはびっくり。確か、イタリアも離婚するのは大変だと聞いたことがある。

今日、別のフィリピン人の同僚に尋ねてみたら、離婚できなくはないけれど、手続きはすごく煩雑で、簡単にはできない、ということらしい。「成田離婚」もどうかと思うけれど、なかなか制度的に離婚できなくすることで、人は幸せになれるかなぁとは思う。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

映画「チャーリーとチョコレート工場」

おとぎ話は嫌いじゃないのだけど、この映画に出てくる子ども達は、主人公のチャーリーをのぞいてすごくイヤミな子どもという設定になっているのがちょっと悲しい。確かに生意気な子やイヤミな子というのもいるものだけど。チョコレート工場の夢物語で終わるのかと思ったら、そうでもないオチがあり、結末はわりと好きだった。

好きだったのは、チャーリーと一緒に暮らしている老人たちのなかで、笑顔のとびきりすてきなおばあちゃん。工場から戻ってきたチャーリーに「これからいいことあるわよ」と言ってにっこりするのだけど、まわりの人をみんな幸せにしてくれそうな笑顔だ。

今日、同僚に「この映画を見たよ」と話したら、彼女は「この映画は見てないけど、旧作は見たわ」と言うので旧作があるのだと知った。原題は「ウィリーウォンカとチョコレート工場」。日本では「夢のチョコレート工場」というタイトルでDVDも出ているようだ。1971年の作品ということで、彼女も子どものときに見たようだけど、好きな映画だと言っていた。レンタルDVDで見つけられたら見てみたい。あるいはケーブルテレビでやってくれるといいな。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

トルコ旅行の写真と動画

トルコ旅行の写真をここにアップしました。下のものほど古い日付なので下から順に上に読んでいくと一応旅行記になっています。
トルコ旅行ではいくつか動画も撮ったので、それをこちら にアップしました(追記:ところが、このサイト、いつのまにか閉鎖されてしまいました(--;)。私はパソコンのクラッシュでトルコ旅行の写真や動画をみんな失ってしまい、いくつかネットにアップしてあったのが残っているだけです。というわけで、動画は見ていただけません。すみません。信頼できるサイトにアップしておかないといけないのだと学びました。)イスタンブールで聞いたアザーン(礼拝へのよびかけ)とか、ガラタ橋で滑らかな口調でレモン搾り器を売っていたおじさんの様子などを載せています。いずれも20秒から30秒の短いもので、いずれもいかにも素人の撮ったまずい動画です(謙遜ではない(--;)動画を撮るのはむずかしいのだと悟りました)が、トルコの雰囲気はちょっと味わえるので、お暇と興味のある方はのぞいてみてください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カエルの子はカエル

長女は夫の気質を受け継いでなかなか几帳面というかしっかり者で、そそっかしい母としては結構頼りにしていたりする。でも、彼女もやはり私の子なのだ(^^;)と思ったできごとをひとつ。

子ども達は金曜日に学校から体操服を持ち帰ってくるのだけど、金曜日洗濯しようとしたら長女の体操服が洗濯籠になかったので「体操服は?」と訊いた。すると学校に忘れてきてしまったと言う。この時期、1週間も洗濯しなかったら臭くなってしまうから土曜に学校へ行って取って来るように言った。

で、彼女は昨日学校に行ったのだ。電車に乗って。ところが。ロッカーの鍵を忘れたので取ってこられなかったと。まったく何しに学校へ行ったんだか。で、今日、もう一度出かけていった。もどってきた長女に「まさか、また鍵忘れたなんてことないでしょうね」と冗談のつもりでいったら、なんとまた鍵を忘れたそうで(x_x)。結局午後にもう一度学校に行ってようやく取ってきた。

まあ、私も信じられないような忘れ物はするので人のことは言えない。プールに泳ぎに行くのに水着を忘れたとか、京都に帰るのにお財布を忘れたとか(京都までの切符は持っていた)。ま、テキトーにぬけているのも悪くないか...ってテキトーかなぁ(^^;)?

| | コメント (3) | トラックバック (0)

シューダイス(ハーボット)

今、様々なブログペットがあるけれど、私はやっぱりハーボットが気に入っている。って、他のものの機能をよく知っているわけじゃないけれど。ハーボットが毎日していることはたいして変わらないし、訪問者が?を押して話しかけても、変わりばえのない話題しかないし、その点ではいまいち面白みに欠けるけど、オーナーにしか味わえない楽しみというのもあるのだ。

shukusaiだいたい月1回の割合でイベントが発生する。昨日は白い馬のようなものがやってきて、うちのマンチキンに何かを渡していった。

こんなふうに毎月1回何かを手に入れ、それがある程度の数たまると品物と交換できるのだが、先日、「シューダイス」というのを手に入れた。ハーボットはアクセスカウンターを兼ねている(あまり正確とはいえないけど)が、この番号が、オーナーの決めたナンバー(マイ番)と一致すると、ハーボットが訪問者にそれを伝え、訪問者にシューダイスを振るかどうか尋ねる。振る、と答えれば、ハーボットがシューダイスを振り、出た目に応じて何か芸(?)をやってくれる、というもの。芸はさいころの面の数だけあるので6通り。

shodice実は、昨日の記事をアップしたときに、自分の決めた番号を自分で踏んでしまい、このイベントを見ることができた。画面が暗くなり、その後、マンチキンがミラーボールの下で「おーめーでーとー」と歌を歌ってくれた(音はなかったけど(^^;))。そのあと、白い馬までやってきて、昨日はマンチキンには忙しい日だった。

このほか、50000 とか、55555 などのキリ番やゾロ目を踏むと、ハーボットが訪問者にそれを伝える。そんな場合、ハーボットは訪問者の名前を聞くけれど、言いたくなければXを押せば、それ以上聞くことはしない。

シューダイスでは、オーナーが好きな番号を6つまで指定できる。アクセスカウンタが 50000 を超えたので、設定しなおした。次の番号は 50194。その後はまた適当(^^)。マイ番を踏んだ方、時間があればマンチキンと少し遊んでみてくださいね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「ノー」を言う楽しさ

定期購読している絵本雑誌「こどものとも0・1・2」のなかに、「かしてよ」というタイトルの絵本がある。三輪車に乗っている男の子のところに動物達が次々とやってきて、「かしてよ」と頼むのだけど、男の子は「だめ!」と答える。動物達は相談してみんなで大きな声で頼むと男の子は「いっかいだけだよ」とオーケーしてくれる、という他愛のないお話(まだ少し続きがあるが)。これをうちの1歳児クラスで読むときは、「かしてよ」のところを "Can I use it?" (使ってもいい?)というふうに読んでいるのだけど、「だめ」"No!" と言うのは子ども達の役。"No!" と言うのが実に楽しそう(^^)。最後、"Can we use it, please!" と please (お願い!)をつけたところで、男の子が"Ok!" と言うことになっていて、ここでは Ok と言う子もいれば、やっぱり No! と言う子もいるが、とにかく、子ども達の好きなお話のひとつだ。

今日、ダンボール箱とラップのシンで遊んでいるとき、子ども達に「こんな遊び方もできるよ」と見せてあげようと思って、ラップのシンを持っていた子に「貸してくれる?」(Can I use it?)と頼んだら、その子が反射的に "No!" と言ったので笑ってしまった。あの絵本の問いに答えるのと同じ口調なのだ。それで、"Can I use it, please!" (お願い、貸してちょうだい)と頼んでみたら、彼女はかたまってしまい(「 Please と言われたらオーケーすることになってるけど、貸したくないわ」ということなのだろう)、また笑ってしまった。

No! No! No!... No! と言うのが何故そんなに楽しいんだろう?「あたしはあなたの言うことを拒否できるのよ!」っていう自己主張...なんだろうな。そんなふうに「あなたとはちがうわたし」の出てくる2歳前の子ども達が、私はとっても好きだ(^^)。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

また不運は重なる

以前、「クレジットカード紛失」 という記事を書いたことがあるけど、またやってしまった(x_x)。

今日(ってもう昨日だけど)は夕方6時半からスタッフミーティング。私の仕事が終わるのは5時45分で、会議のある場所(基地にあるもうひとつの保育園と合同の会議だった)まで車で15分ほど。会議が終わるのが8時半という予定だったから、途中、フードコートに寄ってサンドイッチを、また、そのすぐ近くの店でコーヒーを買った。コーヒーは、お金を払った後、自分で紙コップに注ぐ。プラスチックのフタをして車に戻り、会議の場所に着いて、まだ少し時間があるから、と車のなかでサンドイッチをほおばる(ちょうどラジオでトルコのEU加盟についてのニュースをやっていたので、聞いていた)。さて、そろそろ行かなくちゃ、と車を出るときになって、あれ、財布どこにやったっけ?...と考えてはたと気づく。そうか、コーヒーを入れたとき、横に財布を置いてそのまま置き忘れてきてしまったんだ...!

もう会議が始まる時刻なのでフードコートまで戻ってる時間はない。とりあえず、サンドイッチの入っている紙袋にコーヒーのカップを突っ込んで急いで会議室に向かうと、コーヒーの重みで紙袋が破れ、コーヒーを床にぶちまけてしまった(x_x)。トイレのペーパータオルでさっと片付け、会議室へ。気になるのはまたもや財布にクレジットカードが一枚入っていることだが、店の電話番号もわからない(x_x)。会議が終わってすぐにフードコートにもどり、コーヒーを買った店で「財布を置き忘れたんだけど...」と言ったのだが、店には届いていないとのこと。そんな場合はどこに行けばいいのか尋ね、教えてもらったところに行ったところ...ちゃんと届いていたε-(´。`)ホッ。私が置き忘れてすぐに誰かが届けてくれたらしく、呼び出しをかけたのだけど誰も取りに来なかったのだという。

で、今度はこれをアップしようとしたら、インターネットにつながらない(--;)。しばらく前に光ファイバー(Bフレッツ)にしたのだけど、それから不安定になってしまった(--;)。光ファイバーになってまだ1ヶ月にならないのに、つなげなくなったのはこれで3回目。2回目のとき、しばらくすれば接続できたのだけど、いったい何が原因なのか、と思って電話で問い合わせたら、とりあえず、接続できない状況のときでないとなんともいえないから、またそういう症状が出たときにかけてくれ、と言う。24時間故障対応、ということだったのでかけてみると、「この時間は録音にて受け付けております」...(--;)

...と思ったら、しばらくして電話がかかってきた(なかなかすばやい対応(^^))。NTTのほうで故障状況は出ていないので、ルーターのせいではないか、と言う。言われたように、ルーターと光の端末の電源を切って10分以上おき、電源を入れなおすと接続できた。

ルーターはcoregaのCG-BARFX2。ニフティで光接続を申し込むと、無料で設定がついてくるので、そのときに設定の方が買ってきてくださったのがこれ。ADSLのときはハブで接続して2台のパソコンをつないでいたのだが、光の端末にはルーター機能がないため、ブロードバンドルーターを買わなければいけない、ということだった。何を買えばいいか検討するのも面倒で、おまかせしてしまったのだが、今、価格.comで見てみると、結構問題があったりするようだ...また当分様子を見て、しばしば接続できなくなるようなら、coregaに問い合わせなくちゃ...

まあついてない日だったな、とアップしようとしたら、今週のココログのトラックバック野郎のお題が「ついてないなあ~と思った瞬間」だそうで、トラックバックすることにしました(^^;)。題を「不運は重なる」としようとしたら、同じ題で書いたことがあったようで(^^;)、「また不運は重なる」としました(^^;)。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

ビデオ「舞台より素敵な生活」How to kill your neighbor's dog

スランプに陥っている劇作家ピーター(ケネス・ブラナー)。妻は子どもを欲しがっているのだが、彼は子ども嫌い。シナリオに登場した子どもが現実的でないと批判された彼は、近所に引っ越してきた小学生エイミーの観察を始める。もともと執筆のヒントを得るつもりで彼女に近づいたピーターだったが、そのうち彼女と遊ぶ楽しさにはまっていく...

大人が子どもの魅力にはまっていく映画というのはうなずけるところがある。会話が私にはちょっとソフィスティケイトされすぎている感じがあるのと、ピーターが怒鳴ったりする場面が多いかな、と思うけれど、全体的に好きな作品だった。

インターネットムービーデータベース で見ると、7.1 という結構高い評価だけど、今日現在で977人しか投票していない。2000年の映画でいくつか賞もとっているようなのにどうしてなんだろう?あまり大々的に興行が行われなかったということなんだろうな。

好きだったセリフというか場面をひとつふたつ。(以下ネタバレ)

ピーターがエイミーと話していて、「(言葉がむずかしすぎて)わからないんだね」と言う場面がある。それに対してエイミーが「おじさんも、私の言ってることがわからない時があるわ」と言う。そうか、大人と子どもがコミュニケーションするのはそれほど簡単なことじゃないんだ。それでも通じ合っていける。

あと、好きだったのは、やっぱり、またエイミーが引っ越すことになってピーターたちに挨拶に来たとき。母親からピーターと身体的に接触することを禁じられていたエイミーは会話を交わした後、そのまま立ち去ろうとするが、やはり自分の気持ちを伝えずにはいられなかった。エイミーを抱きしめたピーターはいろんなことを感じただろう...

子ども嫌いだったピーターは最後には子どもに対してまったく違う気持ちを抱いていたはず。そう、子どもっておもしろい(^^)。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

トルコのお酒ラク

昨日、車の中でラジオをつけたら「地球ラジオ」 の時間で、イスタンブールから誰かがトルコのお酒ラクについて話していた。ラクはぶどうのエキスと芹科の植物アニスの実から造った蒸留酒 (私はお酒のことはまるでわからないので単なる受け売り(^^;))で、アルコール度45度と強いお酒。イスラム教では飲酒を禁じているのに、どういうわけかトルコではそうでもないようだ。(でも、カッパドキアで気球に乗ったとき、最後にシャンペンがふるまわれたのだけど、パイロットや助手をしていたトルコ人の人たちは飲まなかった。車の運転をしなければならないせいか、それとも、やっぱりイスラム教徒だからかなぁ、と思ったのだけど。)

ラジオでは、ラクの偽物がどうした、とかいう話をしていたが、途中からだったのでよくわからなかった。家に帰ってから地球ラジオのホームページを見ると、最新の放送が翌日から1週間は聞けるようになっていたので、さっきその部分の放送を聞いてみた。トルコで今年の春、ラクの偽物が出まわって20人以上の死者が出たのだという。税金が値上げされたため、安い原料をさがして、メチルアルコールが大量に混ぜられたのだとか。

そんなこととは露知らず、私はトルコのお土産として友人用にラクを一本買ってきていた。ラクは水で割ると白く濁り、独特の香りがある。クセが強くて飲めない、という人もいるようだけど、老酒に比べると飲みやすいかな。幸い、騒ぎは春に収束していたようで、何事もなかった。ただ、このビンをあけたとき、中栓のようなものがついていて、なかなか出てこないしかけになっていて、どうやってあければいいのかわからず苦労した。これはもしかしてこの偽物騒ぎと関係があるのかしらん。「今日もため息・トルコOLのつぶやき」 によれば、「なんとビンとキャップはイズミールのテケル(ラク専売公社みたいなとこ)の工場から盗まれてたらしい」ということなのだけど、このキャップは普通のキャップだったのかなぁ。

番組では、この偽物騒ぎでラクの売り上げが落ちたこと、これからラマダンに入るため、禁酒する人も増えるが、そのあとをねらってラク業界が巻き返しをはかっていることが話されていた。トルコの酒としてラクの海外への売り込みも計画されている、ということで、そのうち日本でもラクを見かけることが増えるかな。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »