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個人情報保護とPTA活動

中学校の地域委員の仕事もようやく終わりに近づきつつあるが、最後の仕事は、次の地域委員さんを決めること。同じ地域の各学年から2名ずつ選出、という決まり。昨年度までは、地域の見回り当番表に各家庭の電話番号を載せていたので、新2年生と新3年生については、多少の異動はあるものの、それを頼りに連絡をとる。しかし、新1年生は誰が入学してくるのかもわからない。昨年の役員の人に訊くと、小学校の地域委員の人に名簿を貸してもらったとのこと。そこで、小学校の地域委員長さんに連絡をとると、「貸していいものなら貸すけれど、このご時世だから、私の一存というわけには...」とおっしゃる。当然だ。というわけで、中学校に訊くと、まだ新入生の名簿は私たちの地域のぶんは小学校からもらっていない、ということで、小学校に訊くように、と言われる。で、小学校に訊くと、案の定、そんな名簿を見せるわけにいかない、とのこと。「今まではどうしていたのか」と訊かれたので、今までのやり方を話すと、「今までどおりにしてもらうのがいいんじゃないですか」とのこと。それって結局、地域委員の人から名簿(電話番号などを含む)を見せてもらってくれ、ということなわけで、なんだか学校の責任逃れ、という印象だ。自分の手から名簿を見せるのでなければいいわけなんだろうか。ともかく、学校のお墨付きが出たわけなので、小学校の地域委員さんに名簿を貸してもらう。

うちの娘は中2なので、私は新3年生の人の家に電話をかけて、来年度の役員をやってもらえないかを尋ねる。基本的には、もう下の子がいない人を優先して声かけをするんだけど、「とにかくできない」という人や、いつも子どもが電話に出て連絡のつかない人。「おかあさんが戻ってこられたら連絡するように言ってね」と伝言しておいても、かかってこない。また、電話番号は、去年作った当番表をもとにかけているので、「現在、使われておりません」というものがあったり。結局、以前、一緒に役員をやったとか、で、つい声のかけやすそうな人に声をかけてしまう。そういう人は無碍に断る、ということはないけど、既に他の役員をすることが決まっていたり、で、なかなかスムーズには決まらない。地域委員の仕事は、他のおかあさんと仲良くなったり、と、楽しいことがあるといっても、夜に何度もでかけなければならなかったり、いろいろ雑用もあるので、人に頼むのも結構気が重い。でも、今日で、なんとか引き受けてくれる人が見つかった(^^)v。

ただ、このまま、学校の個人情報保護姿勢が続くようであれば、地域委員の仕事はかなりむずかしくなるだろう。1月24日の毎日新聞に、連絡網を作らない学校や保育園のことがとりあげられていて 、「コミュニティーや学校という小さな単位の中でコミュニケーションや理解を深めるには、情報を開示していかねばならない。それを考えたら学級の連絡網を作るのは当たり前だ。」という教育評論家の談話が載っていた。「「出して文句言われるより、出さずに文句を言われる方がまし」という保身的な学校が多い。」とも書かれている。確かに、先ほどのうちの地域の小学校の対応などを見ていると、「とりあえず自分さえ関わらなければ」という感じになっているところが多いのでは、と思ってしまう。個人情報を悪用する人がいるのは事実で、学校が神経質になるのもわかる。しかし、地域委員にその地域の人の名簿や電話を知らせないで、いったい何をせよ、というのだろうか。地域に開かれた学校、などと言って、地域懇談会を開いたりしているが、おたがいを知らなくて、どうやってコミュニケーションを深めるのだろうか。このままでは、地域委員の活動はやめてしまうしかないのではないだろうか...。

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パレスチナの初等教育

NPO団体 「パレスチナ子どものキャンペーン」の主催するイベントに行ってきた。この団体がガザで運営している聾学校でボランティアをされた小学校の先生、レバノンのパレスチナ難民キャンプの幼稚園でボランティアをされた保育士の方、国連機関によるパレスチナの子どもの心理テストを分析された臨床心理士の方の話が聞けて興味深かった。

子ども達はパワフルで明るく、地域の人間関係も濃い。現地で活動をされていた学校の先生と保育士さんは、そのあたりを肯定的に話しつつも、失業率7割という社会状況、十分な経済的支援がなく、教員の研修体制なども整っていないこと、また、パレスチナの子ども達の心理テストから、学習困難とされる子どもが多い現状などについて報告された。

パレスチナに限らず、発展途上国の幼児教育というのは、学習中心のカリキュラムになりがちなのだそうだ。うちの保育園もそうだけど、いわゆる先進国では、「子どもは遊びから学ぶ」という考え方が支配的だと思う。このパレスチナ難民キャンプに行かれた保育士の方もそうで、アラビア語や算数などを4、5歳児にワークシートで学ばせるような現地のやり方には疑問を覚えられたようだ。小学校では、日本の中学程度の英語をやっているようで、小学校の視察から帰ってきたこの保育士さんに対して、現地の幼稚園の先生は、「私たちが幼稚園で学習しなければいけない理由がわかったでしょう」と言ってきたと言う。先生や親が子どもに対して体罰を加えることも日常的に行われているようで、現地で活動されていたふたりの方は、現地の人たちの考え方を尊重する立場から、そのことを問題としてとりあげる、というようなことはされなかったようだけど、異文化環境での教育というのはむずかしいなぁとつくづく思う。paresutinahon

「レバノン パレスチナ難民キャンプ ようちえん便り」という小冊子を買ってきた。幼稚園やキャンプの様子の写真がたくさん載っていて、他ではなかなか見ることのできない貴重な資料だと思うけど、市販はされていないのかな。世界のどこでも、子どもの笑顔はいい(^^)。

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本「電車男」 by 中野独人

図書館でリクエストして順番待ちだったのがようやく先週まわってきた。放送大学の試験準備で読めなかったのだけど、まだ次の人もいるだろうから、と今日、読み始めてあっというまに読んでしまった。うーん、楽しい(^^)。

人の恋愛話に、2ちゃんねるのメンバーが、みんなしてあーだこーだ、と意見し、その結果に一喜一憂し、本気で心配したり喜んだりしている様子が、リアルに伝わってくる。本にまとめられているのはいいとこどりで、もっと汚い書き込みがあった、と言われているけれど、まあ、そうだとしても、基本的にやっぱりいい話だなぁと思う。なんといっても、電車男さんのキャラが誠実な感じで、応援したくなる。読みながら、「男と女のあいだには...」なんていう歌を思い出してしまった。おたがいにナゾの部分があるからドキドキするし、おもしろいんだろうな(^^)。

アスキーアートも楽しい。2ちゃんねる用語などがあって、誰でも楽しめる本というわけではないと思うけど、アスキーアートのキャラクターの表情には思わずにっこりさせられてしまったりする。ネット上でのコミュニケーションに否定的なイメージを持っている人もいるようだが(とりわけ2ちゃんねるにはそういうイメージがあるかも?)、ネット上でも現実世界でも人間の感じることは変わらない。とにかく、他人のためにこんなに一所懸命になれる人たちがいて、読んだ後、幸せな気持ちになる本だった(^^)。

電車男
中野 独人著

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残り物の持ち帰り

今日、放送大学の試験が終わった後、仕事に行ったら、赤ちゃんクラス担当のMが私を見つけて、「じゃりんこ、ちょっと」と呼ぶ。部屋に行くと、なんと、写真のタッパーウェア をプレゼントしてくれた(^^)。CIMG0179
私は、保育園では子ども達と一緒にお昼をすませてしまうことが多いけど、赤ちゃんクラスの場合は、子ども達と食べるというわけにはいかないので、保母さんはお弁当を持ってきたり、食べに行ったり、またはキッチンで残り物をもらったりしている。火曜だったか、キッチンからボウルいっぱいのツナスパゲッティをもらってきて食べていたMは、「これ、美味しいわ。持って帰ろう。ちょうどボウルを持ってきてるのよ。」と言って、かばんからタッパーウェアをとりだしてきた。ペチャンコ状態のものを見た私は「いったい何を言ってるんだろう」と思っていたが、なんとみるみる大きくなった(950ml)。彼女はそこにツナスパゲッティを入れ、ぴっちりとフタ。省スペースの保存容器なんてなんだか日本的な発想だ。とっても気に入った私は「基地の店で買えるのか」と尋ねると、これは彼女の妹さんが送ってくれたものだという。「タッパーウェア」は、家でパーティを開いたりして商品を売る、という方式をとっているようで、妹さんがそのデモンストレーターをやっているようなのだ。

「タッパーウェア」なら聞いたことがあるから、きっと日本にもあるに違いない、と思ってネットで調べてみると、確かに日本にもあるが、デパートやオンラインでいつでも簡単に買うということはできないようで、値段を確認することもできなかった。放送大学の試験勉強もあったし、いろいろ調べるのは後回しにしていたのだけど、嬉しいびっくり(^^)。

日本語の話せない彼女は、基地の外のレストランで食事をしたときに食べ切れなかったので持ち帰りたいと思ったのだが、うまく意思を伝えられなかったのだそうだ。衛生面にうるさいアメリカ、という印象があるけど、外食の持ち帰りは普通のことらしい。「お金を払ったんだから当然でしょ」と言う。アメリカで、食べ切れなかったものを、「持ち帰りますか」と訊かれたときは、へぇ、と思った。お願いすると、チキンなどをアルミホイルに包んでくれ、これは翌日、ありがたく朝食としていただいた。

彼女は、今度、基地の外で食事をするときはこの容器を持っていこうと考えているようだ。確かにこれを示して身振りをすれば、意思は通じると思う。ただ、残り物の持ち帰りを認めていないレストランのほうが多いんじゃないかなぁ。宅配もしているようなところなら大丈夫かな?残り物を持ち帰る以上、それを食べることについての責任は客のほうにあるということにして、柔軟な対応をしてくれるといいなと思うけど、どうなるだろう。

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放送大学2005年度後期終了

試験終了(^O^)。今回は試験は今日一日だけで、三科目。出来はひどい(-.-;)。なんとか単位がとれているといいんだけど。詳しい内容はまた書きます。

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空弁って


ぱっと見て「からべん」と読んでしまった。からのお弁当なんて貰っても嬉しくないよなあ...(¨;)060122_1400.jpg

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ちょっと元気になる話

今朝の毎日新聞に、60歳から卓球を始め、94歳になる現在、世界ベテラン選手権で世界一を保持しているという方のことが紹介されていた。この間買ったビッグイシュー42号には、「人生は80歳から。60歳なんてまだまだヤングエイジ」というやなせたかしさんの言葉が紹介されている。やなせさんがアンパンマンを世に出したのは50代半ばのころ。当時はまったく売れず、「自分の顔を食べさせるなんて残酷だ、グロテスクだ」というような批判を受けたらしい。ところが5年ほどして58歳のとき、アンパンマンがヒット。69歳でアニメ化。80歳では作曲を始め、84歳では歌手デビュー。86歳の今も元気に活躍中。
若いっていうのはそれだけで素晴らしいことだと思うけど、年を重ねていくのも悪くない。まだまだ、お楽しみはこれからだ(^^)。

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信じる者は

水曜日から京都へ宿泊学習に出かける次女。

次女「予報では雨なんだって。雨のなか、哲学の道を1時間歩くのかー。」
母 「テルテル坊主でも作っとけば?」
次女「そんな気休め...」
母 「信じる者は救われる」
長女「信じる者は藁をもつかむ、でしょ」
次女「信じる者は儲かる」
母 「は???」

私は知らなかったんだけど、信じる者は儲かる、というのは漢字の覚え方として有名らしいですね。うーん、真実はいかに?ちなみに、「溺れる者は藁をもつかむ」だけど、この場合、「信じる者は藁をもつかむ」で全然違和感がなくて、すぐには誰もまちがいに気づきませんでした(^^;)。

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映画「ホテル・ルワンダ」

久々に人に話したくなる映画を見た。「ホテル・ルワンダ」は、1994年、ルワンダで続いていたツチ族とフツ族の紛争が虐殺に発展したとき、あるホテルマンがとった行動に焦点をあてて描いた映画だ。2004年のアカデミー賞にノミネートされていたこの作品の日本での公開が見送られそうだ、と知って、インターネットを通じて「ホテル・ルワンダ日本公開を応援する会」というのができ、署名を集めて公開にこぎつけたのだという。昨日が初日で、今日、朝1番の回に見に行ってきた。上映時間の30分前に着いたのだが、シアターN渋谷の前は既に長い行列。なんとか立ち見の席(18席だけ)にすべりこんで見ることができた。

20分もの予告編が終わって本編が始まると、立ち見であることを忘れてしまうくらい、話にひきこまれいった。主人公ポールは、ある高級ホテルの支配人。彼はフツ族であったが、彼の妻は少数派のツチ族。従業員にもツチ族の者がいた。フツ族が勢力を伸ばしつつある状況のなか、彼は政治にはかかわらないよう注意して、誰ともビジネスライクなつきあいを心がけていた。しかし、フツ族によるツチ族への攻撃が激化して、自分の家族が危険にさらされる-

ハリウッドのメジャーな映画会社は、主演をデンゼル・ワシントンとかウィル・スミスにしたがったそうだが、 テリー・ジョージ監督はこれまで主演映画が一本もないドン・チードルでなければだめだ、と主張したのだと言う。それは正しい選択だったと思う。デンゼル・ワシントンやウィル・スミスがポールを演じていたら、この作品は「映画」のなかの世界のこと、と感じられて、現実感の乏しいものになっていただろう。実話に基づいてはいるが、ドキュメンタリーとして撮らなかった、というのもよかったと思う。こういう状況で、ひとりの人間としてどう感じ、どう行動するのか、ということがずっとリアルに伝わってきた。

虐殺の模様が世界に報道され、「これで世界の人が助けに来てくれるだろう」と期待するポール。それに答えるジャーナリストの言葉は耳に痛い。「人はあの映像を見て、「まあ、ひどい」と言ったあと、普通にごはんを食べ続けますよ。」... そのとおり、援軍が到着したかと思うと、白人を国外退去させただけで、虐殺を止めようとはしなかった...

それでも、現実を「知る」ことは何かを変えるための一歩にはなるだろう。虐殺の模様がニュースとして報道されても遠い世界のこととしか感じられない人が、たとえばこの映画を見ることで、実際に虐殺を見聞きした人の恐怖や混乱や悲しみを感じることはできるだろう。たくさんの人に見てほしい。

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ネツ造問題 - 我が家の場合

耐震強度データとかES論文とか、最近、捏造が流行っている(^^;)?が、ついに我が家でもデータ捏造問題が発覚。来週から宿泊学習に行く中2の次女は、今週から寝る前の体温を測って記録しなければならないのだが、昨日は夕食後しばらくしてコタツで寝てしまった(よくあることだけど(^^;))。当然、熱は測っていない。というわけで、データネツ造を... (^^;)。

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保温調理の威力

魚柄さんの影響 で、保温調理というものに興味を持った。この間おでんを作ったときに、一度やってみようと思い、大根など、長い時間煮込むものを鍋に入れてしばらく加熱した後、フリースの毛布で鍋をくるみ、さらにその上から、小さくなった子どものダウンジャケットをかけて置いておいた。いつもは牛スジ肉を最初に一緒に入れて煮込むのだが、その日の朝、冷蔵庫にはなかったので、加えるのが夕方になってしまい、肉のうまみが大根によくしみて、というようなことはなかったのだが、いつもより加熱時間が短いにもかかわらず、大根が柔らかく、煮汁の味もよくしみていたのでちょっとびっくり。

今日はシチュー。朝、出かける前に、野菜と鶏肉を切って15分~20分火にかけ、この間と同じように毛布とダウンジャケットでくるんで、8時過ぎに家を出た。6時過ぎに帰宅して鍋をさわるとまだ温かい(^^)。で、もう一度火にかけて、シチューの素を入れ、少し煮込んで完成。

食べてみて肉が本当に柔らかいのにびっくり。いつもより加熱時間が短いのに、だ。毛布とダウンジャケットでくるむだけで、実際に火力を使うわけじゃないのに、「調理」なんだなぁと実感。じゃがいもは、にんじんとたまねぎよりは後から入れたしそれほど煮込んでいないのだから当然かもしれないが、煮くずれていない。「味は冷めるときによくしみこむ」んだそうで、弱火で長時間加熱するよりも味がしみこむ、というのも本当だなぁと思う。ただ、いつもよりシチューが水っぽいのは、加熱時間が短いため水分があまり蒸発しないのだ、と学んだ。シチューの袋に書かれているより少ない水で調理しなければいけないようだ。最初の加熱時間ももっと短くてもいいのかもしれない。あんなに肉が柔らかくなるなら、ビーフシチューなどもぜひやってみたい。

保温調理鍋もいろいろあるようだ(魚柄さんのおすすめは「はかせ鍋」)が、とりあえずは、魚柄さんも言っておられるように、毛布など、手近にあるもので十分やってみることができるので、興味のある方はお試しください(^^)。

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「いつものパターン」がくずれると

自宅で仕事をしているある友人は、毎日、近所のプールで一泳ぎすることを日課としている。だいたいいつも11時頃にいったん仕事を切り上げて自転車でスポーツセンターに向かい、いつもの場所に自転車を停め、いつものロッカーに荷物を置いて一泳ぎ、そしておいしいお昼ご飯、ということになるのだそうだ。

ところが、ある日、いつものロッカーに荷物を置こうとすると、そのロッカーがふさがっていた。そこで他のロッカーに荷物を置いて一泳ぎしたものの、どうも落ち着かない。そのロッカーが自分専用のものでないことはわかっているし、他のロッカーだって何の違いもないのに、こんなふうに感じるのは、いつものスムーズな流れが妨げられたせいなのだろう、人はみんなこんなものなのだろうか、と書いていた。

似たようなことは大なり小なり多くの人が経験しているのではないだろうか。いつもほぼ無意識にやっていることが、何かちょっとした理由で妨げられてしまうと、違和感を覚えるのは当然だろう。ただ、それにこだわる人とそれほどこだわらない人というのはいると思う。

保育園のうちのクラスにはテーブルがふたつあり、それぞれ大きな椅子がひとつと子供用の椅子が5つ置いてある。Sにはお気に入りの席があり、食事時以外でも、誰かがその席に座っているのを見つけると、「私の席よ!」(My seat!) と言って他の子には座らせない。「お話の時間」は、みんな床に座って保育者の話を聞くのだが、そのときも彼女にはお気に入りの場所があり、誰かが先にそこに座っていると、同じく「私の席」と言って押しのけたりする。他の子はそんなにこだわることはない。

私も通勤の車はだいたいいつも同じ場所に停める。ただ、仕事上、早番になったり遅番になったりするので、「決まりきったやり方」というのがそれほど強くならないせいもあるのか、いつもの場所に停められなくても、それが気になってしまう、というようなことはない。通勤経路をちょろっと変えることにも抵抗はない。先の信号が変わりそうなら、今日はここで曲がってしまおうか、という具合だ。

いつだったか、基地の全従業員向け(多分)に「危機管理意識を持つように」というような文書が回覧されたことがある。そのうちのひとつに、「毎日決まったやり方というのをしないように」というのがあった。いつも決まった時刻に家を出て、決まったルートで職場に来る、そういうことを続けていると、敵に狙われやすい。だから、ちょっとした変化をつけることを心がけなさい、というのだ。それを読んで、つくづくここは米軍なんだなぁと思った。攻撃を受けることを本気で心配しなければいけないのだ...

さっきも書いたように、私自身は「いつものパターン」というのにたいしてこだわりのあるほうじゃない。それでも、今日、朝5時に同僚からの電話で起こされたのはさすがにあまり嬉しくなかったな(^^;)。

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本「うおつか流清貧の食卓」by 魚柄仁之助

魚柄さんの食生活についての主張をやや乱暴に要約すると、
1:多種類の食品を食べよう。○○が健康にいいから、とそればかり食べていたのでは、かえって害になる可能性がある。何がいいのかなんてはっきりわからないのだから、たくさんのものを少しずつ食べておけば失敗がない。
2:そのためにも乾物を活用しよう。雑穀を食べよう。ミネラルや繊維が豊富に含まれているし、保存性もよい。
3:肉はおいしいけど、しょっちゅう食べないほうがよい。現代人の生活はたんぱく質が過剰になりがちなので、心して減らしたほうがよい。油についても減らすことを考えるとよい。食品に含まれている油で十分な量をとることができるので、わざわざ揚げ物などをして油を摂る必要はない。
4:化学調味料を多用していると、味がどんどん濃くなっていく。保温調理を活用して、簡単な方法で素材の味を生かした料理をしよう。

ということになるかな。基本的に賛成。現実には、私は魚柄さんに比べるとずいぶんいい加減な食事をしていると思うけど。魚柄さんの文はユーモアがあって読みやすい。健康オタクという感じでもなく、「これを食べるとこんなことになって」と脅すような書き方でもなく、それでいて主張には説得力があってうなずかされる。

肉を食べることなどについては、またそのうち書こうかな、と思う。

うおつか流清貧の食卓

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新年の決意

あけましておめでとうございます。
昨夜、自宅の大掃除もいい加減なまま、実家の京都に帰ってきました。にしんそばがおいしかった(^_^)。
今年の新年の決意は「家のなかをきれいにする」です。年末の掃除をしながら、つくづく思いました(^^;)。昨年の新年の決意は全然達成できなかったけれどf^_^;、今年はこまめに心がけようと思います。
よい年になりますように。

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