« 本「うおつか流清貧の食卓」by 魚柄仁之助 | トップページ | 保温調理の威力 »

「いつものパターン」がくずれると

自宅で仕事をしているある友人は、毎日、近所のプールで一泳ぎすることを日課としている。だいたいいつも11時頃にいったん仕事を切り上げて自転車でスポーツセンターに向かい、いつもの場所に自転車を停め、いつものロッカーに荷物を置いて一泳ぎ、そしておいしいお昼ご飯、ということになるのだそうだ。

ところが、ある日、いつものロッカーに荷物を置こうとすると、そのロッカーがふさがっていた。そこで他のロッカーに荷物を置いて一泳ぎしたものの、どうも落ち着かない。そのロッカーが自分専用のものでないことはわかっているし、他のロッカーだって何の違いもないのに、こんなふうに感じるのは、いつものスムーズな流れが妨げられたせいなのだろう、人はみんなこんなものなのだろうか、と書いていた。

似たようなことは大なり小なり多くの人が経験しているのではないだろうか。いつもほぼ無意識にやっていることが、何かちょっとした理由で妨げられてしまうと、違和感を覚えるのは当然だろう。ただ、それにこだわる人とそれほどこだわらない人というのはいると思う。

保育園のうちのクラスにはテーブルがふたつあり、それぞれ大きな椅子がひとつと子供用の椅子が5つ置いてある。Sにはお気に入りの席があり、食事時以外でも、誰かがその席に座っているのを見つけると、「私の席よ!」(My seat!) と言って他の子には座らせない。「お話の時間」は、みんな床に座って保育者の話を聞くのだが、そのときも彼女にはお気に入りの場所があり、誰かが先にそこに座っていると、同じく「私の席」と言って押しのけたりする。他の子はそんなにこだわることはない。

私も通勤の車はだいたいいつも同じ場所に停める。ただ、仕事上、早番になったり遅番になったりするので、「決まりきったやり方」というのがそれほど強くならないせいもあるのか、いつもの場所に停められなくても、それが気になってしまう、というようなことはない。通勤経路をちょろっと変えることにも抵抗はない。先の信号が変わりそうなら、今日はここで曲がってしまおうか、という具合だ。

いつだったか、基地の全従業員向け(多分)に「危機管理意識を持つように」というような文書が回覧されたことがある。そのうちのひとつに、「毎日決まったやり方というのをしないように」というのがあった。いつも決まった時刻に家を出て、決まったルートで職場に来る、そういうことを続けていると、敵に狙われやすい。だから、ちょっとした変化をつけることを心がけなさい、というのだ。それを読んで、つくづくここは米軍なんだなぁと思った。攻撃を受けることを本気で心配しなければいけないのだ...

さっきも書いたように、私自身は「いつものパターン」というのにたいしてこだわりのあるほうじゃない。それでも、今日、朝5時に同僚からの電話で起こされたのはさすがにあまり嬉しくなかったな(^^;)。

|

« 本「うおつか流清貧の食卓」by 魚柄仁之助 | トップページ | 保温調理の威力 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/17663/8081838

この記事へのトラックバック一覧です: 「いつものパターン」がくずれると:

« 本「うおつか流清貧の食卓」by 魚柄仁之助 | トップページ | 保温調理の威力 »