« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »

ハマスの圧勝とムハンマドの風刺画の関係

「パレスチナ子どものキャンペーン」が主催する講演会「パレスチナ選挙を読み解く」に行ってきた。講師は板垣雄三氏。ゲストスピーカーがイスラム政治思想研究所所長のアッザーム・タミーミさん。タミーミさんはイギリス在住のパレスチナ人で現在ハマスについての本を執筆中とのこと。

1月末に行われたパレスチナ評議会選挙でハマスが圧勝したことについて、アメリカなどは「中東和平の弊害になる」と言っているし、イスラエルは「交渉の相手とは考えない」と言っている。しかし、ハマスが勝利することは十分予想されたことだった。パレスチナ自治政府を担ってきたファタハの腐敗、イスラエルとの関係改善がすすまない現実、そんななか、教育や福祉事業を積極的に行ってきたのがハマスだった。日本にいると、ハマスはイスラム過激派、とのイメージが強調されているが、大変民主的に行われたこの間の選挙で、パレスチナの人たちの支持を集めたのはハマスなのだ。

一つ興味深かったことは、何故ムハンマドの風刺画問題が今頃になって持ち出されてきたのか、ということ。デンマークの新聞が風刺画を掲載したのは去年の夏のことだ。それをこの時期にわざわざ持ってきたのは、イスラムはこわいもの、わけのわからないもの、というようなイメージを与えることで、ハマス勝利の意味を薄めようという意図がある。また、最近になってイラクのシーア派とスンニー派の衝突が伝えられているが、このようにイスラム内部の宗派抗争を強調することで、イスラム過激派のイメージをダウンさせ、ハマスは中東和平の担い手にはなりえない、という印象を与えようとしている。ハマスの躍進はイスラエルとの関係を重視するアメリカにとっては都合の悪いこと。「穏健なイスラムはよいが、過激なイスラムは問題」というイメージを作り、自分達、つまりイスラエルに都合のよいような和平案をまとめようとしている...

板垣氏の話し方は私にはちょっと要領を得ない感じだったけど、タミーミさんの話は簡潔でわかりやすかった。とりわけ、「パレスチナ問題というのは、ユダヤ教対イスラム教というような宗教問題では決してない」ということ。領土の問題、政治的な問題なのだ。誰が領土を奪ったのかは明らかだ。ハマスがイスラエル国家の正当性を認めることはありえない。しかしイスラエルが現実に存在することは認めており、停戦交渉に入る用意はある...

今日の記事を読んで、あまりにもパレスチナ寄りの一面的な見方だ、と感じる人がおられるかもしれないけど、私たちがふだんマスコミによって得る情報がアメリカ、イスラエル寄りのものである、というのも事実なのだと思う。そういう意味では、パレスチナ側からの見方を知ることも大切だと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

アメリカ人の視点で女子フィギュアを見ると

昼休みに休憩室に入ると、テレビではちょうど安藤美姫がフィギュアフリーの演技を始めるところだった。今朝、私は荒川静香以降の演技は見たけれど、安藤美姫は見ていなかった。アメリカ人のアナウンサーと解説者の話を聞いていると、4回転ジャンプへの期待はアメリカでも大きかったようだ。1回、2回、3回、と数えて、4回目で転倒したときには残念そうな声がもれた。しかしその後の演技を見ながら、「実に才能のあるジャンパーです」「まだ18歳ですからね。時間はあります。」と将来に期待する温かいコメント。演技が終わったあとでもまた4回転ジャンプのときの映像が流されて、本当に残念そう。安藤本人が言っているように、挑戦したっていうことがすごいと思う。

安藤美姫の演技の途中で、フィリピン人の女性が入ってきて一緒に見ていた。マニラにはひとつスケートリンクがあるらしいが、彼女自身はスケートの経験はないそう。「こんなの見てると、こっちが緊張しちゃうわ」...安藤美姫のあとはかわいらしい女性がすべっていて、「スケートの選手ってかわいい人が多いよね」なんて話しながら見ていると、アメリカ人の男性が入ってきた。「(テレビに映っているのは)誰?」と聞かれたが、日本人以外は、ショートプログラムで上位につけているサーシャ・コーエンと、イリーナ・スルツカヤくらいしかわからない私には答えられない。しばらく見ていた彼は、「ああ、エミリー・ヒューズだね。ソルトレークで優勝したサラの妹だよ。」「ミシェル・クワンが出場予定だったんだけど、故障で出られなくなって、彼女のかわりに急遽出場することになったんだ。」

そうか、国が違えば、期待する選手は当然違うし、アメリカにはアメリカで、出場予定だったのに出られなかった人がいたんだなぁ、と思って話を聞いていた。彼は、現在、コーエン、スルツカヤ、荒川が僅差でメダルを争っていることを知っていて、昨日、ウエブサイトでそれぞれの選手の長所、短所をチェックしたそうだ。「それにしても、ミシェル・クワンが出られないのは残念だよ。彼女がベストスケーターなのに。」

ベストスケーターという言葉を聞いて、つい、「日本でも、実力があるのに出られなかった人がいるのよ。」と言ってしまった。「誰?」と聞かれて、「えーっと確か浅田...」と言いかけると、「ああ、浅田真央ね。彼女はすごい。すごく楽しそうに軽やかにすべるんだ。純真無垢な感じで、まるで天使だよ。こんなに小さいのにこんなすべりをして、見ていると涙が出てくる。」彼は、彼女が年齢制限で出られなかったことを残念がって、「日本はもっと抗議すべきだった。」と言い、彼女の素晴らしさをフィリピン人の同僚に滔々と語っていた。でも、「彼女は将来、ミシェル・クワンに匹敵する人物になるね」ということだから、やっぱり彼にとってはミシェル・クワンがベストスケーターらしい。

「ずいぶん詳しいのね」と言うと、「伊藤みどり」という名前が彼の口から出た。彼女のジャンプを見てから女子フィギュアのファンになったそうだ。アルベールビルでは銀メダルだったけど、1位になった選手(クリスティ・ヤマグチ)よりも彼女の方がすごかった、と彼は言う。「むずかしい技に挑戦したんだもの。それで失敗したんだけど、むずかしい技に挑戦したっていうことは考慮されるべきだよ。」

そんなに詳しいのに、今朝のテレビは見ていなかったようで、基地のケーブルテレビでは生中継をしていなかったのかなぁ...と思ったが、考えてみれば、彼は早番で6時出勤だから、やっていたとしても見られなかったのだろう。「結果を知ってるよ」と言うと「言わないで」と言っていたから、録画でもしていたのかもしれない。

国が違えば応援する選手は違うけど、でも、いい演技には、どの国の選手にも拍手を送りたくなる。朝、テレビを見ていて、荒川選手のイナ・バウアーの演技に会場が沸き、いい雰囲気だなぁと思った。オリンピックが、自国の勝ち負けにこだわるよりも、おたがいの素晴らしい力を認め合えるような場になればいいな、と思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

1歳児と楽しむクッキング「バナナシェィク」

バナナシェイクは今日初めて作ったわけではなく、うちのクラスでは定番中の定番。1歳児でも楽しめて、材料も季節を問わず手に入れやすく、おすすめのクッキング。

バナナをひとりあたり 1/2本。うちのクラスの場合、ひとつのグループに子どもが5人だから、ひとグループあたり3本のバナナと牛乳を適量、このほかにミキサーとまな板、食事の時に使うナイフを用意。可能なら子ども達にバナナの皮をむかせてあげて(これが実はなかなかむずかしい。自分で手にするとすぐ食べてしまったりするので(^^;))、その後、ひとりずつナイフでバナナを切る。切ったものはミキサーの中へ入れさせる。全員やり終わったら、できる子に牛乳をミキサーの中へ注がせる。ミキサーをセットして、やりたい子にスイッチを押させる。これでできあがり。砂糖などを入れなくても十分甘いけど、好みでハチミツなどを加えてもいいかも。夏は氷を一緒に入れてスイッチオン。

ナイフで切るっていうのがいかにも料理をしている気分になれるし、バナナは柔らかくて切りやすく、安全。バナナが飲み物に変身してしまうのもおもしろいし、味もたいていの子ども達は好きだ。手軽なのでいつもバナナを使ってしまうのだけど、そのうちイチゴシェィクをやってみたいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ビデオ「リチャード・ニクソン暗殺を企てた男」

ちょっと前にDVDで「ザ・インタープリター」を見て、ショーン・ペンがかっこいい役をやるのは似合わないなぁと思ってしまった(単に私が二枚目的な人を好きじゃないのかも)。ビデオ屋さんでこれを見て、また深刻な顔をしたショーン・ペンなのでどうしようかなぁと思ったのだけど、見たかったやつだしな、と思って借りてきた。

で、これは、暗殺を理知的に企てる、頭のきれる敏捷な男の話ではなく、私生活でどうしようもなくなって、「こんなことになったのも政治が悪いんだ。オレが何かを変えてやる」とニクソン暗殺を企てる、とってもかっこ悪い男の話だった。そういう役をやるとショーン・ペンはハマる。別居中の奥さんに気をつかったり愛想笑いをしたり。新しい仕事は家具店の営業マン。ところがこの営業というのが彼の性にあわないのだ。儲けすぎることは正しくない、と感じている。ヘンな正義感があって、突如ブラックパンサー党を支援することに決めたり、人として礼を失した行いをする人がいると腹をたてたり。でも、奥さんともうまくいかず、仕事もうまくいかず、こんなはずじゃない、という思いがこみあげて...

主人公がヘンな正義感をもっているところが、なんだか自分のことを言われているようで、見ていてつらくなるような映画なんだけど、それも映画としてはよくできているからなのかもしれない。「ホテル・ルワンダ」で主演していたドン・チードルがショーン・ペンの親友の役で出ていて、彼もよかった。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

ベビーシャワー

同僚のベビーシャワーに行ってきた。日本だと「赤ちゃんが生まれた」というのを聞いてからお祝いを贈るのが普通だけど、こちらでは生まれる前にパーティを開いて赤ちゃんに必要なものをみんなで分担して贈る、というのが一般的だ。ベビーシャワーを開いてもらう当人から「ウィッシュリスト」(ほしいものリスト)が出されて、じゃあ私はこれ、じゃあ私はこれ、という感じでそれに名前を書き込むこともあるし、ウィッシュリストのない場合もある。

ベビーシャワーではゲームをやることが多い。ベビーシャワーに特有のゲームとしては、妊婦さんのおなかまわりの大きさはこれくらい、というのを予想してトイレットペーパーを切り、一番近かった人が勝ち、なんていうのがある。

他によくやるのは、来た人に洗濯バサミなどを渡して服につけておいてもらい、禁句や禁止事項を決めておき、違反したらそれを指摘した人が違反した人の洗濯バサミをもらえる、というもの。パーティの最後に一番たくさん洗濯バサミをつけていた人が勝ち。禁止事項には、足を組む、とか、ひじをつく、とか。今日は "baby" が禁句だった。

私はこれが苦手で、勝ったためしがない。足はついつい組んでしまうし、今日も、話していてすぐに baby という言葉が出てしまった。ところが今日は敗者復活ありだったので、他の人が baby と言ったのを指摘してとりかえすことができた。ベビーシャワーで「ベビー」が禁句というのはなかなかむずかしい。でも、いったん口にしてしまうと、それを意識するようになるので、infant (乳児)とか very young child とか、みんなが言い換えをさがすようになるのもおもしろい。

写真はベビーシャワーの招待状。中の詩も素敵だったので紹介。

CIMG0208A size
so small,
a love so big,
a baby
so special.

大きさは 超ちっちゃい、
愛情は 超でっかい、
赤ちゃんは 超特別。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

我が家の重役

中2の次女は音楽部の部長をしている。土曜はたいてい朝9時から部活がある。テレビを見ながら制服に着替えていた彼女、テレビが結構おもしろく、佳境に入ったところで「続きはCMのあとで」。時計は8時50分くらい。

次女:うーん、見たい。
母 : 録画していけば?
次女: あと10分くらいで終わるよね。
母: それじゃ遅刻するじゃん。部長が遅刻していいのか?
次女:部長出勤。

...出勤かよ!?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

1歳児の友達

以前にも書いたことがあるが、1歳の子どもにとっても友達は大切な存在なんだなぁと感じることがある。

今日、基地はファミリーデー。来週の月曜が祝日でお休みなのだが、そういう場合、その前の金曜日は「ファミリーデー」といって、軍がお休みになることがよくある。そういう場合でも、休みにならない人もいるので、保育園は開けることが多い。ただ、全員来るわけではないので、基地にあるふたつの保育園のうちひとつだけを開けて、保母さんも休みをとりたい人はとれるようにしたりしている。

そんなわけで、今日は別の保育園へ。私の担当した1歳児クラスには10人の子どもが来たが、そのうちうちのクラスの子が3人。4人くらい別の保育園の子どもばかり来たところ、5人目に登園してきたのがうちのクラスのN(男の子)だった。いつも元気いっぱいで笑顔のステキなN だが、いつもとは様子が違うせいか、母親が去ろうとするとき、ちょっと泣き顔になった。それでも私がいるので、大泣きすることはなく、私にくっつくようにして遊んでいた。しかし、朝食はまったく食べようとしなかった。朝食のあと、しばらくして、うちのクラスのI(女の子)が登園。Nの嬉しそうなこと!NとIは特別仲がいいというわけではないし、Nはまだあまり言葉が話せないのだが、NにとってIは仲間なんだなぁ。さらにしばらくして、Kが登園し、Nもずいぶんリラックスした様子。子どもにとって、信頼できる大人がそばにいることはもちろん必要だけど、同じ年齢の友達がいることがこんなにも支えになるものなんだなぁと思う。

お昼寝のあとは、他の子どもとも遊び始めたN。ふだんとは違った環境への適応性は子どもによってもちろん違うけど、信頼できる大人がいて、いつも一緒にいる友達がいて、心が安定していると、新しいことにもチャレンジしていける、という場合が多いように思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本「うおつか流台所リストラ術」by 魚柄仁之助

副題が「ひとりひとつき9000円」。食費をひとり一月9000円以下におさえる暮らしはどんなふうに工夫すればできるのか、と、いろいろ料理のヒントなどを書いた本。しみったれたところに妙に共感してしまう魚柄さん。スピード料理の本をたくさん書かれている奥薗寿子さんも「乾物」の活用をすすめておられるが、魚柄さんのおすすめもやはり乾物。そうは言ってもなかなか使いこなせないんだけど、最近は干し椎茸をよく使うようになった。朝、味噌汁用にキッチンバサミで切って鍋に放り込んでおくと、干し椎茸からもいいダシが出て私は好き。ただ、なぜか子ども達はあまり椎茸が好きじゃないらしい。

奥薗さんや魚柄さんの本を読んでいると、料理って好きにやってみればいいんだ、っていう気になる。やってみてうまくいかなければまた違う方法を試せばいいだけのこと。どちらも砂糖をあまり使わないし、保温調理を使ったり、結構似ているところがある。ただ、奥薗さんがスピードを第一にしているのに比べて、魚柄さんは節約第一、という感じ。多少手間がかかっても無駄なお金を使いたくない。ゆで麺より乾麺が安いけど、もっと安いのは小麦粉から自分で作ることーと言って作ってしまう。もちろん、節約のためだけじゃなく、やはりそうすると美味しいから、というのも理由。フルタイム労働者の私としては、どうしても手間を節約するほうに流れてしまうし、この本に書かれているすべてのことを実践しようとは思わないが、参考にしたいことはいくつかあった。本はたいてい図書館で借りてすます私だけど、この本は何かのついでのときに買っておこうかな、と思っている。

うおつか流台所リストラ術

| | コメント (0) | トラックバック (0)

青春の味

基地では "Happy Valentine's Day!" というような挨拶が交わされたりして、なんとなく楽しい日。休憩室には、園長先生からの差し入れのケーキ。ご主人が中東地域に赴任中の同僚のKには、ご主人から大きな花束が届いて、彼女もウキウキ。他にもいくつかの花束が保育園の玄関に届けられていたり、今夜のデートの予定を話す同僚がいたり(子連れだけどね!と言っていた)、関係のないこちらの気持ちも華やぐ(^^)。

CIMG0198中2の次女は、今日のためにブラウニーを焼いてハート型にくり抜いていた。今やバレンタインデーは女の子から女の子にチョコをあげる日になっているようで、彼女もたくさんの友達にあげていたけど、またたくさんの友達からもらってもいた。そんなにたくさんだと、誰からどれをもらったかわからなくなるんじゃないの、と思うのだけど、味の感想とか聞かれたらどうするの?と訊くと、「まあ聞かれないと思うけど、すごく美味しかったらそう言う」。なかには甘ったるくて彼女好みではないものもあったらしいが、そういうのはどう答えるの?と訊くと、「うーん、青春の味がした、とか言っとく」んだそうで...(^^;) そういえば、青春って甘ったるくて美味しくないものか??

ここに来てくださった方に彼女の作ったブラウニー(自作でなくてすみません(^^;))を画像にておすそ分け。写真ではあんまり美味しそうに見えませんが、クルミとチョコチップ入りで味はなかなかでした(^^)。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

ビデオ「みんなのいえ」

おもしろかった。「笑の大学」で三谷幸喜監督というのはおもしろい人だなぁと思ったのだけど、この作品も私好みだった。

大工の娘とその夫(ココリコ田中)が家を建てることにする。妻の知人のインテリアデザイナー柳沢(唐沢寿明)に家の設計を頼むが、施工は父親の長一郎(田中邦衛)が担当。西洋の建築を学んだ建築士と、日本の大工職人であることに誇りを持っている父親はことごとく対立。さらに風水に凝っている依頼主の母親など、それぞれ「家はこうあってほしい」という思いが違い、当事者である夫婦の思いをよそに、家はどんどん形になっていくのだが...

最初、唐沢寿明の演じているデザイナー柳沢は、やたら横文字を使う嫌味なヤツに思えたのだけど、ココリコ田中が柳沢と長一郎は、それぞれこだわりがあって似ているタイプなんだ、と気づき、それぞれがおたがいの良さに気づくようになって打ち解けていく過程が楽しい。

なんだか芝居がかったところがあるのは三谷監督の味。ペンキのエピソードとか、??と思うところもあるし、そもそもこんなに若い夫婦がこんなに大きな家を建てるっていうのはちょっと現実にはなかなかないだろう、とか、この夫婦が家の設計をほとんど人任せにしてしまってるっていうのが信じられないなぁとか、いろいろ思うことはあるけど、役者さんたちのテンポのよいやりとりと脚本の流れにすっかりのせられてしまった。「ザ・有頂天ホテル」も見たいけど...DVD待ちかな。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

個人情報保護と連絡網

今朝、テーブルの上に紙袋が置いてあり、何なのかを長女に訊くと、昨夜、友人のCちゃんが持ってきてくれたそうだ。中にはマフィンがふたつ。昨夜、私はPTAの地域委員会に出かけていたのだが、その間のことだったらしい。

一昨日、夜9時前に、Cちゃんのおかあさんから電話がかかってきた。「Dちゃんの電話番号がわかったら教えてほしい」と。うちの高1の長女とDちゃんは中学の時からの仲良しで、高校が違ってしまった今も時々会ったりしている。CちゃんはDちゃんと同じ高校だ。何の連絡もなく、まだ帰らないのだと言う。それは心配だなぁと思って、長女にDちゃんの家の電話番号を聞いてお知らせした。ほどなくまた電話があり、「Dちゃんのおかあさんに聞いたら、駅で中学時代の友達と会って話し込んでしまった、ということだそうです」とのことだった。おかあさんは本当にほっとした様子だった。Cちゃんの携帯に電話したりメールを入れても、怒られると思っているのか返事がなくて、本当に心配したそうだ。連絡がつかなかったら、いつ警察に連絡しようかと思っていたと言う。

子どもが帰るはずの時刻に帰っていないと本当に心配だ。映画「イノセント・ボイス」で帰りの遅い子どもをおかあさんが叱責する場面があったけど、あの気持ちは親ならみんなよくわかるだろう。私も、子どもの帰りが遅くて、子どもの友人の家に電話をしたりしたことがある。夜9時前で子どもの所在がわからなかったら、もう他に何も手につかないと思う。今回はDちゃんはちゃんと家に連絡していたからよかったものの、Cちゃんの行動はかなり罪だ。

で、ふと、「Cちゃんのおかあさん、うちの電話番号はわかったのに、Dちゃんの電話は知らなかったんだね」と長女に言うと、「だってCちゃんとDちゃんは同じクラスになったことないもん」との返事。そうか...学級連絡網ってそういうふうに役にたつこともあるんだよなぁ、と改めて思った。子どもがもっと小さい時には、遊びに行った家に電話を入れたりするのにも使った。

次女の中学では今のところ学級連絡網は作成されているが、長女の高校では、自分の連絡する次の人とその次の人の電話を手書きで入れる、という形だ。情報の扱いを安易に考えてはいけないのかもしれないけど、同じクラスになったのも何かの縁、同じ地域に住んでいるのも縁、個人情報をガチガチに固めてしまっていては交流するのはむずかしい。電話なりメールなり、なんらかの形でおたがいに連絡がとれるようにしておいたほうがいいんじゃないかなぁと思う。フリーのメアドとかをもっと活用するといいのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ムハンマドの風刺画ーそもそもの発端は

ムハンマドの風刺漫画について書いたことでのカルロスさんとのやりとりのなかで、そもそもどうしてムハンマドの漫画を書くことになったのか、その事情が知りたい、と書いたのだが、今朝、新聞をかたづけていて見つけた。昨日の毎日新聞に「欧州とイスラム 文明の溝」 という特集が掲載されている。

発端はイスラムと欧州の「統合」を目指す児童書の出版だった。デンマーク人作家が昨夏、ムハンマドの生涯を子供に教える本の挿絵画家を探したが、イスラム教が偶像崇拝を禁じていることから、候補にのぼった複数の画家は過激派の襲撃を恐れて仕事を断ったり、匿名を条件にした。

 いきさつを地元通信社が報じ、保守系紙ユランズ・ポステン(約14万部)の芸術部門のフレミング・ローズ編集長が風刺画掲載を思いついた。「イスラム報道での自発的な『検閲』の存在を示したかった」。編集長はそう動機を語る。40人に声をかけ12人の漫画家が応じ、爆弾型ターバンを巻いたムハンマドの絵などが昨年9月30日付の週末特集面に掲載された。

これを読むと、イスラム社会を挑発する意図で掲載されたのだとわかる。おそらくそれを転載した欧州各紙も、そうすることがイスラム社会を怒らすことになるだろうとはわかっていたのだろう。ムハンマドの顔をイスラム教で不浄とされる豚の形に描いた未掲載作品もあるそうで、イスラム教徒の人たちが怒るのは当然だ。(でも、さすがにそれは未掲載にしたんだな、とは思うけど。)

デンマークのラムスセン政権は極右政党の協力を得て移民規制を実施しているそうで、ユランズ・ポステン紙はその政府の移民規制に同調してきたのだそうだ。昨年とった放送大学の「国際政治」でも、アメリカでイスラム教徒が増えつつあることに触れられていたが、ヨーロッパでもイスラム教徒の割合は増えているようだ。EUがトルコの加盟に慎重なのも、イスラムの影響力の増大を懸念しているのだろう。ヨーロッパのイスラム人口について参考になる記事はこちら

もともとはイスラムと欧州の統合をめざす児童書の出版が目的だったのに、事態は逆の方へ動いてしまった。雨降って地固まる、で、これをきっかけにおたがいの話し合いがすすんで理解が深まればいいのだけど...

| | コメント (0) | トラックバック (1)

ピアノと性格

中2の次女と高1の長女との会話。

次女:ピアノってその人の性格が出るねー
今日、Aちゃんがピアノ弾いてるの聞いてそう思った。
母: Aちゃんってどんな子なの?
次女:おっとーりのんびーりした感じ。
母: で、ピアノもそんな感じなわけね。
次女: うん。でも、Bの弾くピアノとBとは全然違うんだけど。
母:それって実は内面がピアノに表れてるとか?
次女:ぷっ(吹出す)
母: Bさんはどんな感じなの?
次女:裏表のない両面テープみたいな子。
母: で、ピアノは?
次女: なんかオドオドした感じ。
長女: それって単に練習不足なんじゃないの?

ピアノって管楽器や弦楽器に比べると自由度の少ない楽器に思えるけど、確かに弾く人によって同じ曲でもずいぶん感じが変わる。ちなみに次女のピアノは「おっとーりのんびーり」の対極にある感じかな?でも、以前は、弾いているうちにどんどん速くなっていたのが、今ではそんなこともあまりなくてずいぶん表現が豊かになったなぁと思う(^^)...のは親の欲耳?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

放送大学「比較教育制度論」

覚えているうちに、放送大学でとった科目紹介のようなことをまとめておこう、と思いつつ、ついつい時間が過ぎて、もう大部分忘れている(^^;)。

「比較教育制度論」では、まず、日本がどのように各国の制度をとりいれながら自国の教育制度を整備してきたか、ということと、比較教育というのはどういう学問であるか、ということについての総論が述べられ、その後、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、韓国の教育制度が紹介され、最後に脱学校制度論についての紹介があった。

各国の教育制度の紹介は、初等教育、高等教育の状況と教員養成制度についてに焦点があてられていたが、国によって違う講師の人が担当するので、人によっては、なんとなく単調な感じだったりすることがあり、ついついラジオ教材を聞くのを後回しにしたりしていて、試験前にあわててテキストを読むことになった。

自由主義を重んじるイギリスでは、公権力による学校制度の整備に強い抵抗があったこと、「国家が教育を通じてあるべき社会秩序と市民を育成する」という共和主義理念が革命期以来の伝統であるフランスでは教育に関して国家が持つ権限が大きいこと、ドイツでは各州に文部省があって教育についての権限を有しているが、中等教育段階での職業教育に特徴があることなど、各国の制度を知るのはおもしろかった。

通信指導問題は記述式だったが、試験は選択式。問題数は15問。それぞれ5つくらいの文章が並んでいて、そのなかから正しいものを選べ、とか正しくないものを選べ、というような問題だった。いろいろなところから満遍なく出題されていたが、アメリカについてはなかったような気がする...けど忘れてるだけかな?フランスの教育制度については似たような問題があり、ひっかけなのかなぁ?なんとか合格点はとれていると思うのだけど...

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ムハンマドの風刺漫画

イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画がヨーロッパの新聞に掲載された問題で、イスラム社会の反発が強まっている。

もともと昨年の9月にデンマークの新聞で掲載されたのが発端らしいが、今年になって「表現の自由」の名のもとに、ヨーロッパ各国の新聞がそれを転載したことで騒ぎが大きくなったらしい。いったいどんな漫画だったのか見てみたい気がするが、それを転載するとまた騒ぎになるだろうということで良識ある報道機関は載せていないようだ。たとえばCNNでは、"CNN has chosen to not show the cartoons out of respect for Islam" (イスラム教を尊重する立場から漫画を載せることは差し控えました)と書かれている。ともかく、先ほどの毎日新聞の記事によれば、「導火線の付いた爆弾型ターバンを頭に巻いたムハンマド」ということらしい。

「笑い」のパターンのひとつとして、エライ人をからかう、というのはある。地位の高い人、完璧に見える人、そういう人をからかいの対象とすることでクスっとする笑いを誘う、というのは悪いことじゃないと思う。ただ、今回の場合、これだけの抗議が起こっているわけで、イスラム教の人たちにとっては「笑いごとじゃないよ」ということなのだろう。冗談のつもりで言ったことが相手を傷つけてしまう、ということは日常生活のなかでも起こることだ。抗議によってそのことを知ったなら、素直に謝るべきだろう。ムハンマドがイスラム教徒にとって絶対的な存在であり、ジョークの対象にすべき存在ではないということを理解していなかった、申し訳ない、と。

デンマーク製品の不買運動が起こったり、大使館への投石などの抗議行動は過剰反応である、としてイスラム社会への反発もまた強まっているが、デンマークの新聞社は謝罪する気はないようで、そういう状況のなかではこういう反応になるのもある意味やむをえないのかもしれないと思う。もちろん、私も行きすぎだと思うけれど、「表現の自由」の名のもとに何でも許されるとも思わない。

この問題についてアルジャジーラやCNNがどういう扱いをしているのか見てみたら、アルジャジーラ(英語版)では状況を客観的に説明しているだけだったが、見出しが "Ugly protests in cartoons row" (漫画騒動における醜い抗議行動)となっていたから、抗議行動を積極的に支持しているわけではなさそうだ。また、CNNでは、「イランの新聞がホロコーストについての漫画コンテストを計画している」ことについて報道していた。「西欧社会は表現の自由と言うが、ホロコーストを戯画化したときにも笑っていられるのか、西欧社会の反応を見てみたい」ということだそうだ。これは結構核心をついたやり方かもしれない。「冗談にもほどがある」と言いたくなることはあるだろう。それとも、「おもしろい!」と笑えるのだろうか?

CNNでは「宗教の考え方を尊重することと表現の自由を守ることはどちらが大切だと思うか」ということを読者に投票してもらっていた。私は「宗教の尊重」のほうに投票したが、結果を見てみると、今のところ「宗教の尊重」に投票しているのが32%、「表現の自由」が68%(投票総数 122049 )。投票しているのはやはりアメリカ人が多いのだろうけど、私にはちょっと意外な結果だ。アルジャジーラでは「漫画を掲載した国に対する不買運動というのは適切な反応だと思うか」という投票が行われていて、こちらは「適切だ」という答えが47%、「適切でない」が53%(投票総数 29561)。これは英語版なので、アラビア語版で同じアンケートをとったらおそらく「適切だ」という答えのほうが多くなるのでは、という気がする。適切なやり方だとは思わないけれど、「漫画の作者を殺せ」というよりはいいかな。本当に怒っている、ということを示す方法のひとつだろう。

とにかく、おたがいに、相手を自分の土俵にひきこもうとするだけじゃなくて、相手をわかろうとする姿勢が必要だと思う。

| | コメント (6) | トラックバック (2)

映画「イノセント・ボイス」

1980年、エルサルバドルで、反政府ゲリラと政府軍の内戦が勃発。アメリカは政府軍を支援し、内戦は12年間続いた。そんななかで生きていた人々の日常ー戦争がすぐ身近にあるような日常ーを描いた映画。

主人公のチャバは11歳。彼は12歳になることを恐れている。12歳になると政府軍の兵士にならなければならないのだ。政府軍は学校に予告なくやってきて、12歳になっている子ども達を政府軍の車に乗せ、兵士になるべく訓練する。そして、銃を持って戦いに参加することになるのだ、12歳の子どもが!

家のなか、町のなか、銃撃は突然始まり、兵士にならなくても、いつ命を失うかわからない。政府軍の兵士が町にいて、外出禁止令が守られているか、禁止された歌を歌っていないか、などを常にチェックしている。みすぼらしいバラックに住み、父親は家族をおいて米国に行ってしまって母のミシン仕事で生計をたてているような生活。それでも、家族や子ども達の間には笑いがあり、遊びがあり、小さな恋があり、決して悲惨な暮らしには見えない。ただ、そんな明るさを一瞬のうちに壊すものとして戦争がある。

エルサルバドルの状況をよく知らないので、そもそも、政府軍とゲリラが何故戦っているのかがわからなかった。でも、それはきっと子ども達も同じだったのだろう。どんな理由があるにせよ、突然、自分の家に銃弾がうちこまれる理由を説明はできないだろう。

ある日、チャバの友達も徴兵される。しばらくして、チャバ達が川辺で遊んでいるときにその友人が現れる。軍服姿で銃を持つ少年は、もはや昔の仲間ではなかった。チャバの大好きなおじさんはゲリラ軍だ。でも、このままいけば、チャバは政府軍の一員となる。政府軍として戦っているのも、こうした貧しい者なのだ。いったい誰が何故戦っていたのか、ますますもってわからなくなる。

主人公のチャバをはじめ、子ども達はとても明るく、子どの心配をする母親、町の人々や子ども達のことを気遣う神父、ギターを弾くおじさん、少し頭の弱い青年アンチャ、ちょっと変わったバスの運転手、子どもに媚びないおばあちゃん...と登場人物がみんな魅力的だ。どうにも不条理なテーマを扱っているわりに、映画全般を通じてそれほど重苦しさが支配的じゃないのは、これらの人々のおかげなのだろう。それだけに、戦争のわけのわからなさがますます胸にせまってくる。

| | コメント (4) | トラックバック (2)

流行の先端をいく?

我が家の面々はめったに風邪をひかないのだけど、めずらしく中2の次女が風邪ぎみらしい。

母 :風邪ぇ?だからコタツで寝ちゃいけないって言ってるでしょ。でもまあ風邪ひかないから、と思って、コタツで寝るのを黙認してるのに。風邪ひくんだったら、ちゃんと布団敷いて寝なさい。
次女:だってうちのクラス、すごく風邪が流行ってるんだよ。
母 : だから?
次女: だから、流行にのってみました、とか。

...こんなことでしか流行にのれない我が家って...(^^;)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

米軍基地の保育園

米軍基地の保育園も基本的に他の保育園と同じだけれど、違うのはやはり、親が軍の任務で別の場所へ赴任してしまうことがあることだ。このところ、うちのクラスの親が立て続けに海外へ赴任し、親にとっても子どもにとってもきびしい環境だなぁと思わずにはいられない。

今週、0歳児のクラスからうちのクラスに移って来たTは、泣くこともなく、スムーズに新しいクラスにとけこんでいた。月、火は、お昼寝も5分くらいトントンするだけですんなりと眠りについていたのに、水曜日、遅めに登園してきたTは泣き叫んで寝るのをいやがったので、きっと遅く起きたのだろうなぁ、と思い、おかあさんがお迎えに来られたときに「今朝、Tは何時に起きました?」と聞いてみた。0歳児クラスでは基本的に子どもの眠いときに寝かせるのだけど、うちのクラスではお昼寝の時間を決めているので、なるべく毎日決まった時刻に起きるようにしてください、というような話をしようと思ったのだ。

おかあさんは「どうして?お昼寝のときに寝なかったの?...今日はTをちょっと遅くまで寝かせていたのよ。月曜から私が海外赴任になるので、できるだけTと一緒の時間を過ごしたかったの...」7ヶ月間、イラクへ行くのだという。その期間とその場所を聞いて、私のほうがショックを受けてしまった。1歳になってまもないTは母親と7ヶ月間離れて暮らすことになってしまうのか...

片方の親だけが単身赴任中の子もいれば、両親ともに海外赴任になってしまったり、シングルピアレントの親が海外赴任になってしまうこともある。そんな場合は、おじいちゃんおばあちゃんや友人が子どもを預かることになるようだ。現在、うちのクラスの子ども10人のうち、両親がそろって子どもと一緒に家庭にいるのは4人だが、Tのおかあさんは結局明日日本を発つことになったので、来週には3人となる。両親がそろっていないのは、海外赴任だけが理由ではないけれど、それにしても、このところ海外赴任が多いのは、たまたまうちのクラスだけなんだろうか。

両親がそろっていないと子どもの性格に問題があるかというと、そんなことはないと思う。誰か愛してくれる人がいれば子どもは元気だ。ただ、シングルピアレントであることを選択した場合は別として、家族が一緒にいられないのはやっぱりつらいことだと思う。...

| | コメント (0) | トラックバック (0)

放送大学「国際化と教育」

今学期は教育系の科目を3つとった。関連性の高い科目をとると、おたがい理解も深まるし、いい方法だと思う。そのなかでもおもしろかったのがこの「国際化と教育」だ。他の2科目は複数の人が担当していたが、これは佐藤郡衛先生がひとりで最初から最後までを担当されていたので、一貫した流れがあり、主張も明確で、共感できることが多かった。いろいろな異文化体験のエピソードなどが紹介されていて、へぇ、と思うこともよくあった。

たとえば、モロッコの大学で授業を担当していたある日本人の方が、しばしばものが「なくなる」ことについて述べておられる。あるとき、大学の備品であった本がなくなったので問いただしたところ、ひとりの学生が悪びれもせずにそれを出した。少し怒ったところ、「この本は自分に必要なものだ」と主張し、他の学生もそろってその学生を支持したと言う。「持てる者は持てない者に喜捨をしろ」というコーランの教えがあり、所有についての意識が違うようだ、など(テキスト169ページ)。

ラジオ教材で、テキストの内容と放送はほとんど同じ。試験はテキスト持ち込み可。だけど、テキストをさらっと読んだだけでは試験をこなすのは簡単ではない(--;)。もうすでに記憶が曖昧になってしまっているが、覚えている範囲で問題を書いてみると、

1.次の言葉についてそれぞれ50字以内で説明せよ。(異文化接触、異文化間的視点...だったかな(^^;)?)
2.自文化、他文化、という二項対立的なものの見方の問題について説明せよ(200字以内)
3.小学校における異文化教育の特徴と課題について述べよ(400字以内)

50分でこれをみんなうまくまとめるのはむずかしく、最後の問題も3分の2くらいしか書けなかった。面接授業で会った人に、「とてもおもしろいんだけど、単位をとるのはむずかしい教科がある」と聞いたことがあるが、それが確かこの教科だったのではないかなぁと思う。その人は、追試験でもとれなかったそうだ。私も単位がとれているかどうかちょっと心配(--;)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »