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違和感

近々アメリカに帰ることになっっている同僚がふたり。そのうちのひとりが今週の土曜に日本を離れるので、その前にみんなでごはんを食べに行こうということになった。ふたりのひとりがうちのクラスの保母さんだったので私も行くことにした。

行ったのは基地の近くにある中華料理のレストラン。何人かが「にんにくとチキン入り炒飯」というようなメニューを注文した。それが運ばれてきたとき、ひとりが小皿に少しとりわけてくれたので、私も味見させてもらった。からっとあがったチキンのおいしい炒飯だった。ところが、それを食べた同僚のひとりが「にんにくが入ってないよ。」と言い出し、他の人も同意。にんにくの香りはきつくないが、確かににんにくの風味はしたし、私的にはこれくらいのほうがおいしい。しかし、彼は店の人に「これ、にんにくが全然入ってないよ。」と言い、店の人(多分中国人)が恐縮して皿をさげると、「僕のだけじゃなくて、彼のも、彼女のも入ってないよ。」と言い、結局、店の人はそのメニューのお皿を全部さげて別のテーブルに重ねてしまった。文句を言った彼は、それににんにくを加えて作り直してくれればいい、と思っていたようだが、店の人はまったく新しく作り直して持ってきた。それで多少はよくなったようだ。

運ばれてきたものが自分の想像していたものと違った場合、自分の思いをストレートに伝えるのが彼らの文化なのだろう。彼はまったく新しく作りなおすことを要求したわけじゃなく、にんにくを加えてほしかったのだ。でも、そういうふうに具体的に伝えずに、「にんにくが全然入ってないよ」"There's no garlic." と言っただけなので、店の人は「すみません」と謝って作り直した。はっきりと覚えていないけど、日本語のメニューでは「にんにく風味の鶏炒飯」で、英語だと "Fried rice with garlic and chicken" (にんにくとチキン入り炒飯)だったのかもしれない。「にんにく風味」と「にんにく入り」だと印象は変わる。でも、どちらにしても、にんにくを使っていないことはありえないのだから、「全然入ってないよ」と言われても「そんなことはありません。にんにくを使っています」と言うなり、料理人に確認するなりすればよかったのに。「横柄なアメリカ人と卑屈なアジア人」という構図に見えて、いやな気持ちになってしまった。

別の人は麻婆豆腐と棒棒鶏を注文していたのだが、どちらもなかなか来ない。待ちくたびれた頃、ようやく麻婆豆腐が運ばれてきたのだが、「どうしてサラダ(棒棒鶏は chicken salad with sesame sauce というようなメニュー名だった)がまだなのよ。サラダのほうが後だなんて信じられないわ。」と文句を言う。それを聞いたくだんの彼は、「彼らの文化ではそうじゃない(サラダが先とは限らない)んだよ。」と一言。そんなふうに文化の違いを考えられるのに、にんにくの香りは感じられないんだなぁ。どうして「入っていない」と言い切れるんだろう。こちらの文化ではそんなに多量に使わないものなんだ、というふうには考えられないんだろう。

自分の思いをストレートに伝えることは悪いことじゃないと思うし、私は個人的には好きだけれど、今日のような態度にはどうしても違和感を感じてしまう。捨てられてしまう炒飯を見るのはなんとも後味の悪いものだ。

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