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本「もし、みんながブッシュマンだったら」by 菅原和孝

あたりまえを疑う社会学」で推薦されていた本。南アフリカ共和国の北、ボツワナのカラハリ砂漠でブッシュマンのグイ族の人からの聞き取りをした内容がメインだけど、自閉症の息子さんのいる家族との生活、またその家族を日本に残して研究をする者の思いとか、学問をすることの意味について思い悩んだ学生時代の話とか、読んでいて著者に共感するところがたくさんあった。

グイの人たちの言葉は、英語のように辞書があるわけじゃない。最初は通訳の人を通してグイの言葉を少しずつ覚えていく。そのうち、簡単な会話を直接できるようになる。聞き取ったことをテープに録音し、それをグイの人と一緒に聞いてひとつひとつ意味を教えてもらいながら書き起こしていく。

そうやって知ることのできたグイの人たちの生活は興味深い。動物を見たら殺すのが基本。食べるためでもあるけど、それでなくても。だからといって残酷な人たちというわけじゃない。自分だっていつライオンに殺されるかもしれないのだ。父親をライオンに殺された人の話。夫婦のほかに恋人の存在する人間関係。成人になる儀式。呪いとかムシの知らせとか。刑務所の生活(政府が特定の狩猟を禁止するなどしたため、刑務所に入ることになった人の話)。一番すごいと思ったのは踊り(ツィー)の場面。踊っているときに失神する場面が語られるのだけど、「おれは初めてツィーの精霊がからだのなかにはいりこむのを感じた。」(p.286)...そういうことってあるんだなぁ。

日本での生活とはずいぶんと違う。そういう暮らしがあるということ。菅原さんが大学で学生たちにブッシュマンについての論文を紹介したとき、ひとりの学生が正直な感想をもらしたと言う。「いやあ、こういう所に生まれなくてよかった」

そのことばは、意外なほど深くおれの心につきささった。おれたちとはまったく異なった人生を知ることが、それと比べたときのおれたち自身の生活の快適さに対する自己満足にしか行き着かないのだとしたら、人類学というガクモンは、単なる偽善にしかすぎないのではなかろうか。(p.326)

そうだよなぁ...正直、私もこういう所で一生暮らしたいとは思わないけれど、この人たちの生活に私たちの生活にはない豊かさがあるのも本当だと思う。ダンスを踊っていて神を感じる、そんなことは日本で生活している私には決して起こらないだろう。

図書館ではこの本は児童書のコーナーに置かれていた。BK1でも「対象は小学5-6年生」となっている。著者は、「これからどんな人生を選択するのか」を考える一助にと、子ども達に読んでほしいと願って書いたのだろう。

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