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目の錯覚

放送大学面接授業「心理学実験・実習」。担当は細田一秋先生。金曜夜の授業で5回シリーズ。今日は3回目。

Mullerlyer_figure1回目にミューラー・リヤーの錯視というのをやった。左のふたつの図形の横線の長さが同じだなんて信じられない。授業では、ふたつの図形が重なったカード(一方が袋状になっていてもう一方を引き出して使う)を使い、自分が同じだと思う長さで止めて、どのくらい錯覚が生じているかを、この羽の長さを変えて実験した。(角度を変えるというのもあるが、授業ではやらなかった。)2回目は、その実験の統計処理。で、3回目の今日はどうしてこういう錯視が起きるのか、という話。

感覚としてものを見ているのは目だけど、知覚としてものを理解しているのは脳だ。網膜に映っているそのままの大きさのものとして、人はものを見ていない。同じ大きさのものが2倍の距離に置かれていれば、網膜には2分の1の大きさの画像が映っているが、脳は同じ大きさのものだと認識している。平面に描かれているものにも奥行きを見てしまう。

おもしろかったのは「さかさめがね」。これをかけると上下がさかさまに見える。左右がさかさまに見えるめがねもあってこれをかけるとかなり気持ちが悪い。字を書こうとすると、手が覚えているから見なければ書けるけど、見ながら書こうとすると書けない。ところがこんなめがねも長期間かけていると、脳はこれに慣れてきて生活することができるようになるそうだ。もちろん、ただかけているだけではだめで、自分から世界に対して働きかけなければいけないようだけど、上のものをとろうとして、上下さかさまのめがねをかけているとおかしなことになるのだが、そのうち目的のものがとれるようになるらしい。上下さかさまのめがねを15日間かけた人の体験記 を読んでいると、だんだんそういう見え方が「普通」になってくるようだ。

立体鏡というのも使ってみた。これを使うことで、右目と左目の両目を使っているからものが立体的に見えるんだ、ということが実感としてわかった。また右目で見ている画像、左目で見ている画像というのがあるんだ、ということも。

人は誰も自分と同じ画像を見ていると思っているけど、実は同じではないのかも。

ヤフーで「錯視」で検索すると一番最初に出てきたこのページ にはいろいろおもしろいのがあります。

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