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映画「ディア・ピョンヤン」

在日コリアン2世の監督が、その父親の姿を描いたドキュメンタリーというくらいしか知らなかった。宣伝に使われている、父親の人の良さそうな笑顔が印象的で見にいきたいと思ったのだが、確かに期待を裏切らないおとうさんだった(^^)。

父親は、韓国済州島の出身で、15歳のとき、日本に渡ってきた。終戦を日本で迎え、祖国が南北に分断されるなか、北朝鮮を祖国として選び、朝鮮総連のメンバーとして活動を続ける。1971年、3人の息子を北朝鮮に「帰国」させたとき、幼かった娘(ヤン・ヨンヒ監督)は両親とともに日本に残った。父は日本に残って南北統一の手助けをしたあと、祖国に渡るつもりだったのだが、歴史は父の期待したようにはすすまなかった...

大阪市生野区にある自宅での2003年の大晦日のシーンから映像は始まる。撮影は、カメラマンではなく、監督自身がホームビデオで行なっている。監督は、北朝鮮を讃える両親に賛成しきれないものを感じていて、カメラを通じて様々な疑問をぶつけていく。

今日は、上映のあと、ヤン・ヨンヒ監督とアジア・プレス代表の野中章弘さんとのトークショーがあった。そのとき、監督が言っていたのは、「マスコミが流している北朝鮮のイメージはあまりにも一面的だ。パレードで一糸乱れぬ動きをする人たち、将軍様を讃える人たち、拉致、ミサイル、あるいは美女軍団。でも、普通の生活がある、ということを知ってほしい。」「いい人もいれば悪い人もいるし、スケベな親父もいる。」...さらに、印象に残った話は、「人生は選択の繰り返し。今日の晩に何を食べるか、から始まって、北か南か、帰国させるかさせないか、などなど。そのときは小さな違いに思えたものが、何年もの月日がたってみると、その選択の違いが大きな違いを生んでいることに気づく。」

3歳の女の子が、おばさん(監督)やおじいちゃんにじゃれたり、ぐずったりする映像に、「どこの国の子どもも同じだなぁ」と思う。ピアノがとてもうまいティーンの男の子や、きちんと整頓された家の内部の映像に、結構生活にゆとりがあるんだ、と思う。もちろん、現実はそうではなくて、監督が来るとなると、彼女がゆったりお風呂に入れるようにと水を節約しておいてくれたりする、という、そんな生活。

制約はあるものの(撮影したフィルムは出国のとき、すべて検査されたそうだ)、北朝鮮の普通の生活に触れることのできる、貴重な、そしておもしろい作品だった。
監督は話のわかりやすい、魅力的な女性で、トークショーもおもしろかった。パンフレットを買ったのだが、そのなかで自分の行為を、「キャメラを持ち、他人の私生活に踏み込むという暴力的で傲慢な作業」と書いておられて、ああ、これがこの人のフィールドなんだなぁと思った。そうまでしても撮りたいもの、伝えたいことがあったのだ。

(以下ネタバレ)

「3人の子どもを北に帰国させなくてもよかったかなぁ」などと、自分のしてきたことを完璧には肯定できなくなってきたおとうさん。そのあとの映像が病院のベッドの上だったのはショックだった。病床の父親にカメラを向け、同じ話を繰り返す監督に「ちょっとしつこいのでは」と思っていたら、父親が泣き出してしまう。監督はあわてて「ピョンヤンにもう一回帰ろうなぁ」と言う。父親も、「うん、帰ろう」と答える。...これについて、監督はトークショーのときに、「『帰る』といってもどこへ帰るのか。父にとっては済州島が故郷で、昔はそこに帰ると言っていたのだが、やがて3人の息子達のいるピョンヤンが帰る場所となっていく。」ということを話しておられた。日本で生まれ育った監督にとってはどうなんだろう。日本は帰る場所なのだろうか...

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