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経験と想像力

毎日新聞日曜版に心療内科医の海原純子さんが「心のサプリ」というコラムを連載されている。今日は「体験より共感力」と題して、「『同じ体験をした人でなければつらい気持ちが理解できない』ということはない」ということを書いておられる。

「何か手伝いたい」と申し出た人に「あなたに私の気持ちなんてわかるわけないわ。経験してないんだから」と言われてしまった人。確かにつらい経験をした人の思いを他人が完全に理解することは難しく、不可能かもしれないけど、わかろうとする気持ちと相手を思いやる共感力のある人にはかなりの部分理解できるのではないか、と海原さんは言う。

先日、「ワールドトレードセンター」 を見たときに、「ニュースで9・11事件の報道を聞いていても、私には現場の状況は想像できていなかったなぁ」と思った。数日後、「パレスチナ子どものキャンペーン」の会報誌「サラーム」が届いて、想像力ということについて考えてしまった。

今年の夏、レバノンで戦闘が始まったとき、日本にいるレバノン人留学生が心配して母親に電話をした。そのとき、母親は爆撃などの様子を話した後、「イスラエルでも普通の人が犠牲になっていて大変なんだよ」と言ったそうだ。その話を聞いたキャンペーンのスタッフがこう書いている。

爆撃下にありながら、自分達を攻撃している「敵」の市民の窮状に想像力を働かせることのできる人がいることに驚き、感銘を受けました。 「アラブやイスラム世界には民主主義は無く、市民社会を育てなければならない」などと欧米の政治家やメディアは臆面なく平気で言い、日本でもそう信じている人が多いようですが、本当にそうだろうかと思います。 今年は、レバノンでも、そしてガザでも爆撃や侵攻、破壊と殺戮が続き、停電や断水、物資の封鎖など、日常生活がズタズタにされました。暑く長い夏休み、子ども達はどこにも行けず、冷たいものさえ食べられず、怖い思いをしたまま過ごしたのです。(中略) そうした状況で生活している人たちに、私達の社会は想像力を働かせることができるのかどうか、市民の力を問われているのは豊かな先進国のほうではないでしょうか?

爆撃下にありながら、敵の市民の窮状を思いやることのできる人。自分達がつらい思いをしているからこそ、他の人のつらい状態にも思いをはせることができるのだろう。そういう意味で、やはり体験が人の想像力を豊かにするという面はあるし、つらい体験をした人は人間的に深い人が多いのかもしれない。でも、実際に経験しなくても、経験した人の話を聞いたり、映像を見たりすることである程度想像することはできる。

会報のなかで、レバノンの難民キャンプにいる3人の子どもたちが爆撃の様子を語っていて、それは胸に痛かった。キャンプで産気づいた母親を、爆撃のひどいベイルートの真ん中にある病院まで行く決意をした父親の話など...( 「パレスチナ子どものキャンペーン」のホームページ に「子ども達が語るレバノン戦争」という記事が設けられているのですが、現在、その記事だけ工事中になっています(--;)。近日中に読めるようになるといいのですが)ニュースを聞くだけでは具体的にイメージできなかった痛みが少しはわかったと思う。

菅原和孝さんがその著書「フィールドワークへの挑戦」 のなかで、「生き方としてのフィールドワークを駆動する唯一無二のエンジンは、他者に対するいきいきとした想像力である。」と書かれている。さらに、「他者への想像力を養うもっとも確実な方法は、つねに大量の小説を読み続けることである。」とも書かれている。

想像力を鍛えるのは、豊かな現実の体験、本や映画、そして結局、他者への関心なのだろう。他者への関心があるから、その人の話を聞こうとする。他者への関心、想像力を持てる人でありたいと思う。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

じゃりんこさん、再び。 以前、ここでご紹介頂いたのをきっかけにフィールドワーク関係の本を何冊か読みましたが、菅原和孝さんの「フィールドへの挑戦」、佐藤郁哉さんの「フィールドワークの技法 問いを育てる、仮説をきたえる」など、とても勉強になりました。

「他者に対するいきいきとした想像力」を高める方法、あるいは「問いを育てる、仮説をきたえる」方法を自分なりに考えてみると、やはり「同じ目線でものを見ること(in their shoes)」、そのためには「思い込みや決めつけを徹底的に排すること」つまり「自分の価値観を持ち込まないこと」になります。 それが難しいのですが…。

こちらで、美容院に住み込みで働いて論文を書かれた日本人女性とお会いしました。 指導教授は菅原さんではありませんでしたが、同じような研究をされている方が多いということに勇気づけられました。

投稿: axbxcx | 2006.11.06 13:22

axbxcx さん、いろいろ教えていただいたのはこちらのほうです。「フィールドワークの技法」は買ったまま、まだ全然手をつけていませんが(^^;)、axbxcx さんのほうはあっというまに何冊か読んでしまわれたわけですね(^^)。

そうですね、in their shoes, その人の立場に立てるかどうかっていうのが共感力ということなのだと思います。爆撃のなかにあって、その爆撃をしている相手側の状況を思いやれる、というのはすごいことだなぁ、と。この人は常にそういう想像力を高める訓練をしているわけではないのでしょうけど、自然にそういうことができてしまうんだなぁと思って。

うちの保育園だと、保育者の側はマネジメントの悪さに不平を言うし、マネジメント側は保育者の態度に文句を言います。でも、おたがいに、相手のしんどい状況を想像する力は乏しい気がします。とはいえ、私も、管理職の多忙さを想像はしても、「どうしてこんな簡単なことが考えられないんだろう」と思ってしまうことはあります(--;)。

「思い込みや決め付けを排する」のは大切なことですね。むずかしいと思いますが、心しておかなければいけないことだと思います。ただ、「自分の価値観を持ち込まない」ことは最終的にはできない気がします。結局、自分の信じるところにしたがって行動するしかないのだと思うし、自分の価値観に照らして許せないことが目の前で起こっていたら、干渉してしまうだろうなぁと思います。

そちらに美容院があるのですか。中国では青空散髪を時々見かけましたが、そちらには建物としての美容院があるのでしょうか。おもしろそうですねぇ(^^)。

投稿: じゃりんこ | 2006.11.06 20:13

じゃりんこさん、分析し判断するときは、もちろん自分の価値観に従います。 でも相手を理解しようとする段階では、自分の価値観は邪魔なだけだと思います。 一度相手の価値観に立って考えるというのは、in their shoesと同義ではないかという気がします。

美容院、一応建物の中にあります。 髪をストレートにするパーマなどがあるからでしょうか。 日本人がやると髪が溶けてしまうそうですが…。

床屋の場合、ケニアのキスムでも建物にある床屋は二軒くらいで、後は全部青空です。 バングラデシュもダッカを出れば全部青空ではないでしょうか。 ハノイも10年前はホテル以外ほとんど青空でした。 いまは変わったかも知れませんが…。

投稿: axbxcx | 2006.11.07 03:16

axbxcx さん、

一口に「価値観」といってもすごく範囲が広い言葉だなと思いました。確かに、違う文化圏に入って、たとえば、ゆったりとした時間の流れるようなところでは、「一分一秒を大切に」なんていう価値観は通用しないだろうし、そういう意味で自分の価値観を持ち込まないことは大切だろうなと思います。菅原さんの本で、食べる必要がなくても動物を殺す人たちのことが書かれていましたが、そういう行為に関しても、自分の持っている価値観で判断するのは間違っているのでしょうね。

建物にある美容院があるんですね。日本人がやると髪が溶けてしまうパーマというのは、やはり化学薬品を使っているのかなぁ。黒人E の奥さんは日本人なのですが、ふたりの娘さんの髪がやはり黒人の髪質なので、日本のシャンプーではうまくいかなくて、基地でシャンプーが買えるのはありがたい、と話しておられたことがあります。

投稿: じゃりんこ | 2006.11.07 20:56

どうもうまく伝わっていないようなので具体的に言うと、いまどき多妻なんておかしい一緒の家に奥さんが何人も住むなんてひどいとか、チーフや長老が物事を決めるのは民主的ではないとか決め込んで話を聞いたり観察したりすると、どうしても自分の思い込みに合ったことばかりを見てしまって、本当の姿は見えないし理解できないだろうということです。 他人をadvocateしたりsensitizeしたりeducateできると思っている人はそういう傾向にあることが多いような気がしますが…。

投稿: axbxcx | 2006.11.08 05:41

axbxcx さん、

多分、伝わっていると思いますが(^^;)。昨日、書きながら、一夫多妻制っていうのもあるなぁと思っていました。
おっしゃっていることはそのとおりだと思います。

ただ、フィールドワークってすごく人間くさいものという印象があったんです。だから、同じフィールドに入っても、たとえば、axbxcx さんと私では、違ったフィールドワークができあがるんだろう、と。私が私の価値観をゼロにしたら、私ではなくなってしまって、私がそのフィールドワークをする意味がなくなる気がしたんです。相手と話をするとき、分析者として客観的に観察するのではなく、人間対人間のつきあいで、こちらのこともどんどんさらけだしていく、そういうなかで自分の価値観が揺らぐこともあるのかなぁ、と。自分の価値観を持ったままで、相手の立場に立つ、ということは不可能でしょうか。それが想像力なのではないかと思うのですが...6日の axbxcx さんのコメントを読んだときに、「相手の立場に立つこと」と「自分の価値観を持ち込まないこと」はイコールではないんじゃないかなぁと思いました。

たとえば、一夫多妻制の社会で他の奥さんと一緒に暮らすのはいやじゃないのかなぁとかいうのは私の率直な感想です。だから、そこの人とある程度仲良くなったら、そのことについてどんなふうに感じているのかは聞いてみたいと思います。ジャッジはしませんけど...っていうことが「価値観を持ち込まない」ことなんですかね(^^;)。「一夫多妻制より一夫一婦制がいいなぁ」という私の価値観を消すことはできないだろうから、多分その価値観を持ったままでそこの人たちとつきあって、でも、話を聞いているうちに私の価値観が揺らぐことはあるのかもしれない。そういう意味で、「自分の価値観を持ち込まないことはできないだろうと思う」と書きました。

投稿: じゃりんこ | 2006.11.08 20:35

その通りだと思いますが、人類学者が何年も同じフィールドとつきあうとすれば、私の仕事は下手をすると数十分インタビューできればよいところで、何人かには何度かあって詳しく話が聞ける、その程度のものなのです。 その中で何ができるかということを書いていました。 残念ながらそれが現実です。

投稿: axbxcx | 2006.11.09 04:01

axbxcx さん、

私の場合はそのインタビューすらしていない状況で勝手なことを言っているわけですね(^^;)。フィールドワークの教科書にあるような状況に身をおける人はそんなに多くはないのですね...

投稿: じゃりんこ | 2006.11.09 20:02

じゃりんこさん、いや身をおいていると思いますよ、イヤでも。 親子、兄弟姉妹、夫婦、親しい友人…。 ただ誰とでもそのような形でつきあう訳にはいかない訳で、自分の周縁に近い「外部」とどう付き合うかが問われているのではないかと思っています。

フィールドワークにもいろいろあって、人類学的なアプローチが全てではないでしょう。 フィールドワークの本を読んでもいろいろなスタイルがあります。 例えば私の場合、ケニアでは人口30万人を超える県二つの開発計画とプログラムの実施に関わっています。 つまり1年というような期間の間に60万人の中の何人からどのような話を聞けるかというような話になってしまい、数百人の村に何年も関わるという話とは全く別世界なのです。

後者であればある程度自然な形で人々と出会い関わることができるかも知れませんが、前者ではどのようなプロセスでどのような人たちと出会うかが勝負になります。 そして、いまのところはできるだけ周縁化されてしまっている人たちの話を聞くというのが一つの結論です。 声の大きな人たちの意見は何もしなくても聴こえて来ますし、ワークショップなどの集まりでもわかりますが、周縁化されてしまった人たちの意見はこちらから見つけて聞きにいかない限りわからないと思うからです。 量的研究が平均値の勝負だとすれば、質的研究は限界値の勝負だというところでしょうか。

いずれにせよ、佐藤郁哉の博士論文(京都の暴走族)、沢木耕太郎の「一瞬の夏」(カシアス内藤)、あるいはTruman Capoteの「In Cold Blood(冷血)」(殺人犯、映画「カポーティ」)のようなものは逆立ちしても絶対に書けないですが、Studs Terkelの「The "Good War"」(第二次世界大戦の経験者)のようなものであれば、スタイルだけなら真似できるのではないか、そんなことを思っています。 Ken Loveが貰ってくれたStuds Terkelのサイン入りペーパーバックは家宝?です。

投稿: axbxcx | 2006.11.10 15:45

axbxcx さん、

あげてくださったどの本も読んだことがなくて(--;)具体的にはイメージがわかないのですが、スタッズ・ターケルっていろいろインタビューをしている人なのですね。「仕事!」とかいう本を見かけたことはあります。今度何か読んでみます...って小熊英二もこの間借りてきたのに、放送大学の通信課題提出やら面接授業やらで読まなければならない本があり、手をつけられずにいます。

フィールドワークは人類学的なアプローチを読んでいいなぁと思ったわけですが、それがすべてではないのですね。

axbxcx さんが、周縁化された人たちの声を集めて本にされたなら...おもしろそうですね(^^)。

投稿: じゃりんこ | 2006.11.10 21:27

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