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映画「ダーウィンの悪夢」

自分が日本でのうのうと生きていることに対して、これでいいのかなぁと思わせられる作品。

タンザニアにあるビクトリア湖に投げ込まれたナイルパーチという肉食性の魚が在来種を食って繁殖、生態系は変わってしまう。しかし、ナイルパーチはくせのない白身魚で、それを加工してヨーロッパや日本に輸出する産業が発達。農業をしていた人は漁師になったり、工場で働く人になったり。新しい産業が発達したのだからよかった...とは言えないのが現実なのだ。

ナイルパーチの切り身はすべて輸出にまわされる。地元の人には高すぎて手が出ないのだ。切り身を切り取った後の骨や頭などアラの部分を干して揚げたりしたのが地元の人の口に入る。アラの加工場で内臓のついたアラに群がる蛆虫が映る。一方、切り身の工場は衛生的に完璧に管理されている...

魚の輸出産業は栄えて、漁師として、工場労働者として仕事をしているのに、どうして貧しいままなのだろうか?工場の夜警を1日1ドルでしているという男性は、わかりやすい英語を話す人だったけど、そんな人でも仕事を得るのはむずかしいのか。それでも夜警という仕事があるだけましなのだ。前任者が殺されてその仕事を得ることができた。食べていくのが大変なホームレスの子ども達は、食べ物があるとそれに群がり、そのためにいさかいも起こる...

私が日本で安くて美味しい魚を食べている背景にはアフリカで貧しい暮らしをしている人たちがいる。ヨーロッパから武器をアフリカに運び、アフリカからは食料をヨーロッパに運んでいるパイロットが言う。「世界の子ども達みんなに幸せになってほしいと思うけど、どうしていいかわからないよ」...

そのとおり、おかしいとは思うけどどうしていいのかはわからない...でも、地元で獲れた魚を地元の人が食べられないような社会の仕組みはやっぱりヘンだ。

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世界が今日終わることはない

久々に Pun of the Day のサイトへ行ったら、「今月のおもしろい人」にスヌーピーの生みの親、チャールズ・シュルツ氏がとりあげられていて、その言葉がちょっとステキだったので紹介。

Don't worry about the world coming to an end today. It is already tomorrow in Australia.

「今日、世界が終わってしまうかも」なんて心配しなくていい。オーストラリアではもう明日だ(^^)。

「子どもが3人以上いる親は」で書いたけど、根拠のない自信を持っている私の友人のように、楽観的であることはステキなことだと思う。実際にはなかなか心配の種が尽きることはないけれど...

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匍匐前進!

ほとんどの子どもが1月か2月に1歳になるうちのクラスで、ひとりだけ5月生まれのBは、もうすぐハイハイしそうに見えてなかなか進むところまでいっていなかった。

Bのおかあさん:このクリスマス休暇でずいぶん動けるようになったのよ。ほら。でも、この子のハイハイって、アーミークロール(army crawl 陸軍式ハイハイ)なのよね。
じゃりんこ:ほんとね...おとうさんが軍人だからかしら...??

もちろん、そんなわけはない(^^;)。ハイハイが上手になると、腰をあげてすばやく進めるが、Bの場合は、まだおなかを床につけた状態で自分をひきずるようにしてにじり進む、という感じだ。確かに軍隊で腹ばいになって進む姿勢に似ている。日本語だと「匍匐」なんていうむずかしい言葉になってしまうけど、陸軍式ハイハイという言葉はなんともわかりやすい。

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子どもが3人以上いる親は

子どもが3人以上いる母親と2人までの母親とは違う、という話を聞いたことがある。
4人のお子さんを持つ友人に久々に会ってその説になんとなく納得。

彼女が言うには、ふたりまでだと両手で抱えることができる。でも3人になるとそれができない。そこで何かがはじける。
子育ては、ひとり生むごとに楽しくなったそうだ。ひとりめのときは、子どもが泣くと「泣かせてはいけない」と神経質になったが、ふたりめのときは「ちょっと待っててね」という余裕が生まれ、3人目になると「泣いているのを見てもかわいい、ああもうちょっと泣いてて」となり、4人目では「もう何をしていてもかわいい」そうだ(^^)。
もちろん、大変なこともいろいろあったのだと思うけど...
子どもが大きくなるとますますお金がかかり、どう考えても経済的に大変なのに、なんとかなるさ、という根拠のない自信があると言う。

その一方、ひとりっ子を持っていた私の英語の先生を思い出す。彼女は敬虔なカトリック教徒で、バースコントロールはされていなかったのだと思うけど、「神様が『おまえはひとり扱うので手一杯だろう』ということでひとりだけ子どもを授けてくださったのよ」と言っておられた。

たぶん、私にはふたりの娘がちょうどいいということなのだろう(^^)。

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クリスマスケーキ2006

Cake06昨年に引き続き、じゃりんこ家からクリスマスケーキをお届けします。作ったのはもちろん私ではなく(^^;)、未来のパティシエ(?)、我が家の次女です。今年は生協でイチゴを注文していたので、届いたとき、「わ、これケーキに使っていい?」と予約されてしまいました。

昨日、すべての材料をチェックして買いそろえてあったはず、なのに、作り始めてみると、

次女:小麦粉がない!この間、1キロ買ったばかりなのに、どこへいったの?
母:使った。
次女:使ったって何に?(そんな小麦粉いっぱい使う料理を食べた覚えはないぞ!)
母:保育園でツリーのオーナメントを作るのに...
次女:使ったんならまたすぐ買っといてよ。買ってきて。今すぐ買ってきて。

...と叱られ(^^;)、小麦粉を買いにいく羽目に。
ところが焼いてみるとスポンジがうまくふくらまず(2cm くらいの高さにしかならなかった)、「もう一回焼いていい?」となり、結局、今度は自分で卵などを買いに行っていました。中学3年生がこんなことしていていいのか(--;)...

次はうまくいき(次女が言うには、卵を泡立てるときに湯煎をしたのがよかったのでは、とのこと)、長女とともに飾り付けを楽しんでいました。まあ、おかげでイチゴたっぷりの甘すぎないケーキを食べられてありがたいことです。

みなさんも楽しいクリスマス、あるいはクリスマスを口実に(?)楽しくお過ごしください(^^)。

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無料で募金のできるサイト

机の上をかたづけていて、ユニセフからの募金のお願いを放ったらかしにしていたことに気づいた(^^;)。ユニセフはネットからでも、ユニセフグッズの買い物による支援やクレジットカードによるネット募金ができるようになっているけど、ちょっと調べていたら、イーココロ!という募金サイトを見つけた。

イーココロ!の会員になって、ログインした状態で、そのサイトから、たとえば楽天市場などに買い物に行くと買い物代金の一部がポイントとしてたまる。1000ポイントたまった時点で、自分の支援するNGOやNPOに支援金が送られる、という仕組み。募金先のNGOは、「難民を助ける会」や「国境なき子どもたち」など、約70団体が登録されていて自分で指定する。私は「パレスチナ子どものキャンペーン」を募金先に指定した。

イーココロ!の団体紹介ページで、パレスチナ子どものキャンペーンの活動内容を紹介する動画があった。10分~15分くらいの動画で、キャンペーンの支援している聾学校や幼稚園での活動、女性への支援活動の様子が紹介されている。戦闘状態でないパレスチナの映像を見る機会は少ないのじゃないかと思うので、興味のある方はどうぞ。キャンペーンのホームページにもこの動画は載っていないので、ネットで見られるのはここくらいじゃないかな。

このほか、各種資料請求などをすることでもポイントをためることができる。
会員になるのはめんどう、という方は(登録は無料だしそれほど時間がかかるわけではないけど)、クリック募金ができる。このブログの右サイドバーの下のほうにパーツを貼ったので、お暇があるときにご協力いただければありがたいです。といっても、この場合は、指定先の団体に募金される、というわけではないようですが。

私自身、「クリックで救える命がある」というバナーを見かけてもクリックしたことはほとんどないし、クリックしてもその支援企業の広告を読むこともほとんどない(^^;)。でも、イーココロ!は、提携している買い物サイトが結構多いから、ネット通販をよく利用する私には使いでがありそう。企業の広告費がこういう形で使われるのもありかな、と思う。

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映画「グアンタナモ、僕達が見た真実」The Road to Guantanamo

こんなことが実際にあるんだなぁという感じだ...最初は、パキスタンやアフガニスタンの異国の風景を楽しみながら見ていたが、その後、普通の人がいとも簡単にテロリストとされてしまう、信じられない展開を見ることになる。

イギリスに住むパキスタン系の青年アシフは、親の勧める縁談のためパキスタンへ行き、結婚を決めた。そして結婚式に、イギリスに住むパキスタン系の友人達を招待。バケーション気分でやってきた友人たちは、ホテルに泊まるお金を節約するためモスクで寝泊りしていた。ある日彼らは、モスクで、アフガニスタンが米軍により大変なことになっている、という演説を聞く。時は2001年9月11日の事件の直後だった。隣国アフガニスタンで何が起こっているのか、ちょっと見てみよう、それほどお金がかかるわけでもないし、と軽い気持ちで国境を越えた彼らは、そこで米軍の爆撃が行なわれているのを目にする。なんとかパキスタンに戻ろうとするのだが、連れて行かれたのはタリバンの拠点地域。そこでテロリストとして米軍に捕らえられ、キューバにある米軍の捕虜収容施設グアンタナモへ送られる...

映画には実際にグアンタナモに拘留されていた本人たちも登場して、当時を回想している。俳優を使っての撮影も行なわれているから、完全なドキュメンタリーではないが、ニュース映像もはさまれ、綿密な取材に基づいて事実にかなり忠実に再現されているようだ。

アメリカが「テロリスト」と呼んでいるのがどういう人なのかがわかる。「あいつらは悪いやつらだ、人殺しだ。」「あいつらとは価値観が違う」(Men in guantanamo are there because they didn't share the same values as 'you and me'.)と話すブッシュ大統領の映像がはさまる。価値観の違う相手は人間扱いをしなくてもいいわけだ...グアンタナモはアメリカがキューバから借りているだけでアメリカの領土ではないので、アメリカの法廷の管轄外にある。つまり、アメリカ憲法のいかなる権利も保障されない。

テロリストと思い込んだら、それに仕立てあげてしまう。9・11事件のあと、どれだけのイスラム教徒の人たちが、どれだけの中東地域出身の人たちが、ただそれだけのためにテロリスト容疑をかけられたのだろうか。オサマ・ビン・ラディンの集会の写真から似た人物の写真を指し示して、「これはおまえだろう」と認めるように迫る。アルカイダのメンバーであると認めるまで尋問は続き、永久に帰れない、と脅す。肉体的な拷問、コーランに対する侮辱...

「テロとの戦い」の実情とはいったいどんなものなのか、多くの人に見てほしいと思う。今のところ、来年1月末からの東京での公開が決まっているだけのようだけど、たくさんの地域で上映されるといいな。

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ガザの暮らし

パレスチナ子どものキャンペーン」が支援を行なっている、ガザの NGO 団体 CFTA(Culture and Free Thought Association 文化と自由な思考をめざす協会)の発起人のひとりであるマジダ・アルサッカさんが来日していて、昨日、歓迎交流会が開かれた。

CFTA は、ガザ南部のハンユニスにある難民キャンプで、青少年のためのセンターを作り、子どもの遊び場の確保、学校の勉強の補習、その他アート、演劇、音楽などの活動に取り組んでいる。また保健センターを併設し、保守的な地域で女性が様々なワークショップや文化的な活動に参加しやすいようにしている。

マジダさんの話では、ガザの子ども達は、閉塞的な状況のなかで心のケアが必要であり、そのためアートなどにも取り組みたい、また学校の勉強についていけない子どものために新しい教育方法で教えてあげたい、と思っても、今、とりあえず、最低限の生活ができない状況なのだそうだ。そのため、お金はまず食料や学校の制服などにまわされて、文化的な活動をするところまでなかなかいかない。また、たとえば鉛筆がほしいと思っても、鉛筆が買えないということがあったりする...ものがないから。

2006年は、今までになくきびしい年だったと言う。2005年夏にイスラエルが一方的撤退を実施してから、ガザ地区全体の包囲網はかえって強められた。今年1月の選挙でハマスが勝利してからというもの、アメリカなどからの経済援助が停止され、パレスチナの経済状況は悪化。ガザからの出入りが自由にできないため、人もものも移動が極端に不自由なのだ。

マジダさんはもともと11月に来日する予定だった。ところが国境が封鎖されてガザからの出国ができず、来日がこの時期にずれこんだ。今回の出国もずいぶんとラッキーなものだったのだそうだ。

パレスチナ・パスポートを持つマジダさんが日本に来るためには、日本のビザをとらねばならず、そのためには日本で身元を保証する人なり団体なりが必要だ。今回は「パレスチナ子どものキャンペーン」の招待だったわけだが、キャンペーンでは団体の固定資産税証明などの細かい書類まで提出しなければならなかった。マジダさんが日本でどこに泊まるか、どういう行動をとるか、という細かい日程も提出しなくてはならない。航空券の現物も必要。ビザの手続きのためにはイスラエルのテルアビブにある日本大使館に行かなければならないが、マジダさん本人は簡単にガザを出られない。そこでキャンペーンの現地スタッフが代行する。また、もしヨーロッパの航空会社を利用してヨーロッパの都市でトランジットをする場合、その国のビザもとらなくてはならない(ドイツ、オランダを除く)。たった2時間のトランジットのために、日本のビザをとるのと同じような手続きをしなければならないのだ。

結局、今回は、ビザを取る必要のないエジプトの航空会社を利用したそうだが、エジプトとの国境の町ラファの検問所がいつ開くかわからず、これも簡単ではない。現に11月は出国できず、今回も出国を待つ人がたくさんいてだめかと思っていたが、検問所の職員の女性が助けてくれたのだそうだ。職員用の通用口をマジダさんを連れて通り、呼び止められると自分の職員IDを見せて、「彼女は新入りだからまだIDがないの」と言ってエジプト側に連れて行ってくれ、書類の手続きも一切やってくれたのだと言う。"Women can do it!" (女はできるのよね!)と言って笑ったマジダさんの顔が印象的だった。

こんな大変な思いをして出国しても、またラファから入国する際にはどのくらいかかるかわからないと言う。何日も国境の町に留め置かれる可能性もあるようだ...

東京から大阪に行くのに許可が必要で、しかもその許可をとることができない。それがガザの暮らし。車で一時間も走れば端から端まで行けてしまう小さな町だという。そこに文字通り閉じ込められている140万人の人々。「私達に何が出来るのでしょうか。何をしてほしいですか。」という会場からの質問に「それはむずかしい質問だわ。あなたが考えてください。...でも、何もしないでいると、私達の状況がどんどん悪くなることは確かです。私達だけではこの状況を変えることはできない。国際社会の助けが必要です。ガザの人たちは孤立感を感じているんです。...そう、ガザに来てください。...」

ガザに行くのはむずかしいけど...最後にもう一度、「できればガザに来てください」と繰り返されたマジダさんを見て、ガザの人は本当に「世界が自分達のことを気にかけている」と知る必要があるのだろうなぁと思った...

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スーパーエッシャー展

Cos さんの日記で「スーパーエッシャー展」のことを知り、ぜひ見に行きたいと思っていた。でも土日は混みそうなので、金曜か土曜の夜間開館のときをねらっていたのだが、なかなかふたりの娘と私の都合があうときがない。お正月に賭けてみようか、と話していたところ、昨日、急にある予定がキャンセルになったので夜間開館に行くことができた。すいているとはいえなかったけど、十分に絵のまん前でじっくりと見ることができ、天才の世界を堪能した(^^)。

私がエッシャーの名前を知ったのは、「ラッシュライフ」という本を読んだとき。そこで紹介されていたのはこの作品。 建物上部にある階段は、上っていっているはずが、もとの場所にもどってくる、というふうになっていて、どこが高くてどこが低くなっているのかわからない。こうしただまし絵のおもしろさ、その緻密な画風に惹かれて気になっていた。

今回の展示では、こうしただまし絵はもちろん、エッシャーの得意とした正則分割を用いた作品(こんな感じ。 これは天使と悪魔が、円の中心から端に向かって、1/2、1/4、1/8...と分割されていく、というもの)、また初期のイタリアの風景画、版画製作に使った版木や習作も展示されていて、とても見ごたえのあるものだった。

好きな作品はたくさんあった。エッシャー展のポスターに使われていたこの作品 (イタリアのアドリア海岸地方の美しさに惹かれる気持ちはよくわかる)や、これ とか、これとか...M.C.エッシャーの公式ホームページ で見つけられないものもあるけど、来年のカレンダーには好きな作品が多かったので購入。来年一年間、楽しめそうだ(^^)。

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ビデオ「ステップ! ステップ! ステップ!」Mad Hot Ballroom

ニューヨークの公立小学校で、子どもたちに社交ダンスを教えるプログラムがあるそうだ。メレンゲ、ルンバ、タンゴ、スウィングなどのリズムに合わせ、男の子と女の子がペアになって踊る。ふたりが目線をあわせ、姿勢を正して。目標は市のコンテストで優勝すること。このプログラムに取り組む小学生たちとインストラクターや教師達の様子を追ったドキュメンタリー。

大人のほうは、製作者のインタビューに答える形で、撮影されていることを意識しているけど、子ども達どおしの会話はとても自然で、不思議なほど、カメラを意識しているように見えない。会話はダンスのことにとどまらず、アメリカの小学校高学年の子ども達の雰囲気がわかっておもしろい。

小学校高学年といえば、異性を意識するし、社交ダンスに取り組むのに抵抗があるんじゃないかと思うのだが、みんな楽しそうにやっている。先生達の話によれば、結構、なんらかの問題を抱えている子がいたり、移民が多くて英語もろくにわからない子がいたり、とクラス運営もラクではなさそうだ。それでも、このプログラムを通じて子ども達が変わっていく様子が観察されたという。

「ミュージック・オブ・ハート」という映画で、ニューヨークの子どもたちにバイオリンを教えるプログラムのことが扱われていて、このプログラムも子ども達に大きな変化をもたらしたことが紹介されている。音楽とかダンスとかには不思議な力があるようだ。学校で読み書きや知識だけを教えるのではなく、いわゆる情操教育をすることの意義は決して小さなものではないのだろう。

保育園の子ども達もダンスが大好き。3-5歳児クラスでよく踊っていたのは、"We will rock you" "Gonna make you sweat" "Cha cha slide" "Macarena" "Who let the dogs out"...など。この作品のなかで、"Gonna make you sweat"(Everybody dance now! という歌詞で始まる)がかかった時は、そうそうこの曲、みんな好きだったなぁと思い出した。この作品のなかでも、なんだか練習に疲れたときにこの曲がかかって、みんなが元気に踊りだしたのだ。それを見ていると、やっぱり社交ダンスはいろいろな決まりがあって窮屈なんじゃないかなぁとか、ダンスをコンテストで競う、というのはどうなんだろう、とか思わないでもないけど...実際、コンテストでよい成績を残せなかった場合どう対処するかについて先生達が交わしている会話は、そのあたりの矛盾をついている。

それでも、こういう機会に恵まれた子ども達はやはりラッキーだったのだろう。子ども達のことを考える大人がいて、そして子ども達はひとりひとり小さな頭でいろんなことを考えていて...「子ども達」って十把一絡げにはできないものだなぁと感じさせられる映画だった。

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時代

保育士のTが11月いっぱいでやめてから、うちの部屋を手伝ってくれているAはロシア出身の19歳。ロシアで、英語を重点的に学ぶ学校に小学校のときから行っていて、高校生のときにアメリカへ交換留学。そこで現在のご主人と知り合い、どうしても離れたくなかったので結婚することになったとか(^^)。

それにしても、私が子どものころは米ソの冷戦時代だったから、ロシアで英語を重点的に学ぶ学校があるなんてなんか驚きだ。ロシア人がアメリカ軍人と結婚、というのにも驚いてしまう。時代は変わったんだなぁ。

高校生の娘を持つ身としては、娘がもうそんな年になっているのか、とも思わせられるわけで、時の流れも感じてしまう。まあ、うちの場合は、まだ当分そんなことになるとは思えないけど...って、知らぬは親ばかり、なんてことはないよね?

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映画「ジェニン、ジェニン」

2002年4月、ヨルダン川西岸地区にあるジェニン難民キャンプで、イスラエル軍による攻撃、虐殺が行なわれた。このときのことを撮影したドキュメンタリーフィルムということで、また生々しい映像を見ることになるのかなぁと思っていたら、撮影されたのは虐殺の後の町。銃弾が降ってきたりブルドーザーが家を壊す場面が撮影されているわけではないが、破壊された家々、瓦礫の散乱する町の様子が攻撃のすさまじさを物語っている。そして生き残った人々がその攻撃の様子を語る。「一番ひどい経験は自分の腕のなかで人が死ぬことだ...」「こんなやつらと本気で共存していこうと思っていたんだ...」

撮影したのはイスラエルに住むパレスチナ人俳優・映画監督のムハンマド・バクリさん。彼が来日し、昨日、ひとり芝居が行なわれた(これは見にいけなかった)のだが、今日は彼の監督した映画「ジェニン、ジェニン」ともう一本が上映され、その後バクリさんを囲んでシンポジウムが行なわれた。

やっぱり製作者の話を直接聞けるのはおもしろい。バクリさんは最初、主催者側の要望によりアラビア語で話し始めたが、会場での反応などを見て途中で英語に切り替えられたため、本当に直接話を聞くことができた。

彼の友人である女優が彼のすぐ隣でイスラエル軍に撃たれて亡くなったことがこの映画を撮るきっかけになったのだという。最初、ジェニンに入ったときは、その惨状を見て声もでなかったそうだ。でも、この様子を伝えたい、イスラエルの人に知ってもらいたい、と思って撮影を始めた。撮影は4日間で終え、1ヶ月で編集した。フィルムにはキャプションもナレーションも入らない。ただ、現地の人のインタビュー映像(インタビューの字幕は出る)と町の様子がつなぎあわせてあるだけだ。死体や血が画面に映るわけではなく、できるだけソフトに作ろうとしたのだと言う。彼は、イスラエルの人たちはこの実情を知れば、このために立ち上がるだろうと思ったのだそうだ。しかし甘かった。エルサレムで上映したとき、会場は騒然とした雰囲気になり、彼を非難するものが出てきた。イスラエル政府は「これはパレスチナサイドによるプロパガンダである」とし、上映禁止措置をとった。そして、上映禁止措置のため、映画を見ることもできないまま、人々は「ジェニン、ジェニン」はイスラエルのイメージを悪くするためにパレスチナ側が意図的に作ったものである、と信じ込まされていく...

映画を見れば、それが作為的に作られたものでないことはわかる。だからイスラエル政府は人々にこの映画を見せたくないのだろう。息子が撃たれ、死んでいくというのにどうすることもできなかった、と語る医師。手を撃たれ、ショックのあまり倒れたところ、イスラエル兵に「失せろ」と言われ、「立ち上がれない」と言うと今度は足を撃たれた、と語る老人。イスラエルへの憎しみとパレスチナ人としての誇りを語る少女。...ただ、イスラエルの人たちにとって信じたくない映像ではあるだろう。自分の息子は国を守るためにテロリストと戦っているのだ。...そういう思い込みが強いと、こんなのはインチキ映像だ、と言いたくなるだろう...

イスラエルに住み、イスラエル国籍を持っているパレスチナ人というのはイスラエル国内でも国外でも微妙な立場にあるらしい。イスラエルでは二級市民としての扱いを受けている、ということだったが、バクリさんもテルアビブ大学を卒業して映画監督、俳優として仕事をされてこられたわけだから(もっとも、「ジェニン、ジェニン」を撮ってからは、俳優として仕事をするのはむずかしくなったらしい)、市民としてどういう制限があるのかを聞いてみたかった。バクリさんにとって母語はアラビア語、でもヘブライ語は美しい言語で、ヘブライ語には郷愁を感じると言う。また、パレスチナ人ではあるが、ムスリムではないようだ。コミュニストとして、宗教にはあまりいい印象を持っておられないようだった。

バクリさんは「イスラエルとパレスチナの共存を願っている」と話された。そして「ハイファでは確かにイスラエル人とパレスチナ人とが一緒に住んではいるが、それは対等な立場での共存ではなく、主人と奴隷の関係での共存だ。対等な立場での共存ができる、民主的な国に住みたい」と言う。バクリさんのような微妙な立場の人が、パレスチナとイスラエルの本当の意味での共存の突破口になればいいと願う...

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久々に英語のナゾナゾ

右のサイドバーにヤフーリガンズへのリンクを貼っていても、行くことはほとんどないのだけど、先日久々に行ってみたらなかなか楽しめたので、少し抜書き。こういうネタを持っていると、うちのクラスの子のおねえちゃんとか、ちょっと大きな子と話すときに役立つので。軽い頭の体操のつもりでどうぞ(^^)。

1: What can run, but cannot walk?

2: What kind of star is dangerous?

3: How did the rocket lose his job?

4: How can you tell that the ocean is friendly?

5: How does a telephone propose to his girlfriend?

6: Who uninvented the airplane?

7: How do you cut the sea in half?

いかがですか? 私はひとつもわかりませんでした(^^;)が、答えを見てクスッと笑えたのを書きました。アメリカの小学生は楽しめると思うけど、日本の中学生にはちょっとむずかしいかもしれません。5番ならわかるかな。他のもわかったらエライ(^^)!

答えは

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ひとり立ち

以前、「はじめの一歩」という記事を書いたことがあるけれど、赤ちゃん達を見ていると、現在比喩的に使われている言葉のもともとの状態を見て、すごいことだなぁと思うことがある。

現在、私が担当しているのは、6ヶ月から12ヶ月の子ども達。ほとんどがハイハイはするけれど、まだ歩けない。でも、立つとやはり視界が変わるためか、みんなつかまり立ちを楽しんでいる。立っている保育者のところにハイハイしてきて、その足につかまって立つ、というのはよくあるパターン。

そんな子ども達を抱っこしてから、下におろすときに、安全なようにすわらせようとしても、立とうとすることがある。そしてそのうちたまに支えなしで立てることがある。「あれ、倒れないよ」という感じで本人がびっくりしてたりするのが可愛い(^^)。

「わぁ、ダレダレ(名前)、立ってるじゃん、すごいねぇ」と言って拍手をすると、自分も拍手をして、しりもちドスン。そんなことを繰り返しながら、少しずつ、ひとりで立っていられる時間が長くなり、はじめの一歩を踏み出していく。

ささえなしでひとりで立つこと。大人にささえられても、フラフラとあぶなっかしかった赤ちゃんが、あの重い頭をささえてひとりで立つ。「ひとり立ち」ってそういうことなんだ。簡単なことじゃない。

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映画「麦の穂をゆらす風」

重く、やりきれない映画だった。終始、叫び声、怒鳴り声、泣き声、銃声の聞こえる画面を見ながら、心がささくれだっていく。「明日へのチケット」で、むずかしい問題のなかにも少し希望を感じさせられる終わり方をしていたケン・ローチ監督だけど、これは救いのない終わり方だった。

1920年のアイルランド。イギリス軍の無茶苦茶な支配に、独立をめざす義勇軍の激しい抵抗が続く。ようやく休戦協定が成立し、喜んだのもつかのま、それは経済的な自由を認めるものの、政治的にはイギリスの自治領にとどまる、というもの。さらに北アイルランドはイギリスの支配下にに入る。「これでは本当の自由は得られない、ここでやめたらもう独立は勝ち取れない、あとひとふんばりすべきだ」とする条約反対派と、「とにかく戦争をやめ、独立への一歩をすすめよう」とする条約支持派が対立。かつて独立をめざしてともに戦った仲間は分裂し、内戦へ。

本当にあんな無茶苦茶な支配が行なわれていたんだろうか。少し反抗的な態度をとったというだけで、英軍に殺されてしまった青年。それに対して何もすることができないなんて信じられないが、トルコに行ったとき、クルド人の大学生から「クルド人だというだけで殺されることがあるんだ」という話 を聞いたことを思い出した。現代においてもそんなことがあるのなら、この映画で描かれていることも実際にありえる話だったのだろう...憎しみが生まれていくのも当然だ。

体制側になったとたん、かつての仲間への強圧的な支配を始める条約支持派。英軍が同胞による軍に代わっただけで、以前よりも悲しい状況になってしまった...簡単に、希望ある未来をにおわせる結末にするわけにはいかないのだろう...

LiamGaryどうでもいいことだけど(^^;)、ダンという人がかっこよかった。その役柄のせいだけど(^^)。ダン役を演じていたリーアム・カニンガムと、フォレストガンプでダン中尉役をやっていたゲーリー・シニーズは、名前のせいかもしれないけど、なんか似ているな、と思ってしまった。

ただ、映画は、そんなおちゃらけた気持ちで見ていることが許されないような緊迫した雰囲気がある。Imdb によれば、ケン・ローチは、パルムドールを受賞したあと、「この政治的な内容のためにイギリスでは30の映画館しか公開してくれない」と言ったそうだが、現実には105のスクリーンで上映され、これは彼の今までのどのフィルムより多いそうだ。イギリスの人たちは、イギリスが悪者に描かれているこの映画に対してどんな感想を持つんだろうか...

以下ネタバレ

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