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映画「麦の穂をゆらす風」

重く、やりきれない映画だった。終始、叫び声、怒鳴り声、泣き声、銃声の聞こえる画面を見ながら、心がささくれだっていく。「明日へのチケット」で、むずかしい問題のなかにも少し希望を感じさせられる終わり方をしていたケン・ローチ監督だけど、これは救いのない終わり方だった。

1920年のアイルランド。イギリス軍の無茶苦茶な支配に、独立をめざす義勇軍の激しい抵抗が続く。ようやく休戦協定が成立し、喜んだのもつかのま、それは経済的な自由を認めるものの、政治的にはイギリスの自治領にとどまる、というもの。さらに北アイルランドはイギリスの支配下にに入る。「これでは本当の自由は得られない、ここでやめたらもう独立は勝ち取れない、あとひとふんばりすべきだ」とする条約反対派と、「とにかく戦争をやめ、独立への一歩をすすめよう」とする条約支持派が対立。かつて独立をめざしてともに戦った仲間は分裂し、内戦へ。

本当にあんな無茶苦茶な支配が行なわれていたんだろうか。少し反抗的な態度をとったというだけで、英軍に殺されてしまった青年。それに対して何もすることができないなんて信じられないが、トルコに行ったとき、クルド人の大学生から「クルド人だというだけで殺されることがあるんだ」という話 を聞いたことを思い出した。現代においてもそんなことがあるのなら、この映画で描かれていることも実際にありえる話だったのだろう...憎しみが生まれていくのも当然だ。

体制側になったとたん、かつての仲間への強圧的な支配を始める条約支持派。英軍が同胞による軍に代わっただけで、以前よりも悲しい状況になってしまった...簡単に、希望ある未来をにおわせる結末にするわけにはいかないのだろう...

LiamGaryどうでもいいことだけど(^^;)、ダンという人がかっこよかった。その役柄のせいだけど(^^)。ダン役を演じていたリーアム・カニンガムと、フォレストガンプでダン中尉役をやっていたゲーリー・シニーズは、名前のせいかもしれないけど、なんか似ているな、と思ってしまった。

ただ、映画は、そんなおちゃらけた気持ちで見ていることが許されないような緊迫した雰囲気がある。Imdb によれば、ケン・ローチは、パルムドールを受賞したあと、「この政治的な内容のためにイギリスでは30の映画館しか公開してくれない」と言ったそうだが、現実には105のスクリーンで上映され、これは彼の今までのどのフィルムより多いそうだ。イギリスの人たちは、イギリスが悪者に描かれているこの映画に対してどんな感想を持つんだろうか...

以下ネタバレ

今日、この映画の公式サイトで、映画場面のフラッシュを見ていたら、哀しい雰囲気の主題歌のせいもあるかもしれないけど、それぞれの場面を思い出して涙が出てきてしまった。

実際に見ているときに涙が出てきたのは、デミアンが仲間内の裏切り者(?)の青年を射殺し、それをその母親に報告しにいったときのことを、恋人に話す場面だ。その青年と仲のよかったデミアンは、それまでにそのお宅で食事をよばれることなどもあった。しかし、デミアンが彼を射殺した事実を告げると、母親は靴を持って出てきて、「息子のところに案内して」と言う。ふたりは一言もかわさずに6時間歩いた...

正しい戦いなんてないんだろうか。でも、あんな無茶苦茶なことが行なわれていたなら、黙っていられない、という気持ちはわかる。「暴力では何も解決しない」と単純に言えない気はする。もちろん、暴力を支持するわけではないけれど...

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映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

じゃりんこさん、こんにちわ。 アクラを出る飛行機が3時間遅れたためドバイでバンコク行きに乗り損ねて、ドバイで1泊しているところです。 いやはや。

今度は「重たかった」ですか。 帰ったら観ようとは思っています。 「ブレイブハート」の時代にまでは戻らなくても、スコットランドとかアイルランド、さらにウェールズでさえ、別の民族、別の国だったということは感ぜざるを得ないですね。 まさに連合王国と言うか…。

英軍ということでは、映画「ガンジー」のアムリッツァールの虐殺のシーンが忘れられません。 他民族を使った他民族の弾圧、そしてグルカ兵。 ボスニア紛争のときも、英軍と言いながら、テレビに映っている兵隊はグルカ兵ばかりのように見えました。 イラクではそういうシーンがテレビに映ることも稀なので、よくわかりませんが…。

アクラ~ドバイで、隣りの席がインドの人だったので、「若い人はガンジーのことをどう思っているのか?」とか訊いてしまいました。 いまはみな「お金、お金」で、ガンジーはヒーローではなくなってしまっているという言い方をしていました。 彼は韓国の人たちと働いていたことがあるそうで、逆に「韓国の人が日本を嫌いなのはなぜか?」と訊かれました。 日韓併合のことなどを話したら、彼はやはり大英帝国と植民地の文脈で理解したようでしたが…。

投稿: axbxcx | 2006.12.05 07:00

ドバイのホテルで24時間のインターネット接続プリペイドカードを買ってしまったので、またつないでいます。

「正しい戦いなんてあるだろうか?」、まさにStuds Terkelの問いです。 "The Good War": An Oral Histroy of World War IIは、第二次世界大戦を経験した人たちのインタビュー記録ですが、そこには日系人なども含まれています。 ベトナム戦争は間違いだったが第二次世界大戦は「正しい戦いだった」という人が多い中で、本当にそうか?というのが彼のメッセージなのだろうと思います。

投稿: axbxcx | 2006.12.05 09:51

axbxcx さん、お帰りなさい(^^)...ですよね?

一昨日、コメントを書いて投稿したら、「ココログメンテナンス中」で、コメント投稿も記事の投稿も何もできなくなっていました(>_<)。3日間もメンテをするなら、もう少ししつこく広報をやってほしいなぁと思います。せっかくドバイからコメントをくださったのに、すぐにレスができなくてすみませんでした。

映画は、決して退屈なものではないんですが、見ていてつらいものでした。公式サイトを見ると、ビデオジャーナリストの綿井健陽さんが、「戦争の本質を描き切ったこの作品が、逆に人間の未来への希望を呼び起こすだろう」というコメントを寄せておられるのですが、どうやったら希望が見えてくるのか私にはわかりませんでした。axbxcx さんの感想をお聞きしたいです(^^)。

スタッズ・ターケルの「よい戦争」、ネットで調べると地元の図書館にあったので、図書館に行くところだった次女に、著者名と書名を書いて借りてきてくれるように頼むと、彼女はそれを見て、「よい戦争?そんなものあるのか」とまず言い、それから、「スタッズ・ターケル?...『死について』を書いた人?」と聞きました。彼女はそれを読んだことがあるそうです。ぶあつかったので途中でやめてしまったそうですが。

この本の最初に、「よい」という形容詞と「戦争」という名詞はなじまない、と書かれていますが、確かにそうかもしれません。「正しい戦争」はどうでしょうね...ただ、この映画を見ていて、戦わなければならなかった人たちがいることはわかる気がしました。

投稿: じゃりんこ | 2006.12.07 20:19

妻が借りて来てくれていたDVDで、昨日は「ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!(Election)」、今日はドイツ映画の「Knockin' on Heaven's Door」を観ました。 どちらもよくできてると思いました。 「Election」は「サイドウェイ」のアレクサンダー・ペイン監督なので観たいと思ってました。

実はもう15年以上前になりますが、goodを「よい」と訳すと日本語として違和感があるという議論をしたことがあります。 この場合は「正当な」とか「正しい」の方が近いような気がしたからです。 goodなら両方の意味が含まれますけれど、日本語の「よい」と「正しい」は必ずしも一致しませんから厄介です。

お嬢さんがなぜスタッズ・ターケルの本を手に取ったのか、興味あります。

投稿: axbxcx | 2006.12.07 23:09

axbxcx さん、

帰宅早々、ビデオ三昧ですね(^^)。
サイドウェイは私も好きです。「ハイスクール白書...」というのは知りませんでしたが、リース・ウィザースプーンなんですね。キューティ・ブロンドも結構好きだったので、見つけたら借りてみようと思います。

good の語感については私はわかりませんが、「正しい」とか「よい」とかいうことがどういうことなのか、しばらく前、「規則」という記事を書きましたが、ちょっと混乱することはあります。

中3で受験生の次女はもう寝ている(早く寝て早く起きる予定らしいですが、守られているのは早く寝るほうだけ(^^;))ので聞けませんが、いっとき、死についていろいろ考えることがあったのではないかと思います。スタッズ・ターケルだから読んだというわけではないと思います。

また話がそれますが(^^;)、彼女は今、体育で創作ダンスに取り組んでいて、友達とやる曲を "Seasons of Love" に決めたそうです(^^)。

投稿: じゃりんこ | 2006.12.07 23:41

中3でスゴイですね。

「優等生ギャルに気をつけろ!」は「キューティー・ブロンド」の原点みたいな映画です。 立場は逆ですけれど、持ち味は同じ。

8月に、ルオ(ビクトリア湖畔にいる部族)のクランのことがようやく少し理解できた気がしたのですが、それはルオ語でクランを示す言葉が(少なくとも)三つあることがわかったからでした。 「共通の曽祖父」「共通の母親」「共通の場所」というまったく違う定義があったのです。 そうしたら、英語の「クラン」という単語だけではまったく理解できなかったことが、いろいろ見えて来ました。

翻訳でモノを語ることがどれだけ難しいか、改めて痛感した次第です。

投稿: axbxcx | 2006.12.08 07:16

axbxcx さん、

翻訳でモノを語るのはむずかしいでしょうね。映画を見ていても、「今のが字幕だけだとわかりにくいだろうな」と思うことはあります。

先日、放送大学の「人格心理学」で、マーガレット・ミードの話が出て、彼女は「サモアの思春期」とかいう本を書いていますが、実はサモア語はよくわかっていなかった、ということを知りました。文化人類学の教科書に出てくるような人が、実は、サモア島でも現地の人とともに暮らすのではなく、アメリカ人家庭に滞在して、「サモアの社会は単純だ」という思い込みのもとに調査を成し遂げたのだと知り、ちょっとがっかりしました。axbxcx さんのように、できるだけ現地の人との接触を持つようにすれば、その言葉から見えてくるものもたくさんあるのでしょうにね。

投稿: じゃりんこ | 2006.12.08 21:13

じゃりんこさん、前にも書きましたけれど、いまの仕事ではそんなまともなことはできません。 本当に垣間見るだけです。 でも、少なくともそうやって出て行って少しはコミュニケーションを取りたいし、ずるいかも知れませんが少なくとも姿勢は示したい、その上で話を聞きたいという気持ちがあります。

今日は妻が借りて来たMad Hot Ballroom(邦題:ステップ!ステップ!ステップ!)というドキュメンタリー映画を観たんですが、これがよくできてました。 ニューヨークには小学校5年生を対象にした10週間のダンスのプログラムがあって、それに参加して学校対抗の市の競技会に出場した子どもたちを追ったドキュメンタリーなんです。 競技種目はメレンゲにタンゴにルンバにスウィング。

どうやって撮ったのか知りませんが、子どもたちはもちろん、教師やインストラクター、審査員の気持ちがとてもよくわかる(気がする)映画でした。

投稿: axbxcx | 2006.12.08 22:28

axbxcx さん、

マーガレット・ミードは、サモア語を学んでいるうちに、「サモア人の家族と非文明的な生活を共にすることに、根強い反感を抱くように」なったんだそうです。調査地では、アメリカ人家族と住み、現地の人は単なる「調査の対象」という感じで接したのではないかと想像します...
axbxcx さんは、いろんな制約があっても、できるだけ積極的にコミュニケーションをとろうとしておられる感じがするので、違うな、と思いました。

奥様の借りてこられるDVD にはアタリが多いのですね(^^)。それも見てみたくなりました(^^)。

投稿: じゃりんこ | 2006.12.09 00:31

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イギリスのケン・ローチによる、カンヌ国際映画祭パルムドールに輝いた人間ドラマ。 20世紀初頭のアイルランド独立戦争とその後の内戦で、引き裂かれる兄弟と周囲の人々の姿を描く。 主演は『バットマンビギンズ』『プルー... [続きを読む]

受信: 2006.12.04 13:51

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