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「ダーウィンの悪夢」から覚めて

3日前に映画「ダーウィンの悪夢」という記事を書いたばかりだけど、その見方がずいぶんと一面的であったことに気づいたのでもう一度。

昨夜「P-navi info」の「日記:恣意的な切り取り方について」 という記事を読んで愕然。映画の舞台となったムワンザの町は、監督が見せたかったように作られたのだ、というのだ。この記事からリンクをたどって他の記事も読んでみたところ、実際にその町の様子を知っている人から見ると、この映画は事実を見せてはいても、その提示の仕方がずいぶんと意図的であり、住んでいる人の感覚とは違ったものになっている、という。

タンザニアでは、この映画の内容を聞いた人々は怒っており、私がムワンザでこの8月に使っていた運転手も、住民によるこの映画に抗議するデモがあったといっていました。住民はとくにナイルパーチの肉は欧米やアジアに輸出されるが、住民には頭の部分と骨についた肉の部分しか与えられていない、と描かれていることに、また腐った部分しか食べられないとされていることに、特に誇りを傷つけられ、腐った部分を食べたら病気になることぐらい我々は知っている、と怒っていました。(フーベルト・ザウパー監督による映画『ダーウィンの悪夢』について より)

アフリカの事情を何も知らない私のような人間がこの映画を見れば、そうかアフリカは貧しい国なんだ、大変な状況なんだ、と思ってしまう。それは事実でないわけじゃないけれど、そういう目だけで見てしまうと物事の全体を見誤ってしまう。映画の感想に対する axbxcx さんのコメントに、「1日1ドル以下での生活が貧しいとも限りません」とあったのだが、そうなのだ。必要なものをお金を使わずに手に入れる生活もあるわけで、すべて先進国の人間の感覚で見てしまうと、大事なことを見落としてしまう。axbxcx さんとのコメントのやりとりのなかで、私自身、ドキュメンタリーが事実を意図的に切り取って並べる可能性について言及していたのに、この映画がそうだとは思いもしなかった。

本当のことを知るのはむずかしい。この映画を見てよかったと思う。監督が事実を恣意的に並べているとしても、先進国が途上国を利用している、というのは本当のことだと思うし、そのことを放っておきたくはない。映画を見なかったら、そんなことを考えたりもしないのだから。ただ、ドキュメンタリー作品は作品なのであって、事実そのものではないのだということを認識していなくてはいけない、と思い知った。

毎年、新年の決意を書いてもいつも守れないので、今年は書かないことにしようと思ったのだけど、情報を鵜呑みにしないように、物事を多面的に見られるように気をつけていきたいと思う。

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映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

そうなんです。「先進国が途上国を利用している、というのは本当のこと」なんですよね。ただ、この映画ではそれを描き出すために、故意につくられた部分が多すぎたのではないかと思います。前のエントリにあったaxbxcxさんのコメントは事実を並べてくれていて勉強になりました。検証していく目は必要ですね。私も改めてそれを感じさせられた一件でした。

投稿: ビー | 2007.01.02 14:51

ピーさん、はじめまして。 先進国の我々の生活が途上国の人たちの「犠牲」の上に成り立っているのは間違いありませんし、私などは仕事の上でも片棒を担いでいます。

1999年に初めてアフリカに行ってまず感じたのが彼らの生存戦略の合理性でした。 雨がいつ降るかわからず4年に一度しかまともな収穫がないとすれば、タネを何度にも分けてまく、いろいろな作物を混ぜて育てる、草取りなどしない、あちこちの畑を耕す…という戦略を取らなければ死んでしまいます。 それに対してモンスーンの農業は言わば95%の確率を前提に、効率性だけを追求するモノカルチャーをやって来た訳ですが、それは安全性・安定性を無視したということでもあります。

これまでの工業化においてはそれが最善の戦略だったかも知れませんが、環境の変化に対してまた長期的にどうかということは誰にもわからないと思っています。 そしてそれこそが「ダーウィンの進化論」だろうと…。 スティーヴン・J・ゴールドが明解に説明してくれたように、進化には方向性などなく、決してより高度になっている訳ではないとすれば、多様性によって安全性・安定性を高めることこそがサバイバルにつながるのではないかと考えています。

投稿: axbxcx | 2007.01.02 18:50

ビーさん、コメントありがとうございますm(^^)m。

ビーさんの記事を読まなかったら、先進国の人間の気づかない問題提起をした良い作品、とだけ思っていたことでしょう。監督は短期間の滞在で事情をよく把握していなかっただけで悪意はなかったのだ、と思いたいですが、吉田昌男さんが書いておられるように、やらせではないかと疑われるような部分があったり、アンゴラのシーンが使われている、というのが本当だとすれば、とても悲しいことだと思います。

axbxcx さん、

もともと合理的な生存戦略があったところにモノカルチャーが入ってきて、多様性が失われていったのですね。途上国支援をするときには、現地のやり方からまず学ぶ必要があって、先進国のやり方を一方的に適用していくのではうまくいかないのですね。

ビーさんや axbxcx さんのように、信頼できる人たちの話を聞くことで、私は少しは物事を違った角度から見ることができていると思います。これからも気をつけていきたいと思います。

投稿: じゃりんこ | 2007.01.02 21:05

はじめまして。
コメント&TB失礼します。
ドキュメンタリーに限ったことではないですが、
その側面だけを切り取って見ても本質を知り得ないかもしれませんね。
一つの見地を知ることができたのは僕も糧になったと思います。
視野を広げること、多角的に見ることは全ての事象で大切だと感じました。

投稿: 現象 | 2007.01.04 05:13

現象さん、はじめまして。コメントありがとうございました(^^)。

「ドキュメンタリーは嘘をつく」という本があるようですが、記録映画のようなものだって、作っている人の主観が入ることは免れないだろう、ということはわかっていたはずなのです。でも、この映画を撮った人は中立的な立場にたっていたに違いない、という思い込みがどこかにあって...

映画などを作るときに必ずしも中立的な立場でなくていい、と私は思うんですが、いかにも客観的な事実のみであるかのように観客に思い込ませたり、「ユナイテッド93」のように憶測で描いた出来事をドキュメンタリー風に作ったりするのは問題かな、と思います。「ミュンヘン」も事実にもとづいた話、と言いながら、最初の場面など、事実とは異なることをあたかも事実であるかのように描いているわけですよね。「事実にもとづいて作られた」とかいう話は気をつけて見ないとなぁ、と思います。

投稿: じゃりんこ | 2007.01.04 17:11

じゃりんこさん、羽田です。 「ダーウィンの悪夢」ですけれど、良い意味でも悪い意味でもそんなにスゴイ映画ではないと思いました。 未消化な感じと言うか、(妻の言葉を借りれば)盛り上がらないと言うか…。

根本的なところで感じたのは、(1)タンザニアの人たちへの愛情?のようなものが感じられないということです。 やはりダークサイドだけを撮ったという印象ですね。 それと元兵士という水産研究所のガードマン一人が相当たくさんのセリフをしゃべります。 後はストリートチルドレンに娼婦、インド人経営者、水産関係の女性たち、若いジャーナリスト…。 何だか地元の普通の人たちが誰一人として物語を語らないような気がしました。 妻に言わせると「地元の人たちをバカにしているような気がした」ということになります。

もう一つ気がついたのは(2)ナイルパーチの問題と武器密輸の問題を絡ませようとし過ぎて拡散していることです。 確かに三角貿易ではあるかも知れませんが、二国間ではどうでしょうか。 むしろ、飢饉の原因(タンザニアのことは知りませんが、例えば世銀・IMFの構造調整によって種子が流通しなくなったとか化学肥料の補助金が打ち切られたとか農産物を国が買い上げられなくなったとかいう人災の面)や食糧援助の問題点(必要もないのに食糧が配られる、地元の人たちが好まないものが本国で余っているという理由で送られてくる、開発の次のステップにつながらないなど)と絡めて、グローバリゼーションと食糧問題という切り口に絞った方が面白かったかも知れないと思いました。

最後に、(3)魚のスケルトンに蛆が湧いているシーンや、ストリートチルドレンが食べ物を争うところ、(シンナーみたいなものを)吸引するシーンは演出過剰だと思いました。 映画のチラシに使った写真もよくないと思うのですが、子どものあの顔を見たら命に関わるようなことだと思うのが自然でしょう。 でも実はそうではありませんでした…。

私もナイルパーチのスケルトンのディープフライは食べたことがありますが、私の知っている限りでは、女性たちが工場の前に並んで待っていてスケルトンの取り合いをしていますから、蛆が湧くような状態になるのは例外的ではないかと思います。

と気になった点を書きましたが、もしこれがキッカケになってナイルパーチにせよ、アフリカの食糧問題にせよ、グローバリゼーションのもたらす不公正・不平等にせよ、関心を持ってくださる方が増えるのであれば、それはそれでよかったのではないかと思います。

投稿: axbxcx | 2007.01.04 19:34

axbxcx さん、

羽田から丁寧な感想をありがとうございましたm(_ _)m。

>何だか地元の普通の人たちが誰一人として物語を語らないような気がしました

なるほど...水産関係の女性達とかストリートチルドレンとかは普通の人だと思った、というか、町のほとんどの人は何らかの点でナイルパーチに関係のある仕事についているのかと思ったのですが、実際はそうでもないのでしょうかね...

>魚のスケルトンに蛆が湧いているシーンや、ストリートチルドレンが食べ物を争うところ、(シンナーみたいなものを)吸引するシーンは演出過剰だと思いました

そうですか。あれは演出なのでしょうか。実際に梱包剤を利用してシンナーみたいなものを作っている、という事実はあるのかな、と思ったのですが。

映画のチラシに使った写真はおっしゃるとおりですね。私も、「え、こういう場面だったの?」と思いました。確かに思わせぶりですね。

ナイルパーチの問題と武器密輸の問題を絡ませようとし過ぎているなぁ、というのは私も感じました。質問が誘導尋問的というか。

意図的にダークな面を強調しているのは、アフリカの困窮状態を際立たせることで、先進国側のきたなさを暴こう、ということなんでしょうけど、タンザニアの人たちの誇りを傷つけていることに気づいていないのでしょうね...悪意ではなく、善意なんでしょうけれど...

私としては、ブログに書いたことで、いろいろな人と話もでき、アフリカの実情も少しは知ることができてよかったと思います。映画のなかで、暗い顔をしている人が多いなぁ、と気になったのですが、axbxcx さんの写真に写っている人たちは明るい顔の人が多いですよね。タンザニアのことも、違う人が紹介すれば私達は違うイメージを持つことになるのでしょうね。また、アフリカからのブログの更新を期待しています(^^)。(もちろん、通信事情があるでしょうから、できる範囲で、ですけど)

投稿: じゃりんこ | 2007.01.04 20:42

じゃりんこさん、ドバイで飛行機待ちをしています。 前にも書いたと思いますが私の写真も撮る瞬間はもちろん意図的です。 ただ、かなり普通の人の写真も撮っていると思います。

シンナーとか食べ物争いとかは事実としてあるかも知れません。 でも私の感覚では「演出」するか「隠しカメラ」で撮りたい瞬間だけを撮るかしないと撮れません。 自然ではないということです。 それで私の目には「演出過剰」だと映りました。 元兵士のガードマンばかりが出てくるのも、娼婦ばかりしゃべるのも同じことです。

問題を際立たせるのであれば、もっと地道に真面目にやる手があったのではないかと書きましたが、「週刊誌的」(失礼!)にショッキングな場面を並べることよりも、飢饉や食糧援助さらに貧富の格差などの背景を示した方が、結果として問題が際立つし、説得力も持つのではないかと思いました。 と言うよりも、それが将来につながるのではないかと…。

投稿: axbxcx | 2007.01.05 13:04

axbxcx さん、

パンフレットのDirector's Note には、「タンザニアのロケでは決して映画の撮影チームだと明かせなかった」とありますから、隠し撮りのようなこともしていたのでしょうね。でもそれは「演出」ではないでしょうから...

あの警備員の人は確かになんか存在感がありますよね。元兵士で今は一晩1ドルで夜警の仕事をしている、というのはタンザニアの普通の人のひとりではないのでしょうかね。わかりやすい英語を話す人なので、こんなに英語を話せて給料がその程度の仕事にしか就けないのかなぁ、とは思いました。娼婦で英語を話していた人は、まだ英語での会話が楽々というふうではなかったので、英語を話せる人がそれほど多いというわけでもないのかなぁ、と思ったのですが、実情はどうなんでしょうね。インタビューに答えていた人はほとんど英語を話す人だったから、確かに偏りがあったかもしれません、つまり普通の人の声がなかなか反映されていないのかもしれません。

パンフレットをさらっと読んだときにはあまり気にならなかったのですが、もう一度目を通してみると「タンザニアでは、『国のイメージを傷つける』とキクウェテ大統領が映画を厳しく非難した」とか「映画に登場した人物が嫌がらせを受ける」などの記述が気になりました。

映画は興行成績をあげる必要があるでしょうから、地道にまじめに、というのはなかなかむずかしいのかもしれません。やっぱりインパクトのあるものに人の興味もひきつけられるものでしょうし。

できるものなら、もう一度監督に来日してもらっていろいろ聞いてみたいものです。

投稿: じゃりんこ | 2007.01.05 21:03

じゃりんこさん、もう少し真面目に書いたものをメールで送りましたので、お読みください。

映画の撮影チームと明かさなくても、白人がいて、あんな質問したら、普通の人じゃないことはバレバレだと思います。 演出については、じゃりんこさんと私の定義が違うだけでしょう。 聞き取り調査も、大いに演出されていることが多いと思いますから。 質問を予め決めてインタビューする、私に言わせればそれだけ演出です。

それから人口50万人の町でナイルパーチに直接関わっている人はそれほどには多くないと思います。 また元兵士、しかも水産研究所のガードマンという肩書きはやはり普通とは思えません。 どういうコネでその職についたのか、そしてどういう経緯でこの映画に出たのか、まあすぐにそういうことを考えてしまうのが悪い癖なんでしょうが…。

前の説明では足りなかったと思ったので、メールはちょっと書き方を変えたのですが、この映画の根本的な問題はナイルパーチの生態系への影響について、実はたいして触れていないということにあると思います。 普通の人たちが食べているティラピアやオメナが獲れなくなったということの方が、実はナイルパーチそのものが直接もたらした負の影響より大きいというのが私の仮説です。 本当に普通の人に話を訊いたら、ナイルパーチの話なんかしないと思います。 間違いなくティラピア(これも外来種ですが)かオメナの話になると思うのです。 とすれば、それだけの取材もしないであの映画を作った可能性があります。

ところで、じゃりんこさんがご紹介くださったコメントの一つは、現場をフィールドにされているアフリカの専門家(吉田昌夫さん)が書かれたものですから、私の書いたものなんかよりずっと真実味があると思いますが…。

投稿: axbxcx | 2007.01.06 14:57

axbxcx さん、

>もう少し真面目に書いたものを

ここに書いていただいていることも十分真面目だと思いますが(笑)。
丁寧な解説をありがとうございましたm(^^)m。

ただ、
>普通の人たちが食べているティラピアやオメナが獲れなくなった
原因のひとつはナイルパーチのせいだと思うのですが、それが主因ではないのでしょうか。メールでは文字化けして読めない部分があるのですが、「映画『ダーウィンの悪夢』」のほうにコメントしていただいたように、ナイルパーチを含む漁獲量が全体として減ってきている、という現実があるのですね。それは何が原因なんでしょう...

吉田昌夫さんの書かれた文は、さすがに現地で暮らしていた人、という感じがして説得力がありました。映画は長期間の取材のもとに作られた、というわけではなさそうですから、やはり取材不足という批判は免れないかもしれませんね。

投稿: じゃりんこ | 2007.01.06 17:41

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