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放送大学受講準備完了

明日から放送大学の新学期。今期は「日本語基礎(A)」「日本語基礎(B)」「途上国の開発」の3科目。テレビ録画とラジオ録音の予約セット完了。FMラジオは受信状態がよくなくて苦労したので、1年ほど前にケーブルテレビのFM分配工事をしてもらい、それで受信するようになってからは快調(^^)。録音したものは通勤の車内で聞くことが多く、続きを台所で聞いたりするので、いまだにカセットテープが私には一番便利。

始まる前はいつもワクワクするんだけど、はたしてどうなるかな...

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ビデオ「今日から始まる」Ca commence aujourd'hui

フランスの、ある幼稚園の園長先生の話。町の炭鉱が閉鎖され、多くの親は失業していて金に困っている。電気の止められた家、子どもに満足に食べさせてやることのできない家。幼稚園への支払いが滞っている親に、「わずかな額だから」と支払いを求めたダニエル園長は、「それだけあれば家族が1週間食べられる」と言われて、それ以上請求することはできなくなってしまう...

私もそうだけど、学校や幼稚園、保育園で働いた経験のある人なら、思い当たるところのある映画だろう。状況設定がリアルなのだ。ここまで貧しい地域ではないとしても、問題を抱えた家庭はいろいろあり、結局、自分には何もできなかったりする。子どもの担任というだけの立場で、いったいどこまで関わることができるのか。...この映画の園長先生は子どもの家庭環境をよくしようと、福祉事務所や役所と交渉したり、個人的に手助けしたりもするが、物事はそんなに簡単にはうまくいかなくて、無力感にさいなまれる...

もちろん、日々の子ども達とのつきあいが一番の関心事だ。そんななかから気になる子どもがいる。職員もそれそれ個人的な事情があり、自分自身だって様々な問題を抱えている。現場を知らないくせに好き勝手なことを言う査察官。そして思わぬ事件。いつもいっぱいいっぱいだ...

そんな重苦しい雰囲気を打ち破ろうと、ダニエルの恋人のした提案は素敵だった。あんなダイナミックな取組みができるといいなぁと思う。家庭でどんな問題を抱えていても、子ども達はやっぱり楽しいことが好きだし、どんな楽しい活動を用意できるか、というのが保育者としては工夫のしどころだ(^^)。

子ども達の笑顔を見て、やっぱりこの仕事を続けていこうと思うか、それとも、子ども達を取り囲む問題の多さは自分には抱えきれない、と、仕事をやめてしまうか。ダニエルのような人(私の見てきた園長先生達は、運営経営に関わるのが主な仕事で、子ども達とあんなに頻繁に接することはなかったけど、フランスではこんな園長先生もめずらしくないんだろうか)には仕事を続けてほしいけど、彼が「自分には続けられない」という決定をしたなら、それを覆させる気にはなれないなぁ...

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アメリカ刑務所事情

「現代アメリカのキーワード」という本をようやく読み終わった。アメリカ人なら誰でも知っているようなことでも日本ではそれほど知られていないことは結構あり、それらから「重要でおもしろいこと」(by 編者)を81項目取り出して解説した本。それぞれの項目は確かに、へぇ、と思うようなことが多くておもしろかったけど、ほとんどは左から右へとぬけてしまったかな(^^;)。

そんななかで「刑務所産業複合体」Prison Industrial Complex という項目については強く「へぇ」と思ったので書き留めておきたい。

現在、アメリカの刑務所には200万人以上が収容されているという。これはアメリカの4倍の人口を持つ権力国家中国の刑務所人口より50万人多いんだそうだ。アメリカは自由の国、中国のほうがしめつけがきびしい、というような印象があるのに意外な感じがする。ちなみに日本の刑務所人口を調べてみると、7万人強だそうだ(2006年3月の記事 による。)アメリカの人口は日本の2倍以上だが、それにしてもアメリカの刑務所収容者人数の割合はかなり高い。

「他のいかなる民主主義国家も、アメリカほどの規模で市民を投獄していない。」何故、アメリカはこうなったのか。

犯罪が多いから、という説。確かに先進国のなかでもとりわけ殺人発生率は際立って高い(日本の10倍ほど)そうだが、犯罪と投獄率は必ずしも相関関係がないらしい。

このような刑務所に関わる仕事に携わって生計をたてているアメリカ人は現在230万人を超え、「アメリカ国内の3大民間雇用主であるウォルマート、フォード、ジェネラル・モーターズの総従業員数より多い。」結局、そのような刑務所産業を維持していくため、投獄者は政治的に生み出されているのだ、という説。

そして、「アメリカの人口の約70%は白人であるが、刑務所人口の70%近くは非白人である。」「刑務所や拘置所に入れられているアフリカ系アメリカ人男性の数は、大学に通っている者の数より多い。」また「アメリカの投獄率が急速に増加したのは公民権運動が様々な勝利をおさめたのと同じ頃だった。」というような事実から、「大衆の投獄は、公民権運動と社会福祉国家に対する保守的な反動として理解すべき」だとする説。「露骨な法的差別は解消されるなか、実は人種的、経済的民主主義は後退していることをこの『刑務所ブーム』は示している」

「9・11以降は警察権力と刑事罰が強化され、刑務所収容定員も拡大されている。」...成長を続ける刑務所。

この項目を読んで思い当たったのは、「身内が刑務所に入ったことがある」という話をしていた同僚を少なくとも3人思い出したことだ。お兄さんだったり、元ご主人だったり。私は、日本人の知人のほうがアメリカ人の知人よりずっとずっと多いけど、まわりの日本人で身内が刑務所に入ったという人は知らない。まあ、わざわざそんな話はしない、っていうこともあるかもしれないけど。それでもこれだけ刑務所に収容されている人の割合が高いのであれば、合点がいく話ではある。刑務所制度ははたして本当にアメリカの『自由と民主主義』を守るものになっているんだろうか...

4121018575現代アメリカのキーワード (中公新書)
矢口 祐人
中央公論新社 2006-08

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映画「フランシスコの2人の息子」

『「セントラル・ステーション」「シティ・オブ・ゴッド」を超え、ブラジル映画歴代興行記録1位』ーというキャッチコピーにも惹かれて見に行ったのだけど、私は「セントラル・ステーション」のほうが好きだった。ブラジルでヒットしたのは、この映画で描かれているゼゼ・ジ・カマルゴという歌手がそれだけ人気があるということなのだろう。

ストーリーはちょっと冗長な感じがしたけど、ゼゼの子ども時代を演じていた男の子ののびやかな声は気持ちよかった。

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映画「サン・ジャックへの道」Saint-Jacques... La Mecque

亡くなった母の遺言により、遺産を相続するためには兄弟そろってフランスからスペインの聖地サン・ジャックまで1500キロの巡礼路を歩かなければいけないことになった。兄弟3人は仲が悪く、そんなしちめんどくさいことはやりたくないが、仕方なく参加。このほか、高校生や中年女性、ガイドを入れて総勢9名の巡礼の旅が始まった。

2ヶ月も歩くだけの旅を続けていれば、いろいろなことがあるだろう。失読症の少年と高飛車な女性高校教師のエピソードが私は一番好きだった。ただ、しばしばはさまれる夢の場面は私にはちょっとなじみにくかった。

ひたすら歩いて、宿泊所で寝る。宿泊所がいっぱいのときは教会を使わせてもらったり、学校に泊まったり。こんな旅をしてみたいなぁ...と思いつつ、映画館を出ると、「サンティアゴ巡礼の旅」のパンフレットが置かれている(^^;)。9月出発16日間で約60万円のツアー。これはまあ無理だけど、いつかこの映画のような旅ができればいいなぁと思う。

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本「裁判員になりました」by 日本弁護士連合会

本というよりパンフレット。2009年5月までにスタートする裁判員制度について、裁判員に選ばれたら、どんなふうに参加することになるのか、というのをわかりやすく書いたマンガ。原作は「家裁の人」の毛利甚八さん。

「疑わしきは被告人の利益に」というのは聞いたことはあったけど、それがどういうことなのかがちょっとわかった。基本的に、職業裁判官だけでなく、一般の市民が裁判に参加するのはいいことであるような気がする。たくさんの目で見ることで、無実の人が有罪とされてしまう危険が少なくなる気がする。

私がもし裁判員に選ばれたら、私の場合は、管理休暇というのを使えそうなので、時期的に他に忙しい用事がなければ、たぶん引き受けるだろうな、と思う。

1冊100円(A4判80ページ)。一般の書店では販売していない(霞ヶ関の弁護士会館ブックセンターでのみ店頭販売)けど、本の代金と送料を切手で送れば、郵送してくれる。詳しくはこちら

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赤ちゃんバチの歌

生協パルシステムで今募集しているブログのテーマが「子どもの好きな歌」。子どもの好きな歌はたくさんあるけど、うちの保育園で、1歳児から5歳児までみんなが大好きな歌、というのがひとつあり、ちょうどいい機会なので紹介したい。それは "Baby Bumblebee"という手遊び歌。

Bumblebee というのは辞書をひくと「マルハナバチ」となっている。ミツバチ科マルハナバチ属のハチの総称だそうだ。わらべ歌によくあるように、各地でいろんなバージョンがあるようだけど、私が歌っている歌詞を採録すると

I'm bringing home a baby bumblebee.
Won't my mommy be surprised at me.
I'm bringing home a baby bumblebee.
Ouch! It stung me!

I'm squishing off the baby bumblebee.
Won't my mommy be surprised at me.
I'm squishing off the baby bumblebee.
Oh...it's yucky

I'm wiping off the baby bumblebee.
Won't my mommy be surprised at me.
I'm wiping off the baby bumblebee.
Look! It's all gone!

このメロディで歌えるように日本語に訳してみる。

あかちゃんバチをつかまえた
ママはびっくりするだろな
あかちゃんパチをつかまえた
イテッ!ハチがさしたー!

あかちゃんバチをつぶしちゃえ
ママはびっくりするだろな
あかちゃんバチをつぶしちゃえ
オエェー、キッタナーイ!

あかちゃんバチをふきとろう
ママはびっくりするだろな
あかちゃんバチをふきとろう
ホラ!きれいになったよー!

1番では、両手をあわせて、中にハチが入っているようなふりをし、「イテッ」で、手をあけてハチにさされたように顔をしかめる。2番では両方の手のひらをこすりあわせて、ハチをすりつぶすマネ。「オエーッ」で、いかにも汚いというふうに手のひらを見せる。3番では、手をズボンやシャツにこすりつけて、手を拭くマネ。「ホラ!」で手をみんなに見せてにっこり。

歌詞がちょっと違うけど、メロディがここで聞ける。これは最後の部分がメロディになってるけど、私の歌っているのだと、最後の部分(イテッ!...など)はセリフなのでメロディはない。

パソコンで楽譜が書けるという無料ソフトをダウンロードして楽譜を書いてみた。音程をつけずに×印などで音符を書く方法がわからなかった(ないのかもしれない)ため、セリフの部分は、適当に書いてある。このソフトで書いたファイルをこのソフトで開けると、演奏もしてくれてなかなか便利だけど、ソフトを持っていないと役にたたないと思うので、楽譜のみ撮影して、JPEG にした。楽譜をクリックするともう少しはっきり読める。
Bumblebee

そもそもハチを生きたまま持って帰るなんてありそうもない話だし、内容的にもあんまり道徳的じゃない(^^;)けど、この手遊びは幅広い年齢の子どもが本当に楽しむので(若干の演技力が必要(^^))、歌詞の内容が気にならなければ(^^;)、日本語ででも英語ででもぜひ歌ってみてください。

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中東和平への期待

P-navi info の記事で、NHK-BS1 で、パレスチナ関連のドキュメンタリーが2本放送されることを知り、録画して見た。

ひとつは「パレスチナの村を分断壁から守れ ~共に闘うイスラエルの人々~」(原題:Bil'in My Love)。ヨルダン川西岸地区のビルインという村で、現在イスラエルが分断壁を建設中なのだが、その分断ラインがパレスチナ側に大きく食い込み、パレスチナの人たちがまたもや土地を失う、という事態が起きている。それに対して、非暴力で抵抗する人たち。石を投げることすらしないのだ。石を投げることがイスラエル側の発砲の口実となる。ある日のデモで、パレスチナ側に石を投げた者がいたが、それは村人ではなく、支援者のふりをして入り込んだイスラエル人だった。あの手この手で挑発するイスラエル...ただ、このフィルムを撮影したのはイスラエル人なのだ。彼はビルイン村に泊り込んで、パレスチナ側の人の言い分に理がある、と感じるようになる。

もうひとつは、義務により兵役についたイスラエル人たちが、兵役を終えた後に、軍のなかで疑問に感じていたこと、占領はおかしいんじゃないか、と感じていたことを言葉にし伝えていく "Breaking the Silence" (沈黙を破って)というグループの活動の紹介。

以前、「イスラエル 兵役拒否者からの手紙」という本を読んだけど、同じような活動をしているグループがイスラエル国内にあるのだ。「テロリストを支援している」などの非難を受けながらも、現実から目をそむけ続けることに耐えられなくなった人たち。同じような気持ちを感じている人を探し出して、その証言をビデオに収め、兵役中に撮った写真を集める。後ろ手に縛られ、目隠しをされ、座らされているパレスチナ人達。パレスチナ人の家に勝手にあがりこんで、我が家のように傍若無人に振舞っているイスラエルの兵士達。そして軍の中にいるとどんどん感覚が麻痺していくんだ、という証言。それらの写真の展覧会を各地で催し、証言のビデオも流す。イスラエル軍が何をしているのかをイスラエルの人たちに知らせていく。パレスチナの人たちと話し合いの場を持つ。

現実には「沈黙を破る」ことはなかなか大変なことだ。こうした人たちはまだまだ少数派だというが、少しずつでもこの動きが広がっていけばいいなと願う。

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吉野梅郷2007

Yoshino07
今年も吉野梅郷へ。暖かかった今年は、早咲きの梅はもう散り始めていたが、多くの梅は今が見ごろ。写真は「梅の絶景ポイント」から梅の公園を撮ったもの。白、ピンク、赤。(黄色いのは梅ではない。以前、名前を教えてもらったのだけど忘れてしまった(^^;)。)

いくつか軽食やおみやげの屋台が出ていて、梅干しや梅ジャム、梅うどんなどを購入。青梅の甘露煮がまるまるひとつ入った「梅大福」も美味しかった(^^)。

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映画「ラスト・キング・オブ・スコットランド」

スコットランドの医大を卒業したニコラスは故郷を出てウガンダへ。貧しい村で、先に赴任していた先輩医師の手伝いを始めたが、ふとしたきっかけで、大統領になったばかりのアミンと知り合い、そのお抱え医師となる。

アミン(フォレスト・ウィテカー)は、若いニコラスにも気さくに接し、笑った顔は人の良さを感じさせる。このあたりは、フォレスト・ウィテカーという役者の力もあるんだろう。しかし、磊落に見えるアミンも、実は、前大統領派の反乱など、内心は様々な不安を抱えていた。やがて側近の者達を疑うようになり...

「事実にヒントを得た物語」で、事実ではない。医師のニコラスも実在の人物ではなく、何人かの実在の人物のキャラクターをあわせ持つ人であるらしい。「人の役にたちたい」という気持ちでアフリカにやってきた。しかし、女性に対しては、寝る対象としてしか見ていないようなところがあって、聖人君子ではない。その結果、トラブルも起きる...

時折はさまれる歌やリズムは心地よく、話の展開にもぐんぐん引き込まれた。アミンがどんどん疑心暗鬼になっていくのも当然の状況だと思えた。農村と都会の生活の落差なども興味深かったけど、どのくらい事実を反映しているんだろう。

ウガンダの話なのにどうして「ラスト・キング・オブ・スコットランド」なのか不思議だったけど、実際、映画のなかでも出てくるように、アミンはスコットランドが好きで、ウガンダ人を「アフリカのスコットランド人」だと考えていたらしく、自分のことを「ラスト・キング・オブ・スコットランド」と呼んだのだそうだ。(実際にはもっと長い称号。くわしくはこちら。 監督によるタイトルの解説は こちら

(以下ネタバレ)

続きを読む "映画「ラスト・キング・オブ・スコットランド」"

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It's a date!

基地に数年勤めていても、英語の基本的な言い回しを知らなかったりする(^^;)。

しばらく会っていなかった友人(英語ネィティブ)の家へ遊びに行くことになり、メールでのやりとり。まずは日にちを決め、「何時ごろがいい?」と訊かれたので、「このくらいの時間はどう?」と返信すると、"It's a date...! "と返事が来た。

同性の友人と会う約束をして「デートだね」なんて言うことがあるから、その類? それとも「その時間はデートがあるんだ」っていうことなのか...? でも、「この日なら大丈夫」と言ったはずだからそれはないよなぁ...

調べてみると、"It's a date! "で、「それで決まり!」ということらしい。この言い方は、多分、これまでにも聞いたことはあるけど、メールじゃなく直接のやりとりだと、相手の雰囲気から、この時間でいいのかどうかを迷うことはないから、深く考えたことがなかったのだろう。

基本的な言い回しで私の知らないものはまだまだたくさんありそうだ...(^^;)

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緑の卵

ドクター・スース Dr. Seuss は、アメリカ人なら誰でも知っていると言われている絵本作家。彼の誕生日が3月で、そのため(?)今月は読書月間になっていて、彼の "Green Eggs and Ham" という作品にちなんで、今日は緑の卵とハムの朝食が提供され、親が招待された。

Greeneggキッチンから持ってこられた緑の炒り卵(左の写真はクリックで拡大)を見ると、ちょっと食べる気がしない。それでも普通のハムとともに盛り付けるとなんとか見られるかな。意を決して食べてみると、味は普通の炒り卵。普通の炒り卵に食紅(食緑というべきか)で色をつけたものだ。Greeneggham_1うちのクラスの子の4歳のお姉ちゃんは気味悪がって食べようとしなかったらしいけど、うちのクラスにひとりいる1歳の子は、口に入れたあと気に入ったようでしっかり食べていた。(0歳児はハムは食べられるけど、卵は1歳を超えてから食べさせることになっている。)同僚のなかには、「いつものスクランブルエッグよりもしっとりしていておいしかったわ」と言っている人もいた。

Seusscake_1午後のおやつの時間にはドクター・スースの誕生日を祝ったケーキ。この写真を見た長女は「赤!」と一言。確かにこんなにどぎつい赤は日本ではあんまりケーキに使われたりしないかな。アメリカ人と日本人では食べ物の色に関する感受性は結構違っている気はする。それでもやっぱり緑の卵は変な感じはするようだけど。

ドクター・スースは、"The Cat in the Hat" とか "Fox in Socks" のように、韻を踏んだ言葉遊びのおもしろい本をたくさん書いている。日本語でいうと「かっぱ らっぱ かっぱらった」という感じかな。確かにテンポがよくて言葉遊びはおもしろいかもしれないけど、どちらかというとナンセンスな本で、私にはどうしてそこまで根強い人気があるのかよくわからない。

"Green Eggs and Ham" は、"Sam I am" という名前の生き物に「緑の卵とハムはいかが」とすすめられて「いらない、緑の卵とハムは嫌いだ」と言うのだけど、あの手この手を使ってすすめてくる "Sam I am" に根負けして、「ほっておいてくれたら食べてみるよ」と言って食べてみたらおいしくて気に入った、という話。「今日の朝食会に来ますか?」とある親に尋ねたら、"I would not come, Sam I am." と、本のなかの言い回しを使って答えられた。こんなふうに、日本人なら誰でも知っている現代の絵本作家って誰かなぁ、とちょっと考えてしまった。

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デジカメ オリンパス μ725SW

デジカメ EXILIM S-500の調子が悪く、シャッターを押してからの反応にも時間がかかるような状態だった。それでもなんとか使っていたのだけど、どうにもピントが合わなくなった。もう何度か修理には出しているが、保証期間の切れてしまった今となっては修理代も結構かかるだろうし、何よりも、「またすぐに調子が悪くなるのではないか」という不安がぬぐえない。それで今度はカシオ以外のメーカーで探してみることにした。

カシオのデジカメがすぐに故障したのは、たぶん、私の使い方があらいせいだろう。水遊びをしているときや砂遊びをしているときでも、子どものいい顔を見たらすぐに撮りたい。というわけでどうしても濡れた手や砂のついた手でさわってしまうことになる。カメラをポケットに入れて、飛んだりはねたりしているうちに落とすこともある。そんな手荒い使い方をしても大丈夫なデジカメってないんだろうか...と探してみると、それがあったのだ!

オリンパス μ725SW。 この製品のホームページ(左のリンク)で、水に濡れ、砂にまみれたデジカメの写真を見て感激してしまった。水深5mまでの撮影が可能。1.5mの高さから落としても壊れにくい。砂がついたら水洗いができる!まさに私のためのカメラだと思った(^^)。デジカメは精密機械で水や砂は大敵。そうわかっていても、そういう状況で撮りたいことだってあるし、どんなに気をつけていても、私の使い方はそう簡単に改まりそうにない(^^;)。デジカメを海に落としてダメにしたこともあるし。 このデジカメなら大丈夫だったわけだ。店頭で触ってみて、シャッターを押してから降りるまでのタイムラグも許容範囲であることを確認し、楽天内の店で購入。

現在はこの上位機種のμ770SW というのが出ている。こちらは水深10mまでオーケー。でも私はそこまではいらないかな、と思ったのと、μ725SW のほうがデザイン的に好きだし、あと、μ770SW が出たばかりでμ725 は値が下がっていたので、こちらを選んだ。

まだ使い始めて少ししかたっていないが、感想として、写真はきれいに撮れるので不満はない(私は細かいことにこだわらない人なので、このへんの評価はおおざっぱだとは思う(^^;))。シーンセレクト機能があり、ポートレート、風景、夜景、料理、文書など、状況に応じたモードが選べるので、私のような万年初心者が使うのに楽。ブレ軽減モードもある。ただ、EX-S500 と比べるとちょっと使い勝手が悪いかな、と思う点がある。

昨日は次女の中学の音楽会で、デジカメの動画撮影機能で撮影するつもりでいたら、動画撮影中にはズームが使えないことに気づいた。デジタルズームをオンにしておけば使えるらしいと知ったが、ふだんは切っているので、動画を撮ろうというときには気をつけなくてはいけない。また、EX-S500 では、画像なしの音声のみの録音も可能で、私は結構重宝していたのだが、これにはそういう機能はない。エクシリムでは、充電用クレードルにカメラを載せるだけで充電できたが、μ725 では充電池をカメラから取り出して充電しなければならない。デジカメの使用頻度が高いと充電も頻繁にやらなければならないので、わりと面倒に感じてしまう。

それでも、この機種の売りは頑丈さだし、それはエクシリムにはなかった点だろう。デジカメがしょっちゅう故障する、という状態から解放されるならありがたいことだ。すべての要望を満たすようなカメラがない限り、何かをあきらめなければいけないわけで、今の私に必要なのは、コンパクトでこわれにくいカメラ。

ペンタックスの Optio W30というのも、防水&防塵仕様のようだ。これだと記録媒体がSDカードなのがいいかな。エクシリムと共通なので、今までのものが使えるし。μ725 はXDピクチャーカードなので新たに買わなければならなかった。でも私が μ725 を選んだ理由は、できるだけコンパクトでスリムなのがほしかったのと、やっぱりデザインが気に入ったから。

コンパクトで頑丈でシンプルなデザイン。こんなデジカメに出会えてよかったと思っている(^^)。

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映画「善き人のためのソナタ」DAS LEBEN DER ANDEREN

原題は「他者の生活」という意味らしい。ベルリンの壁が崩壊する前の東ドイツで、反体制派と思われる人たちを監視していたシュタージ(国家保安省)という機関があった。ヴィスラーはそのメンバーで、「偽証している者のウソをどうやって見抜くか」というような指導をしたりしている。「反社会主義的な考え方をする者は国家の敵であり、排除しなければならない」と本気で考えているらしく、人間的な感情のかけらも見えない。

そんな彼が劇作家ドライマンとその恋人クリスタの生活を監視することになった。隠しカメラの映像と盗聴器から知る、人間の感情にあふれた他人の生活。それを毎日見聞きしているうちにヴィスラーの心に変化が起きる。

若干、不自然に思える場面があったりはしたけど、結構、意外な展開をして、目が離せなかった。

この映画、「ヴィスラーがドライマンたちの生活や芸術に触れるなかで変わっていく」と解説されているけれど、私は、ヴィスラーがクリスタに恋をしたんだと思った。クリスタの出ている舞台を見たときに彼女に恋をして、それで「ドライマンを監視する」と言い出した。たぶん、彼はそれまで恋をしたことがない。彼女をどうこうするつもりはなくて、ただ、彼女の生活を守りたくなったんじゃないかと思うのだけど。

だとしたら(だとしなくても)恋って素敵なものだ。旧東ドイツのような社会主義国家で芸術を監視していたのは、人間の自由な感情表現を制限する必要があったからだろう。恋は人間の自由な感情表現の必要なものだろう。

不自然に思えた場面は(以下ネタバレ)

続きを読む "映画「善き人のためのソナタ」DAS LEBEN DER ANDEREN "

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三四がなくて

基地の電光掲示板で、”SAFETY FIRST, LAST, AND ALWAYS" という標語を見た。"SAFETY FIRST" は「安全第一」ってことだけど、それに LASTALWAYS が加わったら、何て訳せばいいかなぁ...と考えて、「一に安全、二に安全、三四がなくて、五に安全」ってとこかな、と思い、「なかなかいい訳じゃん」と自己満足(^^;)。でも、ALWAYS は「いつも」ってことだから、「三四がなくて」じゃなくて「三四も安全」っていうべきかなぁ、などと思い始め、そもそもどうして「三四がなくて」っていうんだろう、と気になった。

調べてみると、「一に○○、二に△△、三四がなくて、五に□□」という言い方は、「元禄時代の初め頃から、主に金持ちの順序をいう時に使われていました。一、二がケタ外れに抜きん出た金持ちでしたから、三位以下がすぐ後には続けないという意味だった」のだそうだ。

ってことは、基本的には○○、△△、□□には違う言葉が入るべきなんだろう。でも、これにみんな同じ言葉が入る場合もある。ALWAYS の意味を正しく伝えるなら、「一に安全、二に安全、三四も安全、五も安全」になるのかな。

ちなみに、この言い方の解説をしていたサイトでは、他に「四の五の言う」「ぴか一」「一か八か」という言い方の語源解説もしていておもしろかった。みんな博打に由来する言い方だったとは!興味のある方はどうぞ(^^)。

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人生はかけ算?

某所で見つけた言葉。「人生はかけ算だ。どんなにチャンスがあっても、君が『ゼロ』なら意味がない。」調べてみると、ナカムラミツルというイラストレーターの人の言葉らしい。

そうかなぁ?
赤ちゃんの状態をゼロだとしたら...赤ちゃんはいろんなことをドンドン吸収していく。ゼロだからいろんなことが入っていく。飽和状態だったらもう何も入らない。ゼロであるのはそんなに否定的にとらえられることでもない。

で、もし、赤ちゃんの状態をゼロとはいわないのなら、ゼロの人なんていない。

映画や芸術作品とかで、自分にはピンとこないもの、というのはある。その作品が訴えかけようとしているものへの受容体が自分のなかにはないことがある。でもそれでもいいんだと思う。映画でも芸術作品でも、万人に訴えているものとは限らないだろうから。

かけ算っていうことばにひっかかってしまったのは、たまたま「じゃりン子チエ」の映画版主題歌をYouTubeで見たばかりだったから。「かけ算ばかりのこの世ではひき算するやつ美しい」っていう歌詞があるのだ。この曲の歌詞もかなり意味不明だけど、なんとなく楽しい(^^)。

でもって、「じゃりン子ちえ」テレビアニメ版の主題歌「バケツのおひさんつかまえた」 を私のテーマソングとすることにしました...ってこれも意味不明ですね(^^;)。でも、やっぱり「じゃりン子チエ」は原作もすごいけど、テレビアニメもよくできているなぁと思う。このテレビのオープニングの主題歌のアニメでは「バケツのおひさんつかまえたー」でチエちゃんがニカーッと笑うところがなんとも素敵だ(^^)。

で、結論。
多分、人生は算数じゃない...と思う。

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レバノンの難民キャンプ

レバノンのパレスチナ難民キャンプからふたりの女性が来日し、その歓迎交流会があった。キャンプの幼稚園の先生をしているモナさんと、歯科の看護士をされているナディアさん。

Lebanonsweetsまず、ふたりがそれぞれの職場や自分の生い立ちについて英語で話し、そのあとレバノンからのおみやげのバクラワ(写真。甘すぎることなく、美味しかった(^^)。丸いお皿に入っているのはナツメヤシ)などをいただいた。その後、モナさんの話を聞きたい人とナディアさんの話を聞きたい人に分かれて歓談。ふたりともアラビア語のほうが話しやすいようで、参加していたシリアからの留学生がふたり、通訳をしてくださった。

私はモナさんの話を聞いた。モナさんの勤務する難民キャンプの幼稚園は午前8時から午後1時まで。家ではファーストフードなどを食べることも多いであろうと思われる子ども達のために、幼稚園ではなるべく健康的な食事を提供しているそうだ。年間で1万5000円くらいの保育料を家庭が負担しなければならないのだが、それが払えない家庭もあるため、そういう場合は近所の人などが負担している。キャンプのなかは狭いけれど、子ども達が安全に遊べる場を提供しているし、たまにはキャンプの外へ遠足に行くこともある。ただ、昨年は戦争で情勢が不安定になったためあまり外へは行けなかった。

先日、来日したガザのマジダさんの話に比べると、少しはゆとりがあるかな、という印象だった。キャンプの幼稚園の運営に、レバノン政府はいっさい財政的な援助をしていないが、海外のNGOからの支援を受けている。幼稚園の活動の写真を見ていても、クッキングや絵画、演劇など、楽しそうな子どもの様子が伝わってくる。

ただ「難民」であることのむずかしさ、というのはあるようだ。レバノンはパレスチナキャンプの人たちの国じゃないから、レバノン人が持っているのと同じ権利を持つことはできない。具体的には、土地や不動産を持つことができないし、公的な社会サービス(教育、保健など)を受けることができない。それらは国連の機関に依存している。また、高い教育を受けていても就くことのできない職業もたくさんある。なんといっても自分の家がない状態というのは不安定なもので、子ども達が絵を描くと決まって「家」の絵を描くという。

「難民」であることの大変さは私たち日本人にはなかなかわかりにくいことなのだろう。モナさんは日本に行くことが決まってまわりの人たちにはずいぶん自慢したそうだ。これから2週間日本に滞在されるので、たくさん楽しい経験をしてもらえたらいいと思う。

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歯固め

歯の生える頃に、子どもがぐずぐず言い出すことがある。英語では teething と言い、0歳後半から1歳頃、原因がわからないけどなんとなくぐずったりちょっと熱が出たり、というようなときに "He is teething." といって大人は納得したりする。日本だと「知恵熱」って言われるのかな。"teething" にぴったり対応するような言葉ではないけれど。

実際、歯が生えてくるときには歯のところがむずむずして気持ち悪いのかもしれない。1歳児のクラスでは友達を「噛む」ことがしばしば問題になったけど、そんなときにちょっと助けになったのが歯固めのおもちゃ。とにかく何かを噛みたい、という状態の子どもには役立つようだ。保育園で使っているのは中に液体が入っていて冷蔵庫で冷やして使う。冷やさなくても使えるけど、冷やしてあると、歯にあてたときに、より気持ちがいいようだ。うちのクラスの子ども達も友達を噛もうとすることがあるので、そういうときに渡してあげると、結構しばらくそれを噛んで(なめて)いたりする。なんとなくぐずぐず言うときにもこれでしばらくおさまることもある。

我が家の子どもたちが赤ちゃんの頃には、歯固めといわれるおもちゃはあったけど、中に液体が入っていたり、冷やして使う、というようなものは見たことがなかった。日本では売っていないのかなぁと思ってさがしてみると、うちの保育園で使っているのと同じものを見つけた。これだけではなく、他にもいろんな形のものがあるので、これくらいの年齢の子どもを持っている人は、気にいったものをひとつかふたつ持っていると、子どもがぐずったときに役立つこともあるかもしれない(^^)。

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