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映画「六ヶ所村ラプソディー」

青森県六ヶ所村に完成した使用済み核燃料再処理工場をめぐる村の人々の生活と思いを追ったドキュメンタリー。映画のあと、監督と田中優さんという方との対談があり、私はいろいろなことを初めて知った。

12000人の村人のなかで、今も原発反対活動を続けているのは数人だという。多くの人たちは核施設があるという事実を受け入れ、共存していこうとしている...というか、村で生きていくには他に産業がない...

「ヒバクシャ」という映画を撮った監督の鎌仲ひとみさんは、核問題を追うという流れで六ヶ所村を撮ろうと決めた。そして、2004年から2年間、村で撮影を続けるなかで見えてきたのは、根底にはお金の問題があるのだ、ということ。

映画のなかで、「核廃棄物の受け入れ場所がない」という話で、東大の教授が「結局はお金でしょう」と言う場面がある。受け入れてくれるなら、そのための調査をさせてくれるなら、これこれのお金を払いましょう、それでも足りなければ2倍、5倍、10倍払いましょう、と言うことで、手をあげる自治体が出てきますよ、と。そして、実際にそういう自治体が出てきている...

私達が原発反対を言うのをためらうのは、「自分もたくさん電気を使っている」という負い目があるせいもある。しかし、現実には、家庭で消費される電力は全体の25パーセント程度であり、残りは企業による使用だ。そして、電力不足が問題になるのは、夏の平日の午後2時から3時ごろの間のみ。他の時間帯は問題ない。そして、その夏の平日の数時間のために、巨額の投資をして原発を作っている。その時間の消費をおさえることさえできれば、新たに原発を作る必要はない。そして、これは、その時間帯の企業の使用料金を高く設定することで可能だ...と、こういう説明は、映画のなかでされたのではなく、映画の後、田中優さんという方の説明から知った。

映画のなかに、無農薬のおコメを作り続けてきた女性が登場する。しかし、核燃料処理施設ができたことで、放射能汚染を心配しなければならなくなった。秋になっておコメを収穫して、それをお客さんが美味しいと言ってくれる、それが嬉しい、自分は幸せ者だ、と話しながら、でも放射能汚染の心配について話したら、今後は契約できない、と言うお客さんが出てきた...一所懸命育ててきたおコメを食べてもらえない...この人の胸のうちを思うとつらくなった。

この再処理工場は今年の秋に本格始動する予定で、そうすると空と海に毎日、放射性物質が放出されることになる。その量は一日で原発一年分だという。そしてプルトニウムと核廃棄物がうみだされ、その行き先は決まっていない...やっぱり今、止めなければだめなんだと思う。

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