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映画「バベル」

ネットでの評価はいまいちっぽいので、「ダ・ヴィンチ・コード」みたいに、出演者がやたら豪華で、でも映画はわかりにくい、という感じのものかな、と思っていたら、結構おもしろかった。

舞台はモロッコ、アメリカ、日本、メキシコ。4つの違う場所で同じ時代を生きている人たちが描かれる。同じ時代だけど、すごく違う。
日本(東京)については、洗練された都会の部分と居酒屋のように庶民的なところまで描かれていて、一面的なイメージではなく、確かに東京の今を切り取ったものだったと思う。ただ、菊池凛子の演じていた女子高生は私のまわりの女子高生とはあまりに違う(性的にとてもルーズなふうに描かれていると感じた)し、役所広司の演じていた超リッチな人物も、平均的な日本人とはいえないだろう。日本は銃が手に入りやすいところではないと思う(違うのかな)し、その銃(ネットで調べてみると安いものでも10万円はする)を簡単に現地のガイドにあげてしまう、っていうのも、ちょっとありそうにない設定だ。

でも物語の展開にはぐんぐんひきつけられた。モロッコのシーンで出演している現地の人はみんな素人だというが、すごくいい雰囲気が出ていたし、メキシコ編も結婚式の様子や鶏を絞めるところなど興味深かった。でも、これらも現地の人が見たら、何か違和感があるのだろうか。

旧約聖書のバベルの塔の話は、私には理解しがたいものだ。神に近づこうとした人間を不遜だとして神様が怒り、言葉を通じなくさせてしまった、なんて。神様ってそんなに心の狭い存在なのか。神様は人々を争わせたかったのか。神様って慈愛に満ちた存在じゃないのだろうか...この映画のなかでバベルの塔の話が出てくるわけじゃないけど、人と人がわかりあえない、かみあわない、そういう状態を象徴したタイトルということなんだろう。

同じ時代を生き、同じ場所で暮らしていても、人の立場は同じではない。一方は主人であり、一方は雇われ人だ。一方は入国を許可する立場にあり、一方は何を言われても従わなくてはいけない。あるいは障がいを持つ人とそうでない人。さらに違う場所で生きる人とは言葉や習慣も違う。人はわかりあえないのか...でも、言葉が通じなくてもわかることもある。

印象に残った場面は (以下ネタバレ)


モロッコの田舎町で、獣医に傷口を縫ってもらって、でも興奮がおさまらず取り乱すケイト・ブランシェットに対し、そっとタバコをすすめる女性。言葉は通じないけど、その女性がケイトを落ち着かせようとしていることは感じ取れて、ケイトも次第に落ち着きをとりもどしていく。

そして砂漠のなかに置き去りにされた子どもたちと乳母のアメリア...照りつける太陽と歩きにくい砂の上、道らしい道は見当たらない...アメリアの不安と子どもたちの不安はこちらによく伝わってきた。

妻が緊急手術をしなくてはならなくて、でも子どもたちにそんなことを悟られないように、と思いながら子どもと電話をしているブラッド・ピットが思わず泣いてしまう場面...

最後の場面はちょっと唐突な感じはするけど...
少なくともすごく悲観的な結末じゃないからいいかな...

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