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マイクロファイナンス

放送大学「途上国の開発」のテレビ録画を、パソコントラブルで2回続けて失敗したため、学習センターまで見に行ってきた。録画に失敗しても「まあいいか」ととばしてしまう教科もあるけど、この科目は途上国の様子が映像で紹介されるのが好きなので。

第3回「食糧不足段階の開発」というのをちょっとウトウトしながら見て(^^;)、第4回「マイクロ・ファイナンス」のビデオへ。マイクロ・ファイナンスって聞いたことあるなぁ...という感じで見始めたのだが、グラミン銀行の創設者ムハマド・ユニス氏のインタビューが始まって、私の目は画面に釘付けになった。

知っている人もきっと多いのだと思うけど、グラミン銀行は、バングラデシュで、貧しい人たちに小口の貸付など(マイクロ・ファイナンス)を行なっている銀行だ。インタビューは、どうしてこういうことを始めたのか、についてだった。

独立してまもない1974年、バングラデシュは大飢饉に見舞われた。ユニスさんは人々の惨状を見て何かしたいと思い、隣の村へ出かけていく。そして知ったのが、人々はほんの少額の借金に苦しんでいる、ということ。その村で借金を抱えている人が何人いるか学生に調べさせたら42人で、その借金の総額は27ドルー約3000円だった。そしてそれだけのお金のために、人々は金貸しの言う屈辱的な条件に耐えなければならないのだ。ユニスさんはポケットマネーから27ドルを出してそれらの人たちに渡し、これで金貸しの言うことを聞く必要はなくなる、と伝えたところ、人々は大喜び。そしてやがてそのお金もみんなユニスさんのところへもどってきた。

ユニスさんは銀行に行き、貧しい人たちにもお金を貸すように頼んだが、銀行は担保のない人たちにお金を貸そうとはしなかった。リスクは自分が引き受けるから、と保証人になって貧しい人たちにお金を貸してもらうようにし、その人たちがちゃんと返済しているにもかかわらず、銀行は貧しい人たちに直接融資はしない、という考えを変えることはなかった。そこでユニスさんは自分でグラミン銀行を設立したのだ。

普通の銀行はお金のない人にはお金を貸さない。でも、グラミン銀行の融資は、お金のない人が優先だ。担保もない人にどうしてお金を貸すことができるのか。ユニスさんは「信頼」だと言う。信頼が信頼を生むのだ、と。具体的には、お金を借りたい人は5人でグループを作る。そのグループのメンバーが順番にお金を借りられる。もしメンバーがお金を返せない場合は、そのグループのほかのメンバーが責任を持って返済しなければならない。というわけで、みんな、お金をちゃんと使えないような人はグループに入れようとはしなくなるし、借りた人がお金を有効に使っているかどうかについてもメンバー内で監視するようになる。このシステムを採用した結果、返済率は98パーセント以上となり、政府系の農業銀行の返済率が50パーセントを切っているのとは大きな違いを示した。

何かしたい、と思っても実際に行動に移せる人はその何割かで、それを成功させてしまう人はまたその何割かだろう。ユニスさんは抑えた口調ながら情熱的に語る人で、ステキな人はいるんだなぁと思った(^^)。

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学問・資格」カテゴリの記事

コメント

グループを作ると言う発想が貧しい人々にとっては恩恵になったんだなぁ・・・
そういう見方を変える発想ができるかどうか・・・・

口だけで貧しい人の見方と言うのは簡単だけど、実行するのがすごいですねぇ

投稿: Cos | 2007.05.07 00:00

Cos さん、どうも(^^)。

担保なしでお金を貸して、でも「施し」ではなくて。

それまで、お金を貸す側は、貸す相手に返済能力があるかどうかを調べるためのコストがずいぶんかかっていたらしいです。グラミン銀行は信用調査を自分でしなくてよかったからそのぶんのコストがかからなかった。ユニスさんは、実際自分で村に入っていっていたから、農民のコミュニティを見て、このやり方でうまくいく、と思ったのでしょうね。

ユニスさんほどのことができるためには、やはり才能が必要だと思いますが、そこまでのことはできなくても、何かできることはあるかな...

投稿: じゃりんこ | 2007.05.07 00:54

マイクロファイナンス・・・見方を変えた金融ともいえるし
○○講といった互助システムのひとつの応用とも考えられるしおもしろいです。

投稿: Cos | 2007.05.07 08:09

Cos さん、

私は江戸時代の「五人組」をちょっと思い出しました。

マイクロ・ファイナンスを行なっている銀行が必ずこのシステムを利用しているわけでないようです。たとえば、都市にある銀行の場合、農村のように人々の共同体意識が強いわけではないのでグループを作るのがむずかしく、「一定額の貯金をする」などの条件をつけて、個人に貸付を行なっているところとか。

普通の銀行はお金を貸す前にいろいろ調査をしているのでしょうが、不良債権をいっぱい出していますよね。でも、グラミン銀行は貧しい人に無担保で貸して、そして返済率は高い。人が「きちんと返済しよう」という気持ちになるのは、隣人の信用を失いたくない、という気持ちから、ということでしょうか。

投稿: じゃりんこ | 2007.05.07 20:03

じゃりんこさん、こんにちは。私も、ユヌス氏の伝記を読んで、関心を持っていました。(伝記が書かれた時点では、ノーベル経済学賞候補だったらしいけど、ノーベル平和賞をとっちゃいましたね。)
貧しい人々が高利で借りなくてはならない状態を当たり前だとしていたら全く自立できないわけで、「無知」は悲しいと思います。農村に自ら入っていって、それに気づかせ、男ではなく、女の人に貸してあげるというシステムを確立した彼の行為はは本当に、途上国の女性の地位を高めるのに役立ってると思います。

投稿: guri | 2007.05.07 21:36

guri さん、こんにちは(^^)。

ユヌスさんの伝記を読まれたんですね。私はマイクロ・ファイナンスって、ほんとに「聞いたことがある」っていう程度で具体的なことは何も知らなかった(^^;)ので、話を聞いて感激してしまいました。

担保のある人ではなくない人に貸す、男性よりも女性に貸す、銀行に返しにきてもらうのではなくこちらから取りに行く、など、いろいろな点で普通の銀行と違う、そういうやり方を考え出して実践して、しかも貧しい人の生活を実際に改善した...本当にすごい人だなぁと思います(^^)。

投稿: じゃりんこ | 2007.05.07 22:15

じゃりんこさん、前に自分のブログでコメントしたことがあったと思いますし、先入観のようなものを与えるのはよくないとは思いますが、気がついたことをいくつか。

まず「女性」が主体であるということが第一の成功の鍵であるような気がしています。 それはマイクロファイナンスに限らず、地道な活動全てに関してです。

またグラミン銀行にしてもBRACにしても、成功したバングラデシュの組織というのは、日本のNPOなどのイメージとはまったく違って、よくも悪くもかなりビジネスに近いという印象を持っています。 ダッカに立派なビルやお店を持っていたりします。

あと現場で感じたことは、実は本当に必要なところに届くまでにはなっていないのではないかということです。 モスレムの女性たちは村を出るのが難しいのですが、せっかくの研修も郡の中心でしかやっていなければ女性はなかなか参加できません。 事務所が郡の中心にあって職員もその周辺しか回らないとすれば、離れた村の女性たちはお金を借りることもできません。 そういうことが現実にはかなり起こっているように見えるのです。 つまり全国をカバーするということと、本当に集落の隅々にまで届くということは別の話で、これがなかなか難しいのだろうと思います。

それから、これはバングラデシュに限りませんが、国際NGOや確立された組織の職員と言うのは、その国のエリート層だったりします。 そうなると、教えることは得意でも村の人たちの話を聞けない職員が目につくことになります。 それは参加型開発を売り物にしているコンサルタントも同じですが…。

最後にもう一つ気がついたのは、NGOが中心になってやっている手工芸品作りなどの労賃が思ったよりずっと安いことです。 NGOの独占によって労賃が安値安定になっているとは、日本のNGOの代表としてバングラデシュに何年か住んでいた友人の言葉です。

投稿: axbxcx | 2007.05.08 00:16

axbxcx さん、コメントありがとうございます(^^)。

グラミン銀行は今では支店数もすごいようですし、いろいろな事業展開もしているということで確かにビジネスライクな印象は受けました。でも慈善事業ではなくビジネスだったからできた、というところもあるのでしょうね。
BRAC は、それに比べると慈善事業的な性格を持っている、という感じで授業のなかでは紹介されていたと思います。「グラミン銀行の融資対象から排除された人たちを対象としたマイクロファイナンスの試み」のひとつとして紹介されていて、グラミン銀行はすべての貧しい人をカバーしてるわけではないんだな、と思いました。現場では実際に、グラミン銀行からお金を借りられない人がたくさんいるわけなのですね。

グラミン銀行の支店長達の研修風景も映し出されていて、みなさん大学を出た方だと話されていましたから、おっしゃるとおりエリートの人たちですよね。でも、「貧しい人のために」という銀行の方針があるから、そこで働こうとする人もそういう気持ちの強い人ではないかと思ったのですが、そうでもないのでしょうか。ユヌスさんの話を聞いていると、自分がおいしい思いをするためにグラミン銀行を設立したとは思えませんでした。

女性が主体であることが成功の鍵...ですか。私は成功事例をいろいろ知っているわけではないのでわかりませんが、もしそうだとしたら、どうしてなのでしょうね...

投稿: じゃりんこ | 2007.05.08 01:08

じゃりんこさん、グラミンにせよBRACにせよ、もちろんスゴイと思います。 私の友人がBRACの創始者F.H.アベッド氏をよく知っていたので、来日されたときに喫茶店で話を聞かせてもらったこともあります。 ただ、例えば宮本常一には夢中になれても柳田國男にはなれないのと同じで、根本的なところの感覚が私とは違うと感じているのだろうと思います。 どちらが良いとかどちらが優れているということではなく…。

グラミンは制度上も銀行であってNGOではありませんが、グラミンにせよBRACにせよ、私のイメージはむしろ農林中金や農協に近いのです。 それがビジネスに近いという意味であり、成功の秘訣でもあったのではないかと考えています。

バングラデシュでBRACが経営している小学校が34,000校、初等大衆教育省の小学校が65,000校というような状態ですから、本来行政がやるべきことを肩代わりしているという見方もできるでしょう。 そういうう意味で、私は逆に地方行政のようなものを作る側の仕事に主に関わっていることになりますが…。

ケニアの場合、県の開発予算に比べて、国会議員につく予算(Constituency Development Fund、選挙区当たり年間7,000万円程度)やHIV/AIDS対策の予算が大きくて、それが県を通さずにナイロビから直接入って来ますが、いずれにせよ、地方政府をバイパスするお金の流れが多い中で、どうすれば本当に必要なところにお金が行くかが鍵と思っているのです。

バングラデシュとケニアではもちろん事情が違いますが、ケニアでは優秀な学生ほど国際機関や国際NGOで働きたいと考えていると思います。 その理由は給料と待遇であって、「貧しい人のために」と考えている人は少数派でしょう。(あるいは最初は考えていたのが都会の豊かな生活に慣れて変わってしまうのかも知れませんが…。)

バングラデシュでは、PRAを専門にしているような人たちと一緒にしばらく仕事をしましたが、中でも一番現場を知らない、現場でコミュニケーションすることができないと感じたのがグラミン銀行に十数年勤めていたという女性(社会学修士)でした。 人を訓練することは得意なのでしょうが…。

最後になぜ女性が…ですが、環境が厳しい場合、まずはいかに小さな成果を積み上げて行くかが勝負になると思うのです。 それでインプットの小さなこと、短期的に成果が出ること、周囲に拡がって行くことを、限られた場所ではなく面的に展開するというのを基本方針にしています。

そうすると、女性の方が明らかに打率が高いのです。 誤解を恐れずに書きますと、男性はよりデッカイことを目指して日常的なことをきちんとやらない、結果が見えないとすぐにやめる、お互いに張り合うという傾向が強いのだろうと思います。 もちろん全員ではありませんが…。(^_^;

真面目に働けば報われるとわかるというのが開発の基本かなと…。

投稿: axbxcx | 2007.05.08 09:17

axbxcx さん、

根本的なところの感覚の違いですか。宮本常一と柳田國男の違いもわかっていない私(--;)にはせっかくのたとえが具体的には通じてなくてすみませんが、axbxcx さんとしてはグラミン銀行のようなやり方を絶賛する気にはなれない、ということなのですね。一緒に仕事をした方がそんな方だと印象は悪くなりますよね。組織が大きくなると、創始者の思いがすみずみまでにいきわたらない、っていうことはありそうな気がしますが、axbxcx さんは、創始者の考え方にも何か違和感を感じておられるのですね。私はこれ以上の良い方法というものについて聞いたことがないし、自分でも思いつかないのでなんともいえませんが...

>どうすれば本当に必要なところにお金が行くかが鍵

そうですね。グラミン銀行のやり方でも、ものすごく貧しい人は対象に入っていないわけですものね。援助をするにしても、現地の良心的なNGO を選抜するのは容易ではない、ということも、テキストに書いてありました。

なぜ女性が...についての axbxcx さんの仮説は、なるほど、という感じです(^^)。おっしゃっているとおり、例外はあるのでしょうけど。

投稿: じゃりんこ | 2007.05.08 20:26

じゃりんこさん、私自身が例外だと思ってます。(^_^) 映画にしても、いわゆる女性映画の方が気に入ることが多いですから…。 いいなと思うと監督が女性ということが多いです。

バングラデシュの田舎を回っていて感じたのは、小農からシェア・クロッパー(収穫の半分を地主に納めるというような形)そして農業労働者と転落して行く人たちの多さでした。 ぎりぎりの生活をしていますからちょっと洪水や干ばつがあったり病気になったりするとすぐに転落してしまうのです。

金利は大体月10%なのですが、植え付け前にお金を借りてタネや肥料を買い収穫時に返すという自転車操業のために利子が50%くらいになってしまうのです。 そうすると実際には十分な収穫があってもマイナスになってしまうケースが出て来ます。 さらに農業での借金は2千、3千タカ(31千円~5千円程度)ですが、病気で入院でもしようものならすぐに1万タカを超える借金を背負うことになり、そうなると転落です。

ここの部分のクレジットを何とかできないかなあと思いました。

投稿: axbxcx | 2007.05.09 17:28

axbxcx さん、

そうですね、axbxcx さんは例外ですね(^^)。
女性映画...っていうのは女性が主人公の映画ですか?私は特に女性映画が好きっていうことはないですが、日本では最近女性の映画監督が活躍しているなぁと思います。「かもめ食堂」の荻上直子さんとかドキュメンタリーでは「六ヶ所村ラプソディー」の鎌仲ひとみさん、「ガーダ パレスチナの詩」の古居みずえさんなど。そういえば、先日、「ジャマイカ 楽園の真実」というドキュメンタリーをビデオで見てとてもよかったのですが、これも女性監督でした。

>金利は大体月10%

これはグラミン銀行からは借りられなくて高利貸しから借りなくてはいけないような人たちの場合でしょうか。
月10%ってすごく高いと思うのですが、50%では本当にやっていけないですね...

「ジャマイカ 楽園の真実」でも、世界銀行とかの「援助」の実態が描かれていて、なんか私の知らないことはたくさんあるなぁと思ってしまいました...

投稿: じゃりんこ | 2007.05.09 21:27

じゃりんこさん、最近では「サン・ジャックへの道」「ステップ!ステップ!ステップ!(Mad Hot Ballroom)」「Dearフランキー」「クジラの島の少女(同じ監督で「スタンドアップ(North Country)」)なんかが女性監督だったと思います。 ジェーン・カンピオン監督も好きです。 「ピアノ・レッスン(The Piano)」も好きですが「エンジェル・アット・マイ・テーブル」には衝撃を受けましたが…。 原作になったJanet Frameの自伝をすぐに買いました。

女性映画という意味では「約束の旅路」とか「トランスアメリカ」とか…。

月10%ですが、あちこちの村で聞いてだいたいこの数字でしたから、高利貸しというよりは一般的な利子と言ってよいと思います。 インフレ率自体が高いということもあるでしょうが…。

またお金を借りて種子や肥料を買うのは例え少しでも土地を持っている小農であって、グラミン銀行が主に対象にしている土地なし農業労働者ではありません。 シェア・クロッパーの場合は水利費同様ケース・バイ・ケースだったように思います。 簡単な調査を掛けたところ、村によっては土地なしの比率が9割を超えていたりしました。

投稿: axbxcx | 2007.05.09 23:05

axbxcx さん、

ということは、10パーセントで貸しているのはグラミン銀行ではないんですよね? でもグラミン銀行の利子もそのくらいなんでしょうか...確かにインフレのこととかがあるから、10パーセントで高利ということにもならないのでしょうけど...金持ちはますます金持ちに、お金のない人はますます貧乏に...っていう構図はやっぱりヘンですよね...

ジェーン・カンピオン監督という名前は知りませんでしたが、「ピアノ・レッスン」だけは見たことがあります。今、ツタヤディスカスで「エンジェル・アット・マイ・テーブル」を見ると、「この作品はレンタル化されていません」と出ます。購入はできるのですが、「ピアノ・レッスン」がすごく好きというわけでもないので...「めぐみー引き裂かれた家族の30年」の製作を担当されている方なんですね。

投稿: じゃりんこ | 2007.05.10 00:27

じゃりんこさん、グラミン銀行やBRACは年利で15~20%くらいではないかと思います。 「金持ちが…」、例外はあるにしても、途上国だけではなく、いずこも同じかも知れませんが…。 グローバリゼーションがもたらす格差の拡大に危機感を持っています。

Janet Frameはニュージーランドの代表的作家・詩人で、An AutobiographyはVolume One: To the Is-land, Volume Two: An Angel at My Table, Volume Three: The Envoy from Mirror Cityから成っています。 映画はVolume Twoのタイトルを取ったという訳です。

性格がとても繊細だったため、精神病と誤診されて島の精神病院に何年も隔離されたという経験を持った女性です。 映画を観てまさか実話とは思いませんでした。

投稿: axbxcx | 2007.05.10 07:53

axbxcx さん、

年利が15~20%というのは、高いと感じますが、インフレ率を考えたら良心的な設定なのですかね。
「ジャマイカ 楽園の真実」で、ジャマイカの元首相だったか誰かが、「IMF は政府に12%(年利?)で融資をするが、そのままの率で農民に融資させてはくれない。23%にしろという。(インフレ率が18%)それでIMFのヤツに言ってやったんだ。アメリカで農民に23%で貸し付けると言ったらどうなる、暴動が起きるだろう、と。そしたら”そんなの知ったこっちゃない”だと。」と話している場面がありました。IMF って途上国のための機関じゃなかったんだ、と知りました。

私はかなり鈍感なほうなので、すごく繊細な人の話というのは理解できるかどうかわかりません(^^;)。DVDがレンタルできるものなら見てみたいな、とは思いますが。

投稿: じゃりんこ | 2007.05.10 20:08

じゃりんこさん、例え金利がゼロでも将来返してもらわなければ銀行として成り立たないのは開発銀行も同じだと思います。 ジャマイカの話はよくわかりませんが、では政府の職員の給料はどうなのか、農民にお金を貸し出すために掛かるコストは誰が払うのかとは思ってしまいます。 同じ金利で農民に貸しても、将来ちゃんと返せるのであれば結構なことですが…。

また個人的にはタダであげることには反対です。 もちろん緊急援助などは別ですが、現場で見る限りただでハンドアウトをあげてよいことはほとんどありません。 他の援助機関が無料で種子や肥料を配る中、我々が配らなかったのもそのためです。 いわゆる依存体質を作ってしまうことこそが開発の敵だと思っています。

バングラデシュの最近のインフレ率は6.5%とかそのくらいですから、ハンドリングに掛かるコストなど考えたら、年率15%くらいなら良心的だろうと思いますが…。 少なくとも需要はいくらでもあるはずです。

以前書いたと思いますが、マラウイで仕事をして、世銀・IMFの構造調整はマッチポンプだったのではないかと思いました。 1990年頃、マラウイでは約1万トンのメイズの種子が国の力で津々浦々まで流通していました。 ところが1993年前後の世銀・IMFの構造調整により国営のナショナル・シーズは民営化され、モンサントになります。 そうなると売れる量しか作りませんから、流通量は4千トン台に落ちます。 同時に化学肥料(日本より値段が高い)に対する補助金が撤廃され、さらに種子を配ったり農産物を買い取っていた公社も解体されます。 当然ながら飢饉です。

それではどうにもならないので、DFID(英国国際開発省)はスターターパックと称して230万農家に2kg(計4,600トン)の種子と10kgの化学肥料を無料で配り始めます。 それに世銀も加わります。 何のことはない、民営化で足りなくなった種子をハンドアウトで補っただけです。

けれども横流しは起こりますし、輸入した種子は品質に問題があって発芽しないことが多い、さらにスターターパックを5年も続ければ批判が出て来る、それで量を減らした、ところがそのときに2年続けての飢饉が来て、さらに国のメイズの備蓄を売り払ってしまった悪者が出たために、餓死者を出してしまったという訳です。

そんな状態だったから、木と草と粘土の堰に素掘りの水路という、力仕事だけれどお金が掛からないアイディアが、爆発的に拡がったのだろうと思いますが…。

投稿: axbxcx | 2007.05.10 23:39

axbxcx さん、

私は開発援助については何もわかっていないのですが、その素人考えでも、タダであげることはよくないだろうなぁ、と思います。授業のなかでも、グラミン銀行が登場する前に政府系の農業銀行が失敗した例が話されていましたが、援助であるから、という考えで、返済能力についてまったく調査をしないで貸していたこと、またそのようなお金であるから借りたほうも真剣に返そうとしなかったのだろう、というようなことがあげられていました。結局、施しを受けるのではなく、自分のやったことが生活水準の向上につながる、という経験を通して、農民にやる気を起こさせる、そういう援助が必要なのでは、という話でした。

私がお金を借りたのは家を買ったときくらいで、その時は超低金利時代(年1パーセント台)だったので、年15パーセントって高いと感じてしまったのですが、そうでもないのですね。

構造調整(という言葉が使われていたかどうかはわからないのですが)の話は「ジャマイカ 楽園の真実」でも出てきていました。私はIMFなどがお金を貸すのにそんなにいろいろ条件をつけていた、ということも知らなくて...axbxcx さんがあげておられるマラウイの例も、ほんとに何をやってるんだろう、という感じですよね...

投稿: じゃりんこ | 2007.05.11 00:30

じゃりんこさん、なぜ現場から考えるかと言えば、理論と現場のギャップがあまりに大きいと感じているからです。 また「改革」の名の元に行われることが失敗する大きな理由は、一つは具体的な将来像なしにとにかく壊してしまうこと、もう一つは自由競争というものがあるという神話ではないかと思っています。

途上国の政府が機能していない、人が多すぎる、お金が消える…、それは多くの場合確かです。 けれども、だから人を減らせば解決するか、あるいは援助機関が直接開発に関われば、NGOが代行すれば解決するかと言えばそうではないと思うのです。 やはりいわゆる「地方自治」というものを活かして行くしかないのではないかと考えています。 しかもそういうものが途上国になかったのではないと思うのです。 多くの場合、そのような伝統的な意思決定の組織・やり方を徹底的に破壊した上に植民地政府が成立したのです。

また競争が必要なこと、場合によって見事に機能することは確かです。(ドキュメンタリー映画「ステップ!ステップ!ステップ!」の素晴らしいところの一つは、子どもたちのダンス・プログラムを通じて、競争の良いところと気をつけなければいけないところが明確に見えるところです) けれども、そのためにはたくさんの条件がある、そのようなルールなり規範がないところで競争だけ導入したらどうなるか、恐らくそれがグローバリゼーションなり格差社会の示していることでしょう。 ですから競争原理を導入すれば良いのではなく、どうすれば競争がうまく機能するようなシステムが作れるのか、そちらが問題なのだろうと思っています。

いま現場で、コミュニティー・レベルで目指しているのは、そんなことなのです。

投稿: axbxcx | 2007.05.11 08:00

axbxcx さん、

現場を知っている人には、「机上の空論」と思えることが多いのでしょうね。テキストには、「一つの途上国で成功した農業プロジェクトも別の途上国で成功する保証はない。一つの地域で成功した農業プロジェクトも同じ国内の別の地域で成功する保証はない。途上国一般の、あるいは、全国一律の農業政策は功を奏しない」と書かれていて、現地事情を十分に理解してすすめなければいけない、とされているので、現場から考える大切さについては気づかれているのではないかと思います。

「自由競争」は決して公平なものじゃない、ということは「ジャマイカ 楽園の真実」でも話されていました。

現場を知ることは誰にでもできることではないと思いますが、こうして現場を知っている人の話を聞かせてもらえるのはありがたいことだと思っていますm(^^)m。

投稿: じゃりんこ | 2007.05.11 20:54

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