« 本「キューバでアミーゴ!」by たかのてるこ | トップページ | スカイプ »

ビデオ「ナヌムの家」

「ナヌムの家」とは、第二次世界大戦で日本軍のために「慰安婦」とされた女性たちの何人かが集まって共同生活をしている場。「慰安婦」問題が日韓両国でクローズアップされた1991年頃から、元「慰安婦」の女性たちへの生活支援を求める韓国内の世論が高まり、1992年、ソウルに開設された。1995年にソウル郊外の京幾道広州市に移転。ナヌムとは韓国語で「分かち合い」という意味だそうだ(以上、ウィキペディア より)。 この映画はそこで暮らす人や、またその他の地域にいる「慰安婦」だった人にインタビューして作られたドキュメンタリー。製作は1995年で、もうみなさんかなりの高齢になっておられる。

中国に残された「慰安婦」の方を訪ねる場面があって、その方の話が衝撃的だった。慰安所だったという建物。「身も心も捧ぐ大和撫子のサーヴィス」という看板(古い写真)。話をされていた方は、17歳のときにそこへ連れてこられたのだそうだ。そんなことをさせられるとは夢にも知らずに。17歳といえば長女と同じ年...この方の経験されたことがあまりにもひどくてここに書く気にならない...自分の娘がそんなめにあったら、と思うと...

「お金がほしいのではない。もの扱いされたことがくやしい」...民間の見舞金を拒否し、日本政府の謝罪と賠償を求める運動をされている方のひとりが言っておられた。

正直言って、聞いていてしんどくなるような話だし、冗長に思えるような場面もあったけど、日本人の私が知っておくべきことだと思う。「従軍慰安婦」と聞いても、どんなものだったのか想像がつかないけど、その苦しみを実際に味わった人の姿は胸にささる。

|

« 本「キューバでアミーゴ!」by たかのてるこ | トップページ | スカイプ »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

 従軍慰安婦はウソです! そんな人地球上にはいません! ナヌムの家にいるババアは全員ウソツキです! ペテン師にだまされないでください!  

投稿: | 2007.08.07 07:46

ナヌムの家をご覧になったのですか。私にはうそだとは思えませんでしたが、詳しい事情をご存知なのでしょうか。

投稿: じゃりんこ | 2007.08.07 07:50

言い分はそれぞれにあると思います。でも匿名で書き込むのはいかがなものか・・・と思います。映像も新聞報道も作り手の考え方がはいっているので、???の気持ちをもっていないと、流されてしまう気がします。私も従軍慰安婦ってのは?という思いですが、そのような状況の方が存在されているのは事実と思います。(軍が強制的にしたとは思わないが)1992年以降に表面化したのが不思議です。

投稿: まみ | 2007.08.07 10:38

まみさん、こんにちは(^^)。

軍が強制的にしたこととは思われないんですか。私も詳しい事情はよく知らないのですが、少なくとも、本人の意思ではなく、強制的に連れてこられた、という例はあったのだろう、と思います。こういうことは、本人もなかなか公にしたくないことでしょうから、表面化するのが遅かったのではないでしょうか。国に帰るのがはずかしい、と、中国に残った人もおられるようです。

投稿: じゃりんこ | 2007.08.07 20:57

じゃりんこさんこんばんは

公娼の制度が廃止されたのは昭和21年だそうですから、
その当時に韓国であったのは容易に想像できます。(あくまで憶測)
1991年に「私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行」吉田清治さんの著書にあるそうです。
千葉大学の秦郁彦教授が1992に実地調査でそれが捏造であると確認された・・・とネットで調べました。
その後朝日新聞がそれを報道され、読売新聞が反対の意見を報道・・・どっちがどっちだかは・・・。
で、その時から、韓国で大問題になったと・・。

どの情報を信じるかで、全く正反対の答えになります。

確かに本人の意思でなく、強制的に・・・とは考えられると思います。
私がそうであったなら、運動を始めてますね。
憎き日本!だと思います。
台湾で幼少期を過ごされた女性の話によれば、日本人は威張っていたそうな。敗戦で、大変な目にあわれたそうです。
勝てば官軍、負ければ・・ですね。
戦争とは酷いと思います。
人を殺すのが仕事なら、精神が正常でいられるのが不思議です。
戦争を正当化する気は更々ありませんが、経済封鎖をされた当時、軍部が暴走してしまったと理解しています。

現在、韓国では離婚されると、一族の恥となり日本にホステスとしてくるそうな・・・本当とは思えないけど。
日本でも、家のために売られた・・・ってのは、ほんの少し前の話ですよね。
「横浜メリー」のドキュメンタリー映画で、芸者をやっていらゃっしゃった方が「そういう時代だったのよ」って言われてたのが印象的でした。

決して、じゃりんこさんの意見に対して反対しているわけじゃないんです。
本当のところは?と私も思います。

投稿: まみ | 2007.08.08 00:16

じゃりんこさん、まみさん、最近「ひめゆり」「ヒロシマナガサキ」「TOKKO-特攻-」とドキュメンタリーを3本観て、いろいろ考えさせられています。 どれもいい映画ですよ。 でも一番の収穫は80歳の父とコミュニケーションできたことでした。

それから特攻にせよ集団自決あるいは慰安婦問題にせよ、命令した紙があるかどうかで強制か志願(自発的)かを判断することはできないだろうと思っています。 その点、特攻に関する父のメールは明確でした。 旧制中学には志願の名の下に人数指定の強制割り当てがあったそうです。 それを自発的志願とはとても言えないでしょう。

特攻について下記のようなサイトがすぐに見つかる、本当に便利になりました。

http://www.geocities.jp/torikai007/1945/tokkou.html

いまは城山三郎の「硫黄島に死す」(「硫黄島からの手紙」の西中佐が丸刈りではなかったのは映画だからではありませんでした)「軍艦旗はためく丘に」(昭和20年の8月2日に淡路島沖で船が機銃掃射にやられ79名の予科練生たちが亡くなった事件。練習生はみな旧制中学3年を終えた甲飛16期で最年少は14歳!)「指揮官たちの特攻」(特攻1号とされた関行男大尉が本当は第一号でもなければ自発的志願でもないことがわかります)などを読んでいるところです。 昨晩から、NHKで「私のこだわり人物伝 城山三郎」(全4回)をやっています。

投稿: axbxcx | 2007.08.08 17:59

補足です。 特攻について「自発的志願」がいなかったと思っている訳ではありませんので、念のため。 城山三郎自身が親の反対を押し切っての「自発的志願」でした。 ただ、情報操作の下での「自発的志願」が本当の自発的志願と言えるかどうかはまた別問題でしょう。 そしてだからこそ、城山三郎は個人情報保護法に徹底的に反対し、当時の小泉首相に手紙を書いたのでしょう。

投稿: axbxcx | 2007.08.08 19:08

まみさん、

「慰安婦」について、たぶん、まみさんのほうが私よりもいろんなことをご存知なのだと思います。私は「そんなものはなかった」とか「強制的ではなかった」という説をきちんと読んだこともないので判断できません。今回初めて「ナヌムの家」を見ただけで、でも、この人たちがうそをついているとは思えませんでした。

axbxcx さん、

「特攻」はいい映画だ、という書き込みは他のところでも見ました。私は今見たい映画がふたつほどあるのですが、わりと急にキューバ行きを決めたのでいろいろやることがあり、見たい映画も見に行くことができていません。「特攻」がDVDになるといいのですけど、どうでしょうね。

「硫黄島」はしばらく前に見ました。アメリカ人が日本側の視点に立とうとしたことはよかったと思います。投降してきた日本人を思いつきで殺してしまう場面など、そういう事実があったのかどうかは知りませんが、少なくともアメリカの戦い方を美化しない描き方だな、とは思いました。ただ、見ていて、(日本兵が)どうしてここで死のうとするのか、私にも理解できない部分があり、アメリカ人にはどんなふうにとらえられているのだろうな、と思いました。

「慰安婦」については、もし、実態が正しく伝えられていれば、自発的に志願する人がいるとは思えません...うその情報が与えられていれば、志願した人もいるのかもしれませんが...

投稿: じゃりんこ | 2007.08.08 20:49

じゃりんこさん、一昨日NHKスペシャル「硫黄島玉砕戦」の再放送を観て、その辺りのナゾが解けた気がしました。 これも素晴らしいドキュメンタリーでした。

硫黄島の戦いは1945年2月16日に米軍による砲爆撃で始まり、3月26日の守備隊の玉砕で終わったことになっていますが、このドキュメンタリーが明らかにしたのはその時点ではまだたくさんの日本兵が生きていたということでした。 米国の公文書を調べてわかったのは、5月になって餓死寸前の状態で捕まった日本兵が1,000人くらいいたという事実でした。

ではなぜそうなったかと言えば、捕虜になることも突撃することも許されなかったからです。 突撃については、万歳突撃などせず持ち場を死守するようにというのが栗林中将の命令でした。 また捕虜については、捕虜になることを奨励する如き誤解を生ずるからと1929年の捕虜の待遇に関するジュネーブ条約を日本が批准せず、1941年(昭和16年)1月には戦陣訓で陸軍省が「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」とまで言っていたのですから、これまたとてもできない相談でした。 そのために、死んだ方がましだというような情況の下、炭まで食べながら(証言された方は涙ながらに語っておられました)生き残ってしまわれたのでした。

ひめゆり学徒隊の元生徒が「捕虜になれば股裂きにされる、親戚中がヒドイ目に遭う、治安維持法で逮捕されると思っていた」と証言していますし、「硫黄島玉砕戦」では「捕虜になれば戸籍を抹消される、赤で×をつけられると教えられていた」と証言されていました。 それでは捕虜になるくらいなら「自発的に」死を選んだとしても何の不思議もないでしょう。

さらに言えば、前にも書きましたが、日本軍の軍医・衛生兵も赤十字の腕章は付けていたものの、「硫黄島からの手紙」「父親たちの星条旗」にもあるように、日本軍は米軍の衛生兵を狙い撃ちにしていたのでした。 武力紛争下で救護のために働く人や施設を攻撃しないというジュネーブ条約に違反していたのはもちろんです。 一方、ひめゆり学徒隊の生徒たちは、赤十字の旗の下で病院のお手伝いをするのだと思っていたのですが、実際には砲弾の飛び交う戦場の真っ只中に放り込まれてしまったのでした。

話は変わりますが、「TOKKO-特攻」(Wings of Defeat)の初めのところには米国で使われたプロパガンダ・ポスターが挿入されています。 下記のサイトにある「東條首相を卑下したような日本兵士」みたいなポスターです。

http://www.geocities.jp/torikai007/pic-Ajapan.html

また「ヒロシマナガサキ」(WHITE LIGHT/BLACK RAIN: "The Destruction of Hiroshima and Nagasaki")の冒頭には1942年米国海軍製作のフィルムが使われており、グルー前駐日大使が「日本は近代兵器を持っているが、その考え方は欧米の尺度では理解できない。2000年遅れている」というようなことをしゃべっているところが映ります。 いずれの側にとっても、相手が同じ人間とは思えなかったのでししょう…。

最近、John W. Dowerの"Embracing Defeat: Japan in the Wake of World War II"、"War Without Mercy: Race & Power in the Pacific War"などを買いました。 John W. Dowerは「TOKKO-特攻-」にも登場します。 知人の歴史学者に教えて貰ったのですが、John W. Dowerの奥様は金沢育ちの日本人(Yasuko Kurachi Dower)で、Studs Terkelの"The Good War": An Oral History of World War Twoでインタビューに答えています。

投稿: axbxcx | 2007.08.08 23:09

axbxcx さん、

「ひめゆり」は私も見て、そうだったのか、と思いました。とにかく捕虜になることは恥ずかしいことであり、家族にも迷惑がかかることだとされていたのですね。ただ、「硫黄島」を見ていて、敵のなかに突っ込んでいくこともせず、あの場で死ぬ、というのは私にはわけがわかりませんでした。残っていればいずれ捕虜になるだけだから、ということなのでしょうけれど...突撃することも死ぬことも許されなかった方が大変な思いをされたのであろうことは、想像できます...と言っても、本当のところはきっと私なんかにはわからないのだろうとは思いますが。

投稿: じゃりんこ | 2007.08.09 07:47

じゃりんこさん、「硫黄島玉砕戦」で日本軍の兵士だった人も米軍の兵士だった人も証言していましたし、「硫黄島からの手紙」にも出てきましたが、洞窟から出て投降しようとした人を後ろから撃つというケースがありました。 恐らく、士官・下士官が撃ったんでしょう。

これも「硫黄島からの手紙」でわかりますが、米海兵隊の方もあまり捕虜を取りたくないということで、捕虜を射殺したケースがありました。 つまり、洞窟を出るのも命がけだったのは間違いないでしょう。

また多くの兵士は死ぬのが許されなかった訳でも残って捕虜になろうと思った訳でもなかったと思います。 捕虜には絶対なれないし、簡単に死ぬこともできないので、耐えに耐えたということでしょう。 もちろんその途中で自決された方もおられたでしょうが…。

栗林忠道中将が守備隊全員に配布した「敢闘の誓い」というのがあります。 恐らくみなこれを暗唱していたのではないかと思います。

一.我等は全力を奮って本島を守り抜かん。
一.我等は爆薬を抱いて敵の戦車にぶつかりこれを粉砕せん。
一.我等は挺身敵中に切り込み敵を皆殺しにせん。
一.我等は一発必中の射撃によって敵を打ち倒さん。
一.我等は各自敵十人を倒さざれば死すとも死せず。
一.我等は最後の一人となるもゲリラによって敵を悩まさん。

いずれにせよ、私はじゃりんこさんとは逆に?、自分もそういう情況に置かれ、このような誓いをしていたら、同じような行動を取らざるを得ないのではないかということが怖いと思っています。 栗林忠道はハーバードで学んだ人ですし、西竹一はご存知のようにロサンジェルス・オリンピックの馬術競技金メダリストでお父さんは外務大臣も勤めた人です。 つまり、彼らは鬼畜英米ではなく、アメリカをよく知っていて親米派と言われた人たちなのです。 それは山本五十六なども同じですが…。

投稿: axbxcx | 2007.08.09 10:16

axbxcx さん、

うーん、その「敢闘の誓い」だったらまだ理解できるんですが...ひとりでも敵を殺せ、抵抗して敵に少しでもダメージを与えよ、ということですよね。でも、敵につかまってもいない段階で、敵のふところへ飛び込んでいくこともせず、自死する、というのは、「無駄死に」だと思えました。そのような誓いがあったのなら、その誓いに反していることになりますよね。

栗林忠道とか西竹一とか、アメリカ人と友好的な関係にあった人がいたのだ、などということは考えたことがなかったので意外でした。そのときはおたがいに戦うことになろうなどとは思いもしなかったのでしょうね。今の日本がアメリカと戦争することは考えられませんが、でも、そんなことになったとしたら、複雑な気持ちがするでしょう...どこの国とも、戦争はしたくないです。

投稿: じゃりんこ | 2007.08.09 20:26

硫黄島の場合、じゃりんこさんのおっしゃるような自決は少なかったのではないかという印象を持っています。 だからこそ、玉砕して3ヶ月経っても1,000人が耐えていたのではないでしょうか。 栗林の命令に従って、自決せずに最後の一人になるまでゲリラ戦をしようとしていたのだろうと思うのです。 最後の2人の日本兵が米軍に投降したのは4年後の1949年だそうですから…。

私も元々は一枚岩で戦争しているという印象を持っていました。 けれども多分そうではないのでしょう。 対米開戦に限って言えば反対の人も多かったし、昭和天皇ご自身も最後まで反対だった(1941年9月の御前会議で明治天皇の作られた「四方の海、みなはらからと、思う世に、など波風の、立ちさはぐらむ」を詠んで外交で解決するようにという意思表示をされた)、それでも始めてしまったということです。 だからこそ、意思決定のプロセスを明らかにしておかないとまた同じことが起こるのではないか、昔のことだと安心してはいられないのではないかと思っているのです。

投稿: axbxcx | 2007.08.09 22:02

じゃりんこさん axbxcx さん

返事を書きたいのですが、留守にするので、来週に~。

では、また。

投稿: まみ | 2007.08.09 23:50

axbxcx さん、

私は「硫黄島の手紙」を見ただけで、栗林忠道とか西竹一という名前もそれで初めて知った、というレベルです(^^;)。だから、ああいう自死の仕方が多かったとか少なかったとかは全然知らなくて、ただ、映画であんなふうに描かれていたので、なんでそんなことするんだろう、というのがわからなかったのです。どちらかといえば、ああいう人は少なかったんですね。

>だからこそ、意思決定のプロセスを明らかにしておかないとまた同じことが起こるのではないか、昔のことだと安心してはいられないのではないかと思っているのです。

おっしゃるとおりですね。
知らないうちに日本が戦争する状況にはまりこんでしまう、なんていうことにならないように、気をつけていないといけないですね。

まみさん、

まみさんも夏休みですか。おたがい楽しみましょうね(^^)。

投稿: じゃりんこ | 2007.08.10 19:41

じゃりんこさん、私も同じです。 映画「硫黄島からの手紙」が話題になるまで栗林の名前を知りませんでした。 西についても馬術で金メダルを取った人として知っていただけで、硫黄島で亡くなっていたとは知りませんでした。

ただ映画「父親たちの星条旗」が話題になっていたので、まず"Flags of Our Fathers"のペーパーバックを読みました。 そして、主人公が洞窟で見つけた親友の衛生兵の遺体の状況にショックを受けました。 両腕を落とされ、耳・鼻を削がれ、舌を切られ…です。 さらに日本兵がcorpsmanという単語を知っていて、衛生兵を道連れに殺そうとしたという記述もありました。(ちなみに作者のJames Bradleyは主人公の息子。日本の大学に留学していた経験も持ちます。)

それでジュネーブ条約について調べ、さらに米国の衛生兵の武器携行の変遷について調べました。 それから映画「ひめゆり」を観て、ひめゆり学徒隊が赤十字の旗の下で働くと思っていたこと、捕虜になれば治安維持法で親戚中が逮捕されると思っていたことを知ります。 また映画「ヒロシマナガサキ」を観て、映画「TOKKO-特攻-」を観て、テレビでNHKスペシャル「硫黄島玉砕戦」の再放送を観て、城山三郎を読んで、父の話を聞いて…と雪ダルマ式です。

学校の勉強はキライでしたけれど、気になることは自分で調べて納得しなければ気が済まない、要するにそういう性格なんでしょう。

投稿: axbxcx | 2007.08.11 01:37

axbxcx さん、

>気になることは自分で調べて納得しなければ気が済まない

そうなんでしょうね、わかります(笑)。

私も結構そうやっていろいろ調べたくなるほうですが、axbxcx さんほど徹底していないと思います。

でも、ほんと、インターネットは便利ですね。以前は何か調べたいことがあると、図書館へ行って...とかいう感じでしたが、自宅にいながらにしてもっとたやすく情報を得ることができるので...ただ、これをやっていると時間がいくらあってもたりなくなるのが問題ですね(^^;)...あと、やっぱり、ネットの情報は自分が足で調べたことではないので、宮本常一さんとかには怒られてしまうかもしれませんね(^^;)。

投稿: じゃりんこ | 2007.08.11 02:41

じゃりんこさん、一般論ですが、最初はどうしていいかわかりませんからまずは手当たり次第に手に入る情報を調べる、それから必要ならば定型的な質問票を使った調査をやる(どうしても量的な分析が中心になります)、そうやって対象を絞り込んでから、今度は特定の人たちからオープンにお話を聞かせて頂く(質的な分析が中心になります)というやり方をしています。 いまの仕事は、まったく知らない場所に飛び込むことが多いのでなおさらです。 ということで、仕事や調査であれば、前のコメントに書いたようなことはさあこれから本格的調査というまでの準備段階になります。

投稿: axbxcx | 2007.08.11 14:18

axbxcx さん、

インターネットや本で調べるのは調査の前段階であって本物じゃないわけですね。
でも、インターネットでかなりの情報が得られるからわかったような気になってしまうところがこわいですね。それでも「慰安婦」の問題にしても、「強制ではなかった」という意見も大きく、何を信じるのかは個人が判断するしかないわけですが...「ナヌムの家」に出てくる人たちの話を聞いているととても嘘とは思えないので、私は強制はあったのだろうと信じていますが、「強制ではなかった」と主張する人たちに具体的に反論するほどのものは持ち合わせていません。

投稿: じゃりんこ | 2007.08.11 20:51

じゃりんこさん、仕事か調査でない限り、なかなか直接現場に行ったり話を聞くことはできませんから、同じですよ。 ただ基本原則にしていることはあります。 結論ありきで議論している(ふりをしているだけの)人の話は信用しないということ、それから実際に体験した人・現場を知っている人…の話に耳を傾けるということです。 もちろん当たり外れはありますけれど、信頼できる人って、かなり直観的にわかるのではないでしょうか。 いま城山三郎の「落日燃ゆ」を読んでいて、広田弘毅というのはそういう人だったんだろうなあと思っています。 何とか戦争を止めようとしていた広田が、日本を戦争に引きずり込んだ土肥原賢二、板垣征四郎らと一緒にA級戦犯として絞首刑になったというのは、どうしても納得できないところです。

投稿: axbxcx | 2007.08.12 08:36

axbxcx さん、

>信頼できる人って、かなり直観的にわかるのではないでしょうか。

そうですね、結局かなり直感で判断している気がします。
「慰安婦」の件に関して言えば、実際に体験された方の話を聞いて(映像ですが)、「強制ではなかった」と言う人は、「そういう事実を示す公文書がない」というだけではとても反論にはならないと思います。
ただ、私も、先にそういう映像を見ていますから、完璧に客観的に判断できるか、というとそうでもないのかもしれません。

>何とか戦争を止めようとしていた広田が、日本を戦争に引きずり込んだ土肥原賢二、板垣征四郎らと一緒にA級戦犯として絞首刑になった

そうなんですか。ほんとに知らないことは多いです...

投稿: じゃりんこ | 2007.08.12 08:53

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/17663/16007800

この記事へのトラックバック一覧です: ビデオ「ナヌムの家」:

« 本「キューバでアミーゴ!」by たかのてるこ | トップページ | スカイプ »