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ビデオ「イノセントワールド-天下無賊-」

おもしろかった。スリやら恐喝やらで生計をたてている中国人カップルが主人公。女(レネ・リウ)のほうは、こんな生活からぬけだして足を洗おうとするが、男(アンディ・ラウ)のほうにはそんな気はなく、いったんは破局。しかし結局もとの鞘に収まって、電車で旅を続けることになる。その電車に乗り合わせたのが田舎出身の純朴な青年。彼は5年間の出稼ぎで稼いだ大金を持っていて、周りの者の心配をよそに、「泥棒なんていない」と信じ、大金を持っていることを隠さない。ところがこの電車にはこのカップルのほかにも大きな盗賊団が乗り合わせていたのだ...。

舞台がチベット高原ということで、景色がすごい。中国はやっぱり広い。しかも、話のほとんどは私の好きな電車のなかで展開(^^)。で、この展開がまったく読めない。というわけでぐんぐん話にひきこまれていく。

スリの妙技とか、話の細部がちょっとわかりにくいところはあったけど、中国っておもしろい国だなぁと改めて感じた。私のイメージのなかの中国より、今はずいぶん「現代的」になっているという印象を受けたけど、でも古いものもいっぱい残っている。

英語のタイトルは "A world without thieves" 泥棒のいない世界。「泥棒なんていない」と本気で信じている青年に現実を教えてやらなければいけないのか、それとも彼が現実に失望することがないように守ってやろうとするのか。「イノセントワールド」という日本語のタイトルは原題とはちょっとずれているけれど、確かに無垢な魂が持つパワーというのはありそうだから、イノセントという言葉を使いたかったのだろうか。

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石で打たれる?(英語)

映画「ボビー」から。
大統領候補ケネディの運動員であるふたりの若者が、ドラッグの売人からマリファナを買おうとして、売人に聞かれる。「何を求めているんだ?どうしてヤクがほしいんだ?」と。
それに対してひとりが答える。
"To get stoned."
字幕は「ハイになるためさ。」

get stoned ってそういう意味があったんだ。知らなかった。
Google で stoned の意味を調べてみると、
hopped-up: under the influence of narcotics
(麻薬の影響で興奮した状態になる)というのがあった。

ボブ・ディランの「雨の日の女」(Rainy Day Women)という歌、私は映画「フォレスト・ガンプ」のサントラで知ったのだけど、この歌で
"Everybody must get stoned."と歌われているところがあり、私はてっきり「みんな石で打たれるべきだ」っていう意味だと思っていた。

歌詞の全文はここ  。
これを読むと「みんな石で打たれるべき」という訳がそれほど的外れにも思えないのだけど(どうして「雨の日の女」なんていうタイトルになるのかも、歌詞を読んだだけでは意味不明(--;))、ネットで調べてみると、やはりドラッグのことを意味しているようだ。

映画「ボビー」の舞台は1968年。"Rainy Day Women #12 & 35"を含むアルバムが発表されたのが1966年。"get stoned" といえば「麻薬でハイになること」というのをこの時代の人はみんな知っていたのだろうけど...外国語を学ぶのはやはり簡単ではないですね(^^;)。

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なめる

この間の休みに鎌倉へ行ってきた同僚が、「大仏飴」なるものを買ってきてくれた。こんな感じのべっこう飴だが、今日になってそれを舐めているときに、長女が来て

長女:何それ?
じゃりんこ:大仏飴。...でも、大仏様なんてなめていいのかしらね?
長女:え?
じゃ:「なめんじゃないよ」とか(^^;)
長女:ああ(苦笑)...でも、なんで「なめる」って言うんだろうね?
じゃ:なんでだろうね。
長女:甘く見るってことでしょ。
じゃ:うん...ああ、そうか、甘いからだよ。甘いからなめるんだよ、きっと。
長女:ええ?...そうかな。
じゃ:そうだよ、きっと。

ということに話は落ち着き、でも、念のため広辞苑を調べてみると、なんと

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ストライキ

基地の日本人従業員組合が16年ぶりにストをうった。私は基地に勤めて9年目なので、ここでは初めてのストライキだ。教員をしていたときは組合員だった(私が働いていたころは、京都の学校は組合の組織率がかなり高かった)のでストに参加したことはあるけれど、基地に勤めてからは組合の存在もよくは知らなかった。たまにビラが配られていることがあって、組合のようなものがあるらしい、ということは知っていたけど、積極的に加入しようとは思わなかった。

今回は、日本政府が「思いやり予算」削減で日本人従業員の賃金カットを打ち出してきたことへの抗議。私はこのストの話を聞くまで(ストの話を聞いたのも、保育園の管理職から。先週、「日本人従業員の組合がストをやるらしいけど、じゃりんこは組合員なの?」と訊かれた)、そんなことも知らなかった(--;)。基地従業員の給料は国家公務員に比べて高いというが、本当だろうか。労組側が「実際の給与水準は公務員より低い」とコメントを出しているが、たぶんそうだと思う。勤続9年目の公立の保育士の給料は、たぶん私の給料よりずっと高いだろう。だから、賃金10パーセント(!)カットとか、退職金の見直しとかはもちろんきつい。ただ、思いやり予算から私の給料が支払われている、ということについては、複雑な思いもある。

今日のストは午前中4時間の時限スト。昨日になって、大園長先生が「ピケは7時から始まるらしい」という情報を仕入れてきて、「だからそれまでにゲートに行けば基地には入れるはずよ」という。早番の私の仕事は6時半からだから、ゲートに着くのが6時15分。それなら問題なく入れるはず、と、早番のまま仕事をすることにした。

でも、他の情報もあって心配だったので、家に帰ってから組合の電話番号を探して、「ピケは何時に始まるんですか」と聞いてみた。すると6時に集合だという。「ということは、6時にゲートに着いたのでは中には入れませんか」と訊くと、「かなりの人が立ってますから、むずかしいでしょうね。少なくとも相当時間がかかることになるでしょう」とのこと。6時に集合なら、もちろんそれより早く来る人もいるだろうし、基地に入れなくて保育園の開く6時半に間に合わなかったら大変なので、まだ保育園にいる園長先生に電話して事情を説明、「午前中4時間賃金カットされてもいいから(有休は使えないらしい)、明日は午後から来て、遅番として部屋を閉めたい」と伝えた。園長先生はやや不機嫌ながら「それでいいわ」と言うものの、代わりの早番の人を手配する様子もない(--;)ので、「じゃあ私が中番のTに電話して、早番に来てもらうように言います」と言った。

ところが、Tに何度電話してもつながらない。携帯の留守電が同じメッセージを繰り返すだけ。遅番のBの電話番号は知らないし、園長先生の携帯にかけても「電波の届かないところにいるか電源が切られている」とのことで連絡不能。誰も6時半に2歳児の部屋を開ける人がいなかったら、むちゃくちゃなことになるのは目に見えている(--;)ので、とにかく朝5時45分にゲートに行くことにした。

で、朝5時45分、拍子抜けするほど、なんの問題もなく基地に入ることができた。組合員らしい人がひとり立っていたし、何台か車も止まっていたけど、何も言われなかった。でも、6時以降にゲートをぬけてきた同僚のアメリカ人が言うには「すごい人数の人が立ってゲートをブロックしてたから、じゃりんこは来れないんじゃないかと思ったわ」とのこと。

賃金カットはもちろんいやだし、組合の人たちがストをがんばって賃金カットが撤回されるなら、私はその恩恵だけは受けることになるわけで、そう思うと私もストに参加すべきなのかな、とは思う。ただ、思いやり予算への複雑な思いがあり、また今の保育園の実態を見ていると、できるだけ休みたくない、というのも本当だ。このまま事態の進展がなければ、来週末にまた8時間のストが計画されているそうで、どうしたものかと思っている...。

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がまん

うちのクラスに、自分の思い通りにいかないとすぐにキレてしまう子がいる。泣く、叫ぶ、ものを投げる、誰かをたたく、ひっかく...。

今日は、おやつのクッキーがなくなってしまってそれ以上おかわりができなくなり、怒り出した。「ちょっと待って。キッチンに余分がないか聞いてみるから」と言ってドアのところへ行き、キッチンのヘルプの人に余分を持ってきてもらうように頼んでテーブルにもどると、隣の子が泣いている。どうしたのか聞くと、この子Jがひっかいたらしい。Jに、「だめだよ。クッキーがなくなったからって友達をたたいちゃ」と言ったが、Jは「うるさい」(Shut up!)「ばか」(Stupid!) などの悪態をついて、聞く耳をもたない。

そのうちキッチンの人が余分のクッキーを持ってきてくれたけど、Jは相変わらずブツブツと悪い言葉を繰り返しているので、私はほかの子にはおかわりのクッキーをあげながら、「Jがそんな言葉を言い続けるなら、おやつのおかわりはあげられない」と言って、人を傷つけるのはよくないことだととりあえず正攻法で話した。

しばらくして、Jが、「わかったよ。もっとがまんしないといけないんだね」(Ok, I have to be more patient.) と言い出した。patient(我慢強い)なんていう言葉が彼の口から出るとは意外だったけど、きっと家でおかあさんにしょっちゅう言われているんだろう。

もちろん、今日、そんなことを言ったからって明日から行動がすぐ変わるとは思えないけど、「がまんしなくちゃいけないときがある」って彼も少しずつわかってきてはいるんだな。

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映画「ブラインドサイト」

目の見えない子どもたちがヒマラヤ登頂をめざす、と聞いて、「いったい何のために?」と思った。目の見える者なら、山の頂上に立ったとき、素晴らしい景色をのぞむことができるだろう。山に登っている間も。でも、それらのものを何も見ることができないのに、苦しい思いをして何故登るのか。

チベットでは、盲目の人たちは、前世に悪いことをしたのだと考えられていて、差別を受けている。身内からすら疎まれていることがあり、子どもたちは十分な教育を受ける機会もなく、自分自身に誇りを持てずにいる状況だった。そこへドイツからやってきた盲目の女性サブリエが目の見えない子どもたちのための学校を作り、子どもたちにチベット語、中国語、英語を教え、いろいろな経験をさせたり、技術を身につけさせて、盲人であることを恥じる必要はないのだと知らせていく。

そんななか、盲人として初めてエベレスト登頂に成功したエリックのことを知ったサブリエは、エリックにメールを出して、学校を訪問してほしいと頼む。それがきっかけとなって、子どもたちがヒマラヤ山系の7000m級の山ラクパリ登頂をめざすプロジェクトがスタートする。

子どもたちは自分の可能性を試したいのだ。盲目だからといって何もできないわけじゃない。エベレストを目指した者のうち20パーセントは死亡しているという。そんな大変なことに挑戦できる...その機会に手をあげたのは6人の子どもたち(14歳から19歳)だった。優秀な山岳ガイドがひとりひとりの子どもにつき、山を登るためのトレーニングを経て、いよいよヒマラヤへと向かう。

山の景色は圧倒的だ。子どもたちはこの景色を見ることはできないけど、全身で感じてはいる。ただ、体力的には多くの子どもたちにとってはかなりきつい行程で、ついていくのが大変な子どもも出始める。高度が高くなるにつれてさらに...。そして、子どもたちにやはり頂上をめざせさせるか、それとも何人かはあきらめさせるか、それともいっそのこと全員下山するか、ということについて、スタッフの間で意見が対立。その議論の様子もカメラに収められていて、私自身、どうしたらいいんだろう、と映画を見ながら一緒に悩んでしまった。子どもたちの気持ちやそれぞれのスタッフの気持ちが痛いほど伝わってきて、そんなふうに感じさせてくれた、という点で、この映画はすごいと思う。

ただ(以下完全ネタバレなので、まだ見ていない人は読まないほうがいいと思います)

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映画「いのちの食べかた」Our daily bread

私たちがふだん食べている肉や野菜はどのように作られているのか。その様子を、解説や音楽いっさいなしで、映像だけで淡々と映し出した映画。

ベルトコンベヤーに乗って運ばれ、機械から次々と吐き出されるヒヨコたち。鶏や豚は肉になるために生産されているんだなぁ、と改めて感じる。まるで物のように扱われる動物たちに、ちょっと心が寒くなるけれど、どんな扱い方をしたところで、人間が動物を殺して生きていることは確かなわけだ。まさに、いのちをいただいているんだなぁと思い知らされる。やっぱり人間は罪深い存在なのかも...。

解説がいっさいないため、何をしているのかわかりにくいところがあり、黙々と作業を続ける人の映像はやや単調で、もうちょっと説明してくれてもいいのにな、とは思った。同じ題材をマイケル・ムーアが扱ったなら、彼の主張を全面に出したわかりやすいエンターテインメント作品にしあげていただろう。自分は一言も語らずただ事実を提示するというニコラウス・ゲイハルター監督のスタイルは潔いとは思うけど、映画の後ホームページを見て、ようやくああそういうことだったの、ってわかるっていうのも...

「こんな映画、混むことはないだろう」とタカをくくって(というか、映画館の場所をちゃんと確認していなくて、行くのに時間がかかってしまったのだけど(^^;))、開始時刻に少し遅れてしまった(予告編上映中だった)ら、最前列しか空いていなかった(*_*)。さらに遅れてきた人もいて、満席となる。次の回は、森達也さんによるトークショーがあるためか、映画館を出たら既にたくさんの人が並んでいた(@_@)。立ち見が出たか、入れない人が出たんじゃないかなぁ。食に関心のある人が多いということか。というわけで、見ようと思われる方は、少なくとも土日は、開始時刻よりかなり早めに映画館に行かれたほうがいいと思います。

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本「Q&A こころの子育て」by 河合隼雄

ハウツーものの育児書をさがしているときに、どこかで「この本がよかった」というレビューを見かけたので借りてみた。

で、この本は「Q&A」となっているけど、全然ハウツーものではなく、「子育てがハウツーでできるわけありません、マニュアルどおりにはいきませんよ」という本だった。「そういうときにはこうしなさい」っていう明快な答えが得られるわけじゃないけど、あちこちに、うんうんなるほど、とうなずかせる記述があり、河合先生さすが(^^)、と思ってしまう。

ぼくはスタニスラフスキーの「俳優修行」という本が大好きなんです。そこにこんなことが書いてあります。演出家が俳優に歩いてみるように指示して、そばから「そんな風に歩く人があると思うのかね?」とか「重心をとって」とか「行手に眼をやって」とか言うんです。そうすると俳優はだんだんコチコチになって、動けなくなる。つまり、正しいことを立て続けに言うと、人間は動けなくなるんです。 それと同じで、人を育てるときも、なにも正しいことを言えばいいわけじゃないんです。親子でも、冷たい目で見られて正しいことばかり言われたら、絶対たまらないですよ。子どもには、正しいことをパッパッと言ってたらいい、と思うのは、親がちょっとあせりすぎなのと、指導・助言する立場の方がラクだからなんですね。それだとエネルギーが要らない。逆に子どもの方から出てくるものを待つのは、すごくエネルギーが必要です。(p.60-61)

ほんと、そのとおりだと思う。悪いことをする2歳児は、それをわかってやっている場合がほとんどで、正しいこと、やるべきことを言われても、「だから何?」となる。正論を並べ立てても子どもの心に響くことはないわけだ。「なんでそんなことするのかなぁ?」と子どもに尋ねて、子どもの答えを待つーのはものすごくエネルギーが要る。たぶん、子どもだってわかってなかったりするのだろうから。

ところが私はつい、この「正論並べ立て」っていうのをやってしまう(^^;)。子どもに対してだけじゃなく、同僚とかと議論になっても。で、「あなたとは話したくない」って議論を打ち切られてしまって、解決に向かわない。

河合先生が大学の学部長をしておられたとき、学生が寮の門限を10時にしたことについて怒鳴り込んできたことがあるそうだが、そのときの対応の話もおもしろかった。先生が全部正しいことを言って学生に有無を言わせないー河合先生はそういうやり方はしないのだ(^^)。

そのほかにも

個人主義というのは、西洋で背景にキリスト教があって生まれたものなんです。神様が見ていてくれるから、個人といってもひとりぼっちではないんです。見ていてくれる神様を支えにして初めて個人が成り立っている。ところが日本人は背後に神様がいることを考えないで、うわっつらだけで真似ようとしたんです。真似をするのはうまいからある程度はやってるんだけど、見ていてくれる神様の支えがないので、日本の個人主義はすごく弱いし、そのことの自覚もなさすぎるんです。...(p.28)
なるほど。

今の時代が悪くなったというけれど、昔は、能力がありながら経済的に恵まれなくてそれをのばせなかったとか、無理やり好きでもない人と結婚させられたとか、好きな仕事を選べず親の跡を継がされたとか、そういうことはいろいろあったわけで、そういうマイナス面はたくさん改善されてきている。世の中いいことばっかりはありえないのだから、現代はそれらのプラス面に見合うだけのマイナス面を背負っているのだ...とか、そのほかにも、いろいろおもしろい話があり、さすがに長年カウンセリングをやってきた人だなぁと思う。男と女の違いとかについては、そうかなぁと思うところもあるけど、もし河合先生と話すことができたなら、河合先生はこちらの言うことを決して否定はしないんだろうなぁ。でも、確かに、だから話そうという気になりそうな気はする。

河合先生の京都弁も耳に心地よく(って、これはまあ私が京都人だからだけど(^^;))、とても読みやすい本なので、何かに行き詰まりを感じている人は読んでみてもいいかもしれません。明快な答えは得られなくても、「ま、そんな簡単にはいかなくて当然だよなぁ」という気にはなり、うまくすれば何かのヒントが見つかるかも(^^)。

4022642777Q&Aこころの子育て―誕生から思春期までの48章 (朝日文庫)
河合 隼雄
朝日新聞社 2001-09

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新しいパソコン FMV-BIBLO MG75X

新しく買ったノートは FMV-BIBLO MG75X。前のVAIO がモバイルパソコンだったので、最初、小さいのを考えていたけど、性能が同じでも小さくなると高くなる。で、実際、そんなにモバイルで使うわけではない。それならA4でいいか、となった。

ほしいと思った条件は
1:CPUがCore2Duo。
2:DVDドライブがDVD-RAMに対応していること。
3:テレビはいらない。

DELLのBTOパソコンはいつも魅力的に映るけど、DVDドライブがDVD-RAMに対応していないので、すぐに検討対象からはずれてしまった。

店頭でいろいろさわってみて、私はやっぱり富士通のものになじんでいるらしく、わりとすぐにメーカーは富士通に決めた。液晶がほかのメーカーに比べるとテカテカしていない感じがする。今のデスクトップが富士通で、何度か不調にもなっているのだけど、サポートとかは丁寧に対応してくれるし。

で、迷ったのは、NF70X か MG75X か。NF70X のほうが安いけど、かなり大きく、バッテリー稼働時間がカタログ値で2時間。ノートを持ち運ぶことがまったくないかというと、やはり職場で使いたいこともあるし、長期に実家に帰ることがあれば持っていきたいと思うかもしれない。NF70X は2.9kg、MG75X は1.64kg でバッテリ稼働時間も7.5時間。職場ではコンセントが使いにくい場合もあるから、やっぱり高くてもバッテリ稼動時間が長いもののほうがいいな、ということで MG75X となった。ぎりぎりモバイルでも使えるA4ノートということで、小さめのわりには画面も大きく(14.1型)、私の条件に一番あったものだったと思う。

指紋センサーがあるのも気に入っている。ノートを持ち運ぶことがあるなら、置き忘れる可能性がないとはいえないから、やはり他人に簡単に開けられないようにはしておきたい。指紋をちゃんと認識してくれるのか不安がないわけではないけど(手を洗った直後など、すぐに認識してくれなかったりすることはある)、今のところ便利に使っている。

ファンの音が大きいというレビューもあったけど、それはいいとして(確かに大きいかもしれないけど、私はそれほど気にならない)、気になるのは、ときどき水(枯葉?)が動くような感じの音がすること。これって何なんだろう?

VISTA は XP とはいろいろ勝手が違ってとまどうことも多く、まだ全然使いこなせていない。Office 2007 もそうだ。マイクロソフトもそんなにしょっちゅうOSを変えなくていいのに、というのが正直な気持ち。愛用の秀丸エディタを入れたら、ビスタでは動かず、新しいバージョンをダウンロードすることになったり、ヤフーのお気に入りからIE7のお気に入りにうまくエクスポートできなかったり、メーラーをどうするかまだ決めかねていたり、と、まだ当分格闘することになりそう(^^;)。

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パソコン売るなら

私が使っていたノートはVAIO PCG-C1MRX。2001年の12月に夫が購入。WINDOWS XP が出始めた頃で、小さく軽く、ウェブカメラまでついていて、モバイル用の最新機種だった。
ただ、スティックポインタというのは私には使いにくく、私が家で使うときはマウスをつないでいたけど、しばらく前にマウスが使えなくなった。マウスが悪いのかと思って、別のマウスをつないでみたけど、やっぱり使えない。USBポートは普通に機能するので、USBポートが悪いわけではない。しかたないのでスティックポインタを使っていたけど、どうにも使い勝手が悪い。6年経って、起動にもすごく時間がかかるようになった(5分以上(--;))。その他の機能は大丈夫なので、まだ十分使えるうちに、これを中古品として売って、買い換えることにした。

以前、デスクトップを買い取りに出したとき、ソフマップだったらずっと高い値段がついていたことを後で知り、今度パソコンを売る機会があったらソフマップを試してみるべきだなぁと思っていた。ネットで PCG-C1MRX のソフマップ買取価格の上限を見ると33000円。汚れやへこみ(--;)もあるから満額で買い取ってもらえることはないだろうけど、30000円近くで売れれば上等だ。付属品は、予備用のキャップ(スティックポインタにかぶせるもの)というのがなかったけど、その他のものはそろっていた。マニュアルは折れ曲がっていたり書き込みがあったりして、きれいとはいえない状態(--;)。本体のほかに、バイオ用の外付け DVDドライブと、ACアダプタをもうひとつ買ってあったので、これも一緒に買取に出し、さて全部でいくらになったでしょう?(ソフマップの買取価格10パーセントアップのチケットを持っていました。)

答えは36520円(パソコン本体の買い取り価格は10パーセントアップで31570円)。本体の汚れとへこみが減額されただけ。箱がないとかマニュアルが汚れているとかは減額ポイントにはならなかったようで、思っていたよりも高く売れて満足(^^)。というわけで、我が家ではパソコン売るならソフマップ(^^)ということにします。

本日は高い買い物をしたので、気休めにもうひとつアフィリエイトリンクを貼っておきます(^^;)。古いパソコンを廃棄するためにはやはりデータを完全に消去したほうがいいだろう、ということで、使ったのは驚速データ消去というソフト。フリーソフトもあるけれど、MS-DOS の知識が必要だったりで、パソコンに詳しくない私が簡単に使うにはやはり市販のソフトのほうがいいかな、と購入。たぶんこれからもデータ消去ソフトのお世話になることはあると思うので、ひとつは持っていてもいいかも。このソフトは他のデータ消去ソフトに比べると安価だったので選んだのですが、簡単に使えました。データが復元ソフトでも復元できないほど壊されているかどうかは復元ソフトを持っていない私には調べようがありませんが、とりあえずOSも含めてパソコンまるごと消去はされたので、一応は安心かな。

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本「子どもを叱らずにすむ方法おしえます」by スティーヴ・ビダルフ

うちのクラスの2歳児たちは、人をたたく、つねる、部屋の中で物を投げる、など、「してはいけない」とされていることを本当によくするので、私もどうしても禁止の言葉が多くなる。ひとつには部屋の環境のせいで、たとえば子どもは部屋のどこにも上ってはいけないことになっているのだが、部屋のなかには棚やら椅子やら上りたいものがいっぱい。その一方、部屋のなかには滑り台などのように上ってもいい遊具がないので、元気のあり余っている子どもたちには上るなといっても無理というものだ(--;)。私たちも、子どもにさわられると困るようなものは高いところに置こうとするし、とすると、子どもはそれがほしいし、で、どうしても上りたくなる。また、おもちゃもそこらじゅうにいっぱいあるから、退屈すると(保育者がトイレの世話に手をとられているときなど)それを投げたり...。

禁止の言葉が多くなると、部屋の雰囲気もトゲトゲしたものになり、それがいっそう子どもたち同士の衝突を助長するので、なんとかしたいと思って、育児書のハウツーものなどを読んでいる。

この本の原題は、More Secrets of Happy Children で、オーストラリアの心理学者の人によって書かれたもの。「温かいやさしさ」(softlove)と「ゆずらない強さ」(firmlove)のバランスが大切、というのはそのとおりだと思う。この本に書かれている方法(子どもがよくないことをしたときには、「コーナーに立って考えさせる」...原本を見ていないので、英語で何と書いてあるのか知りたいところ)も、家庭では有効だと思うけど、6人の子どもをひとりで見ている状況だとなかなかむずかしい。

それよりも、私がそうだなぁと思ったのは、保育所についての考え方だ。素人の親より専門の保育士が子どもを保育するほうがいい、という考え方があるが、本当にそうか。

カギは子どもの真の必要性は何かを知ることである。(中略)保育は子どもの欲求や願望のためではなく、大人の利便性のために発明された。(p.174)

そうなんだ。保育所はもともと子どものためにつくられたものではなくて、大人のためにつくられたものだ。子どもを預けて働く親が肩身の狭い思いをしないように、と、その点にふれられることは少ないけれど、でも実際そのとおりだと思う。だから「母親は子どもが3歳になるまで働くのをがまんしなさい」と、著者は言うわけではない。でも、3歳までは、母親か父親、あるいは祖父母、そのほか家庭的なところで子どもが育つほうがいい、と考えている。もちろん、働きたいのをがまんして子どもと一緒にいるほうがいい、というわけではなく、事情があるなら、よりよい保育の場を探せばいい、親だってストレスがたまっているのはよくない。ただ、小さな子どもを抱えた親がふたりともフルタイムで働いて、休日には疲れてしまって子どもと遊ぶ気にもなれないような状況がはたして親にとっても子どもにとっても幸せといえるだろうか、と問いかけている。

私は著者の主張におおむね賛成だ。保育園にいる子どもが不幸だというわけではないけど、子どもは一対一の関係を欲していることがよくあって、それを保育園ではなかなか満たしてあげることはできない。がまんするのがむずかしい2歳児はなおさらだ。

幼稚園クラスの子どもが幼稚園に行っている午前中、週2日だけ、ふだん保育園に来ていない子どもたち(3-5歳)向けのクラスが開かれている。そこに来る子どもたちと保育園の同年齢の子どもたちとはずいぶん違う、という。そのクラスの子どもたちにはいろいろなことが新鮮で、活動にいきいきと取り組むが、保育園の子どもたちは、もういろいろなことに飽き飽きしていて、保育者の言うことをきかない...

保育園を利用している親にもいろんな人がいるし、家庭で子どもを育てている人にもいろんな人がいるだろうから、一概にどっちがどうといえるものではないけど、密度の濃いかかわりができるのは、やっぱり保育園ではないほうだと思う。

4794213123子どもを叱らずにすむ方法おしえます―お母さんがラクになる新しいしつけ
スティーヴ ビダルフ Steve Biddulph 菅 靖彦
草思社 2004-05-22

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瓦礫の中のレバノンから

レバノンからふたりのパレスチナ人の方が来日され、その話を聞く会があった。NGO「子どもの家」代表のカセムさんと、バダウィ難民キャンプで避難民のカウンセリングを行っている臨床心理士のジャクリーンさん。もうひとり来日する予定だったが、渡航証明書が取れなかったそうで(レバノンに住むパレスチナ人にはパスポートはないから、海外に行くには渡航証明書を取らなくてはならない)、来られなかった。

今年の5月に起こった戦争で、めちゃくちゃに破壊されたナハル・エルバレド難民キャンプの様子が映し出される。まるで大地震の後のようだけど、そうじゃなくて、こんなことをしたのは人なんだ。

ジャクリーンさんが、10歳前後の子どもたちの描いた絵をいくつか紹介してくれた。戦車が建物に爆弾を撃ち込んでいる。建物の中には人がいる。撃たれて倒れた人の横で泣いている人がいる...。戦車を描いている子はたくさんいた。1956年が舞台の映画「君の涙ドナウに流れ」で戦車を見たけど、パレスチナの子どもたちは2007年の現在、戦車が建物を壊し、人を撃つのを見てきたのだ。

別のキャンプへ避難するバスの中で、親を撃たれて亡くした子もいる。そんな子どもたちは様々な症状を示す。食欲がない。多動。夜尿。鬱...。そして、疲れているのは子どもだけではない。狭いところにたくさんの人が暮らさなければならない避難所生活では、プライバシーもなく、人々はイライラしがちで諍いも頻繁に起こる。さらに、そんな子どもや大人の心のケアをするスタッフ達も疲れている...。

カセムさんは「戦争はいやだ。戦争は私達パレスチナ人のためのものじゃない。」と言う。「キリスト教徒もユダヤ教徒もイスラム教徒もみんな仲良く暮らしたいんだ。1948年、イスラエルが建国される前まで、そうであったように。」カセムさんは1946年の生まれだが、48年に難民となってからは祖国に帰っていない。「外国人は行くことができるのに、パレスチナ人の私には行くことができないんだ。」「パレスチナ人が難民となったとき、レバノンの人は温かく迎えてくれた。ひとつのパンを分け合おうと言ってくれたんだ。彼らも私達も、それがこんなに長く続くなんて思ってもいなかった。せいぜい1週間くらいのことかと思っていたら、もう59年になってしまった...」

国連がパレスチナ分割決議を採択した1947年から60年。ユダヤ国家は建設されたけど、パレスチナ国家は建設されないままで、難民となった人たちは、さらにその地から別の土地への移動を余儀なくされた...

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映画「君の涙 ドナウに流れ」szabadság szerelem

「ハンガリー動乱」というのを世界史でやった覚えはあるけど、どういうものだったかはまるで覚えていない(^^;)。この映画を見たおかげで、歴史上の出来事がかなり具体的にイメージできた。

1956年のハンガリーはソ連の支配下にあり、共産主義に反対するような考えはきびしく取り締まられ、秘密警察(AVO)が活躍していた。そんななか、自由を求める人々が声をあげる。

ハンガリーは水球が強いそうで、映画の主人公は、水球の花形選手カウチとブダペスト工業大学の学生ヴィキ。このヴィキが凛とした美しい女性で、かっこいい(^^)。独立を求める学生運動の中心メンバーのひとりとして、自分の信ずるところにしたがって行動する人。カウチはまずヴィキの美しさに惹かれる。反共活動に参加すると水球選手としての活動が危うくなるので、政治活動には乗り気ではなかったが、やがて...

原題の szabadsagは、independence や liberty という意味、szerelem は、love とか passion という意味のようだから、もともとの意味は、「自由を渇望して」という感じだろうか。内容もそれが中心テーマで、映画の最後に流れたテロップ(ハンガリー作家による詩らしい)でもそれが示されている。邦題はちょっとセンチすぎるなぁと思うけど、そのほうがお客さんが入るのかな。ちなみに英語でのタイトルは Children of Glory(栄光の子どもたち)。

水球シーンは迫力があり、ドラマとしての筋立てもおもしろいし、とても美しい壮大なシーンもあって、映画を見たという満足感にひたりました(^^)。

ひとつ考えさせられたのは、「武器を持つ」ことについて。

(以下ネタバレ)

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