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瓦礫の中のレバノンから

レバノンからふたりのパレスチナ人の方が来日され、その話を聞く会があった。NGO「子どもの家」代表のカセムさんと、バダウィ難民キャンプで避難民のカウンセリングを行っている臨床心理士のジャクリーンさん。もうひとり来日する予定だったが、渡航証明書が取れなかったそうで(レバノンに住むパレスチナ人にはパスポートはないから、海外に行くには渡航証明書を取らなくてはならない)、来られなかった。

今年の5月に起こった戦争で、めちゃくちゃに破壊されたナハル・エルバレド難民キャンプの様子が映し出される。まるで大地震の後のようだけど、そうじゃなくて、こんなことをしたのは人なんだ。

ジャクリーンさんが、10歳前後の子どもたちの描いた絵をいくつか紹介してくれた。戦車が建物に爆弾を撃ち込んでいる。建物の中には人がいる。撃たれて倒れた人の横で泣いている人がいる...。戦車を描いている子はたくさんいた。1956年が舞台の映画「君の涙ドナウに流れ」で戦車を見たけど、パレスチナの子どもたちは2007年の現在、戦車が建物を壊し、人を撃つのを見てきたのだ。

別のキャンプへ避難するバスの中で、親を撃たれて亡くした子もいる。そんな子どもたちは様々な症状を示す。食欲がない。多動。夜尿。鬱...。そして、疲れているのは子どもだけではない。狭いところにたくさんの人が暮らさなければならない避難所生活では、プライバシーもなく、人々はイライラしがちで諍いも頻繁に起こる。さらに、そんな子どもや大人の心のケアをするスタッフ達も疲れている...。

カセムさんは「戦争はいやだ。戦争は私達パレスチナ人のためのものじゃない。」と言う。「キリスト教徒もユダヤ教徒もイスラム教徒もみんな仲良く暮らしたいんだ。1948年、イスラエルが建国される前まで、そうであったように。」カセムさんは1946年の生まれだが、48年に難民となってからは祖国に帰っていない。「外国人は行くことができるのに、パレスチナ人の私には行くことができないんだ。」「パレスチナ人が難民となったとき、レバノンの人は温かく迎えてくれた。ひとつのパンを分け合おうと言ってくれたんだ。彼らも私達も、それがこんなに長く続くなんて思ってもいなかった。せいぜい1週間くらいのことかと思っていたら、もう59年になってしまった...」

国連がパレスチナ分割決議を採択した1947年から60年。ユダヤ国家は建設されたけど、パレスチナ国家は建設されないままで、難民となった人たちは、さらにその地から別の土地への移動を余儀なくされた...

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