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ここがヘンだよ、日本?

昼休み、休憩室に来た同僚Pと、娘が大学受験で、と話しているうちに、日本の教育システムのおかしさ?についての話になった。

彼の奥さんは日本人で、お子さんを日本の保育園に通わせている。そこでは裸足保育が行われているらしい。彼はそれが信じられない、と言う。「『床暖房しているから大丈夫です』って言ったって、子どもが病気になったらどうするんだ。病気になったら医者代を払ってくれるのか」...で、実際、風邪か何かをひいたときの医者の請求書(たぶん、レシートかな)を保育園に持っていったそうだ(^^;)。そんなこともあって、今では彼のお子さんは靴下を履くのを認めてもらっているらしい。

さらに彼の不満は続く。

P:子どもの送迎に車を利用する親は、月2000円の駐車場代をとられるんだ。高い保育料を払ってるうえに、なんでまた駐車場代まで払わなきゃいけないのか。ここ(うちの保育園)じゃ、いちいち駐車場代なんてとらないだろ。
じゃりんこ:そりゃ、こことか、アメリカの場合はスペースがあるもの。日本は狭いのよ。
P:狭いったって、保育園の土地だろ。それを使わせるのにそれぞれの親から月2000円ずつ徴収するなんて儲けすぎだよ。
じゃ:送迎に車を使ってない人だっているわけでしょ。月2000円分を保育料に含めて徴収することだって可能だけど、そうすると、駐車場を使ってない人にとっては不公平なことになるじゃん。
P:何言ってるんだ、そもそも駐車場代なんて...

と、彼はまだまだ反論したそうだったが、彼に電話がかかってきて話は中断となった。

裸足保育にしても、駐車場代にしても、きっと入園のときに説明があったに違いないと思うのだけど、日本語がほとんど話せない彼は、おそらく手続きは奥さんにまかせておられたのだろう。どうしてもがまんできなければ、他の保育園を選ぶことだってできるだろうから、問題はそれほど深刻でもない。

でも、公立学校となるともうちょっとめんどくさいことになる。以前、カナダ人の友人が、「(日本の)学校のプールでは日焼け止めを使うことが許可されていないんだ」と憤慨していたことがある。「紫外線は有害で、防がなければならないのに、学校は何を考えているんだ」...と。

日焼け止めの話は、確かにそうかな、と思うから、彼が声をあげれば、学校の対応が変わる可能性はあると思う。

異文化社会で暮らすのはおもしろいけど、やっぱり摩擦やストレスも経験するものなんだなぁ。

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絵本"Go Away, Big Green Monster!" by Ed Emberley

邦訳本のタイトルは「きえちゃえでっかいみどりのモンスター!」。

まず、表紙の絵の独特の雰囲気に子どもは惹きつけられる。子どもってなぜか「こわいもの」が好き。あ、嫌いな子ももちろんいるけど。ページをめくると、「でっかいみどりのかいじゅうには、ふたつのおおきなきいろい目がある」という文とともに、黒のバックに黄色の目だけ浮かび上がる。そして次のページには「青緑色っぽい鼻」、その次のページには「白く鋭い歯のある赤い口」...というふうに、怪獣の顔のパーツがひとつずつ加えられていき、やがて緑色の顔の怪獣が完成。

「でも、おまえなんかこわくないよ」と、言って、「もじゃもじゃのかみのけ、あっちいけ!」「ぐにゃぐにゃのみみ、あっちいけ!」と、今度は顔のパーツのひとつひとつに対して、「あっちいけ(Go Away)!」という言葉を発すると、パーツがひとつひとつ消えていく。そして最後には...というだけの単純なお話。でも、このシンプルさと斬新な色使いが子どもの心をつかまえる(^^)。

Go Away, Big Green Monster!
Ed Emberley
0316236535

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映画「アメリカン・ギャングスター」

1968年のニューヨーク。ハーレムを仕切っていたボスの死をきっかけに自分で新たな麻薬ビジネスを始めたフランク(デンゼル・ワシントン)は、東南アジアから直接麻薬を買い付け、ベトナム戦争に従軍していた軍の輸送網を使うことで、マフィアが扱っている麻薬より良い品質のものを安く売ることに成功し、莫大な利益をあげる。警察はマフィアと結託して利益をくすねたりしていたが、そんな警察の体質を許さず、麻薬組織の撲滅をめざすのがリッチー(ラッセル・クロウ)。事実に基づいた話というが、どこまでが本当でどこからが脚色なんだろう。家族を大切にし、規則正しい生活をおくるのが暗黒街のボスで、悪の撲滅をめざす正義漢は、仕事一筋で家族をかえりみず、子どもへの養育権を勝ち取るのはむずかしそうだ...

でも、どんなに紳士面をしていても、麻薬ビジネスは人に誇れるものではない。それは人を幸せにしているのじゃなくて、人を破滅に追いやっているものだもの。だけど、この映画の描き方だと、デンゼル・ワシントンをある意味英雄視しているようなところがあるのが気になる。もちろん、麻薬は悪である、というとらえ方はされているけれど、黒人で、人の考えつかないようなビジネスを始めて成功させた。勇気を持ってベトナムの奥地にまで買い付けに行き、決して目立つような行動をとらず、日曜には教会に行き...。まあ、それが事実だったのかもしれないけど...ビジネスを成功させる人は偉い、という見方がアメリカにはあるなぁと感じる。

白昼堂々人を銃で撃ち殺して、逮捕も何もされない、というような不自然な場面もあったけど、2時間半、最後まで退屈することはなかった。警察の不正に立ち向かう刑事、という設定は、LAコンフィデンシャルを思い出させた。ラッセル・クロウは10年前と同じような役柄をやっているわけなんだな。

毎日新聞の別刷りで、時々、「ときめくフレーズ、きらめくシネマ 戸田奈津子と金子裕子のGOODフレーズ鑑賞会」というコーナーがあり、昨日はたまたまアメリカン・ギャングスターが取り上げられていた。

We can be successful and have enemies or we can be unsuccessful and have friends. That's the choice we make.
勝者となって敵を作るか、敗者となって友人を作るか。そこが思案のしどころだ。

マフィアのボスがフランクに言うセリフだけど、確かに...。「負けるが勝ち」っていう考え方は日本以外にもあるわけだ。

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映画「河童のクゥと夏休み」

日本のアニメってやっぱりすごい(^^)。河童なんているわけないよなぁ...と思いつつ、そのほかの部分のリアルな描写にのせられて、どんどん物語の世界にはまっていく。

東京の川原で偶然発見した化石のようなものを水につけていたら、なんとそれが動き出した。しかも人間の言葉をしゃべる!いいだろうなぁ、こんなことがあったら(^^)。この生き物の話によれば、江戸時代に生きていた河童らしい。しかし、そんなことがみんなに知れたら大騒ぎになるだろうから、と、家の中でこっそりと飼うことにするのだけど...

主人公の学校での人間関係の描き方にちょっとあまりリアリティが感じられなかった(いじめとか)けど、町や田舎の風景はとてもリアル。主人公の家の飼い犬オッサンとクゥの交流の様子も楽しい。人間と河童ははたして一緒に暮らすことができるのか...展開は私にはまるで予想がつかず、とてもおもしろかった。会場には子どもが結構いて、時々素直に感想を口に出している(「あ、食べちゃった!」とか)のが可笑しかった(^^)。2時間18分とアニメにしては結構長いと思うんだけど、子どもたちも退屈しなかったようだ。

(以下完全ネタバレ)

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スーパーガール

朝早く、まだうちのクラスの子どもはふたりだけしか来ていない時間に。男の子Cが「スーパーマンになりたい」と言うので、クローゼットからシーツを出してそれをマントのように巻きつけてあげていると、女の子Kがやってきて、自分もしてほしそうに見ている。「Kもスーパーマンになりたいの?」と聞いたら、スーパーマンになったCがKの顔をのぞきこみながら一言。「Kはスーパーガールになれるよ。そしてぼくはスーパーボーイ」( "You can be a supergirl. And I can be a superboy.") 「女はスーパーマンになれないんだよ」なんて意地悪を言うのじゃなく、スーパーガールとスーパーボーイっていうのがいいなぁ(^^)。

子どもはいつごろから男女を区別するようになるんだろう。そしていったいどこで見分けているんだろう...といっても、私自身、具体的にどこ、とはうまく言えなくて全体的に判断しているのだから、子どももそうなんだろうけど。

で、もちろん、Kはスーパーガールになり、CとKはふたりでマントをひるがえしながら狭い部屋の中を走り(^^;)、ダイナソー(じゃりんこ(^^;))と戦ったのでした。

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ビデオ「チャイナ・シンドローム」

1979年と、今から30年近く前の作品で、舞台はカリフォルニア州にある原子力発電所。30年経った今は、こんなずさんな管理がされていることはないだろうと思うものの、人間のやることだから、完璧ということはまずありえない。原発は、故障やミスが起きたときに備えて、二重三重の安全対策が施されているといっても...ホラー映画ではないのに、見た後、怖くなる映画。核燃料廃棄物をどうするのか、これという決め手のないまま、原発の運転を強行しようとする姿勢は、30年前と変わっていないと思える...

技術的な話は私にはわからなかったけど(^^;)、話の展開はスリリングで、原発のコントロールルームの責任者を演じたジャック・レモンがいかにも実直な技術者という感じでよかった(^^)。

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映画「ぜんぶ、フィデルのせい」 La Faute à Fidel!

1970年、日本では万博で浮かれていたけど、世界ではいろんなことが起こっていたんだなぁ。チリでは社会主義者のアジェンデが勢力を強めていて、スペインではフランコによる独裁政治が続いていて、フランスでは中絶禁止に反対する声が強まってきていて...。何が正しくて、何が間違っているのか、大人だって判断に迷うことはあり、時代の波に揉まれながら、正しい道を歩もうとするわけだけど、これはそんな大人に振り回された子どもの話。

アンナはフランスのカトリックの学校に通う9歳の女の子。弁護士の父と雑誌編集者の母、5歳の弟とともに庭付きの家で何不自由なく暮らしていた。ところが、両親が共産主義を支援するようになって生活が一変。狭いアパートに引っ越し。そこではいつもたくさんの人が出入りしている。カストロの悪口を言っていたお手伝いさんは解雇されてしまった。親の要望により、学校では大好きな宗教の授業に出られなくなる。アンナにとってはおもしろくないことばかりで、「どうしてこうなるの?」という疑問を持つのはもっともだ。

見ていて、お粗末な親だなぁと思ってしまった。私だって人のことを言えるような立派な親じゃないけど、でも、こんなに大きな生活の変化があったなら、まず子どもに、どうしてこうなっているのかについてできるだけわかるように説明しようとするだろう。アンナのように賢い子なら、ある程度わかるように説明することはできるはずだ。それをすっとばして、理想を追い求めることに忙しい大人の滑稽さ。

そんな大人とは対照的に、実に小気味よい子どもたち。アンナはしっかり自分の頭で考えて疑問を率直に口に出すし、弟君は、生活の変化をものともせず、それを楽しんでしまっている(^^)。鋭いアンナちゃんも好きだけど、彼のマイペースぶりがまたなんともいい雰囲気だった。

(以下ネタバレ)

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映画「スエリーの青空」O Céu de Suely

ブラジルは私にとって憧れの国。しかも、製作が「モーターサイクルダイアリーズ」のウォルター・サレスということで見に行った。

エルミラは、恋人と駆け落ちしてサンパウロで暮らしていたけど、物価が高くてやっていけず、乳児を抱えて故郷の田舎町に戻ってくる。やがて、「後から行く」と言っていた彼が、実は来る気がないのだと悟り、そこで彼女は...

彼女の取った行動はちょっとありえない設定と思えるし、彼女の選択に共感もできないのだけど、ブラジル北東部の景色や、人々の生活が見られたのは興味深かった。登場人物もそれぞれ個性的なキャラクターでおもしろい。最後のシーンが印象的で、私は、「えーっ、そんな...」と思ったのだけど、 「そうこなくっちゃ」という感想を書いている方もおられて 、うん、そうかもしれない、と思った。私の期待した結末では、あまりにありきたりだもの(^^;)。

彼女の選択に共感できない、というのは(以下ネタバレ)

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外郎

...って読めますか?私は知らなかった。
次女が今年のバレンタインに作ったのがこれ。
正解は

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本「となりのクレーマー」by 関根眞一

副題が「『苦情を言う人』との交渉術」で、著者は長年、大手百貨店のお客様相談室を担当してきた人。「お客様相談室」っていやな仕事だろうなぁ、と思ってしまうのだけど、この著者は、「人間の様々な面を見ることができて楽しい」とまで言っておられる。確かに人間の心理を読んで対応しなければならない仕事だし、奥が深いんだろうなぁ。

「クレーマー」というのは無理難題をふっかけてくる人で、普通に苦情を言う人のことはクレーマーとは言わない。「クレームは宝の山」という言葉があるそうで、確かに、苦情からいろいろ学ぶことも多いだろう。また対応の仕方いかんで、よい顧客となってもらえる場合もある。私もパソコンなど電化製品の故障でお客様相談室に電話したり、メールで問い合わせたりすることがあるが、その対応がそのメーカーや店に対する印象を形作る。クレーム対応はそれほど大切なものであるとわかってはいても、普通の苦情でも聞くのはうれしいものではないし、ましてクレーマー相手...なんてできればごめんこうむりたい。

でも、そうやって「とりあえずさっさと片付けてしまおう」というようないい加減な気持ちで臨むとかえって問題が長期化したりする。「いやだな」と思っている気持ちは態度に出るし、客は敏感にそれを感じ取る。基本は、お客様の意見をじっくりお伺いする、という気持ちで臨むこと。相手に間違いがある場合は、やんわりとそれに気付かせる工夫をすること。それでも相手がクレーマーであれば、毅然とした態度で臨み、安易にお金による解決をしないこと、等等。紹介されているいくつかの実例は、必ずしも「美しい解決」とはいえないものも含まれていて、著者が自分に都合のいい例ばかりをあげているわけではないことがわかる。

保育園は「サービス業」という位置づけなので、私たちも毎年サービス従業員としての研修を受ける。一月ほど前に受けた研修では、"Give'em the pickle"(お客様にはピクルスを)というビデオを見た。顧客のほしがっている余分のものを与えよ、それがサービスだ、ということで、「お客様がご主人様だ」(The customer is the boss) という言葉が出てくる。「日本では『お客様は神様だ』という言い方をするそうだ。まあ、私たちの場合は、god まではいかないけど、ご主人様ということだね」とは、解説をしていた人の弁。さらに、「むちゃくちゃな要求をする人がいたらどうするか」という問いを出し、誰も答えないと、「それでもやっぱり『お客様は神様』なんだ」と言っておられた。それを聞いて、「でも、本当に無茶な親だっているのに、それに従うだけでいいんだろうか」と思ったのだが、この本の対応のほうが、"Give'em the pickle" よりも現実的だと思えた。

著者は、百貨店のお客様相談室を退職した後、医者や教師の苦情対応に関わってこられた。医者や教師は、苦情を言われることに慣れていないので大変だ。この本は、百貨店に勤める人だけでなく、一般の人々も苦情対応を学ぶことができるように、という意図で書かれていて、とても読みやすかった。

4121502442となりのクレーマー―「苦情を言う人」との交渉術 (中公新書ラクレ 244)
関根 眞一
中央公論新社 2007-05

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トーキングドラム

FGMを扱った有名な映画「戦士の刻印」が上映されるというので、半休を取って出かけた。「FGMを決して許さない」というゼロトレランスデーの催しで、この映画のほかにもう一本フィルム「黒い悲しみ」の上映と、ガーナ出身のパーカッショニスト、オスマン・オランド・ビングルさんによるトーキングドラムの演奏があった。

トーキングドラムというのは、こんな感じの楽器。アフリカの人たちの間で、何か伝えたいことがあるときに、この太鼓を使って遠くの人に伝えたりしたそうで、話すような感じで太鼓を叩いて見せられた。オスマンさんは張りのあるいい声をされていて、ドラムと声だけで音楽ってできるんだなぁと思う(^^)。シンプルでいい音の出るトーキングドラム、ちょっとほしくなった。手作り用キットならそれほど高い値段ではないけど、私、無器用だからなぁ(^^;)...

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映画「君のためなら千回でも」The Kite Runner

好きな作品だった。
1970年代のアフガニスタン。凧揚げ合戦に興じる男の子たち。他の凧の糸を自分の凧糸で切って落とし、どれだけの凧を落としたのかを競う。大空に凧が舞い、空からの町並みが映し出され、遠景には山々が見える。なんとも美しいシーンで、アフガニスタンにこんな平和な時代があったんだ、と思う。

アミールとハッサンも凧揚げの好きな男の子だ。アミールは裕福なパシュトゥーン人の子で、ハッサンはその家庭に雇われているハザラ人の召使の子だが、ふたりは兄弟のように仲良く育っていた。とはいってもやはり対等の関係ではなく、主従の関係がある。だが、ハッサンは卑屈になることはない。ハッサンは凧揚げがうまく、そのほかにも優れた能力を発揮していた。アミールは彼に一目おいているところがあるし、また少しねたましく思っていたかもしれない...

79年、ソ連がアフガニスタンに侵攻し、アミールと父は結局アメリカへ亡命する。年月が流れ、アメリカの大学を卒業して、夢だった作家への道を歩み始めたアミールのもとに、幼い頃世話になった父の友人から電話が入る。故郷に帰ってこい、と言う...

ソ連侵攻とタリバンの支配で、すっかり荒廃してしまったアフガニスタンの町。そんな歴史の流れを知ることができるのも興味深いし、何よりも、登場人物それぞれの心模様がよく描かれていると思う。

(以下ネタバレ)

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ビデオ「サンダカン八番娼館 望郷」

「からゆきさん」という言葉を知ってはいたけど、具体的にどういう人生を過ごした人たちなのか、とか、その背景はまったく知らなかった。19世紀末から、イギリスによる北ボルネオの植民地開発がすすみ、サンダカンはその中心都市だった。その頃から、日本人経営による娼館があって、貧しい農村の女性たちが娼婦として売られていった。この映画は、からゆきさんであったサキという女性から、聞き書きをしてルポルタージュを書いた山崎朋子さんの「サンダカン八番娼館」という原作(1972)を映画化(1974)したもの。

12歳でサンダカンに渡ったサキ(高橋洋子)は、1年後(13歳!)から客を取ることになる。最初のショックが相当のものであっただろうことは想像できるけれど、それでも、家族のためにせっせと働くことを決意。現地の言葉を覚えて、白人、日本人、土人(という言葉が使われていた)の区別なく、サービスに精を出す。様々なエピソードや、からゆきさんの胸の内、日本に帰ってからのこと、などが興味深いのはもちろんだけど、そういう人の話の聞き取りをする人の姿が描かれているのがまた興味深かった。

国際政治の場で日本が力をつけてくるにつけ、からゆきさんの存在は国家の恥として扱われるようになり、研究家がそういう人たちから話を聞こうとしても、誰もなかなか重い口を開いてはくれない。大学で女性史を研究していた三谷圭子(栗原小巻)は、天草で偶然出会った老女サキ(田中絹代)から話を聞くために、彼女の家に泊まりこむようになる。自分が研究家であることは明かさず、ただ一緒にすごして、彼女がその気になってくれるのを待つ...自分の目的を相手に話さないのはフェアじゃないような気もするけれど、最初から身分を明かしていれば、サキがからゆきさんの生活を話してくれたかどうかわからない...彼女がこういう方法をとったことでどんな結果を招いたのかは、映画を見てのお楽しみ。このあたりのことはどのくらい事実に基づいているのかわからないけど、人の半生を聞いたり、それを公表したりするのは、生半可な気持ちでやるべきことではないと思う。でも、真摯に聞き取られた記録は貴重なものだ。こうやって聞き取りをする人がいなかったら誰にも知られずに埋もれてしまったのだろうから...。原作者の山崎さんが、聞き取りの結果を決して興味本位に扱わず、誠実な記録として残された、その姿勢に敬服する。映画化に際しても、話をしてくれたからゆきさんを傷つけるようなことがあっては...ということを一番心配されたようだ。映画は、そんな山崎さんの気持ちを汲んで、とても真面目に作られている。

そして、人のプライバシーに踏み入っていく聞き取りは、やっぱり私にはできそうにないなぁと思ってしまう...

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本「世界の日本人ジョーク集」by 早坂隆

どこの国の人も自分たちが世界からどんなふうに見られているのかに興味があるのだろうか。日本人はとりわけそういう関心が強いような気がする。ってまあ、私がそうだっていうことかな(^^;)。

4121502027世界の日本人ジョーク集 (中公新書ラクレ)
早坂 隆
中央公論新社 2006-01

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この本で扱われているのは、電球ジョーク(電球を取り替えるのに何人の○○人が必要か)などのように、よく耳にするエスニックジョークも結構あって、いちいち出典が明記されていないので、著者がどこでこのジョークを仕入れたのかがわからないのがちょっと残念だったけど、世界の人々の日本人観が垣間見られて興味深かった。著者はルーマニアに2年間ほど住んでいて、東欧や中東にも何度か行かれているようで、ジョークの合間に自分の体験に基づいたコラムを書いておられるのがおもしろい。ルーマニアの話を日本で聞くことはほとんどないから、へぇ、ルーマニアの人も日本のことを知っているんだ、と新鮮な感じがした。

たとえば、ルーマニアでは2002年くらいまでマンホールで暮らしている子どもが多くいたそうだ。そんな子どもたちのなかで一人の男の子が寝床に敷いてあったダンボールを見せてくれた。そこにはSONYの文字が。「どうだい、僕のベッドはSONY製さ。凄いだろう。」...日本=ハイテクの国、というイメージはあるらしい。(p.51)

なるほど、と思ったジョークをひとつ。

各国の政治家が集まって「どうしたら日本の怒らせることができるか」について話しあった。
中国:わが国は潜水艦で日本の領海を侵犯した。それでも日本人は潜水艦を攻撃してこなかった。
韓国:わが国は竹島を占領した。それでも日本は攻撃してこない。
ロシア:わが国は長きのわたって北方の島々を占拠している。それでも日本は攻撃してこない。
これらの話をだまって聞いていた北朝鮮の政治家が笑いながら言った。
北朝鮮:そんなこと簡単ですよ。我々が核兵器を日本に使いましょう。そうすれば、さすがの日本も怒るでしょう。
すると、アメリカの政治家が首を横に振りながら一言。

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マッキントッシュ

もしかするとすごく有名な話なのかもしれないけど、私は知らなかったので。

Apples Here!
Will Hubbell
0807503975

昨日、保育園から持って帰ってきた "Apples Here"(りんごがここに)という本を読んでいて、「あ、そうなのか」と叫んでしまった。絵本は、冬、雪の中のシーンから始まる。「りんごがここにあるよ」...何もついていないように見えるりんごの木には冬芽があって、春が来るのを待っている。春には花が咲き、やがて夏が来て実がつきはじめ、秋には摘み取られて店頭に並ぶ。「りんごだよ。マッキントッシュ、ガーラ、ゴールデンデリシャス...」ここで、「あ、そうなのか」と叫んでしまったのだ。マッキントッシュってりんごなんだ。知らなかった。

でも、スペルが、McIntosh で、アップルコンピュータの Macintosh とは違う。調べてみると、「マッキントッシュ」は、アップルコンピュータの開発チームのジェフ・ラスキンという人が、自分の好きなりんごの品種から着想した名前なのだが、すでにMcIntosh というオーディオメーカーがあったので、それと区別するために綴りを変えて、Macintosh にしたのだそうだ。実際、こんなふうに間違ってつづられることは食料品店などでもよくあるらしいが、マックの成功により、すっかりこのミススペルが定着してしまった、とウィキペディアに書いてある。(このページ。マッキントッシュりんごの写真も見られるので興味のある方はどうぞ)

ちなみにアップル社のロゴで、りんごの右側がかじられたようになっているのは、コンピュータの情報量を表す単位バイト byte と、かじるという意味の bite という単語が同じ発音なのをかけているとか。なかなかおしゃれ(^^)。

マッキントッシュは、日本では旭とよばれる品種だそうだけど、あまり栽培されていないらしい。話のタネに一度食べてみたい(^^)。

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本「おむつはずし1週間」by 末松たか子

副題が「無理がなく失敗しないステップ方式」なんだけど、これを読めばおむつが1週間ではずれる、というわけではないし、「失敗」(って何なのかよくわからないけど)しないわけではないと思うから、若干誇大広告ぎみかな。でも、子どもの体の準備が整っていないと始めても無理で、どんなときが始め時か、などの説明はある程度説得力があると思う。

一番、なるほどと思ったのは、「育児書には『失敗してもしかってはいけません』と書かれているが、本当にそうか」(p.76) という部分。おむつはずしを始めてしばらくは母親も慎重にやさしく接しているが、なんといってこの時期の子どもはややこしい。おむつはずしだけでなく、いろんな場面で母親を悩ませ、そうこうしているうちに続けざまにおしっこを失敗。そこで母親は「しかっちゃいけない」とがまんを重ねるが、心の中は怒りでいっぱい。しかりはしなくても、怒りをおさえての不自然な対応となり、子どもは敏感にそれを感じ取ってしまうのだ。時にはしかることがあってもいいのではないか。怒ってしまったらあやまればいいのではないか。どうもうまくいかないときはおむつはずしをお休みすればいいのではないか...

トイレトレーニングは、実際かなり微妙な(うまい言葉が思いつかない(^^;))問題だ。
うちの2歳児クラスは、部屋の中に子ども用のトイレがあるが、1歳児クラスから2歳児クラスに来たばかりの子どもにとって、そこは興味津々の場所。やってきては、トイレットペーパーを引っ張り出したり、トイレを流したりしている。大きい子がトイレを使っているのも興味深いようで、「トイレに座ってみる?」というと、たいてい喜んで座る。ただ、それでスムーズにおしっこやうんちができるようになるか、というと、それはまた別の話。トイレはおしっこやうんちをする場所だ、ということがわかっても、2歳の子どもにとって、自分でそれをコントロールするのは簡単ではない。

お昼寝から起きておむつがぬれていないと、トイレに座らせてみる。で、うまくいくこともある。が、本人はがんばっているのに、おしっこがでないこともある。お昼ごはんのときに水分をとって、お昼寝前もぬれてなくて、2時間も寝た後まだぬれていなかったら、おしっこが出そうなものだけど、出ないものは出ないのだ。で、あきらめておむつをつけると、しばらくするとおしっこが出ている。そんなことが続くと、子どもだってトイレに行くのがいやになってしまう。3歳を過ぎても自分でコントロールできないと、実は本人も結構あせりを感じていると思う。「大きい子のクラスに行くためにはおむつではなく、パンツをはいていなくちゃいけない」ということはわかっていて、そうしたいと思っているのにできない...。あるいは、トイレでおしっこをすることはできるのだけど、たまった感じがわからなくて自分からはなかなか行けなかったり。保育者や母親が、時間ごとに声をかけても、楽しいことを中断してまでトイレになんて行きたくない。この本では、「保育園では子どもは素直に行くようです」と書いてあったけど、実はそうでもない(--;)。

まあ、でも、できたときの喜びはまた格別だ。3歳を過ぎていて、おしっこが出るはずの状況でなかなかすることのできなかった男の子が、ある日トイレで、突然、おしっこが出てきて、本人もびっくり。「トイレでおしっこした」と大喜びで、その子は、その後わりとスムーズにおむつはずしをすることができた。

1週間(以内)でスムーズにおむつがはずれたらそれは本当にラッキー。子どもの体が十分準備できていて、親と子どもの気持ちが一致していたら可能だとは思う。親としては早くはずれてほしいものだけど、やっぱりあせらないことが一番かなぁ。

4391120283おむつはずし1週間―無理がなく失敗しない『ステップ方式』
末松 たか子
主婦と生活社 1997-05

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カレー鍋

Currypot冬は鍋ができるのがありがたい。この冬の我が家のヒットはカレー鍋。新聞で話題になっていたので、クックパッドでレシピを探してやってみたらこれがなかなか(^^)。翌日のチーズ雑炊(このレシピ を参考にしました)というのがまたおいしくて(^^)。今日の具は、鶏肉、にんじん、だいこん、じゃがいも、長ネギ、ほうれんそう、とらまき茸。これに限らず、冷蔵庫にある野菜を適当に放り込んでもおいしくなってしまうのが鍋のいいところ。

Curryflakeカレールーにはパルシステムの「使えるカレー フレークタイプ」を使用。(パルシステムの商品をブログで紹介すると、200円分のポイントがもらえるので、ちょっと紹介させてください(^^;))。
フレークタイプなので分量の加減がしやすく、カレー鍋にはぴったり。そしてなんといっても化学調味料不使用というのがパルシステム商品の売り。市販のカレールーには、たいてい「調味料(アミノ酸等)」というのが入っている。私がパルシステム加入を決めたのは、「化学調味料を含む商品は一切扱っていない」という姿勢に惹かれたからだ。それまで加入していた生協は、そのあたりの扱いがわりとゆるやかだった。私も、「食について神経質になりすぎたくない」という思いがあって、その生協を利用していたのだけど、「食品の裏側」などを読んで、やっぱり添加物の入ったものはできるだけ食べたくないな、と思うようになった。ふだんの食事がきちんとしていれば、たまに外食したり、添加物の入った市販品を買ってもまあいいか、と思っていて、そのへんはいい加減なんだけど(^^;)。

ま、ともかく、明日の朝はチーズ雑炊(^^)。

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