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高校卒業式

長女がめでたく高校を卒業した。彼女の高校には制服がなかったので卒業式はさながらファッションショー状態(^^;)。標準服というのはあった(購入の義務はない)ので、ほとんどの男子と女子の半分くらいは標準服とか地味めのスーツだったけど、女子の半分は袴、着物、ドレス...。私の高校も制服がなかったけど、やはり標準服というのがあった。ふだんはジーパンなどのラフな格好で学校に行くことが多かったが、卒業式などのセレモニーには標準服かそれに準じた格好をするものとされていた。そういう感覚があるので、袴はいいとしても、キラキラのパーティドレスとかにはちょっと違和感を感じてしまった。高校の卒業式なんだから、もうちょっとアカデミックな雰囲気があるといいのにな、と思ってしまう。

彼女の学校は自由な校風が売りで、私も長女もそれを気に入っていた。制服のスカートがひざ下何センチとか、髪型はこうでなければいけないとか、そんなことにこだわるのはつまらないと思っていた。ルーズソックスも髪を染めるのも、自分の責任でどうぞ、という感じで、子どもたちがのびのびしているいい学校だったと思う。ところが、今日の式でひとつ残念に思ったのは、君が代斉唱のときだった。全員起立させられて、君が代を歌わされる。でも、その歌声は小さく、メロディがメロディだけに、まるでお通夜のよう。とてもお祝いという雰囲気ではない。君が代斉唱に反対して座る人こそ見かけなかったけど、みんな歌いたくないんだなぁということを感じた。自律の精神を大切にする学校で、自分の歌いたくない歌を歌わされるというのは悲しい。みんなが誇りを持って歌える歌を国歌として制定しなおしたほうがいいんじゃないかなぁと思う。これは去年の次女の中学卒業式の時にも感じて、我が家で話し合った結果、「ふるさと」なんかがいいんじゃないかという結論に達した(^^)。まあ、他にもいい歌はありそうだけど。

第一部はそんなふうにして型どおりに終わり、第二部は各クラスの発表。それぞれ、短いフィルムを作ったり、フォトストーリー仕立てにしたりして、高校生活への思いがつづられていて、とてもおもしろかった。とにかくみんな高校生活は楽しかったんだなという思いは伝わってきて、本当に長女にはよい学校だったなぁと思う。

ちなみに、彼女は4月から社会学専攻の大学生になります。ちょっとうらやましい(^^)。

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育児」カテゴリの記事

コメント

おめでとうございます。 そうですか、社会学なんですね。

うちの上の娘はタイに留学したので1年遅れましたが、いよいよ卒業です。 3年になるとき社会学を専攻して、タイでは山地民の聞き取り調査をしていました。 いまはモロッコからスペインに行っています。

投稿: axbxcx | 2008.03.14 00:30

axbxcx さん、

ありがとうございます(^^)。長女の場合は、社会学といっても、そんな本格的な調査をするのかどうか...。何かうちこめるものが見つけられるといいのですが。

axbxcx さんのお嬢さんも卒業なんですね。おめでとうございます(^^)。

投稿: じゃりんこ | 2008.03.14 00:47

じゃりんこさん、まだまだこれからでしょう。 私の場合は名前だけ経済学そして社会学でした。 いや、本当に恥ずかしいです。

上の娘は打ち込んでいたとすれば空手でしょう。 私から見ればトンデモナク優等生ですが、それは打ち込んでいたからではなく、何でもきちんとやるからだと思います。 逆に下の娘は好きなことしかやらない、よく言えば打ち込むタイプです。 だから私と同じように成績が悪い…。

聞き取り調査が面白くなったのは四十も過ぎてからでした。 マレイシアで工場や職業訓練校などを回って話を聞いたのがきっかけになりました。 それでようやく「これが自分がやりたいことだった」と気がついたのです。

農村開発・参加型開発に専門を変えるのにそれからまた5年くらい掛かって、実際にやり始めたのは1999年になってからでした。 それから来年で十年になる訳ですが、一体何が残せたのか…。

投稿: axbxcx | 2008.03.14 10:45

axbxcx さん、

私も今の仕事を始めて9年目です。1歳児を担当していた頃は、これぞ私の天職と思ってましたが、今は何か違うなーと感じています。放送大学で書きたいと思っていた卒論も、結局プライバシーにふみこむような聞き取りをする自信がなく、もっと抽象的な言語に関してのことにしようかと思ったり、いつまでたってもフラフラしています。それでも好きなことや知りたいことはまだまだたくさんあるから、まあいいか、とも思っています。

娘に何か大きなことを成し遂げてほしいと思っているわけではありません。自分で楽しいと感じる人生をおくってくれればいいなと思います。

投稿: じゃりんこ | 2008.03.14 16:42

あ、いつも誤解が多い書き方になってしまいますが、「何が残せたのか」は自分自身にとってです。 「一体自分の何が変わったのか」(=開発)でもよいかも知れません。 「他人の褌」という表現が好きなのですが、みなさんのお話を聴いて、教えて貰ってナンボかと…。 多分、自分でやるのが好きではないのです。

組織に属すことをやめましたし、何か具体的な成果を求めることもなくなりましたから、自分で正しいと思ったことを日々やると言うか、それができればと思っています。

投稿: axbxcx | 2008.03.14 17:36

axbxcx さん、

今、「貧乏だけど贅沢」という沢木耕太郎の対談集を読んでいるんですが、居酒屋で飲みながら、旅とは、人生とは、みたいな話をしているような雰囲気で、なかなかおもしろいです。人生は一度きりでやりなおしがきかないんだよなぁと思います。もちろん、まだまだできることはたくさんあるけど、20代にもどってやりなおすことはできない。自分の人生を肯定できるかというと、基本的にできますけど(っていうか、そうしようとしていると思います)、でも、今の自分の生き方だって、私には結構歯がゆいところがあり、100パーセント肯定できないんです。だけど、今の生活の仕方を変えようとはしていない自分がいます。

娘がふたりとも大学を卒業する頃には、自分で納得できる生き方をもっと真剣に考えてもいいかな、と思ったりしています。

投稿: じゃりんこ | 2008.03.14 21:21

沢木耕太郎は好きですし、どの映画評論家よりも彼の映画評が一番ピッタリ来るのですが、その本は知りませんでした。

自分がいまやっていることに100%満足している訳はありませんし、だからこそいつも変わろうとしているのですが、やって来た大きな決断(会社をやめるとか、専攻を変えるとかを含めて)に間違いはなかったと思っているのです。 振り返るとすべて必然のように感じます。

今日のニューヨーク・タイムズのオバマ上院議員のお母さんの記事はなかなかよくて、なんだかとっても親近感を持ちました。 人類学で博士論文を書いたとか、USAIDのコンサルタントやフォード・ファンデーションのプログラム・オフィサーとして女性グループのマイクロ・ファイナンス・プログラムをやっていたこと、インドネシア人と再婚したことなど、なるほどという感じがしました。

私の名前にその記事をリンクしておきます。

投稿: axbxcx | 2008.03.14 23:07

axbxcx さん、

ほんとに居酒屋での雑談という感じですから、わざわざ買って読むほどの本ではないと思いますが。でも、対談っていうのも、聞き取りに似てる部分はあるのかもしれません。対談相手の方が、沢木さん相手だから思わずしゃべってしまう、みたいな。でも、「聞き手と語り手」ではなく、対談ですから、もちろん聞き取りとはずいぶん違うとは思いますけど。

自分のやっていることに100パーセント満足していないから変わろうとしておられるのがaxbxcx さんで、満足していないのに変わろうとしていないのが私です(^^;)。まあ、でも、今はあまりつきつめて考えないことにします...(^^;)

投稿: じゃりんこ | 2008.03.15 00:16

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