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タイからの絵葉書

私たちが保育園のレッスンプラン(週案)を作るときには、2歳児といえども、一応、国語、算数、理科、社会的な要素を含んだ活動を、それぞれ少なくとも2つずつ入れることになっている(って、こういうことを始めたのは今のトレーナーで、それまでは「言葉、からだ、感覚遊び、創造的活動、その他」という程度だった。今は、それに加えて教科的な活動が要求されるようになった)。まあ、「社会」といっても、レストランごっこをするとか、アラスカではこんな服を着てるんだとか、その程度のことで、別段むずかしいことをするわけではない。とはいえ、いろいろなバリエーションがあると楽しい。

で、うちのクラスのKがタイにバケーションに行くというので、ルームリーダーのRが「親に頼んで絵葉書を送ってもらったら、楽しい『社会』の活動になるんじゃないか」と言い出した。というわけで、おかあさんに頼んでみたら快く引き受けてくださって、今日、タイからの絵葉書が届いた。Thaielephant


「こんにちは、おともだち。タイでゾウにのったよ。ふねにのってサルをみたよ。みんなにあいたいなぁ。もうすぐかえるからね。K」

もちろん、おかあさんの代筆だけど、Kが興奮している様子が目に浮かぶようだ(^^)。子どもたちに「Kはゾウに乗ったんだって」と言うと、「見せて見せて」と絵葉書を見たがる。絵葉書の中でゾウに乗っているのはKではないので「あれ?」と思うようだけど、ゾウに乗っている人の写真は魅力的(^^)。「みんなも乗りたい?」「うん!」...当然だよなぁ。ごめんね、聞くだけ聞いて乗せてあげられなくて(^^;)。でも、子どもたちは、とにかく、Kは飛行機に乗ってどこかこことは違うところに行ったんだ、ということはわかったよう。Kが帰ってきたら、まっさきにゾウのことを聞くだろうな。ステキな絵葉書を選んでくださったおかあさんに感謝(^^)。

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映画「告発のとき」In the Valley of Elah

仕事柄というか職場柄、アメリカの軍人家族の話というのはやっぱり気になる。

ある日、イラクに赴任しているはずの息子マイクが失踪したという知らせが、父ハンク(トミー・リー・ジョーンズ)のもとに届いた。マイクの部隊は既に帰国していたのだが、彼から家族への連絡はなかった。自身軍人であったハンクは、息子が連絡もなく失踪するはずはないと感じ、真相究明のため基地へと向かう。そこで明らかになったことは...

ちょっとわかりにくいところはあったけど、話の展開が今までの戦争映画とは違うところがあるかな、と思った。謎解きのストーリーなので話には引き込まれる。見ていて、アメリカは戦争をしている国なんだなぁと感じた。多くの人々は豊かな暮らしを楽しんでいるように見えるけど、「戦争に関わっている国なんだ」ということが忘れられている。たぶん、そんなことを感じないようにされている。ポール・ハギス監督はインタビューに答えて、「ベトナムのときとは大きな違いがある。あのときは戦場にジャーナリストがいて、僕らが耳にしたくないようなことを新聞でもテレビでも大々的にレポートしていた。でも今はそれがない。」と答えていて、ああ、そうなのか、と思った。

原題にある「エラの谷」というのは、旧約聖書で少年ダビデが石で巨人ゴリアテを倒したとされる場所。ダビデとゴリアテの話は、パレスチナのインティファーダを語るときによく引き合いに出される(イスラエルに対して石を投げて立ち向かうパレスチナ人は、まさにゴリアテに立ち向かうダビデのようだ、と)から知っていたけど、エラの谷という地名は覚えていなかった。ハギス監督は、「いったい巨人と闘わせるためになぜ罪もないこんなにも若いものが送り込まれなければならないのか」と考え、若い兵士たちを戦地に送り込んだ自分たちの責任を問うタイトルにふさわしいと考えたのだと言う。

話の展開が、よくある戦争映画と違うな、と思ったのは(以下ネタバレ)

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映画「花はどこへいった」

冒頭の、女性の澄んだのびやかな歌声にまず魅せられた。"What have they done to the rain?" 「ほんの少しの雨。雨の中に立っていた男の子。草は枯れ、男の子はいなくなった。あの人たちは雨に何をしたのか...」この歌は知らなかったけど、声には聞き覚えがあった。Joan Baez. ジョーン・バエズ。ボブ・ディランの「風に吹かれて」などを歌っていたのをCDで聞いたことがある。

監督の坂田雅子さんの夫グレッグ・デイビスさんはフォトジャーナリストだった。2003年春、体調が悪く入院したところ癌であったことがわかり、あっというまに亡くなってしまった。友人の写真家から「彼の死はベトナムで受けた枯葉剤のせいではないか」という示唆を受け、坂田さんは枯葉剤について調べ始める。そしてこの映画ができあがった。

最初の枯葉剤の散布が行われたのは1961年。それから米軍によって10年間続けられた。坂田さんは戦後30年以上も経ってベトナムに行き、枯葉剤の取材をしようとしても、その影響を見るためにはかなり奥地まで行かなければならないのではないか、と思っていたが、枯葉剤の被害者はそこここで見受けられた。子ども、孫の代になっても、その影響で障がいをもった子どもが生まれているのだ。ここでは戦争は終わっていないー本当にそうだ、と思った。

障がいを持って生まれてきた子どもも、家族の愛情を受けて育っているし、子どもたちの表情がとても明るいことに驚かされた。家族も米軍への恨みを口にするのではなく(口にしても当然だと思うけど)、こういう子どもが家族になったという事実を受け入れ、ただ、現実的な援助を期待している。そして米軍は枯葉剤の影響を調査しようとはしない。調査すれば因果関係が明らかになって補償問題が起きるのがわかっているからだ...

坂田さんの映画からは、静かだけど明確なメッセージが感じとれた。また、ご主人をはじめ、米軍の兵士としてベトナム戦争を戦った人たちも傷ついていることも知ることができた。米軍の兵士だった人が、戦後、ベトナムを訪れて現地の人とした会話を聞いたときには思わず涙してしまった。ドキュメンタリーって眠くなってしまうようなことも結構あるんだけど、この映画には全然そういうところがなかった。とてもいい映画だったと思う。

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バラにはトゲがあります

Rose2週間ほど前、このお店(スーパーマーケットの中の花屋さん)でバラの花束が結構安かったので私もひとつ買った。で、1週間ほど前、またこのお店に来たら、この注意書きがあったので笑ってしまった。誰か、「この間買ったバラにはトゲがあったよ」なんてクレームをつける人がいたんだろうか(^o^)。確かに、私も、花瓶に移すときに「イテッ」とは思ったけど(^^;)。今日、まだ貼ってあったので、携帯でパチリ。写真はボケボケだけど、実物のバラはきれい。トゲがあっても、きれいだからいいです。了承します(^^)。

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絵本「そらとぶパン」by 深見 春夫

楽しい絵本は多いけど、これはそのなかでも大ヒットのひとつ(^^)。

最初の場面。トンネルからいいにおいがしてくる...そこから出てきたのはパンの電車。プラットフォームにいた子どもたちが大喜びで乗り込み線路を進んで行くと、なんと向こうから対向の電車が。このままではぶつかる...と思ったら、パンの電車はふわりと浮き上がって空へ。空に浮かぶ雲のアイスクリームを食べ、大きな雲の中に入っていくと、そこはパンの国。車の形やら顔の形やら、いろんなパンがいっぱいで目移りしてしまう。パンをおいしく食べた後、パンの国を散歩していたら、パンの怪獣が出てきて、子どもたちは食べられてしまった!さあどうなるか...

子どもの好きなものといえば、乗り物、食べ物、生き物だけど、それがみんな出てくるんだもの、楽しくないわけがない(^^)。え?という展開も最高。アマゾンでは、対象が「幼年、小学初級」と書かれているけど、2歳から十分に楽しめる。

4569683029そらとぶパン (PHPにこにこえほん)
深見 春夫
PHP研究所 2001-10

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ビデオ「衝撃のペルー 男たちは生き抜いた」

「ペルー」という文字に反応して図書館で借りてきた。NHKのプロジェクトXシリーズのひとつで、1996年12月に起きた、ペルーリマでの日本大使公邸人質事件を扱ったもの。副題は「人質127日間のドラマ」。そんなに長期間一部屋に閉じ込められていた13人の日本人ー平均年齢は53歳だったそうだ。この番組のナレーションは、ことさらにドラマチックな感じを強調する嫌いはあるものの、確かに様々なドラマがあったのだろうなぁと思わせられる。そんな状況で、なんとかして生きて帰りたい、と、希望をつながせたものは何だったのか。人質の思い、その家族の思い、そのほか救出に関わった人たちの思い...。映画になりそうな話だけど、脚色のない事実だけでも、心が動かされる。

B0000BI3P8プロジェクトX 挑戦者たち 第VI期 衝撃のペルー 男たちは生き抜いた ~人質127日間のドラマ~
国井雅比古 膳場貴子 田口トモロヲ
NHKエンタープライズ 2003-09-26

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パレスチナ子どものキャンペーン2008

「パレスチナ子どものキャンペーン」の会員総会へ。私はたまにイベントに顔を出す程度だけど、活動報告を聞いていると、事務局の人たちは本当によくやっておられるなぁと思う。

キャンペーンでは、閉塞状況の続くパレスチナ地域への緊急支援だけでなく、そこに暮らす人たちへの心のケアなどの活動をずっと継続して取り組んできた。思うようにならない状況に、大人もついイライラして子どもにあたってしまったりするのだけど、子どもとどう向き合えばいいのか、というワークショップなどを開催して、おかあさんたちが話し合える場を作る。NGOの活動では、お金を現地のNGOに渡したものの、現地任せになってしまって、結局は誰かの私腹を肥やしたり、というような場合も少なくないようなのだが、キャンペーンの活動ではそれはありえない感じがする。現地のスタッフとの連絡が緊密なので、活動報告がとても具体的だ。

さらに、パレスチナがどんな状況にあるのか、ということを日本国内の人たちに知らせるためのイベントや活動を続けている。このところ、中学生が東京に修学旅行に来る場合、NPO法人を訪問する、というのが日程に組み込まれていたりするのだけど、そういう子どもたちにレクチャーをしたり、イベントの際に展示しやすくわかりやすいパネルを工夫して作成したり。今年は、中学生にもわかるようなパレスチナ問題解説本を出版する予定だそうだ。パレスチナ問題の解決のために私たちに何ができるのか、と思うけれど、やれることはいろいろあるもんだなぁと思う。

今日の報告を聞いていて、パレスチナの子どもたちが絵本に親しむ機会があまりなさそうなので(レバノンではアラビア語の絵本はたくさん出版されているようだけど、収入の低い家庭や、規模の小さい幼稚園などではなかなか手に入れにくいようだ)、何かできるといいなぁと思った。楽しい絵本はいっぱいあるんだから、パレスチナの子どもたちにも読んでほしい。アラビア語ができれば訳してあげられるんだけど...うーん、もうちょっと先かなぁ(^^;)...でも、誰かアラビア語に訳してくれる人がいれば、絵本を集めることはできるかもしれないな。

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子どものいる風景

昨日、バドミントンに出かけるとき、夜7時前くらいで少し暗くなりかけていた頃、道端でボール遊びをしている二人の男の子とおとうさん(だと思う)を見かけた。男の子は小学生くらいかな。最近、そういう光景を見ることはあまりないので、なんとなくうれしくなった。

バドミントンプログラムにはいろんな年齢層の人が参加している。小さい子どもを連れた若いおかあさんもおられて、その子どもたちもちょっとバドミントンを楽しんだりしている。そのうちのひとり4歳くらいの女の子に、10代か20代と思われる若い男の子(その子の兄ではない)がバドミントンの相手をしてあげていた。無口な男の子なんだけど、打ちやすいところに上手に打ってあげていて、女の子は楽しそうだし、男の子もうれしそうで、いいなぁと思った。

今日、近所の図書館で、小学校低学年くらいの女の子が幼稚園くらいの男の子(弟かな)に絵本の読み聞かせをしてあげている光景を見た。弟君も熱心に聞いている。

「そろそろ本を借りて帰ろうね」というおかあさんに、「読んで。読んで」とせがむ年長さんくらいの女の子も見た。

私はこういう風景がとても好きなんだけど、ああ、そうか、みんな子どものいる風景なんだなぁと思った。道理で保育園で仕事をしているわけだ(^^)。

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絵本 "Good Night, Gorilla" by Peggy Rathmann

子どもに早く寝てほしい親や保育者としては、寝る前に読む本というのは大事なわけで、これもそのひとつかな。「もう一回、もう一回」となって、なかなか寝てくれない、ということになりそうでもあるけど(^^)。

動物園の飼育係のおじさんが、一日の最後の見回りをしている。「おやすみ、ゴリラ」と声をかけたところ、ゴリラはおじさんのポケットから鍵の束をぬきとってしまった。その鍵で自分の檻を開け、さらに次々とゾウやらライオンやらの檻も開けていくのだが、おじさんはまったく気づかない。そして...

「あれ、鍵を取っちゃってるよ」「あれ、檻から出てきちゃったよ」と、起こってはいけないことが起こっている事態に子どもの目は惹き付けられる。アマゾンで、中の絵も少し見られるので興味のある人は見てみてください。ゴリラ君が実に表情豊か(^^)。たとえば、表紙のゴリラ君は、口に指をあてて「しーっ」っていうポーズをしている。あと、ネットでは見られないけど、ベッドにもぐりこんだことを飼育係の奥さんに見つかったときのゴリラ君の表情が最高(^^)。そのほか、バナナを運ぶネズミ君とか、子どもはいろいろ細かいことに気づくので、こちらも「おお」と思わせられたり。本当に隅々まで楽しめる絵本。

英語は "Good Night" のほかは動物の名前が出てくる程度で、とても易しい。自分で字を読みたい子には日本語訳もあります。

0698116496Good Night, Gorilla (Picture Puffins)
Peggy Rathmann
Puffin 2000-05

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4198604460おやすみゴリラくん
Peggy Rathmann 伊東 寛
徳間書店 1996-02

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映画「最高の人生の見つけ方」The Bucket List

ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンならまあおもしろいだろうなぁ、と思っていたら、まあそのとおり(^^)だった。

金持ちのエドワード(ジャック・ニコルソン)が、ある病院を買収しようとしていたところ、自身が癌で倒れてしまい、その病院に入院することになった。方針として「一室二床、例外なし」なんて自分で唱えていたものだから、個室に入ることができなくて、同じく癌で入院していたカーター(モーガン・フリーマン)と同室になる。車の修理工として40年間実直に働いてきたカーターは、看護婦の妻との間に3人の子どもに恵まれ、温かい家庭を築いてきた。彼の病床には入れ替わりたちかわり見舞いが訪れるが、エドワードのほうには、秘書のトーマスが事務的な用事をこなしにくるだけだ。そのうち、どちらも余命が短いことを知り、死ぬまでに本当にやりたいことを書き出して、それらを実行に移そうと話がまとまった...

死ぬまでにこんなことができたらいいなぁって人が描く夢には結構共通するものがあるんだろう。エジプトのピラミッド、ケニア(?)でライオン狩り(?)、インドのタージマハール、エベレスト、香港の夜景(...を見ているとそこで...(^^)!)など、世界各地のゴージャスな風景や、スカイダイビングやら、レース場を借り切ってのカーレースやら、ああこんなことできたらいいなぁっていうのをやってみてくれるので、観客としてはそれを体験した気分になることでハッピーになれる、というか...。お金の心配をせずに好きなことができたらなぁっていう思いをかなえてくれる。

ただ、そんなお金のない私としては(--;)、お金をパーッと使うことを無批判に肯定するのがアメリカ的だなぁとちょっとひがみたくなってしまった。でも、エドワードが好きだったコピ・ルアックというコーヒーは機会があったら試してみたいかな。カーターには笑われそうだけど。あと、邦題は、もう少し原題の意味をくんでつけてほしかった気はする。「棺桶リスト」ではわけがわからないというのなら、「棺桶に入る前に」とか「棺桶に片足つっこんで」とか...うーん、これじゃ、シニアの方たちが見る気がしないかな(^^;)...「最高の人生の見つけ方」のほうが観客が入るのかなぁ...

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ペーパーウェイト(父の日)

今週のレッスンプランの担当はルームリーダーのR。彼女が父の日のプレゼントに考えたのがペーパーウェイト。先週末、家族で富士山に出かけた彼女は、そこで手ごろな大きさの石を子どもたちの人数分拾ってきた。子どもたちはそれに二日がかりでペイント。一日目の色が乾いてから、もうひとつの色を二日目に塗ってまた乾かす。紙以外のものに絵の具を塗るのはそれだけでなんとなく楽しいものがある(^^)。で、袋にシールを貼って飾りつけ、石のペーパーウェイトを色つきのティッシュでくるんでその袋に入れて完成。

今日はランチタイムに親を招待。うちのクラスはほぼ全員の子の親が来てくれた(^^)。ひとりだけ、今日だということを忘れていた方がおられたのだけど、両親ともに来ていた子のおとうさんのほうがその子の隣に座って相手をしてくれたので、その子も上機嫌で過ごせた。おとうさんにプレゼントの贈呈をし、包みを開けたおとうさんが「石??」という感じになったところ、Rが「これはペーパーウェイト。石は私が富士山で拾ってきたんだけど、子どもたちがペイントしたの」と説明すると、「富士山か」と満足そうな声があがる。

富士山の石でなくても、きれいな石なら、ペーパーウェイトってなかなかおもしろいアイデアだと思う(^^)。もう少し大きい子だと自分なりにもっと工夫して模様をつけられるだろうし。写真を撮り損ねてしまったのが残念。

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絵本 "I stink!" by Kate & Jim McMullan

"I stink!" (僕はクサい!)って、誰のことかというと、ゴミ収集車の話。

子どもたちは、車や電車などの乗り物が好きだ。特にAはいろんな車をよく覚えている。うちのクラスの園庭から大きなゴミ箱が見えるのだが、そこに収集に来る車を見つけると、"Garbage truck!" と言って、ゴミが収集される様子を飽きずに眺めている。これに限らず、自動販売機の入れ替えに来る車や、キッチンに食料の配達に来る車、バス、フォークリフト、消防車など、どんな車でもおもしろいようだけど(^^)、特にゴミ収集車は頻繁に見かけるので、以前、うちのクラスにあって人気だったこの本を思い出して買った。

英語はちょっとスラングが入った感じで、対象は2歳より少し大きめの子どもだと思うが、ひとつひとつの文が短くてテンポがよいので楽しんで聞ける。でも、私の声は高めなので、声の低い人が読んだほうがこの本の感じが出る気はする。

なんといってもお楽しみは、ゴミ収集車の中にある材料を使った特製のアルファベットスープ。Apple cores (りんごの芯)、Banana peels (バナナの皮)から始まって、Dirty diaper(汚れたオムツ)、Moldly meatball(カビの生えたミートボール)、Y ear-old yam(1年前のイモ)...といった具合にAからZまで。子どもたちはほとんどひとつひとつに「おえー」と声をあげつつ楽しんでいる。子どもってどうしてあんなに汚いものが好きなんだろう(^^;)。

「僕がクサイって?そのとおり、どんなスカンクだって僕ほど臭くはないよ。でも、もし僕がいなかったらどうなると思う?君たちはゴミの山に暮らすことになるのさ」...

「クサイクサイって嫌われがちなゴミ収集車だけど、とっても大事な仕事をしてるんだよ」って気づかせるあたりは教育的...だけど、「なるべくゴミを出さない暮らし」というような発想が、少なくともこの本からは感じられないのはちょっと残念...かな。

I Stink!
Jim McMullan
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オンライン予約に苦戦

ペルーではマチュピチュに行くのをとても楽しみにしている。クスコからマチュピチュへの電車は、ハイシーズンは混むから早めに予約したほうがいい、と言われていたのに甘く考えていて、私が予約しようとしたときにはすでに売り切れていた(^^;)。でも、オリャンタイタンボという町からマチュピチュへの電車はたくさんあるので、まあ乗れなくなることはないだろう、と思っていたら、昨日、ペルーレイルのホームページ を見てびっくり。マチュピチュから帰る予定日の夕方の便がみんななくなっている!2時台の電車を逃すと夜の9時台の電車しかない、という状況で、これだとオリャンタイタンボに帰ってくるのが夜の11時、そこからクスコに向かうとクスコ到着は真夜中になりそう...。

これはやっぱり予約しておかなくちゃ、と、深夜にもかかわらず起きていた友人と連絡を取って、この時間の便でいいかを確認。オンライン予約を始めると、パスポート番号などを入力する画面があったので、また友人に電話で尋ねたりして、ようやく情報の入力が終わり、クレジットカード番号を入れて無事予約...となるはずが、「処理中」の画面が出た後、「取引は拒否されました。カードには課金されません。」というメッセージ。えぇ、どうして?このカード使えるはずだよなぁ...??

クレジットカードのサイトに行き、利用可能額は大丈夫であることを確認。とりあえず、もう一度予約に挑戦するけど、結果は同じ。ペルーの航空会社のオンライン予約のときもなかなかうまくいかなくて、パソコンを替えると大丈夫だったり、なんてこともあったので、違うパソコンからやってみるも、やはり予約できない。いろいろ原因を考えて、ちょっと入力情報を替えてみたりしているうちに、なんと2時台の電車がなくなってしまった!代わりに3時台のビスタドームが登場している。ビスタドームは天井もガラス張りの観光車両で、私たちが乗ろうとしているバックパッカー車よりもちょっと値段が高くなる。1時台のバックパッカー車にするか、3時台のビスタドームにするか。友人にメールしてみたけど、さすがに遅い時間になっていたので返事がない。でも、予約できなかったのは2時台の空席がすごく少なかったせいかも、と思い、やっぱりバックパッカーだよな、と決めてもう一度予約に挑戦。しかしあえなく敗退。で、また2時台のバックパッカー車も復活している!ので、もう一度挑戦すると、スペイン語でエラーメッセージ(*_*)。辞書で意味を調べると、「あなたは同じ日の予約をすでにしています」みたいなことが書かれている。「何言ってるの、そっちが予約させてくれないんじゃん」と、ひとりで突っ込みを入れてもどうしようもない。うーん、今日はこれまで、と床につく。

今朝、もう一度挑戦してみても何も変わらない。違うクレジットカードでやってみても同じ。支払いの前にプリントアウトという画面が出るのを無視しているせいか、と思い、プリントアウトしてみたら、予約内容ではなく、規約がプリントアウトされて出てきた(--;))。そして相変わらず予約はできない。友人ともなかなか連絡がつかないので、一度ふたりぶんではなく私だけで挑戦してみたらどうなるだろう、とやってみたけど、やはりダメ。ペルーレイルに電話してみるか、と思ったものの、ペルーとの時差は、ペルーが日本の14時間遅れ...ということは、今、ペルーは真夜中だ。あ、そうか、土日だから予約できないとか...!?うーん...???

ネットで「ペルー 鉄道 予約できない」などと検索してもなかなか有効な情報がない。で、規約をもう一度クリックして読んでいるうちに、あ、そうか、このせいかもしれない、と思い当たった。

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美人

ふと気になった。「美人」っていうのは普通「女」だなぁ、と。広辞苑を見ると「顔・姿の美しい女。美女。」とまず定義されているから、やっぱり美人は女なんだ。「人」なのに中性ではなくて。「美男子にいうこともある。」とも書かれているけど、普通、「彼は美人だ」とは言わない。ついでに「美男」「美女」という言葉はあるけど、「彼は美男だ」とは普通は言わなくて、「彼は美男子だ」になる。でもって「美女」はあるけど、「美女子」はない。なんでだろ。

英語でも「美人」は女のことになるのかなぁ、と考えると、"Beauty and the beast"(美女と野獣) のように beauty はやはり基本的に女性になる。同僚に訊いてみると男性のことをbeauty とは普通は言わないようだ。beautiful man とか "He is beautiful" という言い方にも違和感があるらしい。pretty は? と訊くと、「それは最悪ね」という答え。話していたのはふたりの白人女性だが、彼女たちの語感では、男性に対して pretty を使うのは馬鹿にしているような印象があるらしい。男の子の赤ちゃんに対してなら、beautifulpretty を使ってもいいけど、大人の男性には使わない、とのこと。Google で検索すると使用例はあるから、まったく使わないわけではないようだけど。男性の容姿をほめるなら、やはり handsome がいいんだそう。cute は?と訊くと、cute は男性にも使えるけど、たぶん handsome って言われるほうがうれしいと思うわ、と言う。というわけで、英語でもbeautiful なのはやはり圧倒的に女性なのだ。

たぶん、美しいということが女性にはとても大事な価値であると考えられていて、男性には美しいということはそれほど重要視されていなかったっていうことなんだろう。でも最近は、男性が美しいということがプラスの価値であると積極的に考える人が増えてきていると思えるから、「美人」が男女両方に使われるようになる日も来るかもしれない。

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チェリートマト

双子のプチトマトを見つけたので(^^)。
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映画「やわらかい手」Irina Palm

「職業に貴賎はない」というけれど、やっぱりなかなか胸をはっていえない仕事というのはあり...そのひとつがこの映画の主人公マギーがすることになったものだ。

マギーの孫は難病にかかっており、治療のためには莫大なお金が要る。孫の両親はすでに家も売ってしまった状態で、お金の入るあてはない。マギーもお金を工面してやりたいが、普通の主婦として生きてきた彼女に簡単に仕事が見つかるはずもなく...たまたま通りかかった風俗店の求人広告を見て、なんとか雇ってもらえないかと頼んだところ、オーナーは彼女のなめらかな手を見て「手で男性を満足させる仕事」をやらないか、と持ちかける...

いろいろなことがサービスとして商品化されている。私のしている保育という仕事だって、それをお金でやりとりすることに抵抗のある時代はあったのかもしれない。介護や家事サービスもそうだ。でも、性サービスの商品化は、他のサービスの商品化に比べて抵抗を感じる人が桁違いに多いだろう。なんでだろう...やはり、愛情のないふたりが性行為をすることは倫理に反する、という考え方があるからだろう。私もそう思っている。

マギーの仕事が倫理に反するかというと、売春とは違って、彼女が肉体的・精神的に傷つくとまではいえないだろうし(ちょっとした職業病にはなったけど(^^;))、恋人や奥さんのいない男性の需要があって、彼女がその技術に優れているなら、ビジネスとして成り立ってもいい気もする...が、まったく抵抗がないと言ったらうそになる。性を単なる快楽としてとらえてはいけない、と考える文化のなかで育ってきたからだろう。

映画は、適度に笑いを誘いながら、最後まで飽きずに見られる作りになっていたけど、私としてはちょっと不満の残る脚本だった。というのは(以下完全ネタバレ)

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