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映画「バックドロップ クルディスタン」

おもしろかった...っていうのは、この映画を作った人たちが、「難民問題とは何か」を解説するのじゃなくて、「こうあるべき」と主張するのでもなくて、「何なんだ、いったい?」という疑問に対する答えを見つけようとして、それをそのまま映画にしたからだろう。だからわかりやすいし、説教臭くない。監督の無念さや驚きや嬉しさや...そういう感情を共に感じることができる。

監督の野本大さんは、映画学校の生徒であったときに、クルド人難民であるカザンキラン家の人たちと知り合う。難民認定を求めて国連大学ビルの前で座り込みをする彼らに関わっていたのだが、ある日、突然、父親と長男がトルコに強制送還されてしまった。で、映画学校の卒業制作としてこのトピックを撮りたいと企画書を出した野本さんだが、担当の原一男さん(映画監督)に一蹴され、結局学校をやめてトルコに向かった...

トルコに行ったとき、トルコ人とクルド人の間にはややこしい問題があるようだ 、ということは感じた。野本さんが、イスタンブールや、地中海沿いの町アンタルヤで、クルド人問題について尋ねると「そんなものはない」という感じの反応が返ってくる。しかし、東部のクルド人が多い地域ではまた事情が違う。でも、意外にも、クルド人がとても多い貧しい村では「そんなものはないよ」という感じの反応が返ってきたのだ...

上映の後、野本監督と、製作・編集担当の大澤一生さん、さらに原一男監督とのトークがあって、これがまたおもしろかった。映画には監督自身がずいぶん出演されているのだけど、たとえば「なんでクルド人のことなんかに関わってるんだ」ってクルド人から質問されたときの思いとかが聞けて...さらに、カメラを持っているときと持っていないときとでは人間が変わる、みたいな話になっていて、そうそう、カメラを向けられるときも人間は変わるようなぁ、と思い、トークの後で監督の野本さんに直接聞いてみた。

するとやはり、「カメラの前ではお互い演技しているという面はある」という話だった。カザンキラン家の人たちも自分自身も。また、クルドの人たちがなかなか本音を話せない状況はあるらしい、ということも言っておられた。クルド人の子ども達が結構ショッキングな発言をする場面があるが、そこにいた大人の思いや、トルコ政府のやり方を肯定するような発言をしているクルド人も、そうせざるをえないような事情があるのだと...

パンフレットには「トルコでは人々に親切にしてもらった」ということが書かれていて、そうだろうなぁと思った(^^)。今まで行った国で、「ホスピタリティ」という言葉を一番強く実感したのがトルコだ。映画の中の食べ物がまたおいしそうで....(^^)。それでも、クルド人にとっては「トルコ人であると言えることは幸せ」(トルコ建国の父アタテュルクの言葉だそう)とストレートには言えない部分はあるのだろう。

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