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放送大学「発達障害児の心と行動」

放送大学、今学期の試験終了\(^^)/! 今学期は2科目だけだった(「心理学研究法」は通信課題提出できずドロップアウト(^^;))のに、なかなか勉強が進まず...。最近、どうも、試験のためだけに勉強している感じだなぁ(^^;)...

で、本日の試験科目だった「発達障害児の心と行動」について。この科目をとろうと思ったのは、保育園のうちのクラスに発達障害と思われる子どもがしばらく前に入ったから。養護学校に勤めていたときに、発達障害のことについてある程度は勉強したのだけど、だいぶ忘れていたので、この科目は結構参考になった。テレビ科目なので授業場面などが映し出されたりして、そうそう、重度のクラスはこんな感じだったな、とか、自閉症はこういう特徴を持っていたんだったな、というのを思い出した。

一番はっとしたのが「名前の発見」というところ。ものには名前がある、ということを子どもは1歳半くらいで発見し、目の前にないものを頭のなかで想起できるようになる、という説明。養護学校のときも、1歳半は大事な節目、ということがよく言われていた。で、うちのクラスのAが発達障害を持っているのではないか、と私が確信したのも、「お鼻はどこ?」とか「おててはどこ?」という質問にAが反応しなかったからだ。2歳くらいであまり言葉を話さない子はいるけれど、「お鼻はどこ?」という質問はだいたい1歳の子どもでもわかって、言われた部位を指さしたり、示したりする。けれどAは私の言っていることをわかっていないんだな、ということがわかった。運動能力は正常でコミュニケーション能力が弱い、ということで、自閉症かも、と思ったけど、この授業を聞いていて、自閉症ではない、ということもわかった。で、今現在、Aは少しずつ「ものには名前がある」ということを理解してきているようなのだ(^^)。初めてAが "Book" と言って、本のおいてあるあたりを指さしたとき(読みたい、という意思表示)にはすごくうれしかった。この授業を聞いていたことで、Aの成長も一層よくわかったと思う。

授業は、自閉症、AD/HD、LD、ダウン症などについてひととおり解説。これらについては、私は実際に養護学校で発達障害を持つ子どもたちと接していたのでイメージがつかみやすかったけど、薬物療法やてんかんについて、とか、脳の構造とか、若干医学的な解説は、聞いたことのない言葉が並ぶという感じ(薬物については養護学校の先生なら知っている方ももちろんおられると思うけど)で、私の頭のなかにはあまり入ってこなかった。発達障害についてはもう少し勉強したいな、と思う。

ところで、今日は、人身事故のために電車が遅れて、試験に遅刻しそうになり、あわてた。振り替え輸送をやっていたけど、間に合わないと困るのでタクシー乗車して、教室には5分前に到着。20分くらい遅れてきた人もいたので、きっと電車のせいだったんだろうな。放送大学の試験では、20分の遅刻は認められるんだけど、電車の遅延のせいでの遅刻ならそれ以上でも試験は受けさせてもらえたんだろうか。電車に乗っていて「人身事故のため」という放送を聞くことは結構ある。どういう事故なのかはわからないけれど、私は父が国鉄の運転士だったので、事故に遭遇した運転士さんのことを考えてしまい、どうか鉄道事故の起こらないように、と強く願う。

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オバマ大統領誕生

今朝、保育園に早番で出勤すると、主任のRがフロントにいたので「おはよう」と声をかけた。「ミスじゃりんこ、調子はどう?」と返ってきたので、「いいわよ。そっちは?」と尋ねると、満面の笑みになって「今日はいい日よ。私たちの仲間が大統領になったんだもの。歴史的な日に立ち会うことができてうれしいわ」と。彼女は黒人だ。

昼休み、園長先生から「調子はどう?」と訊かれたときにも、「いいですよ。今朝、ミスRが『今日はいい日になる』って言ってました」と言うと、やっぱり相好をくずして「そうよね...宣誓の様子を見たけど感動したわ。たくさんの人が集まって...いろんな色の人たちがいて...」園長先生も黒人だ。

でも、このふたり以外にはとりたてて大統領就任に関してコメントを聞くことはなかった。特に話題をふらなかった、というのもあるけど。大統領に当選したときにも感じたけど、やはりオバマ氏を積極的に支持しているのは黒人の人たち、という印象だ。でも、ニュースなどでは国民の期待は高いと聞くし、がんばってほしいと思う。

ただ、パレスチナ問題に関してオバマ氏が具体的に言及した、というような報道を聞かない(基地のテレビではガザのことはそれほど報道されていない気がする...そんなによく見ているわけじゃないけど。このところのニュースではオバマ氏のこととか、先日の航空機の事故とかは報道されていたのは覚えているけど...)のが気がかり...

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ビデオ「ダークナイト」Dark Knight

すごく評判がよかったので期待しすぎていたせいか、そこまでは楽しめなかった。私にはどうもよくわからないところがあって(^^;)...私はバットマンシリーズを見たことがなかったんだけど、もし見ていたら、もう少しよくわかったかもしれないけど。

でも、ひとつ、すごく印象的な場面があった。(以下完全ネタバレなので、見ていない人が読むと映画を見る楽しみが激減します。)


続きを読む "ビデオ「ダークナイト」Dark Knight"

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right

今年は机の上にスペイン語の日めくりを置いている。スペイン語は、一応ものすごく基本的な会話ができるくらいにはなったけど、使わないとすぐに忘れてしまう。で、この日めくりは、毎日スペイン語の短文が載っていて、忘れない程度に見たり、少し新しい単語を覚えたりするのにちょうどいい。なかなか気分にあわせた文が選ばれていて、たとえば今年は1月5日が月曜だったけど、「やれやれ、今日は仕事に行かなくちゃいけない」とか、その週の金曜日には「やっと一週間が終わったよ」とか(^^)。土日は一枚になっていて、勉強はちょっとお休み、という感じなのもアメリカ製らしい^^(?)

0740774824Spanish Daily Phrase & Culture 2009 Calendar
Andrews McMeel Publishing
Andrews Mcmeel Pub (Cal) 2008-07

by G-Tools

で、今日の文章は、Hoy celebramos los derechos humanos. 他の言葉の意味は思い出したけど、derecho...って...聞いたことあったけど、なんだっけ...と思いながら、下に書いてある回答を見ると、Today we celebrate human rights(今日、私たちは人間の権利を祝福する)とある。derecho...って right...あ、そうか、右っていう意味だった。え、権利っていう意味でもあるのか。へぇ、英語と同じなんだ。英語の right は右、とか、権利、とかいう意味だけど、スペイン語でも同じなんだ。気になって調べてみると、ドイツ語、フランス語、イタリア語などでも、「右」と「権利」は同じ言葉だった。

どうしてなんだろう、と思って調べてみると、同じ疑問を持った人は何人もおられるようで、教えて!goo などで話題になっている。right は「正しい」という意味が先にあって、右利きの人が多いからそれが右になって...とかいう説が主流かな。そして「正しい」ということから「権利」という意味が出てきた...?

日本語でも「彼のに出るものはいない」とか「腕」など、右は良い意味で使われ、左は「遷」とか「巻き」とか、あまりよくないことに使われることが多い。「うちわ」っていうのもあるけど(^^)。また、かつて日本では左大臣のほうが右大臣より位が高かったらしいけど...。

で、人間の権利を祝福する今日はーマーティン・ルーサー・キング・ジュニア・ディ。

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米がイスラエルのガザ侵攻を支持する論理

今朝、P-navi info を読んでいたらイスラエルで反戦運動をした人たちが逮捕されている、というコメントがあり、記事をさがしたら「デモクラシー・ナウ!」(北米500局以上で放送されている非営利の独立系ニュース番組)というサイトで以下の人たちがイスラエルのガザ侵攻について討論している記事 を見つけた。アメリカがイスラエルの侵攻を支持する論理、そしてその欺瞞性がよくわかる記事だと思ったので、翻訳してみた。かなりの量があるため、逐語訳ではなく、少し端折っているけれど(それでも長い(^^;))、大筋に間違いはないと思います。(もし間違いに気づいたら教えて下さい)なお、文字の色を変えているのは私であって原文では同じです。また、記事は1月12日のものなので、死者の数はここで言われているよりさらに増えています。

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討論者:
エイミィ・グッドマン(以下):デモクラシー・ナウ!の司会者
ラニー・デイビス(以下):元クリントン大統領の特別顧問弁護士。イスラエルプロジェクトのスポークスマン。
ニーベ・ゴードン(以下):イスラエルのベングリオン大学政治学部長
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:ラニー・デイビスさん、あなたは今回のイスラエル侵攻を支持しておられますが、どうしてですか。

:自衛権です。テロリズムが無実の市民を意図的に殺害しようとしたら、それを防ぐために攻撃を仕返さない文明国なんてないでしょう。あるグループが無実の市民を意図的に政治的な目的で殺すために攻撃し、また自らの市民をも政治的な目的のために死の危険にさらす、そういうのをテロリズムと呼んでいるのです。こんなことが起きたら自衛するのは当然の権利です、アメリカだってそうするでしょう。もしロチェスターがモントリオールから攻撃されるようなことがあったらアメリカはじっとしていませんよ。自衛権というのはテロに対する第一の基本的な権利なんです。

:均衡の問題についてはどうですか、つまり死者の数の違いです。900人近いパレスチナ人が殺されています。200人以上が子どもだし、亡くなっているのは圧倒的に市民です。それに対し、イスラエルの死者は13人。10人が兵士で、そのうち4人は二次的な火事の被害者です。

:確かにたくさんの無実の方がガザで亡くなっておられます。人間として、アメリカ人として、子どものころからパレスチナ国家を支持し、そうではないイスラエル政府に対して批判的であったユダヤ人として、深い悲しみを覚えます。しかし、「不均衡」という言い方は解せません。
まず第一に、もしあなたの子どもがテロリストに意図的に殺されたとしたら、自国の政府に対応を迫るでしょう。それに対して、ロケット攻撃をしている人たちは、その発射台を学校とか病院の近くに置くわけですよ。それこそがハマスのしていることなんです。悲劇的な死は、市民を死の危険にさらそうとするハマスの計算された作戦であり、ハマスに責任があるんです。もちろん、だからといって無実の市民の死を悼む気持ちには変わりはありませんが、イスラエルでは一人の子ども、パレスチナでは100人の子ども、というような問題じゃないんです。どの死も等しく悲劇なんです。数の問題ではありません。

:ニーベ・ゴードン教授はハマスのロケット攻撃にさらされているベングリオン大学の爆弾シェルターで一日の大部分を過ごしておられるわけですが、この侵攻をやめるべきだとおっしゃっていますよね。なぜですか。

:そもそも侵攻など始めるべきではなかったんです。ここではつい一時間前にロケットが着弾したばかりですが....ラニー氏のおっしゃることのいくつかには同意できます。まずは自衛権ということです。自衛権が基本的な権利であるということには賛成です。自衛権というのは暴力から自分を守る権利です。そして私たちが理解しなくてはならないのは占領そのものが暴力である、ということなんです。150万人もの人を、基本的な食糧も移動の自由もなしに監獄に閉じ込めておく、というのは暴力です。電気もない、清潔な水もない状態で。だから人々は抵抗しているんです。彼らの抵抗の仕方には反対ですが、彼らの暴力は私たちの暴力に対して行われているという点を見逃してはなりません。

ガザからイスラエルへのロケット攻撃が始まって8年間の間にイスラエルでは10人から20人の人がそのために亡くなりました。その間、交通事故で亡くなったイスラエル人は4000人です。でもだからといってイスラエルの路上でテロに対する暴動は起きていませんよね。しかしこの20人が亡くなっているということで、私たちはガザに侵入し、監獄にいる人たちに空から爆弾を落とし、275人の子どもを殺すことが許されているというわけです。ラニー氏は数の問題ではないとおっしゃいますが、数は問題です。不均衡というのは国際法上の用語であり、ラニー氏がそれに同意されないのだとすれば、それは国際法を無視しているということになります。

イスラエルは、国際法や国際条約、国際的な決定などを1967年、あるいはそれより以前からずっと無視してきました。そのひとつが「イスラエルはこの領土を返さなければならない」ということです。この地を暴力的な方法で支配下におくことによってイスラエルはガザ地域のほとんどすべてのドアが閉じられているような状況を作り出してしまった、と、ハマスの創設者であるアハメド・ヤシン氏が言っています。イスラエルはガザのすべてのドアを閉じてしまった、モスクのドアを除いて。教育のドア。経済のドア。医療のドア。それらをみんな閉じてしまって、そしてびっくり、私たちはハマスに対峙することになった、というわけです。

ですから、こうした暴力的なやり方を変えなくてはならないと思うのです。政治的な問題や外交上の問題は交渉や話し合いによって解決すべきです。イスラエルが席についてハマスと交渉を始めるべき時です。ハマスはパレスチナの人たちによって選ばれた政府です。彼らのことを好きになる必要はありません。私だって好きではありません。でも彼らが選ばれた政府なのですから、私たちは彼らと話し合うべきであって爆弾を落とすべきではありません。

:ラニー・デイビスさん、いかがですか?

:まず第一にゴードン教授に感謝します。私たちはおそらく同じ心情を持っていると思いますし、ふたつの国家建設という同じ目的を持っていると思います。ゴードン教授はご家族とともに爆撃の危険にさらされているのに、私はこうしてワシントンでのうのうとしているわけで、批判的なことを申し上げるつもりはないのですが、事実に即して見た場合、教授はいくつか誤解なさっている部分があると言わざるをえません。

まずは国際法の問題です。市街地からロケット弾を発射するのは国際法違反です。これはジュネーブ条約53条に規定されていますが、教授はこのことについては触れられませんでした。意図的に市民を狙わないのであれば、自衛することは国際法違反ではありません。ハマスは意図的に市民を狙っています。教授は自衛することと意図的に市民を殺すことの違いについては述べられませんでした。

そして最も重要なことは、教授がおっしゃったように私も交渉をしたいと思っているのです。先ほども述べましたように、私は子どものころからパレスチナ国家の独立を支持してきましたし、今もそうです。しかし、ハマスの公式見解はイスラエルの破壊なんです。テロリストを送り出しているグループと交渉の席に着く文明国なんて世界にありません。「おまえたちを認めない、おまえたちをつぶしてやる、おまえたちの子どもをテロの歯牙にかけてやる」と言っている相手と話し合いをするなんて不可能です。ファタハとは交渉の席につきました。アブー氏(原文のまま)と交渉を始めたのですが、ハマスの軍事クーデターによって追放されてしまいました。

ですから、教授と私が討論していることについて、少なくとも現状認識を一致させなければならないと思うのですが、とりわけ、ハマスの意図がテロリズムであり、無実の市民を殺すことであるということ、彼らのめざすものはイスラエルの承認ではなく破壊であり、パレスチナとイスラエル、ふたつの国家の共存など望んでいない、ということについては教授も否定されないのでは、と思います。

:ゴードン教授、いかがですか?

:問題はーそうですね、「意図」は大切です。しかし、「事実」はもっと大切です。そして事実は、イスラエルがハマスより多くの市民を傷つけている、ということなんです。この2週間で275人の子どもを殺したのはイスラエルであってハマスではありません、意図はしていなかったかもしれませんが。学校のことをおっしゃいましたよね。学校からロケット弾が発射されている、というビデオをばらまいているのはイスラエルです。そしてこれは2年前に撮影されたものなのに、あたかも2日前に撮られたものであるかのように宣伝している。確かにハマスは市街地から戦闘をしかけています。しかし、イスラエルはそれに対し、市街地に爆弾を落とすか落とさないかの選択をすることはできるわけです。そして、市民の上に爆弾を落とすことを意図的に決定している。ですから、「意図的」ということを問題にするのであれば、イスラエルはテロリスト国家ということになります

そして、私はというと、親イスラエル派です。私はイスラエルが中東地域において、最初の60年間だけでなく、今後も存在していてほしいと思っています。そしてイスラエルが中東で存在し続けることのできる唯一の方法はこの地域に対するアプローチの仕方を変えることです。私たちは敵と対話をしなければなりません。たとえイスラエルの存在を認めないような相手であっても。ファタハのことをおっしゃいましたが、PLOだって長年イスラエルを認めていませんでした。しかし最終的には私たちは彼らと話し合いをして、今では彼らは私たちのパレスチナ人のパートナーです。ハマスにも現実的に考えられる人がいれば、そして私たちが彼らと交渉を始めれば、何年か後には彼らもイスラエルの存在を認めて共存できるようになるのではないかと思うのです。もし彼らと話し合いを持たず、暴力の応酬を続けるのであれば、やがてイスラエルは滅ぼされるでしょう。現在私たちが彼らよりも技術的に上回っているということは最終的には意味のないこととなるでしょうから。私は100年後もイスラエルが存在していてほしい。そのためにはシリアやレバノンやパレスチナの人たちと平和的な関係を築いていかなくてはならないんです。

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ここでいったん休憩となる。ハマスが意図的に市民を殺害している?ハマスにとって市民を殺すことが目的なんかじゃない。2005年にイスラエルがガザにプレスセンターを設けてガザから「撤退」する様子を大々的に報道させた後も、国境はイスラエルに管理されてガザの人たちの暮らしは悪化する一方だった。ガザは巨大な監獄となったのだ。討論の後半部分では、こうした封鎖の実態や、イスラエルが報道機関をガザに入れていないこと、この攻撃に反対したイスラエル人が逮捕されていることなど興味深いことが述べられています。かなり長くなったので、後半部分の翻訳はパスします(--;)が、これ だと、英語の知らない単語にカーソルを合わせると日本語が出てくるので読みやすいかと思います。(グーグルツールバーで辞書を有効にしている場合だとややこしいことになるかも)

イスラエルは一方的に停戦を宣言したけれど、ガザの封鎖を解除しようとはしていない。ガザの人たちは最低限命の保証はされたからよかった、と胸をなでおろしてはいられない。何百人の人が命を失って初めてニュースになるガザ。封鎖解除を求める署名も、この攻撃が始まる前までは毎日ほんの少しずつしか増えなかった。攻撃が始まってからさすがに署名も増えたけれど、イスラエルが攻撃をやめたことで忘れられてしまっては何もならない。封鎖が解除されない限り、ガザの人たちが人間らしい暮らしを取り戻すことはできないのだ。

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ハマスとイスラエル

昨日のPARC自由学校「アメリカ離れする世界」の講師は、アラブ文学が専門で、パレスチナに関して積極的な発言を続けておられる岡真理さん。パレスチナがこんな状況になっているため、急遽、講座はオープンクラスとなり他のクラスの受講生にも開放されたので教室は満員。私は11月末、映画「ルート181」を見たときに岡さんの講演を聞いたばかりで内容的には重複することも多かったのだけど、あのとき冷静にわかりやすい解説をされていた岡さんがやや熱くなっておられて、この状況に本当に心を痛めておられることが感じられた。

(以下の文は、岡さんの話やそのほかの資料をもとに私がまとめたもので、すべて岡さんが言っておられたことではありません。)

岡さんは「イスラム教原理主義」という表現の問題について触れておられた。もともと「イスラム原理主義」というようなものはない。「キリスト教原理主義」はあり、これは聖書の文言を文字通り信仰しているグループ(と、単純に言ってはいけないのかもしれないけど。岡さんは「でも、聖書では「殺すな」と言っているのにね」と話しておられた)。wikipedia を見ても、イスラム教においてコーランの教えに忠実であろうとするグループをアメリカなどでIslamic Fundamentalism と呼ぶようになったことの訳語、と説明されている。そして「原理主義」という場合、批判的なニュアンスがこもっている、と。これは「キリスト教原理主義」という場合も同じで、こういう呼び方をすることで私たちは納得してしまうのだ。これらのグループは特殊な人たちであり、私たちとは違う。普通ではない人達、狂信的な人達は何をするかわからない、と。だからハマスの説明として「イスラム原理主義組織」とつけていたら、そこでまずその記事に対して注意してかからなければならない。

実際、ハマスはそんな狂信的なグループなのか。「イスラエルと対話の用意がある」と言っていたハマスの指導者はイスラエルによって暗殺されてしまった。イスラエルにとっては反ユダヤ主義の存在が必要なのだ。世界の人はユダヤ人を憎んでおり、いつまたナチスのホロコーストのようなことが起こるかもしれない。そのためにユダヤ国家は必要である、という論理。しかし、現実にはハマスは「封鎖をやめ、入植地から撤退すればイスラエルと対話する」と言っているのだ。テロリストたちと話をしない、と対話を拒否したのは誰だったか。

1948年、イスラエルの建国によって多数のパレスチナ難民が発生したことについて、国連は難民の即時帰還を促し、帰還を望まないパレスチナ人に対しては補償をすることをイスラエルに勧告している(国連決議194号)。しかし、イスラエルは難民の帰還を決して認めなかったし、補償もしていない。1993年のオスロ合意ではイスラエルとパレスチナが相互承認をした。しかし、現実にはその後もイスラエルはパレスチナ自治区への入植地を増やし続けた。2002年に始まったイスラエルによるヨルダン川西岸の巨大な分離壁の建設に対し、国際司法裁判所が違法判決を出したが、イスラエルはそれを無視して壁の建設を続けている。国際社会の声を無視し続けているイスラエルに対し、私たちは何もできないのだろうか。

私が疑問に思うのは、イスラエルは「ハマスを完全非武装化するまで戦い続ける」などと言っているようだけど、自分は武器を持っているのにどうして相手は持ってはいけないのか。相手に武器を捨てろというのなら、自分もそうすべきではないのか。これは核拡散防止についても思うことだ。どうして一部の国や人だけに特権が許されるのか。

こうしている間にもガザでは爆撃が続いている。現在ガザにはマスコミが入れないけれど、インターネットではガザからの声を伝えているサイトがある。たとえば、パレスチナ子どものキャンペーンでは1月15日の攻撃で逃げ惑う人の声を載せている。病院や国連施設が攻撃されていて、逃げ惑っているのは私と同じ普通の人たちだ...

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マイベスト映画2008(日本映画編)

今年は2008年度日本インターネット映画大賞(日本映画)にも投票。

[作品賞投票ルール(抄)]

 ・選出作品は5本以上10本まで
 ・持ち点合計は30点
 ・1作品に投票できる最大は10点まで

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『 日本映画用投票フォーマット 』

【作品賞】(5本以上10本まで)
  「花はどこへいった」9点
  「バックドロップ・クルディスタン」7点
  「パレスチナ1948 NAKBA」7点
  「ブタがいた教室」4点
  「闇の子供たち」3点
【コメント】
日本映画編に投票するのは初めて。2008年にスクリーンで見た邦画(2007年末~2008年公開作品)は10本。DVDなどで見たものを含めても15本、と少ない(とはいえ、私にすれば多いほう)けど、好きな映画があったので投票したいと思う。評判のよかった「歩いても歩いても」「おくりびと」「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」などを見ていないので、もし見ていたら作品賞の点数配分やそのほかの賞も違っていたかもしれない。

上位3作品が全部ドキュメンタリーで、どの人もこれが初の監督作品だ。でも、それだけに作品に対する思い入れの強さが感じられる。「花はどこへいった」の坂田雅子さんは、ご主人の死をきっかけに枯葉剤についての映画を作ろうと決意し、ドキュメンタリー映画制作を学ばれたということだから、なんでもいいから映画を撮りたかったのではなく、この映画を撮りたかったのだ。ドキュメンタリーというと、伝えたいことがあって「教育的」になりがちな場合があり(「不都合な真実」みたいに)、そうするとなんだか見ている側は眠くなってしまったりするのだけど、「花はどこへいった」も「バックドロップ・クルディスタン」も、監督自身の「なぜ?」という疑問から出発しているから、見ている側と目の高さが同じで、とてもとっつきやすい。監督の感じている疑問や思いがすっとこちらに入ってくる。「ナクバ」は他の2作品よりは「伝えたい」という思いが強いけど、これももともとは監督の広河さんがイスラエルで瓦礫を見て疑問を持たれたことが出発点だ。一般的な疑問より個人的な疑問から出発したほうがおもしろいドキュメンタリーになる気がする。
「ブタがいた教室」は子どもの力のすごさを感じた。

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【監督賞】     作品名
   [坂田雅子] (「花はどこへいった」)
【コメント】
作品賞に書いた5作品のうち3つのドキュメンタリー作品については、どの人も監督賞に値すると思うけど、「花はどこへいった」が私は一番好きだったので。ご主人の死をこういう形で昇華されたこともえらいなぁと思う。
【主演男優賞】
   [藤田まこと] (「明日への遺言」)
【コメント】
ドラマをあまり見ていないので、ここから先はむずかしい(^^;)...藤田まことさんの役どころはちょっと美化されすぎている感じはするけど、確かにこういう日本人軍人がいたんだろうなぁという気がする。
【主演女優賞】
   [宮崎あおい] (「闇の子供たち」)
【コメント】
この映画、女優としてはこの人が主演...ということにしていいのかな。生硬な正義感に突き動かされて行動し、全体を見ることができない。そんな、生真面目で心優しく不器用な若い女性-という役柄にぴったりはまっていました。
【助演男優賞】
   [西田敏行] (「ザ・マジックアワー」)
【コメント】
やっぱりベテランの味...でしょうか。
【助演女優賞】
   [原田美枝子] (「ブタがいた教室」)
【コメント】
こういう校長先生がいるといいなぁ、と(^^)。
【新人賞】
   [溝端淳平] (「DIVE!!ダイブ」)
【コメント】
「ダイブ!」に出てきた3人の男の子の中で一番余裕をもって見ていられた。恋人との会話で目を赤くした場面には、思わずこちらもじわっとしてしまいました。
【音楽賞】
  「該当なし」
【コメント】
「花はどこへいった」の冒頭の歌に惹きつけられたけど、音楽賞とまではいかないかな。なにぶん、見ている作品が少ないので(^^;)...。
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 この内容(以下の投票を含む)をWEBに転載することに同意する。
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マイベスト映画2008(外国映画編)

2008年度日本インターネット映画大賞(外国映画部門)に投票。

[作品賞投票ルール(抄)]

・選出作品は5本以上10本まで
 ・持ち点合計は30点
 ・1作品に投票できる最大は10点まで

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『 外国映画用投票フォーマット 』

【作品賞】(5本以上10本まで)
  「今夜、列車は走る」 6点
  「君のためなら千回でも」 6点
  「イントゥ・ザ・ワイルド」 5点
  「光州5・18」 5点
  「ファーストフード・ネイション」 4点
  「リダクテッド 真実の価値」 4点
【コメント】
2008年にスクリーンで見た外国映画(2007年末から2008年公開作品)は約30本。DVDや機内で見たものなども含めると50本強。で、スクリーンで見たものの中から印象に残ったものを選んだ。
「今夜、列車は走る」は1990年代のアルゼンチンが舞台だけど、今の日本の状況にも通じるものがある。封切りの時に見て、レイバー映画祭でも最後のほうを見たから、よけい印象に残っているのかもしれない。希望の感じられるラストが好きだ(^^)。
DVDで見た「潜水服は蝶の夢を見る」「ペルセポリス」「僕のピアノコンチェルト」などもおもしろかった。
ちまたで評判のよかった「ダークナイト」やケン・ローチ監督の「この自由な世界で」を見ていないので、もし見ていたらここに登場したかな?たぶん変わらないような気がするけど、これから見るのが楽しみ。
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【監督賞】              作品名
   [ジュリー・テイモア] (「アクロス・ザ・ユニバース」)
【コメント】
作品賞のところに書いた作品はみんなおもしろかったので、どの監督も監督賞に値すると思うけど、ひとりを選べない。で、「アクロス・ザ・ユニバース」については、本当にこの監督の創造性が豊かに発揮されていて、他の作品とは異色だと思うので。
【主演男優賞】
   [ダニエル・デイ・ルイス] (「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」)
【コメント】
「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」は好きな映画というのではなかったけど、なんか凄さを感じる映画だった。で、やっぱりダニエル・デイ・ルイスの存在感は圧倒的だ。「潜水服は蝶の夢を見る」のマチュー・アマルリックもすごいと思ったので、できるものならふたりに送りたい。
【主演女優賞】
   [マリアンヌ・フェイスフル] (「やわらかい手」)
【コメント】
2008年に見た映画で印象に残る作品は男性が活躍するものが多かった。女性の活躍した映画ということで思い出したのがこの作品。自分を卑下していた主人公が次第に誇りを持つようになっていく、そういう心の動きがよく伝わってきた。
【助演男優賞】
   [パク・チョルミン] (「光州5・18」)
【コメント】
あの、重い内容を含んだ映画の中でこの人のおちゃらけたキャラが普通の生活を感じさせてくれてよかった。そんな人も戦わざるをえなかったんだな、と。
【助演女優賞】
   [イ・ヨウォン] (「光州5・18」)
【コメント】
この人の演じていた役柄が好きなのかもしれない。普通の市民が戦いに巻き込まれていくときのどうしようもなさや悲しみや狼狽や...ぐちゃぐちゃした気持ちがよく伝わってきた。
【新人賞】
   [ジム・スタージェス] (「アクロス・ザ・ユニバース」)
【コメント】
この人は「アクロス・ザ・ユニバース」のオーディションでジュード役を手に入れたそうだけど、歌はうまいし、ハンサムだし(^^)。「ラスベガスをぶっつぶせ」の天才青年役もよかった。
【音楽賞】
  「アクロス・ザ・ユニバース」
【コメント】
ビートルズはやっぱり美しい曲が多いなぁ、と再認識させてくれた。オリジナルではなく、他の人が歌うのもいいものだなぁと思う。
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【勝手にナイスカップル賞】
   [グレン・ハンサード&マルケタ・イルグロヴァ] (「ONCE ダブリンの街角で」)
【コメント】
この作品はDVDで見た。なんとも煮え切らないというか、中途半端な感じなんだけど、妙にしっくりくるものがあった。「ナイスカップル賞」というのは、この映画の場合、あまり適切なネーミングじゃないと思うけど、ふたりとも魅力的なキャラクターだったので何か賞を贈りたい(^^)。
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 この内容(以上の投票を含む)をWEBに転載することに同意する。
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ガザに光を!ピースパレードとシンポジウム

イスラエルの攻撃に反対して「ガザに光を!即時停戦を求めるピースパレードとシンポジウム」が昨日行われた。私もパレードに参加したかったけど、午後、次女の高校のPTA役員会があり、結局途中で抜け出せなくて、会場に着いたときにはすでにパレードは出発した後だった。ルートがわからず、とりあえずゴール地点をめざしたものの、これも見つけられず(^^;)、少し早めにシンポジウムの会場へ。

シンポジウムが行われたのは聖アンデレ教会で、聖堂の正面に掲げられている茶色いキリスト像が印象的だ。(写真はここ)パレードには1500人が参加したということで、6時過ぎくらいから続々参加者が教会に集まってきた。教会の聖堂内はいっぱいになり、通路に座る人や、中に入れなくてホールに移動した人も100人くらい。パレスチナ関連の催しでこんなに人が集まる、というのが心強かった。

シンポジウムはまず、仏教、キリスト教、イスラム教それぞれの関係者が一言述べる、という形で始まった。まずは、袈裟を着た浄土宗の僧侶の方が、「希望はある。この(聴衆の)中にはベトナム戦争に反対を唱えた人がいるでしょう。アパルトヘイト反対を訴えた人がいるでしょう。そしてそれらは終わったじゃないですか。パレスチナ問題も終わらせることができる。」と発言された。そしてキリスト教の牧師さんが、「パレスチナでは1400年以上も、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の人たちが共存してきた。その共存が破られ、パレスチナの人たちが追い出されたのは60年前だ。神がそんなことをしたのではない。人間が作った壁はこわすことができる。」イスラム教徒の方は、「自分はパレスチナ人ではないが、イスラム教徒はみな兄弟であると感じている。そして私たちの兄弟のためにここに集まってくれた人たちに感謝する。」と話された。異なった宗教が共存していた地パレスチナに連帯するのにふさわしい始まりだった。

続いて、パレスチナについての映像を見たり、パレスチナ現地からの電話を録音したものを聞いたりした後、何人か著名な方たちの話を聞いた。
まずは写真家の広河隆一さん。「マスコミには暴力の連鎖、などという言葉が躍っているが、こういう言葉には注意しなくてはならない。ハマスのロケット弾がものすごい脅威であってイスラエルは仕方なく攻撃に出た、というような書き方がされているが本当か。イスラエル首相官邸のホームページで見るとハマスのロケット攻撃によるイスラエル人の死者は2004年から2008年までの5年間で10人だ。そしてこの数日間で、イスラエルは何人のパレスチナ人を殺したというのだろう。」
「世界がもし100人の村だったら」の池田香代子さん:「イスラエル国内でもパレスチナ攻撃に反対する1万人のデモがあった。各地で抗議行動が起こっている。アメリカが国連の停戦決議に際して拒否権を発動しなかったのは、こうした私たちの声があるからだ。黙るな、私たち!」
元外交官の天木直人さん:「テロとは何か。それはすべてを奪われたパレスチナの人たちの最後の抵抗なのだ。抵抗することすらできず、イスラエルにおとなしく従わなければならないのか。」
放送大学の高橋和夫先生:「イスラエルはなぜ12月27日に攻撃を始めたのか。クリスマスが終わり、マスコミや官庁が休みに入っている時期を選んだのだ。しかし、そんな時期にも関わらず、私たちはこうして反対の声をあげた。私がこのニュースを聞いたのは上海だったが、翌日のニュースでは東京での抗議行動の様子が放映されていた。私たちの声は世界に届く。」...などなど。

そして、ノルウェーでの抗議集会の様子が映し出された。ものすごい数の人たちが集まっている。ノルウェーではイスラエルに抗議して、鉄道が止まり、労働組合によるイスラエル非難声明があがっている。私たちの集会はこの規模にはとても及ばないけど、世界各地でパレスチナを支援している人がいるのだ。

最後は李政美さんという方がギターを弾きながら「イマジン」を歌われた。主催者のほうから、「イマジン」は歌詞に問題がある(There's no countries というところがパレスチナの人たちにとってはつらい)から、と言われたけど、やはり今日はこの歌をこんなふうに訳して歌いたい、と日本語で歌われた(歌詞はこちらのページ で、「イマジン」のところを見て下さい)。とても澄んだきれいに響く声で、会場はしーんとなり、私もじーんとしてしまった。

主催者側からの終わりのあいさつで、この攻撃は決してハマスが原因なのではないこと、マスコミの方たち(たくさん取材に来ていたらしい)にはぜひ、記事を歪曲せずに伝えてほしいということ(たとえばハマスにわざわざ「イスラム教原理主義」とつけるなら、アメリカにも「キリスト教原理主義国家」とつけるべきじゃないのか、など)などが話されて、予定時間を30分以上オーバーして終了となった。

イスラエルは国連の停戦決議を拒否して攻撃を続けている。攻撃をやめさせるためにはアメリカの態度を変える必要があるだろう。そのために同盟国の日本ができることがあるはず。そして、私たちは集会に出かけたり、ブログでぶうぶう言ったり、ガザ封鎖解除を求める署名をしたりして、イスラエルの行動にノーを表明することはできる。今はたくさんのノーが必要だ。自分にできることをしていきたいですね。

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カナダ

忘れないうちにカナダ旅行の覚書を。今回の旅では飛行機のチケットが取れなかったので、ツアーを利用した。年末のあわただしい時期だけど、ツアーには空きがあったのだ。ただし、イエローナイフから直行では帰れず、少しバンクーバーに立ち寄る、というものだった。ツアーといっても最初から最後まで添乗員さんがつく、というようなものではなかったし、アクシデント(飛行機が遅れたためエドモントンで予定の飛行機に乗れず、一泊することになった、など(^^;))もあったから、結構個人旅行感覚で楽しめた。

エドモントンで一泊したとき、次の朝、街歩きをするのにお願いしたタクシーの運転手さんは、コンゴ出身のムスリムの方だった。コンゴで生まれ育った方だけど、一家5人でカナダに移住してこられたのだと言う。「そんなに簡単に移住ができるんですか」と訊いたら、コンゴの製品を輸入するというようなビジネスをやる、ということでビザがおりたのだそう。エドモントンに来る前はイエローナイフで3年仕事をしていたが、寒い所でほかに楽しみもないし、子どもが飲酒などの悪いことを覚えるので、こちらに移ってきたのだとか。「ムスリムとしてカナダにいることに不都合はないんですか」と訊いたら「自分はコーランの教えに従って生きている。酒は飲まないし、たばこも吸わない。豚肉は食べない。でも、そうでない人がいても別にかまわない。女性も、コーランの教えを理解しているのなら、外でスカーフをしていなくてもかまわない。肝心なのは内面だ。私たちは内なるムスリムだ。カナダはいい国だ」と話しておられた。

バンクーバーでは、ツアーの係員(日本人)の方が私たちをホテルまで送迎してくださったが、やはり「カナダは社会保障が充実している」という話だった。医療は基本的に無料らしい。エドモントンでもそうだったけど、バンクーバーでも多くのアジア系の人を見かけた。日本人かな、と思うと、英語を話していたり、韓国語を話していたり。韓国料理や日本料理の店も多い。で、アジア系の人たちが働いているのはそういうレストランに限られているわけではなく、空港やホテルやおみやげ物屋さんやスーパーマーケットや...要するに、どこでも働いている、という感じだった(もちろん、現実にはなかなか就けない職業があるのかもしれない。数日の滞在ではそのあたりのことまではわからなかった)。バンクーバーで韓国料理の店に入ったけど、客もアジア人ばかりでなく、白人や黒人がいたり、どんな人でも溶け込めてしまう雰囲気。道が凍って地面がツルツルして危なかったのだが、そこをみんなでスケートして笑っているようなグループにも、いろんな色の人がまじっていたり。

短期間、ごく限られた地域を訪れただけの感想だけど、カナダ人はアメリカ人に比べると穏やかな印象だった。バンクーバーではエドモントン行きの飛行機が遅れて、飛行機に乗り込むまで2時間、乗り込んでからも5時間、という感じで待たなければならなかったのだが、そのことで特に声高に文句を言う人もいなかった。さすがに小さい子どもたちは疲れてグズグズ言っていたけど、その子たちをあやす乗客がいたり。「こんな状態だから携帯を使ってもいい?」と乗務員に尋ねる人が出て、それも許可された。2時間以内のフライトだから、積んでいる食糧は小さなプレッツェルの袋だけ。ランチもディナーも逃してしまった私たちはかなり空腹だった。「今頃アルバータ牛のステーキを食べているはずだったのにごめんなさいね。みなさまの辛抱強さに感謝します。」とユーモアを含んだ口調でのアナウンス。確かに乗客は辛抱強いよなぁ、と思った。

いろいろな表示は、英語のほかにフランス語も併記されていることが多い。場合によってはイヌイット語が表示されていたり、バンクーバーでは漢字や韓国語を見かけることも多く、雑多な雰囲気に東京と通じるものを感じた。そうかと思うと、極寒のイエローナイフでは、夜が明けるのが10時頃、日の沈むのは3時頃。一面、雪に覆われていて、道路はあるものの、スノーモービルで私道が作られている(?)。東部はまた雰囲気が違うのだろう。そういう違いを包含して、なんとなく居心地がいい国、という印象だった(^^)。

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写真は朝のバンクーバー。ホテルのベランダからの眺めです。

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ガザからの声

「パレスチナ子どものキャンペーン」からのメールに、キャンペーンのスタッフでエルサレム駐在の方からの報告が載っていた。たくさんの人に伝えてほしい、とのことなので、転載します。

**********引用ここから**********
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ついに恐れていた地上戦が始まりました。

攻撃が始まった4日の夜10時過ぎに携帯電話にメールが届きました。

「電力や電話線が破壊されたため、携帯電話がいつまで使えるかわからなくなりました。携帯電話は私たちが外の世界とつながっている唯一の通信手段です。
電気も水も物資も完全に閉ざされた、寒い冬のガザでは、かろうじて自分の家や地元にいる人でさえ、孤立化することになります。
イスラエル軍の戦車が攻撃し、家や建物を壊し始め、何一つ残らなかったらどうしたらよいのでしょう。
負傷者がいても、どうやって救急車や助けを呼ぶことができるでしょう。
家族や友人、知人が亡くなっても、どうやって知らせたらよいでしょうか。どうやって知ることができるでしょうか。
現在唯一の通信手段である電話が使えなくなったら…。
そのような最悪のシナリオを考え続けて、頭が痛くなります。
今の自分にできることは少ないですが、この私の声を届けることで、あなたが行動し、攻撃に異を唱え、ガザの人々を助けられるかもしれません。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このメールを送ってくれたのは、ガザに住むモハンマドさんという青年です。
日本のジャーナリストの通訳をしていたので昨年知り合ったのです。
急いで彼の携帯に電話しました。

モハンマドさんは次のように話してくれました。

「いま私は、ガザ北部ジャバリアにある赤新月社の病院にいます。
私の家は、ハン・ユニス中心部から更に離れた場所に位置する村にありますが、いてもたってもいられず、病院にきてボランティアをしています。
元々NGOなどのボランティアをしていたので、こういう事態にこそ何かしたいと思い、駆けつけました。

(電話の向こうからゴーっという重苦しい音が聞こえる)

地上戦が始まって、北部は更にひどい状況になっています。
今も空ではイスラエル空軍が活動していて、いつ空から攻撃されるかわからない状態です。
今まで生きてきた中で、何度も辛いことがありましたが、今が一番ひどい状況です。
今のところ家族はみな無事ですが、電話が使えなくなったらどうやって安否を確認できるかわかりません。
ガザの外にいる人に、少しでも現地の声を届けられればと思いメールを送りました。電話をくれて、ありがとう。
次に会うときは、平和なガザで会いましょう。」

**********引用ここまで**********

パレスチナの情勢に関して私が頼りにしているのはP-navi info だ。
相変わらず、新聞には「イスラム原理主義組織ハマス」というような書き方がされている。そういう形容が正しいのかどうか私にはなんとも言えないのだけど、この形容が「ハマスはなんとなくこわい」というイメージを作り出しているのは否定できないと思う。「イスラエルはホロコーストの犠牲になったユダヤ人の国であり、ハマスはそういうかわいそうなイスラエルを攻撃するテロリスト集団」というイメージを持っている人も少なくないのではないだろうか。
もし、そんなふうに感じている方がおられるなら、P-navi info 1月5日の記事”新しいナブルス通信:「とうとうガザへの地上侵攻が!1」”の中に書かれている「イスラエルの嘘に抗するために」という記事が大変参考になるので、ぜひ読んでください。

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2009年

年賀状も書き終わらず、夕飯の片付けもまだです(^^;)が、1月1日が終わる前に、一言新年のご挨拶を申し上げます。

カナダ旅行中にガザ空爆のニュースを聞きました。私もまだ状況を把握しきれていないのですが、パレスチナ側の死者は400人にのぼっている とのこと。新年「おめでとうございます」と言う気分にはなれません。

気持ちよく新年が迎えられるように、何ができるのかを考えて、行動していきたいと思います。
今年もよろしくお願いいたします。
Aurora

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