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放送大学面接授業「初歩のフィリピン(タガログ)語」

うちの保育園ではフィリピン出身の人がたくさん働いているので、タガログ語を話せるようになりたいなぁと思っていた。「旅の指さし会話帳 フィリピン語」もずいぶん前に買ったけど、やはりなかなか自分で勉強というのはできないものだ(^^;)。で、今回、面接授業でフィリピン語があったので申し込んだ。やっぱり、フィリピン語に詳しい人から直に教えてもらうのは独学よりも数段いい。

おもしろいと思ったのは、フィリピン語では「私たち」を表す言葉に2種類(tayo/kami)ある、ということ。tayo という場合、「私たち」という言葉は相手をも含んでいる。「私たちは友達だ」という具合に、相手と自分が「私たち」という言葉に含まれる。ところが、kami という場合は、「私たち」という言葉に相手を含んでいない。「私たち日本人は婉曲表現を使うことが多いが、あなたたちは...」という具合だ。日本語の「私たち」や英語の"we" が誰を指しているのか曖昧なことがあるし、tayokami の使い分けは理にかなっていると思う。

タガログ語だけでなく、フィリピンの歴史、社会、文化などについての解説もあり(実際、タガログ語よりも、こちらのほうが多かった)、興味深かった。たとえば、スペインはラテンアメリカを植民地とし、ラテンアメリカはスペイン語圏となったが、同じく、300年以上もスペインによって支配されたフィリピンではスペイン語はそれほど広まらなかった。それはなぜか。ラテンアメリカはヨーロッパから近く、広大な土地、豊富な資源があった。そのため、本国で恵まれない人々の移住先として魅力的であり、多くの人が移住したため、スペイン語も広く話されるようになった。教会ではスペイン語でミサが行われ、現地の人もスペイン語を話すようになっていった。ところが、フィリピンはヨーロッパから遠く、土地は狭く資源もあまりない。このため、ヨーロッパからの移民は少なく、移住したのはほとんどが宗教関係者だった。彼らはカトリックを広めようという信念のもと、現地語を学んで布教活動を行なった。そのため、スペイン語はそれほど広まらず、現地語が残ったのだ。

その後、フィリピンはアメリカに支配される。アメリカは政治制度や教育制度を整え、国民が英語を学ぶように仕向けた。公文書は英語で書かれているため、人々も英語を覚えなければならなくなった。フィリピンは島国であり、70の言語があると言われているが、アメリカ支配下での自治獲得の過程で、国語を作ろうという動きも活発になった。主要言語は3つあり、どの言語を国語の中心とするかについて論争があったが、結局、首都のマニラで話されているタガログ語が国語とされた。そして、それを Filipino と呼ぶことで、他の言語を話している人をも納得させるようにした。というのは、タガログ語にはFの音がないからだ。ちなみに国のフィリピンはFilipines ではなく、Philippines と書く。だから、「フィリピノ語」Filipino というのはタガログ語と同じではないのだ、という説明。

文化の話もとてもおもしろかったけど、習いたかったタガログ語は本当に簡単な挨拶程度で終わってしまったのはちょっと残念。授業の進め方に若干もたもたした感じがあって、それがなければもう少し進めたと思えるんだけど。でも、ものすごく基本的な文の構造は習ったから、独習もちょっとはしやすくなったかな(^^)。

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