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映画「イエスマン」

昨日の研修で言われていた「楽しいことはいいことだ」「笑いはまじめなビジネスだ」を実践しているジム・キャリー(^^)。今回の映画は、あらゆることに消極的だった男カールが、友人の強い勧めで新興宗教?団体のセミナーに出席し、「すべてのことにイエスと言う」という誓いをたてさせられてしまったために起こる騒動を描いたもの。

この誓いをたてる前と後とで、カールがすごく変わった、という感じがしないのが痛いところ(^^;)。あらゆることにネガティブだったころも、カールには友人がたくさんいたし、仕事もまあそつなくこなしていたし、結構おもしろいキャラだったわけで...。でも、後半、わりと思いがけない展開をするので、何も期待しないで行くとそれなりに楽しめる(^^)。

よくできた?ネタだけど、案外笑えないかも、と思ったのが(以下完全ネタバレなので、見ていない人が読むと映画を見る楽しみが半減します)

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多様性

今日は一日研修。午前中は、他の保育園や学童プログラムの人たちと一緒に主に「サービス業」の精神について。午後は保育園内で、子どもの年齢別の研修などがあった。

だいたい毎年1回、「サービス業の精神」について学びなおすことになっているようで、去年は「お客様にはピクルスを」というような話だったけど、今年は「楽しいことはいいことだ」(Fun is good)「笑いはまじめなビジネスだ」(Laughter is serious business)という哲学に基づいて運営されているセイントポールセインツというマイナーリーグの野球チームの話が引き合いにだされた。(興味のある方、ここでそのビデオが大部分見られます。)とりたてておもしろいビデオではない(^^;)けど、「楽しいことはいいことだ」という精神には基本的に賛成。とりわけ、子どもを相手にしている場合、おもしろいことは重要だ(^^)。

もちろん、おもしろがることで人を傷つけるようなことがあってはいけないわけ(ある特徴を持った人をからかう、など)で、多様性の尊重、とか、ハラスメントについても学ぶ。この多様性の尊重の精神、というのは、アメリカについて私が好きなところだ。人はそれぞれ違った文化的背景や宗教を持っているのだから、それを尊重しよう、とする態度。現実には人種差別などが完全にないとはいえないにせよ、それがまちがったことである、という精神は貫かれている。肌の色、人種、宗教、性別、年齢....などによって差別を受けることはない(原則として)。

ところが、軍においては、ある点に関しては差別を受けることがありうる。これは今日、学んだことではないけど、先日、別の研修のプリントがまわってきたときにそれを読んで気づいた。それは何かというと

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グアンタナモ

一昨日、外遊びのとき、となりの1歳児クラスの同僚のRが、「ミスじゃりんこ。キューバに行ったことあるんだって?知らなかったわ。」と話しかけてきた。「うん」と返事をすると「よく行ったわね。まあ、あなたは行ってもいいんだけど。私たちは行けないもの。で、どうだった?やっぱり貧しい国なの?」と言うので、「いや、貧しいっていう感じはなかったわ。配給で必要なものは給付されているし。でも、やっぱりみんなそれ以上のものを求めるから、旅行者を見ると、なんとかお金を手に入れよう、とするようなところはあったけど。」なんて話していたのだが、どうして彼女がそんなことを聞いたのかという理由がわかった。ご主人がキューバに転勤になるのだそうだ。

キューバに転勤...ということは、グアンタナモしかない。でも、ご主人の仕事は刑務所関係ではなく、グアンタナモ基地全体の施設整備を担当するらしい。グアンタナモというと、収容所のイメージしかないけど、私が勤めている基地と同じように、学校や保育園や映画館があるんだそうだ。グアンタナモ基地のホームページ を見ると、レクリエーションーエンターテインメントの項目のところに「映画」という小項目があって、そこに「映画は、基地居住者の生活の質という点で極めて重要な部分である」という説明があり、アメリカ人にとってはそうなのかもしれないなぁ、と思った。とりわけ、グアンタナモに赴任した人たちは、キューバの他の地域に行けるわけでもないし、楽しむことのできる娯楽は限られている(ツアーのページを見ると、ジャマイカやバハマ、ドミニカなどへのツアーが斡旋されているようだ)。

「グアンタナモ収容所の囚人たちはテロリスト」だと何の疑いもない様子で話すRに、「でも、オバマさんは、グアンタナモを閉鎖するって言ってるんでしょう」と言うと、「うん、そう言ってるけど、どっちにしても、基地は維持していかなくちゃいけないからね」と言うR。グアンタナモで行われていると言われている収容者への拷問や、テロリストでない人が捕らえられている可能性について、軍の人たちはあまり耳にしていないのではないだろうか。 「イランや北朝鮮では国民に真実が知らされない」と言うアメリカ人がいるけれど、アメリカでも真実を知ることはそんなに簡単ではないのかもしれない。もしかすると、日本でも...??

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ゲバラが子どもたちに書いた手紙

映画「チェ」を見に行ったとき、パート1のパンフレットは売り切れていて、パート2のパンフレットはまだ少し残っていた。ゲバラのことをもっと知りたくてパンフレットを買ったら、最後のページに、ゲバラが子どもたちに宛てて書いた手紙が載っていた。それを読んで、私も同じ言葉を自分の子どもたちに送りたいなぁ、と思い、原文を探して読んでみようと思った。

A mis hijos. Queridos Hildita, Aleidita, Camilo, Celia y Ernesto: Si alguna vez tienen que leer esta carta, será porque yo no esté entre ustedes. Casi no se acordarán de mí y los más chiquitos no recordarán nada. Su padre ha sido un hombre que actúa como piensa y, seguro, ha sido leal a sus convicciones. Crezcan como buenos revolucionarios. Estudien mucho para poder dominar la técnica que permite dominar la naturaleza. Acuérdense que la revolución es lo importante y que cada uno de nosotros, solo, no vale nada. Sobre todo, sean siempre capaces de sentir en lo más hondo cualquier injusticia cometida contra cualquiera en cualquier parte del mundo. Es la cualidad más linda de un revolucionario. Hasta siempre hijitos, espero verlos todavía. Un beso grandote y un gran abrazo de Papá

でも、命令形とか接続法をよくわかっていない私には、訳すのはそんなに簡単じゃなかった(^^;)。結局、自力で完璧に訳すことはできず、英訳とかすでに訳された日本語訳に頼ることになった。

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子どもたちへ

親愛なるイルディータ、アレィディータ、カミーロ、セリア、エルネスト

いつかおまえたちがこの手紙を読まねばならなくなったとしたら、それは私がおまえたちのそばにはいないからだ。
おまえたちは私のことをほとんど覚えていないだろうし、小さい者たちはまったく覚えていないことだろう。
おまえたちの父は、信念に従って考え、行動した人であった。
良き革命家のように成長しなさい。
自然を支配する技術を扱うことができるよう、よく勉強しなさい。
覚えておきなさい、革命は大切なものである、ということを、そして、私たちはひとりひとりでは何の意味もないのだということを。
とりわけ、世界のどこかで誰かに対して不正がおこなわれていたなら、その痛みを感じることができるようになりなさい。
これが革命家の最良の資質である。

子どもたちよ、いつまでもおまえたちのことを見ていたいと思う。
大きなキスと抱擁を送る。

パパより

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パンフレットでは全部は書かれていなかった。「世界のどこかで誰かが不正な目にあっているとき、いたみを感じることができるようになりなさい」と訳されていた言葉を、私も自分の娘たちに送りたいと思い、原文を探した。
原文を全部読んでみると、自分の子どもたちに「革命家になりなさい」と言うつもりはないし、私はいつも信念に従って行動した、と言い切れるほど立派じゃない(--;)から、ゲバラの言葉をそのまま送ることはできないけど、人の痛みを感じることのできる人にはなってほしいと思う。

原文をスペイン語で聞きたい方はこちら。  読んでいるのはゲバラではないでしょうが.....

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ちょっと不思議なみつまたの花

今年も吉野梅郷へ。一昨日の毎日新聞夕刊に「梅が見頃」と出ていたけど、ここ2日ほどの強風のためか、結構散り始めていた。それでも梅の絶景ポイントからの景色は例年と同様きれいなものが見られたけど、いつも同じような写真になってしまうので、今日は民家の庭先で見かけたちょっと不思議な三椏(みつまた)の花の写真を。
一本の木から赤と黄色ふたつの花が咲いています。
P3210291
花は沈丁花科だそうで、いい香りがしています。(この二枚目の写真は長女が携帯のデジカメで撮ったもの。私がふつうのデジカメで撮ったものよりもきれい(^^;))
Nk1736
枝が三本に分かれるので「みつまた」という名前がついたとか。樹皮は和紙の原料になり、一万円札はみつまたから作られているそうです。

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「赤ちゃんはどこへ行ったの?」

だいたいいつも7時半ころに登園してくる双子ちゃん(男の子)が、今日は6時半の開園と同時に登園。簡単に健康観察をすませると、さっそく遊び始めた。しばらくして、ブロックコーナーで遊んでいたCが、「赤ちゃんはどこへ行ったの?」("Where did the baby go?")と言いだした。ふつう、お人形のことをベビーと呼んでいるので、「赤ちゃんはキッチンコーナー(ままごと遊びコーナー)にいるでしょう」と言うと、キッチンコーナーを見に行ったものの、またP3190278 「赤ちゃんはどこへ行ったの?」と繰り返す。何を言っているのか、と思って話を聞くと、入れ子式になった車の一番小さいのがなくなっているのだった。入れ子式のおもちゃは私の好きなおもちゃのひとつで、もっと単純なカップのものもあるが、これは車型で4つがひとつのセットになっている(写真で見てのとおり、1番の車がない)。で、その一番小さい車のことをこの子は「赤ちゃん」と呼んでいるわけだ。他の車をパパとかママなどと呼んでいるわけではないけど、小さいものは赤ちゃん、という発想なんだな(^^)。

で、他のおもちゃ箱とか、ソファの下とか、持ち物入れの棚とか、おもちゃの冷蔵庫の中とか、ゴミ箱の中とか、方々さがしたけれど、見つからなかった。「迷子になっちゃったんだね。だから、遊んだあと、ちゃんと元の場所にもどさないといけないんだよね。この車たちもきっと赤ちゃんのこと心配してるね。見つかるといいね。」と話した。ほんとに見つかるといいんだけど。

それにしても急に暖かくなった。今週初めは外に出るのにまだコートを着ていたのに、今日は半袖でも平気なくらいだ。というか、午後の外遊びでは、子どもたちが真っ赤な顔をしているのを見て日焼け止めをつけた。この暖かさでアリの姿もよく見かけるようになった。外遊びの楽しい季節の始まりだ(^^)。

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ビデオ「A Walk to Beautiful」

舞台はエチオピア。産科フィスチュラ(ろうこう)に苦しむ女性たちの姿を描いたドキュメンタリー。

産科フィスチュラというのは、産道と膀胱の間などに穴があいてそこから糞尿が漏れる、という状態。出産に際して骨盤が狭くて難産になった結果として起こる。先進国では、そのような状態が予想されれば帝王切開をしたり、などの対応が取られるけれど、病院での出産が一般的でない地域だと、出産が長引いて赤ちゃんも死産となり、「母親」はフィスチュラとなって...

私がフィスチュラのことを初めて聞いたのは、FGMの学習会でのことだった。FGMのことは何度か書いたことがあるけれど、女性性器切除と訳される行為で、今もアフリカなどで行われている(詳しくはこちら)。FGMを行なうことで起こる弊害のひとつとして、ろうこうがとりあげられていて、「膣と膀胱、膣と直腸の間に穴が開いてつながってしまう疾病」などと説明されていた。でも、そう聞いても、想像力の乏しい私には具体的にどんなものかはイメージできていなかった。それがどんなものなのかを実感させてくれるのは映像の力だなぁと思う。

穴があいているわけだから、自分の意思で糞尿(どちらか一方の場合もある)をコントロールすることができない。つまり意思とは関係なく、尿が勝手に流れてきたりするわけだから日常生活に不便があるのはもちろんで、肉体的につらい病気だ。しかし、ことはそれだけではない。そんな状態だから、生産的な作業にあまり関わることができない厄介者となるし、いつも異臭が漂うし、家族や地域社会の人たちから疎まれる。多くの場合、死産を経験しているわけで、それだけでもつらいのに、離婚となることもある(離婚したほうがよいと思われる場合もあるけれど)。外出もままならず(バスに乗るのは大変だ)、友達と過ごすこともできず、自分用の小さな小屋でひとりぼっちで過ごす日々...

そしてそんな日々を過ごしているのは10代の若い少女(年齢には幅があるが、早婚のため、10代初めに出産をしたりしている)だったりする。自分を無価値な存在と感じ、希望を持つこともできず、死を考えることもある...我が家の娘たちと同世代の少女たちがこんな思いをしているのだと思うと胸が痛くなる。

でも、フィスチュラは多くの場合、手術で治療可能なのだ。基本的に穴を縫えばいい。首都アジスアベバで、フィスチュラに悩む女性に無料で治療を行っている病院がある。その話を聞いた少女は一大決心をして出かけていく。幹線道路まで6時間、土の上を歩く彼女は裸足だ。そこからさらにバスに乗って17時間...ようやく着いた病院で、彼女は、この病気に悩んでいるのは自分だけではないこと、たくさんの仲間がいて、たくさんの人が治療に成功し、人生を取り戻していることを知る。

3度の手術をしても完治しない少女がいた。自暴自棄になる彼女に、スタッフは、バルブを使って穴を人工的に開け閉めすることを提案。これが功を奏して、彼女は尿をコントロールすることができるようになった。村に帰っても身寄りのない少女はここで働きたい、という意思を伝え、やがて孤児院で働くようになる。居場所を見つけた彼女が嬉々として働く姿を見て私もうれしくなった。なんといっても同業者だ(^^)。必要とされている、という充実感が人を生き生きさせる。

フィスチュラジャパンの解説 によれば、婚姻年齢を引き上げることが最大の予防になると考えられているという。映画では、誘拐されて結婚させられた、などの例も話されていた。10代初め、あるいはそれより早い結婚は、どう考えても本人の意思ではないだろう。本人が自分で望んだ結婚ができるようになっていくことを願う。そして、不幸にもフィスチュラになってしまった女性たちが、ひとりでも多く手術を受けて人生をやり直すことができるように、少しでも助けになることをしたいと思う。

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映画「チェ」Che Part one & Part two

ゲバラファンとして気になっていた「チェ 28歳の革命」と「チェ 39歳別れの手紙」を続けて見た。ゲバラのことは多少は知っていると思っていたけど、それでもあまりわかりやすい映画ではなかった(^^;)。特に1本目は、年代がしばしば前後するので、いっそうわかりにくいし、エンターテインメントとして楽しめる映画ではない。「モーターサイクルダイアリーズ」はゲバラのことをまったく知らない人が見ても楽しめるものだったけど、これはゲバラのことをまったく知らない人が見ても楽しめないと思う。それでも、完全に事実を再現したわけではなく、多少のフィクションは加えられているようなので(2本目のクレジットの最後にそういう断り書きが入っているのに気づいた)、どこまでが本当のことなのか、というのも気になるところ...ではあるものの、ほとんどは実話であるのだろう、と思うと、やっぱり素敵な人だったのだなぁと思った。監督もゲバラが好きでこの映画を作っているのだろうから、そういう作りになるのは当然なんだろうけど...。

革命家として、反革命分子には厳しかった、というような話を聞いたことがあるので、そういう話ももっと出るのかと思っていたが、そういう部分はあまり描かれていなかった。革命に勝利するためには武装闘争が必要、という考え方も私には理解しにくいところではある。ただし、キューバ革命を成功に導いたのは、確かに武装闘争だったのだろう。しかし、ボリビアでは成功しなかった。捕らえられて、「農民がお前のことを通告したのは、彼らがお前のことを嫌っていたのでは?」と問われ、「そうかもしれない。しかし、我々の闘争が失敗したことで、自分たちの状況に気付くかもしれない」と答えていたのが印象的だった。

「やっぱり素敵な人だなぁ」と思ったのは、(これは有名な話なのかもしれないけど)「革命家として一番大切な資質は?」という質問に(以下ちょっとネタバレ)

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本「この世でいちばん大事な「カネ」の話」by 西原理恵子

おもしろかった。西原さんの書かれた「ぼくんち」がどうしてあんなにリアルな感じがするのかがわかる気がした。波瀾万丈の人生を送ってこられた人なんだ。

この世でいちばん大事なものが「カネ」であると言っておられるわけではない。西原さんが6歳まで育った高知の小さな漁師町ではみんなが貧しかったから、誰もそれを気に留めなかった。たまに南極まで行った漁師さんが「子どものおみやげに」ってペンギンを連れて帰ってきちゃう、だから野良猫ならぬ野良ペン(^^)がいた、というそんな町。気候がよくて、食べ物に困らなければ、お金なんてそんなになくても楽しく暮らしていける。でも、おかあさんが再婚して、高知の工業団地に移り住んでからは、暮らしが一変した。町の人たちがみんな、お金がないことでカリカリしていて、父と母もお金のことでしょっちゅう喧嘩していた...

「お金の話をするのははしたない」という考え方がある。「人間はお金がすべてじゃない」「幸せはお金では買えない」そんなことを言う人はどん底の貧しさを経験していないのではないか。お金のないことが人をどれほど追い詰めてボロボロにするのか、西原さんは様々なパターンを見た、と言われる。カネの話をするのは下品だ、という教育をすることで得をする人がいるのではないか?...会社の経営者たち。従業員が従順で欲のない人であれば、それは経営者にとって都合のいいことなのではないか...なるほど、と思ってしまった。

主に中学生を対象に書かれたシリーズ本の一冊で、確かに、これから進路を考えようという若い人たちに読んでほしい本だ。お説教をしているわけじゃなく、西原さんの考え方を押しつけているのでもないけど、、個人的な体験に裏打ちされた哲学っていうのは、一般論よりもずっと説得力がある。

「人が喜んでくれる仕事っていうのは長持ちするんだよ」(p.198) 「自分に都合のいいことしか言わない。自分の国の利益になることしか流さない。それが『ニュース』って言われているものの実態じゃないかって思っている。」(p.232)

そうだよなぁ、と思う。進路について具体的なイメージを持っているようには見えないうちの長女(^^;)にも読んでみてほしい。

4652078404この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ)
西原 理恵子
理論社 2008-12-11

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ビジネスホテル

昼休み、保育園の休憩室にて。アメリカ人のBの話。

:じゃりんこ。この週末おもしろい経験をしたのよ。教会の会議があってビジネスホテルっていうのに泊ったんだけど、ドアをあけてびっくり。ツインルームだったんだけど、ものすごく小さいベッドがふたつ並んでいるだけなの。ソファもテレビも何もないのよ。あんな小さなベッド見たことないわ。
じゃりんこ:日本人は小さいもの。アメリカ人って大きいじゃない。泊れればいい、安くすませたいっていう場合にはそういうホテルを利用することもあるわ。もちろんお金をだせばいいホテルに泊まれるけど、予算が限られているときにはそういうホテルもありがたいものよ。安かったでしょ。
:私たちが払ったわけじゃないから、いくらなのか知らないわ。それにしてもほんとに小さいベッドで小さい部屋で...夫はおもしろがって写真を撮ってたわ。(イギリス出身のDに向かって)そんな小さなベッドって見たことある?
:ビジネスホテルって言ったら高級ホテルよ。ビジネスマンっていうのはリッチなものだし。Bの話を聞いてると、ビジネスホテルっていうよりホステルっていう感じね。主に若い人が泊るためのホステルっていうのはあると思うわ。

そうか、イギリスではビジネスホテルって高級ホテルなのか。そういえば、飛行機のビジネスクラスっていうのもエコノミークラスより上だものな。Yahoo! UK & Ireland で検索して、「ロンドンのビジネスホテル」 っていうページを見つけたが、「ビジネススタンダード」として最初に紹介されていたのがヒルトンホテルだった。アメリカでは特に「ビジネスホテル」っていうような言い方はないようだけど、英語で話しているときに日本語の感覚で「ビジネスホテル」という言葉を使うと、アメリカ人やイギリス人とはすんなりとは話が通じないことになりそうだ。

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映画「ホルテンさんのはじめての冒険」O' HORTEN

ホルテンさんはノルウェー、オスロの電車の運転士。電車の出てくる映画、ということで期待して見に行った。真白の雪原の中を進んでいく電車。山があるわけじゃないのに風除け(雪よけ)のために線路がところどころ覆われていて、トンネルを出たり入ったり。そんな景色を楽しく見ていたけど、電車はそれほど重要な要素じゃなかった。むしろ、パイプの好きな人のほうが楽しめるかも。映画はゆーっくりしたテンポで進んでいくので、せっかちな私にはちょっと...(^^;)。「冒険」っていう邦題はちょっと言いすぎじゃないかな。北欧の映画ってなんとなくそういうのんびりしたものが多い気がする...っていうほどたくさんは見てないけど。

以下、トリビア的なことで少し疑問に思ったことを書き留めておきます(ちょっとネタバレ)。

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サラ・ロイ氏講演会

パレスチナ・イスラエル問題の研究家(ハーバード大学中東研究所研究員)であるサラ・ロイさんが3月1日に来日され、この一週間、東京や京都で講演を行なってこられた。今日が最終の講演会で、「ガザが語る、パレスチナの将来 イスラエルによる占領を読み解く」と題して行われた。

サラさんのご両親は、ナチスによるホロコーストを生き延びられた方たちだ。つまり、サラさんはユダヤ人である。サラさんのおかあさんは、戦後、「ユダヤ人にとって安全な場所はユダヤ国家しかない」との考えのもとに、パレスチナへ移住しようと言う妹さんの提案に反対し、アメリカへ渡られた。

フラニアおばさんは、ホロコーストのような出来事が起きたあとでは、ユダヤ人にとって安全な場所は唯一、ユダヤ国家しかないと考えていました。母はその考えに反対でした。そして、決して首を縦に振ろうとはしませんでした。わたくしが生きる上で母がこれまで幾度となく語ってくれたことですが、イスラエルでは暮らさないという母の決断は、戦時中の体験から母が学びとった強い信念に基づいていました。それは、人間が自分と同類の者たちのあいだでしか生きないならば、寛容と共感と正義は決して実践されることもなければ、広がりを見せることもないという信念です。母は言います。「ユダヤ人しかいない世界でユダヤ人として生きることなど、私にはできませんでした。そんなことは不可能でしたし、そもそも望んでもいませんでした。私は、多元的な社会でユダヤ人として生きたかった。ユダヤ人も自分にとって大切だけれども、ほかの人たちも自分にとって大切である、そのような社会で生きたかったのです。(「ホロコーストとともに生きる」 by サラ・ロイ 翻訳 岡真理さん 全文はこちらで読めます。)

そんなわけで、私は、ユダヤ人としての立場から見たパレスチナ問題、というような観点から話が聞けるかと思っていたのだけど、第一部の講演では、サラさんの専門である政治経済学的な観点からパレスチナの状況を語る、というもので、英語が頭の上をすべっていき、あまりよく理解できなかった(^^;)。会場が満員で前のほうに席がとれなかったので、サラさんの顔が見えなかったのも一因かな。

第二部になって前のほうの席が少しあいたのでそちらに移り、サラさんの顔が見えるようになった。サラさんも、会場から出た質問に答える、という形だったので、原稿を読むのではなく、個人的な体験を交えながら話され、ずいぶん話がわかりやすくなった(私にとって(^^;))。「ユダヤ人であるあなたがどうしてパレスチナのことを研究しようと思うようになったのか」という質問に対し、学生として博士論文を書くためにガザを訪れたときのことを話された。研究の焦点は、「軍事占領という条件下で、アメリカの経済援助がどういう役割をはたしているのか」を調べることだったというが、サラさんはそこで「占領」というのがどういうものであるのかを身をもって体験することとなる。そして、それは自分の両親が受けたホロコーストと通じるものがある、と感じられた。

サラさんがそうやって初めてガザを訪れられたのが1985年。当時、ガザを訪れる外国人は珍しく、ガザの人たちは歓迎してくれた、というが、まず最初に聞かれるのが「あなたはクリスチャンですか?」という質問だった。それに対し、「いいえ、ユダヤ教徒です」と答えると、驚かれ、懐疑の目で見られることもあったが、1週間もするとおたがいにすっかり打ち解け、ユダヤ人であるということがかえって強みになった。ユダヤ人がパレスチナのことを知ろうとしている、ということで、いろいろなところへ連れて行ってくれた。サラさんはパレスチナの人たちのあたたかさや優しさに魅せられた、という。

さらに、「ユダヤ国家・パレスチナ国家の二国を建設する案か、いろいろな人たちが共存する一国を建設する案か、どちらがよいと思うか」という質問に対しては、「この問題については外国人である私がとやかく言うことではなく、パレスチナ・イスラエルに住んでいる人たちが決めることだ。しかし、現実問題として、オスロ合意でうたわれた『パレスチナ国家を建設する』という案はまったく機能していない。とにかく、イスラエルの占領を終わらせることが先決だ。それがないまま、二国か一国かを議論しても意味がない」と答えられた。

アメリカでもヨーロッパでも、イスラエルを批判するユダヤ人は増えてきているという。イスラエル国内においても。まだまだ少数派ではあるものの、そういう声がでてきている、ということを大切にしたい。日本でも、パレスチナ・イスラエルの歴史的背景をみんなが学び、新聞に投書するなどして、声をあげてほしい。書くことは大切だ。(サラさん談)

というわけで、私はとりあえずブログに書いておきます。

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ネットショッピングの失敗を取り戻す(^^)v

しばらく前に「ネットショッピングで失敗」という記事を書いた。海外のサイトでTシャツを注文してPayPalを通じて支払いをしたけど、何も届かず、店に問い合わせのメールを出しても返答なし、PayPal も「争議申し立ての期限は過ぎたから」と取り合ってもらえなかった、というものだ。

その後、 PayPal とは何度かやりとりをしたけど、その対応はひどいものだった。「店は PayPal から認証されている。ということは安心して取引していい、ということだ。今回のことが起きているのにも関わらず、店は今まで通り営業を続けているし、このままでは同じような被害にあう人がでるのではないか。店を認証している PayPal としてどう考えるのか。」などの質問をしたのだが、それには答えず、紋切型の回答が返ってくる。あきれて、「どうして質問に答えてもらえず、紋切型の回答しか返ってこないのか?」と再度質問したら、さすがにそれには「基本的にあなたの問題は期限切れでもう終了なんです」という答えが返ってきた。私はクレーマーというわけだ。

どうもすっきりしない気分だった私は、PayPal の支払いをしたクレジットカードにショッピング保険というようなものがついていることを思い出した。支払いをしたのに品物が届いていないのだから、クレジットカード会社に事情を話してみてもいいかもしれない。ショッピング保険は支払いをしてから90日以内の損害を補償してくれるというもので、期限はぎりぎりだったけど、事情を話すと、クレジットカード会社が対応してくれることになった。

しばらくして、「店から返答が来ました」という知らせが届いた。顧客のメールには答えないけど、クレジットカード会社からの問い合わせには答えるんだな。「品物は発送したし、郵便局は届けた、と言っています。でも、届いていないのならこちらの負担で再度送ります。」という簡単な内容だ。郵便の事故だったというのだろうか。でも、いつどこから発送した、という具体的な記述は何もない。本当に発送したかどうかあやしいと感じてしまう。もし本当に発送したなら、私が問い合わせたときにその旨知らせてくれるだろう。「再度送ります」??...いったん発送したなら、「郵便局に聞いてくれ」というような対応になるのが普通なのでは。それで、「向こうが『再度送ります』と言っているのだから、ぜひ送ってもらってください」と連絡した。Tシャツは本当にほしかったし、送ってもらえるならそれに越したことはない。その後、どういうやりとりがあったのかわからないけど、昨日になって、「(品物が届いていないので)店のほうに返金要求をだしました。それに対する不服申し立て期限が過ぎましたが、店からは何も言ってこないので、加盟店が非を認め、該当請求の差し戻しを受け入れたものと判断し、代金をお返しします。」という連絡が届いた。というわけで、4000円あまりの代金はそっくり返ってくることになった(^^)v。

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アメリカ人から見たイラン

先日の続き。同僚のAとBから「イランはひどい国である」ことを証明している映画があると教えられ、インターネットでその映画が「星の流れる果て」であることを見つけ出し、DVDは出ていないけど、ヤフオクでビデオが500円だったので購入して鑑賞。

じゃりんこ:「星の流れる果て」、見たわよ。
:そうなの?で、どうだった?
じゃ:うーん...確かに、こういう事実はあるんだと思う。でも、実話に基づいているとはいっても、これは映画だし、すべてが事実というわけじゃないわ。インターネットムービーデータベースに、『この映画は全然真実を描いていない』っていう書き込みもあったわ。
:そう?何が違うって?
じゃ:たとえば、テヘランに羊はいないし、この映画にイラン人はひとりも出演してないし、誰もまともなペルシャ語を話してないし、女性の権利が侵害されているというけど、女性は家庭の中では大きな力を持っているし...
:まあ、じゃりんこ。イランはそういう国なのよ。女性は抑圧されているの。彼女は自由に外出することもできなかったし、もし離婚したら否応なく子どもは夫のものになるし。そんなのヘンでしょ。イランの人が悪いっていうわけじゃないけど、人々はそういうふうに育てられてきたからそれが当然だと思ってる。北朝鮮もそうよ。すごく貧しいのに、少しでも食べ物とかが与えられたら「将軍様のおかげ。ありがとうございます。」(*彼女が"将軍様"という言葉を使ったわけではなく、「"首相"だかなんだか知らないけど」というような言い方だったと思います)だなんて。で、実はその将軍様は自分は女性を身の回りにはべらせて贅沢な暮しをしてるんだって?人々はすごく貧しい生活をしてるのに、ひどい話よね。でも、人々はそんな人を神様みたいに崇めてる。何も知らないのよ。
じゃ:北朝鮮の話は、確かにそういう部分はあるわ。でも、人々だって何も知らないわけじゃないよ。ただ、カメラの前では本音を話せないのよ。もし本音を話したらどうなると思う?...自分が現地に行ったわけでもなく、映像を見ただけで、それを信じ込んでしまったらダメなんじゃないかな。
:それはそうでしょうけど...でも、日本とかアメリカとかだと自由にものが考えられるけど、イランとか北朝鮮は違うのよ。「これだけが正しい」って、小さい頃から教育されてるから、自由にものを考えることができなくなってしまってるのよ。

Bの話を聞きながら、「自分にもそんなところがあると思わない?」と訊きたくなってしまった...訊かなかったけど。Bは敬虔なキリスト教徒で、教会の仕事もしている。まわりに気配りのできる優しい人で、むやみに人の悪口を言うような人じゃない。だから、彼女がイランや北朝鮮に対してかなりの嫌悪感を持っているというのはちょっと意外だった。でも、これって、アメリカ政府の宣伝が功を奏しているっていうことなんじゃないだろうか。「イランや北朝鮮はひどい国だ」というプロパガンダ。「星の流れる果て」は1991年制作の映画だけど、近年になってまたよく上映されているようなのだ。AやBもわりと最近見たような口ぶりだった。アメリカ人は自由にものを考えることができているか、というと、かなりそういう宣伝に影響されている部分はあるのではないか...「民主主義は正しい。イランや北朝鮮は遅れた国で、人々は幸せじゃない。」...そう信じるように教育されているのでは...。こんなえらそうなことを言ってる私自身、広い視点からものごとを見ることができているか、というと、必ずしもそうでない場面もたくさんありそうだけど...(^^;)。この記事にしても、「アメリカ人から見たイラン」なんて御大層なタイトルをつけているけど、一アメリカ人の見方であって、アメリカ人みんながそうだとはかぎらないわけだ...

3月1日の CNN.com に、「ハリウッドがイランを侮辱する映画を作っていることについて、アメリカはイランに謝罪すべきだ、という要求がでた」という記事が載っている。(日本語版はこちら) イランを侮辱する映画としてあげられたのがこの「星の流れる果て」と「300」だ。外国人が日本を描いた映画を見ると違和感を感じることがあるが、この「星の流れる果て」も、イランの人たちから見ると耐えられないものがあるのだろう。そして、イランの人たちからのそんな声を聞かなければ、私を含め、「ハラハラドキドキのおもしろい映画、抑圧と闘った勇敢な女性の物語」としてだけ見てしまう人はたくさんいそうだ。気をつけないと...。

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ビデオ「星の流れる果て」Not without my daughter

ひと月ほど前のこと、休憩室のテレビに映った映像を見て、フィリピン出身のAが「大嫌いよ、この人たち」と言った。「誰なの?」と訊くと「イラン人よ」という。「どうしてイラン人が嫌いなの?」と訊くと、そんなこと訊かれるのは意外だ、というふうに、「イランってひどい国だもの、知ってるでしょ。」具体的にどうひどいのかを聞くと、少し考えて「イランでは女性はひどい扱いを受けてるのよ。そうそう、映画があったわ。サリー・フィールドが出てるやつで。イラン人と結婚してイランに行くんだけど、そこでだんなさんはだんだん暴力的になっていくの。彼女はアメリカに帰れなくなるのよ。」その場にいた白人のBも私たちの会話を聞いていて「私もその映画見たわ」と言う。実話だそうだ。というわけで、この映画を見ることにした。

ベティ(サリー・フィールド)はイラン人の夫ムーディ、娘のマータブとともに幸せな生活を送っていた。ムーディは医師だが、イラン人であることで職場でいやがらせを受けている。もう何年も故郷のイランに帰っていないムーディは、イランの家族からの強い「帰ってこいコール」を受けてベティを説得、2週間の休暇を家族でイランで過ごすことにする。テヘランの空港に降り立った彼らはムーディの家族から熱い歓迎を受けるが、時はイラン革命が起こったばかり。イスラムの戒律の適用が厳格化していて、外国人であるベティもチャドルを着用するようにいわれる。慣習の違いなどに息苦しさを感じていたベティは、帰国直前になってムーディから「もうアメリカには帰らない」と告げられる...。離婚すれば帰国は可能だが、その場合、子どもは夫のもとに残していかなければならない。イランの法律では子どもは夫のものになるからだ。娘と離れたくないベティはなんとかして娘と共に帰国の途を探ろうとするのだが...

これはベティ・マムーディという人の実際の体験をもとに書かれた本を映画化したものだ。映画化にあたってドラマチックな要素が加えられた部分があるにせよ(映画の最後にそういう断り書きが出ていた)、彼女が嘘をついているわけではないだろう。イランで密出国が見つかったら死刑、というのも本当なんだろうし、彼女が監禁されたり暴力を受けたのも事実なんだと思う。でも、だからイランはひどい国、と結論してしまえるだろうか。これは彼女の見たイランであって、彼女が知り得なかったこともたくさんあるのではないだろうか。

インターネットムービーデーターベースでは、「この映画は現代におけるナチのプロパガンダみたいなものだわ」という書き込みがあった。曰く、「この映画では、テヘランは路上で羊が鳴いている町として描かれているけど、1890年頃から後はテヘランに羊なんていたことはない。撮影されたのはイスラエルの田舎町で、人々に「イランが遅れた国である」という印象を持たせようとしている。役者のなかに誰一人イラン人はいなくて、誰もまともなペルシャ語を話していない。イラン人はいつも怒っているかのように描かれているけど、イラン人は基本的にあたたかい心の持ち主だし、とりわけ外国人に対しては親切だ。映画の中で言及されているイラン人の慣習についても、そんなのは聞いたことがない。確かにイランの女性はスカーフやマントをつけなければいけない、などの決まりがあって、それは人権を侵害していることだと思う。公的な立場においては男性と同等の扱いをうけていない。しかし、家の中のことに関して責任を持っているのは女性であり、他のどの国よりも強力な権利を持っている。公の場と現実の人々の生活とを分けて考えなくてはならない。結局この映画は、イランに対して間違った印象を作り出しているのだ。そして、それに気付いていない、ということが最悪だ。」...

映画はテンポよく進んでいくし、少し前の私だったら、映画が実話に基づいているということで、映画の内容を無批判に信じていただろう。そして、映画を現実だと思い、イランはひどい国、という印象を持っているアメリカ人は少なくないのだ...「この映画を見たよ」とBに話したときのBの反応からそう感じた。このことについてはまた近いうちに書きたいと思う。

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映画「シリアの花嫁」

「もう二度と帰れない。それでも私はこの境界を超える。」-このキャッチコピーを見て、花嫁はそれほど深く相手を愛しているのかと思ったら、彼女が嫁ぐのは実際には会ったことのない相手なのだ。

舞台はゴラン高原にある村。ゴラン高原はもともとシリア領だったが、1967年の第三次中東戦争でイスラエルが占領し、1981年には一方的にイスラエルに併合してしまった。というわけで、ゴラン高原に住んでいた人たちはイスラエル国籍を取得できるわけだ(ユダヤ教徒でなくてもいいんだろうか?イスラエルはこの人たちを追い出しはしなかったんだろうか?)が、自分たちはシリア人である、と思っている(事実そうである)人たちはイスラエル国籍を取ろうとはしない。というわけで、彼らは無国籍となった。花嫁のモナも無国籍だが、シリアに住んでいる男との縁談がととのったのでシリアに行くことになった。いったんシリア人と結婚するとシリア国籍を取得することになり、イスラエル領である(と言っているのはイスラエルだけで国際的には認められていない)ゴラン高原には二度と帰れない。イスラエルとシリアには国交がないからだ。それなのに何故会ったこともない相手のところへ嫁いでいこうとするのか、というのは、私たちには理解しにくいことだけど、パンフレットで臼杵陽さんが解説しているところによれば、それはこの人たちがシリア人であるという民族意識を持っているから、というのがひとつ、また、アラブ社会では親戚同士で結婚するという慣習が残っているから、というのがひとつ。花婿のタレルは人気タレントで、モナもテレビでは見たことがあり、おそらく好感は持っていたのだろう。

何にせよ結婚はめでたいことだ。というわけで、妹の結婚式のために、外国へ行っていた兄弟たちも戻ってくる。ロシア人と結婚したために(同じ宗教の相手ではないため)勘当された長男。イタリアで商売をしている二男。家族は彼らを大喜びで迎える-が、父親は長男を許そうとはしない。その父親は親シリア派のため当局からにらまれているし、モナの姉は夫との間に問題を抱えているし...と問題山積みの家族。重苦しい話になりそうな状況だが、結構随所に笑いがはさまる展開で、暗くならないのだ。

暗くならないのはやはり人間のあたたかさが描かれているからだろう(暗い映画はダメだというのではないが)。家族を隔てている壁の存在はもちろん非人間的な状況だし、ばかばかしい規則にふりまわされるのもそうだ。でも壁を作ったのも規則を作ったのも人間で、人間がそれにふりまわされるのではなく、人間がそれをコントロールすることができるはずなのだ。

シリア社会の事情が私にはよくわからない部分はあったものの、とても好きな映画だった。
個人的には長男のロシア人のお嫁さんに特に好感を持った。一所懸命片言のアラビア語を覚えてコミュニケーションをはかろうとする。そこの社会のやり方を尊重しようという姿勢が感じられて。でも、必要なときには自分の医師としてのスキルを活かせる。長男は自分の意思で結婚したし、二男も女性に対して積極的にアプローチするタイプで、必ずしも伝統的な結婚方法に従わない例が出てきていることがわかる。
結末は...とにかく印象的だ(^^)。

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