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iPhone 死亡(--;)?

昨日、友人が来ることになっていて、それまでになんとか、と毎日、せっせと家のかたづけをやっていたので、iPhone を18日に買ったものの、ほとんどさわれなかった。それでも、メインの携帯をそちらに移そうと、携帯で連絡をとる友人のアドレスなどは、少しずつ、職場の昼休みなどに、手動でちょこちょこと古い携帯から移していた。で、今日、ようやく、じゃあもうみんな手動でやっちゃうか(^^;)、とアドレス帳をほぼ全部 iPhone のほうに移し、設定を少しいじったりしているときに、メールを受信したので、見にいったところ、突然、画面が黒くなって真中に白い点滅(--;)。電源ボタンを軽く押しても消えない。電源ボタンを長押しして点滅を消し、充電器につないだところ、バッテリがなくなっていた。しかも、充電は始まらない。

アップルストアのサポートセンターは休日は5時まで。近所のソフトバンクショップに電話したところ、復元すれば大丈夫だと思うとのことだったけど、データはすべて消えてしまうと言う。実は私はまだ一度も iPhone をパソコンにつないでないなかった(--;)。データが消える前にパソコンでバックアップを、というので、パソコンにつないでみたけれど、認識してくれない。

まだ MySoftBank の設定もしていない。MySoftBank は、購入した翌日に設定しようとしたら、購入した翌々日でないと設定できない、と言われ、結局、なんやかやでほったらかしになってしまっていた。MySoftBank の設定には、ソフトバンクから SMS でiPhone に送られたパスワードが必要、ということで、データがすべて消えてしまうと、そのメールも消えてしまう。じゃあどうしたらいいのか、っていうことをソフトバンクのサポートセンターに訊いても、iPhone の場合はアップルのサポートセンターにつなぐことになっているらしく、らちがあかない。

というわけで、明日以降、アップルサポートセンターに問い合わせることになる。
確かにバッテリは変だった。何も使っていないのにどんどん減っていったり、なぜか回復していたり。
それにしても、こんなことになるなんてショックだなぁ(;_;)。

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選挙

まじめな日本国民である私は、投票を欠かしたことがない...と思う(^^;)。今日も、とにかく忘れないうちに、と投票に行く。ところが、このところ若干オーバーワーク気味のためか(?)ぼーっとしていて、投票用紙に名前を書くときに、反射的に自分の名前を書いていた!途中で気づいて、投票所の係の人に「すみません、自分の名前を書いちゃったんですけど...」と申し出る。投票用紙は一枚一枚、はがきと引き換えにカウントされていて、書き損じ用に新たに投票用紙を発行する、なんてことはできないらしく、渡されたのは消しゴム(^^;)。消しゴムだと消し残りで名前がわかりそうだからいやだなぁと思ったけど、他に方法はないらしい。できるだけていねいに消して今度はちゃんと候補者の名前を書き、投票。今日は、朝から、投票所が結構混んでいる。関心は高いようだ。

数日前、家のポストに「民主党=日教組に日本は任せられない」という自民党の宣伝パンフレットが入っていた。「日の丸を切り刻んで党旗を作る民主党!!」という見出しに、何事か、と思って読んでみると、2枚の日の丸を利用して民主党党旗を作り、民主党の集会で掲げていた、ということがあるらしい。

日の丸に対してはいろんな思いがあるだろうから、それを神聖視する人がいることも否定はしないけど、少なくとも「切り刻む」という表現はあたらないだろう。切り刻むという表現から思い浮かぶような、「細かくした」という事実はない。自民党のパンフには、ことさらセンセーショナルな表現を用いて、民主党を悪者に見せようという悪意が感じられる。党旗をちゃんと用意せずに簡単に作成してしまう、というやり方にも責められる点はあるだろうけど、自民党とは違って、党旗を十分に用意するほど潤沢な予算がない、ということもあるのかもしれない。

日の丸は、日本国民すべてが気持ちよく受け入れることのできる国旗かというと、そうではないだろう。戦争時の記憶が思い出され、不快を覚える人も少なからずいるのだ。自民党の主張は、そういう人の思いを完全に無視している。

このパンフレットは、ほかにも、「そんなこと本気で言ってるの?」というような内容が満載だった。「自虐史観歴史教育」というが、日本が過去に行なったひどい行為を子どもたちに教えるな、という姿勢はまちがっていると思う。自民党も、そういう事実があったことを否定しているわけではない。ただ、子どもたちに教えるな、というのだ。でも、子どもたちは日本が過去に何をしたかを知るべきだろう。そのうえで、だから今日本は何をしなければならないか、を考えさせるべきだ。過去にあやまちを犯したから日本はどうしようもない国だというわけではない。これから何かができる、ということを感じさせるのが教育だろう。過去のできごとを知らないまま、世界に出て行って、恥をかくのは子どもたちだ。

民主党に日本が任せられると思っているわけではないけど、このパンフを読んで、少なくとも自民党に日本は任せられない、と思ってしまった。

それにしても、このパンフを見た高3の次女が「にっきょうぐみって何?」って聞いたのにはちょっと脱力(^^;)...でも、さすがにこのパンフの内容には長女も次女も違和感を覚えたようだ。ネットでも、「このパンフおかしいんじゃないの?」という高校生の意見 を見つけて、ちょっと安心(^^)。

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夏休み最終日

Jello3週間も休みがあれば家の中は片付くはず、と思ったんだけど(^^;)...。要するに時間の問題ではないっていうことだな(^^;)。でも、台所はちょっとだけ片付いた^^...って、どんだけ広い家やねん!?

お隣に、京都のお土産として八つ橋を持って行ったら、メロンをくださった。半分は普通に食べて、半分は次女がメロンをカップにしてフルーツ満載のゼリーを作ってくれた。ナタデココがおいしかった(^^)。

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映画「未来の食卓」NOS ENFANTS NOUS ACCUSERONT

南フランスの村で、オーガニックの給食を実践した小学校のドキュメンタリー。オーガニックの給食というのは画期的な取り組みだと思うし、教育の現場にそういう思想を持ち込むことが大人たちをも変えていく力になる。ドラマとちがってドキドキするような作りになっているわけではないし、とりあげられている話題もよく耳にするようなことで、それほど新鮮さはない。ただ、フランスの子どもたちが「カカシケンパ」やってるんだなぁ、とか、子どもたちが野菜作りをする様子を見るのは私には楽しかった。それから、村長さんの言葉にもちょっと感激した。

村長さんが言ったのは(ややネタバレ)

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映画「ディア・ドクター」

「その嘘は、罪ですか」というキャッチコピーから、そういう話かなぁ、と思っていたら、やっぱりそういう話だった。
西川美和監督の作品は「ゆれる」とこれを見ただけだ。どちらも、鋭いところついてるなぁ、と思うし、人を単純に善人とか悪人に分けないような描き方は好きだけど、なんとなく説明的?なセリフが多いというか、ありえないセリフがあるなぁと思ったりする。
つるべはよかった(^^)。あの人の笑顔はとても魅力的で、本人もそれをわかってるんだろうな。八千草薫、井川遥もよかった。

以下、完全ネタバレ

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iPhone 買いました(^^)v

初代iPhone が出た時にも、ちょっと心惹かれたのですが、携帯メールができないということで、パス。携帯のメアドしかない、とか、パソコンメールを拒否してる友人もいるので。
でも、新しいiPhoneはMMSもSMSもできるという。でもって、電子コンパスというのが素晴らしそうで、欲しくなってしまいました(^_^)。
機種変更するつもりだったけど、新規にするとホワイト学割with家族が使えるということで、新規にしました。アドレス帳を移したり、いろいろいじりたいですが、まずは家の中をもうちょっと綺麗にしてから取りかかります。...って我慢できるかなぁf^_^;

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ばくだん

じゃりン子チエファンとしては、メニューに「ばくだん」という飲み物があると気になる。店員さんに聞いてみると、「リキュールをソーダで割ったもの」ということだったので、「じゃりン子チエ」にしばしば出てくる「ばくだん」とは別物だろうとは思ったけど、「気になるなら試してみれば」という友人の勧めに従ってトライ。結果、とっても甘くてジュースのような飲み物で、やはり別物だな、と判明。家に帰ってからネットで調べてみると、"京都のお好み焼き屋でしか見かけない、「真っ赤な酎ハイ」"だったらしい。でも、"本物"は、メチルアルコールだかエタノールだかが含まれているのでは、という説なので、本物でなくてよかったかも(^^;)。

ちなみに、このメニューがあったのはお好み焼き屋さんというよりは居酒屋。あっさり梅酒とすっきり梅酒というのがメニューにあって、友人が「どう違うんですか?」と訊いたら、「あ、私、ちょっと飲める年齢じゃないんで」という答え^^。まあ結局、飲み物や食べ物は「つまみ」で、大事なのは顔をあわせておしゃべりすること^^。

今回の京都滞在は、なつかしい友達にたくさん会えてとても楽しかった^^。

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冷夏?

京都駅に着いて、ホームに降りた途端、暑い(;´д`)と思いました。しばらく前、母と電話で話した時、今年は涼しいね、と言ったら、京都は暑いでぇ、と言っていましたが、本当でした。

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ビジターとは誰のことか

映画「扉をたたく人」の原題は "The Visitor" ー直訳すると「訪問者」だ。この映画を見た後、ビジターって誰のことだろう、と考えた。

私がすぐに思ったのは、ウォルターのアパートにいたタレクとゼイナブのことだった。予期せぬ訪問者。でも、だったら、ビジターは複数形になるはずだよなぁ。どうして単数形なんだろう。ってことは、のちにウォルターの家を訪ねたタレクの母親モーナのことを指しているのか...で、インターネットムービーデータベースを見てみたら、私と同じ疑問を持った人がいたようで、掲示板に「この映画のタイトルは "The Visitors" とすべきじゃないの?」という質問があがっていた。  その議論を読みながら、あ、と思った。そうか、ウォルターが拘置所にいるタレクを訪ねる、そのウォルターがビジターなんだ、という意見が真っ先にあがっていたのだ。私にはウォルターがビジターだという視点はなかった。そしてさらに、「タイトルはわざとあいまいにしてあるんだと思う。ビジターとは、自分の部屋を"訪ねた"ウォルターのことであり、ウォルターのアパートを訪ねていたタレクとゼイナブのことであり、拘置所にいるタレクを訪ねたウォルターのことであり、さらにはアメリカを訪ねているタレク(達)のことをさしているのだ」という意見があって、そうだな、と思った。

私が、最初、ビジターをタレクとゼイナブのことだと思ったのは、この言葉がアメリカを訪ねている入国者のことをも指している、とも思ったからだ。ビジターという言葉では思い出す映画がある。「グッドシェパード」という映画で、CIAのメンバーであるマット・デイモンが、イタリア系マフィアの男のところに行ったとき、その男から尋ねられる。

我々イタリア人にはファミリーがあるし、教会もある。ユダヤ人には伝統があり、二ガーだって自分の音楽といえるものを持っている。あんたたち(イギリス系白人)には何があるのか?

それに対するマットの答え。

"The United States of America. And the rest of you are just visiting." アメリカ合衆国さ。他のやつらはビジターにすぎない。
アメリカにはいろんな人々が住んでいるけど、この国の住人といえるのは、自分たちイギリス系の白人だけだ。他のやつらはしょせんビジター...よそ者なんだ。

このセリフの印象が強烈で、ビジターという題名について考えたときも、すぐにこのことを思い浮かべた。ビジターという言葉には、そんなふうにつきはなしたような語感もあると思うのだけど、「扉をたたく人」とすると、そんな語感は失われてしまうような気がしてしまう。確かに、この邦題が深みを与えている面もある。この映画ではジャンベというアフリカンドラムが印象的で、ジャンベをたたくこと、そして、そのことを通して、次第に孤独だった老教授の心が開かれていったこと、などから、心の扉をたたいた、というような状況も連想され、そういう点でうまいと思う。沢木耕太郎さんも、映画評「銀の街から」で、この邦題をほめておられる

この映画の原題は「ザ・ビジター〈訪問者〉」という。しかし、私には邦題の「扉をたたく人」の方がはるかに奥行きがあるように思われる。ビジターが単数のところを見ると、訪問者はウォルターか、のちに息子を心配して訪ねてくるタレクの母親ということになる。だが、扉を叩(たた)くということになれば、それは登場人物のすべてということになるだろう。ウォルターが扉をノックし、タレクとゼイナブがノックし、タレクの母親がノックする。ノックする者は同時に扉をノックされる者にもなる……。

そして、トーマス・マッカーシー監督が「ビジター」という言葉で意味したのは、まさに沢木さんが書いておられるように、登場人物のすべてーあるいは特定の誰というわけでもない、ということのようだ。ここで、監督のインタビュー映像が見られるが、「ビジターって誰のことなんです?」という質問に監督は「それが一番よく受ける質問なんだけど、答えないことで議論が深まる。人々のそういう話を聞くのが楽しい」と答えておられる(だいたい6分30秒あたりから)。そして、沢木さんが、「ビジター」という言葉よりも「扉をたたく人」という言葉のほうが、監督の意図したことを想起しやすい、と思われるなら、やっぱりこの邦題は成功している、ということなのかもしれない。

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映画「扉をたたく人」The Visitor

主人公の大学教授ウォルターを演じているリチャード・ジェンキンスは、これまでにもたくさんの映画に出演しているベテラン俳優だそうで、彼の出演作リストを見ると私が見たことのあるものも結構あるのだけど、全然印象に残っていない(^^;)。でも、そんな人がこの役をやったのがよかったんだなぁと思う。大学教授というちゃんとした仕事があって、それなりに仕事はこなしているし、趣味でピアノにとりくんでみたりもしている。でも、実は、仕事への情熱は失っていて、毎日をなんとなく過ごしているだけ。そんな彼がニューヨークに出張することになり、ニューヨークの別宅を訪れたところ、なんと自分の家に見知らぬカップルが暮らしていた...。

この青年タレクはシリア出身、その彼女はセネガルの出身で、ふたりとも不法滞在者だった。うまい話にだまされていたことに気づいたふたりは、おとなしく家を出ていくが、行先のない彼らを気の毒に思ったウォルターは彼らを少し泊めてやることにする。

レポートの提出が遅れた学生に同情することもないし、同僚の頼みにもなかな首をたてにふらない。そんなウォルターがどうしてここで仏心を起こしたのかわからないが、人間ってそんなものだろう。妻に先立たれてしばらく一人暮らしをしていたウォルターは、人の気配のするアパートに入って、誰かと一緒に暮らすことの心地よさを少し思い出したのかもしれない。リチャード・ジェンキンスの演じるウォルターは、どこにでもいる普通の人という感じで、すごく自然だ。これがクリント・イーストウッドとかロビン・ウィリアムズとかだったら、俳優の個性が強すぎて、映画の印象がずいぶん変わっていただろう。

青年はジャンベというアフリカンドラムの奏者で、一緒に暮らすうちに、ウォルターもジャンベの魅力にとりつかれていく。そう、音楽にはそういう魅力があるんだよなぁ、と思う。

映画を観終わった後、やりきれない感じはあるのだけど、心に残る作品だった、
それにしても、今年は、年とった人が主人公のものが多いというか、そういう作品に私が惹かれている、ということなのかなぁ。

印象に残った場面は(以下ネタバレあり)

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保育士資格試験終了

昨日、今日と行われた保育士資格試験が終了。「小児栄養」と「養護原理」が私には難しかった。合格してるかどうか、帰ってから検討します。とりあえず映画見るぞ!

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世界母乳育児週間

全社協の「保育士養成講座 小児栄養」を読んでいて知った。1992年以来、8月1日が「世界母乳の日」とされ(WHO と UNICEF によって、かな)、毎年8月最初の1週間を「世界母乳育児週間」World Breastfeeding Week として世界的な運動が展開されているそうだ。

私は、自分の娘たちを母乳で育てるのが楽しかったので、母乳で育てたいというおかあさんたちのお手伝いをしたい、と思ってきたが、このところは何もしていない(^^;)。私が長女を産んだ頃、産院では、おかあさんたちにミルクのプレゼントをする、というのがごくあたりまえのことのように行われていて、そういうことが母乳育児の妨げになることをもっと知ってほしい、と思っていたのだけど、残念ながら、今でもそういうことは行われているらしい

上のリンクで呼びかけられている「ナースアウト」というイベントは、母乳育児中のおかあさんたちが集まって一斉に母乳をあげる、というものだそう。母乳をあげるっていうのは、もっと個人的な営み、というイメージのある私には正直ちょっと抵抗がある。でも、「母乳で育てる」っていうことはまだまだごく普通の営みにはなっていないようだから、こういう行動が必要っていうことなんだろうな...。集まったおかあさんたちには楽しい時を過ごしてほしいし、「母乳で子どもを育てるのは楽しい」っていうことが、もっともっと広まっていけばいいなぁと思う。

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