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ビジターとは誰のことか

映画「扉をたたく人」の原題は "The Visitor" ー直訳すると「訪問者」だ。この映画を見た後、ビジターって誰のことだろう、と考えた。

私がすぐに思ったのは、ウォルターのアパートにいたタレクとゼイナブのことだった。予期せぬ訪問者。でも、だったら、ビジターは複数形になるはずだよなぁ。どうして単数形なんだろう。ってことは、のちにウォルターの家を訪ねたタレクの母親モーナのことを指しているのか...で、インターネットムービーデータベースを見てみたら、私と同じ疑問を持った人がいたようで、掲示板に「この映画のタイトルは "The Visitors" とすべきじゃないの?」という質問があがっていた。  その議論を読みながら、あ、と思った。そうか、ウォルターが拘置所にいるタレクを訪ねる、そのウォルターがビジターなんだ、という意見が真っ先にあがっていたのだ。私にはウォルターがビジターだという視点はなかった。そしてさらに、「タイトルはわざとあいまいにしてあるんだと思う。ビジターとは、自分の部屋を"訪ねた"ウォルターのことであり、ウォルターのアパートを訪ねていたタレクとゼイナブのことであり、拘置所にいるタレクを訪ねたウォルターのことであり、さらにはアメリカを訪ねているタレク(達)のことをさしているのだ」という意見があって、そうだな、と思った。

私が、最初、ビジターをタレクとゼイナブのことだと思ったのは、この言葉がアメリカを訪ねている入国者のことをも指している、とも思ったからだ。ビジターという言葉では思い出す映画がある。「グッドシェパード」という映画で、CIAのメンバーであるマット・デイモンが、イタリア系マフィアの男のところに行ったとき、その男から尋ねられる。

我々イタリア人にはファミリーがあるし、教会もある。ユダヤ人には伝統があり、二ガーだって自分の音楽といえるものを持っている。あんたたち(イギリス系白人)には何があるのか?

それに対するマットの答え。

"The United States of America. And the rest of you are just visiting." アメリカ合衆国さ。他のやつらはビジターにすぎない。
アメリカにはいろんな人々が住んでいるけど、この国の住人といえるのは、自分たちイギリス系の白人だけだ。他のやつらはしょせんビジター...よそ者なんだ。

このセリフの印象が強烈で、ビジターという題名について考えたときも、すぐにこのことを思い浮かべた。ビジターという言葉には、そんなふうにつきはなしたような語感もあると思うのだけど、「扉をたたく人」とすると、そんな語感は失われてしまうような気がしてしまう。確かに、この邦題が深みを与えている面もある。この映画ではジャンベというアフリカンドラムが印象的で、ジャンベをたたくこと、そして、そのことを通して、次第に孤独だった老教授の心が開かれていったこと、などから、心の扉をたたいた、というような状況も連想され、そういう点でうまいと思う。沢木耕太郎さんも、映画評「銀の街から」で、この邦題をほめておられる

この映画の原題は「ザ・ビジター〈訪問者〉」という。しかし、私には邦題の「扉をたたく人」の方がはるかに奥行きがあるように思われる。ビジターが単数のところを見ると、訪問者はウォルターか、のちに息子を心配して訪ねてくるタレクの母親ということになる。だが、扉を叩(たた)くということになれば、それは登場人物のすべてということになるだろう。ウォルターが扉をノックし、タレクとゼイナブがノックし、タレクの母親がノックする。ノックする者は同時に扉をノックされる者にもなる……。

そして、トーマス・マッカーシー監督が「ビジター」という言葉で意味したのは、まさに沢木さんが書いておられるように、登場人物のすべてーあるいは特定の誰というわけでもない、ということのようだ。ここで、監督のインタビュー映像が見られるが、「ビジターって誰のことなんです?」という質問に監督は「それが一番よく受ける質問なんだけど、答えないことで議論が深まる。人々のそういう話を聞くのが楽しい」と答えておられる(だいたい6分30秒あたりから)。そして、沢木さんが、「ビジター」という言葉よりも「扉をたたく人」という言葉のほうが、監督の意図したことを想起しやすい、と思われるなら、やっぱりこの邦題は成功している、ということなのかもしれない。

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コメント

じゃりんこさん、そういう強烈な印象があったんですね。 私はその映画を観ていないせいもあって、the visitorからそういう語感は感じませんでした。 あるいはこういう映画だから、そういう意味で使うはずがないという思い込みがあったのかも知れません。

映画を最初の方ではピアノの先生がvisitorかと思ってたくらいで…。(^^; それが、あれ、彼も彼女もvisitorだということになって来て、最後は、そうか、代表名詞として使っていたのかと思った次第です。

投稿: axbxcx | 2009.08.11 17:04

axbxcx さん、

まあ、普通、ビジターって、別にプラスのイメージもマイナスのイメージもない言葉だと思うんですけど、考えてみたら、ビジターはゲストとは違って、勝手に向こうからやってきた、こっちが招いたわけじゃない、っていう面もある気がするんですよね。で、タレクとかゼイナブとか、不法入国者といわれる人たちはまさにビジターで、住人ではないわけです。でも、そんな思いがけない訪問者が、人の心を開いていく、タレクがウォルターの心を開き、モーナもまたウォルターの心を開き...ビジターが人の人生を豊かにしてくれる、という面がある。でも、そんなビジターをアメリカはどんなふうに扱っているかというと...っていうところに話はつながるかなぁ、と。

グッドシェパードは、そのセリフのほかは、なんか息のつまるような映画だったなぁ、という印象しかないです(^^;)。でも、あれは私には強烈な一撃でした。

投稿: じゃりんこ | 2009.08.11 17:33

じゃりんこさん、沢木さんの文章読み直してみたら「ビジターは単数」という理解ですね。 私はそうは思わなかったなあ。

ビジターにそういう意味があるのは確かですけれど、不法入国者と限定して考えなかったのはこの映画が良質だったからでしょう。 また私の感覚ではネイティヴ(インディアン)を除けば米国人は基本的にすべて移民な訳で、不法入国という概念自体が米国の成り立ち、あるいは理想として来たものと矛盾するのではないかと…。

いずれにせよ、「永住すればビジターではなくなる」と考えるのが米国的ではないでしょうか。 日本はともかくとして…。

投稿: axbxcx | 2009.08.11 20:48

axbxcx さん、

ビジターズって複数形にしてしまうと、それこそタレクとゼイナブのことだ、なんて思って納得してしまう人(私だったらそうなりそうです)がいそうだけど、単数形にしたことで、え、誰のこと?ってなるっていう面があったと思います。で、そうか、モーナもビジターだったし、ウォルターもビジターだったんだって。

永住権を獲得すればビジターではなくなるのでしょうけど、永住権を獲得したりビザを再発行してもらうのがむずかしくなってきたり、というのがありそうですね、9・11以降は...。そして、「グッドシェパード」のマットが演じた役柄の人のように、永住権を持っていいる人に対しても「お前らはしょせんビジターなのさ」と思ってる人もいるのかもしれません。もちろん、多様な文化を認めよう、と、教育の場では言われていると思いますが。

投稿: じゃりんこ | 2009.08.12 00:05

戸をたたくのはあたしかも…。

http://www.youtube.com/watch?v=EmsRNQ57f1M

投稿: axbxcx | 2009.08.12 04:22

じゃりんこさん、その9.11以降のビジターの扱いというのが、この映画の一番のメッセージかも知れないと思いました。

投稿: axbxcx | 2009.08.12 05:03

axbxcx さん、

「扉をたたく人」というのは日本語のタイトルだし、The Visitor というタイトルでそこまで(紹介されている動画の歌のようなことまで)想定されていたという気はしませんが、ただ、多様な解釈はあっていいのだ、という立場のようです。監督は。インタビューを聞いていると、政治的なメッセージというよりは、人間の物語にしたかった、と言いながら、政治的な問題を個人的な視点から語ることで人々が問題を自分のこととして感じられる、みたいなことも言っておられました。そして、移民の問題はむずかしいけど、まあ、もうちょっと扱いようがあるだろう、というようなことも。映画のなかで、モーナが、以前はそんなにきびしくなかった、ということを話していますが、確かに9・11以降いろいろ変わったことはあるのでしょうね。

投稿: じゃりんこ | 2009.08.12 07:43

もちろんThe Visitorにそういう意味はがある訳はないと思います。 ただ邦題を付けた人は意識していたのではないかなと…。

それとメッセージが政治的とは限りません。 人間として伝えたいことというイメージです。

投稿: axbxcx | 2009.08.12 07:48

axbxcx さん、

うーん、邦題をつけた人が意識していたかどうか私にはわかりませんが、多様な解釈はあっていいのだとは思います。

投稿: じゃりんこ | 2009.08.12 07:56

意識していたというのはタイトルとしてという意味で、解釈の話ではないつもりでした。 いずれにせよ、私は今年観た中ではThe Visitorが一番好きです。

投稿: axbxcx | 2009.08.12 17:59

axbxcx さん、

私は「シリアの花嫁」かなぁ...「人生に乾杯!」も好きでしたが...「扉をたたく人」もかなり好きではあります。役者がみんないいですね。タレクやゼイナブ役の人もよかったです。

投稿: じゃりんこ | 2009.08.14 16:09

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