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映画「ミラル」

パレスチナ関係の映画となると、どういう立場、視点で作られたのか、というのが気になってしまうけど、この作品は、まず映画としておもしろい。
ヒンドゥ、ナディア、ファティマ、ミラルという4人の女性の生き様を語る中で、彼女たちの生きた場所、時代が描かれる。

1947年、国連でパレスチナ分割案が決議され、ユダヤ国家の建設が認められる。パレスチナの地に住んでいたユダヤ人でない人達はユダヤ人によって追い出されるようになり、虐殺も起こった。その結果、孤児となった子ども達のためにエルサレムで施設を作ったのがヒンドゥ。
義父から性的虐待を受け、そのために家出したが、アルコール中毒状態となり、ユダヤ人への「暴行」を働いたとして投獄されたナディア。
ナディアが刑務所で出会ったファティマは元看護士だったが、テロ組織で活動したとして無期懲役を言い渡されていた。
刑期を終えたナディアはファティマの兄のジャマールと結婚し、ミラルが生まれる。
幼くして母を亡くしたミラルはやがてヒンドゥの運営する「子どもの家」で過ごすこととなった。。。

ヒンドゥは、子ども達にパレスチナ人としての誇りを持って生きてほしい、と願っていたが、そのための最良の方法は教育であると信じ、暴力的な手段を用いることには反対だった。しかし、成長したミラルは、パレスチナ人の惨状を目にして、何も行動しなくていいのか、という疑問を持つようになる。

ミラルが現実を見て感じたり考えたり、家族や友人や恋人やそのほかの人達とどんなふうな関係を築き、どんな生き方を選んでいくのか、というのが物語の主題であり、政治的なメッセージ性はほとんど感じられない。4人の女性の物語はうまくつながって、見ていて話にひきこまれていく。

監督が「潜水服は蝶の夢を見る」のジュリアン・シュナーベルだと知って納得。監督がユダヤ系の人であるというのも後で知った。しかし、ミラルの原作を読んで語らずにいられなくなったのだという。ユダヤ系の人だからといって、ユダヤ寄りの視点で語っているということはないけれど、やはりヒンドゥのような考え方に近いのかな、とは思う。

パンフレットに岡真理さんが書かれていたのが「エルサレムは、イスラーム、キリスト教、ユダヤ教という3つの信仰の聖地として、信仰を異にする者たちが隣人として友人として歴史的に共生してきた街だ」ということ。それを象徴しているのが映画の最初のクリスマスの場面であり、そのような街に、ひとつの信仰に基づく排他的な国家が建設されることがパレスチナ問題の根源なのだ、と。

いくつか私にはよくわからなかった点(ヒンドゥはパレスチナ人だけど資産家でそれは守られたのか、とか、ジャマールの仕事とか。ジャマールはイスラム教の導師らしいけど、ヒンドゥもジャマールもイスラエルに敵対しない人達だったから迫害を受けなかったのだろうか?)はあるけれど、ミラルが成長していく姿には共感を覚える人が多いのではないかと思う。

私が好きだったエピソードは(以下ややネタバレ)

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