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ボリビアで入院

 今回のボリビア行きの目的はウユニ塩湖を訪れること。南米は遠く、10日間という旅程ではそれが精いっぱいで、他の土地の観光は考えていませんでした。ところが、事情により、予定より早くウユニに着き、2泊3日のツアー参加のつもりが1泊2日ですっかり満足してしまい、早めにラパスに戻ってこられたので、少しラパスを観光する余裕ができました。
 ペルーに行った時と同じく、私は今回も高山病の症状が出て、軽い頭痛、吐き気があり、食欲のない状態が続いていました。一緒に行った友人は高山病予防のためにのんでいたダイアモックスという薬が効いたのかずっと元気でした。そんな私も、ボリビア到着後5日目にしてようやく元気になり(これもペルーの時と一緒。私の場合、高地順応に5日くらいかかるようです)、ラパスに戻った翌日はお土産物屋さんをうろうろしたり、博物館に行ったり。ランチは、地元の人の行きそうなお店で、安くて豪華なランチセットに舌鼓。私は食欲はもどったものの、さすがにボリュームの多い食事は食べきれなくて、友人に食べてもらったりしました。夜はペーニャを聞かせる店に行って、ボリビアの音楽とダンスを。この時、友人がどうも食欲がないようで、少し歩き疲れたのかな、と思っていました。
 翌朝、友人が「どうも朝食を食べる気がしない」というので、風邪でもひいたのかな、と、思い、今日は友人にはゆっくり休んでもらって私一人でラパスの観光をするつもりでした。念のため熱をはかってみると38.8度。これは尋常ならぬ熱だな、と思い、ホテルのフロントに相談すると、すぐかかりつけの医者をよんでくれました。
 お医者さんが来てくれたのは結局1時間ほどしてからでしたが、その間にも熱があがり、39.3度。さらに下痢がはじまりました。医師は診察して話を聞いた後、「もし薬をのんでも、下痢があるのでみんな出てしまう。下痢を止めると、今度は吐くことになる。なので、原因が何か検査して、病院で治療したほうがいい」と言い、病院へ向かいました。  到着したのは24時間対応のきれいな病院で、すぐに7階の個室に通されました。そこで入院用のガウンに着替え、便を採取して検査。名前、パスポート番号、保険会社、など、入院に必要な事務的手続きをして(クレジットカード付帯の保険で、保険会社の名前はすぐにはわかりませんでしたが、かまわないと言われました。これがアメリカならどうだったろう、と考えてしまいました)、点滴開始。下痢があるため、脱水症状を防ぐ必要があったのと、薬も点滴から時間を見て入れていました。
 医師は旅行者への対応を専門にしている人らしく、診察の間にも他から電話が入ったり、とても忙しそうで、私達だけにかまっているわけにはいかないようでした。しかし、そこの病院の医師や看護婦さんに指示をし、私には自分の連絡先の電話番号やメールアドレスを教えてくれ、何か質問などあったらすぐに連絡するように、と言ってくれました。英語での説明もわかりやすく、親しみやすい人柄で、この先生に対応してもらったことは本当にラッキーだったと思います。
 再び医師がやってきたのはもう夕方で、友人の熱は少しさがっていたものの、下痢は続いていました。医師は最初サルモネラ菌の感染を疑っていたようですが、結果は陰性で、ランブル鞭毛虫(Giardia lamblia)という菌にだけ陽性反応が出ていました。とにかく、旅行者にはよくある症状だそうで、1週間に2,3人は同じような症状の人を見ているとのことです。心配ない、と言っていましたが、問題は、私達は翌朝7時の飛行機で帰国することになっていて、それが可能かどうか、ということでした。
 朝7時の飛行機、ということは5時には空港に着いていなくてはいけない。しかし、今の状態では長時間のフライトに耐えられそうにありません。中南米からの入国者には厳しいと言われているアメリカ入国も心配で、帰国を一日延ばすのはやむなし、と判断しました。
 私達が泊っていたホテルと病院とは結構距離がありましたが、とりあえず、私がホテルに戻って荷物をまとめ、病院に戻ってくることにしました。ところが、夕方の交通渋滞がものすごく、とりわけメルカドネグロという市場に入ってからはなかなかすすまず、タクシーの運転手さんもイライラ状態。そもそも病院からでさえ、タクシーをひろうのがそんなに簡単ではありませんでした。さらに、荷物をまとめて病院に向かおうとしたものの、私達の泊っていたサガルナガ通りというところにあるホテルからはタクシーを全然ひろうことができず、もう夜の8時をまわっていたのに夕飯もまだ、これから航空券の手配もしなくてはならない、という状態だったため、病院に戻るのはあきらめて、その夜は私はホテルに泊ることにしました。
 幸い、ホテルではワイファイが使えたので、スカイプを使って航空会社に電話して事情を説明。明日の便をキャンセルしてその翌日の便に変更してもらったらいくらかかるかを尋ねたところ、最初の格安チケットよりも高額になって愕然。そこで、もともとチケットの手配をしてもらった旅行会社に電話して、ラパスから日本まで格安のチケットが手配できないか尋ねたけれど、日本からの便しか扱えないとのことで無理。私の力ではそれ以上の手配は難しいと思ったので、高額でもそれしか方法がない、とあきらめて、チケットの手配をしてもらいました。
 翌朝、友人もだいぶ回復したことだろう、と、午後にはホテルに戻ってくるつもりで、着替えや充電器などだけ持って病院へ。夜は30分毎にトイレに行かなければならないような状態だったようで、このままでは飛行機に乗れるかどうかが危ぶまれました。しかし、これ以上、チケットの変更はできないし(経済的に)、おたがいに仕事もある。なんとしても明日には帰国の途につかなければ、と、とりあえず下痢を止めるために、持っていた正露丸をのんだところ、下痢は止まってきたのですが、今度はまた熱があがってきた。やっぱり無理に下痢を止めるだけではだめなようです。
 お昼頃、診察にみえた先生にこれまでの経過を説明。そして、すでに翌日の飛行機の手配をしたので、それをさらに変更するのはむずかしいことを伝えました。先生としては、現在、まだ38度以上あって下痢もおさまっていない患者に対し、退院していいよ、とは言えない。ただし、私達の事情もわかるので、どうしても、ということなら、自己責任で退院するのはやむをえないし、航空機内でのむための薬も用意する。が、とにかく、夜の7時まで治療を続けて様子を見よう、とのこと。朝5時に空港に行かなければならないなら、朝4時半に病院から空港に向かうことも可能だから、とにかく病院にいたほうがいい、という話でした。
 それで、とりあえず私がまたホテルにもどって荷物をまとめ、その日は私も病院に泊ることにしました。ホテルに戻って、変更した航空機のEチケットをホテル前のネットカフェで印刷し、ホテルを引き払って病院へ。友人の様子はだいぶよくなっていて、熱をはかってみると、36.5度。下痢もおさまってきて、よく寝られるようになっていました。
 7時半ごろ診察にみえた先生は経過を聞いて、それなら明日の便で帰国しても大丈夫そうだ、ということで、みんなで喜び合いました。夜10時半頃、先生は診断書などの書類を整えて持ってこられ、飛行機の中でのむ薬について、細かく指示をしてくれました。その後、しばらくしてやってこられた事務の方に、病院の支払いもすませ、明日の朝、すぐに出られるように準備して眠りにつきました。
 友人のほうは最後の薬が夜中の3時。その点滴が終わるのに20分ほどかかるとのことで、3時半に点滴をはずしてもらい、準備をしていたら4時にはタクシーが病院の玄関に来ているとの連絡があったので急いで降りて行き、空港には余裕をもって到着することができたし、飛行機の中でもこれといった問題もなく過ごすことができました。

 外国で、とりわけ「先進国」ではない国で病気になったら、それだけで不安です。でも、ボリビアには設備の整った立派な病院がありました。医師もすごくしっかりしていて頼れる感じがしました。看護婦さん達も手厚い看護をしてくれた(私のスペイン語がお粗末なので、コミュニケーションをとるのはちょっと大変でしたが)し、病院の受付もとても感じのよい方でした。
 個室は窓が大きくてラパスの街並みを見ることができ、きれいな絵が飾られていて、気分が滅入るのを防いでくれました。患者の世話をする人が寝泊まりすることができるようにソファベッドがあり、トイレとシャワーもついていました。2月のボリビアは夏なので、泊ったホテルのどこにも暖房はありませんでしたが、病院には暖房があって快適でした。一応、安いながらも熱いシャワーのでるホテルには泊っていたのですが、シャワーの湯量が十分ではなく、温度も安定しないため、部屋に戻ると寒い感じだったりしたのですが、病院のシャワーは湯量がたっぷりで気持ちよかったです。ソファベッドはさすがに寝心地がいいとはいえませんでしたが…
 私達のいた階は入院患者用の部屋が数室あり、真ん中がナースステーションで、待合室も兼ねている感じでした。テレビがついていたり、明るい感じの音楽が流れていたりしました。1階の受付近くには薬局のほか、小さなお店があり、可愛い小物が売っていたりして、全体的にあまり病院臭のしない病院でした。、

 食あたりの原因ははっきりはしませんが、やはり、安い食堂で食べた肉なのかなぁと思っています。高地に慣れるのに時間がかかるように、現地の食事に慣れるのにも少し時間がかかるものなのかもしれません。航空機の変更に要した費用は結局、友人の保険で支払われることになりそうで、ほっとしています。熱と下痢とで友人は大変だったと思いますが、おかげでいろいろな人の親切にふれることができたのは、貴重な体験でした。
Dsc01105

(写真は病院の窓から見えた風景。夕暮れ時です。)

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