映画・テレビ

映画「人生に乾杯!」Konyec

保育士試験の勉強をしなくちゃ、と言いつつ、ちょこちょこ映画に行っている(^^;)が、わざわざ都心まで出かけても今ひとつだったな、と思うことが続いていたなか、これは私的に久々のヒット(^^)。

年金暮らしの老夫婦が、金に困って拳銃強盗!...というおだやかでない話なんだけど、そこは年の功、なかなかおだやかだったり、年に似合わずパワーにあふれていたり、と緩急ある展開が楽しい(^^)。最初のほう、ハンガリーの政治情勢をよくわかっていないのと、人の顔が区別しにくくて話がつかみにくかったのだが、だんだんと話にひきこまれていった。この話もそうだけど、しばらく前にDVDで見た「マルタのやさしい刺繍」も老人が元気な話で、私は好きだった。うーん、やっぱり自分が年をとりつつあるせいかなぁ(^^;)...

年をとったら社会のお荷物、おとなしくしてなさい、なんて、そりゃないよ、と思う。だから、それに立ち向かう姿を見てスカッとする。とは言っても、そこは年の功(?)、決めたつもりが決まらなかったり(^^;)。でも、そんなことは問題じゃない。すごいスピードで車を運転、まんまと追手をまいて逃避行するエミルの笑顔、その隣に座るヘディの満足そうな表情を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。ハンガリーという馴染みのない国の、ドライブやらホテルステイやら森の中やら...を楽しみつつ、あっと驚く最後まで、目が離せない(^^)。

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シネマ歌舞伎「ふるあめりかに袖はぬらさじ」

去年、次女の高校のPTAで歌舞伎鑑賞会が計画されたとき、歌舞伎なんてなんとなくめんどくさそう、と思っていたのだが、役員のおかあさんたちが「おもしろいのよ」と力説される。でも、割引された料金でも高額で、結局行かなかった。が、少し前に「シネマ歌舞伎」というのがあることを知り、「野田版 研辰の討たれ」というのを見に行ったらこれがなかなかおもしろかった。舞台をそのまま見るわけではないけど、大きなスクリーンで見るので、役者さんの汗まで見えたり、それなりに臨場感がある。歌舞伎がこんなにコミカルなものだとは思っていなかったので新鮮な驚きだったし、大がかりな舞台装置もおもしろくて、そのうち本当の芝居も見に行きたいなぁと思った。

とはいえ、本物の舞台にはそう気軽には行けないので、またもシネマ歌舞伎で(^^;)。
舞台は幕末の横浜。当時の遊郭には、外国人を相手にする唐人口と日本人を相手にする日本人口というのがあり、尊王攘夷の風潮のなか、外国人を相手にする遊女はひどい扱いを受けることがあったらしい。外国人を相手にすることへのためらいもあり、なり手が少なかった。日本史で幕末のことを習っても、当時の暮らしを想像することはむずかしいけど、小説とかお芝居とかは、豊かなイメージを持たせてくれる。遊女とか芸者とか、必ずしも「その他大勢の人」の暮らしとはいえないかもしれないけど、そういう芝居を見ることで楽しめる世界というのがあったわけだ。つくりごとの世界、とわかっていて、楽しむこと。映画だってつくりもので、でも、だからこそ現実には味わえない世界を楽しめる、ということがあったのだろう。私はついリアル感を求めてしまうけど...。

10分の休憩を含めるとほぼ3時間という長編だが、休憩になったときは、「ええ、もう休憩?」という感じで、それくらいお芝居にのめりこんでしまっていた。映画以上に、役者さんのうまさが際立ち、「研辰の討たれ」の中村勘三郎さんも「ふるあめりかに...」の坂東玉三郎さんも、どちらもさすが、という感じ。シネマ歌舞伎は生の舞台じゃないから邪道だという意見もあるようだけど、手軽な歌舞伎入門にはいいと思う。お金持ちの高尚な趣味にとどめておくのはもったいない(^^)。

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映画「はりまや橋」

日本軍の捕虜として非業の死を遂げた父親を持つダニエルは、日本に対して嫌悪感を抱いている。ところが、彼の息子ミッキーは彼の反対を押し切って日本に行き、結局、日本で交通事故で死んでしまった。その後、ミッキーの描いた絵をアメリカに持ち帰るために、ダニエルは大嫌いな日本に行くことになるのだが...

日本のどういうところが、この人の心を開いていくのだろうか、という期待を持って見ていたのだけど、そういう期待はちょっとはずれてしまった。異文化交流に興味のある私としては全然退屈はしなかったし、高知の風景も楽しめたけど、話の展開は全体的に曖昧な感じだった。

(以下完全ネタバレ)

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映画「劔岳 点の記」

予告編を見て、「あれ?富山の映画?」と思ったらそうだった。そう思ったのは劔岳登頂のための案内人「宇治長次郎」役の香川照之のセリフ「誰も行かんかったら道はできんちゃ」というセリフ。この言い回しが富山弁っぽかったので。夫が富山、しかも立山の出身だというのに「劔岳」というタイトルを聞いてもすぐにそれが富山のことだと気づかなかったのがなんとも...(^^;)だけど。

明治時代、日本地図を完成させるために、最後の空白地点であった剱岳への登頂と測量を命じられた人の話。地図を作るのって大変なことだったんだ。脚本は若干押しつけがましい(?)感じのするところもあるけど、なんといっても映像が素晴らしい。四季の移り変わり、一日の時間の移り変わり。その時々の美しさを見せる山。息をのむような風景がスクリーンいっぱいに広がり、そこに小さな人間が映って...。監督がカメラマン出身だというのには納得。

香川照之は結構富山の人の雰囲気が出ていると私には思えたけど、息子とか、そのほかの人たちの富山弁はいまいちだなぁと思って見ていた。紅葉の季節の立山にはいつか行ってみたい。

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映画「60歳のラブレター」

3組のアラカン(アラウンド還暦)カップルが交錯するラブストーリー。ありがちなストーリー(でも、ありえないセリフやシチュエーションも(^^;))だったりするけど、一か所、じーんときてしまったところがあった。

映画とは直接関係ないが、アラカンっていうのはなかなかしゃれたネーミングだな(^^)。アラサー、アラフォー、じゃあ50代はなんていうのかと思ったら、いくつか説があるようだけど、私は「アラフィー」っていうのが気に入った(^^)。で、20代だと「アラハタ(アラウンドはたち)」なんだそう。どうも「アラファト」って聞こえてしまう(^^;)。

一か所、じーんときてしまったのは(以下完全ネタバレなので、この映画を見る予定の人は読まないほうがいいです)

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映画「子供の情景」 Buddha Collapsed Out of Shame

原題は「ブッダは恥ずかしさのあまり崩れ落ちた」。アフガニスタンのバーミヤンが舞台だが、監督はイラン人のハナ・マフマルバフという女性で、18歳のときに撮影し、19歳で完成させた、という。私は、この映画の予告編を見たときに見に行こうと決めたけど、監督がそんな若い女性だと知ったのは、たまたま見たNHKの番組だった。イランの若い女性映画監督が紹介されていて、どんな映画を撮っているのかな、と見ていたら、新作として紹介されたのがこの映画だったので、へぇ、と思ったのだ。

映画は、バーミヤンの仏像がタリバンによって破壊される場面で始まる。物語は、そこの洞窟で、母と幼い妹と暮らす6歳の女の子(父はいるのだろうけど登場しなかった)が主人公。隣に住む男の子が学校で字を習って教科書を読んでいるのがうらやましい。自分も学校に行きたいと思う。そのためにはノートが必要だ、と言われ、卵を売ってノートを買うお金を得ようとするのだが...。この主人公の女の子(バクタイ)の言動がとても可愛らしくて、惹きつけられる(^^)。

脚本は、ハナ監督のおかあさんが書かれたそうで、どのくらいアフガンの実態を反映しているんだろうか、と思う。就学年齢になっても学校に行けない子はいるのだろうけど、映画で描かれていたような場面(特に女学校)はちょっと考えられないなぁ、と思って見ていた。私には、都合のいい脚本がうそっぽく思えてしまうところがあったけど、リアリティにはあまりこだわらずに、詩的(寓話的?芸術的?)に撮られたということなのか。それとも、うそのように思えるこれが実態で、私には想像もつかない世界、ということなのか...

ネットで監督のインタビューなどを読むと、彼女は、日本でタイトルが変更されていることを快くは思っておられないようだ。私がテレビで見たときは、「バーミヤンの仏像が破壊されたとき、人々はその文化的価値のことにばかり目を向けていたけれど、もっと大事なのは、そこで暮らしている人なのだ。子どもたちがこんな状況(学校に行きたくても行けない、とか、子どもらしい楽しい時間を保障されていないとか)にあるのに、誰もそのことを気にとめていない。ブッダはそれを恥じて自ら崩れ落ちたのだ」みたいな話をされていたような気がしたのだけど、うろ覚えだ(^^;)。でも、確かに、人々の生活が抑圧されていてもそれはたいした話題にはならず、文化遺産が破壊されれば話題になるのって、何かまちがっている気がする。そういう私も、言われるまで、そのことに気付かなかった。でも、この監督はそこが気になって、それを映画という形で表現したのだ。

字を習ったり、お話を聞くのは楽しいことだよなぁ、と思う。そういうことがあたりまえの権利として与えられている日本やアメリカの子どもにとっては、つまらなかったり、苦痛になっていたりすることもあるようだけど、もともとは楽しいことだったはずだ。世界のどこにいる子どもも、楽しい子ども時代が過ごせますように...

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映画「ミルク」

ゲイであることを公言した人として、初めて選挙で公職に就いたハーヴェイ・ミルクの物語。舞台は1970年代のサンフランシスコ。

私は個人的にはゲイの友人、知人がいないので、実感的にはわからないところがあるけれど、アメリカでは多いのだと思う。日本では少ないのか、それとも、アメリカ以上にカミングアウトすることがむずかしいからなのか、そのあたりのこともわからない。で、ゲイの人に会ったことはないけど、ゲイに対する偏見のある態度には何度か出会っている。

たとえば、私のノートパソコンの壁紙は映画「モーターサイクルダイアリーズ」のゲバラとアルベルトがふたりで一緒にバイクに乗っているシーンだが、それを見た同僚(黒人男性)が「こいつらはホモだ」と言ったことがある。「一緒にバイクに乗ってるだけじゃん」と言っても、かなりしつこくホモ説を繰り返し、その場にいた別の黒人男性も同意。また、白人女性が「別に根拠はないんだけど、保育園に働きに来る男の人って、ゲイなのかって感じてしまうわ」と言って、別の白人女性が「私も同じこと思ってたわ!」と応えたり、なんていうこともあった。日本でだって、「おかま」を笑うのは普通のこと...と、私も感じて育ってきた。その後、同性愛の人たちの主張を聞いたりして、少しずつそういう人たちのことを理解することができるようになってきたと思うけど、ゲイをおもしろおかしく笑う風潮がなくなったわけではない。

現代ですらそんな状況なのだから、70年代の差別はもっと露骨だっただろう。自分がゲイであることを公言するのは大変だったと思う。でも、ゲイであって何が悪いのか、自分らしく生きたい、そのためには街を変えていこう、と働きかけ始めたミルク。やがて彼は政治活動に乗り出していく。こういう人たちの活動があって、少しずつマイノリティの人たちの権利が獲得されてきたのだ。そういう運動を保障するアメリカという国はやっぱりすごいなぁと思う。

映画ではミルクの私生活が結構描かれていて、「政治家」としての面ばかり強調されているわけではないので、親近感が持てる。ただ、どのくらい本当のことなんだろう、とは思うけど...。

ショーン・ペンがアカデミー賞の主演男優賞を取ったのには納得。でも、この脚本家が最優秀脚本賞っていうのは私にはちょっと疑問...って、単に私にはわかりにくいところがあった(同僚のダン・ホワイトの言動とか)というだけで、全然退屈はしなかったけど。サンフランシスコにも行ってみたいなぁ。

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映画「スラムドッグ$ミリオネア」

やっぱり映画はこうでなくちゃ!というハラハラドキドキの展開(^^)。日本の「クイズ$ミリオネア」をテレビで見てると、みのさんがやたら回答を言うのをじらすあの時間が嫌で、見る気がしなくなってしまうのだけど、確かにあのクイズ番組はハラハラさせる作りではある。

インドのスラム街で育ち、学校にも行っていない青年ジャマールが、「クイズ$ミリオネア」に出場して、次々と正解を出していく。学のない若者にそんなことができるはずがない、不正が行われたに違いない、と考えた司会者は、彼を警察につきだして取り調べさせるのだが...

結局、人間が学ぶのは学校とは限らないわけだ。映画の中で描かれているインド社会の様子がどのくらい本当のことなのかは私にはわからない(こんなことが本当でないといいな、と思うことがいろいろあった...)から、インドの人の感想が気になるところだけど、映画としてはとてもおもしろかった。

うーんそうきたか、とうなってしまった場面は(以下完全ネタバレなので、見ていない人が読むと見る楽しみが激減します)

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映画「大丈夫であるように」

副題は「Cocco終らない旅」。「歩いても歩いても」の是枝監督が、沖縄出身のミュージシャンCoccoのツアーに同行して撮ったドキュメンタリー。

次女がCoccoのファンなので、少し彼女の歌を聞いたことはあるけど、彼女が話したりする様子をちゃんと見るのはこれが初めてだった。最初の場面。靴を片方しか履かずに歩いている子どもに地元の言葉で話しかけるCocco。さらに村の雑貨屋さんでのやりとりなどを見て、飾らない気さくな人なんだな、と思った。でも、ステージで自分のことを「あっちゃん」と呼ぶ子どもじみた話し方には違和感を覚えた。

映画としては私には少し退屈だった。沖縄の辺野古と、青森の六ヶ所村。そのふたつのキーワードに惹かれて映画を見たいと思ったのだけど、映画の焦点はそこではなくて、そういうことを含めた自分のまわりのできごとに対処していくCoccoという人に向けられていた。映画の後、是枝監督のティーチインがあり、監督も「そういう社会派ドキュメンタリーにしようとは思わなかった」と話しておられた。Cocco にしても、是枝監督にしても、世の中にあるおかしいと思うことに対して、声高に反対を叫ぶのではなくて、歌とか、映画とか、自分のできることで意思表示をしていこう、というスタイルなのだろう。ただ、基地を抱えた沖縄の人の思い、そしてそこで育ったCoccoだからこそ、六ヶ所村の置かれた状況が直感的にわかったのだなぁ、と思った。普通に暮らしているだけで、誰かを傷つけているという事実。自分が加害者であることに気づいていなかった。そのことに真正面から向き合う人。私もそうだけど、自分が加害者であることに気づいても、だから何か行動を起こすってなかなかできない...

映画のあとの監督と会場の参加者との質疑応答で、いろいろ撮影の裏話などが聞けたのはおもしろかった。映画の最後のほうで、Coccoがインタビューに答えて話すような場面があるのだが、すぐすむつもりで手持ちカメラで撮影を始めたら2時間にも及んでしまったとか、映画の撮影に際してカメラマンって重要なんだなぁとか(私にはわからなかったけど、是枝監督が撮影した場面と山崎さんというプロのカメラマンが撮影した場面との違いは、わかる人にはわかったようだ)、劇映画でも監督の思い通りに事がすすまずに生まれてしまった結果がかえってよかったりとか(そういう違いに気づくことが大事、と話しておられた)....。そんなふうに劇映画の撮影でもドキュメンタリー的な撮り方をされている部分があるから、「歩いても歩いても」みたいな自然な感じのする作品が生まれるんだろう。

Coccoが話していたことでおもしろいと思ったのが「もののけ姫」についての感想だった。(以下ネタバレ)

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映画「グラン・トリノ」

「ミリオンダラー・ベイビー」とか「硫黄島」とか、今までクリント・イーストウッド監督の作品をとりたてて好きだと思ったことはない(あ、「ピアノ・ブルース」というのは好きだった)のだけど、これはわりと私好みだった。

イーストウッドは厭世家のおじいちゃん。いつも苦虫をかみつぶしたような顔をしていて、「世の中はいやなことばかり」という感じ。隣にアジア人が住んでいるのが気に食わない。息子たちとの関係もうまくいっていない。亡くなった妻に頼まれたから、と、懺悔を強要しにくる青二才の牧師にもがまんならない。ところが、はずみで、隣の家のモン族の若者が不良グループに巻き込まれそうになるのを助けてしまい(イーストウッドにはそんなつもりはなかったのに)、隣の住人との交流が始まる...

言葉や慣習の違うモン族の人たちとのやりとりがおかしかったり、友人の床屋との口汚い会話がおかしかったり、随所に笑えるところがある。不良グループの態度などにどのくらいリアル感があるのか私にはわからないけど、イーストウッドが隣家の人たちに心を開いていく様子は心地いい。ラストも私には予想のつかないもので....思わず涙してしまった。

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ビデオ「歩いても歩いても」

好きな作品だった。年老いた両親のもとに娘の家族と息子(次男)の家族が帰ってくる。長男のお墓参りのために。すごくドラマチックな展開があるわけではないんだけど、とにかく会話が自然なのだ。私にとって、もちろん日本語が母国語なので、どうしても日本の映画を見ると不自然さを感じてしまうことが多い。ああ芝居だな、と思ってさめてしまう。でもこの映画は、ああ、こういうの、あるなぁ、と思って見てしまった。何気ない会話とか古くなった家の造りとか...。もちろん、「作った」感じのしたところが皆無ではないけど(次男の息子の独白とか)、こんなに「普通」の感じがする日本映画ってなかなかお目にかからない。役者がみんないい。阿部寛、樹木希林、YOU、夏川結衣、原田芳雄...。そして、やっぱり脚本と監督(是枝裕和)がすごいっていうことなんだろうなぁ。

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映画「イエスマン」

昨日の研修で言われていた「楽しいことはいいことだ」「笑いはまじめなビジネスだ」を実践しているジム・キャリー(^^)。今回の映画は、あらゆることに消極的だった男カールが、友人の強い勧めで新興宗教?団体のセミナーに出席し、「すべてのことにイエスと言う」という誓いをたてさせられてしまったために起こる騒動を描いたもの。

この誓いをたてる前と後とで、カールがすごく変わった、という感じがしないのが痛いところ(^^;)。あらゆることにネガティブだったころも、カールには友人がたくさんいたし、仕事もまあそつなくこなしていたし、結構おもしろいキャラだったわけで...。でも、後半、わりと思いがけない展開をするので、何も期待しないで行くとそれなりに楽しめる(^^)。

よくできた?ネタだけど、案外笑えないかも、と思ったのが(以下完全ネタバレなので、見ていない人が読むと映画を見る楽しみが半減します)

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ゲバラが子どもたちに書いた手紙

映画「チェ」を見に行ったとき、パート1のパンフレットは売り切れていて、パート2のパンフレットはまだ少し残っていた。ゲバラのことをもっと知りたくてパンフレットを買ったら、最後のページに、ゲバラが子どもたちに宛てて書いた手紙が載っていた。それを読んで、私も同じ言葉を自分の子どもたちに送りたいなぁ、と思い、原文を探して読んでみようと思った。

A mis hijos. Queridos Hildita, Aleidita, Camilo, Celia y Ernesto: Si alguna vez tienen que leer esta carta, será porque yo no esté entre ustedes. Casi no se acordarán de mí y los más chiquitos no recordarán nada. Su padre ha sido un hombre que actúa como piensa y, seguro, ha sido leal a sus convicciones. Crezcan como buenos revolucionarios. Estudien mucho para poder dominar la técnica que permite dominar la naturaleza. Acuérdense que la revolución es lo importante y que cada uno de nosotros, solo, no vale nada. Sobre todo, sean siempre capaces de sentir en lo más hondo cualquier injusticia cometida contra cualquiera en cualquier parte del mundo. Es la cualidad más linda de un revolucionario. Hasta siempre hijitos, espero verlos todavía. Un beso grandote y un gran abrazo de Papá

でも、命令形とか接続法をよくわかっていない私には、訳すのはそんなに簡単じゃなかった(^^;)。結局、自力で完璧に訳すことはできず、英訳とかすでに訳された日本語訳に頼ることになった。

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子どもたちへ

親愛なるイルディータ、アレィディータ、カミーロ、セリア、エルネスト

いつかおまえたちがこの手紙を読まねばならなくなったとしたら、それは私がおまえたちのそばにはいないからだ。
おまえたちは私のことをほとんど覚えていないだろうし、小さい者たちはまったく覚えていないことだろう。
おまえたちの父は、信念に従って考え、行動した人であった。
良き革命家のように成長しなさい。
自然を支配する技術を扱うことができるよう、よく勉強しなさい。
覚えておきなさい、革命は大切なものである、ということを、そして、私たちはひとりひとりでは何の意味もないのだということを。
とりわけ、世界のどこかで誰かに対して不正がおこなわれていたなら、その痛みを感じることができるようになりなさい。
これが革命家の最良の資質である。

子どもたちよ、いつまでもおまえたちのことを見ていたいと思う。
大きなキスと抱擁を送る。

パパより

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パンフレットでは全部は書かれていなかった。「世界のどこかで誰かが不正な目にあっているとき、いたみを感じることができるようになりなさい」と訳されていた言葉を、私も自分の娘たちに送りたいと思い、原文を探した。
原文を全部読んでみると、自分の子どもたちに「革命家になりなさい」と言うつもりはないし、私はいつも信念に従って行動した、と言い切れるほど立派じゃない(--;)から、ゲバラの言葉をそのまま送ることはできないけど、人の痛みを感じることのできる人にはなってほしいと思う。

原文をスペイン語で聞きたい方はこちら。  読んでいるのはゲバラではないでしょうが.....

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ビデオ「A Walk to Beautiful」

舞台はエチオピア。産科フィスチュラ(ろうこう)に苦しむ女性たちの姿を描いたドキュメンタリー。

産科フィスチュラというのは、産道と膀胱の間などに穴があいてそこから糞尿が漏れる、という状態。出産に際して骨盤が狭くて難産になった結果として起こる。先進国では、そのような状態が予想されれば帝王切開をしたり、などの対応が取られるけれど、病院での出産が一般的でない地域だと、出産が長引いて赤ちゃんも死産となり、「母親」はフィスチュラとなって...

私がフィスチュラのことを初めて聞いたのは、FGMの学習会でのことだった。FGMのことは何度か書いたことがあるけれど、女性性器切除と訳される行為で、今もアフリカなどで行われている(詳しくはこちら)。FGMを行なうことで起こる弊害のひとつとして、ろうこうがとりあげられていて、「膣と膀胱、膣と直腸の間に穴が開いてつながってしまう疾病」などと説明されていた。でも、そう聞いても、想像力の乏しい私には具体的にどんなものかはイメージできていなかった。それがどんなものなのかを実感させてくれるのは映像の力だなぁと思う。

穴があいているわけだから、自分の意思で糞尿(どちらか一方の場合もある)をコントロールすることができない。つまり意思とは関係なく、尿が勝手に流れてきたりするわけだから日常生活に不便があるのはもちろんで、肉体的につらい病気だ。しかし、ことはそれだけではない。そんな状態だから、生産的な作業にあまり関わることができない厄介者となるし、いつも異臭が漂うし、家族や地域社会の人たちから疎まれる。多くの場合、死産を経験しているわけで、それだけでもつらいのに、離婚となることもある(離婚したほうがよいと思われる場合もあるけれど)。外出もままならず(バスに乗るのは大変だ)、友達と過ごすこともできず、自分用の小さな小屋でひとりぼっちで過ごす日々...

そしてそんな日々を過ごしているのは10代の若い少女(年齢には幅があるが、早婚のため、10代初めに出産をしたりしている)だったりする。自分を無価値な存在と感じ、希望を持つこともできず、死を考えることもある...我が家の娘たちと同世代の少女たちがこんな思いをしているのだと思うと胸が痛くなる。

でも、フィスチュラは多くの場合、手術で治療可能なのだ。基本的に穴を縫えばいい。首都アジスアベバで、フィスチュラに悩む女性に無料で治療を行っている病院がある。その話を聞いた少女は一大決心をして出かけていく。幹線道路まで6時間、土の上を歩く彼女は裸足だ。そこからさらにバスに乗って17時間...ようやく着いた病院で、彼女は、この病気に悩んでいるのは自分だけではないこと、たくさんの仲間がいて、たくさんの人が治療に成功し、人生を取り戻していることを知る。

3度の手術をしても完治しない少女がいた。自暴自棄になる彼女に、スタッフは、バルブを使って穴を人工的に開け閉めすることを提案。これが功を奏して、彼女は尿をコントロールすることができるようになった。村に帰っても身寄りのない少女はここで働きたい、という意思を伝え、やがて孤児院で働くようになる。居場所を見つけた彼女が嬉々として働く姿を見て私もうれしくなった。なんといっても同業者だ(^^)。必要とされている、という充実感が人を生き生きさせる。

フィスチュラジャパンの解説 によれば、婚姻年齢を引き上げることが最大の予防になると考えられているという。映画では、誘拐されて結婚させられた、などの例も話されていた。10代初め、あるいはそれより早い結婚は、どう考えても本人の意思ではないだろう。本人が自分で望んだ結婚ができるようになっていくことを願う。そして、不幸にもフィスチュラになってしまった女性たちが、ひとりでも多く手術を受けて人生をやり直すことができるように、少しでも助けになることをしたいと思う。

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映画「チェ」Che Part one & Part two

ゲバラファンとして気になっていた「チェ 28歳の革命」と「チェ 39歳別れの手紙」を続けて見た。ゲバラのことは多少は知っていると思っていたけど、それでもあまりわかりやすい映画ではなかった(^^;)。特に1本目は、年代がしばしば前後するので、いっそうわかりにくいし、エンターテインメントとして楽しめる映画ではない。「モーターサイクルダイアリーズ」はゲバラのことをまったく知らない人が見ても楽しめるものだったけど、これはゲバラのことをまったく知らない人が見ても楽しめないと思う。それでも、完全に事実を再現したわけではなく、多少のフィクションは加えられているようなので(2本目のクレジットの最後にそういう断り書きが入っているのに気づいた)、どこまでが本当のことなのか、というのも気になるところ...ではあるものの、ほとんどは実話であるのだろう、と思うと、やっぱり素敵な人だったのだなぁと思った。監督もゲバラが好きでこの映画を作っているのだろうから、そういう作りになるのは当然なんだろうけど...。

革命家として、反革命分子には厳しかった、というような話を聞いたことがあるので、そういう話ももっと出るのかと思っていたが、そういう部分はあまり描かれていなかった。革命に勝利するためには武装闘争が必要、という考え方も私には理解しにくいところではある。ただし、キューバ革命を成功に導いたのは、確かに武装闘争だったのだろう。しかし、ボリビアでは成功しなかった。捕らえられて、「農民がお前のことを通告したのは、彼らがお前のことを嫌っていたのでは?」と問われ、「そうかもしれない。しかし、我々の闘争が失敗したことで、自分たちの状況に気付くかもしれない」と答えていたのが印象的だった。

「やっぱり素敵な人だなぁ」と思ったのは、(これは有名な話なのかもしれないけど)「革命家として一番大切な資質は?」という質問に(以下ちょっとネタバレ)

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映画「ホルテンさんのはじめての冒険」O' HORTEN

ホルテンさんはノルウェー、オスロの電車の運転士。電車の出てくる映画、ということで期待して見に行った。真白の雪原の中を進んでいく電車。山があるわけじゃないのに風除け(雪よけ)のために線路がところどころ覆われていて、トンネルを出たり入ったり。そんな景色を楽しく見ていたけど、電車はそれほど重要な要素じゃなかった。むしろ、パイプの好きな人のほうが楽しめるかも。映画はゆーっくりしたテンポで進んでいくので、せっかちな私にはちょっと...(^^;)。「冒険」っていう邦題はちょっと言いすぎじゃないかな。北欧の映画ってなんとなくそういうのんびりしたものが多い気がする...っていうほどたくさんは見てないけど。

以下、トリビア的なことで少し疑問に思ったことを書き留めておきます(ちょっとネタバレ)。

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ビデオ「星の流れる果て」Not without my daughter

ひと月ほど前のこと、休憩室のテレビに映った映像を見て、フィリピン出身のAが「大嫌いよ、この人たち」と言った。「誰なの?」と訊くと「イラン人よ」という。「どうしてイラン人が嫌いなの?」と訊くと、そんなこと訊かれるのは意外だ、というふうに、「イランってひどい国だもの、知ってるでしょ。」具体的にどうひどいのかを聞くと、少し考えて「イランでは女性はひどい扱いを受けてるのよ。そうそう、映画があったわ。サリー・フィールドが出てるやつで。イラン人と結婚してイランに行くんだけど、そこでだんなさんはだんだん暴力的になっていくの。彼女はアメリカに帰れなくなるのよ。」その場にいた白人のBも私たちの会話を聞いていて「私もその映画見たわ」と言う。実話だそうだ。というわけで、この映画を見ることにした。

ベティ(サリー・フィールド)はイラン人の夫ムーディ、娘のマータブとともに幸せな生活を送っていた。ムーディは医師だが、イラン人であることで職場でいやがらせを受けている。もう何年も故郷のイランに帰っていないムーディは、イランの家族からの強い「帰ってこいコール」を受けてベティを説得、2週間の休暇を家族でイランで過ごすことにする。テヘランの空港に降り立った彼らはムーディの家族から熱い歓迎を受けるが、時はイラン革命が起こったばかり。イスラムの戒律の適用が厳格化していて、外国人であるベティもチャドルを着用するようにいわれる。慣習の違いなどに息苦しさを感じていたベティは、帰国直前になってムーディから「もうアメリカには帰らない」と告げられる...。離婚すれば帰国は可能だが、その場合、子どもは夫のもとに残していかなければならない。イランの法律では子どもは夫のものになるからだ。娘と離れたくないベティはなんとかして娘と共に帰国の途を探ろうとするのだが...

これはベティ・マムーディという人の実際の体験をもとに書かれた本を映画化したものだ。映画化にあたってドラマチックな要素が加えられた部分があるにせよ(映画の最後にそういう断り書きが出ていた)、彼女が嘘をついているわけではないだろう。イランで密出国が見つかったら死刑、というのも本当なんだろうし、彼女が監禁されたり暴力を受けたのも事実なんだと思う。でも、だからイランはひどい国、と結論してしまえるだろうか。これは彼女の見たイランであって、彼女が知り得なかったこともたくさんあるのではないだろうか。

インターネットムービーデーターベースでは、「この映画は現代におけるナチのプロパガンダみたいなものだわ」という書き込みがあった。曰く、「この映画では、テヘランは路上で羊が鳴いている町として描かれているけど、1890年頃から後はテヘランに羊なんていたことはない。撮影されたのはイスラエルの田舎町で、人々に「イランが遅れた国である」という印象を持たせようとしている。役者のなかに誰一人イラン人はいなくて、誰もまともなペルシャ語を話していない。イラン人はいつも怒っているかのように描かれているけど、イラン人は基本的にあたたかい心の持ち主だし、とりわけ外国人に対しては親切だ。映画の中で言及されているイラン人の慣習についても、そんなのは聞いたことがない。確かにイランの女性はスカーフやマントをつけなければいけない、などの決まりがあって、それは人権を侵害していることだと思う。公的な立場においては男性と同等の扱いをうけていない。しかし、家の中のことに関して責任を持っているのは女性であり、他のどの国よりも強力な権利を持っている。公の場と現実の人々の生活とを分けて考えなくてはならない。結局この映画は、イランに対して間違った印象を作り出しているのだ。そして、それに気付いていない、ということが最悪だ。」...

映画はテンポよく進んでいくし、少し前の私だったら、映画が実話に基づいているということで、映画の内容を無批判に信じていただろう。そして、映画を現実だと思い、イランはひどい国、という印象を持っているアメリカ人は少なくないのだ...「この映画を見たよ」とBに話したときのBの反応からそう感じた。このことについてはまた近いうちに書きたいと思う。

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映画「シリアの花嫁」

「もう二度と帰れない。それでも私はこの境界を超える。」-このキャッチコピーを見て、花嫁はそれほど深く相手を愛しているのかと思ったら、彼女が嫁ぐのは実際には会ったことのない相手なのだ。

舞台はゴラン高原にある村。ゴラン高原はもともとシリア領だったが、1967年の第三次中東戦争でイスラエルが占領し、1981年には一方的にイスラエルに併合してしまった。というわけで、ゴラン高原に住んでいた人たちはイスラエル国籍を取得できるわけだ(ユダヤ教徒でなくてもいいんだろうか?イスラエルはこの人たちを追い出しはしなかったんだろうか?)が、自分たちはシリア人である、と思っている(事実そうである)人たちはイスラエル国籍を取ろうとはしない。というわけで、彼らは無国籍となった。花嫁のモナも無国籍だが、シリアに住んでいる男との縁談がととのったのでシリアに行くことになった。いったんシリア人と結婚するとシリア国籍を取得することになり、イスラエル領である(と言っているのはイスラエルだけで国際的には認められていない)ゴラン高原には二度と帰れない。イスラエルとシリアには国交がないからだ。それなのに何故会ったこともない相手のところへ嫁いでいこうとするのか、というのは、私たちには理解しにくいことだけど、パンフレットで臼杵陽さんが解説しているところによれば、それはこの人たちがシリア人であるという民族意識を持っているから、というのがひとつ、また、アラブ社会では親戚同士で結婚するという慣習が残っているから、というのがひとつ。花婿のタレルは人気タレントで、モナもテレビでは見たことがあり、おそらく好感は持っていたのだろう。

何にせよ結婚はめでたいことだ。というわけで、妹の結婚式のために、外国へ行っていた兄弟たちも戻ってくる。ロシア人と結婚したために(同じ宗教の相手ではないため)勘当された長男。イタリアで商売をしている二男。家族は彼らを大喜びで迎える-が、父親は長男を許そうとはしない。その父親は親シリア派のため当局からにらまれているし、モナの姉は夫との間に問題を抱えているし...と問題山積みの家族。重苦しい話になりそうな状況だが、結構随所に笑いがはさまる展開で、暗くならないのだ。

暗くならないのはやはり人間のあたたかさが描かれているからだろう(暗い映画はダメだというのではないが)。家族を隔てている壁の存在はもちろん非人間的な状況だし、ばかばかしい規則にふりまわされるのもそうだ。でも壁を作ったのも規則を作ったのも人間で、人間がそれにふりまわされるのではなく、人間がそれをコントロールすることができるはずなのだ。

シリア社会の事情が私にはよくわからない部分はあったものの、とても好きな映画だった。
個人的には長男のロシア人のお嫁さんに特に好感を持った。一所懸命片言のアラビア語を覚えてコミュニケーションをはかろうとする。そこの社会のやり方を尊重しようという姿勢が感じられて。でも、必要なときには自分の医師としてのスキルを活かせる。長男は自分の意思で結婚したし、二男も女性に対して積極的にアプローチするタイプで、必ずしも伝統的な結婚方法に従わない例が出てきていることがわかる。
結末は...とにかく印象的だ(^^)。

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ビデオ「アマロ神父の罪」 El crimen del Padre Amaro

神父は女性と個人的な愛情関係を持つことが許されないのに人を愛してしまったことに苦悩する、ということなのかと思ったら、本当に罪な神父の話だった。でも、確かに神父であるがゆえの悩みだった、という面はあるのかもしれない。

メキシコの小さな村に赴任してきた若き神父アマロ(ガエル・ガルシア・ベルナル)。神父として人々の役にたちたいという希望に燃えた彼は、ベニト神父のもとで修業することになるが、ベニト神父が愛人を持っていること、麻薬組織とつながりがあること、などに気付いていく。やがて彼自身も教会の熱心な信者である少女と恋におちて...

登場人物ひとりひとりに存在感があっておもしろかった。DVDでは、カルロス・カレラ監督とガエル・ガルシア・ベルナルが映画を見ながらその場面の思い出などを話していて、これがまた興味深いものだった。カトリックの神父は妻帯することを許されていないのだが、かつては許されていた。ところが、教会の財産を子どもが継承する、ということになると、子どもにその気がない場合、めんどうなことになる。そのため、神父の妻帯が禁止されたのだ、とガエルが話せば、監督は「いや、神父は神にのみ仕えるべきだ、と考える人もいるよ。純潔を大事だと考える人もいる」と返し、でも、実際は経済的な理由のほうが精神的な理由よりも重要だったのだ、という話になったり、メキシコでは神父が愛人を持つのは公然の秘密だ、などという事情が語られたり、それについてどう思うか、などが話されたり。さらに麻薬組織の金でも病院建設などの良い目的に使えばいいのか、という問題や、教会の圧力ゆえ真実を書けない新聞の話や...。また、「へぇ、このカットはそういう思いで撮っていたのか」とかなどもわかっておもしろい。

結局(以下完全ネタバレ)

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映画「旭山動物園物語」

楽しい映画だった。入場者数が減り続け、廃園の危機に瀕した動物園がどうやって再生を図っていったのか、という話。仕事が好きな人、というか、一所懸命やってしまう人の話は楽しい。動物の世話をしているうちに、わが子のような愛情を感じていく、というのはわかる気がする。飼育係を演じていた長門博之とか柄本明とかがとてもよかった。最後はちょっと演出過剰気味な感じがしたけど...これが実話っていうのが(すべてのエピソードがそうなのかな?)またすごいな(^^)。

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映画「そして、私たちは愛に帰る」Auf der anderen Seite

カンヌ映画祭で脚本賞を取ったということ、そして私の好きな国トルコが絡んだ映画、ということで期待して見に行った。私の場合、映画はやっぱりストーリーが一番のポイントかなぁと思うので。

で、脚本賞については??と思った(ちょっと安易に思えてしまう部分があって)けど、確かに飽きさせない展開だった。ドイツに住む、トルコからの移民の人たちの物語。大学教授をしている人もいれば、娼婦をしている人もいる。あるいはトルコで反体制運動をしていて、ドイツに逃れてきた人。トルコで反体制運動があるんだなぁ、と思った。人権が抑圧されているような状況があるようだ.....私にとって、とても印象のいい国だったトルコだけど、やっぱり短期間の旅行では見えなかったものがたくさんあるんだろう。そういえば、クルド人とトルコ人の関係はややこしそうだったものな。

トルコ出身の娼婦に、「金を払うから一緒に暮らしてくれ」と頼んだトルコ人アリを演じていたトゥンジェル・クルティズという人が、いかにも「人の好いトルコのおじいちゃん」という感じがでていてよかった。

安易に思えた展開というのは(以下完全ネタバレ)

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ビデオ「バスを待ちながら」Lista de espera

キューバの田舎町のバス停で、バスを待つ人たちの話。バスはなかなか来ないし、来ても空席はほとんどないし。誰しも早く目的地に着きたいわけで、みんなイライラ。身体障害者は優先的に乗せられるべきだ、とか、小さい子どもを連れた私が先よ、とか。。。

キューバでは一日だけハバナの郊外に出かけただけで、あんな大きなバス停は見なかったな。でも、バス停や郵便局の前でたくさんの人が並んでいるのは見かけた。空席...だなんて、バスはぎゅうぎゅう詰めで、立っている人もたくさんいたと思うけど、さすがに長距離バスではそういうわけにいかないんだろう。

この映画がいいと言う人がたくさんいたので、もう2年くらい、ずっと見たいと思っていたのだけど、日本ではDVDが発売されていなくて。で、先月「シネフィルイマジカ」というチャンネルで放送されることを知った。うちではそのチャンネルは見られないのだが、それを見られる友人に頼んで録画してもらい、ようやく見ることができた(^^)。

確かに楽しい映画だ。でも、途中で、え?と思って、しばらくして...あ、そうだったの...!という感じになった(^^;)。私はきっとこういう場面で、なんとか目的地に着く方法を探そうとするタイプだろう(^^;)から、この映画がすんなりと入ってこない面があるのかも。

(以下完全ネタバレ)

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ビデオ「ダークナイト」Dark Knight

すごく評判がよかったので期待しすぎていたせいか、そこまでは楽しめなかった。私にはどうもよくわからないところがあって(^^;)...私はバットマンシリーズを見たことがなかったんだけど、もし見ていたら、もう少しよくわかったかもしれないけど。

でも、ひとつ、すごく印象的な場面があった。(以下完全ネタバレなので、見ていない人が読むと映画を見る楽しみが激減します。)


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マイベスト映画2008(日本映画編)

今年は2008年度日本インターネット映画大賞(日本映画)にも投票。

[作品賞投票ルール(抄)]

 ・選出作品は5本以上10本まで
 ・持ち点合計は30点
 ・1作品に投票できる最大は10点まで

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『 日本映画用投票フォーマット 』

【作品賞】(5本以上10本まで)
  「花はどこへいった」9点
  「バックドロップ・クルディスタン」7点
  「パレスチナ1948 NAKBA」7点
  「ブタがいた教室」4点
  「闇の子供たち」3点
【コメント】
日本映画編に投票するのは初めて。2008年にスクリーンで見た邦画(2007年末~2008年公開作品)は10本。DVDなどで見たものを含めても15本、と少ない(とはいえ、私にすれば多いほう)けど、好きな映画があったので投票したいと思う。評判のよかった「歩いても歩いても」「おくりびと」「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」などを見ていないので、もし見ていたら作品賞の点数配分やそのほかの賞も違っていたかもしれない。

上位3作品が全部ドキュメンタリーで、どの人もこれが初の監督作品だ。でも、それだけに作品に対する思い入れの強さが感じられる。「花はどこへいった」の坂田雅子さんは、ご主人の死をきっかけに枯葉剤についての映画を作ろうと決意し、ドキュメンタリー映画制作を学ばれたということだから、なんでもいいから映画を撮りたかったのではなく、この映画を撮りたかったのだ。ドキュメンタリーというと、伝えたいことがあって「教育的」になりがちな場合があり(「不都合な真実」みたいに)、そうするとなんだか見ている側は眠くなってしまったりするのだけど、「花はどこへいった」も「バックドロップ・クルディスタン」も、監督自身の「なぜ?」という疑問から出発しているから、見ている側と目の高さが同じで、とてもとっつきやすい。監督の感じている疑問や思いがすっとこちらに入ってくる。「ナクバ」は他の2作品よりは「伝えたい」という思いが強いけど、これももともとは監督の広河さんがイスラエルで瓦礫を見て疑問を持たれたことが出発点だ。一般的な疑問より個人的な疑問から出発したほうがおもしろいドキュメンタリーになる気がする。
「ブタがいた教室」は子どもの力のすごさを感じた。

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【監督賞】     作品名
   [坂田雅子] (「花はどこへいった」)
【コメント】
作品賞に書いた5作品のうち3つのドキュメンタリー作品については、どの人も監督賞に値すると思うけど、「花はどこへいった」が私は一番好きだったので。ご主人の死をこういう形で昇華されたこともえらいなぁと思う。
【主演男優賞】
   [藤田まこと] (「明日への遺言」)
【コメント】
ドラマをあまり見ていないので、ここから先はむずかしい(^^;)...藤田まことさんの役どころはちょっと美化されすぎている感じはするけど、確かにこういう日本人軍人がいたんだろうなぁという気がする。
【主演女優賞】
   [宮崎あおい] (「闇の子供たち」)
【コメント】
この映画、女優としてはこの人が主演...ということにしていいのかな。生硬な正義感に突き動かされて行動し、全体を見ることができない。そんな、生真面目で心優しく不器用な若い女性-という役柄にぴったりはまっていました。
【助演男優賞】
   [西田敏行] (「ザ・マジックアワー」)
【コメント】
やっぱりベテランの味...でしょうか。
【助演女優賞】
   [原田美枝子] (「ブタがいた教室」)
【コメント】
こういう校長先生がいるといいなぁ、と(^^)。
【新人賞】
   [溝端淳平] (「DIVE!!ダイブ」)
【コメント】
「ダイブ!」に出てきた3人の男の子の中で一番余裕をもって見ていられた。恋人との会話で目を赤くした場面には、思わずこちらもじわっとしてしまいました。
【音楽賞】
  「該当なし」
【コメント】
「花はどこへいった」の冒頭の歌に惹きつけられたけど、音楽賞とまではいかないかな。なにぶん、見ている作品が少ないので(^^;)...。
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 この内容(以下の投票を含む)をWEBに転載することに同意する。
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マイベスト映画2008(外国映画編)

2008年度日本インターネット映画大賞(外国映画部門)に投票。

[作品賞投票ルール(抄)]

・選出作品は5本以上10本まで
 ・持ち点合計は30点
 ・1作品に投票できる最大は10点まで

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『 外国映画用投票フォーマット 』

【作品賞】(5本以上10本まで)
  「今夜、列車は走る」 6点
  「君のためなら千回でも」 6点
  「イントゥ・ザ・ワイルド」 5点
  「光州5・18」 5点
  「ファーストフード・ネイション」 4点
  「リダクテッド 真実の価値」 4点
【コメント】
2008年にスクリーンで見た外国映画(2007年末から2008年公開作品)は約30本。DVDや機内で見たものなども含めると50本強。で、スクリーンで見たものの中から印象に残ったものを選んだ。
「今夜、列車は走る」は1990年代のアルゼンチンが舞台だけど、今の日本の状況にも通じるものがある。封切りの時に見て、レイバー映画祭でも最後のほうを見たから、よけい印象に残っているのかもしれない。希望の感じられるラストが好きだ(^^)。
DVDで見た「潜水服は蝶の夢を見る」「ペルセポリス」「僕のピアノコンチェルト」などもおもしろかった。
ちまたで評判のよかった「ダークナイト」やケン・ローチ監督の「この自由な世界で」を見ていないので、もし見ていたらここに登場したかな?たぶん変わらないような気がするけど、これから見るのが楽しみ。
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【監督賞】              作品名
   [ジュリー・テイモア] (「アクロス・ザ・ユニバース」)
【コメント】
作品賞のところに書いた作品はみんなおもしろかったので、どの監督も監督賞に値すると思うけど、ひとりを選べない。で、「アクロス・ザ・ユニバース」については、本当にこの監督の創造性が豊かに発揮されていて、他の作品とは異色だと思うので。
【主演男優賞】
   [ダニエル・デイ・ルイス] (「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」)
【コメント】
「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」は好きな映画というのではなかったけど、なんか凄さを感じる映画だった。で、やっぱりダニエル・デイ・ルイスの存在感は圧倒的だ。「潜水服は蝶の夢を見る」のマチュー・アマルリックもすごいと思ったので、できるものならふたりに送りたい。
【主演女優賞】
   [マリアンヌ・フェイスフル] (「やわらかい手」)
【コメント】
2008年に見た映画で印象に残る作品は男性が活躍するものが多かった。女性の活躍した映画ということで思い出したのがこの作品。自分を卑下していた主人公が次第に誇りを持つようになっていく、そういう心の動きがよく伝わってきた。
【助演男優賞】
   [パク・チョルミン] (「光州5・18」)
【コメント】
あの、重い内容を含んだ映画の中でこの人のおちゃらけたキャラが普通の生活を感じさせてくれてよかった。そんな人も戦わざるをえなかったんだな、と。
【助演女優賞】
   [イ・ヨウォン] (「光州5・18」)
【コメント】
この人の演じていた役柄が好きなのかもしれない。普通の市民が戦いに巻き込まれていくときのどうしようもなさや悲しみや狼狽や...ぐちゃぐちゃした気持ちがよく伝わってきた。
【新人賞】
   [ジム・スタージェス] (「アクロス・ザ・ユニバース」)
【コメント】
この人は「アクロス・ザ・ユニバース」のオーディションでジュード役を手に入れたそうだけど、歌はうまいし、ハンサムだし(^^)。「ラスベガスをぶっつぶせ」の天才青年役もよかった。
【音楽賞】
  「アクロス・ザ・ユニバース」
【コメント】
ビートルズはやっぱり美しい曲が多いなぁ、と再認識させてくれた。オリジナルではなく、他の人が歌うのもいいものだなぁと思う。
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【勝手にナイスカップル賞】
   [グレン・ハンサード&マルケタ・イルグロヴァ] (「ONCE ダブリンの街角で」)
【コメント】
この作品はDVDで見た。なんとも煮え切らないというか、中途半端な感じなんだけど、妙にしっくりくるものがあった。「ナイスカップル賞」というのは、この映画の場合、あまり適切なネーミングじゃないと思うけど、ふたりとも魅力的なキャラクターだったので何か賞を贈りたい(^^)。
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 この内容(以上の投票を含む)をWEBに転載することに同意する。
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映画「アクロス・ザ・ユニバース」

ビートルズの歌を33曲つなげて作ったミュージカル映画。歌詞がストーリーにうまくはまっていて、たとえば「ストロベリーフィールズ」ってもともとそういう含意のある歌なのかと思ってしまった。ビートルズの歌は結構聴いたけど、大部分は歌詞よりも音を聞いているだけだったりする(^^;)から、歌詞を知って「ああ、そんな歌だったの」と(^^;)。で、やっぱりビートルズには美しい曲が多いなぁ、と、音楽も、映像も、ストーリーも楽しめた。映画ってアートになるんだ(^^)。

主人公ジュード役のジム・スタージェスが"Girl"を歌うところから始まる。この人、歌、うまいなぁ(^^)。で、ジュードの下宿先の大家さんとなるセディ役のディナ・ヒュークスという人がまためちゃくちゃうまい、と思ったら、もともとミュージシャンだったのだと知って納得。

ニューヨークにはいつか行ってみたい。

一番、好きだったシーンは(以下ネタバレ)

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映画「休暇」

刑務所で看守をしている平井は、見合いをした子連れの女性と、近々結婚することになっていた。彼の勤務する刑務所には金田という死刑囚がいた。ある日、刑が執行されることが決まる。死刑に際して落ちてくる死刑囚の体を下で支える役をすれば、一週間の特別休暇が与えられる。父親が亡くなったとき(だったかな)に有休を使いはたしていた平井は新婚旅行には行けないと思っていたのだが、その話を聞いて、自ら支え役を志願する...

会話の少ない淡々とした映画で、作り手の思想とか主張とかが前に出てくることがない。でも私の思ったことは、やっぱり、死刑はいやだなぁということだった。死刑囚の金田はいったいどんな罪を犯したのか具体的に描かれていないけど、死刑となるからには相当のことをしたのだろう。しかし、今の生活態度からは悪人という感じがしない。それでも法務大臣が刑の執行を命じる書類にハンコを押したらそれを実行するしかない。刑務官と囚人との間には心の交流というようなものはほとんどないのだが、それでも、刑務官たちも、金田はそんなに悪いやつじゃない、と感じていて、仕事とはいえ、その刑の執行にかかわることには抵抗を感じているのだ。

あと、刑の執行は、本人には事前にまったく知らされない、というのにもびっくりした。アメリカの映画などでは、最後の食事で食べたいものの希望を聞いてもらったりするような場面があったような気がしたけど、日本ではまったくそんなことがないのだ。いきなり「今から刑を執行する。遺書を書け」と言われても...

命の長さを他人が勝手に決めることはできないのだと思う。

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ビデオ「エイプリルの七面鳥」Pieces of April

好きな作品だった。
エイプリルは家族との折り合いが悪く、現在はニューヨークで恋人のボビーと暮らしているが、母親が末期ガンだと知り、感謝祭に母の好きな七面鳥を焼いてもてなそうと家族を招待する。
何年も音信不通だった娘からの突然の招待。しかもエイプリルは料理なんてしたこともない。招待を受けた家族のほうもとまどいながら一応出かけていくのだが、車では長い道のりだ。車中でも、エイプリルに関してはいい思い出なんか浮かばない...ドラッグとか放火とか...(^^;)
一方のエイプリルは慣れない料理に奮闘...するものの、なんとオーブンが故障している。ふだんつきあいのないアパートの住人の家をまわってオーブンを貸してくれるところを探そうとするのだが...。

アパートの住人がユニークな人たちで楽しい。一難去ってまた一難...というのがコメディタッチで描かれ、思わず笑ってしまうんだけど、エイプリルの一所懸命な気持ちとか、そういうエイプリルを助けようとする人たちの優しさとかが、見ていて心地よい。

コミュニケーションというのは言葉だけでするものではないんだなぁと改めて思った。それと、一歩踏み出す勇気の大切さ。エイプリルが折り合いの悪かった家族を招待するのには相当な決心が必要だっただろう。そしてつきあいのないアパートの住人にあつかましい頼みごとをするのも。でも、その一歩を踏み出して、何かが生まれる(^^)。

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映画「リダクテッド」

2006年、イラクで実際に起きた、米軍兵士による14歳の少女に対するレイプとその家族殺害事件をもとに作られたフィクション。米軍兵士によって撮影されたビデオが中心、という設定で、ドキュメンタリー風に撮られている。兵士たちの語り口調が自然な感じで、最初に「これは事実に基づいたフィクションである」というテロップが流れるのだけど、それがなければドキュメンタリーなのかと思ってしまいそうだ。

初めのほう、兵士たちが検問所の任務についているあたりの描写を見ていてどうも眠くなり、「なんか勢い込んで作っているけど空回りかな」と感じていたのだが、後でパンフレットを読んで、それも監督の狙いだったのだとわかった。兵士たちの退屈な日常...。自分のしていることは役にたっているのか...。そしてこの任務はいつ終わるのかもわからない...。兵士たちの退屈で鬱屈した気分を観客も感じることになるわけだ。

しばらく前、DVDで、この映画の監督であるブライアン・デ・パルマが1989年に撮った「カジュアリティーズ」を見た。これは、ベトナム戦争での兵士による少女に対する暴行事件を描いていて、やはり現実にあったこと(1969年)をもとにしている。40年近くたっても、同じ過ちが繰り返されているのだ。

「カジュアリティーズ」では、マイケル・J・フォックスとかショーン・ペンとか、大物が出演しているので「映画」であることを見間違えようがないけど、「リダクテッド」には大物俳優は出てこないし、「素人が撮影しました」風の画面が現実感を感じさせる。「映画学校に入りたい」という願いを持つ兵士が、イラクに駐屯している兵士たちの生活を撮影している、という設定で、不自然さを感じる場面がないわけではない(たとえば人を殺してしまった兵士に対してあんな質問はしないだろう、とか)けど、イラクの米軍駐屯地の雰囲気はある程度わかる。そして戦争という状況において、人間らしい判断ができなくなっていく人が生まれてくる過程も...

「リダクテッド」のもとになった事件について、アメリカではあまり報道されていないらしい。ベトナム戦争の時と比べて、情報が当局の監視下に置かれ、残虐な映像やアメリカ人が聞きたくないような事柄は報道されない。人々のもとに届けられるのはリダクト(編集)された映像ばかり。アメリカの人たちは、イラクで何が起こっているのかを知らなければならない、と、監督はこの映画を作ったのだろう。監督の思いがアメリカの人たちに届くといいのだけど。

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映画「ブタがいた教室」

小学6年生の担任になった新任の先生が教室にブタを連れてきて、「このブタをみんなで育てて最後には食べたいと思うがどうか?」という提案をする。子ども達は「おもしろそう」と賛成するが、世話をするうちに、とてもPちゃん(ブタの名前)を食べることはできないと感じ始める...

卒業を前にして、Pちゃんの処遇をどうするかについて子ども達が意見を戦わせるのだけど、子ども達が一所懸命に考えている姿を見ていて何度も涙が出てきてしまった。子ども達の討論の部分は台本がなく、子ども達自身の言葉で語られたものだそうだけど、はっとするような言葉があって、子どもの力のすごさを感じた。生き物を食べるというのはどういうことなのか。子ども達はこの授業を通して多くのことを感じとっただろう。

見ていてうらやましいと思ったのは、こういう校長先生のいる学校で仕事ができること。新任の先生の試みを「親を納得させられるのか、近隣に迷惑をかけることはないか、大変な授業をやりとげる覚悟はあるのか」などの点を確認したうえで、先生を信頼してやらせてみる。保護者から苦情が来たときの対応もよかったな。保護者の意見に右往左往する管理職が多いなか、自分のビジョンをしっかり持っている管理職は頼もしい。この校長先生が原田美枝子だということに最後のクレジットが出るまで気づかなかった。校長先生にしては若い、と思ったけど、原田美枝子なら校長先生になれそうな年齢だ。でもその年齢を感じさせないくらい今もきれいで、で、性格的にやわらかさのある役柄だったので、原田美枝子だとはわからなかった。私には彼女はなんとなくとんがったイメージ(いい意味で)があったので。

で、その新任の星先生(妻夫木聡)は校長先生の期待に応えたかというと...うーん、新任で経験が浅いから仕方のないところがあるとはいえ、しっかり覚悟を持って授業を展開した、とはいえない部分があるだろう。子どもとともに学ぶ、とか、子ども達に考えさせる、というのは大切だけど、教師としてはやはりある程度結果を予測しておく必要があるし、なりゆきまかせ(というのは言いすぎだろうけど)にするのは無責任だと思う。でも、私は、この先生の試みは意味があったと思う。子ども達にとって強烈な印象を残した授業だったと思うし、子どもはいっぱい楽しんでいっぱい考えていっぱい学んだに違いないから。

はっとさせられた言葉は(以下完全ネタバレなので見ていない人は読まないほうがいいと思います)

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ビデオ「僕と未来とブエノスアイレス」El Abrazo Partido

スペイン語に耳を慣らすため、いくつかスペイン語の映画をディスカスの予約リストに入れていたうちのひとつ。そんな理由で選んだので、内容もほとんど知らなかったのだけど、なかなか私好みだった(^^)。

僕(アリエル)はブエノスアイレスのガレリア(商店街)に住んでいる。商店街には、イタリア系、韓国系、リトアニア出身...など、いろんな人が住んでいる。僕の父はユダヤ人で、僕が生まれてすぐイスラエルに戦争に行ってしまった。毎月、養育費を送ってきて、電話をかけてくるけど、その後、会ったことはない。そして、僕は祖父の国ポーランドへの移住を計画中だ...

小さなエピソードの積み重ねで、話は淡々と進む(そしてちょっとだけドラマチックな展開がある)のだが、普通の(?)人々の日常生活を見られるのが楽しい(だから、起承転結のはっきりした感動的な筋書きが好きな人にはあまりおもしろくないかも)。主人公のアリエルがいまいちさえない感じ(^^;)なのにも親しみがもてる。

原題の意味は「引き裂かれた抱擁」(こちらのブログを参考にしました)。英語のタイトルは Lost Embrace となっている。やっぱりそれが中心テーマなのだろうから、邦題にそれが全然反映されていないのはちょっと残念かな。でも、ブエノスアイレスっていう言葉がなかったらスペイン語の映画だとも思わなかったかもしれないし、この邦題で成功しているのかも。

大雑把に言って、男性陣がさえない感じなのに対して、女性陣はしたたかに生きている、という感じ(^^)。アリエルの母親がそうだし、インターネットショップのリタも、アリエルの昔の恋人も、アリエルのおばあちゃんも。

これと同時に借りていたのが「パリ、恋人たちの2日間」で、これも私にはなかなかおもしろかった(結末以外は)のだけど、この映画の女主人公マリオンとアリエルの母親が恐れていたことが同じ、というのが興味深かった。それは(以下ネタバレ)

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映画「女工哀歌」China Blue

世界の人々がふだんはいているジーンズを作っている中国の人たちの話。ドキュメンタリーだけど、ちょっと脚本があるのかな、というような印象。

注文主は先進国の小売業者。消費者に安くて良い品を提供するために、中国の工場の製品を買いたたく。そのため、工場で働いている人たちは低賃金の長時間労働をしなければならない。納期に間に合わせるために、夜中の2時3時まで働いて、しかも給料日に給料が支払われなかったり...。見ていて、え、中国って社会主義の国じゃなかったんだっけ?と混乱してしまった。

でも、映画は、労働者の悲惨な生活ばかりを描いているわけじゃない。仲間うちで踊ったり、恋をしたり、将来の夢を語ったり...田舎に帰省した娘を迎える家族のうれしそうな様子が描かれていたり...。

故郷の家族に見せるために、きれいな衣装を着て写真を撮る少女たちを見て涙が出てきてしまった。家族にはつらい生活のことを話さないのだ。「この仕事があって幸せなのかもしれない」と言う。

私もやはり安くて良い物を歓迎するけど、でも、「どうしてこれがこんなに安くできるのか」ということについてもっと考えるべきなんだろうな...中国の人たちがそんなひどい労働環境で働かなければならないのは、そういう私たちのせいなのだから...

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映画「アメリカン・ティーン」

インディアナ州の実在の高校で高校3年生の日常を追ったドキュメンタリー...ということだけど、ドキュメンタリー?と思ってしまうほどドラマチックな感じだった。同じく高校生の日常を扱った「明日、君がいない」という作品を思い出した。あれはオーストラリアの作品で、フィクションだった(実体験に基づいているようではある)けど、この「アメリカン・ティーン」もフィクションだと言われれば納得してしまいそう。カメラの前だというのに緊張した感じがあまりないし、学校だけでなく、かなりプライベートな生活が撮られているので、よっぽどこの監督と生徒たちとの間に信頼関係が築かれていたのか...。

裕福な家庭に育ち、名門大学への進学をめざすメーガン、映画監督になって人の心に残る作品を作りたいと願うハンナ、得意なバスケットボールで大学への奨学金を得ようとするコーリン、同じくバスケ部で女の子にもてもてのミッチ、なんとしても彼女を作りたいゲームおたくのジェイク。主に撮られているのはこの5人で、物質的には恵まれた暮らしをし、遅くまで友だちの家で遊びまくって、ちゃらんぽらんなように見えるアメリカの高校生たちが、悩んだり、プレッシャーにおしつぶされそうになったり、鬱になったり...と、もがき苦しむ姿が描かれている。

アメリカの高校生は日本の高校生よりも大人びた印象だ。日本の大学生という感じ。親と一緒に暮らしてはいるけれど、与えられている自由と責任が日本の高校生より大きいように見える。もっとも、子どもを一人前あつかいできない親もいて、たとえば、ハンナの親がハンナがカリフォルニアの大学に進学することに反対していたけど、私にはその気持ちがわかる。我が家の大学生、高校生が親元を離れてひとりで生活するなんて考えられない...って、これはそういう私に問題があるのかもしれないけど(^^;)。でも、その親に対してハンナが言っていたセリフがよかったな。がんばれ!と言いたくなる。他の子ども達も...いい加減なように見えて、それぞれ一所懸命に毎日を送っているんだなぁと思う。ただ、すごくいやな場面もあった。見ていてムカムカするような。そういうところをカメラに撮られていることを意識していないのか、自分たちは大したことじゃないと思っているのか...。

ドラマチックといっても、もちろん筋書きのあるドラマではなく、高校生たちの日常を切り取っただけの作品だけど、ひとりひとりの人生ってドラマなんだって、そんなことを思った。

すごくいやだったのは(以下、ネタバレ)

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レイバー映画祭2008

レイバー映画祭へ。「蟹工船」「今夜、列車は走る」「人らしく生きようー国労冬物語」「私たちは風の中に立つー韓国・トンイル紡織労組のたたかい」のほか、短編数本、という豪華なラインナップ(しかも、それぞれ制作関係者などによる一言つき)で、当日一般1500円というお得価格(^^)。レイバー映画祭にふさわしく、どれも団結の力を感じさせる作品だった。「蟹工船」は古い映画なので音が割れて聞き取りにくく、ちょっとわかりにくかったけど、労働者の怒りとか気迫とかは十分に伝わってきた。時代や国が違っても、資本家はいつも自分たちの儲けをいかに多くするかが最重要課題で、労働者に対してひどい扱いをしてきた、というのが共通している。

父親が国鉄職員だったのにもかかわらず、私は国労闘争のことをよく知らなかったのだなぁと恥ずかしくなった。分割民営化に際して解雇され、長年復職闘争を闘ってこられた元運転士の方が、もう一度列車を運転したい、とおっしゃっていたのが胸にしみた。辞める時、最後に運転をするときには、仲間に花をもらって、ってそういうのが慣習になっていたから、自分もそういうふうにやめたかった、と。

韓国の労働運動を扱った作品では、女性の強さ、というのを感じた。国労の人も、この韓国の労働運動を闘っている人も、不当解雇により大変な思いをされてきたのだけど、闘いを通して、仲間との強い絆を築いてこられた。苦しい生活を強いられながら、自分たちの正しさに自信を持ち、信頼できる仲間を得ることができた、という点で、重苦しさだけではない、運動のポジティブな面が描かれていたのもよかったと思う。

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ビデオ「39 刑法第39条」

刑法第39条とは、「心神喪失者の行為は、罰しない。心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」というもの...だということを知ったのは、ビデオを見てからだけど。で、このことは私がずっと疑問に思っていることなので、話の切り口はおもしろかった。

ただ、日本語の映画とかドラマとかは、どうしても「芝居」だなぁと感じてしまってさめてしまうことがある。外国語だと、不自然な物言いだとしても私にはわからないわけだけど...。また、日本語でも、三谷幸喜監督の作品とかだと、明らかに芝居とわかっているので、それはそれで楽しめるんだけど...。

心神喪失の人は殺人を犯したとしても罰せられないのか。心神喪失者には責任能力がないから罰せられないんだ、というけれど、社会で暮らしている以上、自分のとった行動の責任はとるべきなんじゃないだろうか。もし、誰かに無理やり(あるいは知らないうちに)薬物を飲まされたり、催眠術にかけられたりして、犯罪行為を犯してしまった、という場合なら、その人に責任がない、というのはわかる。罰せられるべきは、薬物を飲ませたり催眠術を用いて、他人に犯罪行為を行わせた人ということになるだろう。でも、心神喪失者であったとしても、ふだん行動を制約されることなく普通に暮らしているのなら、犯罪を犯した場合は罰せられるべきだと思う。犯罪を犯す人は、基本的に、正常な判断能力を失っているわけで、「正常な判断能力がない」ことが罰を免れる口実にはならないと思うんだけど...どなたか、刑法第39条の存在意義について、私が納得できるような説明をしていただけないでしょうか...。あるいは、「うん、やっぱり、刑法第39条はおかしい」という意見も歓迎します。

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映画「イントゥ・ザ・ワイルド」

大学を優秀な成績で卒業した若者(クリス・マッカンドレス)が、物質至上主義社会と両親への反発から、誰にも告げずに旅に出る。自然と一体化した暮らしがしたいと、お金も持たずに「食べられる植物」というような本を持って。しばらく農場で働いてそのお金でライフルを手に入れ、獣の捌き方や燻製の仕方も教えてもらった。電話とかコンピューターとか、そういう文明の利器を使うことなく、自分の頭と体を使って自然を相手に生きる。人間よりも自然とともにありたい。

映画を見ながら、私にはできない生活だなぁと思ってしまった。ほんの2週間旅行に行くにも携帯電話を手放せない。水道の水漏れが直せなくて業者に来てもらう。車を定期点検に出す。車もコンピューターも、自分の使っている道具の仕組みをわかっていなくて、自分の生活を維持するために、たくさんの人の力を借りなくてはならない。荒野でひとりで暮らすなんて耐えられない。

彼は人間嫌いというわけじゃない。旅の途中で出会う人たちと、温かな人間関係を築いている。残った学資を貧しい人に寄付するような優しい心の持ち主だし、教育もあり、不躾でもない。でも、物質主義に毒された社会、くだらない法律(ルール)の支配する社会に我慢できず、究極の自由を求めた。アラスカの大地で彼はそれを得た、と思った。幸せだった。

彼の行動は青臭い。両親に告げずに勝手に放浪の旅に出てしまうという行為は、親の立場からは許せない。彼がどんなに両親を嫌っていたのだとしても。でも、彼の純粋さは魅力的だ。そして、彼が旅した場所の景色も本当に魅力的で、アメリカにはすごい自然がたくさんあるんだなぁと思う。彼がメキシコからロサンゼルスにもどってきたとき、街の風景がなんと貧しく見えたことか。聳え立つ立派なビル、そしてそこからはじきだされた人々。大自然のなかではそんなことがない。自然は人をそんなふうに区別しないのだ。

撮影監督が「モーターサイクルダイアリーズ」を撮った人(エリック・ゴーティエ)だと知って、納得。撮っている人がこの風景に感動していることがわかるというか...。また、この彼が実在の人だったのだと知ってびっくり。日記などが本当に残されていたのだろうか。映画の最後は創作だろうけど、実際に彼があんなふうに感じていたのならよかったなぁと思う。

心に残ったのは(以下ネタバレなので、見ていない人は読まないほうがいいと思います)

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映画「闇の子供たち」

落ち込みそうな話だなぁと思いながら見に行ったら、やっぱり重い気持ちになってしまった。タイで児童売春をさせられる子ども達や、日本人の子どもに移植をするために臓器を売られる子どもの話。これが事実だとしたら、このままほおっておけない...という気持ちになるのだけど、こういう事実はあるのだろうか?

気になってパンフレットを買った。阪大の附属病院の福嶌さんという方が「他の子どもを殺してまで移植を受けたいという親はいない」と書いておられて(ネット上でも、「タイで、日本人が心臓移植を受けた例はない」と発言されている)、現実にこういうことがあったわけではないのかな、と思う。だとしたら、こういう描き方をすることは誤解を招くと思うのだけど、日本人に対する移植の例はなくても、実際に、移植のために殺されてしまう子どもはいるのだろうか?

問題をやたらセンセーショナルに扱った作品だとは思わないし、真面目に作られていると思うけど、どこまでが現実にあることなのかはとても気になる。

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映画「崖の上のポニョ」

今までに見た宮崎駿監督作品のなかで私が一番好きなのは「となりのトトロ」。で、ポニョは、トトロに出てくる女の子メイを思い出させるものがあり、なんとなく懐かしい気分で見ていた。絵がすごくきれいでリアル感があるのとは対照的に、登場人物にはリアル感がない。もちろん、ポニョは空想の産物だからリアル感がないのは当然で、それはかまわない、というよりも、途方もない展開が楽しい(^^)んだけれど、人間が...。で、だからつまらないかというと全然そんなことはなくて、アニメってやっぱりすごいなぁと思えるし、見終わった後はにっこりできる(^^)。

登場人物というか設定にリアル感がない、と思ったのは(以下ネタバレ)

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東京平和映画祭2008

東京平和映画祭へ。今日のメニューは、「いのちの食べかた」から始まって「PEACE BED アメリカVSジョン・レノン」まで7本(プラスアルファ)と盛りだくさん。私は「いのちの食べかた」は公開時に既に見ているので、その次の作品から見た。

映画としてもおもしろい作品にしあがっていたのは "THE U.S. vs John Lennon" で、音楽が気持ちいいのはもちろん、私はジョン・レノン本人が話しているところを見たことはほとんどなく、彼のこともほとんど知らなかったので、とても興味深かった。音楽には力があるんだなぁ、と思う。反戦集会で"Give Peace a Chance" を歌うたくさんの人たちを見てぞくぞくした。アメリカ政府が恐れるわけだ。ジョン・レノンミュージアムにも行ってみたくなった。

他の作品は、記録映画というかお勉強映画的なんだけど、みんな私の知らなかったことで、これらも興味深かった。「慈悲を生きる ~ダライ・ラマ14世とチベット~」というのでは、ダライ・ラマがあんなに親しみやすい感じの人なのだとは知らなかったし、「ニンジンから宇宙へ」では、本当の有機農業がどんなものなのかを聞かされて、「へぇ」と驚くばかり。畑から抜いたばかりで土のついているニンジンをかじるのは抵抗がある(^^;)けど、なずな農園の野菜は食べてみたい。「帰ってきたスターウォーズ」ではアメリカの宇宙開発計画に唖然とし、「9.11とつくられる戦争」(これはいくつかのフィルムのダイジェスト版ときくちゆみさんによるトーク。去年も同様の企画があった)では、やっぱり9・11にはアメリカ政府が関係していたのかなぁと思ったり。

明日のメニューもおもしろそう(特に「六ヶ所村通信」は見たい)なんだけど、そろそろ放送大学の試験準備をまじめにやらなければならないのでパス。昨日の前夜祭で上映された "Iraq for Sale" も見たかった。東京平和映画祭はいつもいろいろおもしろい映画をセレクトしていると思う。来年にも期待(^^)。

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映画「バックドロップ クルディスタン」

おもしろかった...っていうのは、この映画を作った人たちが、「難民問題とは何か」を解説するのじゃなくて、「こうあるべき」と主張するのでもなくて、「何なんだ、いったい?」という疑問に対する答えを見つけようとして、それをそのまま映画にしたからだろう。だからわかりやすいし、説教臭くない。監督の無念さや驚きや嬉しさや...そういう感情を共に感じることができる。

監督の野本大さんは、映画学校の生徒であったときに、クルド人難民であるカザンキラン家の人たちと知り合う。難民認定を求めて国連大学ビルの前で座り込みをする彼らに関わっていたのだが、ある日、突然、父親と長男がトルコに強制送還されてしまった。で、映画学校の卒業制作としてこのトピックを撮りたいと企画書を出した野本さんだが、担当の原一男さん(映画監督)に一蹴され、結局学校をやめてトルコに向かった...

トルコに行ったとき、トルコ人とクルド人の間にはややこしい問題があるようだ 、ということは感じた。野本さんが、イスタンブールや、地中海沿いの町アンタルヤで、クルド人問題について尋ねると「そんなものはない」という感じの反応が返ってくる。しかし、東部のクルド人が多い地域ではまた事情が違う。でも、意外にも、クルド人がとても多い貧しい村では「そんなものはないよ」という感じの反応が返ってきたのだ...

上映の後、野本監督と、製作・編集担当の大澤一生さん、さらに原一男監督とのトークがあって、これがまたおもしろかった。映画には監督自身がずいぶん出演されているのだけど、たとえば「なんでクルド人のことなんかに関わってるんだ」ってクルド人から質問されたときの思いとかが聞けて...さらに、カメラを持っているときと持っていないときとでは人間が変わる、みたいな話になっていて、そうそう、カメラを向けられるときも人間は変わるようなぁ、と思い、トークの後で監督の野本さんに直接聞いてみた。

するとやはり、「カメラの前ではお互い演技しているという面はある」という話だった。カザンキラン家の人たちも自分自身も。また、クルドの人たちがなかなか本音を話せない状況はあるらしい、ということも言っておられた。クルド人の子ども達が結構ショッキングな発言をする場面があるが、そこにいた大人の思いや、トルコ政府のやり方を肯定するような発言をしているクルド人も、そうせざるをえないような事情があるのだと...

パンフレットには「トルコでは人々に親切にしてもらった」ということが書かれていて、そうだろうなぁと思った(^^)。今まで行った国で、「ホスピタリティ」という言葉を一番強く実感したのがトルコだ。映画の中の食べ物がまたおいしそうで....(^^)。それでも、クルド人にとっては「トルコ人であると言えることは幸せ」(トルコ建国の父アタテュルクの言葉だそう)とストレートには言えない部分はあるのだろう。

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映画「相棒 -劇場版- 絶体絶命!42.195km 東京ビッグシティマラソン」

もともとテレビ番組だそうだけど、私は見たことがない。でも、この映画がおもしろいという評判をちょっと意外なところでいくつか聞いたので見に行った。で、うん、確かに...なんというか、痛い感じのする映画だ。私も無関係じゃなかった、だけどやっぱり忘れてしまっていた...と。

冷静に考えると、その展開はないんじゃないの、と思うところはあるし、登場人物にもあんまりリアリティが感じられないんだけど、映画を見ている間は、スケールの大きい話に引き込まれた。そして、なんといっても、もうみんなが忘れてしまっていることを、そうはさせじと持ち出してきたところがすごいと思う。

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映画「JUNO/ジュノ」

予告編を見たとき、この16歳の女の子の話し方に、ついていけないものを感じ、見に行く気にはならなかった。でも、そこここで結構いい評判を聞くのでやっぱり見に行った...ら、わりと好きな作品だった(^^)。

16歳の子が妊娠。これはやっぱり一大事。当のジュノももちろんそう感じてはいるけど、「まあ、中絶するしかないか」と軽いノリ。親の承認を得なくても中絶をやってくれるところがあると聞いて出かけていくが、そこで中絶反対運動をしている友人に出会い...結局中絶をやめてしまう。でも自分にはとうてい育てられそうにないから、赤ちゃんをほしがっている人にあげよう、と結論する。

ジュノの言葉づかいにはぎくっとさせられる。たとえば、最初、ボーイフレンドに「中絶しようかと思ってるんだけど」ということを話すとき、"nip it in the bud"(つぼみのうちにつみとっちゃう)というような言い方をしていて、いやだなぁと感じてしまった。私の知らないスラング(若者言葉?)も多くて、世界が違うなと感じてしまうのだけど、しだいに、実はそうでもないんだ、ということが明らかになっていく。

日本語の公式サイトでは「興味本位で関係を持って妊娠」みたいな書かれ方をしているけど、ジュノは、興味本位で誰でもいいから関係を持ったわけじゃない。彼のことが好きだったからそういう関係になったわけで、まあ、確かに、妊娠の可能性を考えていなかったというのは不注意(というか不自然(^^;))だと思うけど...

口は悪いけど、自分の気持ちに正直で(もちろん素直に気持ちを表せないこともあるけど)、自分の頭で考えているジュノ。そして彼女の妊娠を知った家族の対応がすごい(^^)。なかなかこんな家族はいないんじゃないかなー。母親になりたいと願うバネッサも、自分らしく生きたいと思うマークも、ジュノに押されぎみのボーイフレンドも...それぞれに一所懸命なわけで、だから不快な感じがしないんだと思う。

ただ、(以下ネタバレ)

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映画「告発のとき」In the Valley of Elah

仕事柄というか職場柄、アメリカの軍人家族の話というのはやっぱり気になる。

ある日、イラクに赴任しているはずの息子マイクが失踪したという知らせが、父ハンク(トミー・リー・ジョーンズ)のもとに届いた。マイクの部隊は既に帰国していたのだが、彼から家族への連絡はなかった。自身軍人であったハンクは、息子が連絡もなく失踪するはずはないと感じ、真相究明のため基地へと向かう。そこで明らかになったことは...

ちょっとわかりにくいところはあったけど、話の展開が今までの戦争映画とは違うところがあるかな、と思った。謎解きのストーリーなので話には引き込まれる。見ていて、アメリカは戦争をしている国なんだなぁと感じた。多くの人々は豊かな暮らしを楽しんでいるように見えるけど、「戦争に関わっている国なんだ」ということが忘れられている。たぶん、そんなことを感じないようにされている。ポール・ハギス監督はインタビューに答えて、「ベトナムのときとは大きな違いがある。あのときは戦場にジャーナリストがいて、僕らが耳にしたくないようなことを新聞でもテレビでも大々的にレポートしていた。でも今はそれがない。」と答えていて、ああ、そうなのか、と思った。

原題にある「エラの谷」というのは、旧約聖書で少年ダビデが石で巨人ゴリアテを倒したとされる場所。ダビデとゴリアテの話は、パレスチナのインティファーダを語るときによく引き合いに出される(イスラエルに対して石を投げて立ち向かうパレスチナ人は、まさにゴリアテに立ち向かうダビデのようだ、と)から知っていたけど、エラの谷という地名は覚えていなかった。ハギス監督は、「いったい巨人と闘わせるためになぜ罪もないこんなにも若いものが送り込まれなければならないのか」と考え、若い兵士たちを戦地に送り込んだ自分たちの責任を問うタイトルにふさわしいと考えたのだと言う。

話の展開が、よくある戦争映画と違うな、と思ったのは(以下ネタバレ)

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映画「花はどこへいった」

冒頭の、女性の澄んだのびやかな歌声にまず魅せられた。"What have they done to the rain?" 「ほんの少しの雨。雨の中に立っていた男の子。草は枯れ、男の子はいなくなった。あの人たちは雨に何をしたのか...」この歌は知らなかったけど、声には聞き覚えがあった。Joan Baez. ジョーン・バエズ。ボブ・ディランの「風に吹かれて」などを歌っていたのをCDで聞いたことがある。

監督の坂田雅子さんの夫グレッグ・デイビスさんはフォトジャーナリストだった。2003年春、体調が悪く入院したところ癌であったことがわかり、あっというまに亡くなってしまった。友人の写真家から「彼の死はベトナムで受けた枯葉剤のせいではないか」という示唆を受け、坂田さんは枯葉剤について調べ始める。そしてこの映画ができあがった。

最初の枯葉剤の散布が行われたのは1961年。それから米軍によって10年間続けられた。坂田さんは戦後30年以上も経ってベトナムに行き、枯葉剤の取材をしようとしても、その影響を見るためにはかなり奥地まで行かなければならないのではないか、と思っていたが、枯葉剤の被害者はそこここで見受けられた。子ども、孫の代になっても、その影響で障がいをもった子どもが生まれているのだ。ここでは戦争は終わっていないー本当にそうだ、と思った。

障がいを持って生まれてきた子どもも、家族の愛情を受けて育っているし、子どもたちの表情がとても明るいことに驚かされた。家族も米軍への恨みを口にするのではなく(口にしても当然だと思うけど)、こういう子どもが家族になったという事実を受け入れ、ただ、現実的な援助を期待している。そして米軍は枯葉剤の影響を調査しようとはしない。調査すれば因果関係が明らかになって補償問題が起きるのがわかっているからだ...

坂田さんの映画からは、静かだけど明確なメッセージが感じとれた。また、ご主人をはじめ、米軍の兵士としてベトナム戦争を戦った人たちも傷ついていることも知ることができた。米軍の兵士だった人が、戦後、ベトナムを訪れて現地の人とした会話を聞いたときには思わず涙してしまった。ドキュメンタリーって眠くなってしまうようなことも結構あるんだけど、この映画には全然そういうところがなかった。とてもいい映画だったと思う。

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ビデオ「衝撃のペルー 男たちは生き抜いた」

「ペルー」という文字に反応して図書館で借りてきた。NHKのプロジェクトXシリーズのひとつで、1996年12月に起きた、ペルーリマでの日本大使公邸人質事件を扱ったもの。副題は「人質127日間のドラマ」。そんなに長期間一部屋に閉じ込められていた13人の日本人ー平均年齢は53歳だったそうだ。この番組のナレーションは、ことさらにドラマチックな感じを強調する嫌いはあるものの、確かに様々なドラマがあったのだろうなぁと思わせられる。そんな状況で、なんとかして生きて帰りたい、と、希望をつながせたものは何だったのか。人質の思い、その家族の思い、そのほか救出に関わった人たちの思い...。映画になりそうな話だけど、脚色のない事実だけでも、心が動かされる。

B0000BI3P8プロジェクトX 挑戦者たち 第VI期 衝撃のペルー 男たちは生き抜いた ~人質127日間のドラマ~
国井雅比古 膳場貴子 田口トモロヲ
NHKエンタープライズ 2003-09-26

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映画「最高の人生の見つけ方」The Bucket List

ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンならまあおもしろいだろうなぁ、と思っていたら、まあそのとおり(^^)だった。

金持ちのエドワード(ジャック・ニコルソン)が、ある病院を買収しようとしていたところ、自身が癌で倒れてしまい、その病院に入院することになった。方針として「一室二床、例外なし」なんて自分で唱えていたものだから、個室に入ることができなくて、同じく癌で入院していたカーター(モーガン・フリーマン)と同室になる。車の修理工として40年間実直に働いてきたカーターは、看護婦の妻との間に3人の子どもに恵まれ、温かい家庭を築いてきた。彼の病床には入れ替わりたちかわり見舞いが訪れるが、エドワードのほうには、秘書のトーマスが事務的な用事をこなしにくるだけだ。そのうち、どちらも余命が短いことを知り、死ぬまでに本当にやりたいことを書き出して、それらを実行に移そうと話がまとまった...

死ぬまでにこんなことができたらいいなぁって人が描く夢には結構共通するものがあるんだろう。エジプトのピラミッド、ケニア(?)でライオン狩り(?)、インドのタージマハール、エベレスト、香港の夜景(...を見ているとそこで...(^^)!)など、世界各地のゴージャスな風景や、スカイダイビングやら、レース場を借り切ってのカーレースやら、ああこんなことできたらいいなぁっていうのをやってみてくれるので、観客としてはそれを体験した気分になることでハッピーになれる、というか...。お金の心配をせずに好きなことができたらなぁっていう思いをかなえてくれる。

ただ、そんなお金のない私としては(--;)、お金をパーッと使うことを無批判に肯定するのがアメリカ的だなぁとちょっとひがみたくなってしまった。でも、エドワードが好きだったコピ・ルアックというコーヒーは機会があったら試してみたいかな。カーターには笑われそうだけど。あと、邦題は、もう少し原題の意味をくんでつけてほしかった気はする。「棺桶リスト」ではわけがわからないというのなら、「棺桶に入る前に」とか「棺桶に片足つっこんで」とか...うーん、これじゃ、シニアの方たちが見る気がしないかな(^^;)...「最高の人生の見つけ方」のほうが観客が入るのかなぁ...

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映画「やわらかい手」Irina Palm

「職業に貴賎はない」というけれど、やっぱりなかなか胸をはっていえない仕事というのはあり...そのひとつがこの映画の主人公マギーがすることになったものだ。

マギーの孫は難病にかかっており、治療のためには莫大なお金が要る。孫の両親はすでに家も売ってしまった状態で、お金の入るあてはない。マギーもお金を工面してやりたいが、普通の主婦として生きてきた彼女に簡単に仕事が見つかるはずもなく...たまたま通りかかった風俗店の求人広告を見て、なんとか雇ってもらえないかと頼んだところ、オーナーは彼女のなめらかな手を見て「手で男性を満足させる仕事」をやらないか、と持ちかける...

いろいろなことがサービスとして商品化されている。私のしている保育という仕事だって、それをお金でやりとりすることに抵抗のある時代はあったのかもしれない。介護や家事サービスもそうだ。でも、性サービスの商品化は、他のサービスの商品化に比べて抵抗を感じる人が桁違いに多いだろう。なんでだろう...やはり、愛情のないふたりが性行為をすることは倫理に反する、という考え方があるからだろう。私もそう思っている。

マギーの仕事が倫理に反するかというと、売春とは違って、彼女が肉体的・精神的に傷つくとまではいえないだろうし(ちょっとした職業病にはなったけど(^^;))、恋人や奥さんのいない男性の需要があって、彼女がその技術に優れているなら、ビジネスとして成り立ってもいい気もする...が、まったく抵抗がないと言ったらうそになる。性を単なる快楽としてとらえてはいけない、と考える文化のなかで育ってきたからだろう。

映画は、適度に笑いを誘いながら、最後まで飽きずに見られる作りになっていたけど、私としてはちょっと不満の残る脚本だった。というのは(以下完全ネタバレ)

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映画「さよなら。いつかわかること」 Grace is gone

軍人の奥さんがイラクで戦死して、そのことをふたりの娘たちにどう伝えようかととまどう男の話だというので...父親や母親が戦地に赴任している子ども、というのはうちの保育園ではよくあることだし、やっぱり気になって見に行った。

妻の戦死をあんなふうに伝えられるのはやりきれないだろうと思う。玄関先に軍服姿の人が訪ねてきて...妻の姿を見ることもできず、すぐに現地に行くこともできず、何が何だかわからない...

映画を見ていて思ったのは、子どもの喪失感に親は案外気付いていないものなんだな、ということ。妻を失った混乱状態で、自分のことで精一杯なのを責められないけど。

公式サイトで製作者の話を読むと、「反戦映画にはしたくなかった」ということで、確かになんとなく曖昧な印象の映画だ。でも子役のふたりはとてもよかった。8歳の無邪気な妹役のグレイシー・ベドナルジクもよかったけど、12歳の姉役シェラン・オキーフの、大人と子どもの間の不安定な感じ、憂いを含んだ表情が、なんとも...胸にせまるというか、魅力的だった。

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映画「マンデラの名もなき看守」Goodbye Bafana

これが実話だとすれば興味深い話だと思う。マンデラという人は30年近くも刑務所で過ごし、理想の実現のためには「刑務所から解放してやる」という甘い誘いにものらなかった...すごい人なんだ。思わずじーんとしてしまう場面もあった。ただ、看守のグレゴリーが、黒人を見下していた、アパルトヘイトに何の疑問も抱いていなかったのに、しだいにマンデラに惹かれていく過程が、いまいちストンとおちなかった。ここが肝心なところなんだろうに。

マンデラは一生涯をかけて、黒人と白人がともに暮らせる社会を作ろうとしたわけだけど、南アフリカの現状はどうなんだろう。映画「ツォツィ」で描かれているような殺伐とした雰囲気が常態なのだとしたら悲しい。それでも、少なくとも建前は黒人と白人に差別はないという状態を作り上げたことはやっぱりすごいと思う。

じーんとしたのは(以下完全ネタバレ)

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映画「光州5・18」 May 18

1980年の光州事件のニュースを聞いた覚えはある。それが具体的にどんなものだったのかをこの映画を通してある程度感じることができた。

軍によって人々が虐殺された事件、くらいのイメージはあったので、重苦しい雰囲気の映画だろうと思っていたら、話は拍子抜けするほど明るいトーンで始まる。タクシー運転手のミヌは看護士のシネに恋していた。なんとか彼女の気持ちを自分に向かせたい、と同僚のインボンからアドバイスを受けているが、このインボンという人が実におちゃらけたキャラで笑わせてくれる(^^)。弟をだしに使ってなんとかデートにこぎつけ、一緒に映画を見ているときに事件は起きた...

一般の人々に暴力を振るう自国の軍隊。そんな信じられない光景が展開するなか、普通の人々が軍に抵抗せざるをえなかった心理がよくわかる。最初の明るいトーンが、「こんな事件がなかったら、みんな楽しい毎日を過ごせたのに違いないのに」という思いを強くさせる。

ただ、兵士の側については、同胞に対してどうしてあんなひどいことをすることができたのか、という疑問は残る。シネの父親に挨拶に来た兵士のように、軍のやり方に疑問を感じていた兵士もいるだろう。韓国では徴兵制があるようだから、一般の人たちが兵士になっているはずで、軍隊で訓練を受けたとしても、一般市民の感覚とそれほどかけはなれているとは思えない。市民に銃を向けることに迷いはなかったのだろうか。軍では上官の命令は絶対で逆らうことができなかったのだろうとは思うけど。

でも、市民の側の思いは本当によく伝わってきて、最後まで目がはなせなかった。シネ(イ・ヨウォン)、インボン(パク・チョルミン)役の人が特によかった。

衝撃を受けた場面は(以下、完全ネタバレなので映画を見ていない人は読まないほうがいいと思います)

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映画「ハンティング・パーティ」

ハラハラドキドキの展開はおもしろかった。

サイモン(リチャード・ギア)はテレビの報道番組の花形リポーター。危険な戦場に出かけていってはその様子をつぶさにレポートする。勇敢な報道姿勢は高く評価されていたが、ある日、生放送で暴言をはいて解雇され、業界から姿を消していく。その一方、サイモンのパートナーであったカメラマンの”ダック”(テレンス・ハワード)は昇進し、もう危険な戦地には行かなくてよくなった。数年後、ボスニア・ヘルツェゴビナでの平和記念式典の模様を撮影しにきたダックは思いがけずサイモンと再会する。サイモンは「大きなネタをにぎっている」と話して、ダックに「一緒にやろう」ともちかける...

ボスニア・ヘルツェゴビナの町。建物にはたくさんの弾痕があり、戦闘がすさまじいものであったことがわかる。そこで民族浄化のための大虐殺を行ったとされている戦争犯罪人は、多くの人の努力(このあたりの事情は映画「カルラのリスト」で描かれている。私はあまりよくわからなかったけど(^^;))にもかかわらず今もつかまっていない。それは何故なのか。この映画はそれについて興味深い理由をにおわせている。それが本当のことなのかどうかはわからない。この映画は事実に基づいた話だそうだけど、どれが本当のことでどれが創作なのかは...。でも、これが本当だとしたらひどい話で、私たちはこの映画のおかげでそういう可能性に気づかされたことになる。

ただ、戦場レポートをするジャーナリストたちが、まるでゲームを楽しんでいるかのように描かれているのには抵抗を感じた。現場の興奮というのがあるのは本当だろうけど、ジャーナリストが戦場にでかけていくのは、刺激を求めているからではないだろう。

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映画「今夜、列車は走る」Próxima Salida

最初から終盤までずっと重苦しい雰囲気が続き、決して楽しい映画ではないんだけど、話にぐんぐん引き込まれて...いい映画だったな。

アルゼンチンの小さな町で、鉄道の路線が廃止されることとなった。組合は反対するが、らちがあかない。組合長は閉塞状況に耐えられず自殺。会社は「解雇」という形をとらず、鉄道員たちに「自主退職願」を書かせようとし、組合は抵抗するものの、いくばくかの退職手当をもらって結局はそれにサインしてしまう。最後まで抵抗してサインしなかったひとりをのぞいて。映画は職を失った男たち5人のその後を描く。新しい職を得るのは簡単ではなく、職を得たとしても、生活は苦しい。

私の父は国鉄の機関士だった。私が電車好きなのは、たぶんそのせいだ。父は子どもの頃から「電車の運転をしたい」というのが夢で、その夢の仕事に就いたのだから、当然、仕事は好きだった。不規則な勤務体制で、大変なことはもちろんあったのだろうけど、誇りを持って仕事をしていたのだと思う。国鉄分割民営化の頃には定年に近かったから、新しい仕事に就いていたけど、やはりあまり張り合いがなかったのだろう。誇りを持ってしていた仕事を急に奪われてしまったら...この映画の男たちもそうだったのだ。

ひとつひとつのエピソードが胸にこたえる。あまりにもドラマチックな展開(特にスーパーでふたりが対峙する場面)と、いかにも映画的なラストに、できすぎの感がしなくもないけど、脚本もラストも私は好きだった(^^)。

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映画「魔法にかけられて」Enchanted

現代のおとぎ話...というより、おとぎ話の否定?かも。

おとぎの国アンダレーシアの森に住んでいた娘ジゼルは、真実の愛に巡り会うことを夢見ていた。同じくそれを夢見ていた王子エドワードと出会い、二人は一目で恋に落ちる。すぐに結婚することになったが、それを快く思わない王子の継母の策略で井戸に落とされてしまう。落ちた先は、なんと現代のニューヨーク...

うちの2歳児クラスの女の子たちにも、「プリンセス」というのは人気がある。トイレトレーニング用のパンツ型オムツも、女の子用はディズニーのシンデレラやアリエールといったキャラクターが使われていたりする。ステキな王子様と結婚して幸せに暮らす...というシナリオへの憧れを小さい頃から知らず知らずのうちに植えつけられていくわけだ。

映画はディズニーのアニメーションで始まり、ジゼルがニューヨークに来てからは実写版となる。実写版のジゼルが胸の大きく開いたドレスを着ていると妙になまめかしく、お姫様チックな話し方も耳障りに感じてしまったけど、話の展開がおもしろかったのでそのうち気にならなくなった。王子様役はアニメの世界からそのまま抜け出てきたような感じでばっちり。荒唐無稽な展開なので、もちろん矛盾はいっぱいあるんだけど、結構楽しく笑えた。ジゼルがニューヨークのアパートで掃除を始める前に窓を開けて歌いだす場面とか(^^)。実写版の動物たちがかわいい。特にリスのピップ。スーザン・サランドンが好きな私としては、彼女が魔女役というのはあんまりうれしくないかな。「継母は悪者」という昔話の常道パターンはくずされていない。「継母にもいい人はいっぱいいるわ」という、ジゼルのセリフによるフォローは入っていたけど...

結末は...気分すっきり爽快...ではないけど、まああれでいいのかな..

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映画「ファヴェーラの丘」Favela Rising

「ファヴェーラ」というのは、ブラジルの貧しい人たちが住む地域で、だいたい丘の上にある(のだと私は思っていた)。学生時代、サンバが好きだった私にとって、ファヴェーラのイメージは、サンバが歌われているところ。サンバの歌手たちもよくファヴェーラのことを歌っていた。だから、この映画の冒頭で、「ファヴェーラは、パレスチナよりも多くの子どもたちが日々亡くなるような危険なところ」いうふうに紹介されているのは、私のイメージとはわりと違う。でも、確かに、ブラジルに行ったことのある人から「ブラジルはあまり安全な国ではない」という話は聞く。だから私も、行きたいと思いながら行けずにいる。映画「シティ・オブ・ゴッド」で描かれていたように、子どもたちが簡単に凶悪な犯罪に手を染める、そんな地域があるのは事実なんだろう。

この映画は、そんなファベーラで生まれ育ったアンデルソン・サーという人が、現状に対して「なぜ殺しあわなければならないのか」という疑問を感じ、「アフロレゲエ」というグループを結成して、音楽を通じて暴力をなくしていこうとする姿を追ったもの。音楽に「暴力に対処する力」なんてあるのか、と思ってしまうけど、実際、子どもたちは、アフロレゲエに魅力を感じてそのグループに入ろうとするようだ。それがなければ、「夢は麻薬ギャングになること」(一番お金が儲かるから)という子どもたちが、他の夢を持つことができる。単に「教育的」なグループでなく、やっぱり音楽がかっこいいから、子どもたちもやりたいと思うわけだ。

アンデルソンが中学生くらいの子どもたちに「学校に行けよ。勉強は大事だぞ」と話している場面がある。そのときはアンデルソンの言うことに耳をかさなかった子どもが、実は後でアフロレゲエグループに参加したりしている。子どもは単なるお説教は聞かないけど、かっこいい大人のいうことは聞く。(それは2歳児もおんなじなんだろうな(^^;))

音楽ですべてが解決するわけではないだろうけど、音楽に大きな力があるのも事実。
八木啓代さんというラテン音楽の歌手の方が「中南米で大きな政治変動があるとき、かならずそこには歌がある。」と書いておられる。(「PANDORA REPORT」p.29) 生活のなかに占める音楽の比重が大きく、だから音楽家が政治に関わることもめずらしくない。音楽家はオピニオンリーダーであることを期待されている面があるのだとういう。「アフロレゲエ」でもメッセージ性のある歌をたくさん歌っている。

麻薬の売買、それにまつわる暴力沙汰、警察の不正...そんな社会で、ノリのいい音楽にあわせて踊る人たちの明るい(本当に明るい)笑顔を見ていると、やっぱりいつかは行ってみたいなぁと思う。

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ビデオ「活きる」(原題 活着)

とてもおもしろかった。1940年代から1960年代にかけての中国が舞台。国共内戦、共産党大躍進の時代、文化大革命。本当に激動の時代だったんだなぁと思う。ややドラマチックすぎる感じはあるけれど、実際、天地がひっくり返るようなことはあったのだろう。ごく普通の人たちが何度もそんな経験をしてきたのだろう...エピソードのひとつひとつに見入ってしまう。とりわけ結婚にまつわる話は興味深かった。出産のシーンも...あんなことは実際にもあった話なのかなぁと思う。また、影絵芝居の様子が何度も出てくるのだが、これがよくできていて、実際に見てみたい。そして人々が影絵芝居に対してどんな反応を示すのか、という移り変わりがまたおもしろくて。

主人公を演じたグォ・ヨウ、その妻コン・リー、そして子役たち、みんな笑顔が本当に素敵で、見ていて気持ちよかった(^^)。

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映画「パレスチナ1948 NAKBA」

フォトジャーナリストの広河隆一さんが40年間撮りためたパレスチナに関する膨大な映像や写真を2時間あまりの映画作品に仕上げたもの。「ナクバ」とは1948年にイスラエルが誕生して70万人ものパレスチナ難民が発生した、この出来事をさし、「大惨事」という意味らしい。公開初日の今日は、1回目の上映終了後と2回目の上映前に監督の舞台挨拶があるということで、私は2回目の上映を見てきた。

広河さんは40年前、イスラエルのキブツに関心を持ち、そこでボランティアとして働いていたのだそうだ。ある日、畑のはずれに白い瓦礫を見て、それが何かをキブツの仲間に尋ねたところ、みんなどうも歯切れが悪く、答えをはぐらかされる。やがてそれがイスラエルによって奪われたパレスチナの村だと知って衝撃を受けた広河さんは、その村の人たちがどこへ行ったのかを知ろうとし、かの地で起こっていることを記録して人々に伝えようとするようになった。

Blogparts_01_2広河さんの語り口調はおだやかで、激しいところはない。でも、自分が疑問に思ったことを放っておかずに追求し続けてこられた。イスラエルが、消し去ろう、隠そうとしていることを掘り起こし、私たちに示された。映画の中で、何度か、音もなく写真が大写しになる場面が出てくるけれど、一枚の写真が何と多くを語ることか。公式サイトでブログパーツがいくつか提供されていたなかに私の惹きつけられた写真があったので貼っておきます。道路を封鎖するイスラエル軍に対して抗議デモを行う人々の写真。凜とした態度でピースサインを出す女性と、自分のしていることに自信がもてなさそうなイスラエルの兵士の表情...。  

キファーという女性の笑顔の写真と、彼女が抵抗運動に身を投じて銃を持ったときの険しい表情の写真も印象的だった。彼女のことは、その後も長いこと追いかけられている。

この映画は、広河さんが膨大な映像や写真を持っていることを知った森沢典子さんが、ぜひ公開を、ということで「一コマサポーターズ」をたちあげ、一般の人たちから資金を募って6年近くをかけて完成された。広河さんにしても、森沢さんにしても、自分がやるべきと感じたことをすっと(紆余曲折はあったのかもしれないけど)行動に移してやりとげられた、というところがすごいというか、うらやましいと思う。

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映画「団塊ボーイズ」Wild Hogs

ありえない不自然な展開と、こてこてのおやじギャグの連発...だけど、私は楽しかった(^^)。あの広いアメリカをバイクに乗って横断っていうのはやっぱりいいよなぁ。かっこよくない中年だからこそ、いっそう(^^)。

一番笑ったのは(以下完全ネタバレ)、

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映画「ファーストフード・ネイション」

「いのちの食べ方」は、食を取り巻く現状を音楽も解説も加えず淡々と描いた作品だったけど、これは「ファーストフードが世界を食いつくす」という原作をもとにしたフィクション。で、やっぱりこっちのほうがおもしろい。

ミッキーズという架空のハンバーガーチェーン。「商品に大腸菌が混じっている」という検査報告を受けて、ドンはコロラドにある食肉加工場への調査を命じられる。視察したところ、工場内は清潔で問題がないように見えたが、次第に工場の実態が明らかになっていく。

牛肉を食べるというのは牛を殺すということなんだ。これは何もファーストフードに限ったことじゃないから、牛の屠殺を行っている場面でグロテスクさを強調するのはちょっとどうなのかな、とは思う。ただ、肉を食べるとはそういうことなんだ、と意識しておく必要はあるのかもしれないけど。

牛の屠殺はほとんどの人にとって、すすんでやりたい仕事ではないだろう。日本でも、かつては、いわゆる賎民と言われる人たちがその仕事を担っていた。しかし、内臓の処理などには熟練した技術が必要で、そのことに関してはプライドがあったに違いない。ところが、ファーストフードチェーンとなると、そういう仕事も素人が担当している...

人のやりたがらない仕事を引き受けるのは、仕事を選べない人たちだ。メキシコからの不法移民の人たちは、とにかく生活の糧を稼がなければならない。違法滞在なので公式の保護を求めることはできない。というわけで危険で低賃金の労働に甘んずることになる。

不法移民の生活についても感じるところが大いにあったけど、儲け第一の企業姿勢を批判する高校生グループの存在がまたおもしろかった。

(以下完全ネタバレ)

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映画「トゥヤーの結婚」

内モンゴルの半乾燥地帯で、羊の放牧を行って生活している家族。トゥヤーの夫バータルは水を汲むための井戸を掘っていて事故を起こし、下半身不随になってしまったため、幼い子どもふたりを含む家族4人の生活はトゥヤーが支えなければならない。井戸があるところまで毎日の水汲み。たくさんの羊の世話。牧草の買い付け。女手ひとつでは大変な仕事で、トゥヤーも体をこわしてしまう。このままでは家族全員が暮らせなくなる、と、バータルの姉はトゥヤーに離婚を勧め、バータルは自分が引き取ると申し出る。夫婦と姉は離婚の手続きに出かけるが、そこでトゥヤーは、離婚には応じるが、夫の面倒を見てくれる人と再婚する、と言う。...

茫漠としたモンゴルの風景。きびしい自然を相手にたくましく生きる人々。私の知らない民俗的な風習が見られたのはおもしろかったし、ストーリーにも引き込まれたけど、好きな映画ではなかった。トゥヤーの選択は私にはやはり共感できない。

(以下ネタバレ)

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映画「アメリカン・ギャングスター」

1968年のニューヨーク。ハーレムを仕切っていたボスの死をきっかけに自分で新たな麻薬ビジネスを始めたフランク(デンゼル・ワシントン)は、東南アジアから直接麻薬を買い付け、ベトナム戦争に従軍していた軍の輸送網を使うことで、マフィアが扱っている麻薬より良い品質のものを安く売ることに成功し、莫大な利益をあげる。警察はマフィアと結託して利益をくすねたりしていたが、そんな警察の体質を許さず、麻薬組織の撲滅をめざすのがリッチー(ラッセル・クロウ)。事実に基づいた話というが、どこまでが本当でどこからが脚色なんだろう。家族を大切にし、規則正しい生活をおくるのが暗黒街のボスで、悪の撲滅をめざす正義漢は、仕事一筋で家族をかえりみず、子どもへの養育権を勝ち取るのはむずかしそうだ...

でも、どんなに紳士面をしていても、麻薬ビジネスは人に誇れるものではない。それは人を幸せにしているのじゃなくて、人を破滅に追いやっているものだもの。だけど、この映画の描き方だと、デンゼル・ワシントンをある意味英雄視しているようなところがあるのが気になる。もちろん、麻薬は悪である、というとらえ方はされているけれど、黒人で、人の考えつかないようなビジネスを始めて成功させた。勇気を持ってベトナムの奥地にまで買い付けに行き、決して目立つような行動をとらず、日曜には教会に行き...。まあ、それが事実だったのかもしれないけど...ビジネスを成功させる人は偉い、という見方がアメリカにはあるなぁと感じる。

白昼堂々人を銃で撃ち殺して、逮捕も何もされない、というような不自然な場面もあったけど、2時間半、最後まで退屈することはなかった。警察の不正に立ち向かう刑事、という設定は、LAコンフィデンシャルを思い出させた。ラッセル・クロウは10年前と同じような役柄をやっているわけなんだな。

毎日新聞の別刷りで、時々、「ときめくフレーズ、きらめくシネマ 戸田奈津子と金子裕子のGOODフレーズ鑑賞会」というコーナーがあり、昨日はたまたまアメリカン・ギャングスターが取り上げられていた。

We can be successful and have enemies or we can be unsuccessful and have friends. That's the choice we make.
勝者となって敵を作るか、敗者となって友人を作るか。そこが思案のしどころだ。

マフィアのボスがフランクに言うセリフだけど、確かに...。「負けるが勝ち」っていう考え方は日本以外にもあるわけだ。

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映画「河童のクゥと夏休み」

日本のアニメってやっぱりすごい(^^)。河童なんているわけないよなぁ...と思いつつ、そのほかの部分のリアルな描写にのせられて、どんどん物語の世界にはまっていく。

東京の川原で偶然発見した化石のようなものを水につけていたら、なんとそれが動き出した。しかも人間の言葉をしゃべる!いいだろうなぁ、こんなことがあったら(^^)。この生き物の話によれば、江戸時代に生きていた河童らしい。しかし、そんなことがみんなに知れたら大騒ぎになるだろうから、と、家の中でこっそりと飼うことにするのだけど...

主人公の学校での人間関係の描き方にちょっとあまりリアリティが感じられなかった(いじめとか)けど、町や田舎の風景はとてもリアル。主人公の家の飼い犬オッサンとクゥの交流の様子も楽しい。人間と河童ははたして一緒に暮らすことができるのか...展開は私にはまるで予想がつかず、とてもおもしろかった。会場には子どもが結構いて、時々素直に感想を口に出している(「あ、食べちゃった!」とか)のが可笑しかった(^^)。2時間18分とアニメにしては結構長いと思うんだけど、子どもたちも退屈しなかったようだ。

(以下完全ネタバレ)

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ビデオ「チャイナ・シンドローム」

1979年と、今から30年近く前の作品で、舞台はカリフォルニア州にある原子力発電所。30年経った今は、こんなずさんな管理がされていることはないだろうと思うものの、人間のやることだから、完璧ということはまずありえない。原発は、故障やミスが起きたときに備えて、二重三重の安全対策が施されているといっても...ホラー映画ではないのに、見た後、怖くなる映画。核燃料廃棄物をどうするのか、これという決め手のないまま、原発の運転を強行しようとする姿勢は、30年前と変わっていないと思える...

技術的な話は私にはわからなかったけど(^^;)、話の展開はスリリングで、原発のコントロールルームの責任者を演じたジャック・レモンがいかにも実直な技術者という感じでよかった(^^)。

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映画「ぜんぶ、フィデルのせい」 La Faute à Fidel!

1970年、日本では万博で浮かれていたけど、世界ではいろんなことが起こっていたんだなぁ。チリでは社会主義者のアジェンデが勢力を強めていて、スペインではフランコによる独裁政治が続いていて、フランスでは中絶禁止に反対する声が強まってきていて...。何が正しくて、何が間違っているのか、大人だって判断に迷うことはあり、時代の波に揉まれながら、正しい道を歩もうとするわけだけど、これはそんな大人に振り回された子どもの話。

アンナはフランスのカトリックの学校に通う9歳の女の子。弁護士の父と雑誌編集者の母、5歳の弟とともに庭付きの家で何不自由なく暮らしていた。ところが、両親が共産主義を支援するようになって生活が一変。狭いアパートに引っ越し。そこではいつもたくさんの人が出入りしている。カストロの悪口を言っていたお手伝いさんは解雇されてしまった。親の要望により、学校では大好きな宗教の授業に出られなくなる。アンナにとってはおもしろくないことばかりで、「どうしてこうなるの?」という疑問を持つのはもっともだ。

見ていて、お粗末な親だなぁと思ってしまった。私だって人のことを言えるような立派な親じゃないけど、でも、こんなに大きな生活の変化があったなら、まず子どもに、どうしてこうなっているのかについてできるだけわかるように説明しようとするだろう。アンナのように賢い子なら、ある程度わかるように説明することはできるはずだ。それをすっとばして、理想を追い求めることに忙しい大人の滑稽さ。

そんな大人とは対照的に、実に小気味よい子どもたち。アンナはしっかり自分の頭で考えて疑問を率直に口に出すし、弟君は、生活の変化をものともせず、それを楽しんでしまっている(^^)。鋭いアンナちゃんも好きだけど、彼のマイペースぶりがまたなんともいい雰囲気だった。

(以下ネタバレ)

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映画「スエリーの青空」O Céu de Suely

ブラジルは私にとって憧れの国。しかも、製作が「モーターサイクルダイアリーズ」のウォルター・サレスということで見に行った。

エルミラは、恋人と駆け落ちしてサンパウロで暮らしていたけど、物価が高くてやっていけず、乳児を抱えて故郷の田舎町に戻ってくる。やがて、「後から行く」と言っていた彼が、実は来る気がないのだと悟り、そこで彼女は...

彼女の取った行動はちょっとありえない設定と思えるし、彼女の選択に共感もできないのだけど、ブラジル北東部の景色や、人々の生活が見られたのは興味深かった。登場人物もそれぞれ個性的なキャラクターでおもしろい。最後のシーンが印象的で、私は、「えーっ、そんな...」と思ったのだけど、 「そうこなくっちゃ」という感想を書いている方もおられて 、うん、そうかもしれない、と思った。私の期待した結末では、あまりにありきたりだもの(^^;)。

彼女の選択に共感できない、というのは(以下ネタバレ)

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映画「君のためなら千回でも」The Kite Runner

好きな作品だった。
1970年代のアフガニスタン。凧揚げ合戦に興じる男の子たち。他の凧の糸を自分の凧糸で切って落とし、どれだけの凧を落としたのかを競う。大空に凧が舞い、空からの町並みが映し出され、遠景には山々が見える。なんとも美しいシーンで、アフガニスタンにこんな平和な時代があったんだ、と思う。

アミールとハッサンも凧揚げの好きな男の子だ。アミールは裕福なパシュトゥーン人の子で、ハッサンはその家庭に雇われているハザラ人の召使の子だが、ふたりは兄弟のように仲良く育っていた。とはいってもやはり対等の関係ではなく、主従の関係がある。だが、ハッサンは卑屈になることはない。ハッサンは凧揚げがうまく、そのほかにも優れた能力を発揮していた。アミールは彼に一目おいているところがあるし、また少しねたましく思っていたかもしれない...

79年、ソ連がアフガニスタンに侵攻し、アミールと父は結局アメリカへ亡命する。年月が流れ、アメリカの大学を卒業して、夢だった作家への道を歩み始めたアミールのもとに、幼い頃世話になった父の友人から電話が入る。故郷に帰ってこい、と言う...

ソ連侵攻とタリバンの支配で、すっかり荒廃してしまったアフガニスタンの町。そんな歴史の流れを知ることができるのも興味深いし、何よりも、登場人物それぞれの心模様がよく描かれていると思う。

(以下ネタバレ)

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ビデオ「サンダカン八番娼館 望郷」

「からゆきさん」という言葉を知ってはいたけど、具体的にどういう人生を過ごした人たちなのか、とか、その背景はまったく知らなかった。19世紀末から、イギリスによる北ボルネオの植民地開発がすすみ、サンダカンはその中心都市だった。その頃から、日本人経営による娼館があって、貧しい農村の女性たちが娼婦として売られていった。この映画は、からゆきさんであったサキという女性から、聞き書きをしてルポルタージュを書いた山崎朋子さんの「サンダカン八番娼館」という原作(1972)を映画化(1974)したもの。

12歳でサンダカンに渡ったサキ(高橋洋子)は、1年後(13歳!)から客を取ることになる。最初のショックが相当のものであっただろうことは想像できるけれど、それでも、家族のためにせっせと働くことを決意。現地の言葉を覚えて、白人、日本人、土人(という言葉が使われていた)の区別なく、サービスに精を出す。様々なエピソードや、からゆきさんの胸の内、日本に帰ってからのこと、などが興味深いのはもちろんだけど、そういう人の話の聞き取りをする人の姿が描かれているのがまた興味深かった。

国際政治の場で日本が力をつけてくるにつけ、からゆきさんの存在は国家の恥として扱われるようになり、研究家がそういう人たちから話を聞こうとしても、誰もなかなか重い口を開いてはくれない。大学で女性史を研究していた三谷圭子(栗原小巻)は、天草で偶然出会った老女サキ(田中絹代)から話を聞くために、彼女の家に泊まりこむようになる。自分が研究家であることは明かさず、ただ一緒にすごして、彼女がその気になってくれるのを待つ...自分の目的を相手に話さないのはフェアじゃないような気もするけれど、最初から身分を明かしていれば、サキがからゆきさんの生活を話してくれたかどうかわからない...彼女がこういう方法をとったことでどんな結果を招いたのかは、映画を見てのお楽しみ。このあたりのことはどのくらい事実に基づいているのかわからないけど、人の半生を聞いたり、それを公表したりするのは、生半可な気持ちでやるべきことではないと思う。でも、真摯に聞き取られた記録は貴重なものだ。こうやって聞き取りをする人がいなかったら誰にも知られずに埋もれてしまったのだろうから...。原作者の山崎さんが、聞き取りの結果を決して興味本位に扱わず、誠実な記録として残された、その姿勢に敬服する。映画化に際しても、話をしてくれたからゆきさんを傷つけるようなことがあっては...ということを一番心配されたようだ。映画は、そんな山崎さんの気持ちを汲んで、とても真面目に作られている。

そして、人のプライバシーに踏み入っていく聞き取りは、やっぱり私にはできそうにないなぁと思ってしまう...

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ビデオ「真昼の暗黒」

昨年、「それでも僕はやってない」という映画が、冤罪を扱って話題になったけど、「真昼の暗黒」は実際にあった八海事件という冤罪事件を基にしている。老夫婦が惨殺され金が奪われた。まもなく逮捕された男(役名は小島)は犯行を認めて自供したのだが、手口から見て単独犯はありえないと警察が決め付け、拷問によって自白を強要、無罪の4人を共犯に仕立て上げる。

(以下ネタバレですが、ビデオの箱の記述もネタバレになっているのでまあいいかな、と...)

控訴審で、4人の被告の弁護士が、「小島の証言どおりに犯行が行われたとすれば、どんな矛盾があるのか」ということをひとつひとつ明らかにしていき、誰の目から見ても無罪は明らかと思われた。ところがまさかの有罪判決。主犯とされた植村が「おっかさん、まだ最高裁があるんだ!」と叫ぶ場面は有名で、私も聞き知っていたけど、それでもやっぱり涙してしまった。

1956年製作のモノクロ映画。昔の映画って、セリフも音楽もちょっとぎょうぎょうしかったりするけど、この映画が実際の事件の最高裁への上告中に作られた、というのがすごい。今井正監督は、最初に自白した小島以外の4被告の無罪を確信し、「これで有罪になるなら二度と映画は撮らない」とまで言ったそうで、映画が不当判決への世論の批判を高め、最高裁での無罪判決を勝ち取るのに貢献したらしい。

裁判員制度が始まったら、「こんな映画は予断を抱かせることになる」と、少なくとも裁判員の人たちは見ることができないだろう。それでも、実際にあのような弁論が法廷で展開されたのなら、裁判員の人たちは正しい判断を下すことができるだろうと思うし、検察の味方の裁判官だけで判断を下すよりいいかもしれない...ただ、たとえば「死刑に反対」という思想を持っていると、裁判員にはなれないらしいけど、裁判員制度ってそんなのでいいのかなぁとは思う。裁判員を選定するときに、ある特定の思想をはじいてしまうのって、結局、検察の思うような裁判員しか選ばれなくなるのでは...。

今は、この映画で描かれているようなここまでひどい拷問や自白の強要はなくなっていると信じたいけど、こんなふうに無罪の人を有罪にしてしまうような裁判だってある、と思うと、死刑制度を肯定する気にはなれない。「それでも僕はやってない」が去年作られたように、冤罪が起きる可能性は現代だってなくなっていないのだ。

...全然関係ないけど、今朝、「ボビー・フィッシャー死去」という新聞記事を見てびっくり。いえ、単に、「ボビー・フィッシャーを探して」という映画を見たばかりだから、というだけですが(^^;)。ご冥福をお祈りします。

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ビデオ「ボビー・フィッシャーを探して」

好きな作品だった。

ボビー・フィッシャーは、アメリカ人として唯一チェスの世界チャンピオンになった人。ボビー・フィッシャー本人はその後公の場から姿を消したりして、アメリカのチェス界では、第二のボビー・フィッシャーの登場が待ち望まれていたが、その才能を持った7歳の男の子ジョシュと、彼のまわりの人々の話。

ジョシュは公園での賭けチェスを見るのが好きだった。彼の公園でのデビュー戦はみんなの注目を集め、母親は息子の才能に気付く。それを父親に話したところ、初めは半信半疑だった父親も、息子の才能を伸ばしてやりたいと、チェス界の大物(ベン・キングスレー)に個人コーチを頼むのだが...

正統派チェスの大御所ベン・キングスレーと、公園の賭けチェスメンバーのローレンス・フィッシュバーンが、それぞれの違いを際立たせていておもしろい。息子を愛しながらも、その才能を第一に考える父親(ジョー・マンテーニャ)と、息子の幸せをまず考える母親(ジョーン・アレン)との違いも。そして、なんといってもジョシュ役の男の子(マックス・ポメランク)がすごい。飄々とした雰囲気をもちながら、心優しく、自分の頭で一所懸命考える姿が胸をうつ。ジョシュのライバルになる男の子だけは、ちょっといかにも作られたキャラクターという感じがしたけど...これ以外の脇役の人たち(ジョシュの学校の先生とか、チェスの大会で父親どうし親しくなる仲間とか)もみんないい感じで、印象的な場面も多かった。

おもしろいと思ったセリフが(以下ネタバレ)

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マイベスト映画2007

2007年度日本インターネット映画大賞(外国映画) に投票。

[作品賞投票ルール(抄)]

 ・選出作品は5本以上10本まで
 ・持ち点合計は30点
 ・1作品に投票できる最大は10点まで

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『 外国映画用投票フォーマット 』

【作品賞】(5本以上10本まで)
  「主人公は僕だった」6点
  「世界最速のインディアン」6点
  「グアンタナモ、僕達が見た真実」5点
  「シッコ」5点
  「パラダイス・ナウ」2点
  「善き人のためのソナタ」2点
  「ブラインド・サイト」1点
  「オフサイド・ガールズ」1点
  「フリーダム・ライターズ」1点
  「ミルコのひかり」1点
【コメント】
2007年は、封切り作品をスクリーンで40本くらい見ているし、DVDでもいくつか封切り作品を見ているから、私には最高記録で、好きな映画も多かった。その中から10本を選ぶとなるとこんな感じかな。「パラダイス・ナウ」以下がこんな低い点数になってしまうのは不本意...というか、「主人公は僕だった」や「世界最速のインディアン」が6点しかないのも不本意だけど、持ち点が30点なので。

「主人公は僕だった」は、マギー・ギレンホールの演じたパン屋の女主人の役が私のツボにはまった。こんな人になれたらいいなぁと思う。彼女の魅力で主人公の固さがほぐれていくのも気持ちよかった。「世界最速のインディアン」も、見た後幸せな気持ちになれる映画だった。

ドキュメンタリーをいくつか見たなかで、やっぱり「シッコ」のおもしろさは別格。映画が、知らなかったことを知るきっかけになる、というのはしばしばあるけど、あまりにもまじめに作られすぎていると、もともとよく知らないことであるだけに眠くなってしまったり(^^;)。マイケル・ムーア監督は、わかりにくいことをうまくかみくだいて見せてくれるので眠くならない。もっとも「わかりやすいこと」が必ずしもいいこととは限らないと思うし、ムーア監督は、自分の主張に都合の悪い部分は見せない、というようなところはあるとは思うけど、それでもまずは人に見てもらわないことには話にならない。

DVDで見た「イノセントワールド-天下無賊-」をもし映画館で見ていたら、きっとベストテンに入れていただろうと思う。
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【監督賞】              作品名
   [マイケル・ウィンターボトム] (「グアンタナモ、僕達が見た真実」)
【コメント】
問題を感じている事実を多くの人に知ってほしいと思うとき、ドキュメンタリーではなくストーリー仕立ての作品にするのは、事実でないことを事実のように見せる危険もあるけれど、やはりその状況におかれた人の気持ちを追体験しやすい。実際にその事実にかかわっている人の話が必ずしもわかりやすいわけじゃないから(眠くなるドキュメンタリーをいくつか見ている(^^;))、こういう方法のほうが人々に訴える力が大きくなる、と言う場合があると思う。で、「グアンタナモ」は、普通の人がテロリストに仕立て上げられていく過程がよくわかってとてもおもしろかった(というか、こわかったというか)。

【主演男優賞】
   [アンソニー・ホプキンス] (「世界最速のインディアン」)
【コメント】
バート・マンローという人をあれほど魅力的に感じさせたのはなんといってもこの人の力だと思う。

【主演女優賞】
   [ヒラリー・スワンク] (「フリーダム・ライターズ」)
【コメント】
新米の女性教師がどうやって心の荒んだ高校生たちの心をとらえていったのか。似たようなストーリーはこれまでにも見たことがあったけど、ヒラリー・スワンクの先生役はとても自然な感じがした。

【助演男優賞】
   [ガエル・ガルシア・ベルナル] (「バベル」)
【コメント】
これは結構考えた。「バベル」のガエルは出番が少なかったけど、存在感があったので。
他には、「サン・ジャックへの道」で、酒飲みの弟を演じていたジャン・ピエール・ダルッシンという人も印象に残った。

【助演女優賞】
   [マギー・ギレンホール] (「主人公は僕だった」)
【コメント】
文句なしで私の2007ベストアクトレス(^^)。あのパン屋の女主人のキャラクターが好きなんだけど、あの役を他の誰かが代わりにやったとしたら...って考えても、彼女以上にはまる人は思いつかない。

【新人賞】
   [シアボンガ・シブ] (「ジェイムズ聖地へ行く」)
【コメント】
「君の涙ドナウに流れ」で主人公の女学生を演じたカタ・ドボーという人を見たことがなかったので、彼女がいいな、と思ったら、全然新人ではないようで。「ブラック・ブック」のカリス・ファン・ハウテンも私は知らなかったけど、新人ではなかった。
新人ということで探すと、「シアボンガ・シブ」という人が、聖地エルサレムに来て変わって行く純朴なアフリカ青年の役を好演していたと思う。

【音楽賞】
  「ヘアスプレー」
【コメント】
"You can't stop the beat" のようにノリのいい音楽から、"I know where I've been" というしっとりしたバラードまで、気持ちのいい曲がたくさんあった。

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【勝手にベストシーン賞】
   [「君の涙ドナウに流れ」で、人々が松明を灯すシーン]
【コメント】
すごくきれいで、映画の楽しさを感じた。


日本映画は見た数がとても少ないので投票しないけど、私が好きだったのは「バッテリー」(見たのは機内(^^;))。アニメとドキュメンタリー以外で唯一映画館で見た日本映画「それでも僕はやってない」もよかった。「秒速5センチメートル」は絵がきれいで好きだった。主演男優賞は「バッテリー」の林遣都君、主演女優賞は「キトキト!」の大竹しのぶさんに(^^)。

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 この内容(以下の投票を含む)をWEBに転載することに同意する。
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映画「迷子の警察音楽隊」BIKUR HATIZMORET

なかなか楽しかった(^^)。イスラエルのある町でのアラブ会館のこけらおとしに招かれたエジプトの警察音楽隊。空港に来ているはずの迎えが来ない。しかたなく、自分たちでバスに乗って目的地へ向かうが、まちがってよく似た名前の町への切符を買ってしまう。着いたのは砂漠の真ん中の田舎町。アラブ会館はおろか、ホテルもなく、空港へ戻るバスもその日はもうない。途方にくれる彼らに食堂の女主人が一夜の宿の提供を申し出る...

エジプト人たちはアラビア語、イスラエル人たちはヘブライ語。英語が話せる者どおしは、なんとか英語でコミュニケーションするが、おたがい母国語ほど流暢に話せるわけでもない。英語を話せない者がコミュニケーションするのはもっと大変だ...(けど、本当はもっと笑顔を見せてコミュニケーションの努力はすればいいのに、とは思うけど)が、共通に知っている歌(サマータイム)をきっかけに声を合わせて歌ったり...

学生時代、吹奏楽部勧誘のハガキに「音楽は世界共通の言葉」と書かれていたのが今も印象に残っている。歌ったり、楽器を演奏したり。女主人のディナが音楽隊の隊長トゥフィークにジュークボックス(?)の音楽を贈るシーンがある。ヘブライ語の歌詞はトゥフィークにはもちろんわからないけど、曲調から感じるものはあっただろう。

とりたててドラマチックな展開があるわけでもなく、話は淡々と進むのだけど、ところどころにクスッとするような場面や、ちょっとはっとするようなセリフがある。

一番笑えたのは(以下ネタバレ)

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ビデオ「アフガン零年」Osama

おもしろかった...っていうのは、多分に、私が旅好きで、映画で旅の気分を味わっているようなところがあるからだと思うけど。タリバン支配下のアフガニスタン。厳格なイスラム法のもと、女性は働くことも一人で外出することもできなかった。夫を亡くした妻は、老いた母と12才の娘と暮らしているが、女ばかりのこの状況では飢え死にするしかない。母の提案で娘の髪を切り、男として働きに出すのだが...

映画が作られたのは2003年で、この映画が描いているのはその数年前のことになるのだろうけど、現代にこんなところがあるなんてちょっと信じられないほどだ。DVD特典の監督のインタビューによれば、このような話は実際に起こっていることだという。もともとは、かすかに希望の見えるようなラストにするつもりだったそうだが、それでは現状を伝えることにならない、と、あのようなラストになったとのこと。

主役の少女も、印象的な役柄のお香屋の少年も、ストリートチルドレンだったそうで、役者はみんな素人。最初、お香屋の少年がカメラで撮影している人に声をかけるシーンがあって、ドキュメンタリーなのかと思ってしまった。そのくらいリアルな雰囲気があって、でも、退屈なドキュメンタリーとは違ってストーリーがあり、少女の男装がばれないかとひやひやしたり、お香屋の少年の優しさにほっとしたり、少女のおばあちゃんの昔話の語り口にしみじみしたり...

原題の「オサマ」というのは、男装した少女の名前だ。みんなに「女ではないか」と疑われて名前を聞かれ、答えにつまっている彼女に代わって、お香屋の少年が咄嗟に答える。どうしてそういう名前にしたのかは、DVD特典で監督が語っているが、ふうんそうなのか、という感じ。

とにかくタリバン支配はめちゃくちゃだったようなので、アメリカがタリバンを攻撃してその政権を崩壊させたことは歓迎されたのだろうか...それでも、タリバンが力を持つ背景というのはあったのだろうから、この映画だけで「タリバン時代はひどかった」って判断してはいけないのだろうけど...今、暮らしは少しはよくなっているのかなぁ...

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映画「マイティ・ハート」

「グアンタナモー僕たちが見た真実」の監督、ということで、期待して見に行った。で、やはり作り方が似ている感じで、実話に基づいて作られたドラマだった。
雑誌社に勤める夫と放送会社に勤める妻がパキスタンに取材に出かけ、そこで夫が消息を絶つ。夫に何が起こったのか、不安に思う妻(アンジェリーナ・ジョリー)の気持ちはよく伝わってきた。
細部の人間関係とかがわかりにくかったけど、ハラハラする展開とパキスタンの町の風景にはひきつけられた。マイケル・ウィンターボトム監督はきっとこういう風景が好きなんだろうな、と思う。イスラムの人たちの町。たくさんの人、混雑した道路...。
「こんなことをするテロリストたちは許せない」というような描き方ではなく、大切な人を誘拐された者の気持ちに焦点があてられていて、どこに悲しみをぶつければいいのか、混乱した思いを感じることができた。

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映画「ヘアスプレー」

「レント」でミュージカル映画の楽しさは知ったけど、やっぱりどちらかといえば避けてしまうミュージカル。しかも「ヘアスプレー」なんていうタイトルに惹かれるものはないし、ジョン・トラボルタの女装というのもあまり見たくないし...。でも、meggy さんの感想 を読んで、この映画が見てみたくなった。

で、やっぱり、歌が楽しい(^^)。60年代のビートというのにしっかりはまってしまう(^^;)。この時代、白人と黒人が一緒に踊ることはタブー視されていたんだなぁと知る。今、基地にいると、黒人差別というようなものを感じることはほとんどないだけに、数十年前にはこんな時代があったんだということが信じられないような気がするけど、今の状態も少しずつ勝ち取られてきたものなんだ。

ボルチモアに住む、かなり太った白人の女子高生トレーシー(ニッキー・ブロンスキー)が主人公。彼女は、ダンスがうまいことを誇りに思っていて、自分の容姿にすごくコンプレックスを持っているということもない。その前向きでまっすぐな性格が気持ちいい。容姿を気にしていないわけではなくて、髪にはとても気をつかってるし、笑顔が可愛い。

彼女の大好きな「コーニー・コリンズショー」は歌と踊りの番組だが、ふだんは白人だけで構成されている。月に一度「黒人の日」(ニグロディ...すごい呼び名だな、と思ってしまった)があり、彼女はそれが大好きだった。確かに、見ていても、黒人の人たちの歌と踊りには迫力がある。やっぱり天性のものがあるのかなぁと思う。高校で居残りの罰を受けることになったトレーシーは、その教室にいる黒人の生徒たちのダンスにすっかり魅せられてしまい、彼らと仲良くなるのだが...。

ミシェル・ファイファーが演じる、番組の製作担当者とその娘が完璧な悪役として描かれていて、物事はそんなに単純じゃないだろうとは思うものの、ミュージカル映画もやっぱりいいな、とまた思った。

一番心にしみた歌は"I know where I've been." クイーン・ラティファ、かっこいい(^^)。この歌が歌われる直前のトレーシーの言葉には思わず涙してしまった。

いいな、と思ったセリフは(以下ネタバレ)

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ビデオ「イノセントワールド-天下無賊-」

おもしろかった。スリやら恐喝やらで生計をたてている中国人カップルが主人公。女(レネ・リウ)のほうは、こんな生活からぬけだして足を洗おうとするが、男(アンディ・ラウ)のほうにはそんな気はなく、いったんは破局。しかし結局もとの鞘に収まって、電車で旅を続けることになる。その電車に乗り合わせたのが田舎出身の純朴な青年。彼は5年間の出稼ぎで稼いだ大金を持っていて、周りの者の心配をよそに、「泥棒なんていない」と信じ、大金を持っていることを隠さない。ところがこの電車にはこのカップルのほかにも大きな盗賊団が乗り合わせていたのだ...。

舞台がチベット高原ということで、景色がすごい。中国はやっぱり広い。しかも、話のほとんどは私の好きな電車のなかで展開(^^)。で、この展開がまったく読めない。というわけでぐんぐん話にひきこまれていく。

スリの妙技とか、話の細部がちょっとわかりにくいところはあったけど、中国っておもしろい国だなぁと改めて感じた。私のイメージのなかの中国より、今はずいぶん「現代的」になっているという印象を受けたけど、でも古いものもいっぱい残っている。

英語のタイトルは "A world without thieves" 泥棒のいない世界。「泥棒なんていない」と本気で信じている青年に現実を教えてやらなければいけないのか、それとも彼が現実に失望することがないように守ってやろうとするのか。「イノセントワールド」という日本語のタイトルは原題とはちょっとずれているけれど、確かに無垢な魂が持つパワーというのはありそうだから、イノセントという言葉を使いたかったのだろうか。

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映画「ブラインドサイト」

目の見えない子どもたちがヒマラヤ登頂をめざす、と聞いて、「いったい何のために?」と思った。目の見える者なら、山の頂上に立ったとき、素晴らしい景色をのぞむことができるだろう。山に登っている間も。でも、それらのものを何も見ることができないのに、苦しい思いをして何故登るのか。

チベットでは、盲目の人たちは、前世に悪いことをしたのだと考えられていて、差別を受けている。身内からすら疎まれていることがあり、子どもたちは十分な教育を受ける機会もなく、自分自身に誇りを持てずにいる状況だった。そこへドイツからやってきた盲目の女性サブリエが目の見えない子どもたちのための学校を作り、子どもたちにチベット語、中国語、英語を教え、いろいろな経験をさせたり、技術を身につけさせて、盲人であることを恥じる必要はないのだと知らせていく。

そんななか、盲人として初めてエベレスト登頂に成功したエリックのことを知ったサブリエは、エリックにメールを出して、学校を訪問してほしいと頼む。それがきっかけとなって、子どもたちがヒマラヤ山系の7000m級の山ラクパリ登頂をめざすプロジェクトがスタートする。

子どもたちは自分の可能性を試したいのだ。盲目だからといって何もできないわけじゃない。エベレストを目指した者のうち20パーセントは死亡しているという。そんな大変なことに挑戦できる...その機会に手をあげたのは6人の子どもたち(14歳から19歳)だった。優秀な山岳ガイドがひとりひとりの子どもにつき、山を登るためのトレーニングを経て、いよいよヒマラヤへと向かう。

山の景色は圧倒的だ。子どもたちはこの景色を見ることはできないけど、全身で感じてはいる。ただ、体力的には多くの子どもたちにとってはかなりきつい行程で、ついていくのが大変な子どもも出始める。高度が高くなるにつれてさらに...。そして、子どもたちにやはり頂上をめざせさせるか、それとも何人かはあきらめさせるか、それともいっそのこと全員下山するか、ということについて、スタッフの間で意見が対立。その議論の様子もカメラに収められていて、私自身、どうしたらいいんだろう、と映画を見ながら一緒に悩んでしまった。子どもたちの気持ちやそれぞれのスタッフの気持ちが痛いほど伝わってきて、そんなふうに感じさせてくれた、という点で、この映画はすごいと思う。

ただ(以下完全ネタバレなので、まだ見ていない人は読まないほうがいいと思います)

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映画「いのちの食べかた」Our daily bread

私たちがふだん食べている肉や野菜はどのように作られているのか。その様子を、解説や音楽いっさいなしで、映像だけで淡々と映し出した映画。

ベルトコンベヤーに乗って運ばれ、機械から次々と吐き出されるヒヨコたち。鶏や豚は肉になるために生産されているんだなぁ、と改めて感じる。まるで物のように扱われる動物たちに、ちょっと心が寒くなるけれど、どんな扱い方をしたところで、人間が動物を殺して生きていることは確かなわけだ。まさに、いのちをいただいているんだなぁと思い知らされる。やっぱり人間は罪深い存在なのかも...。

解説がいっさいないため、何をしているのかわかりにくいところがあり、黙々と作業を続ける人の映像はやや単調で、もうちょっと説明してくれてもいいのにな、とは思った。同じ題材をマイケル・ムーアが扱ったなら、彼の主張を全面に出したわかりやすいエンターテインメント作品にしあげていただろう。自分は一言も語らずただ事実を提示するというニコラウス・ゲイハルター監督のスタイルは潔いとは思うけど、映画の後ホームページを見て、ようやくああそういうことだったの、ってわかるっていうのも...

「こんな映画、混むことはないだろう」とタカをくくって(というか、映画館の場所をちゃんと確認していなくて、行くのに時間がかかってしまったのだけど(^^;))、開始時刻に少し遅れてしまった(予告編上映中だった)ら、最前列しか空いていなかった(*_*)。さらに遅れてきた人もいて、満席となる。次の回は、森達也さんによるトークショーがあるためか、映画館を出たら既にたくさんの人が並んでいた(@_@)。立ち見が出たか、入れない人が出たんじゃないかなぁ。食に関心のある人が多いということか。というわけで、見ようと思われる方は、少なくとも土日は、開始時刻よりかなり早めに映画館に行かれたほうがいいと思います。

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映画「君の涙 ドナウに流れ」szabadság szerelem

「ハンガリー動乱」というのを世界史でやった覚えはあるけど、どういうものだったかはまるで覚えていない(^^;)。この映画を見たおかげで、歴史上の出来事がかなり具体的にイメージできた。

1956年のハンガリーはソ連の支配下にあり、共産主義に反対するような考えはきびしく取り締まられ、秘密警察(AVO)が活躍していた。そんななか、自由を求める人々が声をあげる。

ハンガリーは水球が強いそうで、映画の主人公は、水球の花形選手カウチとブダペスト工業大学の学生ヴィキ。このヴィキが凛とした美しい女性で、かっこいい(^^)。独立を求める学生運動の中心メンバーのひとりとして、自分の信ずるところにしたがって行動する人。カウチはまずヴィキの美しさに惹かれる。反共活動に参加すると水球選手としての活動が危うくなるので、政治活動には乗り気ではなかったが、やがて...

原題の szabadsagは、independence や liberty という意味、szerelem は、love とか passion という意味のようだから、もともとの意味は、「自由を渇望して」という感じだろうか。内容もそれが中心テーマで、映画の最後に流れたテロップ(ハンガリー作家による詩らしい)でもそれが示されている。邦題はちょっとセンチすぎるなぁと思うけど、そのほうがお客さんが入るのかな。ちなみに英語でのタイトルは Children of Glory(栄光の子どもたち)。

水球シーンは迫力があり、ドラマとしての筋立てもおもしろいし、とても美しい壮大なシーンもあって、映画を見たという満足感にひたりました(^^)。

ひとつ考えさせられたのは、「武器を持つ」ことについて。

(以下ネタバレ)

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ビデオ「日本以外全部沈没」

これほど評価の分かれる映画も珍しいのでは。ディスカスやヤフーでのレビューを見ていると、「くだらない」「つまらない」「最低」「時間の無駄」というような酷評が多いなか、「さすが筒井康隆」「最高」という評価もあって...で、私はというと、好きだった(^^)。

突然の天変地異で、アメリカが沈没。続いて、中国大陸、ユーラシア大陸全体、アフリカ...と次々に沈没していき、残ったのは日本だけ。世界中から難民が日本に押し寄せる...と、どうなるか。

考えてみたことがなかったが(まあ、ありえないことだし(^^;))、食料を輸入に頼っている日本は食糧不足に陥り、しかも、人口が5倍に膨れ上がっているので、食糧不足に拍車がかかる。

興味深かったのは、日本人が外国人に対してどういう態度をとるか、だ。日本に住まわせてもらっている難民はみんな弱い立場。アメリカ、中国、韓国...昔、日本はそれらの国の顔色をうかがっていたのに、今は立場が逆転。一般の日本人の態度も...なんか、そういうことってありえなくもないなぁ、と思ってしまうような話が展開する。

「外国人には見せられない」というレビューがあったけど、私は外国の人に見てほしいな、と思った。とりわけアメリカ人とかイスラエルの人とか。土地を持っている、っていうことがそれほどエライことなのか。自分が難民の立場になったら...って考えてみたことがあるだろうか。外国では公開されていないのかな、と思って、IMDB(インターネットムービーデータベース)を見てみたら、"Nihon igai zenbu chinbotsu" っていうのがちゃんとあって、70人の投票により、10中4.5という評価だった。「おもしろくない」「退屈」という声とともに、「日本沈没よりおもしろい」という声もあって、ここでも賛否両論。

原作者の筒井康隆さんはちょい役で出演していたようで、つくづく遊ぶのが好きな人なんだな(^^)。

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映画「少年、機関車に乗る」Bratan

「レール・ロード・ムービーの傑作」というコピーに惹かれて見に行ったら...まあ、その通りだった、電車好きとしては(^^)。タジキスタンの映画で、セピア色の画面が古さを感じさせるけど、製作は1991年だから、普通にカラーフィルムはあったのだろう。カラーフィルムで撮ったとしても、こんなふうにセピア色っぽい画面は多くなっただろうから、どうしてわざわざそんなふうに撮ったのかはわからない。何もない、だだっ広い赤茶けた大地は、中国のシルクロードの風景を思い出させるが、それもそのはず、家に帰ってから地図を確認すると、タジキスタンは中国の西隣にある国なんだった。

17歳の少年ファルーとその7歳の弟、通称"でぶちん"が、遠くの町に住む父親に会いに行く。知り合いの運転士ナビに頼んで(たぶんタダで、あるいはタダ同然で)機関車に乗せてもらう。弟は土を食べるという病癖があり、ファルーはその弟を父に預けて、自分は出稼ぎ仕事をしたいと思っているらしい。どうして父親が遠くに住んでいて兄が弟の面倒を見ているのか(祖母が一緒に住んではいるけど)とか、ファルーのアルバイトの内容とか、よくわからない部分があって、起承転結がきれいにまとまっている話の好きな私には消化不良の感はある。原題のBratan は「弟」(brother)という意味らしいから、この映画の主題もそのあたりにあるんだろう.けど....。確かに、弟を父親に預けよう(押しつけよう)とはしているが、この兄が弟思いであることは伝わってきた。

なんといっても、汽車に乗って、過ぎ行く風景を眺めるのは楽しい。とりわけこの汽車は、駅でもないところに止まったり、まあそのほか、日本の電車では考えられないようなエピソードがいろいろ登場する(^^)。タジキスタンに行くことなんて一生ないだろうけど、映画のおかげでちょっと旅の気分を味わった(^^)。

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映画「友だちのうちはどこ?」KHANE-YE DOUST KODJAST?

イランのアッバス・キアロスタミ監督の名前を知ったのは映画「明日へのチケット」を見たとき。エルマンノ・オルミ、アッバス・キアロスタミ、ケン・ローチという3人の監督による共同制作ということで話題になった(?)が、私はケン・ローチ以外の人についてはまったく知らなかった。

で、キアロスタミの担当した部分は、傲慢な女性とその人の世話をする若者の話。この女性のわがままぶりは、見ていて気分が悪くなるほどで、気持ちのよい話ではなかった。でも、なぜかいろんな場面をよく覚えている。

で、先日、図書館でビデオ「桜桃の味」を借りて見てみた。カンヌでパルムドールを受賞したというキアロスタミ監督の代表作のひとつ。自殺の手助けをしてくれる人を探す男の話で、ラストは私には理解不能だったけど、ひとりひとりの人物の表情とかが印象に残る作品だった。

「友だちのうちはどこ?」は、小学2年生の男の子が、持って帰ってきてしまった友だちのノートを友だちのうちに届けに行く話。1987年の作品だから、今から20年前。ノートではなく紙に宿題をやってきた友だちが先生に叱られていて、「今度やったら退学だ」と言われていた。その友だちのノートを持って帰ってきてしまったのだ。

イランの教育方針というのは当時も今もあんな感じなんだろうか。子どもは大人に従うもの。口答えは許されない。この先生も権威をかさにきて、子どもの気持ちを思いやるとか、ひとりひとりの子どもを尊重しようとか、そういう姿勢は感じられない。親もそうだ。「なんとか今日中にノートを届けなければいけない」と一所懸命に説明しようとする子どもにまったく耳を貸さず、「とにかく宿題をしろ」と言い、次々と雑用を言いつける。アメリカ的な教育観(私も基本的にそういう教育観の持ち主だと思う)からすると、ひどいなぁと思う。でも、そんな教育を受けながら、イランの子ども達は優しい心を育んでいくのだろうか。

友だちにノートを届けなければ、と一所懸命説明しても母親から許可をもらえない。大人の言うことには従わなければいけないんだけど、自分のせいで友だちが退学になっては大変、と、少年は親に逆らうことになっても届けに行くことを決意する...

少年の一所懸命な様子が心地よく、なんとか家を見つけられるといいなぁ、と願いながら見てしまう。ラストはちょっとほっとさせられた(^^)。

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映画「ミルコのひかり」ROSSO COME IL CIELO

好きな作品だった(^^)。
イタリアのトスカーナ地方に住むミルコは映画の好きな元気な少年だったが、ある日事故で両目の視力を失ってしまう。全寮制の盲学校に転校することになるが、見えない自分を受け入れることができない。でも、もともと映画の好きだった彼は、見えなくなったことでいっそう「音」への感覚を研ぎ澄ますこととなって...

子どもは楽しいことが好きだ。そんな子どもの姿がよく出ていた。子どもはいつも天使というわけじゃない。でも、おもしろいことには夢中になる。そしてそういう子どもを肯定しようとする先生がいたこと...

「音」っていうのは確かにおもしろい。うちの電子ピアノにはいくつかの楽器の音のほかに、犬の鳴き声や車のエンジン音、風の音などがプリセットされているので、それらをテープに録音して子ども達に聞かせたところ、大喜び(^^)。「これは何の音?」「ヘリコプター!」「水!」...音と音とのつなぎめには短い空白があるけど、次の音を聞くためにシーンとなる。一通り終わると「もう一回!」という声があがる(^^)。

原題は「空のように赤い」という意味。生まれつき盲目だった子どもが「色ってどんなもの」かをミルコに尋ねる場面があった。海は青い、空も青い、夕焼けの空は赤い。でもそれを生まれつき盲目の子どもに伝えるのはむずかしい...だけど、すべての可能性が否定されているわけじゃない。

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映画「コマンダンテ」

「コマンダンテ」は「司令官」の意味。ゲバラのことも「コマンダンテ」と呼ばれるし、他にもキューバ革命で指導的な立場にいた人達のことをそう呼ぶようだけど、今,単に「コマンダンテ」と呼べばカストロのことを指すらしい。

今年の5月にこの映画が封切られたとき、私はキューバに行くなんて思ってもいなかったし、予告編を見る機会はあったけど、本編がそれほど見たいとは思わなかった。でも、キューバに行ったので、やっぱり見ておこうと、金曜のレイトショーに出かけてきた。DVDが出るとのことだけど、ツタヤディスカスで見ると「この作品はレンタル化されておりません」と出たので...

で、正直いうと、結構寝てしまった(^^;)。金曜は超早番で4時半起きなので、レイトショーの時間に眠くなるのも道理だけど、「シッコ」は同じく超早番の金曜にレイトショーで見て眠くならなかったからなぁ。もっとも「シッコ」を一緒に見ていた友人は途中寝ていたようだから、「シッコのほうがおもしろい」とは一概に言えないと思うけど...私には「シッコ」のほうがおもしろかった。「コマンダンテ」は半分は英語だけど、半分はスペイン語だから(通訳が入るのでスペイン語の部分が英語に訳されるとはいえ)、そのせいもあるかもしれない。でも、「シッコ」はエンターテインメント的に見せる工夫がされているけど、「コマンダンテ」は撮った映像をできるだけ自然な状態で流す、という感じ。内容に深い関心がないと、集中するのがむずかしい(^^;)。ハバナ大学や、マレコン通り、実際に歩いた道のあたりが出てきて、そういうのを見るのは楽しかったし、素顔のカストロが映画や女優の話をしたり、政治的な問題で興味深い質問もあった。町を歩けば、「フィデル!」「コマンダンテ!」と声がかかる。そう、キューバの人たち、カストロのことをファーストネームで呼ぶ。ハバナで乗った馬車のおじさんも「フィデルがどうのこうの」と話していた。ブッシュのことを「ジョージ」と呼ぶアメリカ人を私は知らない。カストロはキューバの人たちから慕われている、という印象はある。

この映画がアメリカでは上映禁止になった、という話は聞いていたけど、それほどアメリカの悪口を言ってるわけでもないし、何が問題なんだろう、と思ったら、ウィキペディア によれば在米キューバ人の圧力で上映中止になったということらしい。カストロが理想的な指導者であるかのように描かれることが耐えられない、ということなのだろう。カストロを慕うキューバ人は多いけど、すべてのキューバ人がそうだというわけではない。

こちらで、スペイン語字幕付き全編を観ることができる(字幕は見にくい)ので、関心のある方はどうぞ。

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映画「シッコ」Sicko

うーん、そうなのかぁ...と思ってしまう。アメリカは日本のように国民皆保険制度がなく、医療費が高い、ということは聞いていたけど、ここまでひどい状態だとは...。

最初に出てきたのが、足を怪我して傷口が結構深い人の映像。その人はなんと自分で傷口を縫っている!彼は保険に入っていない。医療費は高いから自分で治療すると言う。

保険には誰でも入れるわけではない。既往症があったりすると保険に入ることはできない。保険に加入できない既往症のリストをプリントアウトしたら家一軒くるめるほどだという。健康でないと保険には入れないのだ。

それでも、幸運にして保険に加入することができれば安心かというと...いざ、治療費が必要となったときには、保険会社はなんやかやと難癖をつけて払おうとしない。「そんな治療は実験的であり必要ではない」とか「(とっても小さな)病気の申告漏れがあったので契約は無効」とか...。治療費が払えないため、治療ができず、命を落とした人が何人もいるのだ...愛する娘や夫を失った人の話は胸につきささった...

アメリカでは、皆保険制度というのは社会主義的だと考えられていて、そんなことをしたら治療を自由に選べなくなる、と言われている。ヒラリー夫人が国民皆保険制度を打ち出したことがあったけど、結局つぶされてしまった。それはなぜ?誰のため?

そこで、監督のマイケル・ムーアは、他の自由主義の国に医療の現状を確かめに行く。カナダ、イギリス、フランス。どこでも医療は無料で、病気にかかったときに、治療費の心配をする必要はない。では、社会主義国のキューバではどうか。治療を担当しているのは政府系機関だからお粗末で効率の悪いものに違いない...と思ったら、ハバナ病院は近代的な設備を備えていて、治療は無料、薬代も格安。それらの国では医師は患者の病状を改善することだけに専念すればよく、この治療は保険でカバーされるか、とかどうしたら利益をあげられるか、なんて考える必要はない...(もちろんそれが当然だと思えるけど...)

そういう事実を提示されたら、確かにアメリカの制度ってヘンだ、と思えてくる。実際、アメリカの医療制度に泣いた人も相当数いるようだ。この映画がきっかけとなって、何か動きが起きればいいな、と思う。そしてその可能性もなくはないと思える。監督のマイケル・ムーアが「保険で悔しい思いをした人の体験談」を募集したところ、あっというまにたくさんの話が集まった。そのなかのひとりの話。彼の2歳の難聴の娘の治療に関して、保険会社は右耳のみの治療を認め、左耳は必要ない、との決定を下した。それに納得できなかった彼は保険会社に対し、「貴社の対応について、マイケル・ムーアに知らせる」と手紙を書いたところ、「左耳の治療も認める」との決定が下されたのだ。

ただ、映画の中で、カナダやイギリス、フランス、キューバの制度はとてもいいものとして描かれているけど、実際は完璧なものというわけではないだろう。フランスで、あれほどいろんなことにデモが起きているということは、今の生活に満足していない人もたくさんいるのだろうから。キューバにしても、ハバナ病院の施設はちょっと信じられないくらい素晴らしかったし、アメリカでそんな高価な薬がキューバで簡単に手に入るというのも...きっとそれは事実だったのだとは思うけど、いつもそんなにうまくいくとは思えない。
この夏キューバに旅行したときには、「ハバナ大学にはお金がなくて、パソコンやコピー機などの設備も十分にない」という話を聞いた。また、民宿では「トイレットペーパーは自分で用意するように」と言われたのでいくつかの店を探したのだけど、手に入れることができなかった。(というわけで、結局、おかみさんが用意してくれた。)
生活必需品が簡単に手に入らない(キューバの人たちには配給があるからそんなに苦労することはないのかもしれない。そのあたりの実態は私にはわからない)のに、薬は手に入るのだろうか。医療には力を入れているから?ありえないことではないとは思うけど...

そういう疑問点はあるにしても、一般のアメリカ人が普通のこととして受け入れてしまっている制度に「これって普通なの?」と問いかけた意味は大きいと思う。彼の "Do something" という姿勢はやっぱり好きだな。

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ビデオ「ヒバクシャ」

日本人の作った「ヒバクシャ」という映画なのだから、広島、長崎の話が出てくるものと思っていたら、まず出てきたのはイラクの映像だった。湾岸戦争の後、イラクの子どもたちに白血病が増えている。考えられるのは米軍によって使用された劣化ウラン弾の影響だ。ところが経済制裁のせいで薬が十分にない。親も医者も子どもに薬を与えてやりたいが、ないものはどうしようもない...そうして子どもたちは亡くなっていく。

監督の鎌仲ひとみさんは、日本で被爆者に会う前に、イラクでヒバクシャに会い、それが映画を作るきっかけとなった。原爆によって直接被爆した人だけでなく、様々な形で放射能を体内に取り込んで「被曝」した人がいる。この映画で主に描かれているのはそうした低線量被曝を経験した人たちだ。

イラクでヒバクシャに会った鎌仲さんは、日本に帰ってから日本の被爆者の人たちの話を聞く。そのなかで、自身ヒバクしながら、ヒバクシャ治療を続けてこられたお医者さんにいろいろな話を聞いて、さらにその人とともに渡米して、アメリカのヒバクシャの話を聞きにいく。

ワシントン州ハンフォードには大規模な核製造工場があり、その風下地域の住民の健康被害がその工場のせいなのではないかと疑われ始める。そしてアメリカ政府は、なんと、その工場が意図的に放射線物質を風下にばらまいてどのような影響が出るかを調査していた、という事実(!)を認めながらも、その事実と健康被害との因果関係については認めない!その地域は大規模な農業地域でもあり、農民としても、放射線による汚染のある作物だというレッテルを貼られては困るから、その因果関係を認めようとしない...!そしてそこの作物は日本に輸出されていたりするのだ...

鎌仲さんの立場が核に反対であることは、映画を見ていると伝わってくる。でも、彼女は取材するにあたってはいろいろな立場の人の話を聞くために、あまり自分の立場を明確にはしない。見ていて歯がゆくなることもあるけど、そうでないと話は聞けないだろうな、とも思う。

広島、長崎のことも、もちろん忘れてはならないことだけど、低線量被曝は、今の私達に直接関係のある事柄だ。彼女が、この映画を作ったあと、六ヶ所村を取材に行くことになったいきさつがスムーズにつながる。日本だけでなく、イラクで、アメリカで、世界各地でヒバクしている人がいる...そして、それは他人事ではないんだ...

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ビデオ「プロミス」Promises

とてもおもしろかった。イスラエル、パレスチナの子どもたち7人の生活を追いながら、彼らがそれぞれ相手に対してどんな思いを抱いているのかを聞いていく。取材が開始されたのが1995年、撮影は1997年、1998年、2000年のアル・アクサ・インティファーダが始まる前の比較的平穏な時期に行なわれ、2001年に編集が終わって完成した。

イスラエルの子ども、といってもみんな同じじゃない。エルサレムに住む、比較的リベラルな考えを持つ両親の元で育った子、超正統派ユダヤ教徒の子、ヨルダン川西岸の入植地に住む右派の子ども。パレスチナ側も、難民キャンプに住む子とエルサレムに住む子が登場する。

みんなもちろんカメラは意識しつつも、子どもらしい率直さで思いを口にする。子どもによって、かなりネコをかぶっていると思える子と本音をしっかり出していると思える子はいるけれど。

監督は3人で、それぞれ生まれ育ったところが違う。DVD の特典映像で監督達のインタビューを聞いていると、もともと「こういう映画を作ろう」というはっきりしたコンセプトがあったわけではなく、あったのは「子どもたちはいったいどんなふうに考えているんだろうか」という疑問だった。そして取材を続けるなかで、こういう映画ができあがった。3人の監督のうちのひとりB.Z.は、ヘブライ語とアラビア語を話し、それぞれの子どもたちとかなり深く関わるなかで、自身、映画の登場人物のひとりとなっていく。

おたがいを敵だと思っている子どもたち。あるとき、B.Z.は、その子達それぞれに、「会って話をしてみないか」と提案した。子どもたちの反応は...

この映画が撮影された時期と今とではまた状況が違う。結局、この映画は大勢になんの影響も及ぼさなかった、と言うことはできるけれど、子どもたちの中に希望は見つけられるかもしれない、とは今も思う。

(以下ネタバレ)

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映画「オフサイド・ガールズ」Offside

イランでは女性は競技場でサッカー観戦をすることができないーという話はブログ「イランという国で」で読んだことがあったけど、そのタブーに挑戦した女の子達の話。イランのワールドカップ出場がかかった大事な試合で、男装して競技場にもぐり込もうとしたのだ。しかし、セキュリティに女だと見破られ、試合観戦はさせてもらえず、場外の囲いの中へ連れて行かれる。そこにはそんな女の子が数人。これから処分を受けることになるのだが、そこでも場内の熱狂は伝わってきて、彼女達は試合の経過が気になって仕方ない。警備をしている兵隊達も試合は見たい...

私はサッカーにうとく、キューバで「マラドーナが治療を受けた病院」とかに案内されたときも、「マラドーナって何?」と訊いてしまったほどだ(^^;)。でも、甲子園での阪神戦は何度か見に行ったことがあるから、生で試合を見るのがどういうものなのかはある程度わかる。サッカー好きなら、やはりスタジアムで直接応援したいだろう。

それなのに何故女は観戦できないのか。ひとりの女の子は率直に警備の兵士に尋ねるが、返ってくる答えは歯切れの悪いもの...

これを製作したのがイラン人の男性だというのが頼もしい。この女の子の疑問はそのまま監督の疑問でもあるのだろう。それを「女性の権利云々」という固い切口で真正面からとりあげるのでなく、元気な女の子達と心優しい男性陣とのコミカルなやりとりに仕上げているのが楽しい。一緒に試合の興奮を体感できるようなワクワクした気分で話がすすむから、最後はちょっと私には物足りない感じがしたけど...

今日はもう一本、「長江哀歌」を見た。こちらは、淡々と話がすすんで、中国の事情をよく知らない私には、いまいち話がわからなかった(^^;)。

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映画「フリーダム・ライターズ」

ヒラリー・スワンク演じる新米の国語教師が、問題の多い高校に着任して奮闘する話。こういうストーリー展開はわりとよくある。たとえば「デンジャラス・マインド」。でも、これは見ていて、ミシェル・ファイファーの演じる教師役にいまいちリアリティが感じられなかった。そんなうまくいくとは思えないなぁ、と思ってしまった。それに比べると、「フリーダム・ライターズ」はよかった。最初、見向きもされないミスG(ヒラリー・スワンク)が生徒の心をつかんでいく...のはもちろんそんなに簡単なことじゃないけど、不自然にもみえなかった。

ミスGが本気で生徒のことを考えている、ということを生徒達が感じ取ったからだろう。「保育士は私の天職だ」と思っていたこともあるけど、彼女を見ていると、「私にとって保育士が天職」だなんて言えないなぁ、と思ってしまった。入れ込み方が違う。私にとって保育士は「仕事」に過ぎないけど、彼女にとっては教師が生き方そのものだ。

彼女は自分を犠牲にしてそうしていたわけじゃない。そうしたかったからそうしていたのだし、身を粉にして働くことを心から楽しんでいた。ただ、その結果失ってしまったものもあるわけで...でも、誰もパーフェクトにはなれない。実話に基づく、というだけあって、そのあたりのこともリアルに感じられた。

(以下ネタバレ)

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ビデオ「ナヌムの家」

「ナヌムの家」とは、第二次世界大戦で日本軍のために「慰安婦」とされた女性たちの何人かが集まって共同生活をしている場。「慰安婦」問題が日韓両国でクローズアップされた1991年頃から、元「慰安婦」の女性たちへの生活支援を求める韓国内の世論が高まり、1992年、ソウルに開設された。1995年にソウル郊外の京幾道広州市に移転。ナヌムとは韓国語で「分かち合い」という意味だそうだ(以上、ウィキペディア より)。 この映画はそこで暮らす人や、またその他の地域にいる「慰安婦」だった人にインタビューして作られたドキュメンタリー。製作は1995年で、もうみなさんかなりの高齢になっておられる。

中国に残された「慰安婦」の方を訪ねる場面があって、その方の話が衝撃的だった。慰安所だったという建物。「身も心も捧ぐ大和撫子のサーヴィス」という看板(古い写真)。話をされていた方は、17歳のときにそこへ連れてこられたのだそうだ。そんなことをさせられるとは夢にも知らずに。17歳といえば長女と同じ年...この方の経験されたことがあまりにもひどくてここに書く気にならない...自分の娘がそんなめにあったら、と思うと...

「お金がほしいのではない。もの扱いされたことがくやしい」...民間の見舞金を拒否し、日本政府の謝罪と賠償を求める運動をされている方のひとりが言っておられた。

正直言って、聞いていてしんどくなるような話だし、冗長に思えるような場面もあったけど、日本人の私が知っておくべきことだと思う。「従軍慰安婦」と聞いても、どんなものだったのか想像がつかないけど、その苦しみを実際に味わった人の姿は胸にささる。

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ビデオ「ゲット・オン・ザ・バス」

1995年、ワシントンで「100万人の男達の大行進」というのが、黒人イスラム組織ネイション・オブ・イスラムの指導者ルイス・ファラカン師のよびかけで行なわれたらしい。ロサンゼルスからそれに参加するためにバスに乗り込んだ男達の道中記。

みんながイスラム教徒というわけではなさそうだけど、すべて黒人の男性で、「ブラックパワー」という言葉が挨拶のように交わされる。

息子に鎖をつけて監視している父、映画監督をめざしている者、ハリウッドスターを目指す者、母親が白人の者、ゲイ、病院をぬけだした老人...いろんな立場の人間がいて、黒人同士でも偏見を持っていたり...車内ではいさかいが起こったりもするが、それでも、同じ目的を持ってワシントンに向かっている、という連帯感がある。

"Shabooya, sha, sha, shabooya roll call" というラップで、みんなが自己紹介をしていく場面があるのだけど、これがとても楽しい。みんなリズムにのって、うまく言葉をはめていく。(ひとりうまくのれなかった人がいたけど(^。^))。聞いてみたい方はこちら で試聴できます。

途中、ちょっと不自然に思えるエピソードがあったり、作りすぎかな、と思える演出もあるけど、旅のワクワクドキドキを疑似体験できる映画はいいな。とりわけ、みんなから「おやじ」と慕われた最年長の乗客を演じたオシー・デイビスがいい感じだった。

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映画「Salud!(サルー)・ハバナ」

東京平和映画祭へ。朝から夜まで8本のドキュメンタリーを見た(^^;)なかで、一番おもしろかったのがこの作品。

ハバナでは町の真ん中に畑があり、野菜は100パーセントの自給率を達成している。都市および都市近郊で有機農業が行なわれているのだ。ソ連の崩壊で、食糧の供給が止まり、深刻な食糧不足に陥ったキューバがどうやってこんな豊かな食生活を達成することができたのか。石油もないから、耕運機とかも使えなくて、昔ながらの方法に戻っていく。農薬も買えないから、ひまわりやそのほか、自然の植物で虫の嫌うようなものを近くに植える。土地を豊かにするためにミミズを使う。混植をする。ピンチをチャンスに変えたキューバの取組みを見ていると、なんだか希望がわいてくる。私が野菜好きのせいもあるけど、野菜が本当においしそうだし、また、町の人や、特に子どもの明るい表情も魅力的だ。

上映の後、監督の井坂泰成さんが、司会の方のインタビューに答えて、キューバの印象として、「働いている子どもがいない、ホームレスがいないのがいい感じだった」と言っておられた。もともと肉食をよくするお国柄だったらしいけど、カストロも玄米菜食を始めたとか。キューバに行ってみたくなった(^^)。

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映画「Women in Struggle」

パレスチナで政治活動を行なってイスラエルの刑務所に投獄された4人の女性たちにインタビューして作られた映画。政治活動というのは、爆弾を作ったり、爆弾をしかけたり、ということだったりするので、イスラエルやアメリカから見れば彼女達は「テロリスト」ということになる。しかし、監督のブサイナ・ホーリーさんは彼女達の行為の善悪を問うことはしない。監督もまたパレスチナ人女性であり、彼女達がどうしてこんな行動をとったのか、またその後、どんなふうに感じているのかについて伝えようとしている。

パラダイス・ナウ」は、自爆攻撃に向かうパレスチナ人男性を描いたフィクションだったけど、これはドキュメンタリー。実際に爆弾をしかけた人の話を聞く、というのはちょっと不思議な感覚だ。彼女のしかけた爆弾によって人が死んだ。そのことを知って彼女はどんなふうに感じたか。死んだのは彼女達を苦しめているイスラエル人だ。それでも...
衝撃的なのは、刑務所で受けた拷問の話で、人間には残酷な面があるんだなぁと思う...そのような拷問を受けた結果、出獄した後も、普通の夫婦生活を送ることもできなくなり、彼女達の人生は大きく変わらざるをえなかった。

刑務所で何年も過ごさなければならなくて、子どもを産んで母親になる、という夢もかなわなくて、それでも、彼女達は今、誇りをもって生きている。

映画の後、監督と話す機会があった。主催者側が、タイベビールというパレスチナのビールを用意されていて監督がそれを手にしておられたので、思わず「ムスリムじゃないんですか」と訊いてしまった。いきなり宗教を話題にするのは失礼だよな、とすぐに思ったけど、口から出てしまった言葉はしかたない(--;)。監督はムスリムではないそうで、「パレスチナの人はほとんどがムスリムだと思っていました」と言うと、「そうでない人もいるのよ。日本人だってみんなが仏教徒というわけじゃないでしょ」と言われた。

監督のブサイナさんはアメリカに5年間住んで、映画制作について勉強されたそうだ。「アメリカで5年間勉強するとなったらすごくお金がかかると思うし、そんなふうにできたブサイナさんはラッキーだったんですか」と訊くと(だいたい、こんな話も失礼だ(--;))、「アメリカにパレスチナ人はいっぱいいるわよ」とのことだった。

ブサイナさんはヨルダン川西岸の出身だ。ガザから出るのはすごくむずかしいけど、西岸の事情はまた違うのだろう。パレスチナを含む中東地域に何度か行ったことのある人とも話したのだけど、その人の話では、ガザにも立派な家はあり、西岸でもキャンプの外と中の様子はずいぶんと違うとのことだった。イスラエル国籍を持つパレスチナ人もいるし、パレスチナ人といっても一枚岩ではない。それでも、イスラエルによる占領がその人たちを苦しめていることは共通している。

映画には「目線」という副題がついていて、「どうしてこんな副題がついているんですか」と尋ねると、ブサイナさんはそんな副題がついていることを知らなかった。"Women in Struggle ー目線ー" というタイトルなので、日本語ではそんなふうになるのか、と思っておられたようだ。確かにパレスチナ側の視点に立った映画だと思うけど、監督に説明しないで勝手にそんなふうに付け加えるのはどうなのかな、と思ってしまった。

映画は、ちょっとわかりにくいところがあり、また、私はその前に4本、別の映画を見たためか、眠くなってしまったところもあるけれど、実際に爆弾を仕掛けるというような行為をした人の心境や、また刑務所で女性たちがどんな仕打ちを受けたのか、ということについての証言はとても貴重なものだと思う。

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働く

フェアレイバー研究教育センターというところの主催するドキュメンタリー映画上映会 に行ってきた。第一部は労働運動に関連した映画が4本、第二部は"Women in Struggle" という、刑務所に収監されていたパレスチナ人女性たちを追った映画だ。みんなおもしろかったのだけど、今日はとりあえず第一部について。

まずは、"Labor Women" という、アメリカの労働状況を描いたもの。低賃金できつい仕事に就いているのは、今は、アジアや中南米からの移民が多い。その人たちが労働状況の改善を求めて声をあげる、その手伝いをしている女性たちが登場する。多文化社会アメリカで、いろいろな立場の人たちがわかりあうために奮闘しているベトナム人、スリランカ人、韓国人。ベトナム出身の女性が、「同胞たちに「労働組合に入って」なんていう話題をいきなり切り出しても話を聞いてくれない。まずは家族の話題などから入って、関係性を築いていくことから始める」と話していたのが印象的だった。

次に「未来をひらく女たち~パート・派遣の現場から」という、日本の映画。派遣で働いていたある女性は、妊娠したとき、それを理由に契約を切られてしまった。なんとか仕事を続けたいと訴えたのだがかなわず、中絶を考えて産婦人科に行ったと言う。しかし、手術の日、ひとりでも入れる労働組合の門をたたき、結局、契約の延長を勝ち取った。あるいは、市役所などで臨時雇用の形で働いている人たち。何年間も時給のアップはなく、正社員との差は歴然。それなのに、正社員の給与見直しがあったときに、平等に扱うため、臨時雇用の人たちの時給も20円カット、という話が出て、それはあんまりだ、とみんなで立ち上がったそうだ。

さらに、日本で働く外国人雇用者の組合を扱ったもの、「ワーカーズ・コレクティブ」といって、経営者と雇用者、という立場でなく、みんなが同じ立場で働くことをめざした働き方をしている「とまと」というお弁当屋さんを紹介したもの。

「働く」って大人にとっては大きな部分を占めている。人間らしく働きたい、誇りをもって仕事をしたい。でも、そうはなっていない現実があって、それに対して声をあげていく人たちがいるっていうのが心強い(^^)。

そして、人々の注意を引いたり、労働運動を組織するために、映像が力を発揮する場合もあるのだ、ということが言われていた。この上映会を主催したセンターの先生が「私が論文を書いても、そんなものを読む人はほとんどいない。でも、映像にすると見てもらえる場合がある」と話しておられた。上映会の始まる前に、山田耕平さんという方がマラウィで製作されたミュージック・ビデオ「ディマク・コンダ」の紹介もあった。HIVポジティブの人たちが肯定的に生きる助けになれば、ということで製作されたものだそうだ。
この映画会の副題が「ドキュメンタリーの力」だったのだけど、確かに、ドキュメンタリーに限らず、映像の力はすごいと思う。

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ビデオ「母と娘」Anak

"anak" はタガログ語で「子ども」のことだそうだ。

うちの保育園では、フィリピン出身の人がたくさん働いている。
先日、トイレに行って部屋にもどる途中で、同僚のフィリピン人のAに会い、「あ、部屋にもどるんだったら、これ、Mに返しといて」と渡されたのがこのDVDだった。Mもフィリピン出身で、今、うちのクラスを手伝ってくれている(今週で終わりだけど(--;))。

じゃりんこ:どんな話?
M : 海外に出稼ぎに行ってたおかあさんの話で...(後略)すごくいい映画よ。私、泣いたわ。見る?
じゃ:タガログ語?
M : そうだけど、英語もあったんじゃないかな...あ、字幕がついてるわ。見れば?

ということで見ることになった。

ジョシーは香港で家政婦として働いていたが、ようやく仕事をやめてフィリピンに戻ってくることになった。6年ぶりに会う3人の子どもたちはすっかり大きくなっていて、子どもたちも母にどう接していいのか、戸惑っている様子。それでも末っ子の小学生の女の子はすぐに母になつき、高校生の長男も、母を家族として受け入れるが、最年長の長女カーラは母につらくあたる。ジョシーは夫が亡くなったときにも、勤務先の家庭の無理解のため帰宅することができず、カーラはそんな母を許すことができなかった...

海外に働きに行くフィリピン女性がかなり多いのは事実のようだ。それにしても6年も帰ってこられない、というのはつらいなぁ...自分の子どもが大きくなるのをそばで見ることができずに、他人の子どもの世話をしなければならないというのは...

ジョシーが空港(だと思う)で、出稼ぎに行く人たちを見ながら、友人と交わしていた会話が印象的だった。

「この人たちはみんなどうして海外に行くのかしら...お金、お金、お金。すべてお金のためなのよね。」
「男だったら、海外で働いたお金を送って家族を養えば、いい父親だって言われる。でも、女が同じことをしても、それだけでは『いい母親』として十分じゃないのよ。」

少しでもいい暮らしをしたい、と思って、大変な思いをして海外で働いたのに、帰ってみると家族の心はバラバラ。自分はいったい何をしていたんだろう、という思いにとらわれる。

フィリピン版「おしん」という感じかな。ジョシーが香港で受けた仕打ちがあんまりで、現実感がない。ジョシーの勤務先の家庭の人たちが徹底的に意地悪な人として描かれていて、いまどき(これは2000年の作品)そんな人はいないんじゃないかなぁと思うんだけど、Mは結構リアルな話ととらえていたようだから、それなりに現実を反映した設定なのかもしれない。...と思ったら、このサイト の説明によれば、監督は、多くの海外労働者にリサーチして実話で構成した話だということだ。ジョシーの受けた仕打ちが本当にあった話から構成されているとは...。そしてこの映画に共感するフィリピン人がたくさんいる(この映画はフィリピンで大ヒットしたらしい)というのが、なんというか、せつない...映画はすごく悲劇的な結末というわけではないんだけど、それもなんだか現実感がなくて....

せつないといえば、この映画の主題歌。聞いたことのあるメロディーだなぁと思っていたら、もともとフィリピンの歌で、日本でも加藤登紀子らが歌ってヒットしたそうだ。もと歌はこちら

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映画「それでも生きる子供たちへ」All the Invisible Children


ルワンダ、セルビア・モンテネグロ、アメリカ、ブラジル、イギリス、イタリア、中国。7つの国の子どもたちの今を描いた短編のオムニバスで、私はどの作品も結構好きだった。

戦士として銃を持つ。親の言いつけにより盗みを働く。エイズを抱えている。廃品回収をして生活の糧を稼ぐ。戦争で難民になってしまった。金持ちから盗んだものを売って生活する。裕福な家庭に生まれた子、赤ちゃんのときに捨てられたけれど優しい人に育てられた子。子どもたちをとりまく状況は様々で、必ずしも明るいとはいえないけど、でも暗く悲惨でもう救いがないというのでもない。

しばらく前、「トゥモロー・ワールド」という映画のDVDを見た。人類が生殖能力を失って、もう18年間、新しい子どもが生まれていない、という状況。「子どもの笑い声の聞こえない世界になった」というセリフがあって、それはいやだなぁ、と思ってしまった。

廃品回収をして歩くブラジルの兄妹の楽しそうなこと。中国のふたりの少女の笑顔。子どものパワーはやっぱりすごい(^^)。遊園地のメリーゴーランドを見つめるイタリアの子、誰もいない学校で黒板に書かれた問題の答えを書くルワンダの子。この子達が自分のやりたいことができるように、大人はやっぱりがんばらなくちゃいけないと思う。

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ビデオ「マーダーボール」

「マーダーボール」、つまり「殺人球技」とは、車いすラグビーのこと。猛スピードでぶつかってもこわれないように改造した車いすで行なわれる激しいスポーツで、多くの選手は首の骨を折ったことがあるという。

アメリカは、このマーダーボールの世界選手権で10年連続チャンピオンの座を守っていた。ところが、有力選手だったジョーが年齢による衰えなどのため、選手をはずされたことに腹をたて、ライバルチームカナダの監督に就任。ジョーはアメリカチームのサインや戦い方を知りぬいている。はたしてアメリカは再びチャンピオンの座につくことができるのか、それとも強力な指導者を迎えたカナダが新しい王者となるのか。この映画は、選手たちの日々の生活と練習や試合の様子をおさめたドキュメンタリーだ。

障がいを持った人のスポーツドキュメンタリーというと、「障がいにめげずにがんばっている人の感動の物語」みたいな切口になりがちだと思うんだけど、全然違う。安っぽい同情の入り込む余地はない。選手達は、カメラに向かってきれいごとを言うのではなく、本音で語っている(少なくともほとんどの人は)。車いすになった事情。その原因を作ったのが親友だった場合もあったりして、人間関係も変わっていく。障がいを持った自分へのとまどい。トイレの後始末すら自分ひとりですることができないもどかしさ。性生活への不安。今までと同じ生活にはもどれない。...でもすべてをあきらめる必要はない。できることはたくさんある。

なんといっても、試合そのものがおもしろい。私は結果を全然知らなかったので、どうなるのかまるで予想がつかなかった。「スポーツは筋書きのないドラマ」とはよく言ったもので、脚本でなく、こんな結果になるとは、みごとというかなんというか。「障がい者のスポーツドキュメンタリー」というより、実際のスポーツを見て爽快な気分になるのと同じような感覚だった。

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映画「パレスチナ、パレスチナ」

2002年、フランス人監督によって撮影された映画。パレスチナの人たちのふだんの生活を少し知ることができて興味深かった。監督は、イスラエルが占領下で施行している軍令集を読んだことがきっかけでこの映画を作ろうと思ったのだそうだ。あれもダメ、これもダメ、と軍令によって規制される生活。でも、映画のトーンは暗くもなくて、とりわけ子どもたちの明るさが印象的だ。

以下、完全ネタバレの私のための覚書。

まず、幼稚園や小学校などで人形劇をしてまわっている夫婦が紹介される。超満員の会場で整然と座っている子どもたち。人形達がキスをするのを見て笑いが起きる。ふうん、日本やアメリカの子どもたちと同じだなぁ、と思う。エルサレムにブドウを売りに行くパレスチナ人のおじいさんをイスラエルの看守が制止する。「許可証なしで入っちゃダメだ!」子どもたちのブーイング。「おじいさん、がんばれ!」という声援。でも声援空しく、おじいさんはめった打ちにされる...

第二部ではベツレヘム自治区のキャンプの日常が映し出される。かつての占領の実態を支援者の人たち(?)に語っている男の人がいる。外出禁止令のつらさ。外出禁止令のため家の中から出ることができない。トイレは数世帯にひとつの割り当てしかないのに、家の中から出られないから行くことができない。狭い家のなかに閉じ込められたまま、日が過ぎていく。本と名のつくものははみんなとりあげられてしまった。最高で48日間(だったと思う)外出禁止令が解除されなかったこともあった。...

第三部。再び、人形劇師が登場。妻の具合が悪く、ひとりで人形劇を上映した後、帰り道でイスラエルの入植地に迷い込んでしまう。なんとか無事に帰宅した彼は新しい人形を作る。作りながら、妻と交わしている会話が、なんというか可愛い(^^)。最後に、イスラエルの軍令「あれはダメ、これはダメ」というのがいくつか画面に流れる。

そして今の状況は、この映画が作られた当時と比べてどうなんだろうか...

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映画「主人公は僕だった」Stranger Than Fiction

好きな作品だった(^^)。ハロルド(ウィル・フェレル)は国税庁に勤めるお役人。その仕事にふさわしく、数字にめっぽう強くて、四角四面の規則正しい生活を送っている。が、ある日、自分の行動を物語る声が聞こえ、自分は誰かの小説の主人公らしいと気づく。そのうち、その声が彼の死をほのめかし、これはなんとかしなければ、と行動を開始...

物語の書き換えをさせるためにはどうしたらいいかをハロルドが相談する文学の専門家(大学教授)にダスティン・ホフマン、ハロルドの物語を書いている作家にエマ・トンプソン。どちらも私の好きな役者さんだけど、予告編も見ないで見にいったから、そういう人が出ていることも知らなくて、画面で彼らを見て嬉しくなってしまった。
そしてなんといっても、ハロルドが税金未納の取調べをするパン屋の主人アナ・パスカル(マギー・ギレンホール)がとても魅力的。こういう人になれるといいなぁと思う...

もちろんありえない話なんだけど、見た後、ちょっと幸せな気分になれる映画はいいな(^^)。

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ビデオ「戦場にかける橋」The Bridge on the River Kwai

おもしろかった。第二次世界大戦中、日本軍の捕虜となった英軍の兵士達が、タイービルマ間を結ぶ鉄道を作る仕事に従事させられた時の様子を描いたもの。史実をまったく知らない者(^^;)としてはどういうことになっていくのかドキドキするような筋立てで、意外な展開に驚く。結末は、いかにも映画的、というかドラマチックすぎる気はするけど(しかも、この映画で描かれているようなことは史実とは異なる部分がずいぶんあるらしい)、日本軍の描き方も、こういうところはあったのだろうなぁと思わせられる。

橋の建設を急ぐ日本軍の斉藤大佐は英軍のニコルソン大佐に、将校を含む全員が労役に就くよう命じるが、ニコルソン大佐はジュネーブ条約に違反するとして断固として拒否。まずはこのふたりの根競べが見ものだ。「戦争とはいえ、ルールはあるのだ」と主張するニコルソン大佐に対し、「これは戦争だ、ゲームじゃない」と言う斉藤大佐。戦争って「勝ってナンボ」のものだろうから、ルールもへったくれもない、という考え方がわかる気がするのはやっぱり私が日本人だからだろうか。ルールを守った正しい戦争なんてありえるんだろうか、とは思う。

以下ネタバレ

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映画「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」

ヤフー映画のレビューなんかを見ていたら、「笑いが差別的で気分が悪い」とか「3回くらいクスリと笑えただけ」とか、結構ボロクソに書かれているし、「プロデューサーズ」もそんなにアハハと笑えなかった私には多分無理かなーと思いつつ見に行ったら、結構笑ってしまった(^^)。

ボラットというカザフスタン人が、アメリカの生活を故国に紹介するためニューヨークに取材にやってくる。で、テレビで見た女優に恋をして、彼女がカリフォルニアに住んでいると聞き、取材場所をロスに変更。中古車を買ってニューヨークからロスに向かい、行く先々で文化摩擦?を引き起こす、というもの。

確かに、女性、障がい者、ユダヤ人などに対する差別発言が相次ぎ、でもそれを不快に感じないのは、そんな発言をしているヤツを笑おうとする意図が感じられるからだろう。最初のアメリカユーモア講座は可笑しかった。これが後々まで効いてくるとは(^^)。

いわゆるドッキリカメラ的撮影法が結構使われたようで、ボラットのぶしつけな態度に戸惑う人の反応が可笑しかったりもするわけだけど、もし、「これが映画になる」ということを知らせないまま映画に使っているとしたらそれはイヤだな、と思った。でも、今日、同僚と話していたら、「映画に出演する、ということについて契約書は交わしているはず」と言っていた。映画に使われたことで訴訟を起こしている人もいるらしいけど、「みんな契約書なんかろくに読まないでサインしてるから。もし訴訟を起こされても契約書があるから負けることはないと思うわ」とのことだった。

それにしてもロデオ大会でボラットが「テロリストをやっつけろ!」と演説するのに対し、「おおー!」と力強く呼応するアメリカ人たち。もしあれが演技でないのだとしたら、アメリカ人って...ってちょっと思ってしまう...
どれが意図的に撮影されたもので、どれがゲリラ的撮影かわからないけど、でも、ほとんどの場合は、人のいいアメリカ人だなぁと感じた。「後進国」から来たボラットに親切にしてあげたい、という気持ちはあるのだ。

最後にもうひとつ。映画のキャッチコピー「バカには理解不能なバカです」っていうのはイヤだなぁ。これは日本でのキャッチコピーだと思うんだけど、それって製作者の意図に反してるんじゃないかと思う。

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ビデオ「ジャマイカ 楽園の真実」Life and Debt

知らないことはたくさんあるなぁと思う。

ジャマイカを訪れる旅行者はその景色の美しさに息をのみ、おいしいフルーツに舌鼓をうち、人々はのんびりしているなぁと感じ、楽しい休暇を過ごす。

でも実はそれらのフルーツはマイアミからの輸入品で、人々は借金にあえぎ、低賃金労働に苦しんでいる。IMF や世界銀行からの融資は、ジャマイカの人々を助けるどころか、次々とジャマイカの産業をつぶしていった。融資とセットで様々な条件を押し付け、外国製品がジャマイカ国内に入りやすいようにしていく。国内の農産物は安い輸入品にとって代わられてしまった。アメリカの企業と契約し、借金をしてその基準にあうような施設を導入したにもかかわらず、製品が基準に満たない、と言って買い上げてもらえない...この映画は、そんなジャマイカの現実を記録したドキュメンタリーだ。映画のなかで、農家のおじいさんたちが話すことはとてもわかりやすく、納得のいくものだった。

IMF とか世界銀行って、発展途上国に対して援助を行なうものだ、とぼんやり思っていたけど、実は、現在優位にある国がその優位さを保持するための道具になっている。「貧困の解消」などと口では言いながら、その国の人が望むような支援は行なわれていない...

もし私がジャマイカに旅行したら、きっとここで描かれている旅行者同様、楽しい時を過ごすだろう。私達は簡単にジャマイカに入国できるけど、ジャマイカの人たちが国外に旅行するには煩雑な手続きが必要だ。そして大部分の人は旅行なんてする余裕がない。

もし世界の人を貧しい人と金持ちの人に分けるなら、私は金持ちで、貧しい人たちを食い物にしている側にいることになる。そのことを自覚したからといって、私の行動がすぐに何か変わるわけじゃないけど、少なくとも自覚はしておかなければいけないなぁと思う。

このところ、マイクロファイナンスということを知って、ちょっと「貧しさへの支援」というようなことを考えていたら、P-navi Info 5月8日の「ADBに「潜入」して」という記事で、ADB(アジア開発銀行)の行なっている支援の実態などが書かれていて、とても興味深かった。知らないことは多いし、知ってもどうしていいかわからないし、それでも知ることからだなぁと思う。

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映画「バベル」

ネットでの評価はいまいちっぽいので、「ダ・ヴィンチ・コード」みたいに、出演者がやたら豪華で、でも映画はわかりにくい、という感じのものかな、と思っていたら、結構おもしろかった。

舞台はモロッコ、アメリカ、日本、メキシコ。4つの違う場所で同じ時代を生きている人たちが描かれる。同じ時代だけど、すごく違う。
日本(東京)については、洗練された都会の部分と居酒屋のように庶民的なところまで描かれていて、一面的なイメージではなく、確かに東京の今を切り取ったものだったと思う。ただ、菊池凛子の演じていた女子高生は私のまわりの女子高生とはあまりに違う(性的にとてもルーズなふうに描かれていると感じた)し、役所広司の演じていた超リッチな人物も、平均的な日本人とはいえないだろう。日本は銃が手に入りやすいところではないと思う(違うのかな)し、その銃(ネットで調べてみると安いものでも10万円はする)を簡単に現地のガイドにあげてしまう、っていうのも、ちょっとありそうにない設定だ。

でも物語の展開にはぐんぐんひきつけられた。モロッコのシーンで出演している現地の人はみんな素人だというが、すごくいい雰囲気が出ていたし、メキシコ編も結婚式の様子や鶏を絞めるところなど興味深かった。でも、これらも現地の人が見たら、何か違和感があるのだろうか。

旧約聖書のバベルの塔の話は、私には理解しがたいものだ。神に近づこうとした人間を不遜だとして神様が怒り、言葉を通じなくさせてしまった、なんて。神様ってそんなに心の狭い存在なのか。神様は人々を争わせたかったのか。神様って慈愛に満ちた存在じゃないのだろうか...この映画のなかでバベルの塔の話が出てくるわけじゃないけど、人と人がわかりあえない、かみあわない、そういう状態を象徴したタイトルということなんだろう。

同じ時代を生き、同じ場所で暮らしていても、人の立場は同じではない。一方は主人であり、一方は雇われ人だ。一方は入国を許可する立場にあり、一方は何を言われても従わなくてはいけない。あるいは障がいを持つ人とそうでない人。さらに違う場所で生きる人とは言葉や習慣も違う。人はわかりあえないのか...でも、言葉が通じなくてもわかることもある。

印象に残った場面は (以下ネタバレ)

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ビデオ「プリシラ」The Adventures of Priscilla, Queen of the Desert

ロードムービーっていうのはどうしてこう楽しいんだろう...って思うのは私が旅好きだからかなぁ。

3人のドラッグクイーン(Wikipedia による定義はここ。私もよく知らなかったので )が、アリススプリングスでショーを行なうためにシドニーからバスを駆って旅をする。オーストラリアの広大な風景のなかをバスは走って行くのだが、その上にはド派手な衣装のドラッグクイーン(^^)。近道をしようと、道なき道を走ったものだから、バスは故障して、砂漠のなかで立往生。まわりには何もなく、もちろん人影はなく、時々トカゲがチョロチョロ動くくらい...さて、どうするのか...

旅にハプニングはつきものだけど、人との出会いはそれ以上のものだったりする。知らない人との出会いもそうだし、一緒に旅する仲間のことを深く知ることにもなる。最後のほう、あんな男の子はいないよなーと思うけど、そうだったらいいな、とは思う(^^)。歌やダンス、そして衣装も楽しい。エンドクレジットが終わったあとも、ちょっと笑える仕掛けがあって、最後の最後まで楽しめた。

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映画「ボンボン」El Perro

私は犬に特に思い入れはないし、この映画の主人公フアンもそうだった。だが、ひょんなことから犬をもらうことになり、この犬がすごい名犬で、連れて歩いているといろんな人から声をかけられて...犬好きの人たちが犬を見て嬉しそうにしているのを見ると、こちらまでなんだか嬉しくなってくる(^^)。ポスターに使われている場面ーフアンと犬のボンボンが車に並んで乗っている図が出てきたときは、思わずクスッと笑ってしまった。そんなふうに思わずクスリとさせられる場面が何度か。

話はゆっくりとしたテンポで進み、最後は「え、これで終わり?」という感じで、私好みの終わり方ではない(^^;)けど、フアンおじさんの人の良さが心地よく感じられる映画だった。

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映画「ブラッド・ダイヤモンド」

舞台はシエラレオネ、1999年。政府軍と反政府組織RUFによる内戦で、人々はいつ命を失うかもしれないというような状況下で暮らしている。RUFによって家族がバラバラにされてしまったソロモンは、ダイヤモンドの採掘場で強制労働させられていたが、ある日、大粒のピンクダイヤモンドを見つけてそれをこっそりと隠す。しかし、そのことを知った者たちによって熾烈な争奪戦が起こる...

このところ、こういう映画を見ると、つい「どのくらい本当のことなのかなぁ」と考えてしまう。RUFは本当にあんなふうに、無差別に人々に銃撃を行なったりしていたのだろうか。私には想像のつかないような世界だけど、シエラレオネでの内戦後復興プロジェクトを支援してきたという「プラン・ジャパン」からのメールで、「内戦当時のシエラレオネの様子が描かれている」と書かれていたので、ある程度、本当のことなのだろう。私は紛争ダイヤモンドのことなんて知らなかったし、少年兵の姿は本当に痛ましい。

ただ、映画の良し悪しはともかく、私の場合、宝石類にまるで興味がないので、「こんなものに何故命をかけるのか」というのが一番の感想だ。もちろん、人それぞれ大切に思うものは違うわけで、宝石が大事、と言う人がいてもいいと思うけど、この映画で、ディカプリオ達が死ぬような思いをしてピンクダイヤモンドを得ようとする、その気持ちにはなかなか寄り添えなかった。ソロモンが家族をとりもどしたい、とする気持ちはわかったけど...ダイヤの密売人という悪役を熱演していたディカプリオも、どこかちぐはぐな感じがしてしまった。彼の出演しているものでは「タイタニック」が一番好きな私には、その印象が強すぎるのかなぁ...

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映画「六ヶ所村ラプソディー」

青森県六ヶ所村に完成した使用済み核燃料再処理工場をめぐる村の人々の生活と思いを追ったドキュメンタリー。映画のあと、監督と田中優さんという方との対談があり、私はいろいろなことを初めて知った。

12000人の村人のなかで、今も原発反対活動を続けているのは数人だという。多くの人たちは核施設があるという事実を受け入れ、共存していこうとしている...というか、村で生きていくには他に産業がない...

「ヒバクシャ」という映画を撮った監督の鎌仲ひとみさんは、核問題を追うという流れで六ヶ所村を撮ろうと決めた。そして、2004年から2年間、村で撮影を続けるなかで見えてきたのは、根底にはお金の問題があるのだ、ということ。

映画のなかで、「核廃棄物の受け入れ場所がない」という話で、東大の教授が「結局はお金でしょう」と言う場面がある。受け入れてくれるなら、そのための調査をさせてくれるなら、これこれのお金を払いましょう、それでも足りなければ2倍、5倍、10倍払いましょう、と言うことで、手をあげる自治体が出てきますよ、と。そして、実際にそういう自治体が出てきている...

私達が原発反対を言うのをためらうのは、「自分もたくさん電気を使っている」という負い目があるせいもある。しかし、現実には、家庭で消費される電力は全体の25パーセント程度であり、残りは企業による使用だ。そして、電力不足が問題になるのは、夏の平日の午後2時から3時ごろの間のみ。他の時間帯は問題ない。そして、その夏の平日の数時間のために、巨額の投資をして原発を作っている。その時間の消費をおさえることさえできれば、新たに原発を作る必要はない。そして、これは、その時間帯の企業の使用料金を高く設定することで可能だ...と、こういう説明は、映画のなかでされたのではなく、映画の後、田中優さんという方の説明から知った。

映画のなかに、無農薬のおコメを作り続けてきた女性が登場する。しかし、核燃料処理施設ができたことで、放射能汚染を心配しなければならなくなった。秋になっておコメを収穫して、それをお客さんが美味しいと言ってくれる、それが嬉しい、自分は幸せ者だ、と話しながら、でも放射能汚染の心配について話したら、今後は契約できない、と言うお客さんが出てきた...一所懸命育ててきたおコメを食べてもらえない...この人の胸のうちを思うとつらくなった。

この再処理工場は今年の秋に本格始動する予定で、そうすると空と海に毎日、放射性物質が放出されることになる。その量は一日で原発一年分だという。そしてプルトニウムと核廃棄物がうみだされ、その行き先は決まっていない...やっぱり今、止めなければだめなんだと思う。

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映画「約束の旅路」Va, vis et deviens

中東が舞台になっている作品は、どうしてもその政治的スタンスが気になってしまうけど、この作品にはほとんど政治色がない。ただ、ユダヤ人がこの地に国を持つことは自然なことだと考えられているようではある。でも、主題は政治的なことではなくて、自分は何者なのか、そして家族とは、というようなことになるのだろうか。

原題は「行け、生きろ、そして生まれ変われ」という意味らしい。1984年、スーダンの難民キャンプで、ある母親が9歳の息子をそう言って送り出した。エチオピアにいるユダヤ人をイスラエルに帰還させる「モーゼ作戦」が実施されていたのだ。母親はユダヤ人ではなかったからイスラエルに行く資格はない。でも、息子だけでもいい暮らしをしてほしい...その結果、息子は自分をユダヤ人と偽って生きなければならないことになった。

その息子シュロモは、裕福な白人家庭の養子となる。彼の養父母となったふたりが本当にいい人で、シュロモに対し、自分の本当の子供達に対するのと変わらない愛情を注ぐ。特にこのおかあさんの接し方には胸を打たれる。しかし、シュロモにとって、母は難民キャンプにいる人であり、養父母に感謝の気持ちは持ちつつも、養母をママと呼ぶことはできない。ユダヤ教の律法を学び、それに精通するようになっても、彼はユダヤ人ではない...のだろうか。そして、皮膚の色が黒いことで差別を受け続けることになる...

ひとりの人間が、迷いながら成長していくさまや、イスラエル社会にもいろんな人がいるのだなぁ、ということを興味深く見ることができ、2時間半の上映時間も長いとは感じなかった。ただ、脚本はちょっと都合よくできすぎかな、とは思う。

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映画「パラダイス・ナウ」

イスラエル占領下のヨルダン川西岸地区の町ナブルスで。自動車修理工として働くふたりのパレスチナ人の若者が「自爆攻撃者として選ばれた。明日決行だ」と知らされる。当然のことのようにそれを受け入れるふたり。明日には自分は天国へ行ってしまうのだが、そのことは家族やまわりの誰にも気づかれてはならない...

明日死ぬ、というようなことをそんなに簡単に受け入れられるのだろうか。占領下で暮らしていて希望のない毎日だとしても。どんなに篤い信仰を持っていたとしても。...でも、映画を見ていると、それが自然な流れのように見えてきてしまう...

「他人を殺すのはまちがっている。イスラエルに攻撃の口実を与えるべきじゃない。他の方法があるはずだ」と主張する女性。彼女はヨーロッパで生まれてモロッコで育ったパレスチナ人で、最近パレスチナにもどってきたばかり。彼女の感覚は、私達部外者の感覚と通じるものがあるが、生まれてからずっと占領下で暮らしてきた者には空しい議論としか聞こえない。

ただ、彼らのなかに迷いがないかというと...私はあんな結末になるとはまったく予想していなかった。自爆攻撃に向かおうとする人も確かに普通の人間なのだ、と感じさせられた。

監督はイスラエルのパスポートを持つパレスチナ人ハニ・アブ・アサド氏。撮影もほとんどナブルスで行なわれたらしい。イスラエルやアメリカが「テロリスト」と呼ぶ人たちがどんな人たちなのか、多くの人に見てほしい映画だ。

自爆攻撃に向かう前に、決意や父母への別れの言葉をビデオに収めるシーンがある。ビデオカメラの調子が悪く、撮りなおしをすることになるのだが
(以下ネタバレ)

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ビデオ「今日から始まる」Ca commence aujourd'hui

フランスの、ある幼稚園の園長先生の話。町の炭鉱が閉鎖され、多くの親は失業していて金に困っている。電気の止められた家、子どもに満足に食べさせてやることのできない家。幼稚園への支払いが滞っている親に、「わずかな額だから」と支払いを求めたダニエル園長は、「それだけあれば家族が1週間食べられる」と言われて、それ以上請求することはできなくなってしまう...

私もそうだけど、学校や幼稚園、保育園で働いた経験のある人なら、思い当たるところのある映画だろう。状況設定がリアルなのだ。ここまで貧しい地域ではないとしても、問題を抱えた家庭はいろいろあり、結局、自分には何もできなかったりする。子どもの担任というだけの立場で、いったいどこまで関わることができるのか。...この映画の園長先生は子どもの家庭環境をよくしようと、福祉事務所や役所と交渉したり、個人的に手助けしたりもするが、物事はそんなに簡単にはうまくいかなくて、無力感にさいなまれる...

もちろん、日々の子ども達とのつきあいが一番の関心事だ。そんななかから気になる子どもがいる。職員もそれそれ個人的な事情があり、自分自身だって様々な問題を抱えている。現場を知らないくせに好き勝手なことを言う査察官。そして思わぬ事件。いつもいっぱいいっぱいだ...

そんな重苦しい雰囲気を打ち破ろうと、ダニエルの恋人のした提案は素敵だった。あんなダイナミックな取組みができるといいなぁと思う。家庭でどんな問題を抱えていても、子ども達はやっぱり楽しいことが好きだし、どんな楽しい活動を用意できるか、というのが保育者としては工夫のしどころだ(^^)。

子ども達の笑顔を見て、やっぱりこの仕事を続けていこうと思うか、それとも、子ども達を取り囲む問題の多さは自分には抱えきれない、と、仕事をやめてしまうか。ダニエルのような人(私の見てきた園長先生達は、運営経営に関わるのが主な仕事で、子ども達とあんなに頻繁に接することはなかったけど、フランスではこんな園長先生もめずらしくないんだろうか)には仕事を続けてほしいけど、彼が「自分には続けられない」という決定をしたなら、それを覆させる気にはなれないなぁ...

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映画「フランシスコの2人の息子」

『「セントラル・ステーション」「シティ・オブ・ゴッド」を超え、ブラジル映画歴代興行記録1位』ーというキャッチコピーにも惹かれて見に行ったのだけど、私は「セントラル・ステーション」のほうが好きだった。ブラジルでヒットしたのは、この映画で描かれているゼゼ・ジ・カマルゴという歌手がそれだけ人気があるということなのだろう。

ストーリーはちょっと冗長な感じがしたけど、ゼゼの子ども時代を演じていた男の子ののびやかな声は気持ちよかった。

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映画「サン・ジャックへの道」Saint-Jacques... La Mecque

亡くなった母の遺言により、遺産を相続するためには兄弟そろってフランスからスペインの聖地サン・ジャックまで1500キロの巡礼路を歩かなければいけないことになった。兄弟3人は仲が悪く、そんなしちめんどくさいことはやりたくないが、仕方なく参加。このほか、高校生や中年女性、ガイドを入れて総勢9名の巡礼の旅が始まった。

2ヶ月も歩くだけの旅を続けていれば、いろいろなことがあるだろう。失読症の少年と高飛車な女性高校教師のエピソードが私は一番好きだった。ただ、しばしばはさまれる夢の場面は私にはちょっとなじみにくかった。

ひたすら歩いて、宿泊所で寝る。宿泊所がいっぱいのときは教会を使わせてもらったり、学校に泊まったり。こんな旅をしてみたいなぁ...と思いつつ、映画館を出ると、「サンティアゴ巡礼の旅」のパンフレットが置かれている(^^;)。9月出発16日間で約60万円のツアー。これはまあ無理だけど、いつかこの映画のような旅ができればいいなぁと思う。

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映画「ラスト・キング・オブ・スコットランド」

スコットランドの医大を卒業したニコラスは故郷を出てウガンダへ。貧しい村で、先に赴任していた先輩医師の手伝いを始めたが、ふとしたきっかけで、大統領になったばかりのアミンと知り合い、そのお抱え医師となる。

アミン(フォレスト・ウィテカー)は、若いニコラスにも気さくに接し、笑った顔は人の良さを感じさせる。このあたりは、フォレスト・ウィテカーという役者の力もあるんだろう。しかし、磊落に見えるアミンも、実は、前大統領派の反乱など、内心は様々な不安を抱えていた。やがて側近の者達を疑うようになり...

「事実にヒントを得た物語」で、事実ではない。医師のニコラスも実在の人物ではなく、何人かの実在の人物のキャラクターをあわせ持つ人であるらしい。「人の役にたちたい」という気持ちでアフリカにやってきた。しかし、女性に対しては、寝る対象としてしか見ていないようなところがあって、聖人君子ではない。その結果、トラブルも起きる...

時折はさまれる歌やリズムは心地よく、話の展開にもぐんぐん引き込まれた。アミンがどんどん疑心暗鬼になっていくのも当然の状況だと思えた。農村と都会の生活の落差なども興味深かったけど、どのくらい事実を反映しているんだろう。

ウガンダの話なのにどうして「ラスト・キング・オブ・スコットランド」なのか不思議だったけど、実際、映画のなかでも出てくるように、アミンはスコットランドが好きで、ウガンダ人を「アフリカのスコットランド人」だと考えていたらしく、自分のことを「ラスト・キング・オブ・スコットランド」と呼んだのだそうだ。(実際にはもっと長い称号。くわしくはこちら。 監督によるタイトルの解説は こちら

(以下ネタバレ)

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映画「善き人のためのソナタ」DAS LEBEN DER ANDEREN

原題は「他者の生活」という意味らしい。ベルリンの壁が崩壊する前の東ドイツで、反体制派と思われる人たちを監視していたシュタージ(国家保安省)という機関があった。ヴィスラーはそのメンバーで、「偽証している者のウソをどうやって見抜くか」というような指導をしたりしている。「反社会主義的な考え方をする者は国家の敵であり、排除しなければならない」と本気で考えているらしく、人間的な感情のかけらも見えない。

そんな彼が劇作家ドライマンとその恋人クリスタの生活を監視することになった。隠しカメラの映像と盗聴器から知る、人間の感情にあふれた他人の生活。それを毎日見聞きしているうちにヴィスラーの心に変化が起きる。

若干、不自然に思える場面があったりはしたけど、結構、意外な展開をして、目が離せなかった。

この映画、「ヴィスラーがドライマンたちの生活や芸術に触れるなかで変わっていく」と解説されているけれど、私は、ヴィスラーがクリスタに恋をしたんだと思った。クリスタの出ている舞台を見たときに彼女に恋をして、それで「ドライマンを監視する」と言い出した。たぶん、彼はそれまで恋をしたことがない。彼女をどうこうするつもりはなくて、ただ、彼女の生活を守りたくなったんじゃないかと思うのだけど。

だとしたら(だとしなくても)恋って素敵なものだ。旧東ドイツのような社会主義国家で芸術を監視していたのは、人間の自由な感情表現を制限する必要があったからだろう。恋は人間の自由な感情表現の必要なものだろう。

不自然に思えた場面は(以下ネタバレ)

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映画「不都合な真実」

見終わって思ったことは「ゴアさんはまじめな政治家なんだなぁ」ということ。とてもまじめに作られた映画で、私たちが環境に配慮することなく今の生活を続ければ、地球がやがてどうなるか、ということを映像や統計を使ってわかりやすく解説している。ただ、本当に「お勉強映画」なので、実は、私はところどころウトウトしてしまった(^^;)。

このままの状態が続けば、地球の温暖化がすすみ、南極などの氷が溶けて、上海やマンハッタンは水面下に埋もれてしまうのだ、と言われれば、それは大変だ、と思うけれど、いまいち実感がわかない。想像力がとぼしいということなんだろうけど。目をひくような映像を使い、ところどころにジョークをはさんで、地球が危機的な状況にあることを訴えようとしているのはわかったんだけど...

インターネットムービーデータベースでの評価 は今日現在で8.3/10(11,955人の投票がある)と、とても高い。アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞したということで、これから見る人も増えるだろう。ただ、この映画を見た人がどれくらい具体的な行動を起こすか、というと心もとない感じがする。この映画を見たアメリカ人のうち、どのくらいの人が、大きな冷蔵庫に食品をいっぱいつめて、冬でも半袖で過ごせるような暖房をかけて、肉を食べ、どこへ行くにも車を使うような生活を見直そうとするだろうか?...

ゴアさんは、実際、どんな生活をされているんだろう。いったん便利な生活に慣れてしまうと、なかなかそこからぬけだせない。具体的な行動の例が、文字だけでなく、もっと目に見える形で紹介されていれば、「ああ、こんなことができるのか」と行動に移しやすかったのではないかと思う。でも、少なくとも、ゴアさんのおかげで、地球の温暖化について考えるきっかけにはなったわけだし、私もつべこべ言っていないで、自分のできることからしていかないと...

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映画「蟻の兵隊」

日本がポツダム宣言を受諾した後も、国共内戦の続く中国に残り、日本軍として国民党軍に加勢し、共産党軍と戦った人たちがいた。戦争は終わったのだから日本に帰りたかったのに軍の命令で帰れなかったのだ。しかし数年後に帰国したこの人たちに対し、日本政府は「自分で志願して残ったのであって日本軍とは認めない」として、軍人恩給などの対象者としなかった。そこで日本政府に対し、「それは事実とは違う」ということを訴えている人たちがいる。この映画は、その裁判の原告のひとり奥村和一さんが、自分が中国で何をしていたのかを確認し、裁判を闘う様子を映したドキュメンタリーだ。

まず、そんな事実をまったく知らなかった者として、映画を見てよかった。裁判は最高裁でも訴えが棄却されたというが、なんとかならないのだろうか。「それでもボクはやってない」でも思ったけど、日本の裁判ってそんなにいい加減なんだろうか。この裁判の原告の人たちはみんな高齢で一番若い奥村さんが80歳。この人たちがウソを言っているとは思えない。やっぱり裁判員制度か何かで複数の人が判断に関わったほうがいいんじゃないかなぁと思う。

ドキュメンタリーとしては、やや製作者側の演出過剰かな、と思うところはあったけど、自分の過去と向き合おうとする奥村さんの姿には打たれたし、こういう事実を知ることができたのは本当によかった。

一番胸をうたれたのは(以下ネタバレ)

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映画「パプリカ」

めずらしく長女が見たいと言い出した映画。近くの映画館で見るつもりでいたら、放送大学の試験中に上映が終わってしまった。DVD を待つしかないなぁと思っていたのだが、「この作品は映画館で見たほうが楽しめる」という話を聞いて、それを長女に言ったところ、六本木まで見に行くことになった。

で、映画館で見て正解。他人の夢を共有することのできる「DCミニ」という開発中の装置が何者かに盗まれ、悪用されては大変と、開発所の研究員達が奮闘する話。「夢」の話だから何でもありなわけで、画面は唐突に大胆に変化する。90分間、その揺らぎを楽しむ映画。長女も「(映画館で見られて)音がよかった」と言っていた。

今日、公式サイトを見ていて、あのバーのマスターとウェイター役は、原作者の筒井康隆と監督の今敏さんだと知った。製作者も楽しみながら作っていたらしい(^^)。

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映画「それでもボクはやってない」

もともと法廷もの映画が好きな私には、この作品もとても楽しめた。
痴漢に間違われ、やっていないのだから話せばわかるだろう、と思っていた主人公は、逮捕されて拘置所に留め置かれることとなり、起訴され、裁判で有罪無罪を争うこととなる...

綿密な取材に基づいて作られた作品だということだが、これが日本の司法の現実なんだろうか。無実の人間が、捜査官の思い込みによって起訴されてしまう。無実を訴えても「有罪を認めて示談にすれば、さっさと普通の生活に戻れるよ」と勧められる。取調官からだけでなく、弁護士にまで!

それでもこの主人公の場合はラッキーなほうだったのだろう。役所広司扮する、良い弁護士に出会うことができたし、友人や家族の支援を得ることができた。そしてその結果は...見てのお楽しみだけど、弁護側が、どうやって彼の無実を証明するか、と奮闘する過程も興味深い。

主人公を演じていた加瀬亮は、ある日理不尽に逮捕されてしまってとまどう普通の人の雰囲気がよく出ていたと思う。おかあさん役のもたいまさこもよかったし、被害者役の女の子もよかった。役所広司はあまりにもはまりすぎなので、できれば、有名でない他の人に演ってほしかったかな。

現実に、やってもいないことを認めて示談にしたら、それは「たいしたことじゃない」ですまされることなんだろうか。とてもそうは思えないし、私がそういう立場にたたされたら、やっぱりこの主人公と同じように無実を主張し続けるだろうと思うけど...

この映画については「長い!」なんていう感想も見たりした(143分)けど、私はまったく退屈することなく、結末まで見ることができた。

以下ネタバレ(なので映画を見ていない方は読まないほうがいいと思います)

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ビデオ「GOAL!」

気持ちのいい映画だった(^^)。

サンティアゴは子どもの頃、家族とともにメキシコからアメリカへ不法入国した。不法移民であるため、就くことのできる職業も限られているなか、オフタイムに地元チームでサッカーをプレイすることに楽しみを見出している。ある日、たまたま彼のプレイを目にした元イギリスの名門チームのスカウトマンが、彼にイギリス行きを勧める。「そんな夢がかなうはずがない。地道に仕事をしろ」と反対する父親。しかし、サッカープレーヤーになることを夢見ているサンティアゴの気持ちを察した祖母は彼の気持ちを後押しする...

「世界最速のインディアン」もそうだけど、夢をあきらめない人を応援したい気持ちが私たちにはあるのかもしれない。夢が実現するためには、才能と努力ときっと運も必要で、誰にでもかなう、というものではないと思う。でも、本当に本当にやりたいことはきっとできる、と私はなんとなく思っているけど。ただ、そこまで強い気持ちをもてない人もたくさんいて、そういう人にとっても、強い気持ちを持って頑張っている人には夢をかなえてほしい、と思うものなんだろう。

(以下ネタバレ)

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映画「世界最速のインディアン」

予告編で、真っ白の平原を猛スピードで走るバイクを見て、見てみたいなぁと思った。その期待を裏切らない楽しい映画だった(^^)。

ニュージーランドに住む老人バート・マンロー(アンソニー・ホプキンス)は、愛車インディアンの改良を重ね、オーストラリアとニュージーランドでの バイクのスピード記録保持者だった。彼はアメリカユタ州のボンヌヴィルで行なわれる大会で世界最高記録を出すことを夢見ているが、年金暮らしの彼がアメリカへの旅費を工面するのは簡単ではなく、先延ばしにしていたところ、心臓発作に襲われる。死ぬまでにどうしても、となんとか旅費を工面してアメリカへ。ところが、登録は先月締め切っているので出場できない、と言われてしまう...

とにかくこのバートという人が魅力的なのだ。演じているアンソニー・ホプキンスのせいももちろんあると思う。60歳を超えて、オンボロのバイクで世界最速記録なんて無茶苦茶としかいいようがないんだけど、彼の屈託のない笑顔を見ると、好きにさせてあげれば、という気になる。バートの隣の家に住む男の子もかわいいし、バートがアメリカで出会う人たちもいい人たちばかり...というか、バートにはそういう力があるのかもしれない。この人のためだったら一肌ぬいであげよう、と思わせるような...

塩平原があるなんて知らなかった。予告編で見たときは雪原かと思ってしまった。アメリカはやっぱり大きな国で、行ってみたいところがいろいろある。

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映画「幸せのちから」The Pursuit of Happyness

お金もなく、家もなく、小さな子どもを抱えた男が、どんなに努力して成功を勝ち取ったか、という話。ウィル・スミスの演じる主人公クリス・ガードナーは、才能があり、努力を怠らず、すごい人だと思うけれど、誰でもそんなふうにはできるわけではないなぁと思う。幸せって何なのか、ということについての思いも、製作者と私とでは違っているようで、そんなに感情移入のできる映画ではなかった。

ただ、舞台のサンフランシスコは私の行ってみたい町(テレビドラマ「フルハウス」が好きなので)で、その景色を眺めるのは楽しかった。チャイナタウンらしきところにある保育園は、いかにも「とりあえず子どもをあずかりますよ」というだけの感じでひどいなぁと思ったり、80年代の話なので、ルービックキューブが出てきたのが懐かしかったり。また、ホームレスの人たちに宿と食事を提供する教会の存在に、アメリカ社会の格差と慈善の精神を見ることができたのも興味深かった。

「幸せ」はこの映画では(以下ネタバレ)、

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マイベスト映画2006

2006年度日本インターネット映画大賞(外国映画)に投票。

[作品賞投票ルール]
 ・選出作品は5本以上10本まで
 ・持ち点合計は30点
 ・1作品に投票できる最大は10点まで

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『 外国映画用投票フォーマット 』

【作品賞】(5本以上10本まで)
  「明日へのチケット 」 7 点
  「リトル・ミス・サンシャイン」 6 点
  「RENT 」 5 点
  「トランスアメリカ 」 4 点
  「トンマッコルへようこそ 」 4 点
  「胡同のひまわり 」 4 点
          
【コメント】
「イノセント・ボイス」「ホテル・ルワンダ」「ココシリ」など、「事実に基づく」系の作品もよかったけど、軟弱な私は事実の重みを受け止め切れないので(^^;)、マイベスト映画は「作られた」作品から選ぶことにした。
「明日へのチケット」は電車、「リトル・ミス・サンシャイン」はミニバス、「トランスアメリカ」は車、とロードムービーっぽい作りのものが私の好み、ということかな。「リトル・ミス・サンシャイン」を見たのは2007年になってからだけど、2006年公開ということで。

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【監督賞】              作品名
   [ケン・ローチ     ] (「明日へのチケット」)

【コメント】
「明日へのチケット」は三人の監督の共同作品だけど、私が一番好きだったのはケン・ローチ監督のものだった。ケン・ローチ監督の「麦の穂をゆらす風」は重すぎて私には受け止めきれないけど、昨年活躍した監督として名前をあげることはできると思う。

【主演男優賞】
   [ドン・チードル    ] (「ホテル・ルワンダ」)

【コメント】
「ホテル・ルワンダ」での支配人役がデンゼル・ワシントンやウィル・スミスだったらずいぶん違った印象になっていただろう。この人のおさえた演技はホテルマンとしてはまり役だったと思う。

【主演女優賞】
   [フェリシティ・ハフマン] (「トランスアメリカ」)

【コメント】
女性の心を持つ男性、というのはむずかしい役どころだと思う。必要以上に女性的すぎたりして。仕草は女性らしいけれど、なよなよしているのではなく、誇り高い女性を好演。

【助演男優賞】
   [リーアム・カニンガム ] (「麦の穂をゆらす風」)

【コメント】
役どころがかっこよかった(^^;)。

【助演女優賞】
   [マリー・ジラン    ] (「美しき運命の傷痕」)

【コメント】
劇場で見た作品のなかからは思いつかなかった。「美しき運命の傷痕」に出てくる三姉妹のなかで、彼女の演じているアンヌは私とは一番違うタイプ。一途でまっすぐな感じがまぶしい。三人のなかで一番印象に残る人だった。

【新人賞】
   [パウラ・カレンベルク ] (「みえない雲   」)

【コメント】
原発事故という重いテーマを扱いながら、画面がそこまで暗くならなかったのは、彼女のおかげだと思う。被爆の後遺症で髪がみんなぬけてしまっても美しい人。天性の明るさがある感じ。

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あと、【特別賞】を選べるなら、「南極物語」の犬達に(^^)。

昨年は30本以上スクリーンで見たから、私には結構多いほう。ドン・チードル以外、役者さんの名前は知らなくて、調べなければならなかった。

邦画はほとんど見ていないので投票しないけど、「かもめ食堂」はよかった。「ディア・ピョンヤン」や「ガーダ パレスチナの詩」などのドキュメンタリーも。この2作品については、直接監督の話を聞く機会があったからポイントが高くなってるっていう面はあるかな。どれも女性監督の作品というのもなんだか頼もしい(^^)。

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 この内容(以上の投票を含む)をWEBに転載することに同意する。

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ビデオ「美しき運命の傷痕」L'Enfer

歯の浮くような邦題だけど、原題のフランス語の意味を調べてみると「地獄」。事実、そういう内容の話だが、登場している女性達にみんな存在感があって、最後まで見てしまった。

夫の浮気に悩む長女のソフィ。老人ホームに入って物言わぬ人となった母を毎日訪ね、近所に住む老女にも優しくしている次女のセリーヌ。不倫相手の大学教授から別れを告げられた三女のアンヌ。どう考えても楽しい話になりそうではないけど、絶望にうちのめされる、という感じの終わり方にはなっていないところが救い。

監督が「ノーマンズ・ランド」のダニス・タノヴィッチだと知ってびっくり。題材が全然違うので。でも、ひとりひとりの心の中身が見えてくるような描き方は共通しているのかもしれない。

ちょっとおもしろいと思ったエピソードをいくつか。(以下ネタバレ)

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映画「リトル・ミス・サンシャイン」

楽しい映画だった。アメリカ人とは笑いの感覚が違うなぁと思うこともあるのだけど、これは可笑しかった(^^)。

アルバカーキ(ニューメキシコ州)在住の4人家族は、問題行動のために老人ホームを追い出された祖父(父の父)をひきとったばかり。そこへさらに自殺未遂を起こした母の兄をあずかることになる。父、祖父、長男、おじさん(母の兄)、と男達はそれぞれ独自の哲学を持つ個性の強いキャラクターで不協和音はどうしようもないが、7歳の長女オリーブが美少女コンテストに出場することが決まり、一家でミニバスを借りてカリフォルニアへ出かけることになった。

男達はそれぞれ自分の考え方に凝り固まっているから会話はかみあわないし、バスは調子悪いし、様々な出来事が起きて、はたしてコンテストに無事に到着できるのか、という事態になる...

登場人物の設定が見事で、エピソードのひとつひとつがおもしろい。映画を見てこんなに笑ったのは久しぶり(^^)。それでいて、なんかあったかい気持ちになれる映画だ。(ただし、お下劣ギャグはまったく受け付けない、という人は楽しめないかな)

以下完全ネタバレ、なのでまだ映画を見ていない方は読まないほうがいいと思います。

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