書籍・雑誌

本「イスラームから考える」by 師岡カリーマ・エルサムニー

とてもおもしろかったのですごく久々にブログを書く気になった。
師岡カリーマさんは、NHKのテレビアラビア語講座で「アラブ千夜一夜」というコーナーを担当されていて、現代のアラブ世界の日常や、アラビア語で書かれた文学などを紹介されている。日本人のおかあさんとエジプト人のおとうさんの子どもとして東京で生まれ、小学校の時にエジプトに移り、大学までエジプトで教育を受けられた。カリーマさんがアラビア語で朗読されると、それは耳に心地よい一種の音楽のようで、「コーランは一語一句まちがえずにアラビア語で読まれなければならない」と言われるのがわかる気がする。でも、日本語もとても自然に話され、二か国語(以上)を読み書き話すことのできる、いわゆる均衡バイリンガルの方である。

日本人的な見方もアラブ人的な見方も両方わかるがゆえの苦悩だったり、それゆえかえって自分自身が意識せずにステレオタイプ的な見方をしていることがあることに気づいたり、読んでいて、なるほどなるほどとうなずくことがたくさん。図書館から借りた本は付箋だらけになってしまい、結局自分で買うことにした。

この本を書くきっかけになったのは預言者ムハンマドの風刺漫画騒動だと言う(p.215)。「なぜイスラーム教徒はこれほどに反発するのか」を論じる前に、「死者とはいえ生身の人間を侮辱することを表現の自由として称揚することが本当に人の品位にふさわしいか」を考えるべきではないのか、と書かれ、「イスラームが絡む事件はどうしてもイスラーム問題として捉えられがちだけれど、多くの場合はイスラーム云々以前の問題だ」と言われる。ヘイトスピーチが「表現の自由」の観点から擁護(!)されることもある現在、示唆的な意見ではないだろうか。

とにかく、アラブの血をひいているということはなかなか大変なことのようだ。9・11事件が起きた時も、まずはこのことでアラブ人に対する悪いイメージが強まって自分にもとばっちりがくるのではないかと心配されたと言う。アラブに対して否定的な見解を述べる人に対し、自分がアラブ人であることを告げると「君はいいんだよ。君は西洋化された、半分日本人の立派な女性なんだもの」(p.94)と言われた時の複雑な思い。しかし、カリーマさんは「イスラームが世界で厭われている時代に、自分がその一部として生きなければならないのはある意味幸運だった」と書く(p.202)。その思いは、ある程度、私もわかる気がする。

最後の章で、イラク研究の第一人者酒井啓子さんと対談されているのだが、これがまた面白い。「わかりやすい報道」の問題(p.195-)とか。お二人の話を聞いていると、私もまだまだ随分イスラームやアラブに対して、マスコミによって作られたイメージにとらわれているんだな、と感じる。

抜き書きしたいところはたくさんあるけど、とりあえず、「愛国心」に関するところを。日本で愛国教育の導入について議論になっていることに関して、エジプトで愛国教育のようなものを受けたカリーマさんの見解。

「文化を尊重することを教えるよりはるかに効果的なのは文化を教えることだ。この二つは区別されるべきである。エジプトの愛国教育は、結局はエジプトの文化に対する誇りだけを植えつけて、文化自体を教えることにはあまり成功していない。日本の文化の良さを自ら認識する感性を持たずに文化にたいする誇りだけを教えられても、そんな愛国心は空虚な砂の城でしかない。逆に、祖国の文化の素晴らしさがおのずとわかるだけの感性と想像力と教養を育めば、それを尊重するようにわざわざ誘導する必要はない。(中略)。。近年、多くの若者が目的意識や公共意識を失い、生気のない瞳で街をさ迷って、平気で道端にゴミを捨てているのは、愛国心に欠けるからでも、仮想敵国が頭にないからでもない、日本人の強みである自立精神と責任感を失いつつあるからだ。学校は、子供たちの自主性を育み、美しいものを美しいとわかる感性と教養と想像力を伸ばしてあげれば、それで十分なはずだ。」(p.166-)
「。。。大人になって世界をあちこち旅してみると、結局すべての文明が偉大だということに気づく。。。。(中略)。。。もし私に、大好きなベートーヴェンをドイツ人と同じように誇る権利がないのだとすれば、それほどつまらないことはない。」(p.161)
「世界でもっとも洗練された人形劇である文楽や歌舞伎などの日本の伝統芸能が世界無形遺産に指定されるのは、それが文字通り人類の遺産だからだ。文楽の発展に一切貢献していないある日本人が『ああ、やっぱり日本文化は素晴らしいんだ、日本人でよかった(中略)』と言うとしたら、それは虫が良すぎるというものだ。文楽を一、二度しか見たことのない日本人の私と、好きで好きで足しげく通っている外国人とでは、どちらがより文楽を誇るべきだろうか。ロッシーニとヴェルディの区別もつかないが祖国愛いちじるしいイタリア人と、オペラの勉強に一財産つぎこんでいる私とでは、イタリア・オペラはどちらの宝だろうか。」(p.162-)
このほか、ヒジャーブについて、や、パレスチナについての言及もあり、とても興味深い。「イスラームは戒律の厳しい宗教」というのも必ずしも正しいイメージではないのだ、ということも知った。 私は放送大学でバイリンガルについて少し研究をさせてもらったけど、バイリンガルであること(というか多文化を経験すること)のメリットのひとつは、柔軟な考え方ができる、ということだと思う。あることに対して、こういうやり方もあるのか、こういう考え方もあるのか、と知り、多様性を受け入れることができる。 個人のそれぞれの生き方をできるだけ尊重して、他人にはそれを押し付けないで、ということができればいいのだけど…。
イスラームから考えるイスラームから考える
師岡カリーマ エルサムニー

白水社 2008-04
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本「アメリカ人の心がわかる言葉」

しばらく前、たまたま知ったガンジーの言葉 がいいなぁ、と思い、名言というのも読んでみるとなかなかおもしろいのでは、と思った。で、これもたまたま、図書館でこの本を見つけて借りてきた。

左ページに英語、右ページにはその訳。
印象に残った言葉をいくつか書き記しておきたい。

Age is a question of mind over matter.
If you don't mind, it doesn't matter.
(Satche
l Paige)

年齢というのは実態よりも気の持ち方の問題。
うん、そうかも。英語の表現がうまいなぁ。

After all, tomorrow is another day.
(Margaret M
itchell)

「風とともに去りぬ」のなかのセリフだそう。「また明日という日があるわ」というのはこんなふうに言うんだな。

Everybody wants to go to heaven, but nobody wants to die.
(Jo
e Louis)

確かに。

If we had no winter, the spring would not be so pleasant; if we did not sometimes taste of adversity, prosperity would not be so welcome.
(Anne Bra
dstreet)

逆境にあってもそんなふうに考えられれば助けになるかも。

Politics is not a bad profession. If you succeed, there are many rewards, if you disgrace yourself, you can always write a book.
(Ronald Reagan)

レーガンってユーモアのセンスのある人だったんだ^^。

The religion that is afraid of science dishonors God and commits suicide.
(Ralph Waldo
Emerson)

確かに、神様のしたことが完璧であるなら、科学と矛盾なんてしないはず…?

Doubt isn't the opposite of faith;
it is an element of faith.
(Paul Tillich)

そうだよな、疑いを検証しないなら盲信になってしまう。

We become not a melting pot but a beautiful mosaic.
Different people, different beliefs, different yearnings, different hopes, different dreams.
(Jimmy Carter)

これがこの本の最後に紹介されていた言葉。カーター元大統領ってこんなこと言ってたんだ。いいなぁ。

アマゾンでももう中古でしか買えないけれど、手軽に読めて、ちょっとした英語の勉強にもなる。自分の心に響く言葉が見つかれば儲けもの^^。

アメリカ人の心がわかる言葉―著名人から落書きまで
ジェームス・M. バーダマン
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本「新版 原発を考える50話」by 西尾漠

どうして原発に反対するのか。原発は十分安全に管理されている。自分だってたくさん電気を使っているのに、原発がないと日本で文化的な生活を送ることはできないんじゃないのか。そういう意見にきちんと反論できなくて、もっと勉強する必要があるなぁと思った。そして大変参考になったのがこの本だ。どうして原発を推進すべきでないのか、ということを人に説明できるように、この本からの記事を主として、まとめたいと思う。

まず、
1:原発を動かすことで発生するゴミの処理方法が確立していない。
 原発から出る放射性廃棄物は危険で、簡単には捨てることができない。海に捨てるにしても地中深く埋めるにしても、放射能のレベルが下がるまでには長い年月がかかり、そのようなゴミを引き受けるところはない。原発はゴミの処理を後回しにして建設が進められてきたという実態がある。「トイレなきマンション」といわれているそうだ。

2:原発を動かすことで核兵器の材料が作り出される。
 核兵器の材料となる高濃縮ウランとプルトニウムの生産を禁止しようという条約が遅遅としてではあるが続けられている。しかし、日本のように、プルトニウムの平和利用を主張する国があると、大きな抜け道ができてしまう。現実にはプルトニウムをエネルギー源として利用することはかなりむずかしいのだから、核兵器に使えるすべての核物質の生産を禁止するべきだ。万一、戦争が起きたときには原発は恰好の標的となる。

3:地震国日本で原発を建設するのは危険
 原発は大量の冷却水と広い敷地を必要とするため、海岸地帯の地盤の悪い所にしか建てられない。安全装置を何重にもしたとしても、巨大地震が起きたときにはそれがきちんと働かない可能性がある。

4:計画被曝の問題
 一般の人が一年間に浴びてもよいと法令で定められている被曝量は1ミリシーベルト。しかし、原発で働いている人の場合は、5年間で100ミリシーベルトまたは年間で50ミリシーベルト。自然界でも放射線は存在する(参考 ウィキペディア:自然放射線 )が、そもそもどの程度なら安全なのかという明確な基準はない。にしても、原発で働く人が一般の人の20倍以上もの被曝をしていい、というのはおかしな話だ。原発はこうした働く人たちの「計画被曝」なしには動かない。そして緊急時にはさらに高い値まで要請することが許されている(「原子力とどうつきあうか」p.85)というのだが(たぶんこれは、年間50ミリシーベルトを上限として、ということだとは思うが)、これだけの被曝をして安全であるという保証はどこにあるのか。「原子力とどうつきあうか」は、JCO臨界事故に関わった住田健二氏による記録で、住田氏は「それでも日本に原発は必要だ」と主張されている。しかし、危険な現場に誰が行くのか、ということでもめる場面は生々しく、今後の検討課題と書いておられるが、原発で働く人はいざとなったら自分の身体をも犠牲にしなければならないというのだろうか。
 
5:原発の燃料は国産ではない。
 日本国内に燃料として使える自国産出のウランはなく、100パーセントが輸入品である。使用済み核燃料を使って発電を行うことが可能だとされているので高速増殖炉が本当にできれば準国産くらいは言えるかもしれないが、その見込みもたっていない。
 「石油はあと40年しかもたないが、ウランなら60年以上」というのは、資源の確認埋蔵量を年間の生産量で割ったものであり、使用量の多い石油は40年しかもたないが、使用量の少ないウランは60年持つ、ということであり、埋蔵量そのものは石油のほうが多い。

6:電気は足りないのか
 日本の電気の30パーセント以上は原発で発電しているとされているが、その陰で火力・水力発電所が休止させられており、火力・水力発電所を十分に動かせば、必要な電気の供給は十分にできる。ただ、夏の暑い時期は電力需要が火力・水力の発電能力を超えてしまう。この一年のうち数日、そのうちの数時間が電力需要のピークなのだが、この電力をうまく削ってやることができれば、他の時はたっぷり余裕がある。東京電力ではトラブル隠し発覚事件により、17基の原発を止めなければならなかったことがあったが、電力供給に支障は起きなかった。電力会社では恒常的に「需要開拓」が行われている。

7:原発は地球温暖化防止に役立たない
 電力需要の小さい時、火力発電所などは出力を下げて運転したり、運転を休んだりできるけれど、原発は出力を細かく調整することができないため、原発を増やすときには、揚水発電所(余った電気の捨て場所となる)や、小回りのきく火力や水力発電所が必要となる。原発に頼った温暖化対策は、エネルギーの大量消費がこれからも続けられるとの誤解を与え、本来行うべき対策を遅らせる。それよりも、エネルギーの効率的利用、自然エネルギーの活用などを考えるべきだ。

まだまだ私の中で十分消化しきれていないけれど、やっぱり原発推進という方向は間違っていると思う。
この著者の書かれていることに間違いがあるのなら教えてください。私もまた勉強していきたいと思います。

4005005292新版 原発を考える50話 (岩波ジュニア新書)
西尾 漠
岩波書店 2006-02

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本「中央モノローグ線」by 小坂俊史

中央線の中野から武蔵境までの8つの駅に住む8人の女性ーイラストレーター、古着屋店主、OL、大学生、中学生などーのつぶやきで構成された4コマ漫画集。私がこの中で実際に少しでも歩いたことがあるのは中野と吉祥寺くらいで、他の町は全然知らない。それでもなんか妙にリアルな感じがする。もちろん、いかにも漫画的で、現実にはありえないようなエピソードも含まれているけれど、知らない町なのに、なんかそういうのありそうだなぁ、と思えたり、それをつぶやいている人の気持ちに共感できたり。

すごく笑える展開も劇的な展開もなく、日々の暮らしが季節の流れとともに淡々と綴られるだけなのに、舞台がローカルな漫画というのはどこか心くすぐられるものがある。新宿や渋谷ばかりが東京じゃない。田舎ではないけど、大都会とも違う。そして、どの町にもそれぞれ個性があるらしい。高円寺や阿佐ヶ谷をちょっと歩いてみたくなった。

4812471710中央モノローグ線 (バンブー・コミックス)
竹書房 2009-10-17

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本「あなたの話はなぜ「通じない」のか」by 山田ズーニー

うーん、さすが、という感じ。著者は長年、高校生の小論文指導に関わってこられたそうで、確かに、文章に説得力があって、なるほど、と思うことが多かった。

そもそも私がこの本を読んでみようと思ったのは、「正論はなぜ人を動かさないのか」という問いに興味を惹かれたからだ。正論を並べ立てても人は動かない。それは常々感じていることだ。大人に対しても子どもに対しても。ルールを守らない人に「ルールを守るべき」と力説して事態が改善するかというと、そう簡単にはいかないことが多いだろう。まして2歳児となれば、もう理屈ではなかなか動いてくれない(たまに動いてくれることもあって、そういうときは感激する(^^))。わかっちゃいるけど、やりたくない。あるいは、あなたの話なんか聞きたくもないーそういう相手とどうやってコミュニケーションをとっていけばいいのか。

著者はまず、「何を言うか」より「誰が言うか」のほうが意味を持つことがある、と言う。「ついに宇宙とコンタクト」という記事が、日本経済新聞に出た場合と東京スポーツに出た場合で、人が受ける印象は違うのではないか。同じことを言っていても、その記事を信用できると思うかどうかの度合いは違う。山田さんはそれが「メディア力」だと言う。メディア力が高ければ、人に話を聞いてもらえる。メディア力が低ければ、はなから相手にしてもらえない。大手出版社に勤めていた山田さんが独立してフリーランスになったとき、大手にいたときなら簡単に通じた話が通じなくなってしまったことに愕然とされたそうだ。では、自分のメディア力を高めるにはどうすればいいのか。

そして、「正論はなぜ人を動かさないのか」という問い。山田さんはそれにこう答えておられる。

正論を言うとき、自分の目線は、必ず相手より高くなっているからだ。(p.126)

正論には反論できない。正論は人を支配し、傷つける。とりわけ、自分が対等だと思っている相手、あるいは目下だと思っている相手から正論を言われると、プライドが傷つき、感情を害してしまう。理性より感情のほうがコミュニケーション速度が速く、人は正論を言う相手を「自分を傷つける人間だ」と感じて警戒し、スムーズなコミュニケーションが成立しなくなってしまう。

そこで、山田さんは、「共感を入口にしたコミュニケーション」ということを提案されている。共感とは、相手に媚びることではない。相手との接点をさぐっていく。相手の言っていることに賛成できなくても、問題意識ー「問い」が共有できる、ということはある。まず、相手の話をよく聞き、相手が何を問題にしているのかを理解し、「自分はあなたの問いを理解していますよ」ということを言葉にして返していく。相手からの信頼を得ることが自分のメディア力を高めることになるわけだが、どうすれば相手の信頼を得られるのか。アルピニストの野口健さんが大学の一芸入試で、どうやって試験官を納得させたのか、という話も興味深かった。

「上司に自分の意見を言う」にしても、言葉は関係性のなかで相手に届くものだから、まずは日ごろからのコミュニケーションをはかって関係を築いていこう、というのもなるほど、と思った。上司はいつも忙しい。つまらないことで上司の時間を割きたくない、と、ふだんはほとんど話すこともない。ところが、何か問題がおきて、どうしても上司と話す必要がでてきて話すことになるとする。すると、上司からみれば、「じゃりんこが自分のところに来るのは問題のあるときばかりだ」という印象になり、そんな人間の話を聞きたいかと言うと...

私が「言葉」に興味があるのも、結局、コミュニケーションに興味があるからなんだろうな。コミュニケーションという視点で、保育のことを見ていくのもおもしろいかもしれない。

4480422803あなたの話はなぜ「通じない」のか (ちくま文庫)
筑摩書房 2006-12

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本「日本人の知らない日本語」by 蛇蔵&海野凪子

「じゃりんこさんだったら、きっと楽しめると思う」と友人がこの本を勧めてくれたのはもう結構前のことなんだけど、ようやく読んでみた。で、彼女の予想どおり、とても楽しめた(^^)。

任侠映画ファンの外国人の使う日本語や、外国で使われている日本語教科書や問題集にびっくりしたり、本当に、日本語の歴史などについて私の知らないこともたくさんあったり、各国の慣習などの違いからくるズレが可笑しかったり(お見舞いのエピソードなど)。 何度も大笑いしてしまった。 続編が出たらまた読みたい。

日本語教師になるには相当勉強する必要がありそうだ。でも、おもしろそう(^^)。

4840126739日本人の知らない日本語
メディアファクトリー 2009-02-18

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本「おひとりさまの老後」 by 上野千鶴子

この本が話題になっていたころ、特に読もうとは思わなかったのだけど、何かのきっかけで(忘れた(^^;))読んでみようと思って図書館にリクエストしたところ、予約数がかなりの数になっていて、すごーく待たなければならなかった。で、ようやく予約本確保の通知が来たのが、この保育士資格試験前。でも、これを逃すとまたすごく待つことになるかも...と読んでみた。

アマゾンでは、「強者の論理」だの「恵まれた人の話」だの、否定的な感想が結構目につく。確かに、そういう部分もあるし、私も「え?」と感じるところはあったけど、でも、上野さんは弱い人への視点がないかというとそんなことはないと思う。そもそも「おひとりさま」は弱者、不完全な存在、かわいそうな存在、と見られていたのではないか。でも卑下しなくていいんだ。最終的にはみんなひとりになる。夫婦もふつうはどちらかが先に逝く。子どもだって頼りきりにされたらたまらないだろう。愛情はあってもできないこともある。そして、「ひとりでもやっていけるように、友達を大事にしましょう」ということは強調されている。愚痴の言い合えるような人間関係を作っておくことの大切さ。

そうだよな、と思ったのは、「介護されるのはつらい」ということ。ほとんどの人は自分が介護される側になりたくないと思っているだろう。でも、そうなったときには、その状態を受け入れなければならないし、できるだけ気持ちよく介護を受けたいもの。「介護される側の心得10カ条」(p.197)は参考になる。

「③不必要ながまんや遠慮はしない」「④なにがキモチよくて、なにがキモチ悪いかをはっきり言葉で伝える」のは大切なことだと思うけど、特に、「⑤相手が受け入れやすい言い方を選ぶ」というのはそのとおりだと思う。「イヤなことを相手に伝えるには技術がいる」(p.201)。うんうん。実は私もうまくない(--;)。早番の人で、その日は、朝、子どもが登園してくるまで1時間もあったのに、昨日洗ったおもちゃも片付けられていなかったり、とか、「勤務中は携帯を持たない」などのルールを守れないとか、そういう人に対して、苦言を呈するのはむずかしい。二度目、三度目になると、ますますむずかしくなる。「正しいことを言われても、言い方が気にさわるせいで聞く耳をもてない場合はしばしばある。」(p.203) まったくそのとおり(--;)。「私も昔からひとこと多いせいで、その場が凍ったり、相手が固まったり、逆ギレされたりと、ずいぶん痛い思いをして学んできた」(p.202)そうだけど、機会があればアサーティブネス・トレーニング(自己主張の訓練)というのを私も学んでみたい。「⑩ユーモアと感謝を忘れない」というのも大事だと思う。ただ、この本に対して、アマゾンで、あれだけブーイングが出ていることを考えると、上野さん自身、少なくともこの本では「相手が受け入れやすい言い方」に成功されていないわけで、ほんと、むずかしい(^^;)。

おひとりさまの老後
上野 千鶴子
4879546801

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本「ニッポン社会」入門 by コリン・ジョイス

私が外国に行ったら、その土地の人には普通のことがおもしろく感じられるように、外国人が日本に来れば、私たちにはなんでもないことがおもしろく映るらしい。そういう話を聞くのは楽しい。著者は、イギリスの新聞の特派員として、長年日本に住んでいて、日本語もかなりうまいようだ。この本は英語で書かれたものだが、谷岡健彦さんの訳もこなれていて読みやすい。

添えられている写真には、日本人が見ても可笑しいものがあって笑える(^^)。ただ、イギリス人のユーモア感覚には私はついていけないだろうなぁとは思った。「イギリス人をからかおう」としてあげられている例は、私だったらジョークだとわかったときにハハハと笑ってはすませられないだろうと思うものがある(^^;)。著者は「日本にぞっこん」という感じでもなく、結構皮肉めいたもの言いもしているのだけど、自分の国に対しても外国に対しても、良さは良さとして認め、疑問を感じるところははっきり(あるいはそれとなく(^^;))提示して、媚びない姿勢が気持ちいい。まあ、日本人としては反論したくなるようなこともある(日本の食べ物のこととか)し、「日本人の対応に対してあなたが感じた感想は、あなたが白人だから、というせいもありますよ」と言いたくなるようなこともあるけど、もし反論したら、きっとそれを楽しんでくれるだろう、と思える(^^)。

興味深かったのは、イギリスで日本がどんなふうに紹介されるのか、という話。著者がどんな原稿を送っても、イギリスでは、読者(編集者)が求めているような記事に作りかえられてしまうというのだ。日本のジャーナリズムにも似たようなところはあるんだろうなぁ。

著者がイギリス料理のおいしいもののひとつとしてあげていたヨークシャー・プディングというのは機会があったらぜひ食べてみたい。イギリス出身の同僚Dと話していたときに、「イギリスが懐かしい」としてあげていた食べ物がこれだった。著者が「まずいけどイギリスならではの食べ物」としてあげていた「うなぎの漬物」(!)、Dの話では美味しいということだけど(ただ彼女はシーフードが嫌いで、ウナギも食べない。イギリス人は好きなのよ、と話していただけ)、これも試してみたいものだ(^^)。

「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート (生活人新書)
Colin Joyce 谷岡 健彦
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本「ルポ 貧困大国アメリカ」by 堤未果

読みやすい文章で興味深い内容なのでぐんぐん読めるけど、そのうち、「本当なのかなぁ」という気になってくる。アメリカが病んでいる、ということを、これでもかこれでもか、と紹介されるので、本当にそこまでひどいのか、と信じられなくなってくるのだ。基地の人たちを見ている限りでは、そこまでひどい状態だという実感はない。でも、この本に書かれていることが嘘だというわけではないのだろう。

「イラクや北朝鮮で非情な独裁者が国民を飢えさせていると大統領は言いますが、あなたの国の国民を飢えさせているのは一体誰なの?と聞きたいです」(p.30)

学校給食に参入してくる企業。医療や教育の場面に持ち込まれる市場原理が何をもたらしたか。2005年、ハリケーン・カトリーナがアメリカ南部を襲ったとき、テレビの映像を見ていて「これがアメリカ?」と思ったけど、そのあと地域は再建されるのではなく、これをきっかけに、と削除されてしまった。「やっとニューオーリンズの貧困者向け住宅が片付いてくれたよ。我々ができなかったことを神が代わりにやってくださったのさ」(p.50)

そして貧しい人や、移民であるために十分な権利を持たない人達が頼るところが軍だ。入隊すれば医療費が無料、軍が大学の学費を出してくれるなどの様々な特権がある。2002年に成立した「落ちこぼれ防止法」(No Child Left Behind Act)は教育改革を標榜しているが、本当のねらいは個人情報の収集にあったのだという(p.101)。全米のすべての高校は生徒の個人情報を軍のリクルーターに提出しなければならず、拒否すると助成金をカットされる。貧しい地域の高校は生徒の個人情報を提出せざるを得ず、軍のリクルーターたちの恰好のターゲットとなる。「生徒の個人情報の提出をせよ」という法律がある、というのは驚きだ...うちの保育園だって、個人情報の扱いには気をつけている。アメリカ人の感覚からすれば、おかしな法律だと思って当然だと思うのだけど...

しかし、軍での待遇も、リクルーターたちが言うようなバラ色のものとは限らない...さらに問題なのは、軍の仕事内容が民営化されていっていること。民間の会社に就職してイラクに派遣された人たちが、過酷な労働条件やストレスの多い環境から心や体に変調をきたしても何の補償もされないし、流れ弾にあたって死亡したとしても戦死者として数えられることはない...

「もはや徴兵制など必要ないのです。政府は格差を拡大する政策を次々に打ち出すだけでいいのです。経済的に追いつめられた国民は、黙っていてもイデオロギーのためではなく生活苦から戦争に行ってくれますから。」(p.177)

「実はすべてを変えたのはテロそのものではなく、「テロとの戦い」というキーワードのもとに一気に推し進められた「新自由主義政策」の方だった。」と、著者はあとがきで書いている。ここに真実がある気がする。
自由が尊い価値であることは否定しない。「自由の国に生まれた者には、自由が何物にも勝る贈り物であることはわからないだろう」と、映画「君の涙、ドナウに流れ」で言われていたけど、それが飢える自由でしかないのだとしたら、やはり何かが間違っているのだと思う。

4004311128ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)
堤 未果
岩波書店 2008-01

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本「元気が出るゲバラ語録」by 知的好奇心研究会

なんとも魅惑的なタイトル(^^)通り、ゲバラの語った言葉を集めたもの。いつ、どんな状況で、というのが書かれていないのもあるけど、ゲバラは心に響くような言葉をいくつも残している。解説がやや説教調で、「だから我々もこうすべきだ」なんて書かれているのにはちょっと辟易するが、写真も豊富で、参考文献や年表もあって便利。

僕は妻子には何も残しておかないが、心残りではない。むしろそのほうが嬉しいのだ。国家が生活と教育に十分なことをしてくれると思うから、それ以上のことは望まない。
もしわれわれが空想家のようだと言われるならば、救い難い理想主義者だと言われるならば、できもしないことを考えていると言われるならば、何千回でも答えよう。「そのとおりだ」と。
4845832224元気が出るゲバラ語録 (リイド文庫)
知的好奇心研究会
リイド社 2007-05

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今日は珍しく体調不良で、ほぼ一日寝ていました。パレスチナ関係の集会に行くつもりだったけど、果たせず。鼻水も咳もないので風邪ではないと思うのだけど、微熱があってだるい。でももう熱も下がってきたので、今日さっさと寝ればたぶん大丈夫かな...

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