心と体

生活改善決意表明...準備(^^;)

先日、職場で受けた日本人従業員対象の健康診断の結果が届いた。昨年はすべての項目においてA判定という健康優良人(^^)だった私は、今年はどうかなーと結構ワクワクしながら封筒を開けたのだが、なんと血液脂質の判定がEに(--;)。実は一昨年もこれと同じ結果で、血液脂質のみE判定だった。中性脂肪の値が高く、HDLコレステロール(善玉コレステロール)の値が基準よりも低いのだ。一昨年も「医療機関を受診するように」と書かれていたのだが、病院に行く気はせず、ほおっておいたら、昨年はA判定になった。

食生活はここ3年でそれほど変わっていない。長女が非肉食主義になってからというもの、最近になってますます、我が家で肉を食べることは少なくなり、卵、乳製品、豆腐、厚揚げ、麩などを使ったメニューが増えた。まあ、長女が外でご飯を食べる、なんていうときはここぞとばかり肉を食べたりする(^^;)が、だからといってステーキを食べたりはしないし、基本的に野菜をよく食べる。

じゃあ、去年と、一昨年・今年の違いはどこにあるのかというと、運動かな、と思う。去年は、金曜夜にバドミントンをしにいっていた。それが放送大学の試験準備やらペルー行きやらで少し途絶えて、さらに、金曜夜、というのは、映画に行くのにちょうど都合がよかったりするので、そんなこんなで、だんだんと行かなくなってしまった。週1回の運動にそれほどの効果があるのか、と思うけど、あるのかもしれない。バドミントンをしていたとき、参加されている方が「ここに来るようになって肩こりがしなくなったんですよ」なんて話しておられたこともある。私の仕事は、子どもと走り回ることはあるものの、2歳児相手だと全速力で走る、というわけじゃなく、通勤も車だから、やはり運動不足なんだろう。保育士試験まではバドミントンに行くのもちょっとむずかしそうだし、どうするかなぁ。

あと、間食の量が半端じゃない(^^;)。仕事が終わるととてもおなかがすいて、夕食を作る前に、お菓子、ジュース、パン、アイスクリームなんかを結構食べてしまう。これをなんとかしないと。

体調は悪くないし、薬を飲む気はしないけど、高脂血症というのは自覚症状のないまま進行して、突然動脈硬化っていうことになったりするらしい(--;)から、まじめに生活改善する必要がありそうだ。

ちなみに日本人の死因(2007)は、1位:悪性新生物 2位:心疾患 3位:脳血管疾患、と、高脂血症が原因になっているものも多い。こういう問題が保育士試験の「小児栄養」で出たりするのだけど、そこからつい、「アメリカではどうなんだろう」なんて調べ出して、試験勉強が中断する(^^;)。

アメリカ人の死因(2002) は、1位:心疾患、2位:悪性新生物、3位:脳血管疾患、で、こちらでも高脂血症の影響は一段と深刻なようだ。まあ、うちの保育園の給食を見ていても、ポットラックをしても、納得できる感じはする(^^;)。で、びっくりするのは14位に「殺人」が入っていること。ただ、自殺は11位。日本だと自殺は6位(20代、30代では1位)だし、「殺人」が何位になるのかの統計はちょっと見つけられなかったので、アメリカの状況を驚いてもいられないのかもしれない。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

花粉症?後日談

花粉症を疑って肉食をやめていた長女だけど、4月の終わりごろに次女が「そろそろ花粉も終わりなんじゃないの」と言い出した。私たちも、長女が新入生歓迎コンパなどで夕食を食べないときを除いては禁肉生活だったから、次女としてはそろそろ肉が恋しくなったようだ。豆腐や卵料理の新メニューにおいしいものがあったり、ベジハムを使ってみたり、と、禁肉生活もなかなか楽しかったけど、私も肉が使いたくなるときもある。それで、5月の連休の頃から、たまに肉の入ったメニューを作るようにしていたら、長女が「花粉症じゃなくて、肉そのものにアレルギーってあるのかな」と言い出した。

もともとアレルギー性鼻炎か何かで鼻の調子がすっきりしない体質だったようだけど、まあその状態に慣れていたのでそれほど気にならなかったらしい。それが肉を食べていない間は鼻がすっきり。4月はコンパなどでも肉を食べないようにしていたのが、5月に入って、家でもたまに食べ、コンパなどでも食べるようになると、昔のアレルギー性鼻炎状態にもどってしまって、あ、これって肉のせいなのかな、と思うようになったのだそうだ。

というわけで、彼女はまだ当分禁肉生活を希望。もし肉を完全にやめて体調がよくなるようだったら、基本的には禁肉生活を続けるらしい。こちらとしてもなるべく協力はするけど...まあできるだけ肉なしメニューで、肉を食べたいときは長女のみ肉抜きにするっていう感じかな。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

花粉症の症状を軽くするために

「肉をやめる」というのが我が家では有効です。

夫はかなりひどい花粉症で、春が近づくと、夫のものは外に干せないし、私たちの布団もちょっと干せないし...という感じでした。が、どこから情報を仕入れたのか、とにかく肉をやめる生活を続けて、症状が劇的に改善し、みんなで花見に行くこともできるようになりました。「今年の桜はきれいだなぁ」と言っていたのを思い出します。

我が家では、花粉症の症状を持っていたのは夫だけだったのですが、今年になって、長女が「もしや?」という症状を呈しました。透明の鼻水が出て止まらず、風邪かな、とは思ったものの、熱もないし、のども痛くない。それでとりあえず肉をやめてみたら、やはり症状がおさまりました。で、「つい昼に肉まんを食べたら、ずるずるになった」なんて言っていたので、やっぱり花粉症なのかな、と思い、このところ3週間ほど我が家は抑肉生活です。禁肉生活にまでならないのは、そんなことを考えないで生協の注文をしてしまっていたので、冷凍室に結構肉もあるからです。肉を使ったメニューを作った場合は、長女だけ肉を食べない、という感じにしています。我が家は玄米なので、肉を食べなくても特にたんぱく質不足を心配しなくていいと思っています。でも肉料理をしたのは2回くらいかな。肉がなくても、卵、乳製品、魚類、大豆製品などは使えるので、案外いろいろなものが食べられます。

どうして肉をやめると花粉症の症状が改善するのかはよくわかりません(^^;)。飼料に含まれる抗生物質とかが問題なのかな、と思ったけど、生協の肉だし、そんなことはないかな、という気はします。花粉症はアレルギー反応だから、抗原となる花粉と抗体である肉のたんぱく質が反応しやすいのか...。まあ、とにかく症状は改善されるので、花粉症の季節が終わるまでは肉を控えた生活を続けるつもりです。これは誰にでもあてはまるわけではないかもしれないけど、花粉症でつらい思いをしている人はちょっと肉をやめてみるといいかもしれません。3日ほどやめてみて症状が改善しなかったらまた別の方法を試せばいい...のかな...?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

エピペンと簡易吸入器

DVDで「ファイヤーウォール」という映画を見ていて、ピーナッツアレルギーのある男の子がピーナッツの入ったクッキーを食べてアレルギー症状を起こす場面があった。激しい呼吸困難で命に関わるような状況だが、エピペンを注射して事なきを得る。

エピペン epipen というのは、アレルギー症状(アナフィラキシー)が起きたときのための薬液が入っている注射器。私が初めてこれを見たのは、保育園でメディカルトレーニングを受けたときだった。アレルギー症状が起きたときに太ももに注射する、と言われても、正直、ちょっとこわい気がする。が、実際、うちのクラスの子どもでエピペンを保育園に置いている子もいた。食物など原因のわかっているアレルギーについては基本的にアレルゲンを入れなければいいわけだけど、万一のときには保育者も対応しなければならない。

日本では見たことないなぁと思っていたのだが、現在は手に入るようになっているようだ。でもまだまだ一般的ではないし、注射できるのは親か医師で、教師や保育者については注射することができないらしい。

同様に、アメリカではよく見かける喘息用の携帯吸入器(インヘイラー)も日本では見かけたことがない。娘達に見たことがあるか尋ねると、長女が「新体操クラブに入っていたとき、クラブのあとで使ってる人がいた」と言うので "inhaler" で画像検索して写真を見せ 「こんなのだったか」と訊くと「そんなに小さくはなかった」とのこと。日本で「吸入器」というと、だいたいもう少し大掛かりなものになるようだ。

インヘイラーはうちの保育園でも何人かの子どもは使っていて、私も実際に使ったことがある。乳幼児に使う場合は、上の画像のように小さいのではなく、補助器がついているが、自分で使えるようになると、片手におさまるような本当に小さなものだ。映画 "GOAL!" の主人公もいつもこれを携帯していた。彼は貧しい家庭に育っているが、そんな彼でも携帯用の吸入器を使うのはそれほど大変なことではないわけだ。

どうしてこんなことを書いたのかというと、なんでもアメリカのマネをする日本なのに、エピペンや簡易吸入器はどうして普及しないのかが不思議だからだ。エピペンは実際、緊急時には役にたちそうだし、簡易吸入器も喘息の人にとって有用なものならもっと普及してもよさそうだけど。実際にはそんなに有用なものではないんだろうか?それとも私が知らないだけで、今はもっとよく使われているんだろうか?純粋に素朴な疑問なのでご存知の方は教えてください。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

我が家の風邪予防

しばらく前に生協を変えた。そのあたりの事情はまた機会があれば書くとして、新しく入った生協パルシステム で、今、『わが家ではこうしています!カゼ対策』というブログ記事を募集中で、投稿するとポイントがもらえる(値引きに使える(^^;)v)のでちょっと書いてみます。

我が家の面々はみんな風邪をひきにくいほうだと思う。私もここに何度か、体調悪い日に書き込みをしたことがあるし、絶対風邪をひかないというわけではないけど、でも、娘達ともども、ひきやすいということはない。次女なんて、しょっちゅう、コタツで寝てしまってるし、夏ならそのへんで寝てるし、長女もお風呂からあがったあともダラダラと夜更かし...こんな状態で風邪をひかないのは何故か...

考えられるのは「手洗い、うがい」のせいかなぁ。外から帰ったら手洗い、うがい。これは小さい頃から徹底していて、今やすっかり習慣化してしまった。私は塩水でうがいをしたり、風邪ひきそうかな、と思うようなときにはイソジンのうがい薬を使ったりしているけど、娘達はただ水でうがいするだけ。手を洗うのも普通の浴用石鹸。でも、たぶん、これがきいているんじゃないかな、と思う。

長女は小さい頃は「喘息性気管支炎」なんて診断されたこともあって、咳き込んだらなかなか止まらない、という状態になることがあった。次女の方は小さい頃からあまり病気になることがなかった。でもって、長女は、子供用のあまーい水薬が大嫌い。次女のほうは何でもないのにその薬を飲みたがったりして困ったものだ。ありがたいことに、そのうち長女も気管支炎の症状が出なくなった。「子どものぜんそくのような咳は親が神経質にならずにゆったりとかまえていればたいていは治る」みたいなことを小児科医の松田道雄さんが書いておられて、うちの場合はそのとおりになった。

風邪予防、といっても、我が家の場合、特別の方法というわけじゃなく、ごはんをしっかり食べて、くだらないおしゃべりをして笑って、あとは手洗い、うがい。こんなとこかな(^^)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

経験と想像力

毎日新聞日曜版に心療内科医の海原純子さんが「心のサプリ」というコラムを連載されている。今日は「体験より共感力」と題して、「『同じ体験をした人でなければつらい気持ちが理解できない』ということはない」ということを書いておられる。

「何か手伝いたい」と申し出た人に「あなたに私の気持ちなんてわかるわけないわ。経験してないんだから」と言われてしまった人。確かにつらい経験をした人の思いを他人が完全に理解することは難しく、不可能かもしれないけど、わかろうとする気持ちと相手を思いやる共感力のある人にはかなりの部分理解できるのではないか、と海原さんは言う。

先日、「ワールドトレードセンター」 を見たときに、「ニュースで9・11事件の報道を聞いていても、私には現場の状況は想像できていなかったなぁ」と思った。数日後、「パレスチナ子どものキャンペーン」の会報誌「サラーム」が届いて、想像力ということについて考えてしまった。

今年の夏、レバノンで戦闘が始まったとき、日本にいるレバノン人留学生が心配して母親に電話をした。そのとき、母親は爆撃などの様子を話した後、「イスラエルでも普通の人が犠牲になっていて大変なんだよ」と言ったそうだ。その話を聞いたキャンペーンのスタッフがこう書いている。

爆撃下にありながら、自分達を攻撃している「敵」の市民の窮状に想像力を働かせることのできる人がいることに驚き、感銘を受けました。 「アラブやイスラム世界には民主主義は無く、市民社会を育てなければならない」などと欧米の政治家やメディアは臆面なく平気で言い、日本でもそう信じている人が多いようですが、本当にそうだろうかと思います。 今年は、レバノンでも、そしてガザでも爆撃や侵攻、破壊と殺戮が続き、停電や断水、物資の封鎖など、日常生活がズタズタにされました。暑く長い夏休み、子ども達はどこにも行けず、冷たいものさえ食べられず、怖い思いをしたまま過ごしたのです。(中略) そうした状況で生活している人たちに、私達の社会は想像力を働かせることができるのかどうか、市民の力を問われているのは豊かな先進国のほうではないでしょうか?

爆撃下にありながら、敵の市民の窮状を思いやることのできる人。自分達がつらい思いをしているからこそ、他の人のつらい状態にも思いをはせることができるのだろう。そういう意味で、やはり体験が人の想像力を豊かにするという面はあるし、つらい体験をした人は人間的に深い人が多いのかもしれない。でも、実際に経験しなくても、経験した人の話を聞いたり、映像を見たりすることである程度想像することはできる。

会報のなかで、レバノンの難民キャンプにいる3人の子どもたちが爆撃の様子を語っていて、それは胸に痛かった。キャンプで産気づいた母親を、爆撃のひどいベイルートの真ん中にある病院まで行く決意をした父親の話など...( 「パレスチナ子どものキャンペーン」のホームページ に「子ども達が語るレバノン戦争」という記事が設けられているのですが、現在、その記事だけ工事中になっています(--;)。近日中に読めるようになるといいのですが)ニュースを聞くだけでは具体的にイメージできなかった痛みが少しはわかったと思う。

菅原和孝さんがその著書「フィールドワークへの挑戦」 のなかで、「生き方としてのフィールドワークを駆動する唯一無二のエンジンは、他者に対するいきいきとした想像力である。」と書かれている。さらに、「他者への想像力を養うもっとも確実な方法は、つねに大量の小説を読み続けることである。」とも書かれている。

想像力を鍛えるのは、豊かな現実の体験、本や映画、そして結局、他者への関心なのだろう。他者への関心があるから、その人の話を聞こうとする。他者への関心、想像力を持てる人でありたいと思う。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

聞こえない音

tabe さんの日記で紹介されていた「純音を聞いてみよう」というサイトで、私には聞こえない音の範囲があることを知った。

「人間の耳が聞くことのできる音の高さの範囲(可聴領域)は約20~20,000Hz」だそうだけど、16000Hz の音を再生しても私には何も聞こえない。中3の次女に「えぇ?これが聞こえないの?キンキンしてすごく耳障りな音だよ」と言われ、ショック。年齢とともに可聴領域は狭くなっていくらしい。耳鼻科で検査されるという 125Hz から 8000Hz については問題はないけど、いったいどのくらいの範囲の音が聞こえるのか知りたくなり、次のサイトでソフトをダウンロードして試してみた。

可聴周波数域チェッカ

その結果、私に聞こえるのは70Hz ~ 15750Hz くらい。次女は20000Hz 以上聞こえると言い、長女も17800Hz くらいまで聞こえるようだ。でも、低い音が聞こえる範囲は私とあまり変わらない。

視力の良し悪しは文字通り目に見えるからわかりやすいけど、聴力の良し悪しについては、日常生活に支障のない限りはそれほど気にならない。でも、実は私には聞こえない音があり、見えないものもあり、知ることのできないものや、知っても理解できないものもたくさんあるのだろう。自分には聞こえないけど他の人には聞こえる、そんな音があるなんて考えてみたことがなかった。つくづく、私って傲慢にできているんだな、と思う(^^;)。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

代替医療の可能性

なんだかギョウギョウしいタイトルがついているけど、しばらく前の放送大学「文化人類学」の講義「病の人類学」で、「代替医療」という言葉が出てきて、よく知らなかった私はネットで調べてみた。で、代替医療とは、「現代西洋医学領域において、科学的未検証および臨床未応用の医学・医療体系の総称」ということで、具体的には、中国医学(中薬療法、鍼灸、指圧、気功)、インド医学、免疫療法(リンパ球療法など)、薬効食品・健康食品(抗酸化食品群、免疫賦活食品、各種予防・補助食品など)、ハーブ療法、アロマセラピー、ビタミン療法、食事療法、精神・心理療法、温泉療法、酸素療法、等々が含まれるんだそうだ。くわしくはこちら

放送大学のテキストでは、「健康」についての考え方の歴史的変遷について述べられていて、私達の望みや欲望の増大に伴って、病とされる状態が拡大する傾向が見られる、ということが書かれている。「科学的」医療の発達にともない、19世紀アメリカで、医師たちがカルテに記す言葉が、natural から normal に変容していったそうだ。

医者達は患者の顔色と自分の容態に関する患者自身の語りより、体温や脈拍など数値に注目するようになった傾向が見られた。つまり、「健康」であるということが、各人がその人固有の「自然な natural 」状態として把握されるのではなく、大多数の平均値から算出された「規範 norm 」に合致しているということにすぎなくなったわけである。

赤ちゃんが母乳を飲んだ後、いったいどのくらい飲んだのかを知るため、飲む前と飲んだ後、赤ちゃんの体重を量る。そして、赤ちゃんが機嫌よく元気であるにも関わらず、「この子、少ししか飲んでないわ。普通はこの月齢なら○○ccくらい飲むものなのよ。私の母乳の出が悪いのかしら」と心配し、ミルクを足す...実際には小食の赤ちゃんとか、1回には少しずつしか飲めない赤ちゃんがいるのだけど、標準と違う、ということで心配してしまう。

科学的であるということは、いつどこで誰に適用してもそれが真実である、ということで、西洋医学はひとつの基準を誰にでも適用しようとする傾向があるように思われる。ところが、生身の人間にはそれが通用しない場合があるのだ。民族、地域、その他様々な条件により、「健康」であることの基準も違ってくる場合もある。

The Depressionist's Blog : 私と漢方(0)序:私と漢方のかかわり によると、「西洋医学がお手上げもしくは見放した「過労による慢性疲労」に対し、漢方はいくつも解を持っていた」そうだ。主治医の先生は、The Depressionist さんの様子を見て、処方する薬を変えられるそうで、当然という気もするが、病院では、診察もなく「いつもの薬」をもらう、ということだってある。漢方では、「病気を見て」というよりも、「人を見て」治療する、ということだろうか。

放送大学の講義では、タイの民俗治療やマッサージなどが紹介され、人々がそれを頼りにしていることが話されていた。非科学的に見えるものが、実際には効くことだってあるし、非科学的なものが科学的に説明されていくこともある。火傷についての民間治療のように、かえって有害、といわれるものもあるし、西洋医学が人々の病を治すのに大きな役割をはたしてきたことは事実だけど、現代の西洋医学ではカバーしきれないことはまだまだ多く、代替医療に期待できることもありそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)